Cクラスな日々!   作:ふゆい

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 Fクラス戦、開戦です。


第九問

 昼休み終了のチャイムが鳴る。それは同時に、Fクラスとの戦争が始まる合図でもあった。

 

「お前達、準備はいいか?」

 

 集団の先頭で廊下の様子を探っていた波多野が旧校舎側を見据えたまま背後の仲間達に問いかける。他クラスは授業中のため、応答は叫び声ではなく静かな呟きで返ってきた。だが、声は小さかろうとも彼らのやる気は十二分だ。かつてないほど高い士気に波多野は満足そうに頷くと、相変わらずの笑みを浮かべる。そんな彼を集団の中心部から眺める小山もまた、心なしか表情が綻んでいるように見えた。

 実際、小山は内心上機嫌である。先程の根本との密会で波多野が自分の為に彼と対峙してくれたことが非常に嬉しかったのだ。予想していなかった分、その喜びは平生の数倍と言って良いだろう。

 しかし、ここで気持ちを浮つかせるわけにはいかない。Fクラス戦に集中しないと、Bクラスに戦争を仕掛けるどころの騒ぎではなくなってしまう。そうなれば、小山が根本との関係を終わらせる機会の一つを失ってしまうことにつながる。別に賭けとは無関係に別れを切り出してしまえばいいのかもしれないが、あのような形式を提案した身としてはその行為は逃げのようで嫌だった。根本恭二に勝利し、後腐れなく決別する。それが小山の願いであり、決意だ。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。よし、と軽く呟くと、拳を握って気合を入れる。

 ちょうど小山が息を吐き終わるくらいに、波多野が扉を三度叩く音が聞こえた。それと同時にクラスメイト達は息を整え、突撃の準備に入る。今回は速攻戦。どれだけ速く敵陣に乗り込めるかが勝利の鍵となる。

 

「ろ、廊下はあまり走らないでくれると嬉しいんですけどね……」

「ごめんなさい福原先生。でも、今回は見逃してください」

 

 小山の隣で遠山平太と榎田克彦によって担ぎ上げられている福原教師が苦笑気味にぽつりとそんなことを漏らしていたが、小山は謝罪と同時にスルーを要求。彼も素直に要求を聞いてもらえるとは思っていなかったのか、頭を下げる小山に「私のことは放っておいて、精一杯やってくださいね」と優しく微笑みかけてくれた。さすが何年もFクラスの担任教師を務めていただけのことはある。器の広さが素晴らしい。

 

「よし、行くぞ皆」

 

 波多野の呼びかけに、小山は慌てて前方に向き直った。今は余所見をしている場合ではない。集中して、一丸となって戦わないと。

 じっと波多野の方を見る。彼は一人先に教室から一歩踏み出すと、合図として右手を突き上げて大声で叫ぶ。

 

「全員で突撃作戦……名付けて【スイミー作戦】、始動ぉおおおおおおおおお!!」

『行くぞぉおおおおおおおおおお!!』

「え、えーと……おー」

 

 初めて耳にする作戦名に呆気にとられてしまった小山はイマイチ仲間達のテンションに乗り切れずに引き攣った笑みを漏らしてしまう。鬨の声をあげながら全力疾走を始める彼らの中心で、彼女は必死に足を動かしながらもこんなことを一人考えてしまうのだった。

 

 作戦名……もっとマシなの無かったの?

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 渡り廊下、新校舎側入口。

 

「来たわ、Cクラスよ!」

「総員、構え!」

『おーっ!』

 

 旧校舎への道を守るようにして立ちはだかるのは、島田美波と木下秀吉が率いる先遣防衛部隊だ。基本的に軍力で劣るFクラスは大概の場合防衛線を主としており、戦力分割の際にもより適切な防衛網を築けるような班分けをするようになっている。時間を稼いで策を弄する。それがFクラス代表坂本雄二の基本戦術だった。

 だが、先日のFクラス対Dクラス戦について情報収集を担当した新野から話を聞いた波多野は坂本の戦術を大まかにではあるが分析している。彼が戦力の低いFクラスをどう活用し、勝利に導くか……何種類かの予測をしたうえで、彼は今回の作戦を提案しているのだ。その作戦はいたってシンプル。

 突っ込んで、押し潰せ。

 

「福原先生、村田奈々がFクラス横溝君に現代社会で勝負を挑みます!」

「承認します」

「くっ、試獣召喚!」

「試獣召喚!」

 

 先陣を切るのは、村田を初めとした比較的文系科目が得意なメンバー達。波多野は対姫路戦のジョーカーなので少し後方に移動している。第一陣は、六人からなる少数舞台だ。

 村田に続くようにして、残り五人も召喚獣を呼び出す。まだ敵側には懸念していた理科系教師が到着していないのか、なにやら苦い表情で召喚を行っている。もしかすると、理系が得意な集団が防衛を行っているのかもしれない。防衛隊長の島田美波も、確か得意科目は数学だったはずだ。

 出現した召喚獣の点数が表示される。

 

『Cクラス 村田奈々 VS Fクラス 横溝浩二

 現代社会 189点  VS      67点  』

「覚悟っ!」

「げぇっ!? くそ、物理教師はまだ来ないのか!?」

「持ちこたえるんじゃ! できるだけ回避に徹し、持久戦に持ち込め!」

「そうは問屋が卸さないぜ! 横尾、岡島!」

「行きますわよ!」

「アタイらに任せとかんかい!」

 

 時間を稼ごうとするFクラス防衛班。回避に専念することで戦力を削ごうとしているようだが、元々点数では圧倒的にCクラスが勝っている。たとえ人数で押されようとも、生徒の質で優れていることに変わりはない。十五人ほどの防衛班に対して、六人の突破部隊は大盤振る舞いといっても過言ではなかった。

 先程村田と同時に召喚した清純系大和撫子こと横尾知恵と関西元気娘こと岡島久美が秀吉達防衛班を相手取っていく。一人当たり二人とちょっとばかりの不利な戦いだが、点数的にはダブルスコアを誇る彼女達は押し負けるどころか徐々にFクラス生徒達の点数を刈り取っていた。一人、また一人と補習室へと送られていくFクラス防衛班。

 Cクラス軍は少しずつではあるが、着々と旧校舎への進軍を果たしていた。

 

『Cクラス 横尾知恵 & 岡島久美 VS Fクラス 福村幸平

 現代社会 195点  & 168点  VS       52点 』

「まずは一人ですわね!」

「もろうたで!」

「ぐ、ぐぁぁぁああ!!」

「こっちに来いこの負け犬が! 補習室に連行だ!」

「いやぁあああ!! 誰かっ、助け――――」

「ぬぅっ……少々、キツい戦いじゃのう……!」

「一度退いて第二部隊と入れ替わりましょう、木下!」

「了解じゃ! 第一防衛班、撤収!」

「よし、チャンスだ! 一気に押し進め!」

 

 人数が三分の一ほどにまで減少してしまったFクラス防衛班が撤退を始める。一応殿として秀吉と武藤啓太が残っているようだが、所詮は学年最低レベルの二人だ。Cクラス六人を相手にして戦うことは難しいらしく、攻撃を捨てて操作のすべてを回避に注いでいる様だった。

 村田のクナイや岡島のハリセンを秀吉が薙刀で払い、横尾の鉄扇を武藤が金棒で受け止める。

 

「ちょこまかと鬱陶しい!」

「アンタ、早いとこやられた方が楽やで!」

「そうもいかんのじゃよ。ワシらの任務はお主達の足止めじゃ。その為には、一秒でも長く戦闘を続け、戦力を一人でも削ぐ必要がある!」

「というわけで、ちょっとばかし付き合ってもらうぜ、Cクラス!」

「くっ……ここはわたくし達だけで充分ですから、代表様達は早く先へ進んでください!」

「分かったわ! 波多野!」

「全軍、第一陣の間を抜けて旧校舎に入れ!」

 

 第一部隊の六人に秀吉と武藤を任せて、小山達は旧校舎へと進む。相手は格下のFクラス、その上人数で勝っているのだから、村田達が負ける理由はない。さっさと倒して、本陣に合流してくるだろう。

 旧校舎に入るや否や、目の前に二十人ほどの部隊が小山達の前に立ち塞がった。

 

「ここから先は、絶対に通さねぇぜ!」

「亮……!」

 

 第二防衛班の先頭で自信満々に胸を張るのは、波多野の幼馴染である須川亮だ。刈り上げた髪が特徴的な、中肉中背のFクラス生徒。クラス内では結構上位の成績を持っているのか、部隊長を務めているようだ。彼の足元で棍を構えている召喚獣が強い意志を湛えた双眸でCクラス軍を睨みつけている。

 須川が召喚獣を繰り出すと、背後に控えていたFクラス生徒達も次々と召喚を行っていく。

 

『Fクラス 須川亮 現代社会 61点』

 

 理系科目を得意とする須川はやはり現代社会の点数は低い。これならば、Cクラス一人で充分相手取ることができるだろう。

 だが、ここでマトモに彼らの相手をしている暇はない。今回は速攻戦。そのために、ここは最少人数に任せていち早く突破しなければ。幸い点数が高そうな切り札的生徒は見当たらないので、一気に通り抜けることができるだろう。

 

「第二陣、前へ!」

「太田廉が須川亮に勝負を申し込みます! 試験召喚!」

『Cクラス 太田廉 VS Fクラス 須川亮

 現代社会 157点 VS      61点 』

 

 太田の召喚獣が鉄製のトンファーを振りかぶって須川に襲い掛かる。だが須川は攻撃を予測していたのか、棍を頭上に掲げると二本のトンファーをまとめて防いだ。

 点数では勝る太田が力任せに押していく。須川は徐々に後退していたが、棍を咄嗟に縦に持ち直すことで力を分散させ、攻撃をいなした。

 

『Cクラス 太田廉 VS Fクラス 須川亮

 現代社会 146点 VS      47点 』

「面白くありませんね」

「こちとら毎回崖っぷちの戦いやってんだ。この程度の点数差で負けるわけにはいかねぇな!」

「減らず口を!」

「打倒Aクラス! てめぇらなんか眼中にねぇんだよ!」

 

 挑発に乗った太田がトンファーをべらぼうに振り回す。しかし狙いもなく放たれる攻撃にむざむざ当たる須川ではない。棍を巧みに操ってトンファーを弾きつつ、隙を見て召喚獣の顔を中心に攻撃を加えている。

 とても考えられない召喚獣の操作技術に、太田だけでなく波多野までもが舌を巻いた。

 

「なんでそんなに上手いんだよ!」

「前回のDクラス戦で俺達がただ我武者羅に攻めていたとでも思ってんのか? 吉井の動きを真似して、操作技術の向上を狙ってたんだよ!」

「くそっ、鬱陶しい……!」

「点数じゃまず勝てねぇからな! 操作技術で実力を補わせてもらうぜ!」

 

 棍を振るい、太田を壁際に追い込む須川。

 思わぬ苦戦に波多野が表情を渋くさせるが、周囲を見渡すと第二陣は思っていた以上に苦しい状況に陥っていた。

 点数で負けることはない。二倍、あるいは三倍の差があるのだから、地力で言えばCクラスが断然有利だ。

 だが、そこに操作技術が加わると戦況は分からなくなる。

 以前のDクラス戦は先手必勝、つまりは技術向上なんて言った目標を一切掲げずに敵を倒すことだけを考えていた。模擬戦争だったから早く終わらせたいという思いもあったが、今考えるとあの時に操作を練習しておくべきだったと後悔の念が残る。

 常に上位クラスと戦わなければならないFクラスは、最初から操作技術の向上を視野に入れて戦争をしていたという事か。

 

「どっせぇええええい!」

「ちぃっ……!」

『Cクラス 太田廉 VS Fクラス 須川亮

 現代社会 54点  VS      42点 』

 

 素早い動きに撹乱されている太田は大幅に点数を失い、今では須川とほとんど変わらないくらいになっていた。予想外の展開に太田は慌てた様子で召喚獣に指令を与えるが、そもそも心を乱されている時点で彼に勝機はない。精神的なプレッシャーは思った以上に自分の動きを阻害する。

 まずいわね、と小山は混乱の渦中にある軍の中心で歯噛みした。これでは足止めを食らって突破どころではない。そもそも人数が多すぎるので、Fクラス防衛班をどうにかしてしまわないとFクラスの教室までたどり着くことができない。このままでは持久戦に持ち込まれてしまう。

 

「くそぉおおお!!」

「あばよ、とっつぁん!」

 

 不意に太田の悲鳴が響く。気づけば彼の召喚獣は点数を失い、光の粒子となって消え去っていくところだった。いつの間にか第二陣は戦力を半分ほどに落としてしまっている。対してFクラス防衛班はせいぜい三人が戦死した程度のダメージだ。まだ防衛には十分な人数が残っている。しかも先程の第一防衛班と比べると、全体的に操作が上手な生徒が集まっているように思える。最初に油断させ、後で大打撃を与える作戦だったか。

 

(なんとか、なんとかしなきゃ……!)

 

 頭をフル回転させて必死に対策を練ろうとするものの、既に焦りまくっている今の小山が起死回生の妙案を生み出せるわけもない。ただひたすらに負のスパイラルに囚われ、どうしようもなくなってしまう。

 いくつか作戦は浮かぶが、そのどれもが穴だらけの下策だ。今の状況を一変させられるほどの効果を持ったものではない。仮に実行したとしても、その場合自軍に甚大な被害が出てしまう恐れがある。そうやすやすと行える作戦ではなかった。

 徐々に減っていく生徒達を見ながらも何もできない自分に嫌気が差す。あまりの悔しさに拳を握って唇を噛みしめてしまうが、そうしたからといって状況が変わるわけでもない。

 ちくしょう、と一人吐き捨てるように呟く。

 ――――その時だった。

 

「Cクラス副代表、波多野進。現代社会でここにいるFクラス生徒全員に勝負を挑むぜ!」

 

 突如として放たれた名乗りに小山は弾かれるように顔を上げた。視線の先に映るのは、本軍を背中に庇うようにしてFクラス相手に立ちはだかる我らが副代表。須川達に指を突きつけて啖呵を切るその姿は、まるで窮地に現れたヒーローのようだ。小柄ながらも、彼の背中は小山に謎の安心感を与えてくれる。

 彼女に背を向けたまま、波多野はぽつりと呟いた。

 

「お前は、俺が守るから」

「え……?」

「いくぜ、試獣召喚!」

 

 不意に届いたそんな台詞に呆気にとられる小山を他所に、波多野は大声で召喚獣を呼び出した。

 

 

 

 

 

 


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