Cクラスな日々!   作:ふゆい

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第八問

 Fクラスに宣戦布告を行った翌朝。朝のホームルームを終え、最低限の回復試験を完了させた小山達は教室にて最後のミーティングを開いていた。やはり連日の試験は精神的にクるものがあるのか少々疲れが溜まっているように見えるものの、Fクラスとの決戦を前にしてその表情は戦士のソレだ。Cクラスとして、学年上位クラスとして最下位クラスに負けることは決して許されない。己のプライドを守るためにも、本気を出して挑む必要がある。

 席に座って自分を見る仲間達を力強い眼で見据えると、教卓を両手で叩いて空気を仕切り直す。

 

「作戦自体はいたってシンプルよ。Fクラス代表があの坂本雄二である以上、長期戦はリスクが高い。何か仕掛けられてからじゃ遅いからね。開戦と同時に全軍を突撃させて、速攻で敵本陣を攻め落とすわ」

「ユーカが戦場に出るのはちょっとばかし危ないんじゃないネ?」

「確かに大将が突撃するのは危険だけど、変に防衛部隊を残して兵力を中途半端にするくらいなら全力を注いで一気に坂本君を打ち取った方が良いと思うの」

「まぁ友香さんは私達のクラスでも最高点数保持者ですし、そう簡単に負けるとは思いませんが……」

「だが、姫路さんが出てくるとなるとそうもいかねぇんじゃねぇか?」

 

 新野の言葉に黒崎が反論する。学年次席とも噂されるFクラスの切り札、姫路瑞希。確かに、彼女が最前線に出てくるならばたとえ地力で勝るCクラスと言えども倒されてしまうことは避けられない。教科によっては数人程勝負になる生徒はいるものの、そう都合よく教科選択ができるわけもない。最悪、戦死覚悟で総攻撃をかけるしかないだろう。

 黒崎のもっともな疑問に他の生徒達も頷きを見せる。そんな中で手を挙げたのは、我らが参謀波多野進だ。

 波多野は挙手で一手に仲間達の注目を集めると、小山の隣に立ってホワイトボードに貼られた校舎見取り図を示しながら説明を開始した。

 

「おそらく姫路が出てくるとしたら、最終防衛ライン……旧校舎の入り口だな。そこを俺達が突破した時だろう。それまでは秀吉や島田、亮といった主力部隊で応戦してくるはずだ」

「吉井君は? 僕が聞いた限りだと、彼も何気に強敵らしいんだけど」

「アイツは観察処分者で確かに手強いが、それだけだ。こいつは火力が低いから遠距離部隊に迎撃を任せる。攻撃が当たらなくても怒るなよ。攻撃させないようにしさえすればいい」

「それで、ヒメジはどうするネ?」

「あぁ。姫路に関してだが……こいつに関しては、俺が当て馬になろうと思っている」

「波多野君が、ですか?」

「その通りだ」

 

 Fクラス最強生徒の迎撃に立候補した波多野に新野が怪訝そうな声を上げる。見れば、クラスの何人もが彼女と同じように首を傾げ、波多野に訝しげな視線を向けていた。まぁ、無理もない。波多野は確かに学年全体から見ても成績優秀者ではあるが、それはあくまでも文系科目に関してのみの話だからだ。文系科目が強力な分、波多野は理系科目においては下手すればFクラスとタメを張るレベル。姫路は一応理系に分類される生徒らしいので、常識的に考えれば彼が姫路に対抗することは難しいと言えるだろう。

 波多野は校舎見取り図にマグネットを一つ貼ると、

 

「この磁石は担当教師。今回の戦争における立会教師は社会担当の福原先生だ。今回はこの先生を軍の中心に拘束しつつ、Fクラスに突撃する」

「でも、福原先生はFクラスの担任だよ? 戦争開始時に僕達が先生を捕まえることなんて……」

「その点に関しては問題ない。既に手は打ってある」

 

 パチン、と指を鳴らすと、それまで暇を持て余して突っ立っていた小山がやれやれといった様子で教卓から離れ、教室後方の掃除用具ロッカーに向かう。クラスメイトの注目を一身に受けて少々気恥ずかしさが募るが、目の前のロッカーに収容されている彼のことを考えるともはや溜息をつくことしかできない。

 大仰に肩を竦めつつ、小山は実に気まずい表情で恐る恐るロッカーを開ける。

 

「むーっ! むーっ!」

「ご覧の通り、福原先生は既に俺達の手中だ」

『こいつ最低だぁ――――――――っ!!』

「……ごめんなさい、先生」

 

 猿轡噛まされた上に簀巻き状態の福原先生に軽く謝罪するも、ゆっくりと扉を閉める。寸前に何やら悲鳴らしき呻き声が聞こえてきたが、小山は全力で耳を塞いだ。これはCクラス勝利の為に仕方がないことなのだ。福原先生には非常に悪いことをしている感が否めないが、今回ばかりは我慢していただきたい。

 パタン、と虚しく響くドアの音を皮切りに、波多野は作戦会議を再開する。

 

「とまぁ、社会教師を所持している以上戦闘科目は基本的に社会だと思ってもらえればいい」

「Fクラスが理系教師を用意していたらどうするネ?」

「午後からの授業状況を見た限りだと、物理と化学、後は数学教師の可能性がある。確かに向こうが物理教師を準備してくるとなると、ちょっと危ないかもしれないな」

「ちなみに進よ。今回の物理の点数は何点だ?」

「3点だ」

「あれほど勉強しろって言ったじゃないのこのバカ!」

「アウチッ!」

 

 黒崎の問いに何故か自信満々に答える波多野。もしかしなくても学年最低点を叩き出した馬鹿野郎の後頭部を思いっきり平手で打っておく。

 昨日宣戦布告の後に一応確認はしておいたのだ。理系科目の勉強は大丈夫か、もしよかったら教えてあげてもいい。純粋な親切心(下心がなかったかと言われるとノーコメント)から言ってあげたことなのだが、彼は小山の申し出を拒否した。なんでも「俺を信じろ」とか言っていたのだが……なんだそのザマは。

 叩かれた後頭部を涙目で擦りつつ、波多野はシェリルの問いにようやく答えた。

 

「でもまぁ、向こうが物理教師を用意してきたところで実質的には関係ないんだけどな」

「どういうことヨ?」

「教師が開く召喚フィールドの干渉。去年習っただろ?」

「えぇと、確か、フィールドには範囲があって、それが重なると両方のフィールドが消滅してしまうって仕組みでしたっけ」

「その通り。さすがは新野だな」

 

 頬に手を当てながら教科書通りの説明をしてくれる新野に波多野は軽く頷きを見せる。

 

「物理の召喚フィールドが展開されている範囲に社会の召喚フィールドをぶつけて干渉、相殺するという作戦だ。これなら少しだけど時間と隙が生まれるし、その間に姫路をやり過ごすことができる」

「でもそんなうまくいくかなぁ。向こうは向こうで、そのことに対して作戦があるかもしれないよ?」

「野口の心配ももっともだが……まぁ、その辺は臨機応変に対応するさ。あまり気にしすぎても仕方ないだろ?」

「そうだけど……」

「大丈夫。いざとなりゃ俺がどうにかするさ。それに……」

 

 不安げに質問を繰り返す野口をなだめるように捲し立てると、波多野は一度言葉を切った。そして目の前の仲間達を見渡し、精一杯の笑顔を浮かべながら言い放つ。

 

「俺達は最強、だろ?」

「……なにアホ言ってんのよバカ波多野」

「うるせー。ほら、最後にお前が一つ挨拶しろよな。小山友香代表?」

「副代表のくせに生意気なのよ」

「生まれつきだ」

 

 ニカッと相変わらずの幼い調子で笑みを見せる波多野に、小山は肩を竦めながらも苦笑する。どんな状況でも最後に自分を立ててくれる彼の優しさに、小山は安らぎにも似た感情を抱いていた。常にギブ&テイクに物事を進める根本とは違う、無償の優しさ。喧嘩仲間ながらもいつも自分を気にかけてくれる波多野は、小山にとってもはや大切な存在になり始めている。

 

(……そろそろ私も、覚悟を決めないとね)

 

 ここ最近顕著になってきたとある決心(・・・・・)を再確認しつつ、波多野がどいた教壇に立つ。視線の先には、49人の仲間達。今年一年を戦い抜くかけがえのない戦友達が、期待と不安の入り混じった表情で小山をじぃっと見つめていた。今自分にできるのは、彼らの不安を拭うこと。絶対に勝利を掴む為、士気を上げることだ。

 横目に波多野をちらりと見ると、彼は柔和な笑みを浮かべて小山に向かって親指を立てていた。その普段と変わらない姿に、不思議な安心感を覚える。

 ――――よし。

 大きく胸を張り、深呼吸。クラスメイト達をしっかりと見据えると、できるだけ声を張る。

 

「相手は学年最底辺のFクラス。でも油断できる相手じゃないことは皆も分かっているはずよ」

 

 小山の確認に、全員が首を縦に振った。

 

「今回は何が何でも勝たないといけない。格下だからって舐めてかかっちゃ足元を掬われるわ。常に全力、手加減や手抜きなしで精一杯頑張りましょう!」

『おぉーっ!』

「私達Cクラスの誇りにかけて、この戦争……絶対に勝ちに行くわよ!」

『よっしゃぁあああああああ!!』

 

 ある者は拳を天に突き上げ、またある者は大声をあげて自信を奮い立たせる。それぞれがCクラスの勝利を願い、奮闘することを誓っていた。

 勝とう、絶対に。

 隣で人一倍声を張る副代表に視線を向けながらも、小山は心の中で固く決心するのだった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 開戦まで残り三十分まで迫った休憩時間。小山はクラスメイト達に教室を空けることを伝えると、階段の踊り場でとある人物を待っていた。先程その人物からメールで頼まれたのだ。()は小山にとってもそれなりに重要な関係を持つ人物だったので、無視はできなかった。それに、小山自身も彼に伝えなければならないことがあった。

 手持ち無沙汰に壁に凭れ掛かっていると、件の人物が現れる。

 

「よぉ、友香。ちゃんと来てくれたんだな、嬉しいよ」

「……まぁ、一応。アンタの彼女だし」

「一応、ね。つれないなぁ。中学校からの仲だろ? そんなに邪険にするなよ」

 

 不機嫌さを隠そうともしない小山にヘラヘラとした笑いを返す男子生徒。どこか他人を小馬鹿にしたような表情を浮かべる彼の名前は根本恭二。Bクラス代表であり、小山の彼氏でもある少年だ。だが、周囲からの彼への評価は結構低い。

 試験にカンニングは当たり前。喧嘩の際には凶器を用い、相手に一服盛る事さえ厭わない。などなど。

 さすがにそのすべてが事実だとは思わないものの、そう噂されるのが不思議ではない程に卑怯で卑劣な男なのだ。

 根本は左手をズボンのポケットに突っこんだまま、話を続ける。

 

「今からFクラスとの試召戦争だろ? せっかくだから激励でもしてやろうかと思ってな」

「それはどうも。でもこんなところで油売ってる暇があるワケ? もし私達が負けた場合、次は根本君達のクラスが狙われる番だと思うけど」

「たとえBクラスが狙われたところで、あんなクズ共に負けるわけがないだろう? それに今回は友香達が勝つんだ、その心配はないと思うけどね」

「それは、そうだけど……」

「それよりも心配なのはCクラスだな。Fクラスよりは優秀だとしても、所詮は平均点レベルの生徒が集まった無能集団だ。変に油断して負けられるとこっちが困る」

「……どういう意味よ」

「友香は俺の彼女だろ? お前が代表を務めるクラスが最底辺の馬鹿共に負けたとなりゃ、俺の株も下がるんだよ。そこんところ、肝に銘じておいてくれないか?」

 

 完全にCクラスを見下した発言に、小山は思わず拳を握り込んでしまう。

 結局のところ、根本恭二は常に損得勘定で生きる人間なのだ。他者を自分の駒としか考えない、ずる賢い男。自分の目的のためなら平気で他人を傷つけることも厭わない、最低な人間。

 中学生からの腐れ縁でずるずると交際関係を続けてきたが、もう限界だった。恋人であるはずの小山のことも、目の前の男は所詮都合のいい女としか思っていないのだろう。愛よりも利をとる根本のことだ、そう考えていても不思議ではない。

 内心怒りに煮えくり返りながら根本を睨みつける小山。そんな彼女をどこか愉快そうに眺めつつも、根本はまったく懲りない様子で口を開く。

 

「おいおい、そんな怖い顔するなよ友香。大好きな彼氏様が怖がっちゃうぜ?」

「……ねぇ根本君。ちょっと、いいかな?」

「何だ? 愛の言葉なら、放課後にいくらでも聞いてやるが」

「私と、賭けをしましょう」

「賭け?」

「えぇ」

 

 小山の提案に根本が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「この戦争に勝ったら、私達はBクラスに試召戦争を仕掛けるわ。その戦争で勝った方は負けた方の言うことをなんでも一つだけ聞く。どう? 悪い話じゃないでしょう?」

「……なるほど、まぁ、良い提案だな」

 

 負けた方が一つだけ命令を聞く、という部分に何を思ったのか、普段の三割増しで邪悪な笑みを浮かべる根本。薄気味悪い彼にどこか恐怖を覚えるが、表情に出ないようにポーカーフェイスに努める。

 別に賭けを行う必要はなかった。伝えたいことをこの場で言って、関係を終わらせてしまえばそれでよかった。無駄にリスクを負って、小山自身が損をする確率を上げる必要もなかった。

 だが、小山はあえて賭けという条件を出した。本来ならば不必要な段階。しかし、彼女はこうした方が良いと思った。

 なぜなら。

 

(こうした方が、面白いものね?)

 

 憎めないトラブルメイカーな悪友を脳裏に浮かべると、自然と口元が綻んだ。どうやら自分はあのお騒がせバカに相当影響を受けてしまっているらしい。常に防衛思考だったはずの自分が、彼と過ごすうちにいつの間にかここまで無謀な考えをするに至っている。バカだなぁ、と自嘲気味にこっそり呟くが、今はその自嘲さえも心地よかった。

 一人表情を和らげる小山を訝しげに見ながら、根本は「だが」と話を切り出す。

 

「そんな重大なことを代表一人の一存で決めていいのか?」

「それは……」

「俺は別に構わないけどな。だが、そんな自信満々に宣言しておいて、クラスの奴らに反対されたから駄目でしたとか言われちゃこちとら迷惑なんだよ――――」

「それについては問題ねぇよ、Bクラス代表様」

「……誰だ」

 

 不意に飛び込んできた声に根本だけでなく小山までもが視線を向ける。階段の最上部――――三階部分から、小柄で黒髪の生徒が不敵な笑みをその顔に湛えて小山達を見下ろしていた。その見覚えがありすぎる風貌に、小山は思わず彼の名前を呼んでしまう。

 

「はた、の?」

「よぉ小山。もうすぐ開戦だから呼びに来たんだが……取り込み中だったか?」

「いや、まぁ……一応」

「……そんなことはどうでもいい。波多野、さっきの言葉はどういうことだ?」

「どういう事も何も、言葉の通りだが」

「なに?」

 

 睨みを利かせる根本にまったく動じることもなく、波多野は彼を真っ直ぐ見据えるとニヤリと笑って言葉を返す。

 

「ウチのクラスはあぁ見えて結構仲間思いでさ。友達の頼みはできるだけ聞いてやろうって皆思ってんだよ」

「…………」

「それに、小山は俺達のためにいつも頑張ってくれてんだ。そんなコイツの頼みを、俺達が無下にするワケないだろ?」

「波多野……」

「一応さっき全員に聞いておいたんだ。『小山がもし何かを頼んで来たら、聞いてくれるか?』って。答えは満場一致で『イエス』だってよ。よかったな小山、お前、皆に愛されてるぜ」

「……バカ。余計なことしてんじゃないわよ」

「まぁ、そういうわけだからさ。せいぜい首を洗って待っておくことだな」

「ケッ。Cクラス如きが勝ち誇ってんじゃねぇよバカ共が。無様な醜態晒さない内に謝っておくことをお勧めするぜ」

「残念。お前に下げる頭なんてウチの奴らは誰一人持っちゃいねぇよ。勿論、そこの不器用な代表様もだ」

「……覚えてろよ、波多野進」

「忘れるまではな」

 

 小者めいた捨て台詞を残して教室に帰っていく根本に挑発を繰り返す波多野。そんな彼の隣で様子を見守っていた小山は、浮ついた気持ちを抑え込むのに全力を注いでいた。

 おそらくCクラスの皆にそんな質問をしたのは、彼なりに小山のことを考えた結果だろう。面白いこと最優先な考えがあったかどうかは分からないが、たぶん波多野は彼女の考えを見通した上で仲間達に聞いたのだ。もしかしたら小山が根本と接触した時点で、ある程度予想していたのかもしれない。この一年間ずっと自分の隣にいた彼ならば、小山の考えを見越していたとしても不思議ではない。

 結局、全部バレていたのだ。

 

「小山」

 

 不意に名前を呼ばれ、はっと視線を向ける。自分より少し下の位置から放たれるその声は、普段の彼らしくない真剣なものだ。いつも楽しそうに、明るく叫びまくっている彼とは違う、シリアスな雰囲気。

 波多野は横顔で軽く小山に微笑みかけると、いつになく真面目な調子で言った。

 

「勝つぞ」

「……えぇ」

 

 相変わらず妙な安心感に溢れた彼の言葉に心臓の高鳴りを感じつつ、小山は大きく頷きを返した。

 

 

 

 

 


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