「まさか波多野がお化けが苦手だったなんてねぇ」
「う……良いだろ別に」
「いやぁ、いいんだけどぉ。へぇ~、お化けがねぇ~」
「そのニヤニヤするのをやめろ小山ぁ!」
普段の彼らしくない取り乱した様子で怒鳴りつけてくる波多野。そんな彼を心底馬鹿にしたように見下ろしつつ、今まで知らなかった一面を垣間見ることが出来た喜びに浸る小山。日頃飄々として怖いもの知らずみたいな言動をしている彼がお化け屋敷の仕掛け一つ一つに絶叫する様は非常に興味深いものがあった。眼福、と言っていいだろう。
波多野としても自身の弱点を見せたことをあまり快く思っていないのか、少し不機嫌そうな表情で口を尖らせている。
「そりゃあお前みたいにガサツで男勝りな奴とは違って、俺は繊細だからな。怖いものの一つや二つあるってもんだ」
「な、なによその言い方。棘があるわね」
「だって事実だろ」
「はぁ? アンタみたいなトラブルメイカーにどうこう言われたくないんだけど」
「お騒がせはお互い様じゃねぇか」
「なによ」
「なんだよ」
最初は冗談半分のつもりだったのだが、どうにも売り言葉に買い言葉で剣呑な空気が漂い始める。元々血の気が多く口が悪い二人だからか、ちょっとした発言が相手の神経を逆撫でする結果となっていた。炎上、とまではいかないが、お互いにどこか苛立ちを隠せない様子で視線を交錯させている。
自分の欠点を露呈させたことに苛立つ波多野。対して、小山は別の事でストレスを抱えていた。
(なによ進のヤツ。もう少し私を女性として扱ってくれたっていいじゃない……)
今に始まったことではないが、どうにも自分が男友達として扱われている気がしてならない。新野や姫路を相手にする時と、小山を相手にした時の言動があまりにも違いすぎるのだ。仲が良い証拠、と言ってしまえばそれまでであるが、些か釈然としない。
確かに小山自身も自分が男勝りなのは自覚している。自覚しているが、それでも好きな人から女性扱いされていないというのは精神的に傷ついてしまう。それが自分の早とちりである可能性を考慮しても、だ。
些細な発言から会話がなくなってしまい、互いに黙り込んだままCクラスの教室へと向かう。つい数十分前には仲睦まじく話していたというのに、どうしてこんなことになってしまったのか。そこまで腹を立てるようなことでもなかったはずなのに、どうにも心がささくれ立ってしまう。
「およ、代表に進じゃん。もうすぐ試召大会二回戦だろ? 二人とも頑張れよ~」
「……えぇ」
「……あぁ」
「え。なんで二人ともそんなになんか機嫌悪ぃんだよ。喧嘩でもしたんか?」
『別に』
「ひえぇ」
「と、トオル君一旦こっちへ! それ以上はマズいです!」
そんな状況とは露知らず、いつものように声をかけてきた黒崎だったが、予想だにしない二人の反応に怯えた様子で震えあがってしまう。ちょうど通りかかった新野が間一髪で彼を回収していったが、これ以上この場に留まっていれば泣いていたかもしれない。そんなに不機嫌な感じだったか、と少し反省する小山。
そんな中、またもや唐突に会話に参加してくる金髪天然少女、木村シェリル。相変わらずの胡散臭い笑顔で二人の肩を抱くと、ハイテンションに話しかけてくる。
「おやおヤ、仲良しコンビはそろそろ出番かナ? ユーカ、ススム、頑張るヨ!」
「え、えぇ……ありがとうシェリル」
「べっつに心配するこたないんじゃねぇの。ちょっと睨み利かせば大概の相手は降参するだろ」
「……何よその言い方」
「なんだよ。自覚でもあんのか?」
「アンタこそ、そのちっこい見た目で舐められて試合前にイライラしないといいわね。弱っちい外見だし、中学生みたいだもの」
「……喧嘩売ってんのかよ、オイ」
「どっちが」
「ちょちょちょ!? お、落ち着くネ二人共! ドーシタドーシタいつもの二人らしくないヨ~!」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったシェリルが彼女らしからぬマトモな反応で小山と波多野を諫めるものの、お互いに負けず嫌いかつ血気盛んな二人が怒りを鎮める様子は見られない。代表格二人が不仲とかいう滅多に起こり得ない状況に、Cクラスの面々はどうしたら良いか分からず右往左往してしまう。
「友香さん、そろそろ二回戦始まるらしいので、会場に向かいましょう」
「……えぇ。迎えに来てくれてありがとう、美穂」
「せいぜい敵さんを怖がらせないようにな」
「中学生は校舎見学でもしておけば?」
「あー……これはまたなんとも珍しい状況で」
「さ、佐藤さんなんとかできない?」
「無理ですね。こうなった時の二人はほとぼりが冷めるまで放っておくしかありません」
『ふん、だ!』
目も合わせず、完全に仲違いしてしまった二人を呆れたように眺める佐藤。誰よりも波多野との付き合いが長い彼女がお手上げだと言っているのだから、Cクラスメンバーにはどうすることもできない。ただ、まだ学園祭は一日目なのに大丈夫だろうか、という懸念だけが残る。
やれやれ、と大仰に溜息をつく佐藤に連れられて、教室を後にする小山。結局彼から応援の言葉一つ送られることはなく、それがまた小山の怒りを煽る結果となってしまったことは、言うまでもない。
☆
その後、試召大会の二回戦は無事に勝利し、演劇の第二部講演も多少のぎこちなさを残してではあるが無事に終了し、一日目を乗り越えることができた。明日の三回戦以降、そして後半の講演に向けて英気を養うのが吉だろう。
特にこれといって用事がなかった小山は清涼祭の熱気に包まれる文月学園を後にし、真っ直ぐ自宅へと帰りついていた。いつもであれば波多野と二人でデートよろしく街中を出歩いていたのだろうが、今日はそういう気分ではない。というか、結局あれから波多野と一言もマトモに会話できてさえいないのだ。目を合わせれば罵倒と暴言。とても普段の二人とは思えない険悪さに、クラスメイト達も困っていた様子だった。
「まるで、一年生の時に戻ったみたい……」
制服のままベッドに寝そべり、愛用のぬいぐるみを抱えて一人ごちる小山。服が皺になってしまうのも忘れ、ぎゅぅっと大きな狐のぬいぐるみを抱き締める。時刻はまだ夕方の5時。母親から風呂と夕飯の招集がかかるまで、しばらくは一人で物思いに耽る事が出来そうだ。
ぼんやりと狐の頭に顎を乗せながら、波多野の事を考える。
彼と初めて会った時。一年生の序盤は、波多野との仲は最悪だった。
波多野は無駄に正義感が強くて、男だろうが女だろうが間違ったことは正すような奴で、小山は小山で今よりもツンケンしていた上に、自己主張が強くガキ大将気質。当然のように、自分に突っかかってくる波多野は小山にとって天敵もいいところ。何かあれば衝突し、その度に工藤や黒崎達に止められる始末。顔を合わせれば罵倒し合っていたあの頃に戻ったような感覚に襲われる。
今思えば懐かしい。普通であれば歯牙にもかけないような細かいことで諍いを起こし、時には取っ組み合いの喧嘩にまで発展した。「小山と波多野」と言えば水と油より相性が悪いコンビだと言われたこともある。それほどまでに仲が悪く――――また、彼の事を嫌っていた。
似た者同士、だったのだろう。その上、気が強い自分に歯向かってくる男子なんてものが物珍しかったのもある。どれだけ悪口を言っても跳ね返して来る彼が目障りで、腹立たしくて――――そして、何故か無視することができなかった。
その後様々な展開があって今の関係に収まるのだが、思えば彼から女性扱いされたことなんて片手で数えるほどしかない気がする。
「私、そんなに魅力ないのかな……」
情けない呟きが自然と漏れる。
彼が色恋沙汰に鈍感で、そういった機微に疎いのは重々承知だ。今更少女扱いされないからって落胆することもない。だけど、それでも少しくらいは女の子扱いされたいのが乙女の心情というやつである。
試験召喚戦争後の反応を見るに、脈が無いわけではないのだ。ただ、だからといって今までのように男友達と接するような言動を続けられるのはなんか腹が立つ。だって、そこの関係性が変わらないと、波多野の事でいちいち一喜一憂している自分があまりにも馬鹿みたいではないか。
かといって、自分から「もっと優しくしろ」なんて言えるわけがない。それは小山のプライドが許さない。あくまで彼の方から意識を変えてもらわなければ、女としての沽券に係わる。
「あうあうあー」と気の抜けた鳴き声を漏らしつつ、ぬいぐるみを抱えたまま寝返りを三度。しばらく唸り続けたところで、ふと机の上に飾られているフォトスタンドが目に入った。木製のシンプルなそれには、数か月前の自分と波多野の姿が写っている。
一年生の終わり、二年生に進級する寸前に、新野に撮ってもらったものだ。満面の笑顔で小山の肩に手を回している波多野と、赤面しつつ戸惑いを隠せない表情を浮かべる小山。この時はまだ根本とは別れていなかったので、結構気が気ではなかったのだが、こうして見ると満更でもなさそうに写っている自分に気が付いて少し恥ずかしい。
バカで、誰よりもトラブルを好むような問題児で、小山の気持ちなんて微塵も気が付いていないような朴念仁で。その上、自分を男友達扱いするような無神経などうしようもない野郎で。
それでも、そんな最低な悪友を、小山は好きになった。好きになってしまった。
「……これくらいで怒ってちゃ、アイツと付き合うなんて夢の夢よね」
自分をぞんざいに扱う波多野が悪いという意識は消えない。だけども、少し大人げなかったと思わないでもない。男子の方が精神的に幼いとはよく言うではないか。こういう時に小山が大人な対応を見せて、頼り甲斐があるところを見せるべきだろう。そうすれば、彼も小山に対する評価を改めるかもしれない。
とりあえず、明日彼に謝ろう。そんでもって二倍返しで謝らせよう。
できるだけ自分のプライドを傷つけず、それでいて気持ちよく仲直りができる方法を模索すべく、まずはリラックスする為にブレザーとワイシャツを脱ぎ始める小山だった。
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