Cクラスな日々!   作:ふゆい

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 一応断っておきますと、この物語の主人公は小山さんです。


第二問

 ――――キーンコーンカーンコーン

 午前授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響き、昼休みが始まる。午前中は始業式やら学年集会やらで眠気と気怠さと戦っていた生徒達はようやく訪れた休養の時に揃って凝り固まった身体を解し始めていた。

 我らがCクラスでもそれは例外ではなく、小山友香は大学スタイルの机に上半身を突っ伏した状態で「うぁー」と間の抜けた呻き声を漏らしている。相当お疲れのようだが、どうも学校行事で疲弊している様ではないらしい。バレー部所属の小山は同年代に比べて高いスタミナとメンタルを所持しているので、並大抵のことでは疲れきることはないのだ。

 それでは、何故彼女はここまで疲れているかというと。

 

「進のバカ……教室移動の度に騒動に巻き込まなくてもいいじゃない……」

 

 Cクラスが誇るトラブルメイカー、波多野進が引き起こす事件の数々に片っ端から巻き込まれたことが直接的な原因であった。

 三度の飯よりどんちゃん騒ぎを好む彼は、あぁ見えて結構運が悪い。いや、要領が悪いと言った方が良いだろうか。勉強に関しても運動に関しても、常に遠回りな手段を選んでしまうほどに彼の要領の悪さは筋金入りだ。そのため、うまく物事が捗らずに結果として騒動を引き起こしてしまう。

 たとえば今日の午前中の例を挙げると……、

 

 ・始業式へ向かう途中の階段で波多野が急に躓き、彼の幼馴染であるAクラス所属の佐藤美穂を巻き込んで転倒。階段を転げ落ちた末に彼女の豊満な胸に顔を埋めて女子勢からフルボッコ。小山は波多野のフォローの為に佐藤に全力で謝罪。

 

 ・二時間目の学年集会の為に講堂へ向かっている時に横から飛び出してきた一年生を避けようとした波多野がバックステップで小山の方へ。回避する暇がなく衝突。揉みくちゃになって最終的には波多野が小山を押し倒しているような格好に。現場を目撃したこれまた波多野の幼馴染であるFクラス須川亮が嫉妬と怒りで波多野を襲撃。一方小山は偶然居合わせた姫路と島田になんか勘違いされる。

 

 ・三時間目。教室でのクラス役員決めの際に副代表に立候補した波多野が理由を問われ、「小山を守るのは俺の役目だからな」と何故か自信満々に答えてしまいクラス中に衝撃が走る。羞恥で絶叫する小山を他所に微笑ましい空気が教室を包み込み、なんか外堀を埋められる。

 

 ……なんかもう、要領が悪いとかじゃなくてドジなだけなんじゃなかろうか。最後に関しては完全に故意だろうと思わないでもない。面白いこと優先思考の波多野ならやりかねないので、小山としては溜息をつくしかない。せめてもう少し大人しくしてくれれば彼女としても気が楽なのだが。や、波多野の幼馴染二人がこれまた騒動を呼びやすい体質と性格だということも災いしているとは思うが。

 もはや身体を起こす元気も残っていない小山は「あ~~~」と扇風機の前に座って出す類の声をひたすら漏らし続けていたが、そんな彼女に眼鏡姿の優等生然とした女子生徒が話しかけた。

 

「ど、どうしたんですか友香さん。いつもに比べて三割増しでお疲れのようですけど」

「……あぁ、美穂か。はぁ」

「どういう意味合いの篭った溜息ですかそれは」

 

 気の抜けた息を漏らす小山に頬を引き攣らせる彼女は、先程の騒動に一枚噛んでいた波多野進と須川亮の幼馴染、佐藤美穂だ。

 須川の向かいの家に住んでいるとかいうラブコメ染みた境遇の彼女は隣のAクラスに所属している才女で、小山、波多野達とは去年同じクラスであった。須川は違うクラスだったが、四人とも仲良くしていた。なんでも三人は小学校時代からの幼馴染らしく、高校で友人となった小山から見ても仲睦まじい様子だったことを覚えている。

 小山はよいしょと上体を起こすと、佐藤が右手に提げているランチバッグに視線をやって、

 

「愛しの須川君にお昼ご飯を届けに行くのね。まぁ、頑張って」

「こ、声が大きいです友香さん! それと一人で行かせないでください何の為にここに来たと思ってるんですか!」

「……自慢?」

「協力要請です!」

 

 小山の無気力なボケにボブカットを振り乱しながら全力で反論する恋する乙女佐藤美穂十六歳。顔を真っ赤にしているが事実を否定しない辺り素直だなぁと感心してしまう。自分とは大違いだ、と我ながら客観的に自虐めいたことを考えるのは徹底的な保守思考のせいだろう。

 

(……いやいや、その前に私は波多野なんかなんとも思ってないから。馬鹿だし五月蝿いし。まぁ、私との口論に毎度毎度嫌がりもせずに付き合ってくれる点は感謝してるけど……)

「そういう呟きが漏れている時点で手遅れだということにそろそろ気づきましょうか友香さん」

「はぇっ!? ななな、何のことかしら分からないわねあははーっ!」

 

 ねっとりとしたジト目を送ってくる親友から全力で目を逸らしつつ、鞄の中から弁当を取り出して佐藤と共に旧校舎へと向かう。先程波多野も弁当を持って須川のところに向かったことは確認済みだから、このままFクラスで四人で昼食としゃれ込もう。今朝約束した謝罪代わりの放課後デー……お菓子タイムについても話しておきたいし。

 渡り廊下を通ると、旧校舎が姿を現す。新校舎とは違って全体的に古めかしく昭和な雰囲気を醸しているこの校舎には、学年下位クラスであるEクラスとFクラスの教室が位置している。ちなみに須川が所属しているFクラスは、噂によるとカビだらけの畳にボロボロの卓袱台というなんとも悲惨な設備であるらしい。普通レベルとはいえそれなりの教室設備を得ているCクラス生としては、若干の同情を覚えないでもない。

 

「まぁ仕方ないか。バカなのが悪いんだし」

「それは間違いではありませんけどそうやって直接言っちゃうのはどうなんでしょう……」

「あ、そういえば美穂の思い人はFクラスだったわね。気が利かなくてごめんなさい。今度から言葉には気を付けるから」

「いろいろと言いたいことはありますけど、友香さんは喧嘩っ早いんですからあまり相手を煽るような発言を控えた方が良いと思いますよ。また進君の手を煩わせるのも嫌でしょう?」

「う……善処します」

「よろしい」

 

 ニコッと目尻を下げて柔和な笑みを浮かべる佐藤だが、背後に異様な迫力を湛えた阿修羅が浮かんでいるように小山は幻視してしまう。普段物静かで落ち着いている分、怒らせると文月学園の誰よりも恐ろしいというのが佐藤美穂という女子生徒だ。去年須川と波多野がどれだけ恐怖におびえている姿を見てきたか、思い出すだけでも鳥肌が止まらない。

 

「ほ、ほら美穂。Fクラスに着いたわよ。早く入りましょ」

「む、そうですね。亮君もお腹を空かせて待っている頃でしょうし」

 

 身の危険を覚えた小山の決死の機転によってなんとか話題を逸らすことに成功。木製の扉に手をかける佐藤の背後で安堵の溜息をつく。よかった。二年生初日に三途の川でおじいちゃんと感動の再会を果たすことにならなくて。

 駆け足で去っていく一難に心の中で手を振りながら、気持ちを入れ替えてFクラスへと入る。

 

『諸君、ここはどこだ?』

『最後の審判を下す法廷だ!』

『異端者には?』

『死の鉄槌を!』

『男とは?』

『愛を捨て、哀に生きる者!』

『宜しい。これより、2-F異端審問会を開催する!』

「待て! これは誤解だ話を聞いてくれ!」

「亮の言う通りだ! 俺達はあくまで小山と美穂と一緒にお昼ご飯を食うためにFクラスに来ただけであって、やましい気持ちなんて微塵も――――」

「ば、バカ進! そんなこと言ったら――――」

『吉井副会長の名を以てここに宣告する! 被告人二名は下半身露出の上、女子更衣室に放置の刑に処す!』

『仰せのままに』

「畜生! 何とかしろよ会長だろ亮さんよぉ!」

「無理言うな! 異端審問会の上層部は臨機応変が基本だから、今更何やっても遅い――――」

 

 静かに扉を閉めた。

 

「あ、あの……友香さん。今のは……」

「美穂、黙りなさい。今私達は何も見なかった。須川君と波多野なんていなかったし、覆面の集団なんて存在すら確認できなかった。いいわね?」

「で、でも、私は亮君にお弁当を届けないと……」

「放課後にでも渡しなさい。少なくとも、今あの教室に弁当を持って突っ込んでいくのはあまりにも無謀な行為だわ。二人の死期を早めるだけよ」

 

 できるだけ冷静を装って捲し立てる小山だが、背中にびっしりと冷や汗をかいている事実に戦慄を覚える。なんだ、なんなのだあの某KKKに似通った覆面の集団は。ここはいつから秘密結社の集会場になってしまったのだろうか。いや、もしかしたら旧校舎は去年から汚染されていて、既に彼らは存在していたのかもしれない。元々存在していた所に自分達が不用意に飛び込んでしまっただけなのではないか。

 恐怖で全身が震えているのを嫌というほど自覚しながらも、現状を打破するために小山は震える唇を必死に動かして言葉を紡いだ。

 

「……とにかく、今日はAクラスで一緒にご飯を食べましょう」

「そうですね……」

 

 背後から聞こえる二人分の断末魔を全力で無視しながら、小山と佐藤は全速力で新校舎へと駆け出した。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 昼休み後の四時間目が終了するや否や、小山は教室を飛び出すと全速力で廊下を駆け抜けていた。新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下付近にやけに生徒達が集まっているのは、昼休み終了と同時に開戦したFクラス対Dクラスの試験召喚戦争のためだろう。新学期初日に上位クラスへ宣戦布告するとか正気の沙汰ではないが、最底辺クラスを常識で推し量ることは無謀であると彼女は友人二人から学習しているのでそこまで不思議に思うことはしなかった。大方、Fクラス代表の坂本雄二の策略だろうし。

 そんなことよりも小山にはやることがある。

 

「あのバカ、本当に女子更衣室に置き去りにされてんじゃないでしょうね……!」

 

 昼休みの騒動後教室に姿を見せていない波多野を心配して、捜索及び救出するため。小山は生徒達の間を縫って一階へと駆け降りると、体育館にある女子更衣室へと急ぐ。五、六時間目はCクラスとAクラスの合同体育があり、必然的に女子更衣室は使用される。もし波多野が宣告通りに女子更衣室に軟禁(どちらかというと放置)されているなら、一刻も早く助け出さないといけない。このまま放っておくと彼は明日から覗き魔の烙印を押されたまま学校生活を送ることになってしまう。それは小山としても避けたいことだ。

 

(アイツの肩書きなんてどうでもいいけど、代表としてクラスメイトが犯罪者になるのを止める義務があるわ!)

 

 何故か若干顔を赤らめつつ盛んに首を横に振り続ける小山。脇を通り過ぎていく生徒達から怪訝な視線を浴びながらも、体育館に入ると女子更衣室の扉を勢いよく開く。

 

「進、いるっ!?」

 

 感情が高ぶったせいと周囲に誰もいないことから、人前では控えているはずの名前呼びが出てしまっているがそんなことを気にしている余裕はない。大声で名前を呼び、波多野の行方を探す。

 彼は更衣室中央にある長椅子の上に簀巻きの上に猿轡を噛まされて置き去りにされていた。ズボンは脱がされておらず、下半身露出などといった事態には陥っていないようだ。さすがに彼らにも最低限の良識はあったらしい。須川がいないのは試験召喚戦争のためだろう。

 突然入ってきた小山にビクッと怯えながらも、それが小山であることに気がつくと「むー!」と救助を要請してきた。周囲に人がいないことを再確認すると、彼の縄を解いていく。

 

「……ぷぁっ。た、助かったぜ友香……」

「無駄口叩いてる暇があったらさっさと逃げなさい。後、名前呼びは控えるようにって言ったじゃないの」

「それはお互い様だろ。まぁ誰もいないんだからいいじゃないか」

「よかないわよ」

「まぁ、今はとにかく窓から逃亡を――――」

『体育、久しぶりだねー』

『っ!?』

 

 不意に窓の方から飛び込んできた姦しい声に二人は背筋を震わせる。思わず備え付けの時計を見て時間を確かめると、授業開始まで残り五分を切っていた。体育を控えた生徒達がちょうど更衣室に到着する時間だ。耳を立てると、体育館の方からも女子生徒達の会話が聞こえてくる。

 前門の虎、後門の狼とはこのことを言うのだろう。顔中にびっしりと汗を浮かべる二人は顔を見合わせると、いっそう色を失っていく。

 

「や、やばいだろこれは……」

『あれー? なんか鍵が閉まってない?』

「いぃっ!? あ、あーごめーん! ちょっといつもの癖で閉めちゃったのー!」

『なーんだ、友香ちゃんかー。もー、お茶目は良いけど早く開けてよー』

「う、うん。ごめんね今から開けるー!」

 

 状況を誤魔化すために適当に相槌を打つが、もはや追い込まれすぎて笑いすら出ない。小山と二人で女子更衣室にいる状況を見られれば、覗き魔の烙印どころじゃすまない気がする。文月学園の生徒達なら、関係性の偽装とでっちあげくらいちょちょいのちょいでやってしまいそうだ。そうなれば小山は明日から二股女の二つ名を背負っていく羽目となる。それだけは御免被りたい。

 かくなるうえは――――!

 

「進ごめんっ! ちょっと私のロッカーに入ってて!」

「なっ!? ちょ――――!」

 

 返事を待たずに波多野をロッカーへとぶち込むと、体操服を取り出して扉を閉める。心臓が早鐘を打っているのを自覚しつつも、小山は更衣室の鍵を開けた。平謝りする小山を生徒達は笑って許すと、体育の授業に向けて更衣をするべくブレザーを脱ぎ始める。

 男子生徒が一人、ロッカーの中に隠されているとも知らずに。

 

『(やっべぇええええええええええええええええ!!)』

 

 奇しくも二人の気持ちが一つになった瞬間だった。

 ロッカーのドアを挟んで波多野と小山は引き攣った顔のまま汗を流し続ける。内心悲鳴をあげる二人だが、ここでようやく最大の難所に思い当たってしまう。

 女子達がワイシャツを脱ぐ光景を不可抗力で目撃している波多野と震える両手でブレザーのボタンを外している小山は声には出さないながらも、心の中では確かに同じ予想に行き着いていた。

 わいわいと姦しい雰囲気の中、絶望に顔を染める。

 

『(これって……このままだと、私(コイツ)の着替えを見せる(見る)ことになるんじゃない(か)!?』

 

 新学期初日の体育の授業を前にして、最大の試練が二人に襲い掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 


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