Cクラスな日々!   作:ふゆい

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第十九問

 波多野と須川、小山と佐藤という両コンビが誕生した日から二週間ほどが経過し、ついに到来した清涼祭当日。大会参加者用に用意された模擬戦空間での特訓や、出し物である演劇の練習に精を出してきたが、ついにその成果を発揮する時が来たのだ。

 実際の公演は最終日の明日ではあるが、Cクラスの教室は既に演劇の舞台に改装されている。演劇部に所属しているシェリルが用意した照明や音響器具によって、それはまさに本物の劇場を彷彿とさせた。教室の入り口付近には新野力作のパンフレットが置かれてあり、開場時間までも飽きさせない工夫が随所に見られる。元々はBクラスのものであった教室であるから、収容人数もそれなり。準備は万端と言えるだろう。

 そんな中、舞台の奥に用意された控室兼更衣室では、今回の花形ともいえるヒロイン、小山友香が着替えを行っていた。更衣や化粧を手伝っているのは横尾知恵と岡島久美。実家が貸衣装屋、美容院というCクラスが誇る二大ファッショナブルな二人が、小山をヒロインへと昇華させていく。

 

「ほ、本当にこれ着るの?」

「当然ですわ。シンデレラと言えばドレスと相場が決まっているのですから」

「というか別に今すぐに着るわけやないんやから、恥ずかしがらんでもえぇやろ」

「今じゃなくても着ることには変わりはないでしょ!」

「諦めてくださいまし。それよりも、早くこのみすぼらしい服を着てくださいな」

「知恵の口調でそれを言われると現実味が増すのよね……」

 

 横尾から渡されたつぎはぎだらけの服を手に取りながら、口元を引き攣らせる小山。お嬢様口調の横尾が今回演じるのは継母。まさに適役と言っていいほどに彼女の威圧感は想像以上だ。ニコォと笑顔を浮かべながらも表情の奥に狂気を感じさせるその演技力には脱帽するしかない。

 仕方なしに衣装を身に纏いながら、なんとなしに愚痴をこぼす。

 

「というか、わざわざ前もって試験召喚大会にまで衣装を着ることはないと思うんだけど」

「なに言うてんねん。代表は試験召喚大会に出るんやろ? ほんなら、劇中のカッコして大会に出たほうが集客効果が見込めるやん」

「人を客寄せに使わないでよ……」

「まぁまぁ。でも、こんなに綺麗なんですから、それを利用しない手はございませんわよ?」

「き、綺麗とか……」

 

 不意に褒められたのが恥ずかしかったのか、小山は顔を赤らめるとわずかに視線を泳がせる。性格上あまり人に褒められることが多くない彼女はこういう素直な賞賛に対して耐性が薄いらしく、こうして褒められる度に今回のような初々しい反応を見せる。まるで乙女のように恥じらうその姿は、普段の気丈な態度とのギャップから凄まじい破壊力を持つ。Cクラス内ではすでに癒し系との位置づけをもらってしまう程だ。

 小山の反応に、横尾と岡島は顔を見合わせると同時に怪しい笑みを浮かべる。

 

「ほら代表。せっかく着替えたんやから愛しの進はんにしっかり見せに行かんと」

「は、はぁ!? なんでわざわざ!」

「どうせ外に出るなら見せることになるのですよ? 今更恥ずかしがってどうしますの」

「いや、でも……波多野に見られるのは、ちょっと……」

「ちょっとなんやねん」

 

 岡島の問いに、小山はしばらく黙り込むと、真っ赤な顔でぼそぼそと言葉を漏らす。

 

 

「可愛くない、って言われたら、ショックじゃん……」

 

 

『…………』

 

 なんだこの可愛すぎる生物は。

 そう言わんばかりに、いや、そう言わざるを得ない程に萌力の高いギャップを披露した小山。顔を赤らめて恥ずかしそうに視線を逸らすその姿には、日頃の強気でヒステリックな面影はない。しかし、それ以上の何か、彼女も恋する乙女であることに違いはないのだと思わせる純愛的な雰囲気が岡島と横尾のハートを貫く。

 これはもう、愛する彼の下に送り届けるしか選択肢はないだろう、とメイク二人は意思を固める。

 

「んもぉー! かぁいいなー代表は!」

「ですわですわ! 早くさっさと早急に波多野さんの所に行きますわよ!」

「えっえっちょっ!? 背中押すなー!」

 

 ぐいぐいぐいと背中を二人に押されて更衣室から外に追いやられる。ちょうど舞台裏、控室となっているその空間に押し出された小山だったが、奇跡的なタイミングで噂の彼とご対面を果たす。

 

「あっ」

「ん?」

 

 時間を持て余し暇だったのか、台本を読み返していたのであろう波多野と目が合う。一瞬頭の中が真っ白になるが、現在の服装を思い出すと慌てて更衣室の中に戻ろうと振り返る。

 しかし、扉は頑なに動かない。おそらくは、中で二人が押さえているのだろう。

 

「アンタ達ぃー!」

「あー、その、小山? その衣装……」

「ふにゃあ!?」

 

 ついに衣装を指摘されてしまい尻尾を踏まれた子猫のような甲高い素っ頓狂な声をあげてしまう。よりにもよってつぎはぎだらけの貧しい娘姿を見られたことが彼女の羞恥心を煽る。純白のシンデレラドレスならまだしも(良くはないが)、こんなみすぼらしい服装を実際に見られたとなると想像以上の恥ずかしさが全身を染めていく。「あうあう」と目を白黒させて目の端に涙を浮かべる彼女の姿は筆舌に尽くしがたい。

 そんな絶賛混乱中の小山だったが、ふと目の前の波多野の服装がいつものブレザーではないことに気が付いた。

 

「は、波多野? その恰好……」

「あん? あぁ、これか? なんか試験召喚大会で出し物の宣伝してこいって言われてさ。こーゆーのは似合わないって言ってんだけどなぁ」

 

 やれやれといった様子で溜息をつきつつ豪奢な襟を指でいじる波多野。純白の記事に金色の装飾があしらわれたそれは、どこからどう見てもおとぎ話に出てくるような王子様の衣装だ。服装に合わせているのか、普段は下ろしている長髪もワックスで掻き上げられている。ちんまりとした騒々しい問題児の面影はすでにそこにはなく、絵本から出てきたと言われても信じざるを得ない程の王子様が、そこに。目の前に。なおこれは小山自身の補正が入っているため、多少大げさな描写が含まれていることは扉の隙間から様子を伺う野次馬二人が保証する。

 数秒。短いとも長いともとれるその数瞬の間、小山は確かに見惚れていた。先ほどまでは自分の似合わない服装に戸惑っていたというのに、意中の相手、それも普段ならば絶対にしないようなレアな恰好を目の前にして、彼女は完全に思考を停止させてしまっていた。

 小山が自分を見つめていることに気が付いた波多野は少したじろぐが、ここで引いてはいけないと思ったのか若干目を逸らしながらも手持無沙汰に後頭部をガシガシと掻く。

 

「そ、その衣装……」

「あ……ち、違うの! ほ、本当はもっと綺麗な衣装もあって、こんなつぎはぎだらけの服がメインってわけじゃないの! 進に見せたかったのは、こんなぼろっちい衣装じゃ……」

「小山、小山。出てる出てる。名前呼びが出ちゃってる」

「あ、ぅ……」

「……ったく、あいっかわらず上がり症だなぁ」

 

 テンパって終始慌てている小山の姿に何を思ったのか、思わずといった様子でぷっと吹き出す。どこか張りつめたような空気が一瞬で霧散し、心地よい雰囲気に包まれる。

 それは、ちょっと前までは当たり前にあったような、二人の間に常に存在していたような居心地のいい空気。緊張感なんて微塵もない、リラックスできる温かな空間。

 ……どこか肩の荷が下りたような、そんな気持ちが生まれる。

 

「……アンタこそ、チビのくせに似合わない恰好してるじゃない。背伸びしたいお年頃なの?」

「馬鹿言え。俺はどんな服を着ても最高に似合うんだよ。元がいいからな」

「寝言は目を閉じてから言いなさいこの騒動起爆剤」

「どうも」

「褒めてないわよ」

 

 そんな減らず口をお互いに叩き合うと、どちらともなく笑い声を漏らす。まだ、完全に修復したわけではない。今でも彼を見ると鼓動が高鳴っているし、身体も熱い。できることなら今すぐにでも彼の前から姿を消して悶々としてしまいたい程だ。恋する乙女の恋心は、そんな簡単に治まりはしない。

 だけど、だけど。

 この前みたいにまともに話もできず、どちらも気を使い続けて離れ離れになっていくようなことはもうやめだ。そんなことでは、ここから先に進めない。

 ここは私から一歩踏み出してやろう、と柄にもなく決意を固めて口を開く。

 

「まぁ、いいんじゃない? 私の相手役としては及第点といったところかしら。それなりにカッコイイわよ、波多野」

「…………お、おぅ」

「え、なにその微妙な反応」

 

 せっかく褒めてあげたのに、なぜかどもったように口籠っている。よくよく見れば、どこか頬が赤らんでいるようにも見えないでもない。どうしたのだろうか。こんな態度は彼らしくない。

 首を傾げる小山を他所に、波多野は頬を掻きながら視線を泳がせている。

 

「あ、いや、なんだろうな……」

「何よ、はっきり言いなさいよ気持ち悪い」

「酷いな? ……いや、なんかさ。お前に褒められると、こう、胸のあたりがくすぐったくなるというか、恥ずかしくなってくるというか……」

「は、はぁ!? そ、そんな思春期みたいなこと言ってるんじゃないわよ! こっちまで恥ずかしくなってくるでしょ!」

「わ、悪い……」

 

 なんだ、なんなのだ。なんなのだこの男は!

 せっかく勇気を出して踏み出したというのに、出鼻を挫くように照れた表情を見せてくる。普段見せないようなそんな弱々しい顔を見せられると、いつもとのギャップで、こう、イケナイ気持ちになってしまうではないか。

 どう返事をしたものか頭の中でぐるぐると思考が回る。同時に黙り込んでしまい、再び訪れるのは甘々な恋愛空間。もう帰ってこなくてよかった雰囲気がただいまと言わんばかりに現れる。

 そして、不幸は続くもの。黙ってしまった小山に何を勘違いしたのか、彼はふと小山の目を見据えながらこんなことを言ってきやがったのだ。

 

「で、でもさ。小山の恰好も最高に似合ってるし、可愛いと思うぜ?」

「~~~っ!?」

 

 ボン、と。小山の鼓膜を確かに震わせた爆発音。脳内が沸騰したように体温が急上昇し、全身が動作不良を起こし始める。何か反論しようとするが、うまく舌が回らない。完璧な不具合が小山を襲う。

 

「にゃにゃにゃ!? と、突然にゃにを――――!?」

「あ、いや……素直な感想を言っただけなんだけど」

(可愛いって言われた可愛いって言われた可愛いって言われた可愛いって言われた――――!)

「にゃ――――ッ!!」

「こ、小山ぁ!?」

 

 羞恥心が臨界点を突破し、脇目も振らず控室から走り去ってしまうヒロイン。もはやプライドも羞恥心も崩れ去ってしまった今の彼女を止める術はない。すべてをかなぐり捨てて恥ずかしさと戦う神経質少女の明日はどっちだ。

 一人残された波多野に申し訳ないように手刀を切った二人の野次馬が彼女を連れて帰るまで、およそ十分の時間を要することになるのだが、それはまた余談である。

 

 

 

 

 


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