Cクラスな日々!   作:ふゆい

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 遅くなりましたぁー!


第十八問

 放課後。

 それなりに紆余曲折、というか騒動はあったものの、Cクラスの出し物は当初の予定通り演劇に決定した。演目及び脚本は後日新野が製作して持ってくるらしい。小山的には非常に納得がいかない結果となってしまったが、Cクラスが一丸となってしまっている以上今更拒否もできない。数の暴力と言ってしまえばそれまでだが、そもそもクラス全体の団結力を高めるという名目で行われる清涼祭の出し物に対して個人的な意見を通すわけにもいかない。気は進まないが、大人しく状況を受け入れるしかないだろう。

 

(……気が進まない、か)

 

 何を言っているんだろう、と再び溜息をつく。気が進まないだなんて、そんなのはただの言い訳に過ぎない。乗り気じゃないわけないではないか。自分が憎からず思っている、それどころか好意を抱いている相手とのカップリング劇なのだ。嬉しいどころでは済まない結果である。むしろセッティングしてくれた新野に感謝すらしていいくらいの状況。それなのに未だに気が乗らない風を装っているのは、何よりも素直になれない面倒くさい乙女心のせいに他ならない。後は、ほんのちょっとのプライドと羞恥心くらいだろうか。何にせよ、小山のしょうもない見栄である。

 Bクラスとの試験召喚戦争を乗り越え、屋上にて自分の気持ちを再確認した。自分は彼の事が好きで、絶対に振り向かせて見せると決意した。その感情に嘘偽りは全くない。

 しかし、現実はどうだろうか。

 彼の顔を見ただけで心臓は高鳴り、マトモに会話すらできない。以前は何も考えずにできていたスキンシップさえも、少し肩が触れるだけで全身が沸騰してしまう。距離を縮めるどころか、自分から全速力で遠ざかっている有様だ。これで波多野を振り向かせようとしているなんて、片腹痛いどころの騒ぎではない。

 自分の不器用さが、つくづく嫌になる。

 

「なにやってんだかなぁ」

「そうですよホントに。何をやっているんですかこんな昇降口のど真ん中で」

「うっひゃあ!?」

 

 背後から突然投げかけられた言葉に油断しきっていた小山は驚きと共に飛び上がる。まったく予想だにしなかった接触は彼女の平常心を完全に奪い去っていたが、残されたなけなしの理性が視線を後ろに向けさせた。

 そこにいたのは、眼鏡を掛けたボブカットの知的な女子生徒。

 Aクラスに所属する波多野進の幼馴染、佐藤美穂だ。

 佐藤は目を白黒させている小山に奇妙な物でも見るかのような視線を送ると、

 

「何のことで悩んでいるか大方見当は付きますが、下駄箱の前で一人悶えているのは正直やめた方がいいと思いますよ」

「違っ……!」

「はぁ。友香さんは一人で悩むとドツボに嵌るタイプなんですから、こういう時は誰かを頼ることをいい加減に覚えた方が良いですよ」

「で、でも。こんなこと誰にも相談できない……」

「何を言っているんですか。そういう時にこそ親友である私を頼ってくださいよ」

 

 ポン、と肩を優しく叩きながら、ふわっと微笑む佐藤。慈愛の一言に尽きる聖母のような笑みを湛えたその姿は荒みきった小山には直視できない程に眩しくて、思わず腕で視界を遮ってしまう程だ。なんだ、なんなのだこの女神は。包容力と優しさに溢れた、この聖人は!

 佐藤に女神を幻視する小山。そんな彼女を、ゆっくりと抱き締める聖母。

 

「ほら、今から一緒に喫茶店にでも行きましょう。心がすっきりするまで話してみてください。さすればきっと救いが貴方を包み込むことでしょう」

「美穂……!」

 

 優しく抱きしめられる。その勢いで彼女の豊満な胸に顔を埋めながら優しさに全身を震わせる。あぁ、どうしようもなくて悩みまくっていた自分を見透かしただけでなく、解決までしてくれようとしているこの親友に一生ついていこう。イェス、ユア、ハイネス。

 よしよしと頭を撫でられ子供扱いされながらも、明らかに同年代とは思えない彼女の包容力に埋もれつつ、喫茶店に足を進めた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 時間は遡って、再び放課後。

 屋上にある貯水槽。その上に仰向けに寝転がりながらぼんやりと空を眺めている一人の少年。グラウンドから聞こえてくる運動部の掛け声を背景に波多野進はいつになくダウナーな表情で日向ぼっこに勤しんでいた。春の心地よい風が波多野の髪を揺らす。放っておけばすぐにでも寝てしまいそうな程に気持ちの良いシチュエーション。しかしながら、何かに悩んでいるのか、波多野の表情は優れなかった。

 はぁ、とついた溜息が風に流されていく。

 

「自分の気持ちに正直になれ、ねぇ」

 

 清涼祭の出し物会議で黒崎からぶつけられたその台詞は、想像以上に波多野の心を揺さぶっていた。

 原因は分からないが、どうしてか小山の事になるとちょっかいを出したくなったり庇いたくなったりしてしまう。普段は面白いからだとか言っているが、実際のところは彼女に構ってもらいたいというのが正しいのかもしれない。自分でも分からない。どうして自分は、あんなにも小山の事が気になってしまうのか。

 

「……顔、真っ赤だったなぁ」

 

 冷やかし半分本気半分といった感じであろう新野が提案した出し物に対して、何かが限界を迎えたように教室から凄まじい勢いで出て行ってしまった小山の顔を思い浮かべる。彼女が怒りで顔を真っ赤にするのはいつものことだが、今回に限ってはそれ以外の感情が強かったようにも思えた。今まで特に感じてこなかったはずのものに対して戸惑っているような、そんな表情。

 彼女が何を考えていたのか、波多野には察することはできない。昔から他人の気持ちを推察する能力だけは鈍感だと言われ続けてきた不器用少年である。妙に鋭い時があるとはいえ、基本的に好き勝手してばかりいるトラブルメイカーにそれを求めるのは少々酷であろう。

 胸のどこかに妙な引っ掛かりを覚えながらもうーんと首を捻る。そんな時、貯水槽の下から彼の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

「おーい、進。そんなところで油売ってないで一緒に帰ろうぜー」

「俺は男と仲良く二人で帰るような趣味はないので、吉井辺りを頼ってくれませんか」

「そういう意味じゃねぇよ! それにそんなことしたら島田辺りに殺されるわ!」

「なんだ、そういうところは分かってるんだな」

「裏切り者を不幸のどん底に陥れるためには人間関係の把握は必須なんだよ」

 

 そもそも異端審問会なんて発足しなければお互いに平和に暮らせるだろうに、と思わないでもないが、現実波多野自身もFFF団との騒動を楽しんでいる節があるので余計なことは言わない。

 須川を放ってこのまま寝続けるのも一興ではあるが、そろそろ風も冷たくなってきた。良い頃合いだろう。傍らに置いていた鞄を持ち上げると、貯水槽から飛び降りる。

 

「今日は美穂と帰らなかったんだな」

「あちらさんは別件で今日は不在だ。ま、たまにはいいんじゃねぇの?」

「彼女と帰れなくて残念でしたねー」

「あいつはただの幼馴染だっての!」

「毎日弁当作ってくれたり一緒に下校したりするただの幼馴染ねぇ」

 

 世間一般ではそういう関係の事を恋人というのではなかろうか。

 

「てか、お前も人のこと言ってる場合かよ」

「あん? なんで」

「小山さんだよ小山さん。なんか噂によればキスまでしたらしいじゃん。俺の知らないところでいつの間にそんな進んでたんだよー。ひゅーひゅー」

「カッターナイフ片手に言う台詞じゃないからな、今の」

 

 笑顔でナチュラルに刃物を向けてくる悪友が恐ろしい件について。

 腕を蹴っ飛ばして須川から凶器を奪いつつも、今の発言についてしばし考える。彼が耳にしているということは、もうそれなりに噂が校内に広まっていると思っていいだろう。事実はどうあれ、波多野と小山は『そういう』関係という認識になっているのかもしれない。実際にはキスはしていないどころか恋人でさえないのだが、噂とはげに恐ろしきかな。誰が広めたのか大方見当はついているが、これ以上彼女に余計な危害を与えないようにするためにも早いところ鎮圧を急がなければならない。

 そんなことを考えていた波多野だが、須川の声に我に返る。

 

「あのよぉ。俺が言うのもなんだけど、なんでそんなに小山さんとの仲を認めようとしないんだ?」

「……? すまん、言っている意味が分からないんだが」

「だからさ、なんで進は、自分の小山さんに対する恋愛感情を否定しようとするんだよ」

「恋愛感情……? は、いや、待て。なんのことだ?」

「え。いやいやいやいや、嘘だろ? 今更そんなこと言ってるのかお前」

 

 何やら信じられないものを見たような顔つきをする須川だが、信じられないのは波多野の方だ。どうして自分が小山に対して恋愛感情を持っているという話になっているのか。そこがまず分からない。自分と小山はあくまでもクラスメイトであり、親友でしかないはずだ。そんな歯が浮くような関係ではない。

 ……そう、ただの、友達なのだ。

 

「…………」

「急に黙り込んでどうした」

「あ……いや、なんでもない」

 

 表情に出ていたのか、波多野の異変に心配そうな顔を向ける須川。慌てて首を振って否定するが、突然走った胸の痛みは紛れもない本物だった。心臓が絞め付けられるような、じわじわくる鈍痛。何故だろう、小山の顔が過ぎるとともにその痛みが増していくのは。

 再び黙り込む波多野。唐突に訪れる静寂。

 そんな空気を取り払ったのは、須川の突然の一言だった。

 

「俺と清涼祭の召喚大会に出てみないか?」

「……は?」

 

 予想だにしない申し出に、波多野にしては珍しく素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな彼を差し置いて、須川はこれ以上ない程に輝かしい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 行きつけの喫茶店に移動した小山と佐藤。

 

「なるほど……まぁなんというか、友香さんらしい悩みですね」

「な、なによぅ。どーせ不器用な女ですよーだ」

「不器用というか素直じゃないというか。進君にも言えることですけど、お二人はホントそういう面に関しては赤点レベルですよね」

「う」

「少しは否定してくださいよ……」

 

 はぁ、とこれ見よがしに溜息をつく佐藤だが、むしろ息を吐きたいのは小山の方である。根本と別れてせっかくフリーになれたというのに、肝心のお相手とまともに話すことすらままならないという初心すぎる状態。進歩したと思いきや、関係的にはむしろ退化していると言われても否定はできない。おかしい、こんなはずでは。試験召喚戦争後に発生した屋上イベントがまさかここまで足を引っ張るとはさすがの小山も予想できなかった。

 ココアを煽り、息をつく。

 

「まぁ改善はともかくとして、少し肩の力を抜いてみてもいいかもしれませんね」

「簡単に言ってくれるわね……。こちとらストレスで夜も眠れないって言うのに」

「だから、そのストレスを発散してみるんですよ」

「発散ねぇ……」

「……そんな友香さんに私から提案があります」

「提案?」

 

 頬杖をついてだらしなく目を細めながらの小山の言葉に、待ってましたと言わんばかりのドヤ顔で鞄から何やら取り出そうとする佐藤。ゴソゴソとしばらく鞄の中を漁った後に現れたのは、何やらイラストが目立つ一枚のチラシ。

 目の前に差し出されたソレを読み上げる。

 

「清涼祭試験召喚大会?」

「はい。二人一組のタッグマッチで行われる、試験召喚システムを使ったトーナメント大会です」

「へぇ……まぁ、文月学園らしいと言えば文月学園らしいけど」

 

 全国でも文月学園にしかない特別なシステム。世界中からも注目されているこの特徴を宣伝するにはもってこいのイベントだ。大会制にすることによって生徒の協力も得られるし、理に適った方式と言えるだろう。

 さてさて、だ。おそらくはこういうことだろう、と小山は顔を上げる。

 

「もしかして、これに一緒に出ようとか言わないわよね?」

「そのもしかしてですよ友香さん。私と一緒に優勝目指して頑張ってみませんか?」

「本気で言ってるのアンタ……クラス代表とはいえ、私はCクラスなのよ? 勝てるわけないでしょ……」

「友香さんの大好きな進君なら、そんな弱気なことは絶対に言いませんけどね」

 

 聞き捨てならない佐藤の台詞に、小山の耳がピクリと反応する。

 

「……どういう意味よ?」

「そのままの意味ですよ。最初から躊躇するなんて、そんなの面白くないじゃないですか。進君が聞いたらたぶんがっかりすると思いますよ」

「は、波多野は関係ないでしょ」

「大有りです。彼に近づきたくないんですか? 彼がやりたいことなら、自分の事のように全力になりたいとは思わないんですか?」

「波多野の、やりたいこと……」

「この大会、おそらく進君は出場しますよ。組み合わせ次第では、彼と戦うことになるかもしれません。自分の力を証明したくありませんか? 貴女の想いを、彼にぶつけたくありませんか?」

「ちょちょ、どうしたのよ、なんでそんな大それた話に……」

「確かに大袈裟ですが、このままでいいんですか? このまま逃げていて、友香さんの悩みやストレスは解決されるんですか? 時間の経過で済むような、そんな軽いものなのですか?」

 

 捲し立てるような佐藤の物言いに戸惑うが、彼女が向ける真剣な眼差しを前にすると二の句が継げなくなる。言い方は多少無理矢理ではあるが、確かに今の小山は問題と向き合おうとはしていない。自分から逃げて、波多野から目を背けて、問題の解決に背を向けているだけだ。今の小山を彼が見れば、「面白くない」と一喝することだろう。困難に向き合い、全力でぶつかることを何よりも好む彼ならば、間違いなく。

 

 ――――確かに、美穂の言う通りかもしれないわね。

 

 

「勝算は?」

「その場の勢い」

「作戦は?」

「ぶっつけ本番」

「……勝つ自信は?」

「聞く必要がありますか?」

「アンタも大概バカよね」

「友香さんほどではないですけどね」

「……」

「……」

『……ぷっ。あははっ』

 

 互いに皮肉をぶつけ合い、しばらくの間睨み合う。後に訪れたのはどちらともなく零れた笑い声。何が面白いのか、目の端に涙を浮かべるほどに腹を抱えて爆笑する乙女二人は、他の客からの視線を受けながらもそのまま相手に向かって右手を差し出す。

 

「勝つわよ、美穂。あのバカに私の本気を見せてやるんだから」

「当然です、友香さん。目に物見せてやりましょう」

 

 先程とは打って変わって、しかしながらどこまでも小山らしい大胆不敵な笑みを湛えて。目指すは優勝、ただ一つ。何かが吹っ切れたような、清々しい胸の内。重荷が取れたと言わんばかりのすっきりした表情で、小山友香は本来の自分を取り戻す。

 ――――佐藤の携帯電話に、須川からの『作戦成功』メールが来ていることなんて、微塵も知らないながら。

 

 

 

 

 

 


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