Cクラスな日々!   作:ふゆい

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第十五問

 その展開を、この場にいるいったいどれだけの生徒が予想できただろうか。

 40名のBクラス軍に対し、C・Fクラス連合軍はたったの11名。しかも最高戦力である小山友香さえも補習室に連行されてしまい、実質的な戦力は当初の20%ほどに落ち込んでしまっていると言っても過言ではない。対して、Bクラス軍は数名の防衛部隊を失ったとはいえ8割の生徒を残す万全の状態。そのうえ生徒一人一人の地力すらも連合軍の数段上を行っている。Aクラス程ではないにしても、学年でも上位に位置する優等生クラスを前にして、須川達の勝利はほとんどありえないものと化していた。そして、おそらくはその場にいる誰もがBクラスの勝利を確信し、連合軍の敗北を予期していただろう。

 Bクラス代表を務める根本恭二は当然ながら、現在において連合軍部隊長の須川も例外ではなかった。口では強がりを言っているものの、この窮地を脱する具体策が浮かんでこない。今の戦力をどう利用しても目の前の大群を打倒す妙案が浮かばない。元々頭を使うことが得意ではない彼にとって、一点集中突破が通じない相手は苦手と言っても良かった。

 そんな時、そんな時である。

 本来ならばずっと前に聞こえても良かったはずの声。今まであまりにも聞き慣れた、学内でも有名な『騒動起爆剤(トラブルメイカー)』の声が突如として新館の廊下に響き渡ったのは、本当に予想外の出来事であったのだ。

 

「遠藤先生ぃいいいいいい!! 召喚フィールドの準備をお願いしまぁぁぁぁす!!」

「り、了解しました。試獣召喚を承認します!」

「試獣召喚!」

 

 いつの間に確保していたのか、おそらくはDクラスから飛び出してきたであろう波多野は後方に遠藤教師を引き連れて廊下に姿を現す。Bクラスの背後。位置をより詳細に言うならば、須川達と共にBクラス軍を挟み撃ちにするような形で彼は戦場に殴り込みをかけたのだ。しかも、坂本がわざわざ分けた別働隊を引き連れず、単騎のみで。

 

「何やってんだ、あのバカは……!」

 

 あまりにも命知らずな行動に須川は思わず頭を抱える。彼が最も得意とする社会系の科目ならいざ知らず、今回の科目は英語だ。確かにそれなりには高得点を取っているのだろうが、それでも一騎当千と言えるほどの点数があるワケではない。どう考えても無謀すぎる。

 召喚フィールドの科目を確認した根本も同じ考えに至ったらしく、見るからに波多野を見下した表情で高らかに下品な笑い声をあげた。

 

「ひゃひゃっ! なんだよその普通としか言えないお粗末な点数はよぉ! そんだけの武器でわざわざ敵軍に突貫してくるとか、ヤキが回りすぎてとうとう頭の回路がショートしちまったかぁ?」

「……確かに、脳の回路が焼き切れちまいそうなくらいに、今の俺はドタマに来てるよ」

「あぁん? 何意味わかんねぇこと言ってんだオマエ」

「テメェには一生かかっても分からねぇよ! 俺がキレてる理由なんてなぁ!」

「なっ……!?」

「オラァ! さっさと根本までの道開けろ雑魚共!」

『キャァッ!?』

 

 西洋鎧と大盾を装備した召喚獣の頭上に表示されている点数は157点。Cクラスにしては高く、Bクラスでも通用するであろう点数。しかし決して図抜けているとは言えない中途半端な戦力。それでも波多野は、未だに実践慣れしていないBクラスの面々を力任せに薙ぎ倒していく。防御することなんて微塵も考えていない、邪魔する召喚獣達を片っ端から殴り、踏み、蹴散らしていく。その姿はまさに鬼神。自らが傷つくことを恐れずに邁進する波多野を前にして、Bクラスの面々に恐怖が伝染し始める。

 

『やべぇ……あいつやべぇって!』

『目が完全に正気じゃないわよ……!』

「ゴチャゴチャ言うな! いいから全員纏めてあの馬鹿野郎をぶっ潰せ! 数で押せば怖くなんかねぇだろ!」

 

 もはや怒りに身と心を支配されている波多野に慄くBクラス生徒達だったが、根本の一喝によって少しずつ彼の召喚獣に攻撃を加え始める。いかに操作慣れし、異様なまでの圧迫感を放つ波多野といえど、理不尽なまでの数の暴力を前にしてはなかなか前に進めない。無慈悲にも少しずつ点数を削られていく。

 

「くそが……!」

「ハハッ、ざまぁねぇな波多野! いいぞお前ら、そのまま……」

「だらっしゃぁああああああああ!!」

「なに!?」

 

 徐々に弱体化していく波多野に気を良くした根本が次の指示を与えようとした瞬間、Bクラスの(・・・・・)窓をかち割って廊下に乱入してくる謎の一名。何か固いものでも殴り続けたのか、左手から血を流している茶髪の少年。どこか抜けたような雰囲気を纏う、中性的な顔立ちの男子生徒。おそらくは文月学園においてトップクラスに有名な伝説的のバカ。

 Dクラスに潜んでいたはずの吉井明久が、廊下にガラスの破片を撒き散らしながら根本の付近に舞い降りた。

 

「げっ、吉井!?」

「根本恭二! 僕はお前に勝負を申し込む! いくぞ!」

「チッ、雑魚が一丁前に出しゃばるんじゃねぇよ、試獣召喚!」

「よし、俺達もいくぞ!」

 

 改造学ランに木刀を携えた吉井の召喚獣が根本に襲い掛かる。その場面を目撃した須川は、ここぞとばかりに声を上げた。乱入者の連続による統率が乱れたBクラス。彼らの数を少しでも減らす好機は今において他にはない。ここでできるだけ数を減らしておけば、まだ戦場に到着していない姫路瑞希や土屋康太の手によって勝利できる確率が飛躍的に上がる。須川の掛け声に、残された連合軍メンバーも各々の召喚獣を顕現させるとBクラス軍に特攻をかけ始めた。守ることに意識は向けない。ただ前に。前に進むことだけを考えて攻撃を加えていく。

 

「進め! 一人でも多く倒すんだ!」

「くそ、雑魚クラスのくせに……!」

「そうやって見下してばかりいると、いつか足元掬われるわよ!」

「そうネ! 今からその腐った性根を叩き直してやるヨ!」

 

 比較的点数が高い島田とシェリルが突破口を開き、須川達が援護攻撃を行う。点数では勝るBクラス生徒達であるが、多対一に持ち込まれると戦況は途端に連合軍側へと傾き始めていた。元々協調性及び団結力に欠けるBクラスである。チームワークにおいてはトップクラスである連合軍を相手にして有利でいられる理由は少ない。もはや協力することを忘れ、単独プレイに走り始めた生徒達を一人ずつ確実に葬っていく須川達。

 Bクラス側が徐々に人数を減らしていく中、吉井は根本との一騎打ちを続けていた。

 

「こんのぉ!」

「ちょこまかと鬱陶しいんだよバカの癖に!」

『Fクラス 吉井明久 VS Bクラス 根本恭二

 英語   54点  VS      176点』

 

 吉井の木刀が根本の脇腹に掠ってわずかながらにダメージを蓄積するが、激昂した根本の反撃は当たらない。ただでさえ操作に慣れていないうえに観察処分者である吉井は操作能力に関して言えば学年トップクラスに君臨するほどの猛者だ。ほとんど直線的な動きしかしてこない相手を回避するなんて造作もない。

 しかし、吉井は学年最低クラスの馬鹿であることもまた事実だ。いくら攻撃を避け、反撃を喰らわせたとしても、与えるダメージはかすり傷に等しい。焼け石に水とまでは言わないが、ほとんど効果は上がっていない。

 ジリ貧。まさにそう形容するのが最も適している光景がそこにはあった。

 

「くそっ! ゴキブリみてぇな動きしやがって!」

「ははっ! Bクラスの癖にFクラス一人仕留められないなんて、とんだお笑い草だね!」

「なんだとっ! この野郎、バカのくせに調子に乗りやがって!」

 

 吉井の挑発に激昂した根本がさらに攻撃の手を加える。四方八方から大振りに飛んでくる鎌をちょこまかと小刻みに動きながら回避する吉井の召喚獣。いつの間にか回避に専念し始めたようで、ついには根本の攻撃が掠りもしなくなる。

 あまりにも攻撃が当たらないことに苛立ちを覚え始めた根本は早急に対処すべきと判断したのか、咄嗟に周囲の仲間に援護を要請した。

 

「おいお前ら! さっさとこの馬鹿を叩きつぶして――――」

「……その『お前ら』っていうのは、ここで無様に膝をついている負け犬共の話か?」

「なっ……!?」

 

 根本の叫びを遮るかのように現状を説明する須川。周囲を見渡せば、40人いたはずのBクラス生徒は既に5人ほどまでに減っており、自身を守る親衛隊すらもマトモに生存してはいなかった。対してC・F連合軍側も多少は人数が減ったとはいえ、須川や島田、黒崎といった主力メンバーが未だに戦場に残っている。

 ――――そして。

 

「…………試獣召喚」

『試獣召喚!』

 

 ハスキーな声が聞こえたかと思うと、それに続いて数名の生徒が同じように召喚獣を戦場に喚び出した。Cクラスに潜伏していた、土屋康太率いる別働隊だ。ある程度人数が減ったら出動するように言われていたのか、満を持して登場した別働隊を前に明らかに顔色が悪くなる根本。ただでさえ旗色が悪い中、あまりにも決定的な増援に打開策を見いだせないでいる。

 

「そんな……そんな馬鹿な……!」

 

 かろうじて生き残っている数名の生徒の背後で頭を抱える根本恭二。確実に勝利できていた、負けるわけがなかった。そんな考えが頭の中を駆け巡っているのか、既にマトモな思考ができている様には思えない。

 そんな彼に加えて絶望を与える、傷だらけの兵士が一人。

 自慢の盾は上半分が吹き飛んでいて、西洋鎧も一部がかろうじて引っかかっているだけ。歩き方も歪で、もう少ししたら力尽きてしまうだろうことは容易に推測できる。背後に黒髪の低身長な少年を控えさせた傷だらけの盾役が、根本の召喚獣の前に立ち塞がる。

 彼の接近に気付いた根本は、目を見開いて思わずといった様子で擦れるように目の前の人物の名前を呼んだ。

 

「はた、の……すすむ……!?」

「……よぉ根本。見下していた相手に追い詰められた気分はどうだ?」

「っ……!」

「言葉もねぇか。まぁいい。とりあえず一発思いっきりテメェの顔面ぶん殴って――――」

「ひぃっ!?」

「――――やろうかと思ったが、さっき友香が俺の分までぶん殴ったからな。それでチャラにしよう」

 

 先程までの威勢はどこへやら。完全に竦み上がってしまっている根本に罪悪感を覚えた波多野は拳を下ろすと、どこか居心地が悪そうに後頭部をガシガシと掻く。ここまで追い詰めるつもりは毛頭なかったのだが、どうやらプライドが完全にぶっ壊れてしまったらしい。悪い事をしたなぁと軽く謝罪する。波多野が目の前まで近づいているというのに、生存したBクラス生徒達が攻撃を加えてくる様子はない。さすがに自分達の負けを認めているのだろう。大人しく根本までの道を譲っていた。

 軽く溜息をつくと、盾を構える。

 

「最後に一つだけ言っておくぜ、根本恭二」

 

 すっかり戦意喪失し、武器の大鎌も床に落としてしまっている根本の召喚獣に狙いを定めつつ、波多野は口を開く。自らの意思、自らの信念を、目の前の仇敵に伝える為に。

 

「小山友香を泣かせる奴は、この俺が絶対に許さねぇ!」

 

 召喚獣が腕を振り抜く。壊れかけの盾が根本の召喚獣の側頭部を捉え、思いっきり吹き飛ばす。

 そして――――

 

 

 

 

 




 はい、ようやく一巻内容が終了です。次回はエピローグかな? そういえばいつの間にか初投稿から一年以上が経過していたようで、時間がかかってしまい申し訳ないです。戦闘描写が下手なのに無理して戦争ばっかりやったからこういうことに……おそらく二巻以降は日常描写の割合が増えるかと思われ。
 死ぬほど時間がかかってしまった試験召喚戦争編ですが、一応は次回で終幕。最後までお付き合いいただけると幸いです。
 ではでは。

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