Cクラスな日々!   作:ふゆい

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第十二問

 Fクラスとの戦後対談を終え、一旦教室に集合したCクラスメンバー。帰りのホームルームを乗り越えるとやってくるのは待ちに待った放課後だ。来たるBクラス戦に向けて最後の調整&勉強が待ち受けている。試験とは違って仲間の為に戦うことができる今回の戦争に対して、Cクラスメンバーのやる気はマックスと言っても過言ではなかった。

 

「さよならネ、ユーカ。明日は頑張るヨ!」

「じゃあまた明日。代表も頑張ろうね」

「うん。気を付けて帰ってね、シェリル。野口君」

 

 揃って小山に声をかけながら教室を出て行く二人に手を振り返す。視界の端では今回の試験召喚戦争について新聞記事をどうするかという相談をしている黒崎と新野が確認できたが、非常に集中しているようなので挨拶するのは遠慮しておいた。普段ははっちゃけメインのトラブルメイカーな二人だけれども、やるべき時にはしっかりと集中して物事に取り組める二人だ。そういうテキパキしている点がCクラスにおいて攻撃の主軸となっているのだろう。どこぞの騒動起爆剤に爪の垢でも煎じて飲ませたいほどだ。

 

「それで、そのトラブルメイカー代表はどこにいったのかしら」

 

 ホームルームが行われていた最中は確かに隣の席にいたのだが、それが終了するや否や学生鞄も持たずに一目散に教室から走り去っていった波多野。トイレでも我慢していたのかと思ったが、別段焦ったような表情をしているわけでもなかった。それどころかどこかワクワクしたような……面白いことを目の前にして、興奮冷めやらない子供のような感情を顔全体に浮かべていたように思える。いつもの波多野らしい、どこまでも突き抜けた馬鹿みたいに単純な笑顔で。

 あの表情から察するに、彼の居場所は一つしか考えられない。

 

「あのバカ。どうせFクラスに行って坂本君達と明日の作戦でも練り合っているんでしょうね」

 

 前代未聞のCクラスとFクラス連合によるBクラスとの試験召喚戦争。今日の戦争後に学園長に話をつけに行った坂本と波多野の話では、CクラスFクラス連合対Bクラスの戦争はどうやら許可されたらしい。こちらが両クラスとも下位のクラスであり、Fクラスが学園史上最低クラスの学力である事。そしてBクラスの根本が自身のプライドから下位クラスからの宣戦布告を怒り半分で承諾してしまったことが許可の主な原因であるようだ。先程の戦後対談の時に話の中で出てきてはいたが、無駄にプライドだけは一人前の根本が小山達の宣戦布告を断るわけがない。他人を見下すことを良しとし、他人に見下されることを良しとしない彼らしい判断と言えるが、今回に限ってはその傲慢な性格を坂本や波多野に逆手に取られたと考えていいだろう。Bクラス生徒達はドンマイというべきか。

 おそらく作戦会議に熱中する余り鞄の存在など完全に忘れ去っているであろう悪友のために一肌脱いでやるか、と誰にともなく呟いてから波多野の鞄を持ち上げると、小山は教室を後にする。

 

(ったく。いったい誰に言い訳してんだか)

 

 自嘲気味な溜息を漏らす。ここまで来てもまるで成長していない――――自分の気持ちに素直になれず、思ってもいないような言い訳を垂れ流す自分自身に嫌気が差す。先程の戦後対談の際に波多野への素直な想いを自覚したはずの小山であるが、だからといって恋する乙女脳全開な某ヒロインのように波多野に対して傾倒するのは少々癪だと思っている。元来の高いプライドのせいか、自分から好意を示していくというのはなんだか負けた気がしたからだ。そもそも恋愛における好意なんて勝ちも負けもないのだが、そういう変な部分に拘ってしまうのが小山のヒステリーたる所以である。神経質と言っても良い。

 小山友香は波多野進のことが好きだ。それに関しては紛れもない事実である。しかし、そのことを周囲に知られることは何としても避けたいと思っているのもまた事実なのだ。変にからかわれるのは嫌だし、なにより格好悪い。元々気が強くガキ大将的なポジションを有している小山らしい考えとも言えた。

 

(子供じゃないんだから、いつまでも変な意地を張るわけにはいかないってのは分かってんだけどねぇ)

「あれ? 小山さんじゃないですか?」

「ん?」

 

 どこまでも素直になれない自分に対して盛大な溜息を漏らしていると、不意に後方から名前を呼ばれて足を止める。聞き心地のいい鼻から抜けるようなこの声は、確か……。

 顔を上げて、背後にいる声の主を見やる。

 まず目に入ったのは腰ほどまで伸ばされた桃色のふんわりとした髪。柔和な顔立ちに、ちんまりとした背丈。大人しい小動物のような雰囲気とは不釣合いなほどに大きな胸部。何より特徴的なウサギの髪留め。

 見覚えがある。というか、この学校で彼女を知らないものはおそらくいないほどの人物。

 

「姫路さん?」

「はいっ。先程の試召戦争ぶりですねっ」

 

 小山の呼びかけに、にぱっと柔らかい笑みを浮かべる姫路。そのあまりにも純粋な笑顔に思わずときめいてしまい言葉を呑み込むが、一旦深呼吸を挟んでからゆっくり落ち着く。噂には聞いていたが、やはり美少女だ。スタイルも良いし、何より可愛い。さすがFクラスのアイドルと言われているだけのことはある。主に胸部を注視してそう思う小山。主に胸部を見て。

 

「こ、小山さん? そんなに胸を見つめられるととても恥ずかしいのですが……」

「……捻じり取ってやろうかしら」

「小山さん!? お、落ち着いてっ。目が怖いですぅ!」

「はっ! ご、ごめんなさい。ちょっとだけ嫉妬に駆られそうになっちゃった」

「美波ちゃんもそうですけど、なんでたまに暗黒面に堕ちる人が多いんでしょうか……」

「女にはときに許せない存在というものがあるのよ」

「小山さん?」

「うぅん。なんでもないわ気にしないで」

「いや、今明らかに不穏な発言があったような気がするのですが……」

 

 冷や汗一筋口元を引き攣らせる学園のアイドル的少女に誤魔化しの意味を込めた言葉を贈る。小山自身も別段小さいわけではないが、目の前で複雑そうな表情で立ち尽くしている姫路が相手となると少々厳しい戦いになることは必至だ。Cクラス……いや、Dクラス級の小山がそう思うのだから、Aクラス級の島田であれば親の仇のように思うのは至極当然の事であろう。FクラスのFクラス級とかシャレにしてはタチが悪い。

 くっそー、とか愚痴ってひとしきり姫路の豊乳を睨みつけると、改めて姫路との会話を再開する。

 

「姫路さんは今から帰るところ?」

「いえ、ちょっとトイレに行ってきた帰りです。教室に戻ろうかと」

「ふぅん。あ、そういえばウチの波多野がお邪魔してない? たぶん坂本君達と作戦会議をしていると思うんだけど」

「はい。波多野君なら今作戦を立案中ですね」

「やっぱり……まぁ、アイツらしいといっちゃアイツらしいけど」

 

 それなりに予想はしていたが、やはりか。明日の試験召喚戦争を楽しみにするあまりホームルームが終わると同時に教室を飛び出すというのは少々子供っぽすぎやしないかと呆れるばかりではある。いざという時には格好良くて頼りになるくせに、普段はどうしてあぁも精神的に幼いのだろうか。……文月学園の男子は全体的に幼い感じがするとかは言ってはいけない。

 やれやれ、と肩を竦めていると、目の前で何やら面白そうに口元を綻ばせている姫路の顔が目に入った。

 

「なに笑ってんのよ、姫路さん」

「ふふっ……小山さんって、やっぱり波多野君の事が大好きなんですね」

「なっ……! き、急に何を……!?」

「だってほら、波多野君の話をする時の小山さんって本当に楽しそうにしているじゃないですか」

「嘘っ……!?」

「ウソじゃないですよ。小山さん、本当に幸せそう」

「ぅ……」

 

 あまりにも真っ直ぐな瞳で見つめられながら言われてしまい、不覚にも言い返すことができなくなってしまう。彼への好意を自覚した後であるから、尚更動揺を隠すことができない。マトモな反論を一つも考えることができず、ただ恥ずかしそうに顔を赤くして姫路から目を背ける。

 そっぽを向く小山に対し、姫路は言葉を続けた。

 

「美穂ちゃんが言っていました。小山さんは素直じゃないけど、分かりやすいって。どっちなんだろうって思っていましたけど、うん、小山さんは分かりやすいです」

「悪かったわね……こちとらポジション的に複雑なのよ」

「そうですね。根本君と波多野君。二人の板挟みと言うと変な感じですが……」

 

 そして、姫路は笑みを浮かべると、

 

 

「小山さんの中では、もう答えは決まっているんでしょう?」

 

 

「……意地が悪いわね、瑞希(・・)

「ふふ。そんなことありません。友香(・・)ちゃんが素直じゃないだけですよ」

 

 ――――ホント、この学園の奴らっていうのはみんな意地が悪いわ。

 馬鹿そうに見えて大事な部分は的確に見抜いてくる観察眼にもはや感服するしかない。波多野然り、姫路然り、吉井然り。小山の周囲にはどうしてこうも面倒くさいと思う程に厄介な連中が集まっているのだろうか。できることなら普段からしっかりしてほしいと願うところである。

 溜息を一つ。

 

「私の秘密を知ったんだから、瑞希が吉井君のことが好きっていう秘密も教えておいた方が良いわよ」

「も、もう知ってるんじゃないですか! なんでわざわざ改めて言う必要が……」

「証、拠、確、保♪」

「その右手に持った携帯電話を下ろしてください! どこに電話するつもりだったんですか!」

「え? 吉井君だけど。さっき戦後対談の時に一応番号を貰っておいたから、丁度いいかなって」

「なにがどう丁度いいんですか! 駄目ですよ!」

「えー? いいじゃない別に減るものでもなし」

「ダメーッ!」

 

 赤面&涙目で小山から携帯電話を奪おうと飛び掛かってくる姫路を巧みに避ける。女子の典型的なパターンというかなんというか、他人の恋愛には興味津々に首を突っ込んでくるが、自分の恋愛事に関しては恥ずかしさのあまりに少々素直ではなくなってしまうらしい。それは小山だけではなく、どうやら目の前の姫路瑞希も同様であるようだ。個人差はあれど、他人に自分の弱みを見せるのはあまり好ましい事態ではない。

 携帯電話を奪ってなんとか小山の蛮行を阻止しようと健気にジャンプを繰り返す姫路だが、155cmの低身長である彼女が10cmほども差がある小山に届くわけがない。繰り返す内に、次第に息切れが激しくなっていく。

 

「ぜひゅー……ひゅー……うにゃぁ……」

「ちょ、ちょっと。瑞希大丈夫?」

「あぅぅ……だいじょうぶ、です……」

「そういえばアンタ、身体が弱いんだったわね……。ちょっとふざけすぎたわ。ごめんね」

「い、いえ、気にしないでください。私も楽しんでましたし、おあいこです」

 

 膝を折って深呼吸を繰り返す姫路。そもそも彼女がFクラス行きとなった理由は振り分け試験の際に高熱を出してしまい途中退出による無得点扱いとなってしまったからだ。そのことは二年生内にはそれなりに知れ渡っており、もちろん小山の耳にも入っている。そんな身体が弱い彼女に対し、少しやりすぎたかなと罪悪感に駆られる。だがまぁ、あまり気を遣うのも本人にとって失礼だろう。

 少々頭を下げると、足元に置いていた二人分の鞄を持つ。

 

「それじゃあまぁ、そろそろFクラスに向かうとしましょうか。波多野に鞄を届けないといけないしね」

「またそんな言い訳を……素直に波多野君に会いに行こうって言えばいいのに」

「私が吉井君の電話番号を表示させた状態で携帯電話の画面を開いているという事実を忘れない方が良いわよ、瑞希」

「ひゅいっ!? そ、それは卑怯ですよ友香ちゃん! 早く携帯電話をしまってください!」

「えー? それはどうしようかしらねぇ」

「な、なんでそんなにニヤニヤしながら言うんですかっ」

「だってねぇ……」

 

 姫路が向ける非難がましい視線をどこ吹く風という様子で軽く受け流すと、小山はニィと口の端を吊り上げながら子供のような無邪気な笑みを浮かべて心底楽しそうに言い放つ。

 

「そっちの方が、面白いでしょう?」

 

 ぽかんと大口を開けて呆気にとられる姫路を残し、小山は満面の笑みを顔全体に貼りつけたままFクラスの教室へと走り始めた。

 

 


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