史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第87話  遭難した? そうなんですよ

「なにぃ! 兼一の奴が拳魔邪帝の野郎と土砂崩れに巻き込まれただとぉ!?!?」

 

 逆鬼の野太い怒鳴り声が、山全体にまで反響する。

 剣星は帽子の鍔を抑えながら、普段のお気楽さが嘘のような深刻な表情で頷く。

 

「おいちゃんが着いていながら……我ながら不甲斐ない。馬剣星、一生の不覚ね」

 

 クシャトリアと剣星の死闘によって齎された大規模な土砂崩れは、完全に地形そのものを変えてしまっていた。

 そう。呑み込まれた人間の生存を絶望視するほどに。

 愛する弟子が自分達の立つ地面の下に埋まっているかと思うと、逆鬼の怒りが際限なく高まっていった。

 だが逆鬼は激情家ではあるが、人の気持ちを考えず当り散らすほど子供ではない。憤怒から一転して落ち着いた顔付に戻ると、

 

「いや、不覚なのは俺もだ。俺の方も拳魔邪帝の手下共に時間をとり過ぎちまった。俺が早めに連中をのしてりゃこうはならなかったってのによ」

 

「こういう時はいっそ怒鳴られた方が気が楽なものね。けど中々楽にしてくれない。逆鬼どんは厳しいね。ちょっと秋雨どんに似てきたかね」

 

「馬鹿野郎。ンなわけねぇだろ。大体な、兼一はこの俺の弟子だぞ。俺の弟子がこの程度で死ぬわけねぇだろ。こんくれぇで死ぬような男なら、今頃とっくにアパチャイにやられてる」

 

「それは言えてるね」

 

「ま、それより――――」

 

 話しながら逆鬼はチラっと視線を逸らす。

 

「ぬぉぉおおおおお! 師匠ぅぅぅぅぅぅぅぅ! まだ全然強くなってないのに、リミ残して埋まらないで下さいお!

 あ、けどけど。リミが見つけたらゴホービで修行は三日くらい休みにして下さい。龍斗様をデートに誘いたいんで!」

 

 色気も可愛いらしさもあったものではない叫び声をあげながら、小頃音リミが手あたり次第に瓦礫を掘っている。

 口調こそ些かアレなものの、その必死さは逆鬼や剣星にも良く伝わってきた。拳魔邪帝クシャトリア、鬼の如き修行を課す彼だが、意外に弟子からはそこそこ慕われていたらしい。

 

「まさか兼一だけじゃなくて、拳魔邪帝まで埋まっちまうとはな。……お蔭で女スパイは無事に送り届けられたが」

 

「ただお蔭で兼ちゃんが無事な可能性が高くなったね」

 

「どういうことだ?」

 

「おいちゃんとの戦いで負傷していたけど、拳魔邪帝ならばぎりぎり土砂崩れから逃れることは出来た筈ね。その彼が脱出せずに兼ちゃんと一緒に埋まったということは」

 

「奴が兼一を助けている可能性が高いってことか」

 

 剣星はコクリと頷いて肯定した。

 弟子クラスの兼一に達人級のクシャトリアが一緒にいるとなれば、それだけで生存の可能性はかなり上昇する。

 

「そうと分かれば話は早ぇ! さっさとこのあたりの岩盤をぶっ壊して――――」

 

「止めるね、逆鬼どん。逆鬼どんが全力で地盤を壊しまわったら、第二の土砂崩れが起きるかもしれないね」

 

「チッ。なら第二波がねぇよう慎重にやりゃいいんだな? くそっ。こんなことなら拳魔邪帝の手下共をのすんじゃなかったぜ」

 

 気絶させて街中にふんじばったアケビとホムラのことを思い出して逆鬼は舌打ちする。

 あの二人は特A級でこそないが、それなりの達人だ。猫の手も借りたい現状、大きな力となっただろう。

 しかし今更後悔しても仕方ない。逆鬼と剣星に出来るのは自分の弟子の無事を祈り、慎重な捜索をすることだけだ。

 

 

 

 太陽の日差しがまるで注がれない暗闇。だが暗闇に導を示すように、仄かな光源が宙に浮いていた。

 おぼろげな意識のまま兼一は藁をも掴む思いで光源へと手を伸ばす。

 

「やめろ、火傷するぞ」

 

「――――はっ!」

 

 光源の正体――――ライターの火に指先が触れようとした刹那、伸ばした手が叩き落とされる。それで兼一も目が覚めた。

 目覚めた兼一はなにがなんだか分からないまま周囲を見渡す。

 左右前後上下。あらゆる方向へ首を向けるが、光を放っているのはクシャトリアの手にあるライターのものだけ。それ以外は暗闇一色だった。

 恐る恐る手で探ってみれば、ごつごつとした感触がする。

 

「こ、ここは……?」

 

「さぁ。恐らく山の中というのは分かるが、正確な位置はさっぱりだ。なにせ俺も土砂から逃れるために我武者羅に地面を突き破っていたら、何時の間にかここに到達していた口でね」

 

「土砂……そうだ、僕は」

 

 地面に足をとられたクシャトリアを助けようとして、結局助けられずに一緒に土砂に巻き込まれてしまったのだった。

 ということはここは山の中。取りあえず闇の牢獄の中という最悪のオチではなくてなによりだ。

 

「はぁ、白浜兼一くん。君は本当に臆病なんだか勇敢なんだかアホなのか分からない男だな。達人の俺なら一人でも脱出できるとは思わなかったのか?」

 

「す、すみません。なんだか気付けば体の方が動いていまして」

 

 助けることが出来たのならまだしも、こうして一緒に土砂に呑まれ、逆に助けられるという無様を晒した兼一に反論の言葉はない。

 きっと無事に戻れば師匠達に叱られるだろう、と思いながら謝る。

 謝られたクシャトリアの方は怒るでもなく、どこか疲れたように嘆息すると、

 

「別に謝って欲しいわけじゃない。そもそもこうして君を助けてしまったのも俺の判断なわけで、いや闇の武人が梁山泊の弟子を助けるなんて、本当になにをやってるんだ俺は。だが助けに来たのは君の方で―――」

 

「あの、クシャトリア……さん?」

 

「人助けなんて柄でもないだろうに。美雲さんはまだしも、師匠に敵の弟子を助けるなんて甘えを見せたことを知られれば」

 

 なにやらブツブツと一人で呟いているクシャトリア。なんとなく危険な臭いがしたので、兼一は黙ったままそれを見守っていた。

 

「よし。白浜兼一くん、これはお返しということにしておこう」

 

「お、お返し?」

 

「デスパー島で君のところの師匠が翔くんの手術に協力してくれただろう。そのお礼。うん、これなら良い。殺人拳でも恩は返さなければいけないからな」

 

 あまり良く分からないがクシャトリアが納得しているのなら問題はないのだろう。

 そんなことより重要なのはこれからどうするかだ。

 光なき洞窟に二人で閉じ込められる。しかも一緒に閉じ込められている相手は拳魔邪帝クシャトリア。

 

(こ、これってもしかして凄い状況なのでは)

 

 もしも一緒に閉じ込められたのが美羽だったら、と考えてしまったことは口が裂けても言えないことだった。

 

「兎も角。ここを脱出しないとな」

 

 クシャトリアが立ち上がる。兼一はゴクリと生唾を呑み込む。

 

「脱出って、やっぱり周囲の岩をドガガガって壊すんですか?」

 

「それでもいいけど、それをやると俺は兎も角、君の方はぺしゃんこになると思うがいいのか?」

 

「お願いします。別の方法で」

 

 土下座する勢いでお願いする。人間いずれ土の下に埋まるものだが、よりにもよってこんな誰もお参りにも来てくれない場所に埋まるつもりはない。そもそも兼一には生きてやりたいことがあるのだ。

 

「ま、その方法はとりたくてもとれないんだがね」

 

「どういうことですか? 達人級なら簡単に出来ると思うんですけど」

 

「それは俺も達人の端くれ。暗鶚の暗殺術には土潜りの秘術もあるし、大して難しいことじゃない。だがそれは俺が万全の場合の話だ。生憎と君の師父にやられたダメージがかなり残っていてね。ここまで逃れるのに最後の力も殆ど振り絞った。なんか岩の破片が体に刺さったりもしたし、わりと瀕死だ。歩くのも辛い」

 

「瀕死なんですか!? わりと!?」

 

「ま、瀕死程度はよくあることだ。それよりここが洞窟か何かなら、出口があるかもしれん。取りあえずこの先へ行ってみよう」

 

 そう言ってクシャトリアがライターの火を向けると、確かに奥には道が続いていた。かなり狭いが幸い人間二人くらいは通れそうである。

 

「分かりました。行きましょう」

 

 クシャトリアが闇の武人だというのは承知している。しかし今は梁山泊も闇もなく、ここからの脱出が最優先。

 ここを脱出するまでの間は、クシャトリアの指示に従うようにしよう。兼一はそう決断した。

 


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