史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第86話  救う者、殺す者

 兼一は血管が浮き出るほど眼を大きくして、眼上にて対峙する二人の〝達人〟を見上げる。

 シルクァッド・サヤップ・クシャトリアと馬剣星。

 恐らく二人が二人とも、もはや立っているのも限界だろう。それこそ今すぐ倒れてもおかしくはないはずだ。

 満身創痍でありながら、尚も限界以上の実力を発揮し続ける――――人間の生命力の枠を超えたファイティングスピリッツ。

 無限の修練の果てに人間の領域を超越した〝達人〟は、体力でも気迫でもない何かを動員し、己の必殺を解放する構えをとった。

 馬剣星がとったのは、猛虎のような構え。兼一がまだ教わっていない技のものだったが、きっと馬剣星という武人のオーラ故だろう。対峙しているのは自分ではないというのに、重力が十倍になったかのようなプレッシャーが伸し掛かってきた。

 

「あれは――――」

 

 そしてシルクァッド・サヤップ・クシャトリア、彼が纏っているのは静動轟一の気だ。

 叶翔や龍斗も発動していたそれであるが、やはり達人の気の総量は弟子クラスとは比較にはならない。弟子クラスの静動轟一も脅威だったが、クシャトリアのそれは脅威を通り越してもはや天災クラスだ。

 肉体と精神に極度の負担を強いるため、達人であろうと長時間の発動は自殺行為である静動轟一。

 されどほんの刹那。必殺の奥義を繰り出す一瞬に発動を限定させてしまえば、肉体のかかる負荷など皆無に等しい。

 

「……ぐ、師匠(グル)。普段から厳しさの中に厳しさのあるドSだけど、シリアスモードはやっぱり恐いお」

 

「いや、師匠をドS呼ばわりは――――ああ。駄目だ、僕には否定できない」

 

 上に竜虎もかくやという視線で睨み合う達人がいれば、兼一とリミも茶番めいた戦いなどはしてはいられない。

 不覚にも任務のことすら忘却し、生唾を呑んで自分達の師匠の勝利を願う。

 師匠の勝利を信じる兼一だが、なにせ武を極めた達人同士による奥義のぶつかり合いだ。

 それがどのような結末を生むのか、未だ達人には遠く届かぬ兼一には分かる筈もない。

 

『――――――ッ!』

 

 鋭い踏み込みは同時に。翼をもつ騎士の如く、空を舞うはクシャトリア。大地の力を我が物とし、空から落ちてくる天災を迎撃するは馬剣星。

 

天波(ブラフマラー)――――」

 

「――――猛虎」

 

 繰り出される奥義。しかし奥義のぶつかり合いという戦いの華は、無粋なる災害に横槍を入れられた。

 先程の地響きよりも遥かに大きく山全体が奮える。達人をもってしても想定外のことに、繰り出された奥義は互いに狙いを外した。

 クシャトリアの天雷を思わせる貫手は剣星の右肩を掠めるに止め、剣星の絶招はクシャトリアの脇腹に掠っただけだった。

 それでも達人の奥義だけあって掠っただけでも威力は十分。剣星の肩は日本刀で切り付けられたが如く血が吹き出し、クシャトリアは吹っ飛び大岩に叩き付けられた。

 だが依然として地響きは続いている。

 

「う、わ……わわわわ」

 

 地響きは小さくなるどころか、どんどん大きくなっていった。

 兼一は歯を食いしばり兎にも角にも倒れないよう、必死に足と地面を縫い付けた。

 

(そ、そういえば。何処かで同じような振動を感じたような。そう、あれは学校でスキーに行った時、雪崩に巻き込まれそうになって…………うん? なだれ……雪崩? ま、まさか)

 

 自分の予感が外れであって欲しいと願いながら、兼一は視線を上へとずらしていく。

 そして兼一は自分がつくづく運に恵まれないのだと改めて思い知らされた。

 

「じぇ、ジェロニモォオオオオオオオオオオ!!」

 

 奇声をあげる。頂上より津波の勢いで雪崩落ちてくる土砂。

 クシャトリアと剣星。二人が内包した武を全て解放するということは、天災を具現化させるにも等しい。そして天災同士の激突に耐え切れなかった山は、新たなる天災を引き起こしてしまった。

 進路にあるもの全てを呑み込んでいく土砂は、さながら大きく口を開けた龍のようですらある。あんなものに巻き込まれたら確実に生きてはいられないだろう。

 

「はっ! そ、そうだ。君も早く逃げ――――って早い!?」

 

 兼一がリミに警告した時、既にリミの背中は遥か遠くにあった。

 呆れるを通り越して尊敬に値するほどの逃げ足の速度である。きっと彼女も恐ろしい師匠に追い回されているうちに、あの逃走技術を身に着けたのだろう。

 

「ぼさっとしてないで、兼ちゃんも逃げるね」

 

「は、はい!」

 

 クシャトリアとの戦いでのダメージが効いているのだろう。よろよろと立ち上がりながら剣星が手を差し伸べてきた。

 兼一は迷わずその手をとろうとするが、その直前に目の端にある光景が映る。映って、しまった。

 

「ぐっ……! ええぃ、こんな時に!」

 

 自分の弟子と同じように、クシャトリアも即座に退避しようとするが、運悪く足が地面に陥没してしまった。

 理解はしている。クシャトリアは達人、それも一影九拳クラスの豪傑だ。土砂より逃れるなど実に容易いこと。

 だが戦いで大きなダメージを負ったのはクシャトリアも同じ。もし万が一肉体に負った重度のダメージが妨害をすれば、

 理屈ではなかった。思考が追い付いた時には、既に白浜兼一の体は動いていた。

 

「兼ちゃん! 止めるね、彼なら一人でも――――」

 

 師父の声すらも今の兼一には届かない。悪路を我武者羅に乗り越え、兼一はクシャトリアに手を伸ばした。

 

「クシャトリアさん、捕まって下さい!」

 

「なっ! 君はなにを――――」

 

 クシャトリアが最後まで言い切ることはなかった。土砂が兼一とクシャトリアを呑み込んでいく。

 梁山泊の弟子と闇の達人。二人は山の中へと消えていった。

 

 

 

 

 クシャトリアが土砂に呑まれて消えた頃、その師たるジュナザードは櫛灘美雲に呼ばれ、闇の管理しているプールまで来ていた。

 いつか一番弟子と出会って以来、お気に入りとなった柿を咀嚼しながら、ジュナザードはプールを見る。

 

「のう、女宿」

 

 一見するとプールには誰もいないが、よく見ればプールの中に沈んで瞑想している女性がいることに気付くだろう。

 櫛灘美雲が水中で瞑想を始めて一時間以上。世界記録の倍以上、息を止めていることにジュナザードはさして関心を示さない。

 そもそも達人というのは呼吸器官一つとって人間離れしている。ジュナザードにとっても一時間程度呼吸を止めているのは難しいことではない。

 これでクシャトリアであれば美雲の瞑想を邪魔すまいと、彼女が浮き上がってくるまで大人しく待つのだろうが、生憎とジュナザードがそんな紳士的であるはずがない。

 

「聞いているのかいのう」

 

 爪先でプールを蹴ると、モーセの如くプールが二つに裂けた。

 

「やれやれ。若い者はせっかちでいかんのう」

 

「カッカッカッ。お主からすれば我ですら若造扱いかいのう。永年益寿にて時間を止めたお主の年齢、ちょこっとばかし気になるわいのう。

 のう、女宿の。お主は何歳なんじゃ? 白寿はとうに超えていると我は見るが――――」

 

「女に年齢を尋ねるなど失礼な男じゃな。少しは弟子を見習ったらどうじゃ?」

 

「カッカッカッ。そいつはすまんのう、女宿。我はあやつほど狡くはないんじゃわい。で、女宿。お主が我を呼び出すとはどういうことじゃわいのう。よもや世間話に呼んだわけじゃないじゃろう?

 クシャトリアを寄越せと言うなら聞けぬ相談じゃぞ。あれは我が育て上げた果実。熟しきったアレの武を喰らうのは、我の愉しみじゃわいのう。

 ……じゃが武術家としてではなく、女として体の火照りを鎮めるのにアレが欲しいというのであれば、好きに使って良いぞ。カッカカカカカカカカ! 年齢差五倍以上! 最近流行りの年の差婚、逆光源氏計画というやつかいのう!」

 

「下種の勘繰りじゃな」

 

 厭らしく嗤うジュナザードに、周囲から闘気で具現化した手が伸びてくる。

 だがジュナザードは容易くそれを回避すると、あろうことか天井に着地した。

 

「おっと、危ない危ない。で、本題はなんじゃわいのう?」

 

「拳魔邪神。笑う鋼拳の弟子を、お前が引き取る話は保留になったのじゃったな」

 

「うむ。それなりに良い素材であったし、我であればシラットを極めさせられたものを。勿体ないことじゃわい」

 

「フッ。実はな、ジュナザード。更に良い素材について心当たりがあるのじゃが知りたいか?」

 

「ほう」

 

 仮面の奥でジュナザードの目が怪しく光る。

 黒い殺意を胸に秘め、櫛灘美雲は妖艶に微笑んだ。

 

 


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