兼一とリミの戦いから、時間は僅かばかり遡る。
二人の弟子が各々の信念・目的のために戦い合っている最中、彼等の師達も命懸けの死闘を繰り広げていた。
演舞のようですらある拳打。暴風雨の激しさをもっていながらも、その動きは流麗にして緻密。一拳一蹴全てが無駄のない必殺をもって、敵を”制圧〟すべく殺到していく。
13億を超える人々が住む中華の大地。その13億人にて〝最強〟とまで称された剛と柔の武人。うち柔の最強たる武人こそが馬剣星だ。
剛拳においては兄・馬槍月に劣るとはいえ、それは他の達人と比べ力が弱いというわけではない。確かに馬剣星はパワーで槍月に劣る。だが槍月に劣るからといって、他の達人に劣るというわけではない。馬剣星の攻撃全てが並みの達人相手であれば、ただの一撃で昏倒させるだけの破壊力を秘めていた。
けれど馬剣星と対峙するクシャトリアもまた並みの達人ではない。
馬剣星が中華最強の達人ならば、クシャトリアの師たるジュナザードは世界最強の超人が一人。
そのジュナザードより全ての奥義を伝授され、後継者としての〝名〟を与えられたクシャトリアもまた真の達人。静と動、二つの極めた気を総動員して馬剣星の猛攻を捌いていく。
「はぁああっ!」
「ちょわあああっ!」
奇声にすら聞こえる雄叫びをあげながら、クシャトリアの貫手と馬剣星の突きがぶつかり合う。
大地が沈むほどの踏み込みに、両者の立つ地面が振動する。
戦いはまったくの互角――――と、言うのは些か誇張が過ぎるというものだろう。
現状クシャトリアと馬剣星の戦いはほぼ拮抗しているといっていい。しかしそれはクシャトリアの面妖な戦い方、静と動の二つの気を瞬時に転換するという荒業によって齎された結果だ。
静動転換。原理は単純だが相手にペースをつかませないという、中々に優れたクシャトリアの秘技が一つ。
だがこの技の性質はあくまでも初見殺し。初見の相手でこそ多大な力を発揮するが、逆に既知の相手にはさほど効果を発揮しない。
馬剣星は初めて目の当りにする『静動転換』のせいで苦戦を強いられていたが、長く拳を交えるにつれて初見は初見ではなくなろうとしている。
完全に剣星が静動転換を用いた戦い方に〝慣れて〟しまえば拮抗状態は崩れ、クシャトリアが逆に押され始めるだろう。
「っと。やはり強いな、馬剣星殿。槍月殿と並び称されるだけある。岬越寺殿といい貴方といい……梁山泊の豪傑は化け物揃いだな。それだけの力を持ちながら、古びた道場で貧乏生活しているのが少しだけ不思議だよ。
その強さを活かしてもっと器用に生きれば、地位に名誉に金女にその他諸々。大抵のことは欲しいままだろうに」
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」
「……ほう」
「おいちゃんは欲張りね。美味しい食べ物に女子高生……どれも大好きね。けれどそれだけでは満足できない。共に笑い共に泣く友がいなければ」
「成程、活人拳らしい理由だ」
「それともう一つ! 地位や名誉にお金を傘に女の子を我が物とするなど邪道! エロき魂を胸に宿す者ならば、己の力をもってエロき荒野を切り開くべきね!」
「…………成程。変態らしい理由だ」
後半の方は覚えていると自分まで頭が悪くなりそうなので、早々に記憶メモリーより強制排除する。
最近分かってきたことなのだが、梁山泊の達人も一影九拳に負けず劣らずの非常識人揃いだ。
スポーツや武術は心技体の三位一体が重要という話は聞くが、どうして特A級の達人に限って〝心〟に少し問題のある人間しかいないのだろうか。
自分のことを棚に上げてクシャトリアは空を仰いだ。
「だが実力の方は確からしい」
静動転換の弱点は編み出した張本人であるクシャトリアが一番知っている。そのため多少のリスクは覚悟で速攻で勝負を決めに行ったのだが、見事なまでに受けきられてしまった。
「やはり年季の差か。ポテンシャルが同格な以上、どうしても経験の差が濃く出る。若いのも厭なものだ。せめて俺が後十年は経験を積んでいれば」
クシャトリアと馬剣星、武術家としてのスペックそのものにそこまで極端な差はない。
しかしクシャトリアが特A級まで到達したのは比較的最近だ。対して馬剣星は十年以上も前に特A級に到達し、それからも多くの激戦を潜り抜けてきた。
技ならば器用さで、力ならば肉体的素養で幾らでも追いつける。だが多くの強敵と戦った者だけが獲得できる戦いの経験値。こればかりは〝才能〟だけではどうしようもない。
クシャトリアも特A級となる過程で激戦を繰り広げてはいるし、死線の質でそう劣っているわけではない。けれど馬剣星と比べると数で致命的に劣っている。
「贅沢な悩みね。おいちゃんくらいの年になると、逆に若い頃が懐かしく思うね」
「若い時は早く成長したいと願い、老いればあの頃に戻りたいと思う。そういうものだろう、中華最強の武術家殿」
「見解の相違ね、拳魔邪帝クシャトリア。おいちゃん、あの頃を懐かしむことはあっても、あの頃に戻りたいと思うことはないね。なにせあの頃には逆鬼どんや兼ちゃん、梁山泊の皆が一人もいないからね」
「隣人に恵まれているようで羨ましい限りだよ。さて、お喋りは終わりにしよう」
「――――来るかね!」
戦いが長引けば長引くほど、どんどんクシャトリアは不利となっていく。
かといって静動転換では攻めきれず、静動轟一はまだ未完成の技。場合によっては逆鬼至緒とも戦う必要がある以上、出来れば温存しておきたい。
故にシルクァッド・サヤップ・クシャトリアは奥義を使うことを決断した。
「見せてやる。これが静と動の二つを極めたハイブリット型にのみが到達できる極みの技だ……」
体の中で静の気と動の気、両方を強く深く練りあげる。白と黒、青と赤、静と動。異なる色をもつ二つの気がクシャトリアの内より発生していった。
練られた気はグラスに注がれるワインのように、シルクァッド・サヤップ・クシャトリアという器を満たしていく。
「静動轟一。あの眼鏡の子やYOMIの子が使っていた技かね」
クシャトリアが静と動の気を同時発動させたのを見て、剣星が苦々しく呟く。
命を活かすことを信念とする活人拳にとって、命を削り命を奪う静動轟一は最悪の技。嫌悪するのは至極当然だ。
しかしクシャトリアはそれを否定するかのように口端を釣り上げた。
「違うな、馬剣星。静動轟一はハイブリット型であればという但し書きはつくが、会得すること自体は然程高くない」
尤も朝宮龍斗のように完全に〝静動轟一〟の気をコントロールするレベルとなると、また話は違ってくるのだが今は関係ない。
「言っただろう。これはハイブリット型の極み……奥義だと」
肉体という一つの器にて発動した相反する二つの気。それが混ざり合うことなく、別々に両立していく。
クシャトリアが顔を上げた時、その双眸が赤と青の異なる色に発光したような錯覚を剣星は覚えた。
「奥義〝静動轟双〟」
後書きというか報告的なものです。
来週。なんと史上最強の弟子ケンイチが完結するそうです。なんやて!?
久遠の落日がどうにかなったけれど、まだ解決していない因縁があるのに完結です。なんやて!?
ちなみに「凄ェ!」「文房具屋だ」「隊長」「丸太」などで有名な彼岸島のように、タイトル変更して新章スタートという情報はありません。なんやて!?
よって史上最強の達人ケンイチやら史上最強の妙手ケンイチやら史上最強の変態ケンセイなどの続編が始まるか不明です。なんやて!?
更に余談ですが「にじファン」時代から私のssでは、主人公がわりと高い確率で死にます。なんやて!?
なのでケンイチの最終回の内容によってはそういうことも起こります。なんやて!?
あと化物語で一番の萌えキャラは阿良々木君のアホ毛だと思う。なんやて!?