史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第8話   制空圏

 胴着……いや、あれは巫女装束だろうか。大きく胸元の開いている巫女装束に大きな数珠を首から下げた女性は、一見すると神に仕える神官にすら見える。

 だがジュナザードという恐怖の権化のような達人と一緒にいるクシャトリアだからこそ、彼女がただの巫女では有り得ないと直ぐに悟る。

 彼女が発している底知れないプレッシャーはジュナザードとまったく同種のものだ。

 ジュナザードと彼女がこうして対峙しているだけで、周囲の風景が歪んでいる錯覚を覚える。

 

師匠(グル)。この方は?」

 

「妖拳の女宿、櫛灘美雲。我と同じく一影九拳に名を連ねる柔術の達人じゃわいのう」

 

「一影九拳!?」

 

 確かにこの女性、櫛灘美雲が只者ではないのは一目で分かったが、まさか師匠と同じ一影九拳だとは思わなかった。

 師匠であるジュナザードが――――仮面のせいで顔は良く分からないが――――かなりの高齢だったので、他の一影九拳もてっきり年を召している人が多いのだと想像していたのである。

 けれど『妖拳の女宿』の異名をとる彼女は、顔立ちや瑞々しい肌からいって二十代あたり。かなり若い。

 

「女宿っていうと二十八宿の一つでしたっけ。若いのに一影九拳になるなんて、凄い方なんですね。えーと美雲さんは」

 

「若い? こやつが? カッ、カッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ!」

 

 クシャトリアは至極真っ当な感想を言っただけだというのに、ジュナザードは意地悪く哄笑した。

 

「まったくの見当違いも甚だしい。外見は若い女のそれ、故に貴様が気付けんのも無理はないわいのう。じゃがこやつは女子なんて生易しいものじゃないわい。

 独自の永年益寿の法により、二十代で己を止めた妖怪。この我よりも長い時を生きた女だわいのう」

 

「う、嘘でしょう。幾らなんでも」

 

 縋るように櫛灘美雲へと視線をやるが、クシャトリアの淡い希望もむなしく彼女がジュナザードの言葉を否定することはなかった。

 

「女の年齢を弟子とはいえ他人に話すとは、若造というのは礼儀がない」

 

(……師匠を若造扱いなんて、完全にババアじゃないか。実年齢はどれくらいなんだ)

 

「やれやれ。師が師なら弟子も弟子じゃのう。女を婆呼ばわりとは、主は日頃どういう教育を弟子にしているのかえ」

 

「!」

 

 師匠以外の人間に心の中を読まれたことに驚いて飛び退きそうになる。一影九拳は全員が高度な読心術でも会得しているのだろうか。

 正に尋問・拷問いらず。本当に一影九拳全員が読心術の使い手なら、達人は武術家ではなく敏腕刑事としてもやっていけるだろう。

 

「我の弟子育成ならアンタに言われるまでもなく、全く問題はないわいのう。偶々見つけた素材も上質なもの故、それなりの仕上がりになっておるわい」

 

「確かにお主が弟子をとりつきっきりで修行させて、まだ生きているおるのじゃ。才能があるのは当然じゃが」

 

(というか才能がなければ死んでいたのか)

 

 思い当たる節は幾つもある。

 危険な組手だって毎日のようにさせられたし、何回かは相手が本気で殺しに来る死合いもさせられた。時には敵が武器をもっていたこともある。

 仮に自分に才能がなければ、その何度も繰り返された死合いに敗れ無残な死体を晒していたかもしれない。

 自分という人間が武術の才能をもって生まれた事を、クシャトリアは神……は邪神なので、仏に感謝した。

 

「じゃがわしが見出した候補も中々。果たして主の弟子で勝てるかな」

 

「我に手抜きはないわいのう。仮にアンタの候補に敗れることがあれば、所詮はそこまでの器。壊れても惜しくないわい」

 

「良い度胸じゃ。入れ!」

 

 美雲が鋭く放った言葉は城内に染み渡るように反響する。

 その合図を受けて襖が開き、一人の男が室内に入ってきた。年は大体クシャトリアより四歳ほど上。白い胴着と、足運びを隠すために袴を着用していた。

 

「美雲様。樋上直、参りました」

 

「うむ」

 

 美雲に呼ばれて入ってきた少年といってもいい年齢の男は、恭しく美雲に頭を垂れる。

 どうも正式な弟子ではなく弟子候補らしいが、その姿は自分とジュナザードのそれより遥かに師弟の図だった。

 

「女宿。賭けの内容は覚えておろうな」

 

「主の弟子がわしの弟子候補を殺せば、ぬしの弟子の修行を少しばかし手伝う。じゃがわしの弟子候補が主の弟子を殺せば、弟子候補を正式な弟子とし、今後一切の独断専行を武術家の誇りに懸けてしないと誓う。主こそ忘れてはいないじゃろうな?」

 

「我の弟子が負ければ、じゃがのう」

 

「その自信がいつまで続くか見物じゃな」

 

 長きに渡り武術界の頂点の一つに君臨し続けた達人同士は、静かな中に確かな闘志を燃やして睨みあう。

 漸く理解した。師匠の話によれば『文化としての武術を保護』するという名目もあり、一影九拳同士での私闘は原則として禁じられている。言うなれば不可侵条約のようなものがあるのだ。

 だが強敵との死合いを求めるジュナザードからしたらこれは面白くないことだろう。仮にも自分と同じ地位に立つ世界屈指の達人を知りながら、その達人と戦うことができないのだから。

 けれど不可侵条約はあくまで一影九拳同士の戦いに限定される。弟子と弟子候補による死合いを禁じる掟は闇には存在しない。

 つまりこの戦いは拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードと妖拳の女宿こと櫛灘美雲。二人の九拳による代理戦争なのだ。

 

「クシャトリア。今回もいつも通りじゃわいのう」

 

「分かっています、師匠」

 

 よくよく思い返せば本格的な他流試合は初めてのことだが、やることは何も変わらない。いつも通りだ。

 いつも通り負ければ、自分が死ぬだけ。万が一相手の師匠、櫛灘美雲がジュナザードより出来た女性で、クシャトリアが殺されるところで割って入って命を救っても、師匠であるジュナザードにその命を奪われるだろう。

 だからこそ、

 

「第二のジュルス!」

 

 既に殺し合い、敗北は死という絶対的な恐怖がクシャトリアの精神をヒートアップさせている。

 先手必勝、容赦ない連続攻撃を相手の弟子候補、樋上に叩き込んだ。

 

「年のわりには悪くない仕上げじゃのう。だがこのわしが目を付けた男はその程度でやられるほど甘くはない」

 

 美雲の言う通りクシャトリアの繰り出した連撃はどれも紙一重で回避されていた。

 腕が掴まれる。互いの重心を良く理解した巧みな投げは、重力を失ったようにクシャトリアの体を浮かす。

 

「させるか!」

 

 投げられるわけにはいかない。投げ落とされる直前、自分の足を樋上の首にかけて逆に転ばした。

 毎度毎度ジュナザードに吹っ飛ばされているのが幸いした。地面に投げ出されながらも受け身をとったクシャトリアは、転ばせた樋上に追撃を掛ける。

 急所を狙った鋭い突き。されど、

 

「小手返し!」

 

 突いた手を取られ、手首の関節を捩じられてさっきのお返しとばかりに転げさせられてしまった。

 地面へ落とされる直前、畳みを叩き受け身をとると地に両手をつけたまま回し蹴りを横腹に喰らわす。

 

「ごっ……ぁ! ちっ。シラットにとっては不利な平らな畳の上でここまで動くとは。だが負けん。漸く音に聞く櫛灘美雲様に弟子入りする絶好のチャンスを得たのだから。

 拳魔邪神の弟子。年下を手にかけるのは気がのらないが、四肢が砕けてもその才能をここで摘ませて貰います」

 

 樋上の雰囲気が変わった。

 これまでの戦いで乱雑に放たれていた闘志が内側に押し込まれ、風に揺れる池のように静かに立つ。

 

「摘まされてたまるか。ここで死んだら、これまで苦労して生き延びた甲斐がない!」

 

 相手の雰囲気が一変したのは気になるが、それが攻撃の手を止める理由になりはしない。

 さっきと同じ複雑な連撃で樋上に襲い掛かる。だが変わったのは雰囲気だけではなかったのだとクシャトリアは身を以て知ることになる。

 

「ふっ――――」

 

 突きが蹴りが組み技が。あらゆる技が弾かれ躱され落とされていく。

 まるで樋上の周囲に丸いバリアでも張られているかのようだ。樋上を中心とした丸い球体、それに入った全ての攻撃があっさりと無力化されていく。

 樋上が一歩踏み込んだ。

 

(まずっ……!)

 

 真に優秀な技とは攻撃と防御が同時にできるようになっているもの。

 樋上が使っている技の正体は良く分からないが、これほどの技ならば必ず攻防が一体となったもののはずだ。樋上の周囲に、否、彼の手の届く円の結界に取り込まれれば一貫の終わり。

 クシャトリアは自分の生存本能による直感に従い、樋上から飛び退き距離をとった。

 

(やばいかも、これ)

 

 これまで組手や死合いで自分より強い相手とは何度も戦ってきた。

 しかし今回はただ相手が自分より強いだけではない。強さの差ならそこまで大きくはないが、その僅かな差がある段階を超えた者と超えていない者という決定的な違いを生んでいる。

 

「逃がしません」

 

 依然として焦らず冷静なまま、円の結界を張った樋上が追ってくる。

 クシャトリア、嘗てない程のピンチだった。

 




 みんな大好きロリキャラの千影出したかったけど、時系列的に千影が生まれていたとしても戦闘どころじゃない年齢なので残念ながらオリキャラです。

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