史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第78話  依頼内容

 YOMIの荒涼高校への転入から早数か月。梁山泊一番弟子、白浜兼一はどうにかこうにか五体満足で生き延びていた。

 ボリス・イワノフとの死闘、イーサン・スタンレイとの死合い、櫛灘千影との出会い。死ぬような目にあったのは両手の指では数えきれないほど。だがその度に師匠方に修行で殺されていたお蔭で、実戦で死ぬことは免れた。

 

(ま、まあ一度だけコーキンに殺されかかったけど)

 

 コーキンとの戦いに敗れ、心臓が一度止まったことは忘れることができない。

 もしも適切な心肺蘇生法が実行されていなければ、今頃自分は墓の下で白骨となり埋まっていたことだろう。あの時のトラウマは師の一人、武器と兵器の申し子・香坂しぐれの刀狩りについていったことで克服したものの、思い出すとまだ背筋が凍りつく気分を味わう。

 とはいえ今、自分の背筋が凍りついているのは、

 

「アパパパパ。兼一、今日は難しいことなにもしないよ。これまでのお皿洗いでアパチャイと普通に組手するよ!」

 

「ひぃぃぃいいいいいいいいい!!」

 

 全力でアパチャイより逃走を計る兼一だったが、即座にしぐれの鎖鎌に雁字搦めにされて捕まる。

 

「逃げる…な」

 

「に、逃げてるんじゃありません! これは戦略的撤退です! 孫子曰く、三十六計逃げるに如かずって大学館の『いざという時の戦争シリーズ』に書いてました!」

 

「大丈夫よ、兼一! アパチャイ、今日はなんにも新しいことしないよ! これまでのお皿洗いよ!」

 

「お皿洗いじゃなくておさらいですよ! ……いや、そうじゃなくて普通に組手が一番恐ろしいんですよォーーーー!」

 

 梁山泊一番弟子、白浜兼一には師匠が六人いる。

 一人は言わずと知れた梁山泊の長老。とはいえ長老は所要でふらふらと出かけることも多いし、日常的に稽古をつけてくれているわけではない。

 これまで兼一に多くの恐怖を刻み込んだ香坂しぐれは武器使い。兼一は無手の武術家のため、必然的に修行密度は他の師匠たちよりも薄い。

 馬師父と逆鬼師匠は厳しくもあるが、どことなく(他の師匠と比べたら)甘さもあるほうだ。逆鬼師匠には修行を抜け出してラーメン屋に連れて行って貰ったこともあるし、馬師父とはエロ本談義で盛り上がったこともある。

 そして最後の二人。この二人が修行における恐怖の象徴だ。

 二人のうち一人、岬越寺秋雨は梁山泊でも一番の常識人で理知的な人物である。しかしその常識人は一度修行に入ると鬼になる。まるでアニメのマッドサイエンティストの如く新たな修行マシーンを生み出しては、兼一を地獄に突き落とし、しかも甘さは一切ない。

 兼一の修行プログラムのスケジュールを組み立てたのも岬越寺師匠であり、ある意味では兼一の地獄を生み出す根源ともいえる。

 そして最後の一人が裏ムエタイ界の死神アパチャイ・ホパチャイ。

 

「さぁ! 兼一、好きに打ち込んでくるよ!」

 

「うっ!」

 

 にこにこ微笑みながら、アパチャイがミットを叩きパーンと良い音を鳴らす。公園で多くの子供たちの人気を集める微笑みも、兼一には死神の笑みにしか見えなかった。

 アパチャイ・ホパチャイは梁山泊の師匠たちで一番優しい人だ。それは一番弟子として断言できる。

 しかし師匠たちで一番社会常識というものに疎いアパチャイは、致命的に手加減が苦手だ。

 最近は段々と手加減も出来るようになっているし、兼一も仮死状態になるような回数は減ってきている。しかし修行が進みヒートアップしてくると、ついうっかり羽目を外した拳が出る時があるのだ。

 

(ほ、本音を言えば今すぐにでもに、逃げたい……けど!)

 

 ボリス・イワノフ、イーサン・スタンレイを倒したといっても、YOMIはまだまだこの日本にいる。嘗て自分を一度殺したコーキンもその一人。

 こうしている間にもYOMIは修行を重ねどんどん強くなっているだろう。その彼等を倒すには自分も強くなるしかない。

 

「お願いします、アパチャイさん!」

 

「お……。やる気になっ…た」

 

 兼一の目に闘志が点ると、しぐれも鎖鎌の拘束を外した。自由になった体でしっかりと地面を踏みしめると、目の前の死神を見据える。

 自分を一度殺したコーキンはムエタイ家。そしてムエタイ家としてアパチャイとコーキンのどちらが上かなど論ずるまでもないことだ。

 アパチャイとの組手はムエタイ家のコーキンと戦う上で良い経験になるはず。

 

「いきます!」

 

 崖から飛び降りる気分で、兼一はアパチャイ・ホパチャイへと向かっていった。

 

「いつもながら修行に精が出ますな」

 

「……あ、本巻警部」

 

 兼一がアパチャイに激突するよりも早く、来訪者が声をかけてきた。

 本巻警部。逆鬼師匠の知り合いで、時たま警察でも対処不可能な仕事を持ち込んでくる小太りの刑事だ。

 闇の動きも活発になっているようだし、また仕事を持ち込んできたのだろう。

 

「アパ?」

 

「へ?」

 

 しかし声をかけられたからといって、余所見をしてしまったのがいけなかったのだろう。

 アパチャイの突きは余所見をした兼一の顔面に吸い込まれていった。

 

「あびゃぶぃぁ!?」

 

 アパチャイの突きが炸裂し、兼一は吹っ飛ばされる。

 奇妙な断末魔をあげながら、今日も兼一は星になった。

 

 

 

 

 普段から撃たれ慣れている甲斐あって、直ぐに目を覚ました兼一は本巻警部から逆鬼師匠への依頼について聞いた。

 

「女スパイさんの救出ですか? いつつっ……」

 

「動かないで下さいまし。まったくもう修行中に余所見するからですわ」

 

「す、すみません」

 

 美羽からの治療を受けながら、兼一は逆鬼師匠と本巻警部の顔を見比べる。闇絡みの仕事だけあって、いつもは飄々としている逆鬼師匠も真剣そのものだ。

 馬師父たち師匠方も勢ぞろいして本巻警部の話を黙って聞いている。ただ接骨院の仕事が大盛況でここ数日泊まり込みの岬越寺師匠と、世直しの旅に出かけている長老だけがいなかった。

 

「彼女は闇から逃げ出した後、闇の監視網から逃れるため今は山中に潜んでいます。どうか彼女を保護して頂きたい」

 

「所在不明ならまだしも、場所が分かってんなら普通は梁山泊が出るまでもねえ。だってのにここへ来たってことは……おやっさん。その女スパイを狙ってんのは余程の大物ってわけか?」

 

 逆鬼師匠の問いかけに、本巻警部は苦笑した。

 

「やれやれ。皆様に隠し事はできませんな。仰る通り彼女を狙っているのは闇でもかなりの大物。無敵超人、二天閻羅王と肩を並べる九拳最凶最悪の達人。あの拳魔邪神ジュナザードの一番弟子、拳魔邪帝シルクァッド・サヤップ・クシャトリア。それが闇の刺客です」

 

「拳魔邪帝だと!?」

 

 逆鬼師匠が持っていたビールの缶を握りつぶした。

 拳魔邪帝クシャトリア。DオブDでディエゴ・カーロと共に主催者側として参加していた闇の武人だ。

 兼一の脳裏に白髪赤目の優男の顔が過ぎる。ふと隣を見れば、幼い頃に拳魔邪帝クシャトリアと共闘したこともある美羽が深刻な目をしていた。

 

「拳魔邪帝クシャトリア。彼は一影九拳でこそありませんが、その実力は九拳と比べてなんら遜色ないものとされ、次期一影九拳の最有力候補と目されている男です。

 それとこれはあくまで噂に過ぎませんが、拳魔邪帝は闇でも他流派の吸収に熱心な武人で、あの一影からの教えも受けているとか」

 

「あの野郎かぁ。ったく秋雨も爺も肝心な時にいねえんだからな」

 

「お引き受け下さいますか?」

 

「人命がかかってるってんなら断る理由はねぇよ。それに拳魔邪帝ってなら相手にとって不足はねぇ」

 

 逆鬼師匠が獅子を思わせる獰猛な笑みを浮かべた。

 一方馬師父がこっそりと本巻警部の持ってきた女スパイの写真を見ると、エロオヤジを思わせる獰猛な笑みを浮かべた。

 

「おいちゃんもいくね。女スパイ……もとい拳魔邪帝ならば相手にとって不足はないね」

 

「あなたは女スパイさん目当てでしょう!」

 


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