史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第71話  君を愛する

 どうにか岬越寺秋雨から『逃げる』ことに成功したクシャトリアは、デスパー島沿岸にてVIPたちの脱出の手引きをしていた。

 といっても全てのVIPを助けるわけではない。裏社会のVIPたちといえど、中には闇にとって不利益になる連中も含まれている。

 闇にとって利益になる者は脱出用の船に乗せ、どちらでもないものも出来れば助け、不利益な者は島に残せ。それが一影がクシャトリアに出した命令だ。

 よってクシャトリアは一影の息のかかった者に渡された不利益な者たちの『リスト』に載っている人間を気絶させ、それ以外は船に乗せるという作業をしていた。

 

「クシャトリア様。このあたりが頃合いではないでしょうか」

 

「うん、そうだな」

 

 アケビの進言に頷く。

 デスパー島のあちこちで聞こえていた銃声や爆発音が段々と小さくなってきた。国連軍の制圧が完了しつつあるという証左だろう。

 武術のみならず軍事にも精通したフォルトナの拠点だけあって、相当の防御力をもっていたデスパー島も、流石に梁山泊+国連軍のダブルパンチには耐えきれなかったようだ。

 寧ろここまで耐えたことを賞賛してもいいくらいだろう。

 

(ここに国連軍が来るまで後10分といったところか。国連軍くらい蹴散らせるが、流れ弾が船にあって万が一があればことだし……………ここは欲張り過ぎない方がいいか)

 

 クシャトリアは決断した。

 一影九拳が一人、ディエゴ・カーロが早々に島から退却した以上、この場における闇の指揮権はクシャトリアが握っている。

 クシャトリアの決定は闇の決定だ。

 

「船を出せ。この包囲網、もう逃げてこられる者もいないだろう」

 

「……フォルトナ氏は未だ来ておられませんが?」

 

「アレは底辺中の底辺の更にどん底の底辺だが、一応は達人級だ。そうそう死にはしないだろう。それに実力では最弱だが、あれは頭が良い。自分の退路くらい自分で用意している」

 

「分かりました」

 

 いかれた武術マニアのフォルトナのことだ。大会で目をつけた新白連合の連中を自分の〝養子〟にするために動いてでもいるのだろう。

 だが梁山泊の豪傑たちも自分の弟子の友人たちを守ろうとするだろうし、確実に豪傑の一人を守りにつけている。フォルトナの目論見はほぼ100%失敗するはずだ。

 そうなればフォルトナは死ぬか、国連軍に捕まるか。どのみち碌な末路は待っているまい。

 

(自分の築き上げた王国で、その栄華と共に滅びるといい。これだけの戦いで終わるんだ。武術家として本望だろう? フォルトナ)

 

 嫌いな人間の凋落は最高の娯楽。フォルトナの末路を思い、クシャトリアは暗い喜びに浸る。

 が、直ぐにそんなことを思っていても無駄だと思いなおすと改めてアケビに指示を出した。

 

「お前たちは船を出航させろ。島のテリトリーから出ても油断するなよ。特に無敵超人・風林寺隼人は海くらいは平然と走って追ってくるからな。兎に角、全速力で闇の支配圏まで逃げろ」

 

「はっ! クシャトリア様はどうなさるのですか?」

 

「俺は翔くんを連れて後から脱出する。翔くんに万が一があれば人越拳神殿に殺されるからな。あの御仁は敵に回したくない」

 

「……では、お先に失礼させて頂きます。ご武運を」

 

「船にはリミだけではなく緒方の弟子の龍斗くんもいる。そっちもくれぐれも頼むぞ」

 

「分かっております」

 

 師匠と上司と職場環境の悉くに恵まれなかったクシャトリアだが、不幸中の幸いというべきか部下においてはそこそこ恵まれた。

 長時間、岬越寺秋雨に足止めを喰らいながらスムーズに脱出作戦を指揮できたのはアケビの下準備と、クシャトリアに変装していたホムラの先導あってこそである。

 この二人がいなければ仕事量的に過労死は確実なので、これからも二人は大切にしていきたいものだ。

 脱出作戦の指示を出し終えたクシャトリアは、船を見送ってからコロシアムに急ぐ。

 やはり国連軍優勢らしく、コロシアムに向かう途中でフォルトナの私兵たちが逃げ惑っているのが見えた。

 

「……ん?」

 

 フォルトナの私兵の生き残りだろう。一台の戦車がクシャトリアに砲口を照準した。

 劣勢によるパニックで砲口を向けた相手がシルクァッド・サヤップ・クシャトリアだと分かっていないのだろう。戦車は城壁を砕く徹甲弾を吐き出した。

 クシャトリアは嘆息しながら、腕全体と両手で己に飛んでくる徹甲弾を撫でる。

 

「櫛灘我流秘技、砲弾返し」

 

 クシャトリアに飛んできた砲弾が、方向を反転させ、そのままの勢いで戦車に命中した。歩兵の小火器を物ともしない戦車の装甲も、戦車の吐き出す徹甲弾を防ぐことはできず無残に爆発四散する。

 櫛灘我流秘技、砲弾返し。その名の通りクシャトリアが櫛灘流の秘術を元に生み出した我流技である。対人戦闘には全くもって役立たない技だが、相手が重火器を取りそろえた軍隊であれば重宝する技だ。

 邪魔な戦車を片づけたクシャトリアは、改めてコロシアムに急ぐ。

 先の戦車からしてデスパー島にいるフォルトナの私兵たちは統制を失い、疑わしいものには誰彼かまわず砲口を向ける有様だ。この分だとコロシアムで戦っている叶翔も危ないかもしれない。

 万が一の事態が現実味を帯びてきた。

 クシャトリアがコロシアムに突入する。そこでは今まさに二人の若き武術家たちの決着がつこうとしていた。

 

『兼一~~ッ! 負けるなぁああ!!』

 

「うおぉおおおおおっ!!」

 

「……ッ!!」

 

 スピーカーから響き渡る白浜兼一への声援は、新白連合の者達によるものだろう。

 そしてコロシアムの中心では満身創痍、もはや立つ力すら残っていない白浜兼一と叶翔。

 叶翔の正真正銘の最後の力を振り絞った突きを、白浜兼一は最後の力を振り絞って躱す。双方最後の力を出し尽くした攻防が終わる。であれば決着がつくのは必然。

 全ての力を失い地面に倒れたのは叶翔。そして戦いが終わり、大地に立っていたのは白浜兼一。

 

「そうか……負けたのか、翔くんは」

 

 クシャトリアはポツリと漏らす。

 もしも武術家の戦いが単純な強弱比べであれば負ける筈のない戦いだった。叶翔は才能でも経験でも、実力においても白浜兼一の上をいっていた。だが敗北したのは叶翔で、勝利したのは白浜兼一。

 目の前の光景をクシャトリアは脳裏に焼き付ける。誰よりも弱いものが、誰よりも強いものを倒す。その景色こそが、クシャトリアが師を倒す鍵となるものなのかもしれないのだから。

 

『あ~~あ~~~。本日は晴天なり……』

 

 マイクから聞こえてくる老人の声。それは梁山泊の長老、風林寺隼人のものだった。

 風林寺隼人はこほんと咳払いをすると、高らかに宣言する。

 

『DオブD決勝戦、勝者・白浜兼一じゃ!!』

 

 コロシアムからは万の観衆は失われ、戦いを最初から最後まで見守るは風林寺美羽だけだったというのに。会場中のスピーカーからは若き歓声が空にまで轟く。

 対して敗北者、叶翔にかかる言葉は一つとしてありはしない。これは彼が敗者で、白浜兼一が勝者だからだけでは。デスパー島にいるのが新白連合ばかりでYOMIが一人もいないからでもない。

 仮にこのデスパー島にYOMIの構成員たちがいようと、誰一人として声を張り上げる者はいなかっただろうし、戦いの最中、応援する者もいなかった。恐らくはこれが白浜兼一が叶翔を圧倒していた一つの優位。

 ふと叶翔の姿が自分にだぶる。

 

――――壮絶なる孤独。

 

 それは叶翔だけのものではない。

 あの日、邪神の弟子となって以来、友情も愛情も全て喪失したクシャトリアも共有する心の起源だった。そして白浜兼一にも自分を投影してしまうのは、彼の武術の起源が自分と似ていたからだろう。

 

「やれやれ。一なる継承者が史上最強の弟子に敗北か。これはまた闇で一波乱ありそうだな。美雲さんあたりは自分の弟子を一なる継承者にしなかったことに文句を言うだろうし……………む、あれは?」

 

 達人であるクシャトリアだからこそ気づけた、大歓声の中に紛れ込んでいる微かなる殺意。瓦礫の影にフォルトナの私兵の生き残りが潜み銃口を向けていた。銃口の先にいるのは戦いの勝者たる白浜兼一。

 クシャトリアは直ぐにその私兵を潰そうとして止める。フォルトナの私兵の殺意が向けられているのは白浜兼一だ。梁山泊の史上最強の弟子だ。闇の武人である己が守るわけにはいかない。

 

「君のことは嫌いじゃないが、俺にも立場というものがある。悪く思ってもいいが恨んでくれるな」

 

 満身創痍の兼一は気づかなかったが、幼い頃より銃声響き渡る戦場を祖父と旅した風林寺美羽はそれに気づく。兼一を守るために美羽が自分の体を盾に銃口の前に飛び出した。

 だがやはりクシャトリアは動かない。例え風林寺美羽が闇の一影の娘であろうと、彼女は梁山泊の人間。残念ながらクシャトリアは闇の一影の指示を受ける身であって、風林寺砕牙の指示を受ける身ではない。

 

(いや、まて)

 

 そこでシルクァッド・サヤップ・クシャトリアは致命的な判断ミスをしていたことを理解した。

 幼い日より戦場を渡り歩いた経験をもつのは風林寺美羽だけではない。敗北し大地に倒れていた叶翔もまた、殺人拳の申し子として戦場を知る者だ。

 そして叶翔がなによりも執着するものこそが、初めて鳥かごの外で自分と同じものを感じた少女、自身の片翼とした風林寺美羽。

 

「いかん!」

 

 事ここに至り漸くクシャトリアは動いた。

 兼一を守るために割って入った風林寺美羽、彼女を守るために更に割って入った者がいる。言うまでもない。叶翔だ。

 

――――オレは君を守り抜くまでけっして死んだりしない。

 

 叶翔が風林寺美羽に贈った、心の想いをそのまま形にした愛の告白。その中にあった言葉。

 彼はその言葉を傷つきもはや動けるはずのない体で遵守していた。

 そして、

 

〝銃声が鳴った〟 


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