史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第70話  囮作戦

 国連軍のデスパー島制圧作戦の開始と同時に、まるで競走馬が一斉に走り出すように、島にいる数多の武人たちも動き出していた。

 若者たちが命を賭け戦う試合を一目見ようとやってきた裏社会のVIPたちは、捕まってはたまらぬと逃げ惑い。

 ディエゴ・カーロとジェミニのカストル姉弟はオーディエンスのいない戦いはしないと早々に退却し。

 田中勤は拳聖のいない島に用はないと、逸早く島から退去し。

 新白連合の者達は香坂しぐれの先導でデスパー島からの脱出のため、赤兎馬二号へ向かい。

 フォルトナはそんな彼等を自分の息子とすべく狙い。

 梁山泊の豪傑たちは国連軍の援護のために島中に散り。

 白浜兼一と叶翔はコロシアムで互いの誇りと魂をかけての死闘を繰り広げている。

 多種多様な動向。その中でシルクァッド・サヤップ・クシャトリアと岬越寺秋雨は真っ向から対峙していた。

 

「はぁ……やはり間に合わなかったか」

 

 クシャトリアは軽く嘆息する。

 一影からのデスパー島陥落阻止というオーダー。ほぼ不可能なミッションであったが、完全に0%というわけではなかった。

 けれど国連軍の攻撃が始まってしまった以上、刹那の可能性はゼロになった。もうクシャトリアがなにをどうしようと陥落を阻止することはできない。

 それもこれも、ここにクシャトリアを釘づけにした岬越寺秋雨のせいだった。

 

「まったく大したものだよ。闇を差し置いて史上最強の看板を持つだけある。裏社会においてある種の聖域ですらあったデスパー島をこうも陥落させるとは」

 

「おや。気が早いね、クシャトリア君。まだこの島は陥落していないよ」

 

「どうせ明日には島の支配者はフォルトナから国連に塗り替わっているんだ。気が早いということもないだろう。そもそも〝無敵超人〟を招き入れてしまった時点で、七割方陥落していたようなものだ」

 

 鉄壁の城壁も内部からの攻撃には酷くもろいものだ。内部の毒が超人に達人集団であれば尚更だ。

 デスパー島の陥落は不可避。クシャトリアがこう判断した時点で、ミッションは次の段階へ移行する。もしも陥落を阻止できないのであれば、闇の損害を最小限にするよう努めろ――――それが一影からの指令だ。

 一つ目の指令をこなすことはできなかったのだ。二つ目はどうにかこなさなければなるまい。というより、こなさなければ一影に何を言われるか分かったものではない。

 

「さて。俺はもういい加減、貴方に構っている時間的余裕もないわけだし、ここは貴方の勝ちということにしておくから見逃してくれないか?」

 

 クシャトリアは冗談めかして言う。

 本気で岬越寺秋雨が自分を見逃してくれるなんて思ってはいない。完全なる駄目元だ。

 

「え~やだ~」

 

 予想通り秋雨から発せられたのは拒絶の言葉。梁山泊の豪傑たちの中でも特に頭脳派で知られる岬越寺秋雨のことだ。クシャトリアのやろうとしていることにも検討がついているのだろう。

 梁山泊側からしたら、弟子のためにもここで出来る限り闇の力を削いでおきたいはずだ。

 

(そういえば一影と岬越寺秋雨は嘗て友人同士だったか)

 

 一影、風林寺砕牙は紆余曲折あって殺人拳に堕ちる前は梁山泊の豪傑たちに名を連ねていた。

 その中でも同年代だった岬越寺秋雨とは仲が良かったらしい。これは一影本人に聞いたことなので確かな情報だ。

 

「やむをえないな。ならば少々手荒な方法をとらせて貰おう。……………静動轟一ッ!!」

 

「――――っ!?」

 

 達人の体に内包された弟子クラスとは比べものにならないほど膨大な気。それがクシャトリアの内側に凝縮され起爆する。

 龍斗との試合で使った気を抑えた中途半端なものとは違う、正真正銘の全力の気の融合。

 体の内部で爆弾が爆発するような感覚。途轍もない爆発力、並の人間なら一瞬で肉体が崩壊するほどのそれを、極限にまで鍛え抜かれた鋼鉄の器は耐えきった。

 

「やれやれ。背筋が凍るとはこのことだな。静動轟一、私が最も嫌う技だが……君ほどの達人が使えば、そうまで化けるか」

 

 命を守るための弱者が生み出した技術こそが武術。そう掲げる活人拳にとって、己の命を削って他人を殺す静動轟一は最凶最悪の技といえるだろう。しかし最悪と思いつつも岬越寺秋雨は静動轟一の性能や恐ろしさを正しく認識していた。

 動の気と静の気の二つの融合。それにより生まれる気の奔流。岬越寺秋雨とクシャトリアの実力は今のところ経験の差もあって秋雨が若干有利といったところ。だがしかしその差はジュナザードとクシャトリアの間に横たわるものと違い絶対的なものではない。その日の運によっては勝者はコロコロと変わるだろう。

 しかし静動轟一を使用したこの瞬間のみ、クシャトリアの実力は岬越寺秋雨を上回った。

 

「だが一人の武術家として君に負けるわけにはいかない。君の肉体が崩壊し武術家として死を迎える前に、死ぬ気で君のことを止める。それが活人拳だ!」

 

「心配しなくても引き際は心得ている。限界がくれば止められるまでもなく勝手に止めるさ」

 

 静動轟一の気の完全なるコントロール、達人級の器。これらの要素があって尚、静動轟一をノーリスクで維持できるのは3分程度。

 それ以上使い続ければ肉体になんらかの異常が起きかねない。

 

「だから手早く決着をつける。ゆくぞ」

 

 静の気の極み流水制空圏発動。続いて動の気を完全解放。これらを同時に行う。

 

「うおぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 超人染みた雄叫びをあげながら、クシャトリアは秋雨に速攻を仕掛ける。

 静動轟一を発動させ埒外の戦闘力を得たクシャトリアへ対抗し、秋雨がとったのは防御の構え。防御といってもただの防御ではない。襲い掛かってきた相手を徹底的に殲滅するための、超攻撃的防御陣形だ。

 それを見て自分の狙いが成功したことを確信し、クシャトリアは口端を釣り上げた。

 

「!」

 

 ポーカーフェイスの秋雨が驚愕する。

 静動轟一という禁断の技を発動させたクシャトリアがしたのは秋雨への攻撃ではなかった。近くにあった巨大な機材を掴むと、それを思いっきり宙へ投げたのだ。

 機材は放物線を描いて地面へ落下していく。そして落下する先にいるのはデスパー島の衛兵たち。

 

「いかん!」

 

 秋雨はこの時点で完全にクシャトリアの目論見を看破しながら、衛兵たちを守るためにすっ飛んで行く。

 

「そうだ、そうせざるをえまい! あの衛兵が死のうと国連軍にも梁山泊にもなんら痛くはないだろう。だが例え悪党であっても死にそうな人間を見捨てれば……もはやお前は活人拳でなくなるのだから!」

 

 殺人拳が非情の拳であれば、活人拳は優しさの拳。白浜兼一がそうであるように、活人拳は優しさ故に強くなるが――――優しさ故の弱点をも抱えることとなる。

 岬越寺秋雨が自分から離れたこの一瞬、座して待つクシャトリアではない。

 

「退くぞ、二人とも」

 

 問答無用。返答すら聞かず龍斗とリミの二人を抱えると、地面を蹴り全速力でその場を離れる。

 静動轟一、流水制空圏、動の気の解放。大技をこれでもかと大盤振る舞いしたからこそ、どうにか欺けたが岬越寺秋雨相手に二度も同じ手は通用しない。これが逃げる最初で最後の好機だ。

 振り返る余裕すらなく、クシャトリアは全力で秋雨から逃げて行った。

 

(今回は俺の負けだな。同じ特A級であの強さ。超人への道はやはり遠い……。もっと強くならなければ)

 

 一時はどうなるかと思ったが、岬越寺秋雨という稀代の柔術家との交戦経験を得たことは大きい。この戦いを参考に今後の自分の修行、それとリミの修行に活かしておこう。

 クシャトリアは心の中でリミの修行の密度を更にゲインさせた。

 

「そういえば翔くんが戦ってるんだったな」

 

 一影は闇の損害は最小限に済ませろと命じた。その中には一なる継承者、叶翔の保護も含まれる。

 もし叶翔に万が一のことがあれば、確実にそれはクシャトリアの責任となるだろう。

 クシャトリアは電話で部下のアケビやホムラに指示を飛ばしながら、コロシアムに足を向けた。

 


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