史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第7話   九拳の会合

 良からぬことを思いついてしまったらしい師匠ことジュナザードが城を留守にして数日が経った。

 

「出かけるぞ」

 

 突然戻ってきた拳魔邪神ジュナザードの鶴の一声、否、神の一声で、クシャトリアは文句を言うことすらできず突然の遠征をすることになってしまった。

 自動車なんて乗っていたら時間がかかって仕方ないと、師匠に背負われ一時間。クシャトリアが連れてこられたのはティダード王国首都にある空港だった。

 

(空港は意外に綺麗なんだな……。日本の空港と比べても見劣りしない)

 

 これまでクシャトリアが見聞きしてティダードに抱いていたイメージは、アジアの危ない発展途上国というものだった。

 治安だって宜しくないし、酒場に行けば銃で武装した傭兵がたむろしている。ジュナザードの威光で、その居城には戦火はこないが、少し街へ出ればティダード正規軍とゲリラがドンパチしているのも良く目にする。

 しかし真っ先に標的になりそうな空港だけは戦火の跡もなく平穏そのものだ。

 

(……きっと師匠が自分が使う場所だからってなんとかしてるんだな)

 

 唯我独尊、傲岸不遜、自分勝手――――自己中心的人物の特徴をコンプリートしたような師匠のことだ。

 ティダード中が戦火に巻き込まれて焦土と化しても大爆笑するだけだが、自分の城や自分の使う空港が破壊されることには怒るだろう。

 そしてティダードにおいてジュナザードの怒りを買うことは、神の怒りを買うことも同じ。はっきりいってティダード国王に糞を投げつけて激怒させるより恐ろしいことなのだ。

 仮にジュナザードがなにもしていなくても、誰もジュナザードの怒りをかいそうなことはしないのだろう。

 

「師匠」

 

「なんじゃ」

 

 空港の壁に貼られている飲食厳禁という張り紙など何処吹く風とばかりに夕張メロンを食べている師匠。

 係員は幾人かいたが、それを注意しようとする勇敢(無謀)な者は誰一人としていなかった。

 

「これまで何度か別の場所に連れてかれることはありましたけど、いきなり海外だなんて……。どうしてなんですか?」

 

 日本なら兎も角、ここはティダードだ。

 ティダードは小さな島の集まった国なので、移動に船を使うことはあっても基本的に飛行機なんて使うことはない。空の便を使うとしても精々がヘリコプターだ。おまけに師匠はジョークでもなんでもなく海の上を走れるので船すら必要ない。

 故にわざわざ空港に来た以上は海外に行くのは確定しているのだ。

 

「……クシャトリア。貴様、我の修行方針に口を挟むつもりかいのう?」

 

「い、いえ。そういうわけじゃ」

 

 ギロリと、瞳を殺意で光らせながら睨むジュナザード。クシャトリアは慌てて取り繕った。

 

「冗談じゃ。別に怒っておるわけじゃないわいのう。お前は恐怖には敏感に反応するからからかい甲斐があるわい」

 

「ぐ、師匠(グル)!」

 

「カッカッカッ。クシャトリアよ、前に静と動のタイプの話をしたじゃろう」

 

「ああ、あれですか」

 

 なんとなく予想はついていたが、やはりそうだった。

 師匠曰く、自分は静のタイプか動のタイプ。二つのどちらに進むかの分岐点にあるらしい。

 どちらのタイプに進むかは自分自身で決められるものではなく、自分の性格やスタイルで自然と決まるものらしいが、中にはどちらのタイプにも進める可能性のある者もいるそうだ。

 そして非常に不幸なことにクシャトリアもそういった両方のタイプに進める可能性がある者の一人で、更に最悪なことに本来どっちかにしか進めないはずなのに、ジュナザードは武術的興味本位100%で静と動、両方のタイプを修めさせようとしている。

 

「先に開展を求め、後に緊湊に至る。早い話が武術家としての段階じゃ。お前はその緊湊に足を踏み入れている故、我の力をもってすれば静と動どちらにも転ばすことができるわいのう」

 

「師匠や弟子が自分で決められるようなものじゃないんじゃなかったんですか?」

 

「我は神じゃ。不可能なんてないわいのう。じゃが感情のリミッターを外す動のタイプをベースに、静のタイプを修めさせるよりも、安定感のある静のタイプをベースに動のタイプを修めさせた方が成功率は高い。

 よって貴様には先ず我と同じ静のタイプの修行から始めるわいのう」

 

「師匠って静のタイプだったんですか。てっきり動のタイプだと」

 

 人は見た目によらないとはこのことだ。

 イメージ的に動のタイプは乱暴だったり筋肉隆々な巨漢が多いような気がしたが、明らかに野獣染みた師匠が静のタイプとなると、細見の動のタイプの達人もわりといるのかもしれない。

 

「だけど静のタイプの修行をするのに、何故海外へ?」

 

 師匠が静のタイプならわざわざ海外へ行かなくても、師匠が教えればそれで済む。タイプは同じなのだから。

 そうでなくてもジュナザードの部下にはメナングを始め達人の部下が何人もいる。その中には静のタイプもいれば動のタイプもいるだろうし、教える相手に不足するということはないだろう。

 

「我としたことが貴様の育成が愉しくてついつい時間をかけておったが、そのせいで死合いを全然しておらず体がうずうずしておるんじゃわいのう。

 だからお前をある者に預け、我は適当に強者探しでもして来ようと思ったのじゃわい。ついでに貴様にあの女をスパイさせれば、我の探究を進めることになり一石二鳥だわいのう」

 

「す、スパイ!? 本当にこれから何処へ行くんですか?」

 

「――――日本じゃ」

 

 ティダードから一機の専用ジェットが極東の島国へと飛ぶ。

 クシャトリアがジュナザードに連れ去られて半年余り。まったく予期せぬ形でクシャトリアは日本へと戻ることになった。

 

 

 

 日本についても、クシャトリアには久々の故国に感慨にふける時間も与えられることはなかった。空港について直ぐ黒服黒サングラスの男達の案内で、黒塗りのリムジンに乗せられてしまった。

 正直拉致でもされている気分だが黒服たちにはこちらに対しての敬意はあれど敵意のようなものはない。

 

「師匠。この人達はなんなんですか?」

 

 救国の英雄であるジュナザードがティダードにおいて影響力があるのは分かるが、ここはあくまで日本だ。

 ティダードと違って拳魔邪神への信仰なんて欠片もないし、肌の色からして黒服たちがティダード出身にも見えない。

 

「はて? そういえばまだお前には教えてなかったかいのう。こやつらは〝闇〟の使いっぱしり。九拳の我の足になりにきたのじゃわい」

 

「闇? 九拳?」

 

 またもや未知の単語が飛び出してクシャトリアは首を傾げた。

 闇、というのは暗闇の闇と受け取る事が出来るが、九拳に関してはさっぱりだ。

 

「我も発生当初から闇に加わっていたわけじゃないがのう。第二次世界大戦でかなりの達人が死にまくったもんで、武術の失伝を防ぐために武術の保存を目的に結成された組織といったところかいのう」

 

 戦争なんて我は軽く生き残ったがのう、とジュナザードは笑った。

 果たしてそれは戦争で死んだという達人を見下してのものか、それとも戦争を真っ向から叩き潰し国を一つ救った己の腕を誇ってか。それとも理由のない混沌とした感情からか。

 弟子であるクシャトリアをもってしても、拳魔邪神の心中を読み解くことはできない。

 

「それだけなら、別に物騒な組織でもなさそうですね」

 

「闇は表で蔓延っておる活人拳なんてお遊びじゃなく、殺人拳こそ武術の真髄闇に所属する達人たちの集う場所じゃわいのう。闇人が請け負う仕事は要人の暗殺と護衛じゃわい。あと皆殺し」

 

「やっぱり碌でもない組織でした……」

 

「我が名を連ねている一影九拳は闇の無手組の最高幹部。ここに名を連ねれば殺人許可証を手に入れられるわいのう」

 

「本当に碌でもない組織でしたね。逮捕されないんですか?」

 

「闇は政財界に息もかかっておるし、下手に闇に反抗すれば自分の首が物理的に飛ぶわいのう。あとは金の力じゃわい」

 

 垣間見た闇の世界に、元一般人のクシャトリアは溜息をつく。

 この世界屈指の超危険人物ジュナザードに、自由に殺人できるパスポートを与えるなんて正気の沙汰ではない。

 しかも一影九拳ということは、師匠と同じ達人が後九人もいる計算になる。はっきり言わなくても最悪だ。

 

「着きました」

 

 車が止まり、黒服がドアを開ける。師匠に続いて車から出ると、思わずクシャトリアは「おぉ」と声を漏らした。

 眼上に聳え立っていたのは城だった。ジュナザードの城とは違う、日本らしい大名かなにかが住んでいそうな城。

 

「拳魔邪神様。櫛灘様がお待ちです」

 

「行くぞ、クシャトリア」

 

「はい、師匠」

 

 師匠に続いて城内に入っていく。

 驚いた事に城内の灯りは電気ではなく蝋燭だった。時代錯誤もここまでくれば驚嘆するしかない。

 そして一際大きな襖を開けると、そこには胴着をきた妙齢の女性が一人待っていた。

 

「久しいのう。女宿の」

 

「まさかお前がわしを呼ぶとはのう。しかも弟子とは、珍しいことがあったものじゃ」

 

 闇の無手組の最高幹部。一影九拳に名を連ねる二人の達人が暗い城内で出会った。

 


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