史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第6話   静と動

 鍛錬場には既にジュナザードと、もう一人見たことのない男がいた。

 浅黒い肌とティダードの民族衣装。身長はざっとクシャトリアの二倍はある。体格を含めた質量なら三倍、或いは四倍。かなりの巨漢だった。

 状況からいってあの巨漢がジュナザードに弟子入りしにきた男なのだろう。

 しかしジュナザードと巨漢の男を比べると遥かに巨漢の方が大きいのだが、並んで立ってもジュナザードが小さいようには見えない。これが達人のオーラというものなのだろうか。

 

師匠(グル)。クシャトリア、参りました」

 

「うむ」

 

 スイカを切り分けずに野性的にむしゃぶりつきながらジュナザードが頷く。

 

「これが拳魔邪神ジュナザード様の正式な弟子ですか。ただの小僧ではないですか」

 

 嘲るような目で巨漢がクシャトリアを見る。

 それにクシャトリアはムッと……なることはなかった。年齢的にも自分は『小僧』呼ばわりされても仕方がない上に、このくらいで一々怒っていてはジュナザードの弟子なんてやっていられない。

 

「師匠。そちらは?」

 

「我の所に弟子入りしにきたこの国の者じゃわい」

 

(この国ということはティダード国民か。ティダード人なら師匠の恐ろしさは知ってるだろうになんて命知らずな)

 

「カッカッカッ。若いもんは往々に命知らずのものじゃわいのう。我とて若い頃はジャングルで軍隊を皆殺しにしておったのじゃ」

 

「!?」

 

 自分の心中を読まれた事にギョッとする。身体能力が超人クラスなだけでなく、心まで読めるのだろうか。

 改めて自分の師匠の底しれなさに身震いした。

 

「ジュナザード様。本当にこの小僧を倒せば私を弟子とお認めになってくれるのですね」

 

「倒せれば、だがのう」

 

 世界最強のシラットの達人の雷名は伊達ではなく、ジュナザードの所には弟子入り希望者がそれなりの頻度で訪れる。

 メナングの話によれば弟子をとるかどうかはその時のジュナザードの気分次第だそうだが、仮に弟子にしても大抵は数か月で壊れてしまうらしい。だが、

 

「師匠。前に弟子入りに来た人は即座に追い返したのに、何故今回は変な課題を出して試すような真似を?」

 

「なに。お前と組手――――いや死合わせるにはこやつが丁度良い腕前だったのでのう。じゃが二週間前に弟子入りにきたワッパは妙手。達人未満弟子以上の中途半端な使い手じゃわいのう。

 お前の素養がどれだけ優れていようと現段階のお前の実力では引っ繰り返っても妙手クラスには勝てん。死合いは一方の勝ち目が皆無だと面白うないわいのう」

 

「………………」

 

 弟子の死合いを見世物かなにかと思っている師匠には山ほど文句があるが、文句をつけたら殺されるので黙る。

 だが命懸けで弟子入りにきておきながら、ただの組手(死合い)の相手代わりにしか扱われていないことに巨漢の機嫌が目に見えて悪くなっていく。

 一方師匠であるジュナザードはクシャトリアを見下ろしてニヤニヤと嗤っていた。

 

(さてはわざとこのデカブツを怒らせたな)

 

「察しが良いのう。その通りじゃわい」

 

「…………」

 

 また心を読まれたが、もう驚きはすまい。

 ジュナザードの部下に促されて鍛錬場で巨漢と対峙する。シラットの達人に弟子入りにくるだけあって、相手の使う武術も同じシラット。

 筋肉や体格、それに体重からしてパワーはあちらが上なのは確実。後は技の勝負になる。

 

「分かっていような。クシャトリア、それとそこのデカいの。これは組手じゃなく死合いじゃわいのう。どちらか一方が一方を殺すまで終わらんわい」

 

「勿論分かっていますとも、ジュナザード様。貴方の弟子をこの手で打ち砕いてみせましょう」

 

「毎日のように組手ばっかしてますが、死合いは久しぶりですね」

 

 あの日。拳魔邪神の正式の弟子になった殺し合いの時と同じ、相手を殺さなければ自分が死ぬ戦い。

 相手が巨漢の大男ならば、同年代の子供を殺めるよりも気分は楽だ。

 

「始めよ」

 

 ジュナザードの合図でクシャトリアと巨漢の男は同時に構えをとる。

 流派は違えどやはり巨漢の武術も自分と同じプンチャック・シラット。

 

「ティダードの英雄たる拳魔邪神様の弟子となるに相応しいのは、拳魔邪神様と同じくティダードの地で生まれた者。日本だかなんだか知らんが、貴様のような小僧! 我が手で消してくれるわぁ!」

 

 先に仕掛けてきたのは巨漢の方。地面を這う蛇のように真下から迫ると足技を膝にかけてきた。

 日本で良く知られる空手などにはない上下からの変則攻撃。それがプンチャック・シラットの恐ろしさの一つでもある。

 

(……見える)

 

 常日頃クシャトリアが組手の相手をするのは、力を弟子クラスまでセーブしたジュナザード本人か、或いはどこからか連れてきたクシャトリアより数段格上の武術家だ。

 だからこそだろう。自分と同程度の速さでしかない巨漢の動きを、クシャトリアの動体視力は完全に捉えていた。

 

「そこだ!」

 

 巨漢の蹴りを回避すると、逆に拳打を男の腹に叩き込んだ。

 

「が、あ――――」

 

「おいおい。嘘だろう」

 

 驚いたことに巨漢はクシャトリアのただの一発の拳打で地面に倒れてしまった。

 余りにも呆気なさ過ぎる終わりに、クシャトリアは目を白黒させながらも死合いを終わらせるために止めを刺す。

 

「そこまでじゃ。うむ、良い調子じゃわいのう。細腕でデカブツを屠る力。我が日頃から秘薬で肉体をちっとずつ改造してきた成果があったわい」

 

「改造って、黙ってそんなことしていたんですか!?」

 

「カッカッ。そう慌てんでも別にお前を薬物中毒者に仕立てたわけじゃないわいのう。お前の体という体についている筋肉を、秘伝の秘薬と訓練法で細く鋭く強靭に作り変えてきただけじゃわい。

 武術においてブヨブヨと無駄に太い筋肉など寧ろ足枷。必要な個所に必要な筋肉を必要以上につける。我がプンチャック・シラットを極めるには、相応の下地を整えておかねばならんわいのう」

 

「下地……」

 

 肉体改造という不穏なフレーズには震撼したが、思った以上にまともなことだったので一安心だ。

 クシャトリアも一人の男。筋肉ムキムキの体というものに興味がないわけではないが、師匠の意向に逆らうほどのものではない。

 

「下地といえばお前もそろそろ分岐点じゃわいのう」

 

「分岐点?」

 

「ある一定以上の武術家はのう。大きく二つのタイプに分けることができる。即ち静と動のタイプじゃわい」

 

 静かの静と、動くの動。反対的な意味合いをもつ二つの文字。しかし分岐点だと言われてもクシャトリアにはなにがなんだか分からず困惑するしかない。

 ジュナザードの弟子となってただ我武者羅にやってきてなんとなく強くなった実感はあるが、具体的に自分がどの程度の強さなのかはさっぱりなのだ。

 

「常に心を落ち着かせ冷静さを武器に戦うのが静のタイプ。感情を爆発させリミッターを外す動のタイプじゃわいのう。

 二つのタイプに優劣はなく一長一短じゃが、静のタイプは守勢に優れ実力を安定して発揮できる傾向が強く、動のタイプは攻勢に優れムラはあるが爆発力が凄まじい傾向がある」

 

「成程。それで俺はどっちのタイプなんですか?」

 

「それは今後のお前次第じゃわいのう。中には性格的にどちらか一方のタイプにしか進めん者もおるが、お前は静と動、両方の素養があるわいのう。どちらに転ぶかははてさて神のみぞ知ると言ったところかいのう」

 

「神、ですか」

 

「そうじゃ。神じゃ」

 

 拳魔邪神ジュナザードは物言わぬ死体と成り果てた巨漢の上に腰を下ろすと、懐から出したオレンジを咀嚼し始める。

 弟子を自分の思うが儘に仕上げようとする師匠のことだ。なにかクシャトリアでは考えつきもしない荒業で強引にタイプを決定することも出来るのかもしれない。

 

「静のタイプか動のタイプ……二つ同時に選べない以上、どちらか一方を選ぶしかないんですよね」

 

 個人的にはリミッターを外す動のタイプは危なそうなので、静のタイプを選びたいところだ。

 だがこれは自分でそのタイプに進もうとすれば進めるといったものではない。どうしたものかと悩んでいると、

 

「いや……二つ同時か。前代未聞のことじゃが、それもそれで面白いかもしれんわいのう」

 

「は?」

 

「風林寺のじっさま程になれば体の身中線を境に二つのタイプを同時発動できるし、我の秘薬と下地があれば二つのタイプを同時に修めさせるのも不可能じゃないわいのう。

 壊れる危険性はかなり高いが、壊れたらそこまでの素材。我の手にかかれば別の弟子など幾らでも作れる……。良し、決まりじゃわいのう。我はこれから少し出る。お前はもう休んでいい。元々今日は休みじゃったからのう」

 

 自分の言いたいことだけを言うと、捉えられない速度でどこかへと行ってしまった。

 何故だろうか。休みになったというのに全く嬉しくない。

 

「なんでこうなるんだろう」

 

 ある種の諦めの境地に達したクシャトリアは、疲れたように笑いながら天を仰いだ。

 ふと転がっていたリンゴをとって食べる。甘いリンゴなのに何故かしょっぱい味がした。


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