史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第57話  ラグナレク 対 YOMI

 龍斗の繰り出した蹴りと、叶翔の前蹴りが炸裂しぶつかり合う。ぶつかりあった足と足はまるで刀で鍔迫り合いになるよう拮抗する。

 

「くっ……!」

 

 だがこれまで半身不随で車椅子生活だったことで差が出た。

 静動轟一の後遺症で足が動かなくなってからも鍛錬は怠っていなかったが、やはりずっと使っていないものは衰えるが道理。対して叶翔は龍斗が車椅子で足を鈍らせている間にも、本郷晶の厳しい修行で足腰を鍛え続けてきた。

 拮抗は五秒。威力で押し負けた龍斗は後方へ飛ばされる。

 

「は、はははははははははは! なまっちょろい蹴りだね! オーディーン、そんなんじゃ緒方先生の名が泣くぞ!」

 

「……ついさっきまで車椅子だった男に蹴りで勝ったからって調子にのらないで貰いたいな」

 

 翔は空を滑る鳥のように迫ってくる。一見すると直線的な動きでカウンターの格好の餌食になりそうであるが、実際にかけようとすれば叶翔は研ぎ澄まされた観の目で容易くカウンターにカウンターをかけてくるだろう。

 弟子クラスとしては最高峰の速度を前にして、龍斗は焦ることなく逆に心を落ち着けて呼吸を整える。

 叶翔が目を細め、朝宮龍斗の急所に狙いを定めた。これまでのような遊びではない本物の殺意が叶翔に宿り、殺気がその拳にも乗った。

 

(いきなり必殺か。早々に決着をつけるつもりか)

 

 この流れを龍斗はYOMIでの組手で一度だけ見て知っていた。叶翔は貫手を繰り出すつもりだ。

 貫手は通常の突きとは異なり、手の指を真っ直ぐにして指先で相手を貫く技である。そんな技なのでしっかりと鍛えていない者が行えば、指の骨を折るなどの危険性があるが、彼の人越拳神が自分の弟子を貫手で怪我をするほど中途半端に戦わせるはずがない。

 そして貫手は突きよりも力を一点に集中させることができるため、急所に命中させれば弟子クラスでも一撃で相手を殺しかねない危険きわまる技でもある。

 ましてや相手はYOMIのリーダー叶翔。彼の貫手の鋭さは槍にも匹敵するだろう。

 

(だがスパルナ! あまり私を舐めるなよ)

 

 車椅子生活を強いられたことで確かに足腰は以前よりも鈍ってしまった。しかし足腰を使わなかった分、修行のエネルギーの殆どは上半身に向けられた。そして車椅子という不安定な状態で戦い続けた龍斗には、五体満足では得られなかった抜群のバランス力を体得している。

 故に今や龍斗の制空圏の鉄壁は嘗ての朝宮龍斗を完全に上回っている。

 

「人越拳・ねじり貫手!」

 

 通常の貫手に更に強力な回転力を加えた人越拳神・本郷晶の代名詞ともされる技。まともに喰らえば例え肉体を鋼のように鍛えてきた龍斗であろうと一撃で死ぬだろう。運が良ければ重症で済むかもしれない。

 叶翔の繰り出す貫手の速度は正に神速。達人級と比べれば遅いのかもしれないが、見えないという点においては同じことだ。

 だがしかし。龍斗の観の目はしっかりと叶翔の貫手を視ていた。

 

「ふ――――っ!」

 

「ひゅー! あれを防ぐなんてやるじゃないか!」

 

「その技は既に『視て』いる……!」

 

 叶翔の繰り出した必殺の貫手。龍斗はそれを自分にインパクトする寸前に、横から手首を叩くことで軌道を逸らした。

 これまで多くの武術家をただの一撃のもとに屠ってきた必殺技をあっさりと弾かれ、流石の叶翔も少しだけ驚いた顔をする。

 叶翔からしたら小石に躓いたような感覚かもしれないが、龍斗としてはここを見逃す手はない。

 

「緒方流、白打撃陣!」

 

 気血を送り込み重さを増した突きが叶翔の脇腹を掠めた。これには叶翔も軽口を叩く余裕を失い、近くにあった木を駆け上がると後方へ大きく跳んだ。

 出来れば今の突きで倒すまではいかないにしても、それなりのダメージを与えたかったのだが、やはりYOMIのリーダーは伊達ではない。突きがインパクトする寸前、体をくねらせることで突きを避けてしまった。

 だが逃がさない。龍斗は体を回転させ、退く翔に回し蹴りを喰らわせた。

 

「ぐ、うぉっ……!」

 

「ちっ。浅かったか」

 

「ふ、あはははははははははははははは。こうも見事に一撃貰ったのは久しぶりだな。クシャトリア先生が評価するだけあるね。あの虫けらに負けたからってちょっと侮っていたよ。先生からは敵を過小評価されるなって言いつけられているのに失敗失敗。

 君から受けたこの傷はその授業料ってことでありがたく頂いていくよ。……しっかりお返しもするから、死んでも化けて出るなよ。朝宮龍斗……!」

 

「心配しなくても、私もオーディーンなんて呼ばれる者だ。死ねば潔く天へ還るさ」

 

「そうかい。なら安心して沈め!」

 

「―――――!」

 

 完全に本気になった叶翔は更に動きが鋭かった。それになんとなく余裕のようなものも垣間見える。

 さっきまでの叶翔は邪魔者がうじゃうじゃ出てくる前に美羽を闇に連れて行こうと、言うなれば急いでいた。それは龍斗を相手にしていた時も同じ。叶翔の頭には『美羽を闇に連れていく』ということばかりが満ちており、そのために眼前への敵に対しての集中がわずかに欠けていた。

 相手が自分より遥かに格下の武術家であればそれで問題はなかっただろう。凡百の天才たちを容易く踏み潰すだけの凄味を叶翔は持っている。しかし龍斗は次世代の一影九拳を担うと目されているYOMI幹部の一人。例え叶翔でも容易く潰せるような相手ではない。

 そのことを叶翔も理解したのだろう。完全に頭を切り替えた叶翔にもはや「美羽を連れ去る」という思考はない。あるのはただ「目の前の敵を倒す」ということのみ。

 

(これが叶翔、か)

 

 同じYOMIとして、同年代の武術家として戦慄を隠すことができない。

 叶翔がYOMIたちを束ねるリーダーに選ばれ一なる継承者たりえる理由は、決して天賦の才の持ち主だからでも幼いころより武術に浸かってきたからでもない。

 年齢に似合わぬ抜群の精神の安定性。武に対しての心構え。

 即ち技体のみならず心をも優れているからこそ叶翔はYOMIのボスとして君臨しているのだ。

 

「そらそらぁ! オーディーン、動きが鈍ってきたんじゃあないか!!」

 

「……!」

 

 動きが鈍ったのではない。叶翔の猛攻が凄まじく思うようにこちらから攻撃が出せないだけだ。

 龍斗は必死になって制空圏を維持するも、叶翔はメインとする空手のみならず他の武術を所々に混ぜたトリッキーな動きをするため、さっきまでと違いリズムを測りにくい。

 これまで龍斗は相手の流れを掴み、それによって観の目で動きを読むことで制空圏を完璧にしてきた。だというのに叶翔は十数秒ごとに武術どころか呼吸のリズムまで変えていくため全くリズムが掴めず、結果として制空圏に穴が空いてしまっている。

 防戦一方。このままではジリ貧――――だが、これでいい。元より龍斗の狙いは叶翔を倒すことなどではない。あくまでも兼一が駆け付けるまでの足止め。

 今頃リミが翔の親衛隊の二人を相手しているだろうから、兼一もここに全速力で向かっているだろう。それまで保てば、

 

「っ!」

 

 その時だった。龍斗の両足に痺れが奔る。

 クシャトリアが経穴をつくことで一時的に回復させた両足。それがまた静動轟一の後遺症に侵されようとしているのだ。

 

「おっ、隙あり」

 

 足のしびれが龍斗の動きを一瞬止めて、その停止がこれまで維持されてきた制空圏を完全に瓦解させる。

 叶翔はそこへ両手を突き出し横回転しながら突進してきた。

 

「無双千木車!」

 

 闇の無手組の頂点に君臨し拳の魔鬼たちを束ねる者。一影の技が龍斗の体を抉りとるように突き刺さる。

 痺れてきた両足では地面に踏ん張ることもできず、龍斗はボーリングのピンのように飛ばされて壁に叩きつけられた。

 

「はぁ……はぁ……くっ。こんな所で……っ」

 

「そこそこ楽しかったけど終わりは呆気なかったな。俺の邪魔したとはいえ、同じYOMIを死なせたら先生に殺されるし命だけは見逃してやるよ。

 今度俺に挑む時は足のほうを完治させてから挑むんだね。ま、次があるかどうかは分からないけど」

 

 叶翔の興味はもう龍斗から外れていた。地面に下ろした美羽の所へ戻り、もう一度抱き抱えようとして、

 

「待……て。まだ勝負は……終わっていない……」

 

「ふーん。緒方先生の弟子だけあるな。まだ立つのか? だが止めておけ。お前じゃ俺に勝てないのは理解しただろう。勝てない勝負に挑むのは勇気ではなく蛮勇。緒方先生はお前に教えなかったのか?」

 

「教えられたとも。しかし……人間、退けない戦いというのがあるとも教わっている」

 

 自分はあの日、大人のヤクザにも怯むことなく戦った少女に憧れ、その強さを求めて武術の世界に身を投じた。

 その自分がここで逃げては、あの時の弱かった自分と何にも変わっていなかったことになってしまう。あの日、太極バッチをかけて戦った者の一人としてここで膝を屈するわけにはいかない。

 幸い直撃の寸前、自分から後方へ跳んだため威力は抑えられている。車椅子という不安定な足場で戦ってきた経験のお蔭だろう。

 

(とはいえこの状態じゃ叶翔の足止めなぞ不可能。危険な賭けとなるが――――)

 

 静の気と動の気を同時発動する最大のタブーにして最凶の技。静動轟一を使うしかない。

 まだ後遺症が完治したわけでないのに、静動轟一を使えば確実に大きな障害が残るだろう。そのことを承知していながら、龍斗がそれを躊躇うことはなかった。

 外側に爆発させる動の気を、自分の内側へと飲み込んでいく。

 

「追いついたぞ叶翔!」

 

 しかし幸いにも龍斗が静動轟一を使うことはなかった。

 翔の親衛隊二人を振り切った兼一が漸く追いついたのである。翔は兼一が来たことに露骨に不快感を露わにして舌打ちする。対して龍斗は安心したように朗らかに微笑む。

 

「フ、真打登場か」

 

「龍斗。その傷は叶翔に……? じゃあ翔を止めるために」

 

「兼ちゃんが気に病むことじゃない。僕は僕の信念に従ってまで。君のためにやったわけじゃない。それじゃあ僕は退かせて貰うよ。明日の試合もあるしね」

 

 それにそろそろ両足の方もタイムリミットが近づいている。

 後数分もすれば元通り朝宮龍斗の両足は動かなくなるだろう。

 

「虫けら一匹が地べたを這いずって来たくらいで退くなんて。さっきまで静動轟一まで使って喰らいつこうとした奴には見えないな」

 

 去っていく龍斗の背中に、翔の言葉が突き刺さる。

 

「見た目通りにいかないから、僕はここにこうしているんだよ」

 

 振り返らずそれだけ言うと、龍斗は全てを幼馴染に託して去って行った。

 


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