リミと龍斗の二人を伴ってデスパー島へとやって来たクシャトリアは、早速DオブDの主催者であるフォルトナと対面していた。
島の中にあって教会のような荘厳な雰囲気を漂わせた玉座の間。そこにはクシャトリアたちばかりでなく、DオブDを仕切るために招かれた一影九拳が一人、ディエゴ・カーロとYOMIのカストル兄妹もいた。
「今日は良い日じゃ。一影九拳が一人に大会を取り仕切って貰えるばかりか、未来の一影九拳まで招けたのじゃからのう」
「……まだ未定ですよ。武術家なんて明日なにがあるかわからないのですから」
ジュナザードから免許皆伝の証を貰ったクシャトリアだ。未来の対抗馬であったジェイハンがジュナザードによって切り捨てられた以上、ジュナザードが死ねば、ほぼ確実に『王』のエンブレムと九拳の地位を受け継ぐことになるだろう。
ただそれはジュナザードが死ぬ時に、クシャトリアが生きていればの話だ。死んでいては九拳になることはできない。
「それより本当かね? ディエゴ殿。最強の豪傑たちの集団、梁山泊が誇る最強の弟子を招いたとは?」
「ハハハハハハハハ! トーゼン! 私こそが真のエンターテイナー! 私が取り仕切る以上、DオブDは嘗てない盛り上がりでオーディエンスをワクワクさせる! そして最高のエンターテイメントには最高のゲストが不可欠!」
異名通り『笑顔』のマスクを被った覆面レスラー、ディエゴ・カーロが愉快げに言い放つ。
闇の大義や武術家の主義など二の次で、なによりもエンターテイメントを重視する彼は一影九拳屈指のトラブルメイカーである。
フォルトナとディエゴは梁山泊という最高のゲストにご機嫌な様子だが、それに振り回されるクシャトリアは胃が痛くて苦笑すら浮かばない。
「我々闇を差し置いて不遜にも最強を語る梁山泊。梁山泊の豪傑たちが手塩をかけて育てている史上最強の弟子こそ史上最高のゲスト! そして史上最高のゲストが我が弟子に敗れた時、史上最高のゲストは史上最高の噛ませ犬に変わる。そうだな、カストル」
「はい、
ディエゴの後ろに控えた金髪の少女が恭しくお辞儀をする。
彼女こそ笑う鋼拳の一番弟子カストル、本名をレイチェル・スタンレイ。その隣にはセロ・ラフマンの一番弟子でレイチェルの実弟のボルックス、イーサン・スタンレイの姿もあった。
「素晴らしい! 流石は笑う鋼拳じゃ! こうまでワクワクしたのはいつ以来か……」
「お気に召して頂けたようでなにより」
「梁山泊の史上最強の弟子と無敵超人の孫娘。そして次代の闇を牽引していくYOMIの精鋭! 正に次世代を担う若者達の激突というわけじゃ。明日の開会が楽しみでならんよ」
玉座に座るフォルトナは、ディエゴとクシャトリアを見ながら実に上機嫌そうに笑う。
空間に笑い声が反響する。だが常人ならいざ知れず達人の目は誤魔化せない。
目の前にいるフォルトナは本物のフォルトナではない。最新の技術と大金を惜しげもなく投入し作り上げられた、フォルトナの形をした精巧な機械人形だ。カメラとマイクを使い生身の人間が喋っているように見せかけているのだろう。
本物のフォルトナは島のどこか遠くで、潜んでいるはずだ。
呆れるほどの用心深さだが、この臆病と思われかねない慎重さがフォルトナの力をここまで増大させてきた理由でもある。
「それで」
フォルトナの注意がクシャトリアとディエゴから、飛び入りでDオブDに参戦することになったリミと龍斗に向けられる。
「飛び入り参戦した拳魔邪帝の弟子とはこの二人かね?」
「は、はい! 小頃音リミです! ちなみに独身、未来は龍斗様の嫁です」
「彼女の発言は適当に聞き流してください。なんなら殴って良いですよ」
フォルトナ相手にまるで臆さずいつものテンションで挨拶するリミと、リミのアプローチをさらりと受け流し辛辣な突っ込みを入れる龍斗。
少しだけ二人に関心しつつも、クシャトリアは訂正のため口を開く。
「私の弟子はリミ、彼女だけです。車椅子にのった彼は緒方一神斎の弟子ですよ」
「ほう! 拳聖殿の弟子とな! では今回のDオブDには笑う鋼拳、拳を秘めたブラフマン、拳魔邪帝、拳聖の弟子が揃い踏みというわけじゃな」
「そうなりますね」
「ふふふ。わしはこの島に武術の聖地を作りたいのじゃ。ローマのコロッセオのようにのう。武術界の未来を担う若者達の死闘の場を作ったのも一重にそのためじゃ」
「分かっておる。世界有数の武術の理解者フォルトナ殿」
「フフフ。ディエゴ殿、貴方とは本当に気が合うのう。人の創り出した究極の美、それが武術じゃ」
「いかにも。世界はもっと武術を中心に生まれ変わるべきだ」
クシャトリアの横では危険人物二人が完全に意気投合していた。
武術中心の世界、武術を存分に震える乱世を好み平和を疎むジュナザードと似たような思想である。ここにジュナザードがいればどんな反応をするのか気になったが、どうせろくな事にならないのは目に見えているのでクシャトリアは考えるのをやめる。
どうせ考えるのであれば不毛なことではなく建設的なものにするべきだ。例えばリミの修行メニューだとか。
「………………」
「どうしたのかね、クシャトリア」
「いえディエゴ殿。燃やすのと氷付けはどちらが良いかと」
「ハーハハハハハハハハハッ! 決まっているじゃあないか! エンターテイナーならレッツファイヤー! ジャパニーズ焼き討ちあるのみ!」
「分かりました。じゃあ焼く方向で」
これでDオブD後の修行メニューは決まった。毎度のように命の危険はあるが、この修行を乗り切ればリミの強さはまた一つアップするだろう。
一度弟子にした以上、中途半端に終わっては門派の恥。他のYOMIにも負けないよう弟子改造計画を急がねばなるまい。
「……なんかブルッときたお」
「大丈夫だリミ。君は風邪なんてひかないから」
「へ? なんでですか?」
「………………」
龍斗の皮肉に、天然のリミはまったく気付いた様子はなかった。
そんな二人のやり取りを眺めて、横にいたレイチェルがくすくすと笑う。
「けどいきなりだから驚いたわ、オーディン。貴方がDオブDに参加するなんてどういう風の吹き回し? YOMIでもまったくイベントに無関心だったのに」
「君に説明する義務はない」
「あら、冷たいわね。車椅子の選手なんて露骨に目立つ要素をひっさげて来たところ悪いけど、オーディエンスの喝采は渡さないわよ」
「別に目立つために車椅子にのっているわけじゃない」
同じYOMIである龍斗とレイチェルだが、二人の間に仲間意識など皆無に等しい。このあたり師匠が師匠ならば弟子も弟子ということだろう。
それにこの大会においては、リミと龍斗、レイチェルとイーサンでチームは別々なので、場合によってはYOMI同士の潰しあいになる可能性は十分にある。
「まったく」
一影九拳にせよYOMIにせよ、武術も良いが少しは協調性というものをもって欲しい。
その願いが叶わぬことと知りながらも、そう思わずにはいられなかった。主に心労的な意味で。
DオブDの前夜祭。裏社会でも最も有名な大会の一つだけあって、その前夜祭もまた華やかなものだ。
選手としての参加者を除けば、列席者には男女共に仮面で顔を隠した者が多く、さながら仮面舞踏会といった体をなしていた。
まるで中世の貴族社会にタイムスリップしたかのようなパーティー会場で極普通の格好をした、極普通の少年が一人。
言わずとも知れた梁山泊の史上最強の弟子こと白浜兼一である。
DオブDへ招待してきたのは〝闇〟。となればDオブDそのものが確実に罠。パーティーの食事に毒でも混入されているかもしれない。
兼一は小市民根性、良くいえばまともな危機感に従い警戒心をMAXにしていた。だというのに、
「ガハハハハハハ! 酒だァ! 酒が足りねぇぞぉ! 酒もってこーい!」
「アパパパパパパパパ! ここのハンバーグ、食べても家計が真っ赤にならないって凄いよ!」
「おっぱい触らせるね! お尻でもいいね!」
「貴方達は敵地の真っ只中でなにやってるんですか!!」
危機感皆無で好き放題やっている自分の師匠たちに気炎を吐く。
とはいえ兼一の気炎など梁山泊の豪傑にとってそよ風どころか空気のようなもの。全くお構いなしに各々のやりたいことを続行した。
「まったくあの人達は。ここは100%罠だっていうのに、全然緊張感がないんだから」
「まぁまぁ。皆さんくつろいでいるように見えますけど、全員が武を極めた達人ですわ。ああやってくつろいでいても、しっかり警戒心をもっていますですわ。…………たぶん」
「たぶんってなんですか!」
流石の美羽も暴飲、暴食、セクハラの化身となっている三人を見ては口ごもってしまった。
周りの仮面つけている客達はマフィアやら武器商人だというのに、こうして眺めていると自分の師匠が一番まともじゃなさそうなのが悲しかった。
「落ち着…け。襲ってくる気配はな…い」
「しぐれさん?」
「だろうねぇ。もし形振り構わずここで襲い掛かるくらいなら、わざわざこのような場所に招かずとも直接梁山泊に乗り込めばいいだけだ。
それと毒殺を警戒して食事に手をつけないでいる必要もないよ。毒なんて混ざっていればアパチャイが臭いで気付くし、そもそもそんな手段で我々を殺しては、闇の存在意義が失われるからねぇ」
梁山泊でも一番物騒で警戒心が最も高そうなしぐれに、比較的常識人の秋雨が同意すると僅かに兼一の不安も収まる。
不安が収まると忘れていた空腹を思い出す。そういえばこっちへ来てから禄に食べていなかった。ここらでしっかり栄養補給しておかなければ明日の戦いに支障をきたすかもしれない。
「よし」
意を決してテーブルに置かれた皿に手を伸ばす。
「気をつけろ。そのチキンにはAPTX4869が仕込まれている」
「!?」
咄嗟に伸ばしていた手を引っ込める。慌てて声のした方を振り向くと、そこには仮面を被りスーツを着込んだ男性が立っていた。
仮面といっても他の賓客たちがつけている西洋風のものではない。先住民族や古い部族だとかに伝わっていそうな、鳥と騎士を混ぜ合わせたようなものだ。
明らかに異様な佇まい。だというのに他の客達が彼に注意を払っている様子はなかった。
(まさか気配を消して、風景と一体化させて……。あれ? でも僕には普通に感じるということは、まさか僕達にだけ意図的に気配を察知できるようにしているとか。そんな馬鹿な)
ある筈がない、と思ったところで人間の常識を平然と超越する師匠たちが脳裏をよぎった。そこで二人の師匠が兼一と美羽を守るよう自然に前へ出た。それに長老も二人の後ろで目を光らせている。
だが達人に睨まれても仮面の男は平然と、逆に睨み返した。
(ま、まさかここで始まるのか!?)
壮絶なる達人バトルの勃発を予感して兼一が身構えた。
「あ。いつかの白髪頭だ。久し振…り」
「いやいやその節はどうも。鼠は大丈夫か?」
「ずこー!」
さっきまでの気当たりのぶつかり合いはどこへいったのか。
まるで友人みたくフランクに挨拶をかわしたしぐれと仮面の男に兼一はずっこける。
「う…ん。特に問題はなかっ…た」
「それは良かった。鼠を傷つけないよう下ろさせてから戦ったのに、こちらの注意不足からうっかり巻き込んでしまったからね。気にはなっていたんだ」
「チュチュチュチュチュ」
「ふむふむ。あれはこちらの迂闊でもあった。気にするな、か。分かった、ではあのことはチャラということで」
ナチュラルに鼠と会話する仮面の男。明らかに怪しい。
だというのに不思議と李天門やクリストファーのような威圧感は感じない。
「あのしぐれさん。その人、お知り合いですか?」
「う…ん。前にちょっと刀狩で…ね」
「刀狩りって、それじゃあこの人がしぐれさんに手傷を与えたっていう!」
弟子である兼一は『香坂しぐれ』という武術家の凄まじさは体で理解している。
年齢不詳なため正確に何歳なのかは分からないが、見た目的には梁山泊の豪傑でも最年少。でありながらその実力は他の豪傑と比べてなんら劣るものではない。
その香坂しぐれに一撃を与えたのが、この仮面の男だというのだ。であれば当然この仮面の男も師匠たちと同じ達人。
「改めて名乗ろう」
男は仮面に手をかけると、ゆっくりとそれを外す。
「拳魔邪帝シルクァッド・サヤップ・クシャトリア。はじめまして」
息を呑んだ。かなり若い。年は十代後半から二十代前半くらいだろうか。
雪のような白髪に浅黒い肌。そして黒の中で妖しく光る赤い双眸。その人間離れした容姿も相まって、どこか現実離れした神秘的な雰囲気を放っていた。
後ろにいた長老の目が僅かに悲しげに揺れたような気がした。