史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第45話  死亡報告

 一影九拳の弟子たちが名を連ねるYOMIの幹部たち。彼等は来たるべき戦いのため、リーダーである叶翔の指揮下で多くのミッションをこなしていた。

 ミッションの内容は色々だ。日本中にある道場に道場破りを仕掛けて闇の傘下にすることでもあるし、闇の支配圏を広げるために要人の護衛などをすることもある。

 そして彼等の師である一影九拳の狙いが梁山泊の豪傑たちの首級であれば、その弟子である彼等が狙うのは『梁山泊』の一番弟子〝白浜兼一〟の首級。

 世界広しといえど、闇の弟子集団全員から命を狙われた元いじめられっ子は史上初だろう。似たような理由で武術の世界に入ったクシャトリアは、彼に対して同情するが、立場上クシャトリアが彼を助けることはできない。

 シルクァッド・サヤップ・クシャトリアはあくまでも闇の武人。白浜兼一、ひいては梁山泊の敵だ。白浜兼一という武人を調査・監視する任も帯びている。

 もっとも白浜兼一についての情報は粗方調べ終えたので、現在やっているのは監視のみ。その監視にしてもかなり適当で、今は彼の監視よりも他のミッションに割く割合の方が多い。

 今日の仕事もそれだ。

 クシャトリアの眼下には、未来の闇を担うYOMIたちがソファに座って集結している。緒方と一緒に彼等のお目付け役をするのもクシャトリアの仕事だ。

 一方YOMIではないリミは、機関銃ぶらさげた男達に追われている頃だろう。

 

「いいんですか、クシャトリア先生」

 

「なにがだい?」

 

 クシャトリアの隣りで、手摺に座りながら翔はどこか愉快げに尋ねてきた。

 

「今日、先生の潜入中の学校ってスキーに行ってるんでしょう? 闇の武人シルクァッド・サヤップ・クシャトリアではなく、一教師の内藤翼先生としては学校行事をサボるなんて不味いのでは?」

 

「失礼な。人をサボり魔みたいに思わないでくれ。俺は三年生の補習の面倒を見るという実に教師らしい仕事を押し付けられたから、スキーに行く教員から外されただけだよ。ずる休みしているわけじゃない」

 

「いやぁ、そういうことじゃなくてジェイハンのことですよ」

 

「…………」

 

 緒方の仕掛けでアレクサンドル・ガイダルの一番弟子ボリス・イワノフが、誤って梁山泊に道場破りを仕掛けた一件以来、闇と梁山泊の戦争の火蓋は切って落とされた。

 そしてボリスに続く対白浜兼一の第二陣として送り出されたのがラデン・ティダート・ジェイハン。拳魔邪神ジュナザードの弟子にして、王のエンブレムをもつYOMI。そしてクシャトリアの弟弟子なのだ。

 今頃ジェイハンは雪山で白浜兼一と戦っている頃かもしれない。

 

「弟弟子が史上最強の弟子と戦っているのにその余裕。地を這う虫けらなんて気にせず踏み潰すだけってことですか?」

 

 地を這う虫けら――――もしかしなくても白浜兼一のことだろう。

 あの風林寺美羽を自身の片翼として、淡い想いを寄せる翔からしたら白浜兼一は恋敵。またその武術スタイルも生きも泥臭く、闇で純粋培養された殺人拳の申し子たる翔とはなにもかも対極だ。

 彼からすれば白浜兼一は天敵とすら言ってもいいのかもしれない。とはいえ翔が見下すように、今の白浜兼一では実力的に翔の天敵となるには力不足だが。

 だが叶翔にとって力不足でも、他の者にとって必ずそもそうは限らない。

 

「地を這う虫けら……踏み潰すだけか。だそうだが実際に彼と戦った者としてはどうかな、白浜兼一という男の評価は。朝宮龍斗くん、ボリス・イワノフくん」

 

 クシャトリアは直立不動で休めの姿勢で待機しているボリスと、下半身不随で車椅子に座ったまま俯いている龍斗に問いを投げる。

 他のYOMIたちの視線が自然、二人へ向けられる。龍斗とボリス、沈黙を先に破ったのはボリスだった。

 

「奴と戦った時、自分は妙なものを感じました。そう、まるで爪も牙もない小動物が、虎の威もないのに自信満々に挑発してくるような……。なにより奴の目の中に不思議な光を見た。あのまま続けていれば、果たして倒れていたのはどちらだったか」

 

 ボリス・イワノフは命令絶対の融通が効かない石頭だが、実力においてはYOMI全員から認められるほどのものだ。

 彼にここまで評された事で、他のYOMIたちの中でも白浜兼一への警戒度が上がる。一方、白浜兼一の幼馴染でもある朝宮龍斗は、

 

「馬鹿ですよ。ただのお人好しの馬鹿です」

 

 高評価どころか、仮にも自分を負かした相手を馬鹿と一蹴した。

 

「馬鹿、馬鹿か。だがそれが彼の強さの根源ともいえる」

 

 確かに馬鹿といえば白浜兼一は間違いなく馬鹿だろう。

 それは単に学校の成績が今一つだからではない。生き方や性分に信念、ただでさえ才能がないのに自分の信念で自分をさらに追い込んでいるあたりが馬鹿としか言いようがないだろう。

 信念故に臆病のようでいてここ一番では勇気を発揮し、逃げたいと思いながら逃げる事ができない。世渡りが下手な人間の典型とすらいえる。

 だが命を懸けても譲れぬ柱がある人間は、才能の有無に関係なく強くなるものだ。

 

「へぇ。先生はあの虫けらを買ってるんですね。でもそれにしては弟弟子が奴と戦うのに放置なんて、よっぽど弟弟子を信用しているんですか?」

 

「いやジェイハンが負けることも大いにあり得ると見ている」

 

 ジェイハンは、というよりティダートは亜熱帯の国でありティダート人は熱さに慣れた民族だ。ティダートの民族衣装に露出が多いのもそれが理由といえる。

 しかし今回ジェイハンが白浜兼一と戦っているのは冬の雪山。あの誇り高いジェイハンが雪山だからといって王子の衣装を変えるとは思えないし、伝統通りで裸足に王子の服のまま戦いを挑むことだろう。

 寒さという猛威に、雪という成れぬ戦場。ここまで不利が重なれば実力の八割程度しか発揮することはできまい。

 

「そうだね、下手すれば死ぬかもしれない」

 

「あの虫けらがジェイハンを? あの平和ボケした能天気面に人を殺めるような度胸があるとは思いませんけど」

 

「だろうね」

 

 白浜兼一は例え自分が死んでも、殺す相手を殺さない男――――心の髄まで活人拳を目指す武術家だ。

 或いは彼にとってなによりも大切な存在、風林寺美羽が殺されでもしたら、優しさ故に復讐心が爆発し殺人拳に堕ちるかもしれないが、今のジェイハンでは白浜兼一はまだしも風林寺美羽には勝てない。そんなことは起こらないだろう。

 

「だがなにも俺は白浜兼一がジェイハンを殺すと言ったわけじゃない。殺すのは我が師匠、シルクァッド・ジュナザードだ」

 

「ジェイハンの師匠じゃないですか」

 

「そうだよ。いい機会だから一つYOMIの皆に教えておくが、我が師匠ジュナザードは危険だ。君達の師匠は君達に厳しいながらも愛情をもって接しているかもしれないが、我が師匠は弟子を自分の武術的狂気を満たす道具としか思っていない。

 もしもジェイハンが白浜兼一を倒せないか、もしくは醜態を晒せば師は一切の情けもなくラデン・ティダート・ジェイハンを廃棄するだろう」

 

 それだけではない。ジェイハンというカリスマと能力のある人物が指導者となることて、内戦状態が続いていたティダートに平和の兆しが見え始めてきている。これは戦乱を好む邪神にとっては望ましくないことだ。

 例えジェイハンが武術家としてジュナザードの期待に応えようと、ジュナザードにとってジェイハンは邪魔な存在になりつつあるのだ。

 だがここで仮にジェイハンが死ねばどうなるだろうか。ジェイハンの妹のロナ姫には、国を纏めるほどの指導力や能力はない。ほぼ確実にティダートは再び国民同士が血で血を洗う内戦状態に逆戻りすることだろう。

 

「それが分かっていてジェイハンを放置すると?」

 

 龍斗が僅かに鋭い目で言った。

 

「行ってどうなる? まさか師匠と戦ってジェイハンを守れ、とでも。馬鹿を言っちゃいけない。俺はジェイハンのことが人間的に嫌いじゃないが、命を懸けて守りたいと思うことはない。俺が命を懸けて守るのは今も昔も自分の命だけだ」

 

「――――」

 

「おっと、電話だ」

 

 ケータイの着信ボタンを押すと、部下のアケビから想像していた事態が起きてしまったと告げられる。

 クシャトリアは深々と溜息をつく。師匠が弟子を壊すのはこれで何度目かと思いながら。

 

「ジェイハンが雪崩に巻き込まれて死んだそうだ」

 

『………………』

 

 九拳のYOMIだけあって、誰も自分の同胞が死んだことに驚く様子はない。

 これでいい。彼等にはジェイハンは死んだとだけ伝えたクシャトリアだが、アケビから報告されたのはそれだけではなかった。

 

『ジュナザード様により引き起こされた雪崩に巻き込まれるも、王子ジェイハンは自力で雪から這い出て脱出。ジュナザードから殺されぬよう身を潜めた』

 

 こちらが正しい情報だ。

 今のところクシャトリアにはジェイハンの生存を誰かに伝える気もない。流石に弟弟子の死刑執行所のサインするほどクシャトリアは非道ではないし、なによりもジェイハンの生存は上手く使えばジュナザードを殺すのにも役立つカードとなる。

 忘れてはならない。ジェイハンはティダートの王子、言うなれば一国の独裁者だ。確かに個人の強さではジュナザードに及ぶものでもないが、その権力は決して馬鹿にできるものではない。

 

(ジェイハンを旗頭に、俺が後見人となって師匠と戦争ごっこでもやらかすのも悪くない。まぁ今やっても絶対に負けるからやらないが)

 

 ジュナザードを殺すため自分の修行に余念のないクシャトリアだが、なにも真っ向勝負で正々堂々と倒す必要などはどこにもない。

 例えば連戦に継ぐ連戦で疲弊しきった所を、背後から襲っての勝利でも勝利は勝利だ。

 


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