史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第30話  買収

 先進国と発展途上国という二つの言葉がある。読んで字の如く先進国は経済的に豊かな国であり、発展途上国はまだ経済成長の途上、比較的豊かではない国だ。

 そんな発展途上国に分類される国の一つから、アジア有数の先進国であり武術大国でもある日本に、飛行機を乗り継いで一人の男が来日した。

 これから会う人物が人物のため男の纏う服装は綺麗に整ったものを背伸びし、顔には重たいものを背負っている者特有の責任感が張り付いている。

 先進国に金持ちと貧乏人がいるように、途上国にも金持ちもいれば貧乏人もいる。だが途上国は先進国のそれより貧富の差が大きくなりやすい。そして男は少数の富裕層ではなく貧民層に位置する人間だった。

 

(待っていろよ、皆)

 

 男の生まれ育ち住んでいる村は酷く貧乏だった。

 別に圧制者に苦しめられているだとか、悪党の被害にあっているだとか明確な貧困の理由があるわけではない。強いて言えば有り触れた理由で男の村は貧困に喘いでいた。

 そんな貧しい村出身の男がわざわざ外国まで来てやる事といえば一つしかない。即ち出稼ぎである。

 といってもただの出稼ぎではない。

 貧しさのせいで満足に食べ物を食べることができないというハンデを背負いながらも、男の体格はしっかりしていて体力に満ちている。

 しかしどれほど屈強な肉体をもっていようと男一人が普通に出稼ぎしたのでは、村を襲った貧乏と言う名の魔物を殺すことなど到底出来ないだろう。

 村そのものを貧乏から救うにはかなりの纏まった金が必要となる。

 男はこの地で千金を得るために、村の全財産の三分の一を預かって此処へ来たのだ。

 

「確か、このあたりか」

 

 慣れない異国の地に四苦八苦しながらも、男は地図と周りの風景を交互に確認しながら目的地に近付いていく。

 目的地である屋敷は広大なものだった。よく手入れされた庭に噴水。立派な門の前には警備員らしき制服の男が立っている。男はその屋敷を見上げて思わず自分の国の石油王の邸宅を思いだした。

 しかし屋敷に圧されてはいられない。男は唾を呑み込みながら警備員らしき男に近付いた。

 

「すまない。私は――――」

 

「主より既に話は聞いている。入れ」

 

「……………」

 

 緊張しながらも男は黒服の案内に促されるままに屋敷に入る。

 時々屋敷で働いているメイドと擦れ違いながら歩いていると、一際大きなドアの前に辿り着く。

 

「ここからはお前が一人で行け。くれぐれも非礼のないようにな」

 

「……分かっている」

 

 そう、この屋敷の主を自分の国の石油王と同列に見ることなどできない。

 何故ならばこの屋敷にいるのは人間でありながら、その強さを魔人の領域にまで到達した達人。表社会の道理を捻じ伏せる怪物なのだから。

 男は緊張を呑み込んで、魔城のドアを開いた。

 

「待っていた。お前が今日の提供者か」

 

 部屋にいたのは男よりも遥かに若い、美しいとすら言える男だった。

 年は十代後半から二十代前半だろうか。赤い目に白髪とした異様な面貌も相まって人間というよりも書物の中から抜け出した鬼のようですらある。

 だがこの男は鬼なんてものではない。鬼よりも恐ろしい邪悪な帝王だ。

 邪帝の左右両隣りには彼の側近らしい浅黒い肌の男と、金髪碧眼の男が立っている。

 

「初めまして。拳魔邪帝シルクァッド・サヤップ・クシャトリア殿。本日は私のような者に面会の機会を与えて下さり感謝の念に堪えません」

 

 大国に匹敵する影響力をもつという闇。その一影九拳が一人、拳魔邪神ジュナザードの一番弟子にして自身も九拳と並ぶ実力を持つという達人。シルクァッド・サヤップ・クシャトリア。

 彼が男が大金を稼ぐための商売相手であり、男の掛け替えのない財産の買い手でもある。

 

「挨拶はいい。早速お前が売りに来たものを教えて貰おう。それにより値段も変わるからな」

 

「……はい」

 

 自分より年下の男に不躾に命じられて思うことがないわけではない。

 しかし男にとって優先すべきは村を救うこと。ちんけなプライドなんてその為なら幾らでも売り払う覚悟が男にはある。なにせ男は自分にとって一番大事なものを売るためにここに来ているのだから。

 

「一対一、特に実力が近い者同士の戦いになれば戦いにある種の流れがあります」

 

 説明しながらも男は武術という人類の生み出した技術に則った構えをとる。

 男がクシャトリアに売りに来た財産は金銭でもなければ宝石でもない。男にとって一番の、そして何にも勝る財産。それは自分の師匠より託された武術に他ならない。

 闇の武人でもクシャトリアは特に他流派の奥義や秘伝の吸収に熱心な人物だ。

 クシャトリアのやっていることの一つが奥義と秘伝の買い取り。金に困った武術家に金を払うことで、その武術家がもつ奥義と秘伝を買い取る。そして武術を売った者は金を受け取る代償に、その拳を封印され武術家であることを捨てなければならない。

 画家の財産が絵を描く手であるように、武術家の財産は辛い修行で刻み込んだ武術そのもの。それを売り払うなど武術家にとっては絶対にしたくないことであるし、自分に武術を伝授した師を裏切るしてはならないことでもある。

 だが悲しいかな。金で真の友情や強さが得られない様に、世の中には友情や強さではどうしようもならない事というのも確実に存在しているのだ。

 そして男の村を救うには武術ではなく金が必要。

 

(許して下さい。師匠)

 

 心の中でもう何千回目になるか分からぬ師への謝罪を繰り返しながら、男は自分の武術全てをクシャトリアに伝え終えた。

 

「これが、私が師より託された我が流派の奥義・秘伝の全てです」

 

「アケビ」

 

「はっ」

 

 クシャトリアが褐色肌の側近、アケビに声を掛けると彼は無音でその場から消えると、直ぐにアタッシュケースを持って現れた。

 アケビはクシャトリアと一瞬視線を交錯させてから、テーブルにアタッシュケースを置いてパカッと中を開けた。

 

「これは――――!?」

 

「望みのものだ。お前の武術・秘伝、確かに全て買い取った」

 

「お、おお……! ありがたい、これだけの金があれば村も救われる……!」

 

 アタッシュケースに所せましと突き詰められていた男の国の紙幣。この金を持って帰れば貧困に喘ぐばかりだった村はたちまち生き返ることだろう。

 自分の武術を売りはらったことに悔いが一切ないと言えば嘘になる。しかしこの金で村が救えるのだと思えば売った甲斐があったというものだ。

 

「では約束通り、拳を封じ武術を捨てて貰う」

 

「分かっております……。例え命の危険に晒されようと師より託された拳を握ることはありません」

 

 武術を売り払った身で言えたことではないかもしれないが、武術家としての誇りがあるからこそ武術を絶対に使わないと断言する。

 だがクシャトリアは頭を振った。

 

「残念だが、俺は赤の他人の口約束を信じるほどお人好しじゃない。ホムラ」

 

「はっ!」

 

「な、なにをなさいますか!?」

 

 ホムラと呼ばれた金髪の側近が男を背後から羽交い絞めにする。

 クシャトリアほどではないにしてもホムラもマスタークラスなのだろう。妙手の男の力で振りほどくことはできなかった。

 

「口約束は信じられない。だから絶対に拳を握れなくなるようにさせて貰う」

 

「そ、そのようなことせずとも私は決して死ぬことになろうと拳を握ることはしません!」

 

「ならば村の為なら?」

 

「!」

 

「例えば村が悪党だかなんだかに襲われた時、或いは自分の友人が殺されそうになった時、武術家としての誇りをかなぐり捨てても禁じたはずの拳を握るんじゃないのか?」

 

「――――――っ!」

 

 反論を封じられる。

 村を救うために武術家としての誇りを捨てた男に、クシャトリアの言葉を否定することができるはずがない。

 

「心配しなくても腕を切断するとか荒っぽいことをするわけじゃない。大丈夫、痛みなんてないさ」

 

 クシャトリアが無表情で近付いてくる。

 武術家としての最後の意地か、どうせなら最後の瞬間まで睨んでいてやろうと目を大きく見開いた。そして、

 

「忘心波衝撃!」

 

 こめかみを両手で叩かれ強い衝撃が頭に侵入する。衝撃は頭蓋骨を伝わり中の脳味噌に届くと、脳味噌に記憶されている男の財産を根こそぎ抹消していった。

 衝撃を受けたショックで男は意識をシャットダウンする。そこへクシャトリアは更に幾つかの経穴を指で突いた。

 

「お前の武術家として培った全記憶を抹消して、経穴を突いて発揮できる力を弟子クラスレベルに制限させて貰った。これでもう買い取った財産が他に伝わる心配はない」

 

 忘心波衝撃で消された記憶を復元できるのはその技を知るものだけだ。

 ジュナザードの生み出した秘中の秘たるこの技が使えるのは、ジュナザード自身とその一番弟子たるクシャトリア、そしてジュナザードから伝授された無敵超人・風林寺隼人だけだ。

 例外として強固な精神力を持つ者なら自力で記憶を取り戻せるかもしれないが、それとて並大抵のものではない。

 それに予備の経穴も突かれている。男は完全に武術家としては一生を終えた。

 

「ホムラ。彼を帰せ、くれぐれも丁重に。それなりに良い買い物をさせて貰った」

 

「はっ!」

 

 側近に後を託すと、クシャトリアは奥の部屋へと引っ込んでいった。

 




ラフマン「今日の音楽の授業は発声練習をしますよ。皆さん規律」

宇喜田「ケータイの電源OFF、遅刻なし、サングラスも外してるし身だしなみも完璧。今日の俺は隙がないぜ」

ジーク「おぉ! 我等が連合友情のメロディー。ラ~ララ~♪」

夏「なんでテメエがここにいるんだよ、ジークフリート! お前ここの生徒じゃねえだろ」

ジーク「そこに音楽と我が魔王がおられるからです!」

ラフマン「はい、そこの二人。私語はいけませんよ。さぁ深呼吸して」

宇喜田「すぅぅぅはぁぁあああああ~~」

ラフマン「――――――真言秘儀(マントラタントラム)

兼一「っ! ま、不味い! 皆、耳を塞ぐんだ!」

宇喜田「へ?」

ラフマン「恐怖の真言(きょうふのマントラ)

宇喜田「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

武田「宇喜田ァァァァアアアアア!!」

兼一「不味い。ショックで心停止してる……」

美羽「きゅーきゅーしゃ! きゅーきゅーしゃですわ!」

武田「うぉぉおおおおおおお! 死ぬなぁあああああああああ! 宇喜田ァァアアアアア!!」

宇喜田「」チーン

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