拳聖・緒方一神斎が自分のYOMIを選ぶために作り上げた、 表向きには武闘派不良集団に偽装している人材育成プログラム。
達人であるクシャトリアにとって、それを調べることは梁山泊の弟子の調査や監視と比べれば遥かに難易度の低い仕事である。
白浜兼一の調査をする時は彼の師匠、梁山泊の豪傑たちに自分の存在が露見するという危険性を常に警戒していなければならないが、拳聖の頼みをこなす上ではそんな警戒は無用である。
いくら人材育成プログラムにダイヤの原石が集まろうと所詮は弟子クラスの域を出ない者ばかり。
ジュナザード仕込みに隠遁術をもつクシャトリアが気配を遮断すれば、見つけることは不可能となり、容易く彼等の拠点にも忍び込める。
一日で一つのチームと決めて、既にこの二日間でクシャトリアはチーム・ラグナレクとチーム・マビノギオンの調査については完了していた。
「マビノギオンの構成員の下端雑魚太郎。総合評価E、と。」
クシャトリアが調査するのは、主に人材育成プログラムに集まった者の武術的素養についてだ。
だがあくまで素養であって現時点での実力ではない。達人がつきっきりで指導すれば、どれほど素質のない者でも妙手クラスまで押し上げることはできる。
故に重要視するのは『達人』になれるほどの伸び代があるかどうかだ。
「マビノギオンの
異名通りルグは関節技を得意とする男だ。多くの抗争で敵対チームの者達を外してきている。碌な師匠もなしに殆ど我流だろうに見事なものだった。
けれど彼の特徴はそんなところにはない。彼の一番の特徴は彼が全盲であること。要するに彼は目が見えていないのだ。
だが生まれつき盲目というハンデを背負ったからこそ、彼は視覚以外の感覚と気を読む力が異様なほどに発達している。気を読む技能に至っては妙手クラスに手が届いているかもしれない。
更に外界を知る一番の手段である視覚がなかったせいで、彼は自分の内部に膨大な気を溜めこんでいる。彼が気の解放を修めれば、気に関しては達人に近い領域にまでいけるだろう。
「一影九拳のYOMIたちと比べても劣らない素養、評価A+……と」
しかしチーム・マビノギオンで目ぼしい人材はルグくらいだ。
他のメンバーは五十歩百歩。一般人レベルではそこそこの才能がある秀才、悪く言えばYOMIレベルでは凡夫な者ばかり。
もっともルグという才能を探り当てただけでチーム・マビノギオンは十分に役目を果たしたといえる。
「それにしてもチーム・ラグナレク。白浜兼一が抗争しているっていうチームは凄いな」
マビノギオンはチームリーダーと幹部全員探して目ぼしい人材がルグ一人しかいなかったのに対して、ラグナレクは幹部全員が目ぼしい人材ばかりだった。
「第八拳豪バルキリー、本名は南條キサラ。元第三拳豪フレイヤ直属部隊ワルキューレ所属、テコンドーの使い手……新参だけあって八拳豪では未熟だが、優秀な師匠がつけば化ける可能性十分。精神面もそこそこ自立しているが、冷酷なようでいて情に脆いところがあるから総合評価C。
第七拳豪トール、本名は千秋祐馬。相撲を異種格闘技用に改良した実戦相撲の使い手。スポーツとしての武術ではなく、実戦としての武術を求めていることから闇人になる素養もある、か。精神面も含めてB評価にしておこう」
生死を分けるのは技でも力でもない。心だ――――という一影の言葉通り、精神面というのは武術において重要な要素の一つだ。一胆、二力、三功夫という言葉も中国拳法にはある。
しかしクシャトリアは純粋な精神の強さで評価しているわけではない。
拳聖の弟子としてYOMIに、ゆくゆくは闇人になるには非情の心が重要となる。どれだけ精神が強くても、それが活人拳的な強さならば闇人としてはプラスではなくマイナスだ。
(
そもそも緒方はジュナザードの秘術なんて知らないし、クシャトリアも緒方にだけは教える気はないので考える必要もないが。
「第六剣豪ハーミット、谷本夏…………って何処かで聞いたことがある名前だと思ったら放浪中の拳豪鬼神・馬槍月殿の弟子じゃないか。なんで馬槍月殿の弟子が緒方の人材育成プログラムに……。
人格、実力どれをとっても問題なし。総合評価はA+といいたいところだが馬槍月殿の弟子なので評価保留にしておこう」
一影九拳の間には不可侵条約のようなものが定められている。放浪して九拳の席を友人の魯慈正を預けているといえ彼も九拳の一人であることは変わらない。
もし馬槍月と同じく九拳である緒方が馬槍月の弟子を弟子にしてしまえば重大な問題が発生しかねないのだ。
「第五拳豪ジークフリート、九弦院響。我流で生み出した変則カウンターの使い手。新白連合の切り込み隊長・白浜兼一との戦いに敗れたショックでラグナレクを離れ行方不明。
実力はスリーオブカードにも迫ると噂されているが、余りに性格に難があるため第五拳豪の地位に留まり部下も殆どいない。作曲を邪魔すると誰彼かまわず殺意を向ける」
武術と芸術を両方極めたアレクサンドルも激昂して一個中隊を皆殺しにするほど性格に問題がある人物だが、このジークフリートも十分その素質を備えている。
芸術家で武術家というのは気難しい人物が多いのかもしれない。
悩んだ末、クシャトリアはA評価をつけておいた。
「第四拳豪ロキ、本名不明。ラグナレクの戦う参謀と自称するだけあって策略と策謀に関しては中々。実力で第五拳豪や第六拳豪に劣るが、兵法と虚実に関しては飛び抜けている……。精神面が闇に向いているからB評価にしておこう。
第三拳豪フレイヤ、本名は久賀舘要。久賀舘流杖術の正統後継者で神武不殺の信念をもち…………駄目だ。実力も才能もトップクラスでも、精神面が活人拳寄りの上に無手組の緒方とは相性最悪。惜しい人材だが彼女は駄目そうだな」
しかも久賀舘流杖術といえば戦時下であっても不殺を貫き、闇の誘いを断り続けた伝説の杖術家・久賀舘弾祁の流派だ。
そういう意味でも闇に加わる可能性は皆無に等しいといえるだろう。
「第二拳豪バーサーカー、本名は吉川将吾。武術に関してはまったくのド素人。天賦の才のみで数多くの武術家を沈めてきた無敵の喧嘩屋。動の気の素養も中々。
精神面でもYOMIの弟子たちがもつような強さへの執着もあって十二分。評価A+が妥当か……」
現時点での実力は兎も角、才能においてはこのバーサーカー。YOMIのリーダーの叶翔にも匹敵しかねない。
叶翔は暗顎衆という特殊な出自故の天賦の才能だったが、このバーサーカーは突然変異の天賦の才だ。
「第一拳豪オーディン。彼についてはもはや語るまでもなく評価A+、と」
クシャトリアは緒方の武術の研究を手伝う過程で、オーディンこと朝宮龍斗とは面識もあり実力も知っている。
なので今更彼の実力を調査する必要もなかった。調べずとも緒方が一番よく知っているだろう。
「そして――――」
クシャトリアの視線の先ではこの辺りの街で幅を利かせる不良グループ、爆走冷蔵庫連合の構成員五十人と、緒方の人材育成プログラム・ティターンのリーダーであるクロノスが一人で戦っている。
多勢に無勢。でありながらクロノスは巨体によるパワーと耐久力を活かして五十人の不良たちを一方的に蹂躙していく。
「総合評価B……ってところか。悪くないが、他のチームと比べたら飛び抜けてもいないな」
クロノスの名前の横にBと書くと、クシャトリアはビルから飛び降りて地面に着地する。
これでラグナレク、マビノギオン、ティターン。全ての調査が終わった。緒方もこれで満足するだろう。
クシャトリアが帰ろうとすると、丁度見計らっていたようなタイミングでケータイが鳴る。
「はい、もしもし」
『やぁ、クシャトリア。そろそろ終わった頃だと思ってね』
「どんぴしゃだよ。今さっき最後のティターンの調査を一通り終えたところだ」
電話の相手は予想通り緒方だった。クシャトリアは嘆息しながらも応対する。
『ティターンに集まった人材はどうだった? 君の目から見て目ぼしい人材はいたかい?』
マビノギオンとラグナレクについては昨日報告を入れている。
前日のラグナレクが異例の人材の宝庫だったこともあって緒方の声には期待が満ちていた。
「残念ながら期待に答えられそうにはないよ。リーダーのクロノスはそれなりだったが他は全然。クロノスにしてもラグナレクのオーディン、バーサーカー。マビノギオンのルグのように飛び抜けているわけでもない。総合的に見て評価はBというところかな」
『そうかぁ。それは残念至極、君が言うんだから間違いないんだろうねぇ。じゃあティターンの方は失敗か』
「ラグナレクの方が人材の宝庫だったんだから、チーム一つの失敗なんて損失でもなんでもないだろう。それにクロノスにしても龍斗くんほど飛び抜けてないだけで十分に素養はあるんだし」
『ふっ、そうだね。ネガティブになっても仕方ない。前向きに考えるとしよう』
今直ぐYOMI入りしても十分やっていける才能の持ち主だけで三人も緒方は手に入れたのだ。
人材育成プログラムが成功したことの証明にこれ以上のものはいらない。
「やっちまえ!!」
歩いていると路地の裏から男達の怒鳴り声が響いてきた。
無視しようと思ったが、なんとなく心がざわめき怒鳴り声のしている場所を覗きこむ。
するとそこには無数の不良たちと、不良に囲まれたゴシックロリータと呼ばれるファッションに身を包んだ少女が一人いた。
「クロノスを爆走冷蔵庫連合の奴等が抑えているうちに、俺達のグループがティターンの幹部たちを袋にする!」
「リーダーの作戦は完璧だぁ!」
「ティターンのアタランテー。ここでぶっ殺してやるぜぇ!」
金属バットや鉄パイプをもった男達の一斉攻撃。それを向けられるのは男達より一回りも小さい少女。
誰の目から見ても明らかなパワーバランスはしかし、
「リミッ!」
少女が動いた瞬間に覆された。
「ぶぅっくすっ!?」
「ぎらぐぁぃっ!?
「べくたっ!?」
まるで夜の空を自在に舞う燕のような動き。地面と壁を縦横無尽に駆け抜けた少女の蹴りで、男達は一瞬でのされてしまった。
少女の動きには無駄も多く、荒削りで、未熟な所も多い。だが一万人を一人一人調べまわっても見つけ出せないほどのものを少女はもっていた。
『どうしたんだい、クシャトリア?』
「――――いたよ。目ぼしい人材が」
クシャトリアは心のメモ帳にアタランテー、総合評価A+と書き記した。
兼一「漢文の授業の馬槍月先生……また自習か」
夏「初日から数えて十五回目じゃねえか。あの不良師父。なんでクビにならねえんだ」
武田「だけど教師が留守なら宇喜田が殺されることもないじゃな~い。な、宇喜田」
宇喜田「」チーン
武田「宇喜田ァァアアアアア!?」
夏「ああ。昨日うちの師父に酒を付き合わされて、急性アルコール中毒でな」
美羽「きゅーきゅーしゃ! きゅーきゅーしゃですわ!」
武田「宇喜田ァァァア!! 酒は二十歳になってからだぞぉぉぉおお!」