史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第23話  蛇の王

 拳魔邪帝、そしてシルクァッドという姓。

 どちらも武術家にとっては重い銘だ。ジュナザードの弟子であり、恐らくは誰よりもジュナザードに近いクシャトリアだからこそその重みが理解できる。

 邪帝、邪悪なる帝王。邪神に次ぐというシンプルな理由でつけられた渾名だけあって大仰なものだ。

 だがクシャトリアの目的とは拳魔邪神の抹殺、つまりは神殺し。神を殺そうと言うのに、帝王の玉座程度でビクビクしていても仕方がない。

 闇にも九拳の継承者候補として公認され、達人として一人前と認められた以上、クシャトリアにはやらねばならぬことがあった。

 

「…………」

 

 クシャトリアは飛行機に乗って一人、ティダード王国へと飛んでいた。

 昔、それこそ自分がまだ弟子クラスだった頃は外出一つとってすら自由ではなく、師匠たるジュナザードの許可が必要だった。妙手になってからも闇から下される任務をこなす時以外では自由行動は認められてはいなかった。

 しかし今ではこうして自分で飛行機の予約をとり、自分で日本だろうとティダードだろうと行き来できる。

 これもジュナザードから免許皆伝のお墨付きを受けた証だろう。これから強くなるためには師から学ぶのではなく、師から教わった事を自分自身で磨いていくのだ。

 

(とはいえ所詮は仮初の自由だがな)

 

 免許皆伝、一人前と認められたところで別にジュナザードから破門されたわけでも、師弟の縁がきれたわけでもない。

 ジュナザードが一度命令すればクシャトリアはそれがどんなに厭な命令であろうと従うしかないし、一人前だと高を括り成長を止めれば直ぐにジュナザードは自分を殺すだろう。

 師弟関係という名の首輪は今もクシャトリアの首に繋がっている。

 

『当機は間もなくティダード空港に到着致します。クシャトリア様、どうぞシートベルトをお付けになって下さい』

 

 機長のアナウンスが機内に響く。

 これはジュナザードのお下がりのプライベートジェットなのでクシャトリア以外に乗客はいない。

 自家用ジェットを軽く用意できることといい世界各地に大豪邸や高層ビルのような拠点をもつことといい、闇の資金力は闇の最深部に近い位置にいるクシャトリアをもってしても想像もつかないものがある。下手すればその資金力は大国のそれと比肩するかもしれない。

 そんなことを考えながらもクシャトリアは大人しくシートベルトをつける。

 クシャトリアも一影九拳たちと肩を並べる特A級の達人の端くれ。飛行機墜落程度では死にはしないが、飛行機ではキャプテンの指示には従うのがマナーというものだ。

 ジュナザードという反面教師が身近にいた分、クシャトリアは比較的そういった常識は弁えている。

 シートベルトをしっかり付けたからというわけでもないが、飛行機は無事に着陸した。

 

「さて」

 

 プラウ・ベーサーにあるティダード王国首都ティダードを、クシャトリアは鞄一つに背広姿という何処を歩いても不審ではない格好で歩く。

 ティダードの民族衣装に仮面という出で立ちは人目に付きやすいと思って背広できたのだが、ここティダードでは間違いだったかもしれない。

 アジア有数の内戦地帯であるティダードには傭兵やチンピラもどきがかなりうろついている。背広姿の方が民族衣装よりも目立つ。

 しかしどうもそれだけではないようだ。

 

「ねぇ、あの御方……」

 

「ああ。そっくりだ」

 

「……もしやあの御方がジュナザード様が自身の継承者とされたクシャトリア様か。祈っておこう、御利益があるかもしれない」

 

 ティダード人たちがクシャトリアの顔を見てはヒソヒソと囁き合う。

 師匠シルクァッド・ジュナザードはティダードでは知らぬ者などいない有名人。教科書にも若き日の顔写真が載っているほどだ。

 そしてジュナザードの日々の肉体改造や薬の副作用もあってクシャトリアはジュナザードと瓜二つの容姿になっている。

 日本人も死んだはずの福沢諭吉のそっくりさんが往来を歩けば注目するだろう。

 

(だからといって祈るのは止めて欲しい)

 

 拳魔邪神の継承者という話はティダードにも広まっているらしく、ティダード国民はクシャトリアの顔を見る度に祈ったり跪いたりしている。

 しかし祈られたところでクシャトリアは単なる一介の達人。御利益なんぞあるわけがない。

 

「ここか」

 

 ティダード王国のあらゆる意味においての中心。王国の統治者たる王族の住まう宮殿の前に来てクシャトリアは足を止める。

 クシャトリアが宮殿の前に来ると、宮殿を守る衛兵たちが横一列に整列し敬礼した。宮殿の入り口では高貴な佇まいの少年とそれによりそう少女がクシャトリアのことを待っていた。

 

「ようこそお出でになられた、拳魔邪帝シルクァッド・サヤップ・クシャトリア殿。我が兄弟子」

 

「初めましてティダード王子、ラデン・ティダード・ジェイハンくん。それとも王子と呼んだ方がいいかい?」

 

「無用です。貴方は我が兄弟子にして、ティダードの英雄ジュナザード様が己の名を与えた一番弟子。ティダードの王としても、ジュナザード様の弟子としても貴方は敬意を払う存在故に。

 兄弟子殿。そして隣りにいるのが第二位の王位継承権をもつ我が妹の――――」

 

「お初御目にかかります、ラデン・ティダード・ロナです。クシャトリア殿」

 

「宜しく、ロナ姫。……成程」

 

「どうかなされましたか?」

 

 ティダード王国は伝統を重んじる国で王は代々武術を修得している。

 だからだろう。YOMIであるジェイハンは勿論、ロナ姫にも武術の臭いがあった。

 

「師匠や私にジェイハンくんのように無手という感じではないな。さしずめシラットの武器術を嗜んでいるとみた」

 

「っ! ええ、その通りです。私の護衛でもあるバトゥアンより教えを受けています。だけど何故そのことを」

 

「足運びや筋肉の付き方を観察すれば無手の武術家か武器使いくらいかは分かる。これでも達人の端くれだからね」

 

「そうなのですか?」

 

「はははははは。ロナ、達人は余達の常識では測れぬ御仁ばかり。何事も諦めが肝心だぞ」

 

 ジュナザードという達人たちの中でも極め付きの非常識の弟子だけあって、ジェイハンには達人と付き合う上での心構えが出来ているようだ。

 

「既に歓迎の準備はできております。どうぞ中へ。これ、兄弟子殿の荷物を持って差し上げぬか」

 

「なにからなにまですまないね」

 

 クシャトリアの鞄には手甲や仮面など大事なものも入っているので、普通なら誰かに預けるなんてことはしない。

 だがティダード王子以前にジェイハンはクシャトリアにとっては弟弟子。その行為を無碍にするほどクシャトリアは意地悪くはなかった。

 

 

 

 王子直々のもてなしだけあって、出される料理は全てが一級品。果物も最高のものが揃っていた。

 しかしクシャトリアは別に贅沢極まる歓待を受ける為にジェイハンのもとへ足を運んだのではない。

 宮殿で長旅の疲れを癒し、空腹を満たすとクシャトリアは早速だが本題に入ることにする。

 

「ジェイハン、これからは〝闇〟についての話しだ。すまないが人払いをお願いする」

 

「はっ。これ、バトゥアン。兄弟子殿の言う通りにせい」

 

「ですがジェイハン様。我々はジェイハン様の護衛の任についている者。我等も闇には関わりがあります。どうか我等だけでも」

 

「余の命令が聞けぬと申すか。いいから出てゆかぬか。それともお前は兄弟子殿が余を亡き者にするとでも考えているのか? 不敬であるぞ」

 

「……申し訳ありませぬ。ただちに」

 

 王族の護衛であり、シラットの武器使いの達人であるバトゥアンは渋々といった様子で広間から出ていく。

 バトゥアンが最後に一瞥して広間から出ると、ここにいるのはクシャトリアとジェイハンのみになった。

 

「余の臣下が失礼を致した。クシャトリア殿を疑う不敬、王として詫びましょう」

 

「いやいや。主君の不興をかっても主を気遣う。これも彼が性根の正しい者の証。気にすることでもない。それで私が君のところに来たのは、エンブレムの継承やYOMI絡みのことだ」

 

 闇――YAMI――からアルファベット一文字変えただけの『YOMI』は、表向きはただの武道派集団として認知されているが、その実態は闇人の育成機関。闇の達人の弟子が所属する達人への登竜門的な組織だ。

 その中核を担う幹部は一影九拳の弟子が務めており、幹部たちは師と同じプラチナ製のエンブレムを持っている。

 リーダーは人越拳神・本郷晶の一番弟子である叶翔。人越拳神の空手のみならず、一影九拳全ての武術を継承する『一なる継承者』となるため幼き日より闇で純粋培養された殺人拳の申し子だ。

 ティダードの王子でありジュナザードの弟子であるジェイハンも、他の九拳の弟子たちと同じくYOMIに所属している。だが彼が他のYOMI幹部たちと違うのは、ジェイハンがジュナザードの『王』のエンブレムを持っていないことだ。

 

「九拳のエンブレムはその者の一番弟子に渡される。だから王のエンブレムは、こうして私がもっているわけだ」

 

 懐からクシャトリアはプラチナ製の『王』と描かれたエンブレムを取り出す。

 

「だが私は師匠より免許皆伝のお墨付きを貰い独り立ちした身。師弟でなくなったわけじゃないが、既に俺はYOMIではなく一人の闇人。よってこのエンブレムは、師匠のYOMIである君に譲られる」

 

 クシャトリアはずっと前にジュナザードから渡されたエンブレムを、ジェイハンに渡した。

 ジェイハンは神妙にエンブレムを受け取ると、それを嬉しさの滲んだ顔で握りしめる。

 

「クシャトリア殿。私に王のエンブレムを渡したという事は、貴方はどうするので。ジュナザード様の後を継いで九拳の座を継承するのですか?」

 

「師匠がそういうつもりだったなら、あのお披露目の場でそうなる予定だったのかもしれないが、師匠は未だに一影九拳の席にあった方が面白いと踏んでいるようでね。今のところ継承する予定はない。

 だが……師匠が九拳の座を降り隠居したり、病気かなにかで急死なされたら、恐らく私が『王』を継承し新しい九拳になるだろう。その時は君も師匠――――ジュナザード様の弟子から私の弟子になるという形になると思う。お互いにその時に生きていればの話しだがね」

 

 冗談めかして肩を竦めると、ジェイハンも苦笑した。

 だがクシャトリアは冗談めかしていても冗談で言ったわけではない。師匠があのジュナザードな以上、無事に生き延びられる可能性の方が低いだろう。

 ジュナザードが死ぬまでにどちらか一方、または両方とも死んでいる可能性は大いにある。

 

「では仮に長い修練の果てに私が貴方と同じ頂きに到達した場合は?」

 

「私と君で継承者争いが勃発することになるだろうね。言うまでもないが闇が重要視するのは血筋ではなく実力。より強い者こそが継承者に相応しいと考えるだろう」

 

 そう思うと自分とジェイハンは不思議な関係だ。未来によっては将来師弟になるかもしれないし、殺しあう関係になるかもしれない。

 ともあれ言うべきことと渡すべきものは渡した。クシャトリアは腰を上げる。

 

「ではこのあたりで失礼する。これから闇との用事があるんでね」

 

「車を用意させましょう」

 

 ラデン・ティダード・ジェイハン、彼というカリスマと指導力を得て内戦続きのティダードは漸く一つに纏まろうとしている。

 彼は非常にジュナザードを尊敬し父のように慕っているようだがだからこそ危うい。

 ジュナザードの弟子として大成する条件。クシャトリアに言わせるなら、それは命に関してとことん自分本位になることだ。

 争いと殺し合いによる混沌を好み、自身も自分本位であるジュナザードにジェイハンがどう映ることやら。

 

(死ぬなよ)

 

 クシャトリアは兄弟子として、弟弟子の武運を祈った。




 一々解答するのが面倒なのでここで明言しますが。
 クシャトリアの年齢はしぐれと同い年です。

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