史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第18話  白昼夢

 前門の達人、後門のマフィア沢山。四面楚歌、完全に囲まれてしまっている。

 銃をもったマフィアだけならクシャトリアの力で十分に突破することもできるが、相手に一人マスタークラスがいるとなると簡単な任務は最難関任務に早変わりだ。

 

(やばいな。どうする……?)

 

 達人との戦闘経験が皆無なわけではない。

 力を制限したジュナザードや美雲との組手は何回もしているし、運悪くマスタークラスと遭遇してしまい戦った事もある。

 だが今回は流石に分が悪いという次元ではない。

 なにせ目の前にいるマスタークラスから発せられるプレッシャー。達人級でもかなりの上位の実力者だ。

 未だ妙手のクシャトリアでは逆立ちしたって勝てる相手ではない。

 

「勝てないのならば……ここは、逃げる!」

 

 三十六計逃げるにしかず。勝てない相手と無理に戦い玉砕するよりも、例え臆病者と罵られようと恥を忍んで撤退し命を繋ぐ。これもまた兵法。

 死ねばそこまでだが、生きていればまだ幾らでもチャンスはあるのだから。

 

「チッ。逃がすか餓鬼!」

 

 男達が機関銃をクシャトリアに照準する。

 ジュナザードならどうか分からないが、人間は決して弾丸より速く動くことは出来ない。しかし向けられた銃口から弾道を予想し、トリガーを引く指から発砲のタイミングを掴むことはできる。

 弾道とタイミングが分かるのなら回避するのは難しいことではない。

 発射された機関銃を突きを躱すように掻い潜ったクシャトリアは、三秒で五人のマフィアを昏倒させた。

 

「うおっ! この餓鬼、銃弾を避けやがったぞ!?」

 

「アパチャイ! テメエも棒立ちしてんじゃねえ! 侵入者をぶっ殺すんだよ!」

 

「アパ? 殺すのはよくないよ! 殺しちゃったら美味しいもの食べられなくなるよ」

 

「あぁ! グスコーさんの恩を忘れたのか!? 御託ぬかしてんじゃねえぞ!」

 

「………………」

 

 なんだか良く分からないがマフィアとあの達人――――アパチャイのコミュニケーションは上手くいってないらしい。

 敵の不和はこちらの好機。敵がぐだぐだとやっている間にクシャトリアは全力で通路を駆けていく。

 任務を放棄することになるが、自分の命には代えられない。それに気合や根性に作戦だけではどうしようもならない敵というのが、この世界には存在しているのだ。

 

「くそっ! だったら殺さなくて気絶でいい! 兎に角あいつを止めろ!」

 

「アパ。それなら分かったよ」

 

 敵の混乱も長くは続かない。最終的にマフィアが折れる形でアパチャイに戦うことを認めさせる。

 その後の動きは速かった。アパチャイはその巨体に似合わぬ超高速で、容易く先に走っていたクシャトリアを追い抜くと進路に立ち塞がった。

 

「くっ……!」

 

 達人の壁。ある意味では核シェルターよりも頑強なものに道を塞がれてしまった。

 巨大とはいえ通路は広い。アパチャイの左右には通り抜けられる隙間はある。しかしその隙間を通ることはライオンの牙をハンマーで殴りつけ、五体満足で戻ってくるよりも難しい。

 なによりも無造作に立っているようでいてアパチャイからは蟻の抜ける隙もありはしない。達人級は伊達ではないということか。

 

「アパパパパパ~」

 

「!」

 

 アパチャイが動く。

 足の運びから踏込、それにこの速度。避けるのは不可能だ。

 達人級の突き…………弾丸なんかより遥かに恐ろしいそれを受けるしかない。

 

(だ、だが!)

 

 どうして悪党の用心棒なんてしているかは知らないが、殺すことを拒否したことといい、それに邪気のない微笑みといいアパチャイは悪そうな人間には見えなかった。

 もしかしたら手加減をしてくれるかもしれない。そんな風に思ったクシャトリアは次の瞬間、自分の楽観の甘さを思い知る。

 

「イ~ヤバ~ドゥ!!」

 

「ぼべらっ!?」

 

 巨人のトンカチで殴りつけられたような衝撃。クシャトリアの体は足を床から離し、ボールのようにくるくると飛んでいった。

 壁に叩きつけられる直前、飛びそうになる意識をどうにか繋ぎ止めて受け身をとる。

 

「……はぁはぁ…………なんて、パワーだ」

 

 達人級でも上位の力量という評価が間違いでなかったことを悟る。

 クシャトリアも妙手ではかなりの実力者だ。相手が並みの達人ならこうまで一方的にやられることはなかった。

 それがアパチャイ相手では大人と子供。まったく歯が立たない。

 褐色の巨人。アパチャイがどしんどしんと、ゆっくりと近づいてきた。

 いきなり全力攻撃を喰らった時も殺意はなかったので、殺すことはないかもしれないが、気絶されマフィアに捕まってしまえば、アパチャイに殺されなくてもマフィアに殺される。

 かといってアパチャイを倒すことなど土台不可能だ。

 

「くそっ……」

 

 そんな時だった。果たして追い詰められたクシャトリアの走馬灯なのか、笹をもったウサギが目の端に止まる。

 

「あぁー! あそこで愉快なウサギとカエルがリンボーダンスを!」

 

「本当かよ!? どこよ、どこでリンボーしてるよ!」

 

(今だ)

 

 アパチャイがウサギとカエルのリンボーダンスを探しているうちに、クシャトリアは嘗てない速さで廊下を駆け抜けると、船の窓を蹴り壊して脱出した。

 潮水のしょっぱさも今のクシャトリアには聖水の泉にも等しい。

 呑気にしていたらアパチャイが追撃をかけてくる可能性もある。クシャトリアは一目散に沖へ泳いで撤退していった。

 

 

 

「酷い一日だった」

 

 海水で濡れた服を着替え仮面をとったクシャトリアは散歩しながら思案に耽る。

 マスタークラスの達人の存在。しかもあの強さは下手すれば達人の中の達人、一影九拳と同じ特A級だ。

 無理だと承知していながらシルクァッド・ジュナザードを殺すことを目的とするクシャトリアは、いずれ特A級の達人という頂きに立つつもりでいる。

 しかし未来のクシャトリアが特A級の達人になったとしても、現在のクシャトリアは所詮一介の妙手。一影九拳クラスの相手と一兆回戦っても一兆体の死体を量産するだけだ。

 

「これからどうするか」

 

 マスタークラスが相手にいるとなると、命を懸けなければ任務を成功させることはできない。かといってこんな取るに足らない任務に命を懸けるほど酔狂でもなかった。

 一度闇に敵にマスタークラスがいると報告してマスタークラスの援軍を頼むか、それとも仕事を変わって貰うのがベストだろう。

 闇の上層部はジュナザードほど酷くはない。正当な理由があれば援軍や交代くらい認めてくれるはずだ。

 

「あ」

 

 歩いているとクシャトリアの腹がグーと鳴った。

 

「取り敢えず腹ごしらえ腹ごしらえ」

 

 懐からリンゴを取り出して食べる。料理とか違いフルーツは生でそのまま食べられるのが良い。

 しかしどうせなら昨日のことで疲れていることだし座って食べたかった。

 リンゴを咀嚼しながら手頃な木陰を目指す。

 

「腹が減っては戦は出来ぬですわ。お弁当にしましょう」

 

 すると懐かしい国の言葉を聞いた。

 日本語、クシャトリアにとっては以前の祖国である日本の言葉である。この日本から遠く離れた、しかも観光地でもなんでもない場所で日本語を話す者がいるということに関心を覚えたクシャトリアは、小さな人影がとことこと歩いているのを見つける。

 人影の正体は金色の髪に青い瞳に整った顔立ちと、ハリウッドの子役でも通用しそうな容姿の少女だった。

 

(へえ)

 

 だがクシャトリアには一目でその少女がただの少女でないと分かった。

 少女が着ているのが胴着だということもあるが、その足運びに武術の臭いがある。

 

「どなたですの?」

 

 視線に気付いたのか少女が振り返る。

 無造作に見えて自然と未知の相手を警戒し、どんなことになっても対応できるような構え。幼いのによく仕込んである。

 

「悪い悪い。懐かしい国の言葉を聞いたもんでついね。お嬢さんは日本人?」

 

「そうですわ。そういう貴方は――――」

 

「俺はクシャトリア。ティダード王国……と言っても分からないか。インドネシアの方にある国から来た旅の武術家みたいなところだよ」

 

「まぁ! 貴方も武術をなさってるんですの。私は美羽、風林寺美羽ですわ。ここには御爺様の世直しの旅のお共にきましたの」

 

「風、林寺……だって?」

 

 武術界において『風林寺』という姓とくれば、思い当たるものは二つ。

 クシャトリアの師であるジュナザード、闇の武器組の長である世戯煌臥之助と並び最強の武術家だとされる我流の達人。無敵超人・風林寺隼人。

 

(そして)

 

 闇の無手組が最高幹部、一影九拳において長を務める闇の一影。

 一影の正体を知る者は闇でも少ない。だが師匠や美雲との縁もあって闇の中枢に比較的近い位置にいるクシャトリアは、一影の名前についても知っている。

 闇の一影、その人の名こそ風林寺砕牙。無敵超人・風林寺隼人の実の息子だ。

 

(というとこの子は――――)

 

 風林寺隼人の孫にして風林寺砕牙の娘。

 そして世直しにきている武術家というのは無敵超人・風林寺隼人。

 

「なんてこった」

 

 よもやこんなところで、世界の裏側に直接・間接的に大きく関わる重要人物と会うことになるとは。アパチャイのことといい、今日は厄日だ。

 クシャトリアは深いため息を吐いた。

 


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