史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第132話  戦神の槍

「オオオオオオオオオおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 才能と努力。二つの力を得た狂戦士の雄叫びが、天雷のように響き渡る。

 静動轟一により発生した気当たりの暴風は、物質的な勢いを伴って龍斗の肌をジリジリと焼いた。これも静動轟一による影響か。赤く変色したバーサーカーの目が龍斗を補足する。

 龍斗はこういう目を何度か見たことがあった。

 自分の身を厭わずに相手を殺す――――決死の覚悟を秘めた目。十年前に若き日の龍斗が拳聖に挑んだ時と同じものだ。

 

「イク、ゼ……。オーディーンッ!」

 

 狂戦士は自分の生涯を賭して主神へ挑む。

 大気を穿ちながら、隕石と見間違わんばかりの突進を仕掛けてくるバーサーカー。主神の名を冠する龍斗は、直ぐにこれをまともに受けることは不可能と悟る。

 兼一の孤塁抜きにも似ているかもしれない。盾を突き出して防御しようと、バーサーカーの突進はその盾ごと粉砕してくるだろう。

 

(回避できないのならば、)

 

 静動轟一を発動したバーサーカーの突進の勢いは、龍斗の出せる最高速度を凌駕している。回避するのは至難の技だ。

 かといってまともに防ぐことも出来ないのであれば、龍斗がとれる選択は一つだけ。即ち受け流すことのみ。

 正面から防げば壊れてしまうであろう盾も、斜めに受け流せば破損することはない。

 

「ソノ動キハ、読メテイタ」

 

「ッ!」

 

 直線から曲線へ。突進していたバーサーカーがいきなり方向を転換する。龍斗の左方向へ飛んだバーサーカーは、鎌鼬のように鋭い回し蹴りを繰り出した。

 鎌鼬の如くというのは決して比喩ではない。風を切り裂く鋭さをもったそれは、もはや打撃ではなく斬撃に等しい。龍斗が静動轟一で放った手刀と同じだ。あれを喰らえば龍斗の体は、どこぞの怪談のように上半身と下半身が真っ二つになるだろう。

 

「怪談は好きだが、自分自身が怪談になるのは御免だな」

 

 気を爆発させることで生まれる破壊力と、気を内側に閉じ込めることで生まれる正確無比さ。この二つを同時に行えることこそが静動轟一の強味である。

 これに対抗するには風林寺隼人の編み出した秘技を使うか、或は毒を以て毒を制す他ない。

 龍斗は無敵超人の生み出した対静動轟一の秘技を使うことは出来ないが、バーサーカーのもつものと同質の毒ならばもっている。

 

「静動陰陽極塞ッ!」

 

 静動轟一の気を両腕に集中、バーサーカーの回し蹴りを正面から受け止める。

 バーサーカーの回し蹴りも、静動轟一の気血で硬質化した龍斗の腕を粉砕することはできず停止した。

 

「リュゥ、ゥゥゥウラァアアアアアアアアアッッ!」

 

 だが止まらない。一度防いだくらいで、このバーサーカーはまるで止まらない。

 一度で粉砕できないのならば、拳が割れて足が避けようと何度も喰らわせてやるとばかりに、バーサーカーは龍斗の防御を壊すべく四肢を叩き付けてきた。

 なんとも原始的な方法だが、それは決して悪手ではない。

 そもそも原始的な方法というのは、まだ幼き文明の人類が編み出した単純(シンプル)な生きる術である。そこには筋の入った道理があるものだ。

 どれほど頑強な要塞だろうと、幾度となく敵の侵略に晒されれば陥落するように。鉄壁の盾も、百度も矛で突かれれば貫かれもするだろう。

 だがそれが分かっていて何度も喰らうことを良しとするほど龍斗も阿呆ではない。

 バーサーカーの連撃を浴びる前に、地面を蹴りあげて距離を離す。

 

(やはり……このままでは、防ぐので精一杯か……!)

 

 何度も言うようだが龍斗の目的はバーサーカーを倒すことではない。核ミサイルの発射を阻止することだ。バーサーカーを倒すことは、あくまで目的を果たすために通過点に過ぎない。

 この後にまだ櫛灘美雲やクシャトリアという錚々たる面子が控えていることを考慮すれば、バーサーカーの戦いで全てを出し切る訳にはいかないのだ。

 特に静動轟一には限界時間がある。達人級になったことで限界時間はそれなりに伸びはしたが、敵の強大さを思えば一分一秒でも温存しなければならない。

 そのためバーサーカーとの戦いでは、静動轟一は瞬間的発動に留め、本格的に発動することはすまいとした。

 しかしバーサーカーは違う。

 バーサーカーはこの戦いに命や誇りもひっくるめた人生全てを賭けて挑んできている。静動轟一を発動し続けているのが、その証左だ。

 瞬間的な静動轟一では、永続的に発動している静動轟一を突破することは叶わない。このまま続けてもバーサーカーが静動轟一の限界時間に達するよりも早く、防御を崩されてやられる。

 

「ああ、そうだ」

 

 ここで龍斗は自分の考え違いを認めた。

 全てを賭けて挑んできた相手に、余力をもって勝とうなどと都合が良い話だろう。

 相手が全てを賭けてきたのならば、こちらも全てを出し尽くさなければ勝てる筈がない。

 

「余力など、残しておいてどうなるというのだ。未来を見通す余り、現在を見るのを忘れては世話がない」

 

 目の前の敵に持てるすべてを出し切ること――――それが死合いの基本であると拳聖は言った。

 拳聖の下を離れて長いとはいえ、そんな初歩的な教えも忘れるなど恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

 

「バーサーカー。お前が生涯をかけて私に挑むなら、私も全ての武でお前を斃そう」

 

「面白ェ。来イ……!」

 

 ここで負ければ先などないのだ。ならば先のことなど考えず、今を戦うことに全身全経を尽くす。

 

「〝静動轟一〟」

 

 バーサーカーと同じように、龍斗の静の気と動の気が融合して破滅的な気を纏う。互いに静動轟一を発動したことで、条件は互角となった。

 こうなってしまえば余計な駆け引きなどは無用。どちらが先に相手を倒すのかの勝負である。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 自分達の肉体と精神を削ることも厭わずに、龍斗とバーサーカーは自分の拳をぶつけ合う。

 それはもはや武人同士の戦いというよりは、原始的な殴り合いに等しかった。

 龍斗の蹴りと、バーサーカーの突きがぶつかり合い、その衝撃の余波で吹き飛ばされる二人。それでも視線だけは離さずに、相手を睨みつけたまま。

 こうして我武者羅に殴り合っている間にも、静動轟一の限界時間が刻一刻と迫っている。それを龍斗もバーサーカーも承知していた。そして先に限界が訪れるのが、バーサーカーであるということも互いに理解していた。

 幾らバーサーカーが努力の末に静の気を会得したといえど、二つの気を同時に扱い技術では、弟子クラス時代から静動轟一を身に着けていた龍斗の方に優位がある。更にはバーサーカーの方が早く静動轟一を発動しているとなれば、どちらが先に限界がくるかは自明の理というものだろう。

 静動轟一という禁忌に対抗するには、静動轟一をもってする他ない。少なくともこの二人の戦いではそうだ。

 故に――――バーサーカーが限界時間のきていない段階で勝負に出るのは必然だった。

 

「……死、ネ」

 

 静動轟一を発動した状態で、バーサーカーは更に脳のリミッターを外す。増大していった動の気が、同時に発動していた静の気を呑み込んでいく。

 二つの気を融合させるのではなく、片方の気をもう片方に喰わせるという禁忌。

 龍斗は改めてバーサーカーの天才性を思い知った。静の気を会得して静動轟一を体得するだけではなく、更に静動轟一の応用技まで生み出してしまうなど並大抵の天才に出来ることではない。

 超人級にも達した動の気の炸裂。限界を超えた動の気のツケで、バーサーカーは理性や感情など消し飛んでいるだろう。忘我状態となったバーサーカーの顔は鬼神そのものだった。

 しかしバーサーカーだろうとなんだろうと――――やはり彼は『人間』だ。

 差し迫る死を前に、龍斗は眼を閉ざす。

 それは決して恐怖からの逃避ではない。寧ろその逆。死に打ち勝つための行動だ。

 見えないからこそ、見えるものがある。

 拳聖の弟子が一人であるルグが、生まれつき盲目であるが故に人の心を見通すように。

 オーディーンたる龍斗も、敢えて己の視界を断つことで、相手が防御しているが故に無意識になった部分を見通すことができる。

 無敵超人が〝孤塁〟と呼ぶその場所を、朝宮龍斗は見つけ出す。

 

災禍招きし必中の神槍(ベルヴェルク・グングニル)ッ!」

 

 戦いは一呼吸のうちに決着していた。

 バーサーカーの狂的なまでの暴威はオーディーンの命には届かずに、オーディーンの神槍はバーサーカーの肉体を貫いていた。

 

「……………また、この感情を味わった。敗北感…………厭なものだぜ、まったく」

 

「――――以前、とある人はこう言っていた。死んでない限り負けではない、と。その傷ならばまだ負けてはいないだろう」

 

 龍斗の突きは急所を外れていた。

 手加減したのではない。バーサーカーの孤塁が、偶然にも急所を外れていたが故の結果だった。

 

「止めは刺さなくていいのか?」

 

「私はお前を殺すために此処に来たわけじゃない」

 

「ハッ。甘い野郎だぜ……」

 

 最後にそう言ってバーサーカーは意識を落とした。

 

「尤もそれは建前で、私にもそう余力があったわけではないことも大きな理由だが」

 

 もうバーサーカーが聞いていないことを承知で龍斗は続ける。バーサーカーの暴威はオーディーンの命には届かないまでも、その身から暫く戦う力を奪うには十分だった。

 兼一を追うため百歩歩いたところで『余力』の尽きた龍斗は、その場で静かに腰を降ろし意識を断った。

 

 


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