史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

127 / 142
第126話  師の心

 いかなる時も自由に世界を疾る風も、今宵のみは息を潜める。空を覆う雲は、畏怖するかのように逃げていった。

 世界を震わせ、人を慄かせる大自然が如き気の奔流。これは決して天変地異の前触れでもなければ、神が天上より降臨したのでもない。たった一人の〝武術家〟が己の全力を解き放とうとしている証左だ。

 

「来たようじゃのう」

 

 無敵超人・風林寺隼人はビルの屋上より、この各国首脳が集まる場所へやって来た魔鬼たちを睥睨する。

 敵戦力はたったの八名。だが一人一人が万夫不当――――否、十万の兵に匹敵する猛者だというのならば、それは百万の軍勢が来襲したに等しいだろう。

 

「へっ。あっちもいきなり全力みてぇだな」

 

 逆鬼至緒が睨むのは、八人の魔鬼たちの中でも最悪の怪物。たった一人で軽く三十万以上の軍勢を凌駕してみせるであろう男だ。

 男の名は世戯煌臥之助。武器組の頭領にして、史上最強の武器使いである。

 無手に風林寺隼人あれば、武器には世戯煌臥之助あり。活人と殺人。相容れぬ思想に別れながらも、二人の超人は共に武術界の頂点に君臨する存在だった。

 

「兄ちゃんもい…る」

 

「ミルドレッド・ローレンス、保科乃羅姫、マーマデューク・ブラウンもいるね」

 

「剣星。鼻血が出ているぞ」

 

「これは失敬ね」

 

 今日はあの時のように一影九拳はいない。正真正銘の梁山泊と八煌断罪刃による正面からの総力戦である。

 間違いなく裏武術界の歴史に残るであろう大戦――――でありながら剣星が気にしているのは、セクハラの獲物のことだった。梁山泊一同は溜息をつきつつも、いつも通りの友の姿を笑う。

 それに剣星とてただ単にセクハラしたいが故に断罪刃の顔ぶれを確認していたわけではない。断罪刃の中に別働隊がいて、誰か一人でもビル内部に侵入されれば不味いことになる。そのため断罪刃がしっかり八人揃っているのかを確認したのだ。

 梁山泊が豪傑たちの背にいるは、世界の政治を動かす首脳たち。彼等を殺し尽すことこそが断罪刃の目的であり、彼等を殺させないことこそが梁山泊の勝利条件である。

 或は断罪刃を囮に、それ以外の達人集団による別働隊がいる可能性も否めないが、その時はビルの敷地内に配置された達人の護衛たちがどうにかするだろう。

 梁山泊は目の前の敵。断罪刃のみに集中するべきだ。

 

「―――――梁山泊ッ!!」

 

 気が炸裂し、灼熱染みた闘気が梁山泊の達人たちを襲う。

 だが常人なら一瞬で生命活動を停止させてしまう灼熱にも、豪傑達は眉一つ動かさない。

 

「八煌断罪刃頭領、世戯煌臥之助じゃ! 殺しに来た故、覚悟せいッ!!」

 

 余りにも……余りにもシンプルな宣言。だがそれで十分だった。

 無手と武器。活人と殺人。歩む道も信じる新年も違えど、互いに武を極めた達人。ならば言葉ではなく武をもって語り合うのみ。

 

「梁山泊の長老、風林寺隼人じゃ! 誰も殺さずに来た故、往生せいッ!!

 

 断罪刃が頭領、世戯煌臥之助が二刀を抜き払う。梁山泊が長老、風林寺隼人が拳を握りしめる。

 目にも留まらぬ神速で好敵手へ向かっていった二人を合図に、ここに梁山泊と断罪刃が正面から激突した。

 

 

 

 

 突然なにを言っているんだと思うかもしれないし、理解できないかもしれないが、白浜兼一は美羽と一緒に現在飛行機に乗っていた。

 飛行機といっても旅行や出張へ赴く人間が当たり前に利用する極一般的なジャンボ機ではない。それよりも遥かに小さいが、ファーストクラスのチケットよりも上流階級の証となりうるもの。所謂自家用ジェットというやつに搭乗していた。

 言うまでもないことだが、梁山泊のものでもないし白浜家のものでもない。

 自家用ジェットは安いものでも数億、高ければ数十億もするという正に上流階級の中の上流階級にしか購入を許されない代物だ。

 大国の国家予算にも匹敵する資金力がある闇の最高幹部、一影九拳となれば自家用ジェットどころかジャンボ機を購入することも可能なわけだが、かといって兼一と美羽が二人揃って仲良く闇に拉致されたというわけではない。

 この自家用ジェットの所有者は谷本コンツェルン。要するに兼一の親友(本人は否定している、つまりツンデレ)であるところの谷本夏の所有物だ。

 ではどうして兼一が親友の谷本夏の自家用ジェットに搭乗しているかと問われれば、それは今朝まで時間を遡る必要があるだろう。

 今朝。師匠達が留守の梁山泊で、兼一は日課の組手を美羽とやっている所だった。

 毎日欠かさずやっている日課の組手。だがしかしそこに想い人と二人っきりという但し書きがつくだけで、日常の一ページは甘酸っぱい味をもつものである。

 いつも組手に全力で取り込んでいる兼一も、その時は普段の三割増しの気迫で望んだわけだが、騒動が始まったのは組手を始めようという正にその瞬間のことだった。

 何の知らせもなく、いきなり梁山泊の上空へやってきたヘリコプター。そしてヘリコプターからロープも梯子も使わず、文字通り飛び降りてきたのが、これまた予想外というか想定外というか、とにかく意外な人物だった。

 

「おい、あの宇宙人からの依頼だ。話している時間はねぇから、さっさとヘリに飛び乗りな」

 

 顔写真を送ればどっかの事務所にアイドル候補として採用されても不思議ではないルックスをしているというのに、新島以外はさっぱり理解も共感も出来ない美学のため、奇妙な網眼鏡で素顔を隠した男。

 その顔は余り見たことがないので覚えていないが、その網眼鏡にコートを羽織った出で立ちを見間違えるはずはない。

 十年前……いや十一年前は妹を人質にとられるなど因縁のあった、しかし今ではすっかり谷本コンツェルンと新白連合の情報部門のボスとして活躍しているロキだった。

 それからのことは慌ただしかったので余り記憶がない。

 気が付けば美羽共々ヘリに乗り込んでいて、気が付けば空港に着いていて、気が付けば自家用ジェットに乗せられていた。

 

「なぁ、ロキ」

 

「ん? 今忙しいんだ。俺の思考回路を割くに値しない些末な要件なら口にチャックをしておいてくれ」

 

 そう言いつつロキは高速でノートPCになにかを打ち込んでいく。

 達人であることを除けば、極普通の現代人である兼一はPCもそこそこ程度には使えるようになったが、それでもロキがなにをやっているかはさっぱり不明だった。

 

「些末じゃない、重要な話だ。僕達は一体どうしていきなり飛行機に乗せられたんだい? しかもニューヨークに師匠達の応援に行くならまだしも、沖縄だなんて!」

 

「だから言ってんだろう。お前の友達の宇宙人からの依頼だよ」

 

「新島の?」

 

 兼一の脳内に不気味な笑い声をあげる宇宙人の皮を被った悪魔の顔が浮かぶ。

 なんとなく腹が立ったので、取り敢えず兼一は脳内の新島をフルボッコにしておいた。

 

「一つ俺らしくない僅かながらの良心に従って忠告するがねぇ。友人は選んだほうがいいぜ。お前がまったく俺の計算通りに動かない、合理性っていう人間が持つ当たり前の感情をアッペケペー星に置いてきた訳の分からん奴なことは知っているが、あんな宇宙人を友人にするなんて正気じゃねえ」

 

「違う違う。あいつは友人じゃなくて悪友だよ」

 

「はっ! 似たようなもんだろ」

 

「……で、新島がこんなことをさせるからには『理由』があるんだろうけど、その理由を教えてくれないことには僕はどうもすることができない。新島の意図はなんだ?」

 

「それならもう直ぐ分かるだろうぜ。否応なくな。っと、噂をすればそろそろだ」

 

 ロキが指をひょいとやると、機内にあるモニターにパッと電源がつく。

 画面に映っているのは、兼一の脳内に出てきたものと寸分違わぬ宇宙人の皮を被った悪魔顔だった。

 

『久しいな、兼一。お前がこの映像を見ているということは、オレ様は自宅の豪邸で悠々自適にスペースコーラ片手にポップコーンを摘んでいるところだろう』

 

「…………相変わらずだな」

 

 衝動的にモニターを破壊したくなったが、そこはぐっと堪える。新島は外道だが、モニターに罪はない。

 

『さて、兼一。お前も知っての通りオレ様の新白連合は今や世界的武術団体として躍進を遂げている。忠誠心溢れる団員の護衛任務、TVのCM料に、ジークの作曲した曲の著作権料、その他諸々あってウッハウハだ。

 このまま日本を飛び越え、世界中に支部を設立し、いずれ新白連合は闇をも凌駕する(オレ様にとっての)正義の武術集団として勇名を轟かせることだろう。

 兼一。折角お前も達人になったことだし、我が連合の切り込み隊長としてオレ様のSSS(世界に新白連合を広げて幸せになろう作戦)に協力して欲しい――――と、言いたいところだが、我が連合始まって以来の危機が訪れた。先ずはこれを見てもらおうか』

 

「っ! これは……!」

 

「前の落日でお爺様が破壊したのと同じミサイルですわ! ということは――――」

 

『こいつは二時間ほど前。ある情報筋から仕入れた情報だ。察しの良い美羽ちゃんあたりは直ぐに気付いただろう、そう、核ミサイルだ。こいつがどんな手品を使ったんだか知らねえが、沖縄の米軍基地に運び込まれて発射間近だ。

 しかも発射スイッチを握っているのは櫛灘美雲。行方不明中の一影九拳だ』

 

「――――!」

 

 魂の砕け散ったクシャトリアを『支配』している、ある意味では一連の騒動の黒幕の一人ともいうべき人物。

 武術界の裏側で百年以上も暗躍していた女の名前に、自然と兼一の顔付は険しいものとなった。

 

『もしもここにある核ミサイルがどこかしらに発射……いや、基地内部で「自爆」するだけでも十分〝世界大戦〟の狼煙になる。

 正義の集団である新白連合としちゃなんとしても、これを阻止しなけりゃならねえわけだが、SSS作戦実行と首脳会議の護衛任務で達人級の幹部の殆どが出払っちまっててな。今連合で動けるのは梁山泊で待機していたお前と美羽ちゃん、偶然東京で休暇中だったロキだけだ』

 

(そうか――――師匠達はこれを予見していたのか)

 

 新島の話を聞いて、兼一は漸く自分達だけが梁山泊へ置いて行かれたことの意味を悟る。

 櫛灘美雲と付き合いのあった長老は、彼女がこういう行動に出ることを予想していて、その時のために戦力となりうる兼一と美羽を日本に残したのだ。

 だとすれば櫛灘美雲の野心を止めることは、師匠から託された責務である。弟子としてなんとしても果たさなければならない。

 

『兼一。沖縄には情報を提供してきた「協力者」が既に待機している。そいつと協力してお前と美羽ちゃん、ついでにロキはなんとしても核ミサイル発射だけは阻止してくれ』

 

「チッ。俺はついでかよ。今度あいつの部屋に地雷でも埋め込んでやろうか」

 

 舌打ちしながらも事が事だけにロキの眉間には皺が寄っている。

 卑劣で卑怯で姑息なロキであるが、その性根は決して外道ではない。落日で世界大戦勃発なんてことは防ぎたいのは兼一と同じだ。

 

『梁山泊の幹部たちも急いでそっちへ向かわせるが、距離的に到着まで最低でも一時間は遅れるだろう。頼んだぜ、兼一』

 

「ああ。任せてくれ」

 

 これは絶対に負けられない戦いだ。

 自分達が失敗すれば『落日』は成就して、大勢の人間が死ぬことになる。クシャトリアのことも気掛かりだが、それ以上に落日を成就させるわけにはいかない。

 兼一は覚悟を秘めた目で頷いた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。