史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第125話  引き金

 翔の言った通り、彼が出て行って程なくして本巻警部が政府の使いとしてやって来た。要件は言うまでもなくニューヨークで開かれる首脳会議の警護依頼である。

 断罪刃のことを聞いていた長老は直ぐにこれを了承。もしも依頼がなくとも行くことに変わりはなかっただろうが、正式に政府の依頼を受けたという形になったことで、ニューヨークまでの旅費を政府が全額負担することになった。万年金欠の梁山泊にとって、それは大きいことだった。

 こうして梁山泊はニューヨークへ赴くことがあったのだが、

 

「どうしてですか長老! 僕と美羽さんは日本に残れって!」

 

 断罪刃が首脳会議を襲撃しようとしているのなら、失踪中の櫛灘美雲とクシャトリアがそれに加わっている可能性は高い。

 だからこそ余り戦いに積極的ではない兼一も、今回ばかりは同行を強く訴えたのだが、長老の答えは否だった。

 

「相手が断罪刃で……危険な戦いになるから、駄目なんですか?」

 

「それは違うぞい、兼ちゃんや兼ちゃんも美羽も立派な達人。今更危ないから来るなとは言わぬよ」

 

「ならどうして……」

 

「わしに考えがあってのう。単なる思い過ごしならば良いのじゃが、万が一ということもある。兼ちゃんと美羽には日本に残っていて欲しいのじゃ」

 

「万が一?」

 

 長老の目は真摯で、誤魔化すために嘘偽りを言っているようには見えない。

 それによくよく考えれば、この師匠達が『危ないから来るな』なんて優しさに満ち溢れたことを言うはずもないのだ。

 なにせ弟子の妹が人質にとられても『慣れておいたほうがいい』と傍観し、多数に襲われていても『これも経験』とスルーするような人達である。

 となれば兼一と美羽だけが梁山泊に残されたのは、長老なりの考えがあってのことなのだろう。

 

「分かりました。ご武運をお祈りします」

 

「ははははははっははははははははははっ! 十年前は修行の度に悲鳴あげてばっかだったお前が言うようになったじゃねえか」

 

「逆鬼師匠! それは言わないで下さいよ!」

 

「一日に五回は悲鳴あげて…た」

 

「しぐれさんも一々数えてないでいいですから!」

 

 各国首脳の命がかかった戦場へ赴くというのに、豪傑たちはまったく普段通りのままだ。

 これを呑気と受け取るか頼もしいと受け取るかは人其々だが、兼一は言うまでもなく後者だった。

 

「というわけじゃ。美羽、兼ちゃんと共に留守を頼むぞ」

 

「はいですわ! お任せ下さいまし」

 

 長老と美羽が暫しの別れの挨拶を継げていると、ちょんちょんと兼一の肩を指で叩く者が一人。

 太陽のように輝く頭を、黒い帽子を被ることで隠した、三十年前は美少年だったが現在ただのエロ中年であるその人。馬剣星師父だった。

 

「兼ちゃん。これは……チャンスね」

 

「な、なんですか師父」

 

「断罪刃との戦いに日本とアメリカの往復。おいちゃんの計算では最低でも一週間は梁山泊に戻ってこれないね。つまり――――」

 

「ハッ!」

 

 師父に言われて兼一も気づいた。

 師匠達が全員揃って留守にするということは、梁山泊には兼一と美羽が一つ屋根の下に二人っきりとなるのである。

 こんなことは十年前の抗争で一時的に師匠達が指名手配された時以来だ。

 

「御目付役の長老がいないうちに、兼ちゃんもやることやっておくべきね」

 

「だ、駄目ですよ師父。こんな一大事にそんなこと……不謹慎ですっ」

 

「何が不謹慎なものかね。おいちゃんが若い頃は――――」

 

「剣星、そこまでにしておきたまえ。そろそろ行かねば約束の時間に遅れてしまう」

 

 師父が若かりし頃の武勇譚を語り出そうとしたところで、秋雨がストップをかけた。

 本巻警部が告げた飛行機の時間まであと二時間。確かにそろそろ出発せねば、空港に到着するまでにかなり体力を消耗することになるだろう。

 幾ら特A級といえど全員が長老のように、全力疾走で太平洋を横断できるほど規格外の脚力をもっているわけではないのだ。

 

「では、行くぞ皆の衆」

 

 長老を筆頭とした豪傑たちが、その場から忽然と消失する。いや消失するように見える超スピードで、その場から跳躍する。

 兼一と美羽は戦場へ赴く師の背中を、澄んだ瞳で見送った。

 

 

 

 

 

「政府に潜り込ませていたスパイの報告が来た」

 

「申せ」

 

 ドアを機械的に開けて部屋に入ってきたクシャトリアに、美雲は椅子に座ったまま振り返ることなく答えた。

 

「連中は櫛灘様が意図的に無手組に掴ませた情報を与えられて、まんまとニューヨークへ飛んでいきやがった。ざまぁねぇな、活人拳の糞野郎共め――――とのことだ」

 

 クシャトリアは無表情で無機質のまま、無情に淡々と告げる。

 事が自分の思い通りに運んでいることを確認し、美雲は薄紅色の唇を僅かに緩めた。唇から覗く白い歯がどこか艶めかしい。

 

「御苦労じゃった。じゃが別に発言をそのまま伝えずとも良いのだが――――」

 

「ならばどのように報告すればいい? 考えたところ要約した文章は大体二十六通りほどあるが、そのうちのどれが正解なのか俺には判別がつかない。どこが重要なのか教えられないことには」

 

「……どうせ融通がきかんことは承知している故、今度からも報告をそっくりそのまま伝えればいい。余計に面倒じゃ」

 

「承知した」

 

 八煌断罪刃という梁山泊や一影九拳にも匹敵する武を極めた豪傑の集団。誇張抜きで一国を滅ぼし、一つの文明を傾かせかねないほどの大戦力。だがそれは櫛灘美雲という『妖怪』にとっては囮に過ぎない。

 はっきりと言えば櫛灘美雲は誰一人として他者を信用してなどいなかった。

 十年前の落日は成就まで後一歩というところにいきながらも、終盤で盤上を引っくり返されて無様な失敗に終えた。

 

――――どうして十年前の落日は失敗に終わったのか?

 

 作戦そのものに落ち度はなかっただろう。梁山泊最大のジョーカーである風林寺隼人を、闇最大のジョーカーである世戯煌臥之助を当てることで封印に成功した。

 数の暴力という単純でありながら最も恐ろしい『兵力』を手に入れ、万全の布陣をもって活人拳を迎え撃ったのである。戦略的には櫛灘美雲の勝利と落日の成就は疑いようがなかっただろう。

 だが蓋を開けてみれば内部分裂にイレギュラーのオンパレード、更にはイレギュラーの連続で敗北。落日は失敗に終わり、活人拳の勝利という結果になってしまった。

 この十年間。櫛灘美雲はずっと考え、結論したのである。

 落日失敗の原因、それは他人に引き金を委ねてしまったことだと

 故に今回は決して人任せにはしない。人を操ることはあっても、引き金は自分で引く。

 

「やはり殺人とは自分の手で行ってこそ……じゃからのう」

 

 櫛灘美雲のいる場所、それは沖縄の米軍基地内部。

 そしてそこには豪華客船を使ってアメリカ政府にすら極秘裏に持ち込まれた核ミサイルが存在していた。

 これのトリガーを握るのは櫛灘美雲。闇社会に君臨する〝妖怪〟である。

 


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