史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第123話  闇からの使者

 闇との抗争に打ち勝ち、裏武術界に最強の威名を轟かせている梁山泊。

 無敵超人・風林寺隼人を筆頭に特A級の豪傑が蠢いていたそこに、新たに白浜兼一と風林寺美羽が『達人』として加わり、その戦力は大国の軍事力に匹敵するといっても過言ではない。

 

――――ではその梁山泊にとっての最大の敵とは果たしてなにか?

 

 そう問いかけられれば、梁山泊の豪傑全員が口を揃えて断言するだろう。

 即ち〝貧乏〟であると。

 世界中の悪党を震撼させる無敵超人も、貧乏にだけは勝てない。一度は貧乏のせいで梁山泊が存亡の危機に直面したこともある。

 金は天下の回り物という諺があるが、基本的に梁山泊にそれが回ってきたことは一度もない。秋雨の作品絡みで大金を得る機会が巡ってきたことはあるが、それは秋雨の「え~やだ~」という無慈悲な一言で切って捨てられてしまっている。

 秋雨の接骨院、剣星の針灸院、逆鬼の臨時収入がなければ、梁山泊はとっくに資金難で潰れていたはずだ。もしも闇が武ではなく『金』で梁山泊を潰しにかかれば、恐らく一か月で勝敗がついたに違いない。

 それ故に道場破りは梁山泊にとって貴重な収入源でもあった。挑戦者一人につき一万円もぼったくることができ、しかも挑戦者を叩きのめした後は、接骨院と針灸院で治療を行い金をとる。正に美味しい話尽くしなのだ。

 だが中には道場破りという正規の手段をとらず、街中でいきなり襲撃してくる連中もいる。今日の忍者集団などがそれだ。

 そういった連中からは挑戦料はとれないが、代わりに接骨院か針灸院に搬送することで、治療費だけはとるようにしている。

 なので兼一と美羽は梁山泊に帰る前に、襲ってきた忍者たちを荷車に乗せて岬越寺接骨院に立ち寄ったのだが、そこにいた予想外の人物に兼一は思わずマヌケ面を晒すことになった。

 

「やぁ、美羽。こうして会うのは暫くぶりだね」

 

「か、叶翔! なんでお前がここに!?」

 

「そうですわね。かれこれ四か月ぶりですわ」

 

「美羽さんも普通に挨拶しないで下さい!」

 

「……白浜兼一と一緒っていうのが癇に障るけどね。おい、白浜兼一。ここは気を利かせて俺と美羽を二人っきりにするところだろ」

 

 白浜兼一という人間は、温厚な人間だ。悪友である新島には『馬鹿』と呼ばれるほどのお人好しで、しかも武術家でありながら喧嘩が大の嫌いときている。

 そのため兼一が特定の誰かに対して敵意を剥き出しにするということは、相手が余程の外道でない限りは殆どない。

 しかしこの地球上で唯一、叶翔だけは例外だった。兼一は不機嫌さを全開にし、叶翔と敵意をぶつけあう。

 

「気なら利かせているよ、ちゃんと。美羽さんにね」

 

「へぇ。言うじゃん、虫けら。史上最強と史上最凶、どっちが上か白黒はっきりさせようか」

 

 達人級になった兼一と叶翔。ヤクザも泣き出す敵意と敵意が、平和な街中でぶつかり合う。だが、

 

「止めて下さいまし、二人とも。ここは街中ですわよ」

 

「す、すみません美羽さん!」

 

「はははは。ほんの軽い挨拶代わりだよ。オーバーだなぁ」

 

 美羽の制止が入ると、兼一と叶翔は直ぐに敵意を雲散させる。

 いがみ合っているが、同じ女性を愛した者同士。弱いものは一緒だった。

 

「それで梁山泊に何をしに来たんだ? いいや、それよりも」

 

 全身に包帯を巻かれ、痛々しい姿の叶翔に戦慄しながら兼一は問いかける。

 

「誰にやられたんだ?」

 

 叶翔は成りたてほやほやだが、仮にも特A級の達人である。恋敵としては余り認めたくはないことだが、叶翔にこれだけの手傷を負わせられる人間は少ない。

 だが兼一には微かな予感があった。叶翔に手傷を負わせられる程の特A級で、尚且つ梁山泊とも無手組とも距離を置く者。それだけで兼一の頭の中には自然と一人の名前が浮かび上がって来る。

 

「シルクァッド・サヤップ・クシャトリア。行方不明の邪帝殿だよ」

 

 十年ぶりの足音に、兼一は目を見開かせた。

 

 

 

 

 叶翔があそこにいたのは、無手組の使者として梁山泊へ行く前に、名医として知られる岬越寺秋雨の治療を受けておきたかったからだ。

 岬越寺秋雨は武人としてではなく医者としても世界で三本の指に入る御仁。彼に勝る名医は闇にもいない。一刻も早く戦線復帰するためにも、岬越寺秋雨の治療は是非受けておきたかった。

 流石に彼の秋雨をもってしても、即時復活というわけにはいかず、二週間は戦うことは厳禁だそうだが、闇の診断では一か月だったのでこれでも十分すぎるほどである。

 そして忍者集団を岬越寺接骨院に預けた後、叶翔は梁山泊の面々と対面を果たしていた。

 この十年間で何度か梁山泊の豪傑と出会う機会はあったが、こうして全員と対峙するのは初めてのことである。

 十年前弟子クラスでありながら、これと対峙したボリスのプレッシャーは相当なものだっただろう。

 

「――――それで叶翔君。ジュナザードの忘れ形見、拳魔邪帝にやられたというのは本当かのう?」

 

「ええ。最近、闇の武器組の動きが活性化して、反闇派の組織や政治家を潰して回っているのはご存知でしょう? 無手組としては、まだ派手に動きたい刻ではないので、武器組の動きを妨害していたわけですが……そこでまさかの邂逅ですよ」

 

 拳魔邪帝クシャトリアの捜索は叶翔の師、本郷晶も熱心に取り込んでいた。

 それはティダード王国や世界中のシラットの達人とも協力した大規模のものだったが、この十年間でクシャトリアの発見情報は皆無。まったくの成果なしだった。

 それが闇の指示で何気なく赴いた基地で、いきなりの再会である。探しものというのは探している間は見つからない――――そのことをしみじみと思い知らされた。

 

「あの人ってば有無を言わさずいきなり静動轟一を使って殺しにきたもので、無様なことに逃げるので精一杯でしたよ」

 

「成程のう。となるとクシャトリア……いいや、美雲は武器組に協力しているとみて良いということかのう」

 

「恐らくは。落日で敵対した九拳は断罪刃に嫌われていますが、逆に櫛灘殿や拳聖殿はそれなりに好意的にみられていますからね」

 

 本人が変わらなくても、周囲が酷いせいで相対的に評価が上がってしまうことになる。

 九拳たちが落日での裏切りで武器組への印象を最悪にしたのとは逆に、最後まで作戦成就のために戦った美雲、緒方、クシャトリアの印象は上昇したのだ。

 そのため本人の意図したことではないだろうが、緒方などは今では武器組とのパイプ役などを任されている

 

「さて。ではそろそろ本題に入らせて貰いますよ。俺が今日梁山泊へ足を運んだのは〝一影〟の言葉をお伝えするためです」

 

「……一影」

 

「砕牙、かね」

 

 秋雨の言葉に、叶翔は首を縦に振って肯定した。

 嘗て穿彗と思想の違いから敵対した風林寺砕牙は、再び闇の一影として無手組を率いる立場にある。一なる継承者である翔にとっては、自分の十番目の師でもある人物だ。

 

「単刀直入に言いましょう。武器組は落日を再開するつもりです」

 

 聞こえてきた第三次世界大戦の足音に、梁山泊の豪傑全員が目の色を変えた。

 

 


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