史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第122話  心ない人間

 闇の無手組の頂点に君臨する一影九拳は、其々の修めた武術において『最強』と謳われる拳の魔鬼たちだ。

 氷のエンブレムをもつアレクサンドル・ガイダルは最強のコマンドサンボの使い手であるし、無のエンブレムをもつセロ・ラフマンは最強のカラリパヤットの達人である。

 活人拳の総本山たる梁山泊と修めた武術が被っているアーガードや本郷晶にしても、最強と評価を二分するほどの名声を得ている。

 しかし最高幹部たる一影九拳の選定基準は強さだ。一般の闇人の中に一影九拳を超える武人が現れれば代替わりが起こることもある。

 それ故に本来一影九拳の面子は時代と共に変化していくものなのだが、ここ十年間は現役の九拳が皆屈指の実力者だということもあって代替わりは起きていなかった。

 だが代替わりが行われていない理由はもう一つだけある。それは一影九拳に選ばれた十人のうち二人が、長らく消息を絶ち行方知らずということだ。

 十年前の『久遠の落日』で九拳のうち六人が一影の命令に背き、断罪刃と他の九拳と敵対。これにより久遠の落日は失敗に終わった。

 第三次世界大戦阻止の功績に隠れてはいるが、これも無手組と武器組の亀裂が決定的となった大事件である。

 幸いというべきか一影の側についた三人の九拳のうち〝拳聖〟緒方一神斎は、落日後に闇へ戻り元の鞘に収まった。

 けれど一影九拳の中でも最年長で、闇全体に多大な影響力をもっていた櫛灘美雲。そして彼女に支配され『マリオネット』となっているクシャトリアは、闇に戻ることもなく姿を消してしまったままだ。

 闇の中では帰らぬ二人の空席を埋めるため、新たなる九拳を任ずるべきとの声も多い。だが闇内部にも落日賛成派、櫛灘美雲の派閥が残っている。彼等を刺激して無手組が分裂することを防ぐためにも、一影九拳も新しい九拳を任ずることはできない状況だった。

 なにせ今ここで無手組が分裂し勢力を衰えさせれば、落日のことに根を持つ武器組が抗争をしかけてこないとも限らないのである。もしも無手組と武器組の全面抗争ともなれば、戦いの余波は表社会をも巻き込んで、世界大戦級の大惨事となるだろう。

 人数が弟子含めて八人と一匹しかいなかった梁山泊との抗争とは訳が違うのだ。千人規模の達人たちが世界中で殺し合えば、国家の二つ三つは軽く消し飛ぶ。

 櫛灘美雲とシルクァッド・サヤップ・クシャトリア。

 闇から姿を消して尚、武術界全体で無視できない影響力をもつ二人。闇の情報部も二人の捜索は十年間継続しているが、闇内部の美雲派の牽制もあって成果は上がっていない。二人の豪傑は世界の表と裏からも姿を消し、地下へと潜ったままだ。

 だがマリオネットと化しているクシャトリアは兎も角、櫛灘美雲は一度の失敗に泣き寝入りするほど諦めの良い女ではない。

 今この瞬間も梁山泊からも闇からも隠れ、再びの落日に向けて計画を練っている。そういう噂が囁かれるのも至極当然の流れといえるだろう。

 そして更に言えば噂は正鵠をついていた。

 大方の予想通り、櫛灘美雲は『久遠の落日』を再開するために十年間動き続けていたのだから。

 某国の海域にある、地図には『無人島』とされている場所。緑豊かな森林や岩場を隠れ蓑に、その島の地下には櫛灘美雲の隠し拠点があった。

 

「櫛灘美雲、命令を果たしてきた」

 

「うむ」

 

 命令を終えたクシャトリアが帰還しても、美雲は労いの言葉一つかけることはなかった。

 クシャトリアの魂は十年前の戦いで砕け散っている。ここにいるクシャトリアは、美雲が邪法で動かしているだけの人形に過ぎない。

 労いとは人間にかけるもの。もはや人間ではなく『道具』と成り果てたクシャトリアに、温かい言葉をかけることなどは不要。合理的な美雲らしい考え方だった。

 だが何気なくクシャトリアの方へ視線を向けると、美雲の眉がピクリと動く。

 

「どうしたのじゃ、クシャトリア。その有様は?」

 

 美雲が命じたのはアメリカにある『基地』の殲滅だ。

 事前調査でそこに『達人級』の護衛がいないことも分かっている。特A級のクシャトリアにとっては、楽にこなせる仕事だ。

 だというのにクシャトリアの体には、まるで死闘を繰り広げたかのような生傷が残っている。

 

「交戦中に負傷した」

 

「お前を負傷させるほどの武人があの基地にいたのか?」

 

「あの基地にいた人間に達人級はいなかった」

 

「……ならば誰にやられたのじゃ」

 

「途中から基地にやってきた男だ」

 

「それは応援が駆け付けたということかのう?」

 

「知らん。それは聞いていない。命令を果たしていたら、途中から奴が現れた。叶翔は俺の邪魔をしたので戦うことになった」

 

「叶翔じゃと?」

 

 梁山泊の史上最強の弟子に対する、闇が誇る史上最凶の弟子。

 柔術、シラットを除いた八つの武術全てで達人級の実力を身に着け、現在は準一影九拳のような立ち位置にいると聞く。

 予想外の大物に美雲の目は大きく開かれた。

 

「それで叶翔はどうなった?」

 

「逃げた」

 

「…………結論だけ言うでない。過程を纏めた上で結論を答えよ」

 

「交戦し、相当の手傷を負わせた。一か月は戦えないだろう」

 

「それだけの傷を負わせておいて逃がしたのか? お前程の男が」

 

「俺が与えられた命令は基地の殲滅だ。叶翔の殺害は命令に含まれていない。逃げた叶翔を殺す必要はない」

 

「わしと断罪刃の『計画』に叶翔は邪魔になる可能性が高い。それは分かっておるな?」

 

「ああ、恐らくそうだろう」

 

「なら何故見逃した?」

 

「それは命令されていない」

 

「………………」

 

 魂が砕け散る前のクシャトリアならば、確実に叶翔を逃すようなヘマはしなかっただろう。

 武を極めるのに余分な心などは不要、とは美雲の考えであるが、完全な『虚無』というのも考えものだ。

 これがマリオネットの……機械の限界。与えられた命令は、それこそ自分が壊れることも関係なしに実行しようとするが、与えられていない命令はまるで実行しない。要するに馬鹿正直なまでに言われたことしかやろうとしないのだ。

 

「まぁ良い」

 

 言われたことだけしかやらないのは不便だが、言われたことすら出来ない無能と比べればマシだ。

 そして言われたことを無視し、余計なことばかりして事態をややこしくする連中と比べれば遥かにマシである。主にディエゴ・カーロだとか。

 

「これから本格的に我等の『計画』が始まる。それまで体を休ませておれ。いざという時に十全に力を発揮できないのでは話にもならぬ」

 

「分かった」

 

 一切考えることなく、クシャトリアは櫛灘美雲の命令にただ従う。それが機械人形というものだ。

 櫛灘美雲は命令を終えると、クシャトリアから目を離し、計画のための連絡作業を続行する。

 しかし美雲は気付かなかった。美雲が目を離したほんの一瞬だけ、クシャトリアの目に黒いものが宿ったことを。

 

 


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