史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第120話  つばさキョンシー

 草木の一本に至るまでに人の手の入った灰色の大地。立ち並ぶのは砲門を並べた鋼鉄の騎馬、そして大空を翔るために生まれた鋼鉄の鳥達。

 其処は彼等の敵を廃除し、この星の治安を守るという大義のため建設された鋼鉄の牙城。このアメリカという国家で最も安全な場所のはずだった。

 過去形で語る通り其処が安全だったのは過去の話である。鋼鉄の牙城は陥落した。たった一人の『人間』によって。

 

「畜生……! なんだよこれは、なんなんだよこれは!?」

 

 兵士の一人が顔面を蒼白にして叫ぶ。

 基地全体にまで広がった紅蓮の業火は収まることを知らず、この基地にいる命を呑み込むだけでは足りないのか、敷地外にまで魔手を伸ばそうとしている。

 アレは地獄の焔だ。あらゆる命を食い尽くし、復活の可能性を欠片も残さず摘み取る罪過の焔。

 それに呑まれたらどんな命も消えるしかないというのに、兵士の目には灼熱の中を散歩するように歩く『一人の男』の姿が見えていた。

 鋼鉄の騎馬――――戦車が動き出し、無数の砲門が男に照準される。

 ビル一つを吹き飛ばす弾を装填した戦車が、なんの武装もしていない人間に牙をむくなど本来有り得ぬことだ。だがこの場においては例外が適用されるだろう。

 アレは確かになんの武装もしていない。無手だ。だが決して無防備でもなければ、無力でもないのだ。

 一つの砲門が火を噴き、連鎖的に無数の砲門から徹甲弾が飛び出す。数えきれないほどの殺意の塊が男に殺到し、

 

「――――」

 

 それら全てが男に触れた途端、まるでいきなり180度方向転換したかのように跳ね返ってきた。

 無数の徹甲弾はつい数瞬前まで自分達のいた砲門の中に吸い込まれて生き、一台の例外もなく鋼鉄の騎馬を破壊し尽くした。

 後に残るは一人の敵影のみ。

 

「こんな……こんな、馬鹿げたことが、あってたまるか!」

 

 厳しい訓練を潜り抜け、世界最高の設備と装備を与えられてきた。敵国の軍隊どころか、コミックに出てくる怪人(ヴィラン)が群れを成して襲って来ようと撃退する自信もあったのだ。

 だが最高の設備も最高の装備も、厳しい訓練を共に潜り抜けた最高の仲間たちの誇りも。たった一人の『人間』が木端微塵に打ち砕いてしまった。

 これだけの殺戮をなしておきながら、男はあくまでも無反応。工場で決められた単純作業を延々と繰り返すロボットのように、機械的に蹂躙を続けていく。

 

「くそぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 遂に頭のなかでなにかが切れて、兵士は機関銃を乱射しながらたった一人の敵に突進していった。

 戦車の砲弾すら跳ね返した相手が、機関銃でどうにかなるはずがない。そんなことを考える余裕すら兵士には残っていなかった。

 ただ現実を追い出すように我武者羅に銃を乱射し、そして当然のように無慈悲に命を摘み取られた。

 

「……あ、……ああ……」

 

 自分を殺した相手の顔を見る。

 その目は肉体を流れる血液で最も濃い赤と同じ色をしていた。風に流れる髪は色素の抜け落ちた白髪。肌は浅黒く、口からは鋭すぎる犬歯が覗いていた。

 事ここに至り漸く合点がいく。

 この基地が一人の人間に陥落させられることなど有り得ない。ならばそれは人間ではなかった。

 きっと東洋の鬼が地獄から這い上がって来て、人間を喰らいにきたのだろう。

 その証拠に今の今まで無表情だった鬼の面が、口端が吊り上がり〝笑み〟の形へと。

 嗤う。鬼が、嗤っている。

 地獄を笑うのか、地獄にいる人々を嗤っているのか。

 それが分かるとしたら、きっと鬼と同類の人間を止めたモノだけだろう。

 

「――――漸く見つけましたよ、クシャトリア先生」

 

 鬼の動きがピタリと止まる。

 この地獄に似つかわしくない鳥を思わせる奔放な声音。空色の髪をした少年――――いや〝青年〟が左右異なる色の瞳を、鬼へと向けていた。

 

「…………」

 

 クシャトリアと呼ばれた〝鬼〟は、振り返って能面のような顔を青年へ向ける。常人には目視できぬ闘気が、二人の武術家を包み込んでぶつかり合う。

 青と赤。本来なら決して交わることのない二つの気を、二人が二人とも同時に発しながら、ここに二人の武人は再開した。

 

「サヤップ・クシャトリアの〝記憶〟に残っている顔の面影がある。叶翔」

 

「かれこれ十年ぶりですね。俺も成長したでしょう? もうあの頃と違って蚊帳の外ではない。貴方の立っていた所と同じ場所に到達しましたよ。ま、それは俺だけじゃありませんけどね」

 

 クシャトリアは無感動に叶翔の言葉を聞き終えると、特にリアクションもしないまま『作業』へ戻ろうとする。

 だが叶翔の蹴り飛ばした石の破片が、クシャトリアの行く先を過ぎ去って邪魔をした。

 

「お前は、この基地の人間か?」

 

「はははっ! 妖拳の女宿の命令ですか? 魂をやられちゃって、あの御方のキョンシーにされたっていうのは本当っぽいですね」

 

「基地の人間ならば、お前も死ね」

 

 話し合いとは人間と人間がするもの。人間と人形に話し合いなど通じる道理はない。

 シルクァッド・サヤップ・クシャトリアというマリオネットは、なんの躊躇いもなく叶翔を殺害対象に加えると襲い掛かって来る。

 十年前ならば……まだ『弟子クラス』だった翔ならば、クシャトリアの攻撃に成す術もなく殺されただけだっただろう。

 だが今の叶翔は十年前とは違う。自分の師と同じ領域へ、達人級へ至っている。

 故に――――。

 

「闇も世代交代といきましょう。ねぇ、拳魔邪帝殿」

 

 真っ向から特A級の拳を受け止めることも不可能ではない。

 

 

 

 

 梁山泊と闇の抗争終結より十年後。まだまだ騒がしい武術界ではあるが、一応の安定を取り戻していた。

 久遠の落日の際に一影九拳の過半数以上が作戦を放棄して、梁山泊側に味方したことも大きいだろう。

 元々闇の無手組と武器組は思想の違いから仲が悪かったが、計画のため一致団結するだけの協調性はもっていた。

 しかしあの一件で無手組と武器組の関係は完全に断絶したといってもいい。今では連携どころか、互いに仮想敵と見做している節すらある。

 噂によれば任務のバッティングした無手組と武器組の達人が、盛大に同士討ちして任務そのものがオジャンになったこともあるらしい。

 だが裏武術界の最大勢力である『闇』が二分化されたということは、表武術界と活人拳にとっては良いことだろう。無手組と武器組が互いに牽制し合うことで、闇の動きは確実に鈍くなったのだから。

 十年という月日は、人類史全体にとっては瞬きするような間に過ぎないが、一人の人間には長い時間だ。十年もあれば人間は変わる。子供が大人になることもあるし、弟子から達人になることもあるだろう。

 梁山泊が一番弟子、史上最強の弟子という渾名で知られる白浜兼一。

 外見が特別優れているという訳でもなく、頭が抜群に良くはなく、武術的才能は皆無に等しい。百人に聞けば百人が凡人だと答える凡庸を極めたような平凡な少年。

 しかし十年という月日は凡人の少年を凡人の青年へと変え、才能の欠片もない武人の卵は、才能の欠片もないままに達人級となっていた。

 活人拳・殺人拳問わず武を極めるには必要不可欠とされていた才能。

 どれほどの努力を重ねても、才能がなければ壁を越えて達人級になることは不可能――――それは間違いなくこの地上の真理だった。

 だとすれば何の才能もなくとも、無限の努力の果てに『達人級』になった白浜兼一は、武術界の歴史を変える革命者とすらいえるのだろう。

 そして武術界の革命者が今現在なにをしているのかといえば、

 

「…………美羽さん。達人になって正式に美羽さんと交際を始めることもできたのに、どうして僕は未だにこんなもの背負って買い物なんてしているんですかぁ!」

 

 血の涙を流しながら、兼一は隣を歩く美羽に叫んだ。

 兼一の全身を拘束するのは、ジェームズ志波が開発し、あの秋雨が魔改造を施した『弟子一号改造ギブスぱ~と44』だ。

 これにより兼一には横綱十人におしくらまんじゅうされるほどの負荷が常にかかっている。しかも両手両足には『根性』という文字のついた巨大な重り。傍から見れば完全にただの変な人である。

 もっともこの街の住人は梁山泊の非常識さを見慣れているので、このくらいで特に反応することはないが。

 

「まぁ。たしかに兼一さんは達人級になりましたけれど、だからといって修行を疎かにしてはいけませんですわ。一日の怠けは二日の遅れ。今の実力に甘んじず、常に精進することが大切なんですもの」

 

「そりゃ美羽さんの言う通りですけど……」

 

 こうして達人級になったわけであるし、そろそろ買い物に行く時くらい重りを外してくれても良いのではないかと思うわけで。

 折角二人っきりで買い物をしているのに、重りのせいで台無しだ。これでは満足に仲を進展させることもできない。

 具体的には買い物中の寄り道デート。そしてゆくゆくは、

 

(やっぱりプロポーズは夜景の見えるレストランとかがいいのかなぁ。そ、それとも奇をてらって矢文とか? いやいや、しぐれさんじゃあるまいし。変に小細工して失敗するよりはストレートに……。

 あ、そうだ! 今度大学館の『人生を分けるプロポーズシリーズ』が出るから購入しておこう。大学館シリーズはいつも頼りになるなぁ)

 

「兼一さん? どうなされましたの、一人でブツブツと……」

 

「い、いえ! ちょっと考え事をしていて」

 

 とはいえプロポーズの際に最大の障害として立ち塞がるのは長老だろう。

 こうして目を瞑れば長老が目から闘気を迸らせながら『美羽の婿となる男の最低条件は、このわしを倒すことだからあしからず!!』と叫んでいる姿が浮かんできた。

 梁山泊の達人として師匠達と本気の組手を出来る程に成長した兼一だが、未だに長老は届かぬ頂きだ。というより長老が強過ぎる。

 長老に勝てる人間がいるとすれば八煌断罪刃の頭領か、或は。

 

「…………っ!」

 

 拳魔邪神ジュナザード。ティダードにて倒れた神域の武人、そしてシルクァッド・サヤップ・クシャトリアの師。

 久遠の落日で櫛灘美雲と共に姿を消して以来、クシャトリアの行方は依然として掴めないままだ。兼一も世直しの旅の最中に世界中を捜索したりはしたのだが、存在の痕跡すら見つけられなかった。

 一体今頃クシャトリアはどこでなにをしているのか。気にならないといえば嘘になる。なにせ自分の無神経な言葉が、クシャトリアの背中を押してしまったようなものなのだ。

 クシャトリアの魂を救い出す力は兼一にはないが、せめて櫛灘美雲に操られている彼の体だけは取り戻したい。そうしない限り兼一の心には、永久にあのティダードの記憶が呪いのように焼き付くことになるだろう。

 

「――――兼一さん」

 

「……ええ。どうやら久しぶりに襲撃みたいですね」

 

 四方八方から発せられてきた殺気に、兼一と美羽は足を止めて、互いの背中を合わせる。

 史上最強の弟子という名前に引き寄せられ、兼一の首級を狙ってくる武人は決して少なくはない。

 しかしいきなりこれだけの殺意に――――しかも気当たりからして全員達人級――――に囲まれるのは初めての経験だった。

 

「隠れていないで姿を現したらどうですか?」

 

 このまま構えていても埒が明かない。挑発するように美羽が言う。すると、

 

『ハハハハハハハハ。流石は彼の無敵超人が孫娘にして、闇の一影が娘。大した威勢の良さだ』

 

 ヌッと周囲の物陰から忍者装束に身を包んだ武人たちが姿を現す。

 梁山泊と闇。十年前に決着した戦いの幕が、再び開かれようとしていた。

 




 読者の方々、クリスマスに完結すると言ったな。あれは嘘だ。

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