史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第114話  武の深遠

 活人・殺人の垣根を越えて、最強の武人として信仰を集める無敵超人・風林寺隼人。戦国時代から生きてきたという伝説をもつ男は、クシャトリアを庇うように嘗て互いの力を認め合った好敵手と対峙する。

 痛む体に鞭を打ってクシャトリアは体を起こした。間違いなく人類最強の武人二人は、向かい合っているだけで津波のような闘気を周囲に撒き散らしている。余りにも濃密な気当たりに、息が止まりそうな程だった。

 

「カッカッカッ。師弟同士の果し合いに割って入ってくるとは実に無粋。武人の心を忘れてしまったのかいのう?」

 

「わしもこれが正当なる果し合いならば止めはせんよ。じゃがのう、ジュナザード。己の弟子の弟子にあたる少女を人質として捕え、それをもって己の弟子を誘き寄せるなど武人として……否、人として言語道断。見過ごすわけにはいかんのう」

 

「相変わらず鬱陶しい爺さんじゃわい」

 

 ジュナザードが心底からの不快感を露わに吐き捨てる。

 だが無敵超人・風林寺隼人という伝説は、神の領域に至ったジュナザードにとっても無視することの出来ない存在だ。苛立ちを募らせながらも、風林寺隼人に対しては一部の隙も見せていない。

 それは隼人の側も同様。全人全経に気を巡らせて、次の瞬間にも戦いを始められる準備を万端にしていた。

 向かい合う両者。張りつめた緊張が漂う間に、風林寺隼人の目論見は終わっていた。

 

「――――クシャトリアの弟子は助け出したぞ、風林寺隼人」

 

 ジュナザードが風林寺隼人に意識を傾けている間に、気配を殺して後ろから回ってきた本郷が、磔台を壊してリミの救出に成功する。

 普段のジュナザードならば即座に本郷を殺しに向かうところであるが、流石の彼も無敵超人相手に背中を晒すという愚を犯すことはなかった。そもそもジュナザードは完全にリミに対する興味を失っているのか、人質が奪還されたことに特になんのリアクションもしなかった。

 

「うむ、かたじけない」

 

「礼には及ばん。クシャトリアには翔のことで借りがあったからな。それを返したに過ぎん」

 

 ジュナザードが無敵超人・風林寺隼人に意識を向けている間に、本郷がリミを助け出すことに成功する。

 自分の弟子が助かったことを見てクシャトリアはほっと一息ついた。ジュナザードが静動轟一し、全てを諦めかけたものの、どうやらリミを助けることは出来たらしい。風林寺隼人がティダードに駆け付けられるよう色々手を回した甲斐があったというものだ。

 クシャトリアはよろよろと立ち上がりながら、風林寺隼人に礼を言う。

 

「恩に着ます……風林寺殿」

 

「お礼なら兼ちゃんに言ってやることじゃ。兼ちゃんがわし等に君の様子がおかしいことを伝えなければ、わし達がここに来ることもなかったじゃろうしのう」

 

「――――そうですか、彼が……」

 

 ふと塔の下を見れば、遅れてやってくる兼一が見えた。他にもティダードの精鋭を率いてきたジェイハンたちの姿もある。

 安心したことで気が抜けたのか、全身の痛みに倒れそうになるクシャトリア。だがそんなクシャトリアをがっしりとした腕が支えた。

 

「おっと、大丈夫かよ。拳魔邪帝」

 

「逆鬼至緒……」

 

 活人・殺人の空手最強に無敵超人。これほど豪華で頼もしい援軍はそうはあるまい。たった一人で国を相手取れる特A級二人に、人類最強の超人が一人。これだけ揃えば勝てない人間なぞ地上には存在するまい。

 だというのにクシャトリアの心に『不安』が立ち込めたまま消えないのは、拳魔邪神ジュナザードが既に人間の限界を捨て去っているからだろう。超人としてのポテンシャルを『静動轟一』で更に上昇させたジュナザード。その実力はもはや無敵超人ですら抗いがたいものなのではないか。

 クシャトリアも達人の端くれ。無敵超人が武術界にとってどういう存在なのかくらいは理解しているが、それでもジュナザードが強さで遅れをとる姿が信じられないのだ。

 

「逆鬼君、本郷殿。――――今回はわしも皆を守りながら戦う余裕はなさそうじゃ。皆の衆の安全は任せた」

 

「おう、任されたぜ」

 

 本郷と逆鬼はリミとクシャトリアを抱えて塔から飛び降り、地面へと着地する。ジュナザードはクシャトリアのことを見ていたが、追うことはなかった。

 しゅるしゅると心がざわめき立つ。

 役者は交代した。自分の力ではジュナザードに及ばないことは証明されている。打倒ジュナザードは風林寺隼人に任せればいい。それが最初の計画であったし、それが一番ベストな選択である。なのにどうしてか、それを受け入れられない自分がいた。

 

「クシャトリアさん!」

 

「おー、滅茶苦茶にやられちゃいましたね。クシャ先生」

 

「兄弟子殿。御無事で!?」

 

 地面に降り立つや否や兼一、翔、ジェイハンの弟子三人組が駆け寄って来る。

 

「残念だが無事ではないよ、ジェイハン君。御覧の通りズタボロだ」

 

 立っている力すら、今のクシャトリアには惜しい。ドサリと力なく腰を降ろすと、木の幹を背に座り込む。

 そしてテキパキとした動作で懐から薬草を取り出し、自分の傷口に当てていった。ここにある薬草は応急処置用のものが殆どであるが、これを傷口に張って暫くすれば体力も少しは回復するだろう。

 万が一のために薬草は常に持ち歩いた方が良い、と教えてくれたメナングの教えに感謝である。ついでにティダードの薬草について叩き込んだジュナザードにも一厘くらい感謝しておいた。

 

「兄弟子殿。どうして一人で師匠に挑みに行くなどという無茶な真似を」

 

 クシャトリアを除けばこの中で誰よりもジュナザードの実力を知るジェイハンが問うてくる。

 ジェイハンにとってのクシャトリアは、器用で頭の切れる兄弟子だ。その兄弟子が幾ら弟子を人質に囚われたとはいえ、単身でジュナザードに戦いを挑むという自殺行為同然の暴挙に出たのだ。疑問に思うのも無理はない。実際これまでのクシャトリアならば、もっと器用に立ち回っていた筈だ。

 

「……ジェイハン君。覚えておくといい。人間は誰しもそこの白浜兼一くんのような馬鹿じゃないが、人生で一度くらいは馬鹿になる時がくる。俺にとって今日がその馬鹿になる日だったということだよ」

 

 ジェイハンと翔は納得しているようだったが、名指しで馬鹿扱いされた兼一はショックを受けていた。

 だが一応断っておけばクシャトリアは別に兼一のことを馬鹿扱いしたが、馬鹿にした訳ではない。馬鹿と天才は紙一重ともいう。言うなれば馬鹿というのは一種の才能だ。白浜兼一は武術の才こそお粗末なものだが、馬鹿みたいな人の好さはそれに負けないほどに価値のあるものだろう。なにせ特A級の達人の心を揺らすほどのものなのだから。

 

「それよりも――――始まるぞ」

 

『!』

 

 無敵超人・風林寺隼人。拳魔邪神ジュナザード。二人から立ち昇る闘気は、もう天にも昇るほどだった。

 太陽を覆い隠す暗雲も、二人の対峙する半径100mにはポッカリと穴を開けている。神話の英傑や獣すらも裸足で逃げ出す氣に、雲すらが恐れ戦いて道を開けてしまったのだ。

 風も虫も音色を奏でるのを止め、最強の生命体の激突を今か今かと待ちわびている。

 

「カッカッカッカッ。ちと予定は狂ったが、それもまた良しじゃわいのう。神座へと届きし我が武威、じっさま相手に試すのも上々」

 

「ジュナザードよ。外法を得て神に至ったようじゃが『ぱわ~あっぷ』しとるのがお主だけだと思ったら大間違いじゃぞ。わしも多くの友たちに囲まれ、日々成長しておるのじゃ」

 

 最大限にまで増幅したと思われていた闘気が、更に高まっていくのを感じる。極限を超えた闘気は、もう武を修めていない一般人にすら可視化するほどだった。ジェイハンに率いられている兵士達が、映画が現実になったような光景に圧倒され目を白黒している。

 

「―――兼一。よく見ておけよ」

 

「翔。お前もだ」

 

 静かに、逆鬼と本郷が己の弟子に語り掛けた。

 

「あれが武の到達点だ」

 

 一度落ちてしまえば戻ることは出来ない、達人へと至る崖。その深淵に立つ二人の豪傑が、遂にぶつかる時がきた。

 臨界を超えた闘気が爆ぜる。瞬間、この場にいる全ての人間の目に、互いの心臓を貫き合った風林寺隼人とジュナザードの姿が映り込んだ。

 


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