史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第112話  煉獄

 ジュナザードの呪縛に苦しむ美羽の看病の後、兼一は玉座の間、つまりはジェイハンのいる所に足を運んだ。

 自分の気にし過ぎであればそれでいい。だが兼一にはどうしても先程のクシャトリアの様子が頭から離れないのだ。

 あのクシャトリアの面持ちには見覚えがある。どこで見たかは覚えていないが、見たことだけは覚えている。

 それにいじめられっ子として常に暴力に苦しめられた恐怖に対するセンサー、それがいつになく警鐘を鳴らしているのだ。まだ何も終わっていないと。

 

「ジェイハン、ええと王子?」

 

「おう、平民……ではない、白浜兼一よ。そう畏まる必要はない。余は王でお主は平民といえど、互いに一人の武人として拳を交えた仲ではないか。傅かずとも良い」

 

 前に雪山で戦った時のジェイハンは、海外のドラマに出てくる金持ちのボンボンキャラのお約束のような高慢ちきな人間だったというのに、今のジェイハンからは高慢でありながらも寛容さがある。

 ラーメン屋に拾われて、そこで働きながら身を隠してきたといったが、王子ではなく一人の人間として他人と接したことがジェイハンを人間的に大きく成長させたのだろう。

 ライバルと思い出話に花を咲かせるのも乙なものだが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 

「ならジェイハン、ちょっと気になることがあって」

 

「気になること? ロナのスリーサイズは教えんぞ」

 

「誰も聞きませんよ、そんなことっ! いや馬師父なら聞くと思いますけど僕は聞きません! クシャトリアさんのことです!」

 

「我が兄弟子殿がどうかしたのか?」

 

「その様子じゃ君は知らないのか」

 

 クシャトリアは一人立ちしているとはいえジュナザードの弟子であり、ジェイハンはそのジュナザードの弟子だった。

 もしかしたらクシャトリアが何か言伝を残しているかと思ったが、それは違ったらしい。

 

「気になるのう。兄弟子殿になにかあったのか?」

 

「実は――――」

 

 兼一はクシャトリアが何事かに思い悩んでいる様子だったこと、そして自分と話してからふっきったように宮殿から出て行ったことなどを説明した。

 最初は純粋な興味から聞いていたジェイハンだったが、話を聞くごとに表情を深刻なものにしていく。

 

「我が兄弟子殿が思い悩む……? にわかには信じられん。例えティダード全てが敵対したとしても、あの御方は動揺を顔に出すような人ではない。あの御方が悩みを顔に出すとしたら、それは――――」

 

「ジェイハン?」

 

「いやあの御方を心を乱すほどに動揺させることが出来るとしたら、それは我が師匠以外にはいないだろう。確か兄弟子殿はそちと話した後、ここを出て行ったのだったな?」

 

「待った。それじゃ」

 

「もしかするかもしれん」

 

 単身でジュナザードの居城へと乗り込んだ。

 まさかとは思う。以前ならまだしもクシャトリアは既にジュナザードに反旗を翻している。ジュナザードのいる場所に一人で行くなど自殺行為も同然だ。

 だがこうしてジェイハンの話を聞くと、その可能性が一番高いように感じられた。

 問題はどうしてクシャトリアが単身でジュナザードの居城まで赴いたかだが、兼一がその理由について考えるよりも早く、バトゥアンが慌てた様子で駆けこんでくる。

 

「ジェイハン様、大変でございます! 拳魔邪帝殿の配下の者が、主人に会わせろと半死半生の身で!」

 

「なんだと!?」

 

 ジェイハンが驚き腰を上げると、ティダードの民族衣装を羽織った男が玉座の間に入ってきた。

 青を基調とした衣装は流した血のせいで黒く変色している。服の裂け目からは生々しい傷跡が覗いていた。

 この玉座の間に辿り着いたことで彼は力を使い尽くしたのか、糸の切れた人形のようにどさりと倒れる。

 

「バトゥアン、医者だ。医者を呼べ!」

 

「はっ!」

 

「兄弟子殿の配下よ。兄弟子殿は――――」

 

「ジェイ、ハン王子。クシャトリア様にお伝え……下さい…………。リミが、貴方様の弟子を……邪神に攫われ……まことに不甲斐なく……」

 

 そこまで言って男は意識を失った。死んではいない、気絶しただけだ。しかしこのまま放置していれば、本当に死んでしまうだろう。それだけの傷を彼は負っていた。

 

「ジェイハン」

 

「うむ」

 

 言葉は途切れ途切れだったが重要なことは伝わってきた。クシャトリアの弟子、つまり小頃音リミがジュナザードによって攫われた。

 クシャトリアが狼狽していた理由も、単身で邪神の下へ赴いた理由も全てが氷解する。

 道理で見覚えがあるはずである。クシャトリアが宮殿を出ていく時の顔、あれはジュナザードに攫われた美羽を助けに日本を立った日、鏡の前に映っていた白浜兼一の顔そのものだ。

 弟子を攫われたクシャトリアは、兼一と同じようにリミを助けに行ったのだろう。

 

「ロナ!」

 

「は、はい」

 

「兄弟子殿の弟子というのであれば、余にとっては姪のようなもの。余はこれより兄弟子殿の加勢へ行く。お前は余が戻るまでの間、留守を守ってくれ」

 

「お任せ下さい、お兄様」

 

 ジェイハンは留守のことや、自分と一緒にジュナザードの居城へと赴く人選など、テキパキと人々に指示を出していく。こういう所を見ていると本当にジェイハンは王なのだと実感した。

 

「けどジェイハン。ジュナザードのいる場所が何処かは分かるのか?」

 

「余も幾つかは知っておるが、流石にジュナザード様の城の全てを知っているわけではない。だが師匠の配下を何人か捕虜にしている。彼等から聞き出すしか――――」

 

「その必要はないじゃろう。彼奴の居場所ならわしに心当たりがある」

 

「長老!?」

 

 美羽に治療を施していた長老が、立派な髭を撫でながら現れた。隣には騒ぎを聞きつけた最強の空手家二人もいる。

 

「わしとジュナザードは旧知の間柄でのう。恐らくはあそこじゃろう」

 

「旧知……」

 

 以前美羽から聞いた話によれば、長老とジュナザードは一度戦ったことがあるらしい。

 勝負そのものは引き分けに終わったそうだが、口ぶりからすると長老とジュナザードはただ単に戦っただけの間柄ではないのだろう。

 

「ジェイハン殿。道案内と人助けがてらわし等も同行するが構わんかね?」

 

 ジュナザードに対抗できる数少ない武人の助けを断る理由はない。謝意を述べながらジェイハンは長老の同行を認めた。

 

 

 

 ジュナザードとクシャトリア。ティダードにおいて神と崇められた男と、神より唯一名を分け与えられた帝王。

 師匠と弟子。邪神と邪帝。二人のシラットの達人は塔の屋上にて対峙していた。

 ジュナザードから発せられる神気にも匹敵する鬼気が天空を覆い尽くす。それに呼応するかのように空はどんよりと黒かった。

 

「カカッ。いい塩梅じゃわいのう。己の弟子から殺意を向けられることは多々あったが、これほどビンビンとくるものは初めてじゃわい。我の最高傑作だけはあるわいのう。え? クシャトリア」

 

「…………」

 

「だんまりか。若者というのは、お喋りを愉しむゆとりがないからいかん。じゃがこうすれば顔色も変わるかいのう」

 

「!」

 

 パチンとジュナザードが指を鳴らすと、奥の塔に十字架が立てられる。十字架にさながらイエスの如く磔にされているのはリミだ。

 眠らせているらしく騒がしさはないが、あの特徴的な服装を見間違えるはずがない。

 

「約束じゃ。お前が我に勝てば、あの娘は解放してやるわいのう。じゃがお前が負ければ」

 

「リミを殺すと?」

 

「いいや。罪もない少女を殺すなど、そんな心苦しいことは出来んわいのう」

 

 どの口がそれを言うのだ、という喉元まで出かかった指摘を呑み込む。ジュナザード相手にそんな指摘をしたところで意味などない。十年以上も一緒にいたのだ。それくらいは分かる。

 ジュナザードは邪悪に嗤いながら、

 

「ただ我がシラットの至高を極めさせるため、余分な心を消すだけじゃわい」

 

「同じことだ。肉体が壊れても心が壊れても人間は死ぬ」

 

「然様。じゃが死の洗礼なくして武を極めるなど不可能。お主が他人を殺すことで武を極めたように、あの娘は己を殺すことで武を極めるわけじゃわい。

 それが不服のであれば我を殺してみせよ。我が最高傑作、その殺意が偽りないのであればのう」

 

「言うまでもない。我が武はそれだけのために……ただそれだけのために磨き続けたのだから」

 

 クシャトリアとジュナザードが同時に地を蹴った。

 


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