史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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 大変、長らくお待たせしました。本当に久しぶりに視点が主人公のクシャトリアに戻ります。



第107話  無駄話

 神様というものは、人間の生活に不可欠な存在というわけではない。

 別に神にお祈りを捧げなければ、明日にでも世界中に大津波が発生して遍く大地が海底に沈むわけでもない。聖母マリアのなんたらを踏みつけたところで、マリア様が天上から降臨して踏んずけた人間を撲殺するわけでもない。

 手塚治虫の漫画にジュースを零して駄目にしたとしても、漫画の神様が現れて怒りの言葉を吐き出すわけでもないだろう。

 世界史の教科書にあったジャンヌ・ダルクの肖像画にチョビ髭の落書きをした少年Aは、三十年過ぎて中年Aになって元気している。神社で立ち小便した悪ガキAは現在は真面目に弁護士をしている。

 お正月に自分の金を賽銭箱に投げ捨てずとも、クリスマスにイエス様に感謝しながら恋人とベッドでハッスルせずとも、人間は病やなにやらで死ぬまで普通に生きていくことができるだろう。

 中世の昔などは神を信じない人間が殺されることもあったそうだが、それにしたって殺すのは神様ではなく、神様を信じている人間だ。ということはつまり異端審問を恐怖して神様を信仰する人間は、神様ではなく神様を信仰している人間を信仰していると言えなくもない。

 あらゆる宗教、あらゆる神話、あらゆる伝説が人間の作り出した物語、或は事実を脚色した創作物だとするのであれば、人は神ではなくそれを紡いだ作者を信じているといっても過言ではない――――と、考える。

 

「だからつまり……神様がいなくても、人は生きていける。けれど不思議なことに、神様がいない文明は存在しない」

 

 何度も断言するが、神様という超常の存在が存在せずとも人間は存在し続けることができる。つまり人間の存在と神様の存在はイコールの関係ではなく、そもそも合理的にあろうとするのならば神様なんて要らないのだ。

 なのに人間と神様は常に一緒だ。世界中の文明全てに〝神様〟と呼ばれる超常の存在が信じられていた歴史が存在する。

 要るはずがないのに、必ず人間の歴史に居る存在。

 存在しないのに人間の歴史に常に大きな影響を与え続けてきた存在。

 

――――神様。

 

 異なる大地で、異なる歴史を歩んだ数多の文明に共通して存在する存在しない存在。

 だがしかし。神様というものは時代が経つにつれて影響力を低下しつつある。

 現代社会でも神様がテロリズムやなにやらの原因になりはするものの、それにしても大昔ほどの規模でも頻度でもないだろう。

 仮に、もしも万が一。

 この世界にある国が先進国だけだと仮定した上で、あらゆる信仰を完全にリセットしてしまえば、もう現代ほど信仰を得る神様が誕生することはなくなるだろう。

 

「要するに神様は人間の未知の象徴だ。人間というのは……まぁ他の動物と比べて頭が発達している。知っているか? 言葉をもつ生物は人間だけなんだ。

 よく犬や猫が意思をもって話し出すとかああいう創作話があるが、あれは全部真っ赤な嘘だ。犬猫などの動物に、人間の言葉を理解する頭はない。

 こんな話を知っているか? アメリカで昔、チンパンジーに人間の言葉を教えるっていう実験があったそうだ。勿論チンパンジーが人間の言葉を喋れるわけがないから、言葉ではなくアメリカ手話を教えようとしたわけだよ。

 確か実験台となった動物はニム・チンプスキーとかいったか。念のため下ネタ大好きな小学生のために捕捉しておくと、プをコにするんじゃあないぞ。マグナムとかの話題で盛り上がれるのは、修学旅行夜のテンションの時と幼稚園から小学校低学年までだからな。

 このチンパンジーの話は映画にもなっているから、興味があるのならばそっちを見てくれ。ぶっちゃけどうしてチンパンジーに人間の言葉を理解させる実験が失敗したのだとか、一々説明すると長くなる。具体的な文字数で言うと二万文字くらい。大体な、理系は俺の専門じゃない。俺の専門は強いてあげるならスポーツ科学だ。ほら、なんだかんだで武術家だからな、俺は。ま、そんなまるで本筋と関係ないことに時間を浪費するのも馬鹿らしいだろう」

 

「あの、拳魔邪帝様?」

 

「なんだい? ティダード正規軍に所属していて、死んだとされている王子ジェイハンに心酔していて、拳魔邪神ジュナザードに反感をもっていて、ティダードを平和にするため自分が実権を握ろうとしているガジャ大佐」

 

「いや、何故そのような説明口調で……。まぁそれはさておき、何が言いたいのです?」

 

「ん、ああ要は人間というのは真理を追い求める生命体ということだよ。どうして世界が生まれたのか、どうして雨が降るのか、どうして鳥は空を飛ぶのか、どうして昼と夜があるのか、どうしてリンゴは地面に落ちるのか。

 こういう普通の動物なら『そういうものなのだ』と当たり前に享受しているあれやこれ。人間はそういうあれやこれに理由をつけたがる。理由はないけど、何故かこうなる――――そういうことに人間は納得できない。この世界の全生物の中で一番面倒臭くて粘着質なのが人間なんだよ。

 かといって大昔の人間というのは知識が狭いから、あれやこれの説明できない現象に理由をこじつける。世界が生まれたのは、神様が世界を作り出したからだ。光が満ちるのは神様が『光あれ』と言ったからだ。太陽は神様の化身だったり、月も太陽の化身だったり、地球は水平で、世界の果てには大蛇がいる」

 

「お伽噺ですな」

 

「ああ、お伽噺だ。だが数百年前、数千年前はそれが世界の真理だった。そう人間に信じられてきたし、当時の人間にとってそれが紛れもない真実だった」

 

「…………」

 

「だがまぁ月並みな言葉だが、人間の科学は進歩した。地球誕生や人間誕生、あれやこれの大抵は科学的に説明がつく世の中になってしまっている。人間が神様が作った泥人形である、なんて今やどれほどの人間が本気で信じていると思う? 俺は知らないが、きっと数えきれる程の数だろう。

 ちなみにガジャ大佐。君は人間はどうして生まれたと思っている? 神様がアダムとイブを作ったからか、それとも――――」

 

「余りその手の学問については詳しくないので一般論しか申せませぬが、サルから進化したのではないでしょうか」

 

「そう、それだよ。神様がいなくても人間は存在できる。この世に要らないはずなのに要る存在であるところの神様。存在しないのに存在する存在。そういうあやふやな存在を、人間はこれまで自分達の理解できないあれやこれの原因として祭り上げ、当て嵌めてきたわけだが――――人間の認識が広がったことで、あれやこれに神様を当て嵌める必要がなくなってしまった。

 きっとこれは一人立ちっていうんだろう。神は死んだと謳いあげた哲学者がいたけれど、きっとそれはこう言い換えるべきだろう。神は要らなくなったと」

 

 そしてここで問題だ。これまでで何回『存在』という二文字が出てきたか。正解者にはハワイ旅行へ行く妄想をする権利をプレゼント。先着五名様まで。

 

「とまぁこれまで俺の元教え子の筑波……おっと、実名を出すのは不味いので仮に生徒Tとしよう。生徒Tのように中学二年生みたいなことを言ったところでだよ。俺が何を言いたいのか分かったか?」

 

「いえ、さっぱりです」

 

「それは良かった。分からないということは君の頭は正常だ」

 

 こんな無駄話の中から、クシャトリアの言わんとしている事が理解できたのであれば、それはもう頭がすこぶる残念かすこぶる上等かの二者択一だ。

 どちらにしても人間として異常なことには変わりはない。平凡から外れているという意味において、天才も痴呆も同じ異常者であるのは確かなのだから。

 だからもしも分かってしまった正解者の誰か。貴方は果たしてどちらの異常者か。

 

「ま、冗長的で無意味で無駄な前置きは終わりにしよう。いい加減、話を進めないと飽きてしまうだろう。君も」

 

「そんなことはありません。拳魔邪帝様」

 

「ああ、分かるよ。立場上、俺のことをよいしょしないといけないんだな。俺の弟子曰く、こういうのをマンセーというらしい。悪くない気分だな……マンセー。まったくどうでもいいことで時間を潰したのに、まるで自分が高尚な話をした気分になれる。

 俺のこれは立場の上下関係によるマンセーだが、マンセーされる理由も色々だ。そしてマンセーによって昇華されるものも色々だ。

 最低のゲス野郎でもマンセーされれば、カリスマある悪の帝王になれる。幼稚な動機で動くつまらん悪党も、美少女だからという理由でマンセーされる。そしてただの一般人もマンセーされれば主人公になれる。主人公だからマンセーされる。

 もしも俺が物語の主人公なら、きっと多くの顔も知らない誰かにマンセーされるんだろう。俺なんて実にチープでつまらない屑な小物なのに、まるで凄味のある悪党と思われたり悲劇の主人公にされたりするんだろう」

 

 と、そこでクシャトリアは言葉を切る。またしても果てしなく無駄な話をして、会話を著しく脱線させてしまった。

 ガジャ大佐もいい加減マンセーするのにうんざりして退屈してきたことだろう。クシャトリアは話を改めて戻す。

 

「本題に入ろう。だから俺は拳魔邪神ジュナザードを殺すんだ」

 

 ぶっ、とガジャ大佐が噴き出した。

 

「待ってください!」

 

「なんだ? 俺は前置きを除外して本題を述べたんだ。無駄話から解放されたんだぞ。もっと喜べ」

 

「除外し過ぎです。なにがどうだから拳魔邪神を殺すのかさっぱりです」

 

 誰かに話をするというのは難しい。伝えるべきことを、100%きっかり伝えるのは更に難題だ。

 話すべきではないことが混ざり、話さなくてはならないことが抜けたり、説明するというのも一つの才能である。

 クシャトリアは説明する天才ではないので、100%きっかり伝えるべきことだけを伝えるのは不可能。

 ならば無駄話という不純物を混ぜながらも、話すべき100%を説明するか。それとも話すべきことだけを話そうとして100%未満の説明をするか選ばなければならない。

 クシャトリアは前者を選ぶことにした。

 

「俺の我が師匠ジュナザードに向ける感情というのは色々と複雑だ。前にこんなことがあった。妙手時代に闇の武器組と交流する機会があったんだが、偶然にも武器組最高幹部であるところの噛ま使い……もとい鎌使いに会ってね。

 知っているかな? 八煌断罪刃の一人であるミハイ・シュティルベイという俺の大嫌いな男だ。そのミハイというのがこれまた漫画に出てくるやられ役の三下に忠実な性格の持ち主でね。そりゃもうわざとやってるんじゃないかって勘繰るほどに。

 で、その噛ませ男はあろうことか悪口を言っただけだ。我が師ジュナザードも所詮は無手の武人、飯事に過ぎないとかなんとか偉そうに。三下臭全開で、俺の前で言ったわけだよ。言っちゃったんだよ」

 

「はぁ」

 

「別に誰がどうジュナザードの悪口を言おうと俺は怒りはしない。外道、下種、人間の屑、糞野郎、吐き気を催す邪悪。全て結構だ。俺もそう思っているし全て事実だ。

 だが――――師匠の〝強さ〟に対する悪口だけは許せない。拳魔邪神ジュナザードは世界最強の男だ。ジュナザードより強い男はこの宇宙に存在しない」

 

 例えジュナザードがこの先、誰かの手で殺されることがあったとしても、それはジュナザードが弱かったからではなく、なにか別の要因があったからだろう。

 自分の命のために多くの命を踏み躙ったクシャトリアだが、これだけは命を懸けて断言できる。

 

「その日からというもの俺は八煌断罪刃が大嫌いになった。まったくあの噛ませにも困ったものだ。あいつ一人のせいで、まだ見ぬ七人の断罪刃を知らず嫌いすることになってしまった。ああいうのがいるから、この世界から人種差別がなくならないんだ。そうは思わないか、大佐?」

 

「…………一つだけ言わせて下さい。今度は無駄話をし過ぎです」

 

「ん? 俺がどうして断罪刃を嫌っているかの理由を知りたい人が多そうだったから、この機会に説明したんだが不要だったか」

 

「貴方の話を聞いているのは私だけですが?」

 

「勘違いするなよ。別にこれからこの話題を出せるタイミングがなかったから、ここで無理矢理に話したわけじゃないんだからな。とまぁティダード人には分かるはずのないリミ仕込のネタは置いておくにしてだ。これからしようとした無駄話を九割排除して一割の前置きを述べよう」

 

 コホンとわざとらしい咳払いを一回。話を切り替える。

 

「多くの国家が神様から独立して、資本主義経済に、銀行で刷られた札束に、解明した物理法則で一人立ちしている現代で、この国には未だに神が世を支配している。

 いい加減、この国も神なんてものに頼らず一人立ちすべき時が来たわけだよ。いや本当ならとっくに一人立ちの時が来ているのに、神様の邪魔が入って出来ないでいる。ラデン・ティダード・ジェイハンも神様の我がままで殺されたようなものだ。

 だから俺は神に反抗心をもっている君を利用して、拳魔邪神ジュナザードを殺す。ティダードの呪縛を解き放つという大義名分を掲げて、俺の呪縛を解き放つために」

 

「……拳魔邪帝様。事が済んだ後は」

 

「俺に君の後見人になれというんだろう」

 

 ガジャ大佐が頷く。拳魔邪神の後継者と周囲に認知されているクシャトリアが後ろ盾となれば、王族ではない一介の大佐でもティダードの王となることが可能だろう。

 ただし恐らく計画が順調にいってもガジャ大佐が王となることはあるまい。なにせ彼が忠誠を捧げた王は死んではいないのだから。

 

「それとガジャ大佐――――」

 

 それと読者の皆様――――。

 

「こんな何の意味もない無駄話に時間を浪費させてしまい申し訳ない」

 

 こんな何の進展もない無駄話に時間を浪費させてしまい申し訳ない。

 

「そろそろ計画を進めるから」

 

 そろそろ展開を進めるから。

 


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