史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第102話  空と影

 闇の弟子養成機関YOMI。叶翔と鍛冶摩里巳は銃声の響き渡る砦の上で正面から対峙していた。

 片や一なる継承者でありYOMIの前リーダーだった叶翔。片や闇の無手組が長、一影の一番弟子であり現YOMIリーダーの鍛冶摩里巳。殺人拳の継承者における二大巨頭というべき二人。或は闇の中でも最も近しい存在とすらいえるのかもしれない。あくまでも肩書き上は。

 だが実のところ叶翔にせよ鍛冶摩にせよ、お互いに言葉を交えた機会は驚くほど少なかった。

 鍛冶摩が元々YOMIに参加していなかったということもあるのだろう。叶翔が鍛冶摩里巳の才能を見抜き関心を示さなかったというのもある。

 しかしそれは翔と鍛冶摩の仲が険悪というわけでもない。

 二人の間柄を一言で説明するのであれば赤の他人というのが適切だろう。

 互いに敵意も好意も抱いておらず、さして交流することもなかった境遇が近しいというだけの他人。

 故にこの二人がYOMI内部において激突するということはなかった。激突する云々以前にそもそも接触しないのだから当然だ。

 だがそれも今日までの話。

 

「ふーん。俺や先生だけじゃなくて、今YOMIのリーダーやってるお前までがこっちに来るなんてね。しかもよりにもよって俺の邪魔をしに。これってお前の師匠の命令?」

 

「はははははは。俺もこんな所に観光旅行に来るほど酔狂じゃあない。察しの通りYOMIの現リーダーとしての仕事だ。我が師の命であれば、弟子である俺は従うのみだからな」

 

「図体と同じで岩みたいな堅物ってわけね。ボリスの奴がやりやすそうなリーダーだ。俺ならお前の下で働くなんて一週間も耐えられないね。YOMIクビになって良かった」

 

「奇遇じゃないか。俺も同意見だよ。生憎と俺もお前を自分の下に置いておいて、使いこなす自信は欠片もない」

 

 両雄並び立たず。叶翔と鍛冶摩は二人ともYOMIという集団を纏めるだけの我の強さがある。しかも一なる継承者と一影の一番弟子と肩書きも互いに負けていない。

 そうなればこの二人が同じ組織で上下関係を築くなど土台不可能。叶翔がリーダーでいる時、鍛冶摩をYOMIに参加させなかった一影の判断力は見事と言う他なかった。

 

「で、鍛冶摩。お前なにしにきたわけ? 俺は美羽を助けに来たわけど、それを妨害するのが〝一影〟の意思ってわけか」

 

「そんなところだ。諸事情があって詳しい理由云々を言うことはできんが……とどのつまり俺は叶翔、お前の抹殺を一影より命じられている」

 

「!」

 

 叶翔はDオブDでの失態でYOMIから除名されたばかりか、一なる継承者も一時的に凍結されている。だが凍結であって中止ではないのは、闇が叶翔の才能を惜しんでいるからに他ならない。

 事実、叶翔の武術的素養は同年代の武術家達の中でも頭一つ飛びぬけている。実力はさておき才能という面で翔に並び立てるのは、同世代では風林寺美羽一人だけ。強いて言えば静動轟一の気のコントロールを会得した朝宮龍斗が、それに次ぐだけのポテンシャルを秘めているが、やはり純粋な才能では一歩劣る。

 なにより叶翔の師匠は人越拳神・本郷晶。闇のみならず世界にも武名を轟かせた本郷は、我の強い一影九拳の中でさえ一目置かれる存在だ。そして翔はYOMIから除名されエンブレムも没収されたものの、未だに人越拳神の一番弟子ということに変わりはない。

 よって現時点で闇が叶翔を粛清するというのは有り得ないことなのだ。いや有り得ないはずだったのである。今日ここに鍛冶摩里巳が現れるまでは。

 

「叶わぬ想いと知りつつも、愛した女性のために己の命を賭して戦場に駆け付ける。中々出来ることじゃない。武術家ではなく一人の男子として、君の行いは素直に尊敬する。天晴だ」

 

「そいつはどうも」

 

「だが非情を根幹とする殺人拳の武人としては、残念なことに軽蔑しなければならん。優しさとは美徳だが、表の美徳が悪徳となるのが闇。

 君のその無償の愛は闇にとっては不要のもの。一影九拳全ての奥義を継承する一なる継承者としては不適格。一影にそう見做されてしまったわけだよ。叶翔」

 

「……お前も白浜兼一の同類だけど気当たりの質は別格だな。この殺気、まるで達人級を相手にしているみたいだ。あいつじゃ逆立ちしたってこんな気は放てない。活人拳ならそれで正解なんだろうけど」

 

 鍛冶摩から放たれる存在そのものを抹消しようとする殺気の奔流。

 幼少期より度重なる死合いで殺意をぶつけられてきた翔だが、これほどの代物を弟子クラスから受けるとは思ってもいなかった。

 自然と叶翔の武術家としての本能が刺激され、口端が獰猛に吊り上がる。

 

「そういえば俺がYOMIのリーダーについてから興味深い話題があってな」

 

「へぇ。どんな?」

 

「YOMI現リーダーの俺と前リーダーのお前。果たしてどちらが強いのか。そんな話題さ」

 

「あるよな、そういうの。強さ議論ってやつ? 俺も学校でよくそんな話したぜ。大総統と晴れの日の大佐、どっちが強いかとか」

 

「大総統だろう」

 

「いいや、大佐だね」

 

「ほう。何故だ?」

 

「俺は尻より胸派だし」

 

「ふっ。お前とはやはり分かり合えんようだ。後学ならぬ来世のため一つ言っておくが女性を胸だけで判断するのは良くない」

 

「心配には及ばないね。俺は美羽のこと胸だけで好きになったわけじゃないから。だから美羽が明日からまな板になっても、俺の好感度はMAXを保ったままさ」

 

「それは実に良いことだ。で、何の話だったか?」

 

「んー。学校でアムロとカミーユのどっちが強いかって議論したって話じゃなかったっけ」

 

「悪いな、それはない。俺はマクロス派なんだ。学校ではマックスとイサムのどっちが強いかについて話してた。勿論俺はマックスの方が強いと思う」

 

「おいおいボケにボケで返すなよ。ツッコミ不在だとボケとボケで終わりなくエンドレスに続くじゃねえか。そこお前が『YOMIの現リーダーと前リーダーのどっちが強いのかって話題だっただろ!』とかツッコミを入れるところだぜ? 空気読めよな」

 

「生憎と持ってるエンブレムが影なものでな」

 

「じゃあ仕方ない」

 

「ああ仕方ない」

 

「「はははははははははははははは!」」

 

 互いにボケにボケてボケ倒したところで、このまま延々と続くかに思われた話題を一旦止める。

 翔と鍛冶摩は深呼吸して、時間を遡り話題を最初に戻した。

 

「それで俺とお前のどっちが強いかという話だが。これが仲間内でも意見が割れてな。コーキン、千影、レイチェル、イーサンは俺が勝つって嬉しい事を言ってくれたわけだが」

 

「ボリスに夏に朝宮龍斗は俺が勝つって?」

 

「ついでに後一人。拳魔邪帝殿の弟子もお前が勝つと言っていたから丁度半々だな」

 

 激しく冗長的かつ余談であり無駄話でしかないことであるが、其々のYOMI幹部たちの意見を纏めると以下のようになる。

 コーキン:叶翔は心に綻びがあるので負ける。

 千影:囲碁で自分に勝ったから鍛冶摩が勝つ。

 レイチェル:なんとなく。

 イーサン:経験値と潜り抜けた地獄の数で鍛冶摩が勝る。

 ボリス:自分が見た中で最も恐るべきポテンシャルをもっていたので翔が勝利する

 朝宮龍斗:兼ちゃんに負けたから今度は勝つ。

 谷本夏:敗北を知ったから翔が勝つ。

 リミ:なんとなく。

 どちらが勝つ方にも『なんとなく』という無責任な意見があり、元ラグナレク出身の龍斗と夏の意見が被っているのが興味深いといえるだろう。

 

「拳魔邪神殿の弟子だったジェイハンにも聞いて、白黒はっきりさせたいところだが生憎と彼は死亡しているからな。となると残るYOMI幹部は俺だけ。元を入れればお前もだ。叶翔、お前はどっちが強いと思う?」

 

「負ける気で戦う武術家がいると思うのか」

 

「いいや。俺も思わん」

 

「なんだよ。それじゃやっぱり半々じゃねえか」

 

「うむ。多数決というのは実に民主主義的なことだが、投票数が同数では答えは出せん。多数決の欠陥というものだな」

 

「話し合いで解決できねえとなると、民主主義的に戦争でもするしかないよな」

 

「ああ。それは良い。実に民主主義的だ。我が師、一影の命令にも沿う」

 

「YOMIの新旧リーダー、宿命の対決ってやつ?」

 

「入場料はいくらだろうな」

 

「さぁ」

 

 下らない掛け合いはこれまでだ。叶翔と鍛冶摩里巳、殺人拳の最奥にて育て上げられた弟子二人がここに激突する。

 天才と凡人、空と影、リーダーとリーダー。即ちこの戦いの勝利者こそが最強のYOMIだ。

 




 そろそろこの作品も完結ですので、次回作に思いを巡らせる時期となりました。
 次回作を思い悩むこの時間ばかりは何度経験しても慣れません。
 ちなみに最初ケンイチに続いて武術繋がりで、まじこいのssを書こうとしましたが、没になりました。
 え? どうして没になったかって?
 というのも武士道プランで劉備、孔明、関羽、張飛の御馴染の四人をクローンとして生み出す――――はずが、ミスって劉禅、黄皓、馬謖、姜維の蜀漢四大ネタ武将を生み出してしまったという内容なのですが、ぶっちゃけネタ過ぎて一発ネタ以外にならないので没になりました。
 ケンイチがバッドエンドを迎えてしまったIFルート後という設定で、クロスとかも考えてたりしますが。

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