史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第101話  影よりの刺客

「叶翔。今の技……」

 

 ペングルサンカンを倒した兼一は、翔に向き直ると躊躇いがちに声をかける。最後に二人で同時に放った技、無拍子は兼一が自分で編み出したオリジナルの必殺技だ。

 武田が師のジェイムズ志波の協力で、無拍子(オートゥリズム)を編み出しはしたが、あれは無拍子の相互互換というべきもので、兼一の無拍子そのものではない。

 だが叶翔の放った無拍子は、兼一の必殺技であるところの無拍子と寸分違わず同じものだった。

 

「以前の戦いじゃ不覚にも痛い目みたけど、お前のこの技って空手、柔術、中国拳法、ムエタイの突きの要訣を混ぜてるんだろう。だったらこの俺に出来ない筈ないじゃないか」

 

「うっ! た、確かに」

 

 武田が無拍子を再現しようとした時は、彼がボクサーで他四種の武術の心得がなかったため、完全なる再現は叶わず相互互換という形に落ち着いた。

 そのことからも分かる通り『無拍子』を可能とするには、四種類の武術の基礎がしっかり出来ていなければならない。だからあの美羽ですら兼一の無拍子を100%完全に再現することは出来ないのだ。

 けれど叶翔は史上最強の弟子に対する史上最凶の弟子。叶翔が修行してきた十武術の中には空手、柔術、中国拳法、ムエタイも含まれている。当然その基礎も叶翔には根付いているのだ。

 更に叶翔ほどの才能も合わされば、一度喰らった無拍子を完璧なまでに再現するのは不可能なことではない。

 

「ああ、僕の必殺技だったのに……」

 

 武術なんていうのは広く伝わるべきものだとは思うが、やはり自分だけの必殺技が誰かに修得されてしまうというのは、上手く言い表せない喪失感というものがある。

 がっくりと膝をついた兼一に、叶翔がぽんと手を置く。

 

「ははははははは。ま、悔しかったらお前も俺の必殺技を盗めばいいじゃん。尤もお前の残念な才能じゃ無理だと思うけど」

 

「むっ」

 

 恋敵にこうも挑発されると、温厚な兼一も流石にカチンとくる。

 

「言ったな。なら僕は今度お前がよく使ってる〝ねじり貫手〟ってやつを盗もうじゃないか。あとさっきの飛燕なんとかっていうのは」

 

「お前じゃ無理だね。だってあれは俺の先生の〝最強の空手家〟本郷晶の代名詞だぜ。お前に会得できるわけないだろ?」

 

「大丈夫だよ。確かに僕には才能はないけど、僕の師匠には〝最強の空手家〟の逆鬼師匠がいるからね」

 

 叶翔に倣って『最強の空手家』の部分を強調して言うと、叶翔の方もカチンときたのか青筋をたてる。

 

「そういえば弟子の才能が虫けらレベルでも、師匠の方は特A級が揃ってるんだっけ? だけど無理無理。最強の空手家の代名詞を、他の誰かが教えられるはずないしね」

 

「え? それなら大丈夫だよ。最強の空手家は僕の師匠だしね。だけど変だな。いつからねじり貫手は逆鬼師匠の代名詞になったんだろう」

 

「地を這う虫けらなのに吠えるのは一丁前じゃないか、白浜兼一」

 

「その虫けらに負けたのは誰だったっけ、叶翔」

 

 二人の眉間に皺が寄る。兼一も翔も普段では考えられないほど表情が怒りの色に染まっていった。

 口元はひくつきながら、バチバチと火花が散る。

 

「今度会った時は見ていろよ。流水制空圏だっけ? 無敵超人の秘技が一つ、あれを体得しておくから。そうしたら今度は俺の圧勝だね。お前に勝ったら今度は堂々と美羽を迎えに行こう。一度美羽のことをお前に託したけど、やっぱり好きな女性は自分で守りたいしね」

 

「心配は要らない。君が何度来たってその度に迎え撃つし、美羽さんは僕が命懸けで守る」

 

「「…………」」

 

 兼一と翔は親の仇を見るような、敵意に満ちた目で睨み合う。その様子はとてもではないが、数分前にペングルサンカン相手に見事な連携プレイをとった者同士とは思えなかった。

 もしここに新白連合の誰かがいれば驚いたことだろう。YOMIの元リーダーで自由奔放な叶翔はともあれ、白浜兼一は基本的に温厚で滅多に怒ることはない。その兼一が叶翔に対しては些細なことで明確な敵意を向けているのだから。

 だが兼一とて聖人君子ではない。世の中には決して相容れない存在というものがある。兼一にとって叶翔がそれであり、叶翔にとっては兼一がそれなのだ。

 それに仲良しな恋敵なんて普通は有り得ない。

 一触即発の雰囲気が両者の間を流れたが、自然と二人はどちらからというでもなく手を下ろす。

 

「はぁ。言いたいことは山ほどあるけど、それは全部後回しにしよう。それより」

 

「美羽を助けるのが先だ。行くぞ、白浜兼一」

 

 水と油の兼一と翔だが、美羽を守ることには命を懸けるという点では同じだった。共通目的のために矛を収めると、兼一と翔は銃火の飛び交う戦場を駆け抜けていく。

 兼一も翔も感じ取っていた。自分達の師匠すら上回る――――無敵超人・風林寺隼人に匹敵するようで、性質の正反対の邪悪なる闘気が砦にあることを。

 これほどの気当たりの持ち主など世界に五人といない。拳魔邪神ジュナザードは間違いなくあの砦にいる。

 

「あれは!」

 

 兼一は見つけた。砦の上に見知った女性の姿がある。顔は仮面で覆い隠し、纏う衣服もティダードの民族衣装であるが、他ならぬ自分が彼女を見違える筈がない。

 隣にいる恋敵(叶翔)もそれは同じだった。兼一と翔、合わせて四つの眼が風を切る羽のように戦う少女に釘づけとなる。

 シンキングタイムは0.5秒。分数にして二分の一。

 

「美羽さん!」

 

「美羽!」

 

 他の全てを気にもとめず、兼一と翔は美羽のいる場所に走って行った。

 火事場の馬鹿力ならぬ鉄火場の馬鹿脚力。兼一も翔も普段より一回り速い速度で砦までたどり着くと、蜘蛛人間の如く城壁を登っていく。

 しかし生憎と囚われの姫君は待ってなどくれなかった。兼一と翔が城壁を登っている間に、美羽は砦の奥へと立ち去ってしまう。

 間の悪いことに兼一と翔が城壁を登り終えたのは、美羽が砦の内部に消えた後だった。

 

「……おい、白浜兼一。美羽はどこだ?」

 

「見えないということは砦の中だよ。たぶん」

 

 自然と兼一と翔の目が開けっ放しになっている扉へと向けられる。シンキングタイムはついさっきの半分、分数にすれば0.25秒のことだった。

 兼一と翔は競うように扉へと突進していき、

 

「おっと。ちょいと待ってくれよ。君達二人は風林寺美羽に用があるんだろうけど、俺はこっちに用があるんだ」

 

 ばたん、と兼一の知らない男によって扉を閉ざされた。

 

「なっ! お前は」

 

 叶翔の目が大きく見開かれる。

 肌色の肌と黒い髪、訛りのない日本語からして日本人だろう。見事なまでの隆々とした肉体と片目を覆う眼帯が印象的である。

 不思議だった。彼のことなどまるで知らないというのに、兼一は見知らぬ彼に対して奇妙なほどの親近感を抱いていた。それは向こうも同じようで、兼一を興味深げに見ている。

 

「叶翔。君の知り合いか?」

 

「……ああ。鍛冶摩里巳。無手組が長、一影の一番弟子。現YOMIのリーダーさ」

 

「なんだって!?」

 

 叶翔が自分に負けたことでリーダーを降ろされたことも、代わりに鍛冶摩という男がリーダーとなったのも知っていた。いずれ戦うだろうと覚悟もしていた。しかしよもやこんな時に現れるなどとは想像すらしていなかった。

 想定外過ぎる事態に兼一は自分の背中が冷たくなるのを感じた。

 叶翔は暫し鍛冶摩を睨んでいたが、やがて「ちっ」と舌打ちすると。

 

「おい、白浜兼一。こいつは俺が相手をしておいてやる。お前は先に行け」

 

「叶翔?」

 

「だが勘違いするなよ。これは別にお前を認めたわけでも、美羽を任せると決めたわけでもない。お前じゃたぶんこの男に勝てないから、俺がこいつを担当してやるんだ」

 

「分かっているさ。君が僕のために何かするなんて有り得ない。だから」

 

 美羽は必ず自分が助ける。それが白浜兼一の役目だ。

 兼一が美羽の所へ急ぐと、鍛冶摩はそれを止めようとはしなかった。兼一と翔の二人を同時に相手するのは無理と判断したのか、そもそも目的は叶翔だけだったのか。

 どちらでも大した違いはないが、ともあれ兼一は砦への突入を果たした。後は美羽を探し出し、取り戻すだけだ。

 


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