7月27日:大幅改定
今年のホグワーツは、例年にも増して人がいない。
ハロウィーンにミセス・ノリスが、クィディッチ戦の次の日にコリン・クリービーが、そして事件に拍車をかけるように、ジャスティン・フィンチ・フレッチリーが石になったというニュースは、ホグワーツに更なる混乱を招いた。
こうなったら、学校に得体の知らない怪物が徘徊しているのは事実だ。
誰もが逃げるように帰宅したため、今現在――ホグワーツは葬式かと思うくらい静まり返っている。だけど、僕達には関係ない。
その日、僕とロンとハーマイオニーは、「ポリジュース薬」の最後の仕上げに入っていた。
「本当にこれで、クラッブとゴイルに変身できるのか?」
汚泥のような液を睨みつけながら、ロンが呟いた。
「ええ、きっちり1時間。貴方たちはクラッブとゴイルに変身して、スリザリンの談話室に潜入出来るはずよ」
僕達は、スリザリンの談話室へ侵入する。
スリザリンの継承者は、絶対にマルフォイだ。彼は代々純血だと公言し、マグル生まれが次々に石になる状況を喜んでいる。僕たちは、スリザリン生に変身してマルフォイから真実を聞き出す。
「でも、君は誰に変身するんだ?」
「私のは、もうあるわ」
そう言うと、ハーマイオニーは1本の髪の毛を取り出した。
「セレネ・ゴーントよ。この間の決闘クラブの後、彼女が入院したとき、お見舞いに行ったの」
黒い髪の毛を、ポリジュース薬の中に落とす。しかし――色に変化はない。クラッブとゴイルの髪の毛を入れた時は、一瞬で透明から眼を背けたくなるような色に変化したのに―――ハーマイオニーのカップは、透明のままだ。
「本当にゴーントの髪の毛なのか?」
ロンが眉間に皺を寄せて、ハーマイオニーを尋ねる。
「ベッドについていた髪の毛を一本拝借するくらい、造作もないわ」
「というか、正気かよ!? マルフォイが継承者じゃなかったら、アイツが継承者だ」
「セレネは違うわ、マグル育ちだもの。
でも……変ね、色が変わらないなんて。予備の方を使うわ」
結局、ハーマイオニーは、セレネの髪の毛を入れた液は捨てた。そして、ミリセント・ブルストロードの髪の毛を使うことにした。彼女の髪の毛を入れた瞬間、あまり飲みたくないような泥色に変わる。ハーマイオニーは、嫌そうに目を細めた。
「やっぱり――捨てなきゃよかった」
「いや、捨てて正解だね。考えてみろよ、セレネ・ゴーントが継承者だったら――」
「だから、セレネは継承者じゃないわ。は、早く飲むわよ!効力がなくなっちゃう!」
僕達は、乾杯する。
だけど、この泥まみれの液体を飲む気には中々なれなかった。
勇気を振り絞って鼻をつまんでポリジュース薬を飲む。僕は思わず両手を口に当てて吐き出しそうになった。例えるなら、煮込みすぎたキャベツっていうのだろうか。いや、もっと酷い。余りの不味さに身体が拒否反応を示すのと並行するように、身体に変化が起こり始めた。
息がまず詰まりそうになり、身体全体がどっと溶けていく気持ち悪い感じがした。身体が少し縮み、手がみるみる間に膨れ上がっていく。ハーマイオニーがこっそり調達してきたブカブカのローブが、ピッタリになった頃、僕は完全にゴイルの容姿になったみたいだ。
「2人とも大丈夫?」
ロンがいる隣の個室から、クラッブの声が聞こえる。
「あぁ」
僕は返事をする。でも、僕の口から出たのはゴイルの唸るような低音の声だった。僕は個室から出て先に個室から出ていたクラッブの姿をしたロンと対面した。どっからどう見てもクラッブ。今目の前で起こっていることが少し信じられなかった。
それにしても、ハーマイオニーは何で出てこないんだろう?
心配して声をかけようとしたとき、個室の中から金きり声が聞こえてきた。
「私、行けそうにない!早く行って!1時間しか持たないのよ!!」
確かに、実行できる時間は少ない。とりあえず、ハーマイオニーの言う通りに僕たちはトイレから出て、スリザリンの談話室に急いだ。
でも、スリザリンの談話室ってどこなんだろう?ロンに尋ねようとしたけど、僕と同じ疑問をロンも持っていたらしい。まさか、あんな不味い薬を飲んだのに、何もしないまま終わりになってしまうのか?
クラッブの姿をしたロンがどうするかウンウン唸りながら考えていた。はっきりいって、クラッブが何か考えているそぶりをしている姿は気味悪かった。クラッブもゴイルも何か考えて行動しているところって見たことない。
「とりあえず、スリザリン生って朝食の時、いつも地下牢の入り口から出てくるよな?」
ロンはそう言って地下牢の方を指差す。僕もうなずいて、そこでスリザリン生がやってくるのを見張ることにした。
しかし、時は空しく過ぎていく。やっとの思いでマルフォイと出会い、何とか談話室まで辿り着いたのは――本当に運が良かったとしか言いようがない。
そこは、グリフィンドールの談話室と正反対の空間だった。
粗く削られた石壁の、どことなく陰湿な感じがする。
ちなみに、グリフィンドールの談話室は深紅で統一されている部屋で、暖炉がいつも暖かく燃え上っている。スリザリンの談話室も暖炉はあったが、燃え方もどこか陰鬱とした雰囲気を醸し出している。作りは壁に立派な彫りが施されていて、金がかかっているのはわかるけど――全体的に冷たい感じがした。
こんな所では―――くつろげない。
「これを、読んでみろ」
マルフォイはソファーに腰をおろすと、僕達に新聞を投げてよこした。
僕とロンは、気まずい思いに駆られる。一面に記載されていたのは、ロンのお父さんが、51ガリオンの罰金を支払うことになったという記事だった。そう、僕達のせいで―――。
「どうだ?おかしいだろう?」
マルフォイの問いかけに、僕は、ワンテンポ遅れて、沈んだ声で笑った。
「アーサー・ウィーズリーはあれほどマグルびいきなんだから、杖を真っ二つにへし折ってマグルの仲間に入ればいいのに」
マルフォイが蔑むように言う。『ロンのパパを馬鹿にするな!!』と叫んで殴り掛かりたかったが、そうしたら今までの計画が全て水の泡になってしまう。僕は何とか残った理性を総動員させて、我を保っていた。怒りで顔が歪んでいくのが自分でもわかる。隣に腰を掛けているロンの顔は、異常なほど怒りで赤く染まっていて、ぷるぷると震えていた。
「ウィーズリーの連中の行動を見てみろ。本当に純血かどうか怪しいものだ」
マルフォイを……いや、スリザリン生をみると、どうしてセレネがスリザリンに入ったのだろうかと常々疑問に思ってしまう。マグル出身でマグルの血を引いている彼女は、純血主義とは無縁の存在だ。組み分け帽子が、ボケてしまっていたのだろうか?
彼女こそ、グリフィンドールやレイブンクローにふさわしいのに……。
「また、その新聞を見ているのか」
1人のスリザリン生が、大量の本を抱えて入ってきた。
同じ学年だという事は知っているが、名前は知らない。こちらに話を振って来ませんように――と、必死に願う。ロンも同じことを考えているのだろう。クラッブの考えている姿が異様に感じてしまうが、きっとそれは僕も同じなのかもしれない。
「他に読むものはないのか、ドラコ」
「僕が何を読もうと関係ないだろ、親衛隊隊長殿」
「……その呼び方は止めろ」
スリザリン生の額に、血管が浮かび上がった。
余程、気に障ることだったのだろう。しかし、ホグワーツで親衛隊なんて今まで聞いたことが無い。ロックハート親衛隊があるかもしれないが、目の前のスリザリン生は明らかに男だ。
だから、僕は疑問に思って、つい
「誰の親衛隊?」
と、尋ねてしまった。
途端に、2人の顔色が一変する。互いに信じられないという目付きで僕を見た。
「セレネ・ゴーント親衛隊のことに決まってるだろ、ゴイル。
まったく――お前がこれ以上間抜けだったら、後ろに歩き始めるだろうよ」
「だから、俺は親衛隊に入った覚えはない!」
本を乱暴に机に放り出し、そのスリザリン生もソファーに座る。
彼は「親衛隊」と呼ばれたことを、本気で嫌がっているように見えた。
「俺が、アイツと最近一緒に行動しているせいで、信奉者共から勝手に呼ばれているだけだ。
まったく……父上が『真の継承者に忠誠を尽くせ』なんて言われなかったら、こんな雑事を引き受けるものか」
「真の継承者?」
ロン――いや、クラッブの姿をしたロンの口から言葉が零れる。
僕も、口をあんぐりと開けてしまった。真の継承者――まさか、セレネが継承者なのか?
「まさか、セレネが継承者なのか?」
「当たり前だ。聖28族のゴーント。アイツは、その末裔だ。ゴーントがスリザリンの末裔だということは、アイツに言われて調べるまで知らなかったが……」
「なら!」
「もっとも、アイツは今回の騒動を起こしていないけどな」
「えっ!?」
「少し考えればわかるだろ。ハッフルパフのマグルが襲われた時、アイツは医務室で寝込んでいた。
しかも、授業の合間を縫って、古臭い錬金術の勉強に、血筋探し、夜は遅くまで予習復習にマグルの中等教育の勉強と来た。倒れない方が、おかしい」
親衛隊長と呼ばれたスリザリン生は、指折りながら数える。
――今更ながらに、セレネは物凄い勉強熱心だと痛感した。
ハーマイオニーと同じくらい熱心に勉強していると思っていたが、セレネがマグルの勉強もやっているとは考えたこともなかった。
魔法界まで来て、よくマグルの数学とか国語を勉強する気になれるな――と、少し感心してしまう。
「じゃあ――今騒動を起こしている奴は、誰なんだ?君なら、知っているんだろ?」
僕は、マルフォイに尋ねる。
すると、マルフォイは残念そうに首を横に振った。
「何度も言わせるな、ゴイル。僕は知らないし、父上もこの件には深く関わるな、と 言っている。――だが、ノット。お前なら騒動の主を知っているんじゃないか?」
「悪いが、知らないな」
結局、情報を聞き出すことが出来ず、肩を竦めた時だった。
ロンが、脇をつついてきた。
視ると、クラッブの髪が、どんどんロンそっくりの燃えるような赤髪に変わっていくところだったのだ。ぴったりだった服が、だんだん緩くなってきている気がする。薬の効き目が切れ始めているのだ。僕たちは打ち合わせ通りに、腹を抑え――
「「胃薬が必要だ」」
と叫んで一目散で、マルフォイ達に背を向ける。そして、ハーマイオニーが待つトイレへと駆け戻った。
どんどん緩くなっていくローブをたくし上げながら、廊下を全力疾走する。派手に音を立てながら階段を駆けのぼり、やっとの思いでトイレに転がり込んだ。
僕は荒い呼吸を繰り返しながら、柱に寄りかかった。隣で同じように、息を整えているロンが話しかけてくる。
「まぁ、全くの時間の無駄にはならなかったよな」
「うん」
僕は少し落ち込んでいた。真犯人は分からなかった。でも、セレネがスリザリンの『真』の継承者だったなんて――考えもしなかった。何故、マグル育ちのセレネが継承者なのだろう。いや、問題は――そこではない。今、騒動を起こしているのは「偽物の継承者」だということだ。それは、一体誰なのだろう。僕に濡れ衣を着せ、マグル生まれを襲っている人は誰なのか――
「襲っている奴が誰なのかは、まだ分からないけど、少なくとも本物の存在は分かった」
ロンは、少し弾んだ様子でハーマイオニーがいる個室の戸を叩いた。
しかし――
「帰って!」
「どうしたんだよ。もう元の姿に戻ったはずだろ?それとも、まだブルストロードの鼻かなにか、着けているのか?」
ロンが冗談交じりでそう言う。だが、彼女に反応がない。
「僕たちは、君に話さないといけないことが、山ほどあるんだ!」
すると、ハーマイオニーが入っているトイレの個室の扉が開いた。しかし、出てきたのはハーマイオニーではない。トイレに住み着いているゴースト『嘆きのマートル』だ。するり、と小部屋の戸から出てきたマートルは、物凄く嬉しそうに笑っている。
「見てのお楽しみ!酷いから!!」
僕とロンは、何て声をかければいいのか分からなかった。ロンは、後ろの手洗い台にはまりそうになってしまうくらい驚いている。ハーマイオニーの顔は、残酷なまでに変わり果てていた。
「あれ、ね――ネコの毛だったの!ミ、ミリセント・ブルストロードは猫を飼っていたに、ち、違いないわ!それに、このせ、煎じ薬は動物変身には使っちゃいけないの!」
泣きわめくハーマイオニーの顔は、黒い毛で覆われ、目は鋭い黄色に変わっていたし、髪の毛の中からどう見ても三角耳が突き出していた。
「セレネの、毛、を使えば良かった!!」
ローブで顔を隠し、ハーマイオニーは泣き続けた。
「医務室に行こう、ハーマイオニー。マダム・ポンフリーは追及しない人だし」
マートルが大笑いして僕達を煽り立て、その笑い声に追われるように、僕達は足を速めた。
急いで医務室に向かう僕達の背中に、マートルの意地悪い声が追いかける。
「アンタの尻尾を見て、みんな、なんて言うかしら!!」
7月15日:一部訂正