スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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11話 賢者の石

「何かがおかしい」

 

 

ふと、口から言葉が零れ落ちる。

普段は誰も気にも留めない独り言だが、この時ばかりは違った。

 

 

「どうしたの、セレネ?」

 

 

まだ部屋に残っていたダフネ・グリーングラスが、私の呟きを聞きとめてしまった。

スリザリン生には、大きく分けて3種類に分かれる。私を「スリザリンの継承者」と崇める連中、私のことを恐れて避ける連中、そしてグリーングラスのようにどちらにも属さない連中だ。グリーングラスは、私に怯えることなく、かといって過剰に接することもなく、以前どおりに同級生として接してくれる。少し……珍しい存在だ。

 

 

「いや、別に何でもありませんよ」

「そう?ちょっと気になるんだけど」

 

 

グリーングラスは、人懐っこい笑顔を浮かべていた。

私はグリーングラスから目を逸らすと、本に目を落とす。変身術の歴史に関する本の隅に、「ニコラス・フラメル」という名前が小さく掲載されていた。変身術の亜種――鉱物を黄金に変身させることに特化した「錬金術」の権威として。

 

 

「それにしても、セレネは凄く本を読むんだね。これ、錬金術の本でしょ?」

 

 

足元に置かれた古い一冊の本を、グリーングラスが捲り始める。

私は少しだけ、驚いてしまった。ホグワーツに「教科」として取り上げられていないこと分かる様に、かなり廃れた過去の学問だ。現に錬金術関連の本は、図書館の隅で埃を被っている。この本だって、探し出すまでに苦労したものだ。「変身術の歴史」のコラムに記載されていなければ、私も錬金術に対して興味を抱かなかったかもしれない。

 

 

「グリーングラスは、錬金術を知っているのですか?」

「ちょっとだけ。3つ下の妹が錬金術に興味を持っているの」

「そうですか」

 

 

グリーングラスの妹は、勉強家らしい。

私よりも幼いのに、錬金術に興味を抱いているとは――だが、今はそんなこと関係ない。

「錬金術」は、鉱物から黄金を生み出す学問だったが、時が流れ「賢者の石」という伝説の鉱物を創造する学問へと変化していったらしい。「賢者の石」は、いかなる鉱物をも黄金に変身させる力があるだけではなく、飲めば不老不死になる「命の水」の源でもある。その現存する唯一の石を作り出した者こそ、「ニコラス・フラメル」なのだ。フラメルとフラメル夫人が600歳を超えることから察するに、この石が贋作である可能性は、0に等しい。

恐らく、3頭犬は「賢者の石」を護っているに違いない。だが――

 

 

「グリーングラス、1つ尋ねてみてもいいですか?」

「えっ、セレネが私に!?い、い、いいけど……上手く応えられるか、分からないよ?」

 

 

グリーングラスは、急に顔を恥ずかしげに赤らめた。

優等生の私が尋ねることなので、難しいことを考えているのかもしれない。だが、これは極めて簡単な質問だ。むしろ、他の人の意見を聞きたいという意味合いが強い。

 

 

「3頭犬――ケルベロスを知っていますか?」

「ケルベロス?うーん、物語に出てきたような……ごめん、よく分からない」

「ありがとう、助かりました」

 

 

やはり、ケルベロスは魔法界でも有名な怪物らしい。

記憶が正しければ、ギリシャ神話に登場する怪物だ。グリーングラスのような一般学生でも知っている可能性が高く、その気になれば伝説を調べることが出来る。つまり、簡単に突破される可能性があるのだ。つまり、ケルベロスだけに護らせている可能性は低く、他にも護りの魔法をかけている可能性が高い。だが――そんな大事な品物を、わざわざホグワーツに保管する必要があるのだろうか。しかも、今年から――

 

 

「そ、そういえば、セレネは今日予定あるの?あっ、もしかして今日のスリザリン対レイブンクロー戦を観に行くなら、私も一緒に――」

「申し訳ありません。私は、調べ物をするため図書館へ」

 

 

私は、鞄の中に本を詰める。

あまりに大量の本を詰め込まれた鞄は悲鳴を上げていたが、そんなこと気にする余裕はなかった。新しく調べないといけないことが、出来てしまったのだ。万が一、鞄が切れてしまったら、その時はその時だ。新しい鞄を調達しても良いし、それまではビニール袋か何かに入れて運んでも良い。今は、この本の山を図書館に返し、新しい本を読まなければ――

 

 

「あ、じゃあ、玄関ホールまで一緒に行ってもいいかな?」

「構いませんよ」

 

 

優等生のセレネが、彼女の誘いを断る必要はない。

だけれども、急いでいることも事実。私は、グリーングラスより半歩前を歩いた。

私を誘うだけで気力を使い果たしてしまったのだろうか、グリーングラスは嬉しそうに微笑みを浮かべたまま、何も言わなかった。

しばらくの間、黙って歩いていた。

普段は静かな休日の朝だが、今日はクィディッチの試合があるからかもしれない。だが、それにしても何かがおかしい。異様なほどに騒ぐ声が、廊下で反射している。しかも、玄関ホールに近づくにつれて、騒動は大きくなっていった。

 

 

「何かあったのかな?」

 

 

グリーングラスは、不安そうに呟いた。

私も一抹の不安を覚えたが、優等生らしく普段通りの口調、普段通りの表情を心がける。

 

 

「そのようですね」

 

 

玄関ホールは、蜂の巣をついたような大騒ぎだった。

各寮の生徒が入り混じり、口々に何かを騒ぎ立てている。寮の得点を記録している大きな砂時計が、あまりの生徒の多さに隠れて見えない。

 

 

「ゴーント、それからグリーングラスもいるじゃないか」

 

 

人混みの中から抜け出してきたマルフォイが、話しかけてきた。

いつになく上機嫌で、顔がにやけている。

 

 

「その顔を見ると、さすがのゴーントでも、何が起こったのか分からないみたいだな」

 

 

気取った口調で、マルフォイは話し始めた。余鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気を纏っている。

この嬉しそうな雰囲気。私より先に情報を手に入れた、と言うことだけではないらしい。マルフォイが手放して喜びそうなこと、といえば――

 

 

「グリフィンドールで問題が発生しましたか?」

「その通り。ポッターとグレンジャーとロングボトムが夜に抜け出して、グリフィンドールを150点減点したんだよ」

「「150点!?」」

 

 

私とグリーングラスの声は、同時に響いた。

150点ということは、1人50点と言う計算だ。しかし、どうにも腑に落ちない。記憶が確かであれば、夜歩きは20点の減点と罰則だと校則に規定されていたはずだ。しかし、30点も増加してしまっているとは、どうしてだろうか。

 

 

「夜出歩いただけではないみたいですね」

「そこに気づくとは、さすがゴーント。だが、その理由までは知らないと」

「……マルフォイは、ハリー・ポッター達が何をしでかしたのか、詳しく知っているのですね?」

 

 

そう尋ねると、ますますマルフォイの鼻が高くなった。

 

 

「あいつらは、夜中にドラゴンを運んでいたのさ」

「ドラゴン!?」

 

 

グリーングラスが、小さな悲鳴を上げた。

ドラゴンは最高級の危険度を誇る魔法生物で、取扱いには厳重な注意をしなければならないと本に書いてあった。そんなドラゴンを、どうして一般学生に過ぎないハリー達が運んでいたのか、私には理解できなかった。とてもではないが、作り話にしか聞こえない。しかし、マルフォイは自信満々に話を続ける。

 

 

「そうさ!先生たちは、口止めしているみたいだけどね。森番が手に入れたドラゴンを、天文学の塔で専門家に引き渡す手伝いをしてたんだ」

 

 

マルフォイの話に、グリーングラスは驚きの色を隠せない。とんでもない事態に、失神してしまいそうだ。私は、視線をマルフォイから砂時計へと移す。集っていた生徒が減り、ここからでも砂時計が視えるようになっていた。マルフォイの言う通り――積み上がっていたグリフィンドールの大粒のルビーが、ショベルカーで根こそぎ掘ったかのように減っている。1度の授業で稼げる点数は良くて10点だと換算すると、150点を今から積み上げ直すのは至難の業だ。これで、今年のグリフィンドールが寮対抗杯を手にする可能性は限りなく0に近くなったと言えよう。しかし――

 

 

「2つ疑問があります、マルフォイ」

「なんだ、ゴーント。他に聞きたいことでもあるのか?」

 

 

マルフォイは、今にも高笑いを始めそうだ。

調子が良い奴、とは、まさに彼のことを指すのかもしれない。そんなことを考えながら、私は指を2本――マルフォイの鼻先に立てた。

 

 

「1つ、先生が箝口令を敷いている内容を、何故そこまで詳しく知っているのです?

それからもう1つ。一晩でスリザリンから20点程減点されているようですが、心当たりはありませんか?」

「さ、さぁ。なんのことやら、僕にはわからないね。

と、とにかく!ドラゴンなんて野蛮な物に関わるグリフィンドール生と関わらないことだな」

 

 

マルフォイは、急に歯切れが悪くなり、取り巻き2人と逃げるように立ち去って行った。

私は、少し肩を降ろした。調子が悪くなったら直ぐに逃げ出す、なんて3流にも程がある。授業で手際の良いマルフォイの評価を上げていたが、少し下げる必要がありそうだ。

 

 

「どうしてドラコは逃げ出しちゃったんだろう?」

 

 

グリーングラスは、消え入りそうな声で呟いた。

別に教えても教えなくても良いが、私は優等生のセレネ・ゴーントだ。悩んでいる人があれば、自分の分かる範囲で教えることも仕事の1つ、のはずだ。

 

 

「恐らくですが、あの夜に出歩いていたのではないでしょうか?ハリー・ポッター達が、ドラゴンを運ぶ現場を捕えようとしたのかもしれません。

――それでは、グリーングラス。私はこのあたりで」

 

 

まだ茫然としているグリーングラスに背を向けて、私は目的地へと急いだ。

ハリー達がドラゴンを運んだこと、グリフィンドールが最下位になってしまったことなんて、もう興味がなかった。誰もいない図書館で、本を返しながら古びた天井を見つめた。吹き抜けになっている図書館の上には、3階の廊下が―――そして、さらに上には、4階の廊下が広がっている。

 

 

「『賢者の石』は、この城にある」

 

 

600年以上、どこか別の場所に保管されていた「賢者の石」が、4階の廊下という手に届く場所にある。どうしてホグワーツに、それも去年までは通行できた場所に保管するのだろうか。まるで「ここにあります、盗んでください」と言っているようなものだ。

ここで考えられる推理は2つ。

1つ目は、4階の廊下はダミーであり、他に安全な隠し場所が用意されている。

2つ目は、4階の廊下に本当に「賢者の石」があるが、盗みに入ったところで見つけ出すことは出来ずに捕まるだけ。

どちらの選択肢を選んだとしても、共通点は1つ。すなわち、「賢者の石」を盗もうとしている「誰か」がホグワーツに潜入している可能性があるということだ。それでなければ、ケルベロスと言う目に見える脅威を用意する必要がない。

 

 

「まぁ……そいつの正体なんて、どうでもいい。……あ、これだ」

 

 

私は、探していた本を取り出した。

誰が「賢者の石」を狙っているなんて、私には興味がなかった。必要なことは、「賢者の石」がホグワーツに、そして恐らく「4階の廊下」にあるということだ。

 

 

「『ギリシャ神話――ケルベロスの伝説』、これですね」

 

 

埃をかぶった古びた本を、やっとの思いで引っ張り出した。

埃を払いながら、私は笑みが込み上げてくるのを抑えきれない。

永遠の命をもたらすという「賢者の石」を手に入れることが出来れば、もう「死」を恐れる必要がなくなる。私は永遠の存在になり、身体からは「線」が消えるはずだ。

 

 

眼鏡がないと生きていけない世界とは、これでお別れだ。

そして、あの吐き気のする空間に落ちる必要もなくなる。

 

 

「さてと、勉強しますか」

 

 

防御の魔法に関しては、勉強する必要がない。

先日の一件で、魔法にも「線」があることが判明した。防御の魔法なんて、「線」を切ればいい。だから、今の私に必要な知識は、ケルベロスの倒し方と、他に攻撃的な怪物がいた場合に対する対処魔法を覚えること。

この2点だ。教師の目を欺くことなんて、考える必要もない。

 

 

何故ならセレネ・ゴーントは、誰もが認める「優等生」なのだから――。

 

 

 

 


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