灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

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どうしてもオッゴとボールの戦いを書きたかった。その一言に尽きます(笑)
性能的にはオッゴが優秀ですが、射程とかだとボールが一枚上手なんですよねぇ……。
余談ですが連邦VSジオンDXというPS2のゲームでボールが遠距離攻撃が得意な機体しか持たない『狙撃』の機能を持ち合わせていたのはビックリしました(笑)



特別支援部隊

ジオン公国が偶然にも生み出した新兵器、MP-02Aオッゴの量産が始まってから半月余りが経過した。半月しか経過していないものの量産されたオッゴの数は既に200機余りに達しようかとしていた。

短期間でここまで数を増やせたのはオッゴの完成された設計のおかげだと言えよう。MSよりも極めて単純な機体構造、構成パーツも新規作成ではなく既成部品に頼った設計は生産に掛かる時間とコストの節約に繋がった。

量産が容易な上にコストパフォーマンスも極めて優秀、この二つの要素が見事に組み合わさった結果、オッゴは量産が始まって一ヶ月足らずでその数を瞬く間に増やしていった。

 

だが、量産されたオッゴの全てがジオン公国を支える一級戦力として見做されているかと言われれば、残念ながら全てがそういう訳ではない。

現時点でのオッゴの立ち位置は二級戦力……宇宙戦闘機や、第一線を退き後方支援に回された中古のMSと同じポジションなのだ。あくまでもジオン公国の主力はMSであり、そのMSを支援するMPは宇宙戦闘機と同じく戦場の脇役や、縁の下の力持ち的な存在に過ぎなかった。

 

それでも量産されたオッゴは二級戦力として恥じぬ活躍をしてみせた。衛星ミサイルの作成や宇宙基地周辺の哨戒任務、MSでやるには大掛かり過ぎるし、かと言って戦闘機で行うには荷が重すぎる任務にオッゴは正に適役であった。

他にも作業用ポッドから流用した両腕などのパーツも含んでいる為、補給部隊では専ら作業用重機として使用されている。運搬作業は勿論のこと、どちらかのアームの先端をレーザートーチに換装し、破損した艦の装甲板を溶接して張り替えるなど斬新な運用方法が各部隊によって見い出されている。

 

また精密機械の塊とも言えるMSには莫大な維持費が掛かるのだが、MSよりも小さく単純な構造をしたオッゴはその維持費も少なく済むという利点もあり、オッゴの生産数は留まる所を知らなかった。

 

そしてオッゴを生み出したと言っても過言ではないグレーゾーン部隊もとい、新たな部隊名を与えられた特別支援部隊は併合された義体部隊と共に数多くの支援任務に勤しむ日々が続いていた。

 

義体部隊は戦争初期の戦闘で手足を失い、義手や義足を装着した者達を寄せ集めて結成した部隊と言っても過言ではない。身体的ハンデは大きいものの、ジオン公国に対する愛国心と忠誠心は極めて強く、その強大な二つの心があったからこそ義体部隊は成り立てたとも言える。

 

また強い愛国心と忠誠心を持っているおかげだからか、与えられた艦や装備などはグレーゾーン部隊よりも遥かに優遇されていた。

その証拠に義体部隊が合流した時にはムサイ級軽巡洋艦一隻を部隊の乗艦とし、搭載機としてザクも四機配備されていた。更に合流と同時に新品のオッゴがニ十機ばかり義体部隊に手配され、貧しい思いをしてきたグレーゾーン部隊からすれば羨ましい限りの充実した戦力だ。

但しオッゴが手配されたと言っても、それだけの数をムサイに乗せる事は出来ないのでほぼ全てはメーインヘイムの格納庫へ回されたが。

 

だが、義体部隊の装備が優遇されている理由は彼ら全員がジオンに対し、強い愛国精神を持っているからではない。彼等の乗るザクやオッゴは他の一般機とは異なり、それぞれのパイロットの体の特徴……義手や義足に合わせてカスタマイズされた特注のコックピットが宛がわれている。

これは片腕や片足だけでもMSを十分に操作出来る高い技術をジオン公国が持っているという確かな証拠ではあるが、それでもやはり五体満足のパイロットがMSの性能を100%発揮出来るとすれば、義体部隊のパイロットでは精々70~80%の性能を引き出すのが限界だ。

また各々の体の特徴に合わせてコックピットもカスタマイズ化されているという事は即ち、そのパイロットしか操作する事が出来ない。機体の互換性が著しく低いという意味でもある。

 

そこでジオン技術本部では義手や義足のパイロットでもMSの性能を100%引き出せるよう機械化された義足や義手を改良する事と、最低限の改造や部品の交換だけで義体が異なるパイロットでも操縦出来るようコックピットの互換性を上げる事を目標としている。

 

つまり義体部隊もまた、ある意味で実験部隊と同じ立ち位置に属した部隊なのだ。手足を失いながらもMSを操作出来るという利点は紛れもなくジオンを支える戦力に十分に成り得るだろう。

しかし、義手や義足となった兵士が必ずしも前線に再び戻って来れるとは限らない。寧ろ、義体部隊のように手足を失いながらも祖国の為に再度前線に戻って来る確率の方が極めて低い。

大半の人間は戦場で手足を失った恐怖と苦痛がトラウマとなり、戦場へ戻って来れなくなってしまうのが普通だ。仮にトラウマを克服して戦場に戻って来たとしても、手足を失った人間には身体面のみならず精神面でのケアも必要となってくる。無論、義手や義足の調整も必要だ。

 

これらを簡潔に纏めると義体部隊は戦力としては最低限の期待は持てるが、今後部隊を維持していくには莫大な費用が掛かるという事だ。一人でも多くの兵員を確保したいという思惑を優先させて義体部隊を設立したジオン軍だったが、設立した後になってから上記に述べた弊害に気付かされるという愚を犯してしまった。

ならば、負担が重くなる前に義体部隊を解散させれば良いではないのか。そんな話が当然の如くジオン軍内部で浮上するのだが、これがまた中々解散の決定を下せなかった。

義体部隊に参加した兵達は誰もが高い士気を有しており、解散と言う形で彼等の気力を削ぐのは得策とは言い難かった。またそれが原因でジオンに不信感と反感を抱かれるのは決して看過出来るものではない。

 

そして何より義体部隊を解散させると一番困るのが他ならぬジオン軍部だ。義体部隊の設立を推進させておきながら、早々に解散させてしまっては軍部の計画性の無さを内外にアピールするようなものだ。

そうなれば彼等の面子は丸潰れとなってしまい、今後ジオン内部で大きな顔をして威張る事は出来なくなってしまう。自分達の面子を守る為にも、何としてでも義体部隊には最低限の成果を残して貰わなければならないのだ。

 

だが、義体部隊に成果を挙げさせると言っても、彼等の部隊だけで戦場を行動させるにはやはり無理がある。せめて他の部隊のフォローが有れば、義体部隊の運用も決して無理ではないのだが。

 

こうして設立して早々に宙に浮いてしまった義体部隊をどうするべきか軍部が悩んでいた矢先、彼等の目に留まったのがオッゴを生み出したグレーゾーン部隊であった。

 

グレーゾーン部隊は補給や物資運搬などの後方支援が主な任務であり、主戦場で戦果を挙げるような戦いは殆ど無いと言っても過言ではない。前回・前々回みたいな戦闘もあるが、それこそ極めて稀な確率で起こった突発的な戦闘だ。

そういった偶然の戦闘を除き、グレーゾーン部隊に与えられる主な任務の裏を返せば、地味ながらも危険には程遠い任務しか言い渡されないという事だ。後方支援の任務ならば義体部隊でも十分にこなせるだろうし、彼等が活躍する事自体がプロパガンダの良き材料となる。

 

この結論に達するや軍部は急遽グレーゾーン部隊と義体部隊を合併させ、部隊名も特別支援部隊と変更した。表向きには幅広い後方支援を行う部隊として期待を掛けているかのように見えるものの、その実態は行き場を失った義体部隊をグレーゾーン部隊に押し付けただけだ。

 

これにはグレーゾーン部隊のダズ少佐相当官も怒りを隠せなかったがしかし、上層部からの命令を彼一人だけで覆すのは不可能であった。そもそも灰色の集まりと呼ばれる彼等に拒否権なんて最初から無いに等しい。こういった所も計算に入れた上で、敢えて軍部は義体部隊をグレーゾーン部隊に押し付けたのだろう。

 

こうして特別支援部隊としての日常がスタートしたのだが、当初は特別支援部隊内の小隊編成や指揮系統の統一など細かな調整に時間を掛けてしまい、部隊として十分に機能するようになったのは特別支援部隊が誕生してから半月程が経過してからだった。

 

因みに現時点での特別支援部隊の戦力を大まかに示すと、大型輸送艦メーインヘイム一隻、ムサイ級軽巡洋艦一隻、ザクⅡ5機、オッゴ30機……数だけ見ると中々のものだが、それでも大半をMPで占めているので戦力としての期待はイマイチというのが本音だ。

 

そして特別支援部隊での活動も漸く板に付いて来た頃、彼等の部隊に今までとは異なる奇妙な任務が舞い込んできた。

 

「我々の活動を撮影……ですか?」

「特別支援部隊で活躍する者達の姿を国民に伝え、国民の戦意と士気を鼓舞する…というのが目的だそうだ」

「それはまた急な話ですな。数日前からそういった任務がある事を教えてくれれば、こちらも何かしらの準備や気持ちの持ち様もあったでしょうに」

「急なのは何時もの事さ。まぁ、ハミルトン大尉は我々の扱いを知らないから驚くのも無理は無い」

「はぁ……」

 

グラナダの軍港に停泊しているメーインヘイムの艦橋にてダズとウッドリー、そして半月前にグレーゾーン部隊と合併した義体部隊の指揮官であるハミルトン大尉とが顔を合わせて上層部から自分達へ言い渡された任務の話を交わしていた。

 

今回の任務の内容はサイド3にあるTV局の撮影スタッフが特別支援部隊の活動を撮影しにやってくるので、彼等を最後まで護衛せよという一風変わった任務だ。

しかし、国民に戦線で戦う者達の雄姿を見せるのは確かにプロパガンダとしては有効だ。特に義体部隊のように手足を失いながらも、義手や義足になってでも国の為に戦う兵士達の姿は数多くのジオン国民の胸を打つに違いない。

 

だが、ここで憂慮しなければならない問題もある。

 

「ですが、我々の活動を撮影しても宜しいのでしょうか?」

「と言うと?」

「確かに我々の活動をTVで国民に伝えるのは宣伝としては有効かもしれませんが、連邦やジオン公国の国策に賛同していないスペースノイドの者達の目には我々が人材不足に陥っていると見做されるかもしれません」

「もしくは義足や義手の兵士に頼るジオン軍のやり方に国民も嫌悪感や不安感を抱きかねないという事か……」

「はい……」

 

義手や義足の兵士が前線でも戦えるという事実を伝えるのは味方には逞しく思え、敵にとっては脅威かもしれない。しかし、一方でそのような人間を戦線に送り出す事そのものが非人道的だとも人材不足で致し方ないとも取れる。

単刀直入に言ってしまえば、義手や義足の兵士に頼る程ジオン軍が追い込まれている事実を内外にアピールしても良いのかと言う点をウッドリーは危惧したのだ。

 

これには両脚を失い義足となったハミルトン大尉も理解を示し、ウッドリーの言葉に目を閉じて深く頷いた。

 

「確かにその通りだ。しかし、我々がそれを不安や疑問に思った所で上層部からの命令に反論するのは叶わない。また我々の不安が的中しても、それは我々の責任ではない」

「全ては独断でプロパガンダを画策した軍部の責任……という訳か」

「それならば我々に反論の余地はないですね。無論、責任の取り様も」

 

ハミルトンの言葉もまた一理あり、ダズとウッドリーは互いに苦笑いを浮かべ、それ以上今回の任務について審議を深めようとはしなかった。

 

翌日の9月20日午前八時、グラナダの軍港に停泊していた特別支援部隊が運用するムサイ級軽巡洋艦に撮影用の機材を運んで行くTV局のスタッフ達の姿があった。

すぐ隣の艦船ドックに停泊しているメーインヘイムからもその様子は見えており、アキやエドはムサイの周囲をウロウロと動き回るスタッフ達を物珍しそうな瞳で見詰めていた。

 

「特別支援部隊のドキュメンタリー番組を作る為に撮影をするって聞いてはいたけど……何だか凄そうだね」

「そうだな。でも、ジオン全土に放送されるってのは本当に凄いよなぁ」

「僕達の部隊が公共の場で放送される日が来るなんて、ちょっと前までは考えるどころか想像すら出来なかったもんね」

「そうそう、少し前までは嫌われ者だったもんなぁ」

 

オッゴで活躍する以前はジオン公国に忌み嫌われているも同然な酷い扱いを受け、苦しい日々を過ごしてきたが、そんな過去が今では嘘のように思えてしまう。

ましてや自分達の活躍がTVを通して、ジオン本土に放送される日が来るなんて正に夢のようだ。そんな夢を叶えられたのは一握りの輝かしい戦果を挙げたエースパイロットか、ザビ家に近しい良家の出のパイロットぐらいだ。

 

それを考えると今のグレーゾーン部隊……もとい特別支援部隊は順風万端、何事も順調且つ幸福な日々を過ごしていると言えよう。昔に比べればの話だが。

 

現時点の自分達の境遇に満足しているとエドの視界の端に足元の覚束ない若い女性整備士の姿が飛び込んできた。何故に足元が覚束ないのだろうかと不思議に思い、視線を丸ごとそちらへ持っていくと瞬時に成程と理解した。

彼女は自身の顔が隠れ、両手一杯に抱える程の整備部品や工具が入ったボックスを持っていたのだ。女性の腕は一般的な女性よりも華奢と思えるぐらいに細く、ボックスを持つだけで震えている。それは彼女の筋力が荷物の重さと釣り合っていないのを物語っており、下手をすれば転んで惨事になるのは誰の目からも明白であった。

 

いや、下手をせずとも何れそうなる可能性の方がずっと高く、二人は互いに顔を見合わせて合図を送るように頷くや素早く彼女の元に駆け寄った。

 

「よいっしょ……よっとと……およ?」

 

自分の腕力の限界を超えて重たい荷物を運んでいた女性だったが、突然その荷物の重さが感じられなくなった。自分の腕力が一瞬で強化される筈も無ければ、この軍港全体が無重力へと切り替わったのだろうか……なんて考えたが、自分の両足はしっかりと地面に着いたままだ。無重力ならば少しは宙に浮く筈だし、体だってそこはかとなく軽く感じる筈だ。

 

では、どうして急に重さがなくなったのだろうか……と考えていたらボックスの向こうから若い男性の声がやって来た。そこで漸く女性は自分が持つべき荷物を仲間の男性パイロットに持って貰っている事に気付いたのだ。

 

「大丈夫っすか?」

「え? あっ! ご、ごめんなさい!」

「別に良いです。それより重いでしょう、これ? 自分が運びますよ」

「えっ、あっ、う~……」

 

謝罪と感謝の気持ちが入り混じった台詞を出しつつ、他人に己の荷物を持って貰っている事実に少なからずの不甲斐無さあったのだろう。慌てて荷物を持つ手に力を込めようとしたが、それよりも早くエドが彼女の手から荷物を軽々と取り上げてしまい、彼女の代わりにメーインヘイムの格納庫へと運んで行ってしまう。

 

「すいません、エドくん……。態々運んで下さって……」

「気にしないで下さいっすよ、カリアナ副整備長。寧ろ、あんな重たい荷物を運ぶ副整備長を見たら誰だって手を貸しますよ」

「う~ん、そうかもしれないけどぉ……」

 

結局エドに荷物を全て持っていかれた女性……黒のオカッパ頭が特徴的なカリアナ・オックス副整備長は申し訳ないと言わんばかりに首を項垂れ落ち込んでしまう。その姿を傍から見ると、まるで年齢も階級も下のエド一等兵に深く謝っているようにも見える。

 

尤も見掛けもアキやエドと同年代と見違えてしまう程の幼顔……と言うよりも甘さが抜け切っていない年上らしからぬ顔立ちであり、背丈も彼等と同じぐらいだ。何も知らない人が三人を見れば、十中八九同年代の集まりと勘違いするであろう。

 

だが、こう見えて彼女は義体部隊に所属していた整備兵であり、階級は技術中尉と中々立派な物だ。今は合併した特別支援部隊の副整備長としてガナックのサポートや、義体部隊のパイロットが操縦するザクやオッゴのコックピット調整などを取り仕切っている。

因みに義体部隊には彼女よりも一つ階級が上の技術大尉が居たのだが、その人物はグレーゾーン部隊に合併される直前で最前線へ異動させられてしまったらしい。異動の理由は不明だが、恐らく優秀な人材だったからこそ戦闘に余り関与しない特別支援部隊に置いておくのは勿体無いと判断され最前線に送られたのだろう。

 

人事の面でも軍部から嫌がらせがあったにせよ、異動を受けずに特別支援部隊に組み込まれたカリアナ自身もまた腕前や知識では技術大尉に劣らぬプロであったので結果オーライだ。

また彼女は義体部隊に所属している兵士達の中では数少ない五体満足を有した人間でもあった。整備兵の中にも片目を負傷し眼帯を付けている者や、手足を失い機械式の義手・義足をしている者が数多く居るだけに彼女のような存在は逆に目立ってしまう程だ。

 

「ところでカリアナ副整備長はどう思っているんですか?」

「どうって……何が?」

「今回の撮影についてですよ」

「ああ、あれね~」

 

エドから今回の撮影の事について尋ねられ、顎を支えるような仕草で暫し考えた後に彼女は口を開き穏やかな声色でこう語った。

 

「明らかに私達の姿を見せ付けて国民の士気を高めようとするプロパガンダである事に間違いはないわね。戦争だから仕方ないかもしれない。けど、私は嫌だな」

「どうして嫌なんです?」

「上手く言い表せないけど……私なりに言い表すとすれば“私達が道具扱いされている気がするから”かな」

「道具扱い……」

 

彼女の言っている言葉の意味と思いは分からないでもないが、国家総動員法が発布されているジオン国内においては際どい発言だと言える。下手をしたら非国民と言われて糾弾される恐れだってある。

しかし、エドは彼女の言葉を聞いて改めて考え直された。TVに出るからと言って自分達の存在が認められた訳ではない。寧ろ自分達の存在意義さえも道具として利用する上層部の思惑があるのだと。

 

「さてと、もうすぐで出港だからメーインヘイムに入らないとね。エドくんやアキくんも頑張ってね」

「頑張ってと言われても、撮影は主に向こうのムサイに乗っている義体部隊がメインだから俺達が頑張れる所なんて無いと思うけど……」

「そんな事無いよ。もしかしたら急に出番がやってくるかもしれないよ。じゃあ、行くね。荷物持ってくれて有難う」

 

カリアナは年上のお姉さんのような振る舞いを見せ、最後に荷物を持ってくれたお礼の言葉をエドに投げてメーインヘイムの格納庫に消えていった。それを見送ったエドとアキは薄らと微笑みを浮かべ掌をヒラヒラと揺らしながら『出来る限り頑張ってみる』と心の中で囁くのであった。

 

 

 

一時間後、撮影スタッフと機材を乗せ終えたムサイ級軽巡洋艦はグラナダから少し離れた月面軌道上に向けて発進した。同じ部隊に所属しているメーインヘイムもそれに同行するが、ムサイの艦橋で行われている撮影の邪魔にならないよう、また極力映像に映るのは避けるようにという上からの命令もあったので、ムサイに少し後れを取る形で後方から追尾している。

 

ハッキリと言ってしまえば、今回のメーインヘイム側の仕事はムサイを後ろから追い掛けるだけだ。万が一に目の前でムサイが何らかの事故を起こしたり、攻撃を受けた場合は友軍の援護及び救出の為に即座に格納庫のMSとMPが出撃するが、それ以外はムサイを見守るだけだ。

平穏を通り越して飽きさえも感じさせる任務であり、メーインヘイムの艦内では任務中とは思えないぐらいに穏やかな時間だけが流れていく。ダズとウッドリーでさえも、向こうのムサイで指揮を執っているハミルトン大尉がTVキャスターに向かって頑張って喋る姿が目に浮かぶと欠伸交じりに談笑してしまう程に平和だった。

 

やがて二隻の艦が向かう先に月面軌道上に待機していたムサイ艦一隻の姿が見えて来た。今回の任務はプロパガンダの為にTV局からの取材と撮影を受ける事であるが、何もせずに取材や撮影を受けてもプロパガンダの効果は薄い。せめて何かしらの形で任務をこなし、従軍している様子を映像として残して貰いたいというのが軍部の本音だ。

そこで軍部は月面軌道上に小破に見せ掛けたムサイ艦を用意し、それを修理する様子をTV局に撮影して貰う事にしたのだ。こうすれば彼等が活躍する映像を得られるし、何より月付近ならば連邦軍が襲撃してくる可能性も低く安心且つ安全にプロパガンダを作成する事が出来る。

 

そして小破したムサイから残り数キロ程にまで接近した所でハミルトンはムサイの動きを止め、それに伴い後方から付いて来ていたメーインヘイムも逆噴射を掛けて動きを止めた。動きを止めてから一分後、特別支援部隊のムサイ艦からザク小隊が発進し、目の前の小破したムサイ艦の修理に取り掛かろうとする。

 

ここまでは予定通りだ。後は数十分でムサイ艦を修理し、再び発進するムサイ艦を見送れば任務完了だ。勿論、その任務には撮影の意味も含まれている。

 

「後は無事にムサイ艦が修理し終わるのを祈るだけか」

「はい、ですが修理と言っても装甲板を一枚張り替えるだけですので然程時間も掛かりませんよ。手間取っても後々編集でどうにか出来るでしょうし」

「何事も無ければ……だがな」

 

今までの経験から考えると、こういう時に限って攻撃を受けるものなのだが……と口で出しそうになったが、それを言ってしまうと現実になりそうな気がしたので台詞を喉奥に引っ込ませた。

 

そうしている間にもムサイから発進したザク小隊は目的のムサイ艦に取り付き、艦の胴体の装甲板を張り替え始めた。手足が義足のパイロットが操縦しているとは言え、コックピットは彼等専用に改造されているし、パイロットはMSの操縦に覚えを持つ者が乗っているのだ。若干のぎこちなさを除けば、装甲板の取り換え程度に手間取りはしない筈だ。

 

このまま順当に行けば三分後ぐらいには終わるだろう……既にダズの心境は任務の終わりの事を考え出していた―――正にその瞬間であった。

 

「!! 艦長! 前方から高エネルギー反応! 艦砲です!」

「何だと!?」

 

若いオペレーターが何事もなかったこの空間に起こった異常な事態を口早に伝え、ダズが驚きの表情と共に指揮官の座るシートから立ち上がる。その刹那、黒い闇が広がる前方の空間から暗闇を掻き分けるかの如く、光り輝く複数のビームがこちらに向かって襲い掛かってくる。

 

複数のビームは特別支援部隊が母艦としている二隻には掠りもせず、遥か後方に流れて行っては何事もなく消滅した。だが、修理を受ける予定で月面軌道上にて待機していたムサイと修理の為に出撃していたザク小隊は無傷で済まされなかった。

最初の数発はミノフスキー粒子の影響で狙いを定め切れなかったのかムサイやムサイに取り付いていたザクに掠りもしなかったが、その後も立て続けにやってきた幾つかの艦砲はムサイの胴体やエンジン、そして小隊のザクさえも容赦なく貫いた。

 

修理予定で配置されていたとは言え正真正銘のムサイ級巡洋艦だ。ミサイルも積んであれば、艦を動かすのに必要なミノフスキー炉だって搭載している。それらを高熱のビームで貫通されれば、誘爆するのは当たり前だ。

最初のビームが通り過ぎて僅か十秒足らずでムサイ艦一隻とザクが一機、残りのザク二機もムサイ艦の爆発に巻き込まれて大破した。

 

「敵襲だと!? 月面周囲のパトロール隊は一体何をしていたんだ!?」

「スクランブルだ! ネッド少尉のザクとオッゴ隊を出すんだ!」

「了解!!」

 

突然の敵襲にダズが警備の緩さに激怒する一方で、副官のウッドリーは手早く艦載機であるザクとオッゴ隊に緊急発進を促すようオペレーターに通達した。

オペレーターの緊迫した声が格納庫内に響き渡り、今さっきまであった穏やかな空気は戦場の重々しい空気へ一変した。

 

「急げ! 出撃出来るオッゴから出すんだよ!」

「手順は良いのかだって!? 馬鹿! そんなもん気にしている場合か!」

「正門及び側面ハッチ開きます! 出撃のタイミングはこちらから出しますので、それに従って順次発進して下さい!」

 

整備兵やカリアナの声が響き渡り、次々とメーインヘイムの格納庫に居た艦載機が発進していく。少し先に居る仲間のムサイ艦に向かって行くが、そこでハミルトンの乗ったムサイからメーインヘイム宛ての通信が入ってきた。

 

「ダズ艦長! ミューゼから通信です! 我、前方に敵巡洋艦二隻を発見せり!」

「やはり連邦軍か! 此処まで深く入り込まれるとは……!」

 

ハミルトン大尉の乗るムサイ艦『ミューゼ』からの通信にダズが苦虫を噛み締めるような表情を浮かべるが、それ以上に嫌な情報が立て続けにオペレーターの口から発せられた。

 

「艦長!! ミューゼから続きの通信文です!」

「今度は何だ!?」

「二隻の巡洋艦から艦載機が発進した模様! 数は十機以上!」

「戦闘機か!」

 

今までの常識から察すれば敵の巡洋艦と言えば連邦軍のサラミスであり、艦載機と言えば宇宙用戦闘機というのが普通だ。しかし、その普通と思えた常識は矢継ぎ早に発せられた台詞によって否定された。

 

「違います! ミューゼからの通信によると戦闘機ではありません!」

「何だと!? まさか……何時かのMS部隊なのか!?」

 

グレーゾーン部隊として活躍している最中に連邦軍に鹵獲されたザク小隊と遭遇・交戦しているだけに、再びその部隊とぶつかってしまったのかという恐怖と不安が一瞬頭に過る。こちらも数は多いが、やはりMSを得た敵とは戦いたくないというのがダズの本心だ。

 

しかし、その不安と恐怖もまたもやオペレーターの台詞によって否定される。

 

「いえ、MSではないようです。只、通信文では見た事のない奇妙な兵器だと……」

「MSではなく、見た事がない奇妙な兵器? 連邦軍の新兵器だとでも言うのか?」

「味方部隊! 敵と接触します! 映像、最大望遠で映します!」

 

見た事がない奇妙な兵器と通信文だけで言われてもピンと来ない。見た事がないだけならば新兵器だと容易に想像が付くが、その後に続く“奇妙な”の一文が引っ掛かり上手く想像が纏まらない。

斬新なデザインを施された新兵器なのか、それとも実験の意味合いを含めた奇妙奇天烈な形をした試作兵器なのか。はたまた単なる珍兵器なのか……。

 

どちらにせよ百聞は一見に如かずと言うものだ。通信文を聞いて想像するよりも、モニターに映し出された映像を見た方が速いと考え最大望遠で映し出された映像に目を向けた。

映像にはムサイ艦ミューゼを死守するように取り巻くオッゴ達と、ネッド少尉のザクとミューゼに残っていた残り一機のザクが敵の艦載機と激しい機動戦を繰り広げていた。

 

そして映像にはオッゴと激しく撃ち合いをする敵艦載機の姿が映し出され、それを見た瞬間にメーインヘイムのブリッジに居た誰もが言葉を失った。

 

丸い球体の真ん中に巨大なカメラアイという人間の眼球みたいな形の機体が、天頂部に巨大なキャノン砲を乗せてオッゴと戦っているのだ。キャノン砲だけを見れば中々火力が有りそうにも思えるが、人々の目はその下にある球体の体に向かってしまう。

 

「……MSじゃないよな?」

「ええ、違います。足がありませんし……」

「だよなぁ……」

 

ダズは思わず副官のウッドリーに映像に映し出された敵の兵器がMSか否かの確認を求めたが、副官の答えは明らかに否であった。

また映像に映し出された兵器の特徴である“足が無い”のを筆頭に、貧相過ぎる華奢な作業用のアームや未熟なアンバックシステムなど、MSと呼ぶには姿形は勿論性能に至るまで、どれを取っても程遠いと言っても過言ではない。

 

だが、これに共通する兵器は特別支援部隊の方にも存在した。

 

「敵の機体の特徴……オッゴに似ていないか?」

「え? あっ、言われてみると確かにそうですね」

 

ダズに言われてウッドリーが敵の新兵器を凝視すると確かにMSと呼べない姿であったり、作業用のアームなどオッゴと共通する点が幾つか見当たる事に気付いた。つまり、オッゴと同じMPに近い機体構成であるという事だ。

 

「まさかこれは……」

「オッゴのコンセプトを……連邦も肖ろうとしたらしいですね」

 

ダズとウッドリーは互いの顔を見合わせて、今回の敵がオッゴのライバル的存在に位置する機体だと確信した。連邦のMPとジオンのMP、同じコンセプトを持った兵器同士が戦場で激突するのは今日が初めてであった。

 

 

 

 

『何だ!? このボールみたいなヤツは!?』

『俺達の乗っている“ドラム缶”も他人の事を言えた義理じゃねぇだろ』

『とりあえず迎撃しましょう!』

 

敵の攻撃で危険に晒されているミューゼを守るべくオッゴで出撃したエド達は、連邦のサラミス艦の甲板から発進したボールに思わず目を奪われた。今まで見た事の無い新型であり、魅力を感じずともついつい目が行ってしまうと言わんばかりの巨大なインパクトがある。

 

だが、両腕のアームや機体の大きさなどオッゴに似通っている共通点も幾つか見られ、すぐにこのボールがオッゴ同様の廉価兵器という目的で作られた簡易兵器なのだと理解した。

しかし、似通っているとは言え、機体の構造が違えば、武装も性能も異なる。あくまでも合っているのはMPというカテゴリーとコンセプト、そして華奢な両腕ぐらいだろう。だとすれば、果たしてどちらのMPが優秀なのかと言う対抗心が芽生えるのも当然だ。

 

『エド! アキ! こんなスイカみたいな連中に負けたら、俺達のオッゴの名が泣くぞ!』

『当たり前ですよ! 俺達のオッゴが上だって所を教えてやりますよ!』

『敵の火力は高いですけど、機動性は然程高くはないようです。それに武装も頭のキャノン砲一門だけのようです』

『だったら、決まりだな! 行くぞ、楽な任務を面倒にしてくれたお礼をしてやれ!!』

 

無事に行けば楽に終わる筈だった任務が、こんな廉価兵器の襲撃で駄目にされたのだ。当然、彼等の胸中には相当の怒りが渦巻いており、そのお返しをしてやろうという気持ちを抱くのも無理はない。

 

『先ずは高機動で相手を翻弄するぞ! 二人とも付いて来い!』

『了解!』

『了解しました!』

 

二隻のサラミス級巡洋艦から出撃したボールの数は合計12機。三機一組の四個小隊という質よりも量で勝負したつもりなのだろうが、残念ながらメーインヘイムには20機にも上るオッゴが居るのだ。付け加えて、向こうにはMSが居ないのに対し、こちらにはMSが2機居る。

 

一機一機の質が同等でも、数だけならばこちらが上だ。そんな単純な理由がオッゴパイロットの自信と勇気に直結した。

 

ヤッコブの言葉を皮切りに三人はオッゴのロケットエンジンをフルスロットルで吹かし、ユーモラスなドラム缶な姿からは想像も出来ない高機動を発揮して、あっという間にこちらに迫って来ていたボール一個小隊の横を通り過ぎ、そのまま大きく弧を描く形で相手の背後へ回り込む。

後ろへ回り込まれた事に気付いたボール一個小隊は背後に回り込んだ敵に対処しようと機体のバランス制御の為に備えられていた側面の補助噴射口を噴かし、機体を強引に180度回転させる。

これでアンバックに近い動きを再現して宇宙空間での機体の回頭に成功したものの、このやり方は決して良い方法とは言えず、寧ろ推進剤をかなり消費する効率の悪い方法なので余りお勧め出来ない。

 

何にせよ、後方に回頭するのに成功したボール小隊は背後のオッゴ小隊に対処しようとしたが、背後から迫って来ていたオッゴ小隊は既にボールに照準を合わせていた。

 

『貰った!』

 

アキが操縦するオッゴのザクマシンガンが火を噴き、瞬く間にボールの装甲を穿ち、無残な穴だらけの鉄屑に変えていく。

ヤッコブはボールが放ったキャノン砲を軽々と交わした後、10m程しか離れていない近距離からザクバズーカの弾頭をボールの目玉に叩き込む。

そしてエドは側面のウェポンハッチに装備していた三連装ミサイルポッドを発射し、三発の内二発の直撃を受けたボールは木端微塵に爆散した。

 

『へへっ! MSに比べたら楽勝だぜ!』

『安上がりな点は一緒だが、性能はこっちの方が上みたいだな!』

 

僅か一分足らずでボール小隊を一つ潰滅させ、三人とも表情に笑みを浮かべて宇宙空間に散ったボールの残骸を横目で一瞬だけ見詰め、すぐに前を見て他のオッゴ達の支援に向かった。

しかし、他のオッゴ達も火力が高いボールのキャノン砲を高機動で交わしてはアキ同様にマシンガン等の近距離戦闘に持ち込んで撃破するなど、ボールの特性を殺す戦法で確実に戦果を挙げていた。

 

火力では互角の良い勝負だったかもしれないが、ボールが宇宙作業重機をベースに戦闘に耐え得る改造を施しただけのMPに対し、オッゴはそこから更に純戦闘用に改良を重ねられたMPだ。

しかも、オッゴにはMSの部品も数多く流用されており、その結果総合性能ではボールを上回る性能を獲得していた。特に機動性の差は大きく、オッゴのスピードに追い付けるボールは皆無だと言っても過言ではない。

 

またボールの最大の武器であるキャノン砲はミノフスキー粒子散布下を前提としたアウトレンジからの攻撃を目的としているのだが、パイロットが機体の特徴を考えず突っ込んでくるので、自らボールの特性を犠牲にしているとも言える。

 

つまり敵に接近されてしまうとボールは最早手も足も出せなくなるのだ。それを十分に理解していなかったボールのパイロットも悪いのだが、時既に遅かった。無知なパイロットが生み出した無謀な行動とボールの外見から機体の特徴を見抜いた特別支援部隊は、敢えて接近戦に持ち込みボールを確実に落としていく。

 

特にネッド少尉のザクはボールを本物のボールのように蹴飛ばして撃破するなど猛者のような動きさえみせてくれた。宇宙空間でそんな真似を出来る熟練パイロットはジオン軍の中でも珍しい程だ。

 

戦闘が始まって五分が過ぎた頃には12機あったボールも4機を残すだけとなり、一方のオッゴの被害はボールに2機撃墜されたもののそれ以外はほぼ無傷だ。最早、この戦いの勝者は確実となったが、ここで連邦軍は最後の悪足掻きに出た。

 

『よし、残りも僅かだ! 一気に―――』

 

一気に勝負を決めるぞとヤッコブが勢い付けようとした直前だ。ヤッコブや他のオッゴ達の頭上や真下を極太のビーム砲が流れ星のように凄まじい速さで通り抜けていく。

 

『なっ!? 艦砲だと!?』

『敵のサラミス艦からです!!』

『そんなもん見りゃ分かる! だが、まだ此処には敵の味方も居るんだぞ!?』

 

ビームが走って来た方向はミューゼとは対称側……即ちサラミス級からの砲撃であるのは間違いなかった。それは誰の目から見ても明らかだが、ヤッコブが驚いたのは敵対する双方の艦の間では自分達の仲間が戦っているにも拘らず砲撃を仕掛けて来た事実だ。

サラミスに不意を突かれた砲撃に特別支援部隊のオッゴも更に3機撃墜されたが、一方でサラミスの艦載機であった仲間のボールも巻き添えを食らい1機撃墜された。

 

『畜生! あいつ等、味方が負けたら容赦無しか!?』

『ま、待て! 俺は味方だぞ! 味方だぞぉぉぉー!?』

『どうしてこんな……!! 撃つな! 撃つなぁー!!』

『! これは……あのボールみたいなパイロットの声!? 通信が入り乱れているのか!?』

 

ボールのパイロットもまさか自分達の母艦が味方を背後から撃つとは思ってもいなかっただろう。

味方に見捨てられた事実は彼等の戦意と士気を大きく削ぎ、最早ジオンと戦う事よりも生き残る事を最優先として動こうとするが、背後は裏切った味方の艦、真正面には敵だ。最早ボールのパイロットは逃げ場の無い戦場の真ん中を右往左往、上下に行ったり来たりと逃げ惑うばかりだ。

敵味方の区別なく入り乱れる通信が戦場の混沌に拍車を掛け、それを図らずしも聞いてしまっているオッゴのパイロットの心境も決して穏やかなものではない。

 

『どうするんですか!? このままじゃ艦砲の餌食ですよ!』

『一先ず艦砲の射線から離れるんだ! このまま突っ立っていたら死ぬのを待つだけだ!』

 

巡洋艦の艦砲に巻き込まれればMSでさえ木端微塵となるのだ。MPのオッゴがそれに耐えられる筈もなく、兎に角サラミスの艦砲の射程外か射線から離れるのを最優先とし動いた。

幸いにもオッゴは戦闘機やMSと違い、両端のシリンダーを180度回転させる事でロケットエンジンの大推力を前方に持っていき、無防備な背中を晒さず且つ敵の動きを確認しながら後退する事が可能だ。

 

それでも全てのオッゴパイロットが敵の攻撃を完璧に避け切れる程の技量までは持ち合わせておらず、同じような格好で後退するものの更に二機のオッゴがサラミスの艦砲とミサイル攻撃の直撃を受けて撃墜された。

 

仲間が近くで落とされていく状況にエド達の顔に苦々しい表情が浮かび上がるが、その最中にネッド少尉のザクが三人の前に飛び出し、次いで彼の声が通信機を通して耳に飛び込んでくる。

 

『各機! 戦意を失った敵の艦載機は無視しろ! ヤッコブ小隊、俺に付いて来い!』

『付いて来いですって!? 一体何をする気ですか、隊長!?』

『サラミス艦の片方を落とす!』

 

間髪入れずに下された隊長命令にヤッコブのみならず、アキやエドも思わず目を丸くし、次いで自分の耳を疑った。今までMSや戦闘機、そして今回のボールと戦い勝利した経験があるが、艦船を相手にする経験なんて今までなかった。

 

『幾らなんでも無茶が有り過ぎやしませんか!? MSならばいざ知らず、MP如きで巡洋艦相手に大立ち回りをするなんて……』

『オッゴにだってザクと同じ武器が搭載されているんだ! その火力ならば十分に艦船に通じる筈だ!』

『いや、そりゃそうかもしれませんけどねぇ……』

『文句を言うな! ヤッコブ伍長! それともこのまま艦船の砲撃に晒されて、仲間が落とされるのを黙って見ている気か!?』

 

味方の船……その一言をきっかけにオッゴのモノアイを背後へ向けると、そこにはサラミス艦の砲撃やミサイルに晒されながらも必死に三砲塔のメガ粒子砲で反撃を繰り返すミューゼと、弾丸を撃ち尽くしたオッゴ達がメーインヘイムの格納庫に逃げ込む姿が側面のモニターに映し出される。

ムサイ艦であるミューゼには武装が豊富に備わっているが、元客員船だったメーインヘイムは対空砲火以外の武装を持たない大型輸送艦に過ぎず、ミューゼのように反撃は不可能だ。その代わり残弾に余裕があるオッゴがメーインヘイムのCIWSの役目を果たし、迫り来るミサイルの迎撃に一役買っているが、これも何時まで持つかは定かではない。

 

自棄になって特攻してくるサラミスに背を向けるのは極めて危険な行為だ。艦砲で撃墜されるか、もしくは艦そのものをぶつけてくる恐れだって十分にある。

その危険から解放される為には、やはりネッドの言う通りサラミスを落とすしか道はない。理屈的にも状況的にも追い詰められたヤッコブは腹を括り、微かにしかない希望の光芒に縋るような思いではあるが、この一か八かの賭けに乗った。

 

『分かりましたよ! アキ、エド! 隊長のザクに付いて行くぞ! 遅れんなよ!!』

『だ、大丈夫なんですか!?』

『知るか! 後は俺達の腕次第って所だろうよ!』

 

オッゴの性能にも限界があるのだが、ネッドの言う通りサラミスを落とすには十分な火力を持っているのもまた事実だ。それにオッゴの機動性はMSにも劣らない。つまりヤッコブの言う通り、自分達の腕前次第でサラミスを落とせるかもしれないのだ。

 

そしてアキとエドもヤッコブ同様に腹を括り、ネッド少尉のザク共に左翼のサラミスへ立ち向かう。

艦砲やミサイルで敵艦を狙っていたサラミス艦もこちらに接近して来るMSを察知したらしく、各所に配置されたファランクスシステムが一斉に作動し始める。やはり一年戦争緒戦でのトラウマが根強く残っているらしく、MSへの反応はかなり敏感だ。

 

サラミスとネッド達の距離が千m程にまで近付いた時、複数のファランクスシステムが唸り声を上げて弾丸の雨を撒き散らす。関係の無い方向にも撃っている砲塔もあるが、これはこれで敵の侵入を精神的に阻止する働きを有している。

ファランクスシステムは主砲に比べれば威力に劣るが砲塔そのものの動きは速く、運動性の高いMSに攻撃を当てる事だって可能だ。しかし、対空防御に備えて複数のファランクシステムを装備しているサラミスとは言え、それだけでMSの接近を阻止出来る訳ではない。

 

また運動性が高く機動性にも優れているMSがサラミスの死角へ潜り込む事など造作もない事だ。それはザクをサポートするオッゴにも同じ事だと言えよう。

 

『俺が敵艦の目を引き付ける! その間にお前達はサラミスの真下に潜り込め!』

『真下……そうか、了解!!』

 

サラミスから発射される弾丸の雨を掻い潜り、ネッドのザクは囮の意味も兼ねてサラミスの真上を目指して急上昇し、それとは対照的にヤッコブ達はネッドに言われた通りサラミスの真下を目指して急降下する。

サラミス級やマゼラン級と言った連邦の艦船は宇宙世紀の新技術と、旧世紀に存在した艦船の優れた構造とが融合した作りになっている。巨大な放熱板など宇宙世紀ならではの装備も整ってはいるが、艦砲やファランクスシステムの配置は旧世紀のそれに近い。

 

即ち、旧世紀の艦船の構造を踏襲したサラミスやマゼランの最大の死角は真下……艦底にあるのだ。この死角の存在は連邦軍艦隊にとって大きな痛手に違いないが、サラミスが就航した頃の連邦宇宙軍は宇宙空間に置ける大艦巨砲主義を信じ切っていた時代だ。

恐らく敵が接近する前に艦隊の圧倒的な火力と、戦闘機の機動戦による二重の攻撃を以てすれば敵を撃破するのは容易いと考えていたのだろう。

 

しかし、その思想はミノフスキー粒子の登場によって根本から否定され、緩慢な動きしか出来ない艦船はMSの格好の餌食となってしまった。

戦争緒戦に参加していなかったヤッコブもネッドの言葉のおかげでサラミスの弱点に気付く事が出来、彼がサラミスの目を引いている間に無防備な艦底に潜り込む事に成功した。

艦底には艦砲もミサイル発射管も、ファランクスも備わっていない。両側面に砲塔やファランクスが備わっているが、そこからでは艦底に潜り込んだ敵を狙い撃つ事が出来ない。完全にサラミスの死角に入り、ヤッコブは勝利を確信した。

 

『よし! ここだ! ここから有りっ丈の弾を撃ち込めぇ!!』

『『了解!!』』

 

三機のオッゴはサラミスの腹目掛けて、シリンダーのアタッチメントに固定されたマシンガンやバズーカ、側面のウェポンラッチに装備されたシュツルム・ファウストや三連装ミサイルポッドなど、オッゴが持てるだけの火力を全てその一点に叩き込む。

 

一機だけならば脆弱でも、三機合わさって強大な火力を発揮した事でサラミスの腹が裂け、内部に乗っていた機械や兵士達が爆発と共に宇宙空間に流出する。

そして爆発の炎は内部に連鎖するかの如く、炎は艦橋やミサイル発射口からも噴き出し、最後はサラミスそのものが巨大な爆発を引き起こして消滅した。

 

 

 

 

 

「左翼のサラミス級、撃沈!」

「味方の部隊がやってくれたか!」

 

サラミスが眩い閃光に包まれて消滅していく様は、ミューゼの艦橋で指揮を出していたハミルトン大尉の目にも確認出来た。

残り一隻となったサラミスは仲間の艦が落ちたのを目の当たりにしたが、此処まで来ておきながら今更になって引く事は出来ないと判断したのだろう。味方が撃沈されても恐れる様子もなく、寧ろそこから加速を掛けてミューゼへ突っ込んでいく。

ミューゼの艦載機であったザクやメーインヘイムのオッゴ達が特攻を仕掛け出したサラミスを攻撃し、少しでも歯止めを掛けようとするが、サラミスは船体に深い傷を受けようと、至る所で爆発と出火を伴いながらも一向に速度を緩める気配はない。

 

「敵艦! こちらへ突っ込んできます!」

「仲間を見捨て、味方殺しさえ行ってしまったのだ。今更になっておめおめと逃げ帰る訳にはいかないと覚悟を決めたか……。だが、指揮官としては無能である事を証明しているようなものだな」

 

敵の指揮官にもう少し柔軟な思考があれば、状況を把握して自分達が不利だと逸早く気付けていただろう。しかし、指揮官はジオンを殲滅する事のみに没頭してしまい、挙句には仲間を見殺しにしてでも戦果を上げようとした。

そしていよいよ最後の手段として特攻さえも仕掛けてくる有り様だ。最初の奇襲でムサイを一隻沈めた時点で戦闘を続行せず、即座に撤退すればこんな結末にはならなかっただろうに……。

 

だが、今更そんな事を思っても最早遅い。現にこの瞬間もサラミスはこちらに向けて砲撃をしながら接近を続けており、このまま行けばあと2・3分ぐらいでミューゼと激突するだろう。ハミルトンとしてもむざむざ死ぬ気も無ければ、敵指揮官の神風に付き合う気など毛頭ない。

 

「145型大型ミサイル発射用意! 次のメガ粒子砲一斉射後に発射する!」

「了解しました、大型ミサイルスタンバイ!」

「それと味方に後退するよう伝えておけ、こちらの射撃の邪魔になる!」

「了解!」

 

ハミルトンの指示に火器管制を担当するオペレーターが応え、手際良く発射の準備を進めていく。そしてサラミスの姿が肉眼ではっきりと見えるのを通り越し、肉眼で明確に見える程にまで近付いて来る。

 

「艦長!」

「引き寄せたな! メガ粒子砲、一斉射!!」

 

ハミルトンの号令を合図に、三つの砲塔から高い威力を秘めたメガ粒子砲が放たれる。目の前にまで敵を引き付けてメガ粒子砲を撃つ、前方に対する射撃を重視したムサイ艦の得意とする戦法だ。

だが、この攻撃は敵に読まれていたのかメガ粒子砲が放たれる寸前の所でサラミスの船体が若干右に動く。そしてメガ粒子砲が発射された後、高威力を秘めたビームはサラミスの船体をギリギリ掠って明後日の方向へ飛んでいき、やがて消えてしまった。

 

恐らく、この一撃を避けた瞬間に連邦軍は自分達が勝ったと思い込んだだろう。だが、連邦軍の確信を嘲笑うようにハミルトンは口の端を釣り上げて即座に命令を出した。

 

「今だ! ミサイル発射!!」

 

彼の台詞とほぼ同時に三つあるメガ粒子砲塔の真下に一基ずつ備えられた大型ミサイル発射管からミサイルが飛び出し、サラミスに襲い掛かる。流石の連邦も一度攻撃を避けて勝利を確信した矢先で気が緩んでいたらしく、この大型ミサイルには何も対処出来なかった。

 

発射された大型ミサイルはサラミスの船体に真正面から突っ込み、船の装甲を少し抉った後に爆発した。ミサイルの爆発はサラミスの両舷に備わっていたミサイルランチャーにも引火し、結果たった大型ミサイル二発の直撃を受けただけでサラミスは轟沈した。

 

眩い閃光がミューゼの目の前で起こり、サラミスの残骸が艦橋に飛び込んでくるのを阻止する為のシャッターが自動で下ろされる。シャッター越しにガンガンと破片がぶつかる音がするが、超硬スチール合金で出来たシャッターがこの程度で砕けはしない。

 

やがて喧しい音もしなくなり、再び自動でシャッターが開かれると目の前には木端微塵に砕け散ったサラミスの残骸が漂っていた。

それを見てハミルトンは漸く不意を突くハプニングみたいな形で起こった今回の戦いが終わったのだと実感を抱いた。

 

 

 

「……回収したザクのパイロットの安否はどうだ?」

「………残念ながら」

「そうか、駄目だったか……」

 

戦いが一段落付き漸く静寂な空間を取り戻しつつある頃、特別支援部隊は撃沈されたムサイ艦の爆発に巻き込まれたザクの回収やパイロットの救出を行っていた。サラミスの艦砲を直撃したザク以外で、あの爆発に巻き込まれたのは二機。

しかし、一機は爆発の熱に耐え切れず爆散してしまったらしく機体を発見出来ず、もう一機はザクの五体を失いながも奇跡的にコックピットが無傷だったが、中を開ければパイロットは爆発の衝撃で首が折れて既に絶命していた。

 

結果的に今回の戦いで受けた彼等の損害はオッゴ5機にザクが3機、プロパガンダに参加してくれたムサイ艦一隻と悲惨なものであった。特にムサイとザクが撃沈されたのは手痛い。

 

しかし、その代わりと言ってはアレかもしれないが味方に裏切られたボール三機を捕獲する事に成功し、それに乗っていたパイロットも捕虜として手に入れる事が出来た。最も彼等も仲間に裏切られたショックで既に抵抗する力も残されておらず、逆に捕虜となる事を進んで望む程だった。

 

「捕獲した……ボールだったかな? あれの調査はグラナダ基地に任せるとして、捕虜の取り調べはどうなっている?」

「そちらの方は順調です。寧ろ、向こうも仲間に裏切られたおかげで吹っ切れたとさえ言っているぐらいですよ」

「連邦軍の上下関係はそこまで酷いものなのか? あっさりと味方の軍を裏切れる程に……」

 

味方と信じていた指揮官に背後から撃たれれば、裏切りたくなる想いも分からないでもない。

しかし、ジオンに属するダズが思うのも変な話かもしれないが、一年戦争の緒戦にあれだけの惨事を引き起こしたジオンを憎んで彼等も連邦軍に加入した筈だ。それが今回の一件だけで簡単に軍に見切れを付けられるのだろうかと不思議に思えて仕方がなかった。

 

すると、そんなダズの心境を汲み取ったのか彼の質問に受け答え続けていたウッドリーが次の言葉を発した。

 

「いや、軍に入隊した彼等の想いは確かでしょう。問題は彼等を指揮した軍人の人格と、彼等の主義主張にあると私は思いますがね」

「……と言うと?」

「今回のボールに乗っていたパイロットは皆、地球連邦寄りのサイド出身だったそうです」

「何、我々と同じスペースノイドだったのか?」

「ええ、それに対してあの部隊を指揮していた指揮官は地球出身のエリートであり、ガチガチのアースノイド主義者だったそうです」

 

そこまで聞かされればダズもそれ以上の事は副官から聞かずとも、大凡の予想は付く。エリート且つ地球至上主義者の指揮官が、コロニー出身のパイロットと仲良くする訳がない。ボールのパイロットをスペースノイド風情と嘲笑い、差別染みた嫌がらせを行っていたに違いない。

 

「成程、あの指揮官からすれば同じ軍に所属するスペースノイドは味方でなく、単なる捨て駒……という事か」

「はい、ボールのパイロットに対してあからさまな差別を行っていたようです。そして挙句の果てに、今回の裏切りのような攻撃を行ったようです」

「詰まる所の自業自得か……」

 

連邦軍の全てそのような人間で構成されているとは限らないが、少なくてもそういった主義を持った軍人が居るのは確かだと実感したダズは重々しく溜息を吐いた。

こういった人間が連邦軍の実権を握れば、スペースノイドに対する弾圧と強硬を推し進めていくのは明らかだ。もしも戦争に負ければ更に……とそこでダズは首を横に振り考えるのを止めた。幾ら考えようが敵のトップが誰になるかは彼にだって分からないのだ。それこそ幾ら考えても無駄と言うものだ。

 

嫌な想像が詰まった頭を切り替えようとダズは別の話題を、今回の敵が月面の軌道上まで接近出来た事を取り上げた。

 

「しかし、どうして敵はあそこまで侵入出来たんだ? 流石に笊警備だとは思わないかね?」

「全くですね、これでは何の為のパトロールなのか分かりませんよ」

 

グラナダという重要な拠点の近くまで接近を許したとなればパトロール隊も相応の処罰を受けるだろう……そんな単純な考えを抱きながら特別支援部隊はグラナダの基地へ帰還するのであった。

 

 

 

 

その後、プロパガンダを目的として撮影された映像は一週間後にTVに流れた。予定とは大幅に異なる事態が生じたものの、結果として勝利を得られた上に敵の機体とパイロットを鹵獲する殊勲賞物をやり遂げたのだ。

これに軍部が飛び付かない筈が無く、早速連邦軍を叩く材料として利用するのと同時に、ジオン軍が連邦軍に如何に優れているかを強調し国民の士気を高めようと試みた。

 

またTVに流された映像には撃墜されたムサイやザク、オッゴの姿はカットされたらしく何処にも映っていない。それもそうだ、自国民に向けて友軍機が撃墜される映像など流してしまえば、戦争勝利を訴えるジオン公国の姿勢に不安や疑問を抱きかねない。

 

こうしてプロパガンダ計画は成功と言う形で幕を閉じた。一部の人々の思惑を本人達は知る由もないままに………。

 

 

 

「あの一件の調査結果が出ました、キシリア様」

「うむ、御苦労…………この報告は間違いないか?」

「はい、諜報機関の者も裏を取っています。そこに書かれている事は全て事実です」

 

グラナダ本部の一室にてトワニングから手渡された資料に目を通したキシリアは、そこに書かれていた内容を少し目で追い掛けた後、すぐにトワニングの方に視線を向けて資料の内容が正確なものか否かを問う。

それに対しトワニングは顔色一つ変えず情報が裏付けされたものであると答え、絶対の信頼を寄せている副官の言葉を信じキシリアはそれ以上何も聞かなかった。

 

「あの月面軌道上で起こった特別支援部隊と連邦軍の遭遇戦……不自然とは思っていたが、まさか我が軍の人間が関わっていたとはな」

「ええ、連邦軍に特別支援部隊の情報を故意に流し、しかも当日その周辺を警備する予定だったパトロール部隊にも手回ししていたそうです」

「そして連邦軍は気付かれる事無く、攻撃を受ける事無く、何事もなく月の軌道上まで来れたという訳か……」

 

キシリアがトワニングから受け取った資料には特別支援部隊と連邦軍が遭遇戦に陥った原因を作り出したジオンの上級軍人の事が事細かに書かれていた。

やはりキシリアも月の近くまで連邦軍が近付いた事を不自然に思っていたらしく、トワニングに命じてこの遭遇戦の裏を調べさせていた。その結果、特別支援部隊の情報を連邦軍に流した軍上層部に勤務する一人の高級軍人の存在が明らかとなった。その上、月周辺のパトロール部隊に警備の手を抜くよう手回しを行っていた事実も判明した。

 

どうしてこの軍人がそんな事をしたかまでは資料に書かれていないが、少し考えれば聡明なキシリアだけでなく平凡な一般人に分かる事だ。

 

「どうやら私が特別支援部隊に入れ込んでいる……と思い込んでいるらしいな、コイツは」

 

彼が独断で此処までやらかしたのは決してジオンに反旗を翻したり、連邦軍に味方しようという思惑からではない。只単純に特別支援部隊がキシリア・ザビに認められたという事実が気に食わないからだ。『特別支援部隊が』……と言うよりも『グレーゾーン部隊が』と呼ぶのが正しいだろう。

 

どちらにせよグレーゾーン部隊の此処最近挙げた成果は中々のものだ。独自にMPを作り出し、そのMPで連邦に鹵獲されたザク部隊を撃退し、その戦果を評価されてMPの生産が決まり、生産の為に必要となる事前の評価試験をキシリア・ザビ直々に命じられた。

前半は兎も角、最後のキシリア・ザビに戦果を認められた上に評価試験を命じられたという事実はジオンにとっても大きな名誉であり、光栄な事でもある。しかし、こう言った大きな名誉や光栄は時として他人の不興や嫉妬心を買うものだ。特にエリート意識の強い高級軍人や軍上層部ともなれば尚更だ。

 

実際にはキシリアはそこまで特別支援部隊に入れ込んでもおらず、単なる部隊の一つとしか見ていないのだが、この高級軍人はそうは思っていなかったようだ。そして遂には敵の仕業に見せ掛け、味方である彼等を殺そうと企んだのだ。しかし、結果は彼等に更なる戦果を与えるという皮肉な結末だった。

 

「はい、して……処罰は如何なさいます?」

「そうだな……この事を知る者は他に居るか?」

「特別支援部隊に対し同じ不満を抱く軍人に愚痴を零してはいたようですが、その一件は完全な独断行為のようです」

「ふむ、この事実を知るのは奴一人という訳か……」

 

トワニングに高級軍人に対する処分を尋ねられ、キシリアは返答に詰まった。

公に処分を発表すれば軍部に与える動揺は測り知れず、今後の軍の活動に大きな影響を与えるだろう。また発表によって高級軍人が抱いた誤解が他の軍人にも生じ、今回みたいな出来事が起こる危険性もある。

しかし、かと言って今回の一件を何も無かった事にして封印すれば高級軍人の増長を呼ぶだろう。そして今回と同じような事件が繰り返されるのは火を見るよりも明らかだ。

 

暫く熟考を重ねに重ねた末、キシリアは鋭い眼光を眼に宿らせ決断を下した。

 

「内密に処分せよ」

「……御意に」

 

冷淡な感情を乗せて発せられたキシリアの言葉にトワニングは恐れた様子もなく、只深々と頭を下げて部屋を後にした。一人残されたキシリアが何気なく部屋のTVに目を遣ると、特別支援部隊を主役としたプロパガンダの映像が大々的に行われていた。

 

 

 

翌日、グラナダ市の一般道路にて二台の車が正面衝突し、爆発炎上を起こす大きな交通事故が発生した。この事故で衝突した二台の車にそれぞれ乗っていたグラナダの市民とジオン軍の高級軍人が死亡。

その後、グラナダ市が発表した報告によれば……市民の乗った車のタイヤが突然パンクを起こし、それによってハンドル操作を誤った車は対向車線に走っていた高級軍人を乗せた車に衝突した……という事となり、陰謀もテロも関係無い単なる事故として処理された。

 

大勢の人はこれを事故と信じ切ったが、その裏に隠されている真実を知る者は皆無であった。

 




もうこの時で9月後半ですので、次回から徐々にジオンは追い込まれていくと思います。色々と書きたい場面や、言葉に悩んだりして亀並の執筆になるやもしれませんが……これからも宜しくお願い致しますm(--)m

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