灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

5 / 14
オッゴを最後まで生き延びさせたいですが……果たしてア・バオア・クーまで持つかどうか不安になってきました(汗)


遭遇戦

サイド1・サイド2・サイド4……宇宙へ進出した人類が宇宙空間に作り出した生活の土台とも呼べるコロニー群だが、一年戦争の緒戦で甚大な被害を受けて崩壊した。

現在では各サイドはコロニーの残骸が無数に漂う人工暗礁宙域のような状態になっており、両軍とも偵察やパトロール、その他の任務以外では中々近付こうとしない。不用意に、もしくは無暗に近付けば、残骸と接触して機体が損傷する恐れが高く、最悪の場合宇宙ゴミ(スペースデブリ)の仲間入りだって果たしかねない。

 

しかし、これら崩壊したサイドの周辺が立ち入り禁止かと言えば、必ずしもそういう訳ではない。隕石の破片やデブリなどが密集した暗礁宙域は敵に発見され辛く、隠密行動は勿論、実験機や試作機の運用試験をするには打って付けの場所だとも言える。

 

そういう理由でオッゴの最終運用試験を行う試験場として、崩壊したサイド4跡地を選んだのだ。此処ならば敵に見付かる危険性は低い一方、グラナダの訓練場とは異なりデブリなどの宇宙ならではの危険も伴っている。

 

「全く、鬼畜としか思えんぜ。この試験はよう。只でさえ性能が低い機体だってのに、事故が起こる可能性大のデブリの山で最終試験だぁ? 冗談も程々にしてくれよ!」

「仕方ありませんよ、実戦に近い環境で最終試験を行うようにっていう上からの命令なんですから」

 

今日で最後となるオッゴの最終運用試験を前に、メーインヘイムの格納庫ではヤッコブが自分に割り当てられたオッゴの前で胡坐を掻き、愛機を見上げながら文句を垂れ流していた。

それに対しヤッコブのすぐ近くで体育座りをしていたアキは宥める……と言うよりも諦めに近いような台詞を口に出し、現状を受け入れるしかないと諭す。それでもヤッコブは納得出来ない表情を浮かべ、ブツブツと愚痴を零し続ける。

 

「いやいや、此処以外でも試験を行える場所が沢山あるだろう? ア・バオア・クー近海とか、ソロモン周辺とかよぉ」

「管轄が違いますから無理ですよ」

 

グレーゾーン部隊は食み出し者だの、嫌われ者の集まりだのと言われるが決して管轄が無い訳ではない。彼等の部隊はグラナダ基地に所属しており、そのグラナダ基地の総司令官であるキシリア・ザビ中将の管轄下に置かれている。

因みにヤッコブが希望したア・バオア・クーとソロモンはキシリア中将の管轄外であり、そこで訓練を行うには管轄の責任者の許可が無ければ無理だ。最もア・バオア・クーもソロモンも、どちらもジオンにとって重要な要である為に、多寡が運用試験如きで許可が下りるのは万に一つの可能性も無いだろう。

 

更に実戦に近い環境で尚且つ敵に発見されないよう隠密で…という条件を課されれば、このサイド4以外に適した場所はない筈だ。あっても同じく崩壊したサイド1かサイド2が関の山だ。

ヤッコブの希望や願望は現実味がタップリ詰まったアキの台詞によって尽く粉砕され、最早落胆する他なかった。

 

「あ~、本当に嫌になるぜ。俺達の苦労なんてどうせ知らないんだろうなぁ。上層部の連中も、我らが“敬愛”するキシリア閣下も」

 

敢えて『敬愛』の部分を強調して皮肉を強めてみたが、聞き手であるアキにその手は通用せず、同意する事も無ければ、笑みさえも零さなかった。只、困った様な苦笑を浮かべるだけだ。

 

「苦労を知っているかどうかは分かりませんけど……少なくとも以前みたいに冷遇はされていないと思いますよ。今回の運用試験で態々ムサイ一隻の護衛が付いているんですから」

 

以前にグレーゾーン部隊が大気圏外から補給物資を投下すると言う危険な任務を行っていた時は護衛がゼロだったのに対し、今回の試験最終日には態々ムサイ一隻と搭載機であるザク三機が護衛としてグレーゾーン部隊に同行してくれている。これは国力の少ないジオンにしては破格の護衛だと言えよう。

それだけオッゴの運用試験を高く評価している証拠であり、同時に彼等への冷遇も緩和された証明でもある。もしくはオッゴを量産するに当たり必要となる試験データを守る為に、今回特別に護衛を送ったとも考えられるが、どちらにせよ護衛が居るだけでもリスクはかなり減ったと考えても良いだろう。

 

「まぁ、居ないよりかはマシだな……」

「そうですよ、僕達も徐々に認められつつある。そう前向きに考えて頑張りましょう!」

「前向きね……。地球では新型MSをじゃんじゃん作っているジオンが、宇宙ではMPに頼ろうとする。そんな現状を見ると前向きになれそうにはないぜ……」

 

自分達の部隊だけを見れば幾らでも前向きになれるだろうが、大局的な立場からジオンの現状を見れば悲観に成らざるを得ない。

オッゴなどという安価な兵器に頼るジオンの明日はどうなるやら……とヤッコブが心の中で嘆いたのと同時に艦内にコール音が響き渡る。

 

『目標地点に到達しました。オッゴのテストパイロットは直ちに発進に取り掛かって下さい。繰り返します、目標地点に到達しましたパイロットは―――』

 

コール音と共にオペレーターが目標地点の到達を知らせるのと同時に発進準備を促す放送を流し、途端に艦内の空気が慌ただしいものへと変化する。オッゴのパイロット達は放送通りに発進準備に掛かり、オッゴの近くで最後まで点検・整備をしていた整備士達も発進の邪魔をしないよう格納庫から退避していく。

 

「やれやれ、現状を嘆いている暇も無いってか」

「そうぼやかないで下さいよ、ヤッコブ伍長。これも任務の一つだと思って頑張って下さい」

「へいへい、俺もアキ一等兵のように前向きになれるよう努力はしてみるさ」

 

二人の軽口もそこで一旦打ち切られ、ヤッコブは目の前の自分のオッゴに素早く乗り込み、そのすぐ隣にあったオッゴにアキが颯爽と乗り込む。

アキやヤッコブだけでなく、エドや他の隊員達も何度も訓練を繰り返していたかのような素早い身のこなしで次々とオッゴへ搭乗していく。最終的にパイロット全員がオッゴへ乗り込むのに要した時間は、招集コールが鳴ってから僅か3分足らずという短時間であった。

恐らくオッゴがMSとは異なり高い位置ではなく低い位置にコックピットがあり、またMSのように胸部の狭い搭乗口から乗り込むのではなく、後部から歩いて乗り込める簡単な搭乗の仕方だった事も短時間で済んだ理由なのだろう。

 

そして全員がオッゴへ搭乗したのをチェックした後、事前に聞かされていたオッゴの最終運用試験の内容などが改めて全員のモニターに映し出される。

内容は至ってシンプルだ。崩壊したサイド4跡地にて機動訓練を行い、データの収集を行う。只それだけだ。しかし、只それだけと言うにはヤッコブが言った様に危険な面が大き過ぎるのも事実だ。

だが、逆に言えばこうだ。こういう危険な場所で活動するからこそ、オッゴの性能や各員の操縦技術のみならず、人間誰しもが持つ危険を察知する本能……直感が要求されるのだ。つまり最終運用試験はオッゴの性能を検証するだけでなく、同時にパイロットの腕と勘も試されると言えよう。

 

パイロットはこの内容を耳にタコが出来るぐらいに何度も確認して覚えた……と言うか覚えさせられたのだが、恐らく念の為におさらいしておこうという目論みがあって、もう一度映像で流されたのだろう。

 

そして最後のおさらいが終わるや、すぐに若いオペレーターの声が耳元へ飛び込んできた。

 

『各機、直ちに発進して試験を開始して下さい』

 

オペレーターの淡々とした声が終わるのと同時にメーインヘイムが持つ左右の格納庫の正面ハッチが開くと、目の前にサイド4の残骸の山が無限に散らばる暗礁宙域が広がっていた。勿論、これでぶつかったりしたら怪我や事故だけで済まされない。寧ろ、それだけで済めば幸運というものだ。

 

そして左側の格納庫で待機していたヤッコブ率いる第二小隊も大小無数に漂うデプリに気を配りながら、慎重に発進していく。

遥か向こうに微かに見えるダイヤモンドダストのような星の輝きと、人間同士の醜い戦争を象徴するかのように間近で漂う無残なデプリ―――広大な宇宙に同時に存在するギャップに少し戸惑いながら……。

 

 

 

 

オッゴ小隊が訓練を始めたばかりの頃、百キロ以上は離れた場所……グレーゾーン部隊が居る所とほぼ正反対の所では連邦軍の鹵獲部隊が行動を開始しつつあった。サラミスの甲板に繋止されたザク3機とザニー1機が切り離され、ゆっくりとした動きでデプリ帯へと進入していく。こちらもグレーゾーン同様にデブリに注意を払って動いているようだ。

 

出撃してすぐにザク3機は左右と前に展開しトライアングルの形を作り、実験機のザニーを取り囲む。これならば何時でもザニーをカバー出来るのと同時に、三方向に配置する事で広範囲に睨みが利き敵を発見し易いという利点がある。

操作性や整備性に劣るザニーではあるが、MSとしての最低限の性能は有しており、ザクに負けずデブリの中を巧みに動いて進んでいく。

 

しかし、大きいデブリなら兎も角、人間並に小さいデブリまでをも完全に回避するのは不可能であった。

デブリの中をザクと共に進行する最中、コロニーに使われていたと思われる配管の一部がザニーの左肩にぶつかった。ぶつかったと言っても激しい衝撃ではなく、人間に例えれば歩行者同士がすれ違う際に互いの肩を当て合う程度の強さだ。

だが、重力がある地球とは異なり、こういった無重力空間では一度ぶつかったデブリは何処までも遠くへ飛んで行ってしまう。

この配管もザニーとぶつかった直後、緩やかな速度で飛んで行っては、他のデブリにぶつかり、また他の方向へと飛んで行っては別のデブリへぶつかり……それを延々と繰り返し最終的には何処へ飛んで行ってしまったのか分からないぐらいにまで遥か遠くへ飛んで行ってしまった。

 

ザニーのパイロットであるマーカス・J・モレント少尉は遠くへ飛んで行く配管の残骸を見詰めながら漠然とした考えを抱く。自分達のこの任務も何時になったら終わるのだろうか……と。

 

ジオンにMSが有り、連邦軍にMSが無い。だからこそ戦争が長期化している今の内にMSを開発し、劣勢の状況から一気に逆転しようという連邦の思惑は尤もだ。しかし、連邦の持つMS技術が未熟であり、ジオンに比べて十年近く出遅れている事実に変わりはない。

少しでもジオンの技術に追い付こうと連邦軍は総力を挙げてMS開発・研究に取り組むが、その努力が末端に属する試験部隊や技術部隊の無茶や危険へと繋がり、安全が疎かになっている気がしてならない。その最たる例が現在マーカスの乗っているザニーだ。

 

これではジオンに殺されるのではなく、味方に殺されそうだ……とマーカスが思う程に連日の検証やデータ収集は無理が祟りそうなぐらいに酷な任務なのだ。しかし、戦争に勝つ為なのだから仕方のない事だと先程抱いた考えとは正反対の冷静な思考も何処かに存在していた。

 

『おい、マーカス! 何ボーっとしているんだ! そろそろ検証を始めるぞ!』

「! す、スイマセン! 今すぐに開始します!」

 

呆然としていたマーカスの思考もボアンの一喝で現実へと引き戻され、同時に弛んでいた表情も一気に引き締まる。慌ててモニター画面で周囲を確認してみれば、既にボアン大尉含むザク三機はトライアングルの形を維持したままザニーから離れていた。

 

周囲の警戒とザニーに組み込まれたパーツの試験評価に影響を及ぼさない為の配慮であり、それを見て直ちにマーカスも動き出す。

ザニーが目的とする試験の内容は機体に組み込まれたジェネレーターの検証である。このジェネレーターは連邦軍が開発中のRXシリーズの廉価版として試作された物であり、検証やデータ収集、様々な改良を経てジェネレーターが完成したら、後に必ず登場する連邦の量産型MSに搭載されるだろう。

また装甲や関節部のパーツにも量産MSを前提とした安価で且つ信頼性の高いパーツを組み込み、技術部が想定した最低限の性能を超えられるかどうかの実証実験もジェネレーターのデータ取りと併合して行う予定だ。

 

そしてザニーは背中に背負ったバックパックのバーニアを吹かし、デブリが散乱する決して広いとは言えないこの空間の中を飛んだり回ったり、高機動で動いて見せたりと様々な動きでデータを取り始める。

 

ザニーが見せる想像以上の動きの良さにボアンはホッと胸を撫で下ろすが、すぐに気を引き締めて周囲を警戒した。

ザニーの実験を無事に終わらせ、その実験で得られたデータをルナツーに送り届けるまでがボアンに与えられた任務だ。しかし、まだ実験は始まったばかりであり、必ずしも敵が来ないという確証もない。

 

流石のボアンもこういう実験機を用いた実験や実証の最中に敵の攻撃を受けるのは勘弁願いたいと思っている。それは恐らく敵味方問わず同じ事だと言えよう。ましてや秘密兵器や切り札に近い連邦製MSの開発ともなれば尚更の事だ。

 

今回の任務、実験機を護衛するボアンにすれば何とも簡単で何とも心臓に悪いものでしかなかった。

 

 

 

連邦とジオン、敵対する勢力同士が同じエリアで同じ時間で同じ様な試験を行うという、これまでの戦争では絶対に有り得ない奇妙な事態がサイド4で起こっている。

敵が身近に居ながらも互いに気付かずに居られるのは相手の存在を探知するレーダーがミノフスキー粒子で阻害されている事が大きい理由だが、例えレーダーがちゃんと機能していても辺り一面に広がる無数のサイド4の残骸が障害物となり、レーダーの機能を大きく損なわせるので結果は同じだ。

 

兎に角、レーダーが使えようが使えなかろうがどの道、現状で敵の位置を把握するのは不可能に近いぐらいに困難極まりないものなのだ。そして両勢力は敵が同じエリアで活動しているとは気付かぬまま、自分達に課せられた任務を全うする事のみに没頭するのであった。

 

そして試験を始めてから一時間が経過した頃、突如メーインヘイムの艦橋内に通信をキャッチしたのを知らせるコール音が鳴り響く。そのコール音に素早く対応したオペレーターは通信内容を確認するや、ハッと驚いた表情を浮かべてすぐさまダズの方へ振り返り強い口調でこう言った。

 

「艦長! グラナダからの暗号通信です!」

 

通信の出所は他ならぬ自分達が所属しているグラナダからであり、しかも送られて来た通信は暗号に置き換えられるという厳重に厳重を重ねたものであった。即ち、通信の内容が連邦に知られてはいけない極秘の任務か、もしくは最低限でも緊急を要する任務という事だと誰もが手に取る様に想像出来た。

 

しかし、今日までジオン公国の日陰でコソコソと働いていたグレーゾーン部隊には暗号通信なんて縁も所縁もないものであった。故に今回初めて暗号通信という未知なる物を受け取り、艦橋内は静かながらも何処か落ち着かない物々しい雰囲気に包まれる。

 

「暗号通信……グラナダで何かあったのか?」

「いや、それは恐らくないでしょう。仮にグラナダが危機に陥ったという非常事態が発生したならば、態々文章を暗号化して送るなんて遠回しな作業はしない筈です。そんな事をする暇があるならば、すぐに緊急通信を送った方が賢明というものです」

「成程、確かにそう言われればそうだな。となれば単純に我々に宛てられた極秘任務であると認識するべきか……」

「可能性としては、そちらの方が高いでしょう」

 

ダズはグラナダで緊急事態が起こったのではと危惧したが、軍人としては上手である副官のウッドリーの尤もな理屈のおかげで彼の考えは否定された。そもそも現時点で連邦軍に月面のグラナダを攻撃する戦力さえ十分に整っていないのだから、グラナダが危機に陥ったという可能性は低いだろう。

 

グラナダでクーデターが起こったのではという可能性がダズの頭の中にあったが、それも先と同じで態々暗号通信にする必要性はない。それにジオンが有利である現状でクーデターを起こす理由が見当たらない。

仮にクーデターを起こしてジオン内部に大きな不和を生じさせたりすれば、それこそ連邦の望んで止まない突き入る隙を作ってしまうようなものだ。そうなればジオンが内側から崩壊するのも夢ではないだろう。勿論、そんな夢など見たくないが。

 

グラナダの危機ではないとなれば、残された極秘任務という線が妥当であろう。しかし、大した戦力を持たない自分達に可能な極秘任務などあるのだろうかというのがダズの率直な思いだった。

 

「一体何なのかは分からんが、とりあえず通信の内容が気掛かりだ。オペレーター、読み上げてくれ」

「はい!」

 

訓練の最中に届いたグラナダからの通信に一種の疑問を抱きながらも、オペレーターに暗号通信の内容を読み上げるよう伝えた。ダズの命令を受けるとオペレーターは画面に向き合い、暗号通信の暗号文を解読し始める。

暗号と言っても全てが全て困難極まりない暗号化にされている…という訳ではない。通信の内容が極めて重要なものであれば当然暗号の強度は強いものとなるだろうが、比較的に重要ではないとされるものならば暗号も比較的に弱いものとなる。

 

重要なのは暗号の強弱ではなく、暗号通信を敵に傍受されて通信の内容が割れるのを少しでも遅らせる為だ。これも一種の情報戦として珍しくはない遣り方だ。

言わずもがな、戦時中において情報の流出は自国の死に繋がる重大な危機だ。敵が総合的に高い情報戦能力を有している場合、こちらの情報流出を完全に阻止するのは困難だ。ならば、情報を暗号化して敵に分からなくするか、解読を遅らせるのが最良の手段と言えよう。

 

他にも戦時中に暗号通信を使って頻繁にやり取りしているジオン軍の通信を傍受した連邦軍が三日三晩徹夜して暗号の解読に成功したが、その中身が戦争とは無関係の個人会話であったと分かり骨折り損の草臥れ儲けであったという話もある。

またある時は連邦も嘘の暗号通信を態とジオン側に流し、その内容を長時間に渡って解読したジオンが偽情報に釣られてやって来た所を奇襲して多大な損害を与えたという話もある。

 

兎に角、暗号通信とは只単に敵に知られたくない内容を暗号化するだけではなく、時には敵を欺く手法としても用いられるのだ。

グレーゾーン部隊に送られた暗号通信は正真正銘のグラナダからのものだ。少なくとも連邦軍が偽造して送ったという可能性はゼロに等しい。また味方から暗号通信が送られた場合、受け取った部隊はそれを一から解読するのではなく、ジオン公国専用の暗号解読装置や合言葉のようなお決まりの設定を用いて解読を進めるのだ。

グレーゾーン部隊でもそれは例外ではなく、オペレーターが受け取った暗号文を解読するのに三分と掛からなかった。

 

「グレーゾーン部隊は本日の試験評価を終えた後、サイド4の偵察任務を命ずる……以上です」

「……それだけか?」

「はい、それだけです」

 

オペレーターが暗号の解読に成功し文章を読み上げたが、その文章の中身は至って平凡極まりないものであった。これには流石のダズも首を傾げ、ウッドリーも目を丸くしてダズと顔を見合せながら肩を竦めてしまう。

 

「たったそれだけの為に暗号通信を使うなど……普通は有り得るのかね、ウッドリー大尉?」

「その程度の通信で暗号を使うのは私も聞いた事ありませんが……妙ですね」

 

偵察任務を伝えるぐらいならば態々通信を暗号化する必要はないだろうと訴えたいが、かと言って本当にそれだけで暗号通信の件を済ましても良いのかという疑問もあった。特に元軍部に所属していたウッドリーはグラナダからの暗号通信の内容に首を傾げ、モニターに映っている解読された文章を凝視する程だ。

 

「グラナダの連中は暇なのか、それとも態と連邦の目を引かせたいのか?」

「或いは何か裏があるのか……ですね」

「裏だって? 例えば一体どんな裏なんだ?」

「例えば……そうですね、噂のような話を確かめる場合ですかね」

「?」

 

ウッドリーの言っている言葉の意味がイマイチ掴み切れず、ダズは細く整えた眉をヘの字に曲げて『どういう意味だ?』と思い切り表情で訴えた。それに対しウッドリーは言葉を選ぶかの様に暫し黙考し、やがて言葉を頭の中で整理すると口を開き話し始めた。

 

「仮にです。諜報部が入手した情報が裏の取れていない、言わば確証のないものだったとします。普通ならば、そういう情報はきちんと裏が取れなければ意味はありません。当然、確証が無いのですから部隊も動かせません。しかし、その不確定の情報の内容が見過ごせないものだとすれば……」

「そうか、その情報の裏を我々に取れというのだな」

「ええ、そうすれば諜報部が入手した情報が正しいか否か分かります。それを念頭に置いて考えればグラナダからの暗号通信の真意が見えくる筈です」

 

ウッドリーの言葉通りに考えれば疑問に思えた暗号通信にも辻褄が合うし、また偵察任務の奥に隠された真意も垣間見えてくる。また“サイド4”と限定している部分も照らし合わせてみれば、上層部が何を期待しているのかも分かってくる。

 

「サイド4に敵が居るかもしれない?」

「そう考えるのが妥当でしょうね」

「万が一に敵を見付けたら倒せと?」

「そこまでは期待していないでしょうが、可能であれば……と上層部は考えているに違いないでしょうね」

「……とすれば、オッゴの最終運用試験の場としてグラナダ本部がサイド4を選んだのも強ち偶然ではなさそうだな」

「寧ろ、この為に我々を向かわせたと考えるべきでしょう」

 

流石に全てを偶然で片付けるには不自然な点が幾つか見当たるが、ダズとウッドリーの推測で考えれば不自然な点にも辻褄が合うようになる。

ジオン諜報部は連邦軍がサイド4で何らかの活動をしているという情報をキャッチしたが、その何らかまでは分からなかった。そこで連邦軍の動きを正確に知る為に、本当の目的を伝えずに適当な命令を出してグレーゾーン部隊をサイド4へ派遣したのだ。

 

彼等にはオッゴの運用試験も命じていた為、サイド4で活動するに足る大義名分は有しているし、仮に情報が事実で連邦と遭遇戦になったとしてもオッゴの純粋な戦闘力を測れる良い機会だと一石二鳥の思惑が上層部にあったに違いない。

 

つまり今回もまた彼等は上層部の都合によって、貧乏クジを引かされたのかもしれないのだ。いや、こんな裏の取れていない怪しい任務を遠回しで言い渡されただから間違いなく貧乏クジを引いたと見るべきだ。

 

「しかし、あくまで我々に言い渡されたのは偵察任務ですから……仮に敵に出くわしても手を出さずに見過ごすという手段も取れますよ」

「いや、それはどうかな……」

「……どういう事です?」

 

正式に敵を倒せと命令を受けていないのだから、ウッドリーの言う通り敵を見付けても手出しせずに見過ごす事だって十分可能だ。そうすれば味方の損害は無に等しいがしかし、今度は珍しくダズが異を唱え、ウッドリーは目を丸くして彼を凝視した。

するとダズは無言で親指を左側の艦橋の窓へと指差し、ウッドリーの視線を誘導する。それに釣られてウッドリーが窓の方へ視線を遣ると、窓の向こうには今回の試練の為に態々同行してくれた護衛のムサイ艦の姿があった。

 

それを見た瞬間にウッドリーはハッと何かに気付いた様な驚きの表情を浮かべて、慌ててダズの方へ振り返る。

 

「まさか……! 護衛艦の目的は我々の護衛ではなく、我々の監視という訳ですか……!?」

「必ずしもそうとは限らんが、可能性としては有り得るだろう」

 

護衛艦の本来の目的は自分達の護衛であると思いたいが、今の憶測を立ててから自分達の置かれている状況を振り返ると疑心に近い感情が生まれてしまうのも無理のない話だ。例え向こうが本気で護衛任務に就いているとしてもだ。

だが、仮に向こうの目的が護衛だろうと監視であろうと、あくまでも自分達の仲間である事に変わりはない。つまりサイド4の偵察任務も、向こうと連携して行えるという訳だ。

 

「下手に手を抜かず、キビキビ真面目に働いていれば不審に思わんだろう。兎に角、あくまでも偵察任務として励むよう各小隊に伝えるのが得策だ」

「そうですね。それが最善の術でしょうね……」

 

グラナダからの暗号通信を受けてから30分後、運用試験を終えたばかりのオッゴ二個小隊に対し新たな任務が言い渡された。任務の内容は暗号通信の文面通りサイド4の偵察だ。

因みにウッドリーとダズが述べていた憶測の方に関しては、果たして本当に連邦軍がサイド4跡地に居るか居ないかも分かっていないので、敢えて彼等に伝えはしなかった。

 

また万が一に敵の奇襲を受ける恐れも考慮し、偵察任務は全体の半数規模の数で行われる事となった。残り半数は母艦で待機し、万が一の事態に備えた。

偵察部隊に選ばれたのは前回の戦いで生き残ったオッゴ小隊……第一小隊から三名と、第二小隊のエド・アキ・ヤッコブの三名、そしてグレーゾーン部隊の部隊長を務めるネッドを含めた7人だ。

更にグレーゾーン部隊の護衛として同行していたムサイからもザクのパイロット一名が選出され、計8名が偵察任務に赴く事となった。

 

更にこの八名を二つの小隊に分け、護衛部隊のザクとオッゴ第一小隊で一つ、ネッドのザクとオッゴ第二小隊で一つとした。広域なサイド4での偵察任務を一纏まりで行うよりかは、分散して行った方が効率良いという考えた末の結果だ。

 

そして部隊の編成が終わるや、二つに分けられた部隊は二手に分かれてサイド4の偵察任務に出発した。

 

しかし、二手に分かれたからといって偵察任務が簡単になる訳ではない。

 

複雑に絡み合うように漂う大小の残骸を潜り抜けるだけでもMS乗りには高度な操縦技術が要求される上に、もし残骸を避け切れなかったら事故を回避する為に一々機体を急停止させたり、両腕で退かしたりしなければならないので時間が掛かってしまう。

それらを注意しながら尚且つ敵の有無を確認し、上で述べた様に事故を起こさぬよう慎重に慎重を重ねて進まなければならないのだ。当然、敵にこちらの存在を知られてもならない訳なのだから、色々と気苦労の多い任務である事に変わりはない。

 

そういった意味で今回みたいに障害物が多い場所での偵察任務は巨人のような巨躯を持ったMSには若干不向きな任務だと言えよう。

 

しかし、MSにとって偵察行動そのものが完全に不向きだという訳ではない。残骸を手で退かすと言う行為を前向きに捉えれば、障害物を手に持って直に身を隠せる利点がある。

他にもモノアイカメラやカメラアイの機能を数段強化し、敵を長距離から捕捉するのを目的とした純偵察用MSの開発もジオンは進めている。

 

だが、残骸が多く漂うサイド4の宙域で更に残骸を持って移動するのは不可能に近く、ネッドが乗っているのも純粋な偵察用MSではなく普通のザクだ。MSの万能論をどれだけ言おうと、どの道彼の負担は変わらないのだ。

 

ネッドでさえも障害が多いサイド4の空間で残骸に当たらぬ様、低速で移動するがそれでもやはり小さな残骸までをも避け切るのは困難らしく、しょっちゅう両肩や両腕にぶつかってしまう。

その音を聞く度にハッとした驚いた表情を浮かべてモノアイをそちらに向け、敵の攻撃ではないと分かるやホッとした安堵の表情を浮かべる……これの繰り返しだ。

 

それに対してオッゴはどうなのかと言うと、MSと違って小回りが利くMPならではの小型サイズ故に残骸の狭い隙間を潜り抜け、スイスイと水を得た魚のようにサイド4の中を順調に進んでいく。こういった環境下での偵察任務にはオッゴは打って付けの機体であると新たな事実が発覚したが、今はそんな場合ではない。

 

「いかんな、小隊長である俺が後れを取るなんてな……」

 

MSには相性の悪い任務なので致し方ないとは言え、部下ばかりを先行させてしまっては肝心な時に指示を出せなくなってしまう。それに今はまだ通信も出来るが、これ以上離れればミノフスキー粒子の影響も無視出来なくなる。

 

『隊長! 大丈夫ですか?』

『何でしたら俺達が先に進みましょうか?』

 

遂には隊長よりも先行している事に気付いたエドやヤッコブから心配の声が上がる始末だ。彼等なりの気遣いには感謝するものの、だからと言って彼等の言葉に甘える訳にはいかない。

 

「それは駄目だ。まだ戦闘経験の浅いお前達だけを先行させるのは危険過ぎる。それに今、お前達は運用試験中の機体に乗っているんだ。この任務だって一応は運用試験の一環なんだから、機体を御釈迦にされる訳にはいかん」

 

経験が浅い部下を先行させる程、ネッドも無能ではない。ましてや、それを許して万が一に敵と遭遇したら彼等三人が全滅するのは目に見えている。グレーゾーン部隊の隊長として、そして個人的にもそんな悲惨な状況だけは生み出したくなかった。

台詞を一通り言い切った所でネッドがモノアイを通じて映し出された映像を見ると、モニターの最奥に居るアキのオッゴだけがこちらの方に見向きもせずに前方ばかりを見詰めている事に気付いた。それに違和感を覚えたネッドは通信でアキに声を掛けた。

 

「どうした、アキ?」

『隊長、前方にMSのバーニアの光芒らしき物が見えたのですが……』

「何、ブースターだと?」

 

アキからそれを聞いた瞬間、ネッドは脳内で『そんな筈はない』と断言していた。もう片方の部隊にもMSは居るが、二手に分かれて行動している上にこちらと合流する予定は無い。ましてや自分達の進む先に先回りするなんて不可能だ。

 

「見間違いじゃないのか?」

『いえ、今でも動いています。ほら、あそこです!!』

 

最初は見間違いか何かの間違いかの類を疑ったネッドだったが、アキの目には今でもそのバーニアの光が見えているらしく、必死な声色で『あそこ』と抽象的な言葉を用いて説明しようとする。

だが、言葉足らずの抽象的な説明ではネッドの理解力にも限界というものがある。説明を聞くよりも直に見た方が早いと判断したネッドは、アキの乗るオッゴに近付き、彼と同じ目線に立つ。

 

そしてモニターに映し出された映像に目を遣ると、確かに激しい高機動運動を行っているかのように複雑な光芒を描くバーニアの噴射光と思しき輝きが遠くに見える。こんな動きは戦闘機では到底不可能だ。

 

……となれば、考えられる可能性は一つだけだ。

 

「……この先に敵が居るかもしれん。各機、注意して進め!」

『了解!』

 

前方で敵が……それもMSか、またはMSに近い兵器に乗っているかもしれない。そう判断したネッドは三人に対し、慎重に進むよう指示を出した。

隊長の言葉に従い三人は慎重に行動を開始し、相手に見付からぬよう残骸の背後へ飛び移っては隠れ、また別の残骸へ飛び移っては……と繰り返しながら、光の見える方向へ近付いて行く。

 

やがて光芒の正体を最大望遠でギリギリ捉えられる所にまで近付いた一行は一旦動きを止め、そこから光芒に向けてモノアイカメラを絞り込む。するとモニター画面に映し出されたのは、ジオンでは全く見覚えの無い……否、ジオンの物ではない全く別の、もしくは新たなとも呼べるMSの姿が映し出された。

 

『あれは……!』

 

ジオン公国のMSに比べると丸みが少ない角張った手足や肩のパーツや、頭部もザクのような見る物に恐怖心を植え付けるような一つ目のモノアイヘッドではなく、より人間に近い顔の形をしている。またヘッドのカメラを覆うようにグリーンのバイザーが施されている。

 

明らかにそれはMSと呼ぶに相応しい姿形をしているが、機体の細かな形状から察するにジオンのMSとは異なる設計思想で作られているのが分かる。つまり、ネッド達が見ているMSは紛れも無く連邦のMSだという事だ。

 

正確にはジオンのパーツと連邦軍のパーツが混合している機体……ザニーなのだが、当然そんな事実をネッド達が知る由も無い。

それよりも連邦がMSを作れる技術を持ちつつあるという事実の方が深刻だ。連邦軍がMSを開発して実戦に投入出来るのは精々あと一年か、早くても半年以上、兎に角まだまだ先の話だと思われていた。だが、ネッド達がモノアイで確認した連邦軍の試作MSを見る限りでは、とてもじゃないが半年と掛からないような気がしてならない。

 

このままだと連邦軍がMSを開発するのも、そう遠くない日に現実の物となってしまう。そしてMSの大量生産を開始すれば、ジオンが唯一勝っている技術力の差というアドバンテージは失われたも同然だ。

 

そうなれば戦争は物量差が物を言うようになり、国力が遥かに劣るジオンが劣勢に立たされるのは目に見えている。あくまでも現時点においてそれは未来の予想に過ぎないが、その予想が現実として実現する可能性は十分に有り得た。万が一にそれが現実のものになれば、言うまでも無くジオン公国は敗北と言う名の滅亡を迎えるだろう。

 

ジオン公国の滅亡……只単に一つの国が滅ぶのでなく、地球連邦政府からの独立というスペースノイドの悲願が失敗に終わり、以前と同様に地球連邦政府の隷属として扱われる事を意味する。

またスペースノイドを不当に弾圧する地球連邦政府に不満を募らせていたとは言え、これだけ凄惨な戦争を起こしてしまったのだ。戦争が始まる前よりも、より一層厳しい圧力がスペースノイドに掛けられるのは目に見えている。

 

それがネッドの頭に浮かんだ瞬間、一兵士として、一ジオン国民として断固として連邦のMS開発を阻止せねばならないという使命感に駆られた。

 

「……各機へ、あの敵の新型MSに攻撃を仕掛けるぞ」

 

ネッドからの指示を聞いた瞬間、三人とも自分の耳を疑った。何時も冷静沈着に行動する隊長らしからぬ好戦とも取れる命令であり、また敵との戦力差だって十分に把握し切っていないのだ。

 

『隊長! 幾ら何でも、そりゃ危な過ぎますぜ! ここは偵察任務に専念すべきじゃ……』

「いや、連邦軍がMSを完成させれば我が軍の脅威になりかねん。少しでもMSの開発を遅らせれば、事は我が軍に有利に働くだろう」

『ですが、護衛と思しきザクも三機見えますよ』

『前に戦った敵の鹵獲部隊の生き残りかな……?』

 

オッゴやザクのモノアイが確認したのはザニーだけではない。ザニーを取り囲む形で護衛機と思われるザク三機が周囲に目を光らせており、常に警戒している。ザク三機を突破して、更にザニーを撃破するのは容易なものではない。

ましてやこちらの戦力はオッゴ三機とザク一機のみ。量は同等でも、質では明らかにこちらの負けだ。もう一方の偵察組と合流出来れば有利になれたかもしれないが、合流する術が無く期待は出来ない。

 

「戦力差は変えられんが、あの一機だけに狙いを集中させれば十分だ」

『それで……一体どうやってあの護衛機を突破するんですか?』

『一体だけならともかく、三機は厳しいですよ?』

 

確かに戦力差から考えて全ての敵を相手にするのは不可能に近いかもしれないが、敵の一体にのみ的を絞って攻撃するのは不可能ではない。だが、そうなるとやはり護衛のザクが問題となる。

 

この問題をいかに解決するのか。ネッドは暫し考えを巡らした末に一つの作戦を提案した。

 

「一つだけ考えがある。例え失敗しても追撃は避けろ、速やかに撤退するんだ」

『りょ、了解……』

 

 

 

 

ザニーの各部位に組み込まれたパーツの運用試験は現時点では順調と言えた。激しい機動運動、アンバックを利用した方向転換、連邦製MSマシンガンとも呼べる試作型ブルパップマシンガンを用いた射撃試験なども好調であった。

 

「どうだ、マーカス。操縦に不自然な所は無いか?」

『ありませんよ、大尉。寧ろ順調です。それよりも俺としては、このポンコツがまた故障を起こすんじゃないのかって不安なんですがね』

「そうだな、ポンコツにしちゃ随分と動かした方だからな……」

 

部品パーツの運用テストは順調ではあるが、過去に何度も故障を起こしている機体だけにマーカスの皮肉を聞かされてもボアンは怒る気にもなれなかった。パーツの試験も大半が終わり、もうここらで引き揚げた方が良いかとボアンが判断を下そうとした時だった。

 

『隊長! 11時の方角にMSを発見しました!』

「何だと!?」

 

ザニーの周辺に展開していたザクの一機が、必死な声色で敵の発見を訴えてきたのだ。ボアンとマーカスも11時の方向へMSの目を向けると、少し離れた場所に角付きのザクが残骸から上半身だけを乗り出した格好でこちらを窺うかのようにジッと見詰めていた。

 

見た所では11時の方向に居るザクは攻撃する気は無いらしいが、明らかにこちらを睨んでいる。となれば、当然考えられる敵の目的は偵察しかない。

 

「偵察か!? しまった、こちらのザニーを見られたか!!」

『い、如何します!? ボアン大尉!!』

「如何もへったくれもあるか! ザニーの存在をまだ敵に知られる訳にはいかない! あのザクを何としてでも落とすぞ! マーカス、お前は先に母艦に戻って取ったデータを確保するんだ!」

『りょ、了解!』

 

幾らザニーがポンコツの実験機だとは言え、MS開発には欠かせない重要な機体である事に変わりは無い。また敵にザニーの存在が知られたら、連邦軍がMSを開発するかもしれないという危惧を抱かれて攻勢を強める恐れがある。

そうなる前に何としてでも敵を撃破しなければならない……そう判断したボアンはザニーに乗っているマーカスを除く、自機を含めた三機のザクで敵のザクを始末するべく行動を開始した。

 

狭い残骸の間を潜り抜け、敵へ近付こうとするが、敵も接近してくる三機のザクを恐れてか、もしくは偵察任務で無駄な損害が出る前に撤退しようと考えたのか後退し始めた。

 

「やはり偵察が目的か! 尚更、逃がす訳にはいかんな!」

 

敵が後退する姿勢を見て偵察だと決め付けたボアンは相手との距離を詰めようと、多少の残骸が機体にぶつかっても気にせずバーニアを吹かして一気に加速する。

 

やがて距離が少しずつ縮まって行き、いよいよ逃げる敵を射程距離に収めようかとした時だ。後方で突然爆発が生じ、目が眩むような閃光がザク三機の背中を照らしたのは。その凄まじい光に思わず三機とも動きを止めて、後ろへ振り返ってしまう。

 

「何だ!? 爆発だと!?」

 

当初はこの爆発が何なのか、そして一体何が起こっているのかサッパリ分からなかった。しかし、少しして後方に居るマーカスのザニーの存在をハッと思い出し、敵の本当の狙いに気付いた。

 

「しまった! こいつは俺達を誘き寄せる囮か!」

 

後方で起こった閃光を見て、ボアンは自分が犯した失態に今更ながらに気付かされた。

恐らく敵のジオンは彼等が発見するよりも前から周囲に伏兵を忍ばせていたのだろう。そしてボアン達がたった一機のザクに釣られて追い掛けて来たのを見計らい、忍ばせていた伏兵を展開させて後方に下がらせたザニーを攻撃を仕掛けた。

 

そう、最初から敵の狙いは実験機のザニーだったのだ。しかも、ザク三機で追撃を行ってしまった為にザニーの守りは皆無だ。敵にザニーを撃破するのに、この上ない好機を与えてしまったと言えよう。

 

「くそ! 追撃は中止だ! 直ちに戻るぞ―――ツ!!」

 

迂闊な采配をしてしまった己の不運を呪いながらも直ちにザニーの防衛に向かおうとしたが、焦る余りに周りの状況を一瞬見失ってしまったのが命取りとなった。

 

先程まで囮となっていたザクが反転し、彼等の方にザクマシンガンの銃口を向けたのだ。狙いを定め、躊躇なく引き金を引かれた瞬間、マシンガンから放たれた数十発の弾丸はボアンの右隣に居た鹵獲ザクのバックパックに全弾命中。直後に鹵獲ザクは爆発の閃光に包まれ、機体は木端微塵に爆散した。

 

仲間がやられる姿を目の当たりにしたボアンは反射的に舌打ちをした。それは仲間の迂闊さを罵倒する意味での舌打ちではない、状況を顧みずに安易に指示を飛ばしてしまった己の迂闊さを呪う意味での舌打ちだ。

しかし、今更舌打ちをしても状況が改善される訳ではない。グッと奥歯を噛み締め、仲間の死に耐えながらボアンは生き残っているもう一機の鹵獲ザクに対し命令を飛ばした。

 

「俺が奴を足止めする! お前はマーカスの援護へ向かえ!」

『りょ、了解しました!!』

 

ボアンの指示を受けた僚機はバーニアを吹かして孤立状態に陥っているであろうザニーの所へ向かい、ボアンは囮となったザクの相手をするべく機体を再度反転させて武器を構える。

 

「こんな辺鄙な所でジオンと遭遇するとはな……。ったく、俺達の不運は何時まで続くのやら!」

 

幸運とは言い難い自分達の境遇に愚痴を零しながらも、ボアンの気力は削がれてはいない。それどころか味方がやられた事で頭が冷静になったらしく、熟練パイロットの名に相応しい厳しい目付きを浮かべ、この不運な状況を打破するかのように敵のザクへと躍り掛かって行った。

 

 

 

 

囮役を果たしてくれたネッドが敵部隊の隊長機と戦闘を交わしている頃、オッゴ小隊は敵の実験機を追い詰めていた。オッゴにしては珍しいと思えるかもしれないが、これも全部ネッドの考えた作戦のおかげだと言えよう。

彼が考えた作戦とは至って簡単なものだ。ネッドのザクが囮となって連邦の部隊を引き付け、単機となった敵の実験機を残りのオッゴで襲うというものだ。

連邦の部隊に気付かれないようオッゴ達は大きめの残骸の影に隠れていたのだが、それでも自分達が隠れている残骸の近くを鹵獲ザクが通り過ぎた瞬間は生きた心地はしなかった。

 

そして敵部隊が自分達を通り過ぎた後、残骸に隠れていたオッゴ小隊は展開して単機となったザニーに攻撃を仕掛けたのだ。しかも、この攻撃が相手の不意を突く奇襲に近い形で成功し、相手の左腕をもぎ取る事に成功した。

 

だが、向こうもやられっ放しという訳ではない。残された右腕に握られていたブルパップマシンガンをオッゴ達に向けて数弾発射し反撃を試みるがしかし、その反撃を嘲笑うかのようにオッゴ達は難無くマシンガンの弾を避けてみせる。

 

オッゴがこうも簡単にザニーの弾丸を避けれたのは大幅な改良を受けたおかげというのが最大の理由に挙げられるかもしれないが、それだけじゃない。この宇宙デブリが漂うサイド4の空間にも理由があった。

 

残骸が多く漂う空間の中でも小回りの利くオッゴならば機体の性能を100%発揮出来るが、一方のザニーはデブリが障害となって照準もロクに定められず、しかも小さくて素早いオッゴの動きを目で捉えるだけで精一杯だった。

また宇宙空間で100%の性能を発揮出来ると言われるMSでさえも、このデブリが漂う空間の中では18mもある巨体そのものが本領発揮の妨げとなっていた。

 

つまり、このデブリ空間そのものがオッゴに……MPに味方しているも同然なのだ。

 

MPの性能はMSの性能に遠く及ばないのは事実ではあるが、ザニーだってMSとしての性能はお世辞にも高いとは言い難い。あくまでもMS研究を目的として造られた実験機であり、実戦を意識して作られたものではないのだから。

 

実戦を視野に大幅な改良を受けたオッゴと、実験機らしい性能しか持たないザニー……両者が戦っている宇宙空間の環境も考慮に入れれば、戦闘を有利に運べるのはどちらかなのかは言うまでもない。

 

『よし! 一気に行くぞ!! 集中砲火だ!』

『『了解!!』』

 

ヤッコブの指示に二人も同調して動き出し、縦一直線に並んだオッゴ小隊はザニーへ躍り掛かる。

先頭を駆るエドがザクマシンガンをばら撒くように撃ちまくり、ザニーの動きを牽制する。その攻撃から避けようとザニーは機体を左へ動かすが、それを待っていましたと言わんばかりに二番目に位置していたアキのオッゴが列から外れ、左へ動いたザニーにザクマシンガンをお見舞いする。

 

流石のザニーもオッゴ達の巧みな連携攻撃を避け切れず、アキのマシンガンを諸に受けてしまう。しかし、機体だけは守らなければならないとパイロットは考えたらしく残された右腕だけで防御を試みる。

 

幸いにもエドとアキが駆るオッゴの攻撃は一撃離脱に則ったものであり、ザニーが受けた損害は装甲が凹む程度で然程深刻ではなかった。機体に深刻なダメージは無いとは言え、それでも攻撃を当てられるのは決して気持ちの良いものではない。

二機のオッゴの攻撃を受けて防御に回ったせいで機体の動きが緩慢になり、そこへ更に最後のオッゴ……ヤッコブ機のオッゴが追撃を仕掛けてくる。しかもヤッコブのオッゴには三機の中でも火力に富んだザクバズーカを装備しており、動きが鈍くなったザニーは正に格好の的であった。

 

ギリギリまでザニーに近付くのと同時にモニターとリンクした十字照準の中に相手の頭部を捉え、ヤッコブは冷静にトリッガーを引く。トリッガーを引いた直後にザクバズーカの砲口から一発の弾頭が発射され、砲身全体が激しく震える。

たった一発だけではあるがバズーカの弾は頭部を吹き飛ばすには十分過ぎる破壊力を有しており、それを諸に直撃を受けたザニーの頭部は木端微塵に吹き飛び、機体も爆発の影響で大きく吹き飛ばされた。

 

二機のオッゴがマシンガンで相手を牽制・足止めし、最後は三機目のオッゴがバズーカで仕留める。三機の連携に一撃離脱が組み合わさり、宛ら黒い三連星が得意としていたジェットストリームアタックに酷似した完成度の高い技となった。これにより相手に逃げる余裕も回避する暇も与えず、またデブリという環境もあって大破へ追い込めたのも納得だ。

 

『よし! 頭を潰した!』

『後はコックピットですね……!』

 

頭部を破壊してデブリの仲間入りを果たしたかのように無重力の中を漂うザニーだが、まだコックピットは無傷だ。何時また動き出すか分からず、早急に手を打たなければ手遅れになる恐れがある。

そうなる前に一刻も早く撃破しようとヤッコブとアキが銃口と砲口をザニーへと向けるが、二人の指がトリッガーに掛けられた直後にエドの必死な叫びが通信機から伝わって来た。

 

『ヤッコブ伍長! アキ! 後ろから敵が来たぞ!』

『何だと!!』

 

エドの言葉に二機が慌てて振り返ると、確かにエドの言う通り後方から先程の連邦の部隊の片割れと思われる鹵獲ザクが一機こちらに向かって来ていた。そして敵のザクも射程範囲に自分達を捉えたらしく、手にしたザクマシンガンを前方に構え、トリッガーを引きながらこちらへ突っ込んでくる。

こちらへ飛んでくるザクマシンガンの相手をザニーから切り離す目的があるらしく、狙いが粗い射撃であったが、只管に乱射しまくるのでまるでショットガンのように弾丸が彼方此方にばら撒かれる。

しかも、当たりそうで当たらない、スレスレの所を通り抜けていくのだから万が一にでも直撃を受けたら一溜まりもない。それを考えると、攻撃に晒されているオッゴのパイロット三人にこの上ない恐怖感と緊張感が湧き起こる。

 

『う、撃ってきた!』

『だ、大丈夫だ! この距離じゃまだ正確に狙いを定められない筈だ!』

『それよりも敵を……うわ!!』

『! アキ!?』

 

迫って来る鹵獲ザクよりも連邦の実験機の始末を優先したアキが再びザニーに銃口を向けたが、運悪く狙いを定めようとした所に乱射されたマシンガンの一発がアキのオッゴに命中した。

命中したと言ってもアキの乗るオッゴそのものに命中したのではなく、オッゴの体の一部のように装備されていたザクマシンガンに命中したのだ。ザクマシンガンはアタッチメントごと吹き飛ばされ、完全にアキのオッゴの戦闘力はゼロとなった。

 

『一旦残骸に隠れろ! 急げ!』

『アキ、動けるか!?』

『ど、どうにか……!』

 

このままでは刻一刻と近づいて来るザクに狙い撃ちにされるのを危惧したヤッコブは直ちに残骸に隠れるよう指示を出し、アキとエドも小さい隙間に潜り込むゴキブリのように残骸の影へと逃げ込む。

 

それから一分も経たない内に鹵獲ザクはザニーの元へと辿り着き、ザニーの機体に触れながら動きを制止した。恐らくミノフスキー粒子下でも明確な通信が出来る、MS特有の“お肌の触れ合い通信”を行っているのだろう。

 

『どうするんっすか、アキのオッゴは武器を失ってしまいましたけど……このまま戦闘を続行するんですか?』

『俺のオッゴのバズーカも残弾はあと一発だけだ。これで戦闘を続行するには勇気が要るわなぁ』

『そうなると……戦闘を続けるのは困難ですね』

 

残骸の影で戦闘を続行すべきか否かを話し合うヤッコブ達だが、ここで改良を施したオッゴでも解決出来なかった最大の弱点が露呈してしまう。

それは戦闘継続時間の短さだ。MSはマシンガンやバズーカなど手持ちの武器が弾切れを起こしても、自分の手で新たなマガジンを装弾出来るが、MPではMSのように人間に近い手を持たないので独自に弾丸の装填を行うのは不可能だ。

最初から装備している武器の弾丸を全部撃ち尽くすか、武器が喪失した場合には一度母艦に戻って補給を受けなければならない。

 

今回の改良でオッゴは大幅な性能向上を実現したが、MPならではの問題点の解決までは至らなかった。そして今、ヤッコブ達はその問題点によって戦闘継続が困難になるという窮地に立たされていた。

 

『俺のマシンガンも弾数はそこそこあるけど、MS二体相手にするには少し難しいし……ヤッコブ伍長のバズーカだって弾は無いんですよね?』

『無くなる一歩手前だ。武器が無い、弾が無いとなれば戦うのは不可能だ。隊長だって無理すんなって言っているんだし、此処は撤退しかねぇ……』

『でも、上手く行けばバズーカの一撃でMSを落とせる筈ですよ!』

『そんな楽観視で戦争が出来りゃ、俺達は苦労なんてしねぇっつーの』

 

エドとヤッコブは手持ちの武器が完全に無くなる前に撤退すべきだと考えているが、常に温厚な性格を持つアキが珍しくも徹底抗戦を呼び掛ける。

彼がここまで好戦的だっただろうかと二人とも不思議に思ったが、確かに敵の実験機はオッゴの連携攻撃によって大破した状態に陥り、後一発を撃ち込めば完全に撃破出来る。そう考えれば彼が最後まで戦おうと呼び掛けるのも頷ける。

 

だが、その後一歩の所で増援の鹵獲ザクが割り込んでしまい、アキは武器を失い、ヤッコブのバズーカも残弾数が残り僅か…いや、ゼロの一歩手前だ。エドの方はまだマシンガンの弾があるが、それだけで二機のMSを相手にするのは心許ない。

 

やはり此処は撤退しかないか……と思いながらヤッコブが敵の動きにふと目を遣ると、連邦のMSに動きがあった。大破したザニーが仲間の鹵獲ザクの元から離れて、サイド4宙域からの離脱を始めたのだ。やはり連邦軍にとっても実験機から得られたデータは重大であり、絶対に失う訳にはいかないらしい。

 

『いけない! 敵が逃げていく!』

『馬鹿! 迂闊に顔出すな!』

 

逃げていくザニーを見て慌てたアキがオッゴを動かし、残骸から飛び出そうとするのをヤッコブのオッゴが両腕のアームで阻止する。しかし、この時僅かにアキのオッゴのモノアイ部分が残骸から食み出てしまい、モノアイから発せられるピンクの光が敵の鹵獲ザクに自分達の隠れ場所を教えてしまう。

 

モノアイの輝きに気付いた鹵獲ザクは光の方角に向けてマシンガンを連射し、残骸に隠れていたヤッコブ達は自分達が見付かってしまった事に気付く。

 

『ほら見やがれ! 折角隠れたのに見付かっちまったじゃねぇか!』

『す、すいません……!』

『それよりもどうする! 敵はMS一機に対し、こちらは丸腰に近いMPが三機だ!』

 

アキの行動が原因で見付かってしまったのは事実であり、彼の謝罪と反省を聞いた所で現状が変わる訳ではない。問題は敵に見付かってしまった以上、この危機的状況をどう切り抜くかだ。

 

戦うか、逃げるかの二つに一つしかない。しかし、逃げようとして慌てて出て行った所を背後からザクマシンガンで狙い撃ちにされる恐れがあるし、かと言って逃げずにこの場に留まるのは死を選択するに等しい。逆に戦うとしても武器は殆ど無く、勝率もお世辞にも高いとは言い難い。

 

この二つの内のどちらを選ぶかでヤッコブ隊の動きは暫く止まってしまい、その間にも鹵獲ザクが残骸を撥ね退けて彼等が隠れている残骸の方へ近付いて来る。

 

そして後数十秒ほどで敵と接触するという所で……エドが二人に呼び掛けた。

 

『ヤッコブ伍長、アキ。戦おう』

『はっ!?』

『えっ!?』

『このまま敵にやられるのを待つのは嫌だ! それに逃げても敵に背中を撃たれるのがオチだ! だったら戦って逃げ道を作るんだ!』

 

まさかの戦闘継続の選択肢を選んだエドの一言にヤッコブもアキも一瞬己の耳を疑った。だが、こうもしている間も敵はどんどんと近付いて来ており、いよいよ自分達の残骸の目の前にまで迫っていた。

人間とは追い込まれると理性よりも行動を最優先にして動く事がある。今のエドからの一言がきっかけでヤッコブもアキも頭の中でゴチャゴチャと考えるのを止めて覚悟を決め、また頭の何処かでエドの言葉にも一理あると思い始めていた。

 

『ああ、畜生め! こうなったらお前の言葉を信じるぜ!! これで死んだら呪うけどな!』

『ええ、それで十分ですよ! アキは下がってろ!』

『僕も敵を撹乱するぐらいは出来ますよ!!』

『来るぞ!』

 

三人の答えが纏まったのとほぼ同時に、残骸を覗き込むように鹵獲ザクの頭部が現れる。互いの目と目が、モノアイとモノアイがバッチリと合うや、オッゴ達はザクからの先制攻撃を受ける前に散開し残骸から抜け出した。

 

残骸から抜け出した後、一纏まりでは共倒れになる恐れがあると判断したらしく、オッゴ達は散り散りになって鹵獲ザクを取り囲む。そして鹵獲ザクがどれか一機に狙いを定める前に、三機のオッゴは小回りと高機動を活かして鹵獲ザクを翻弄する。

 

改良を受けたオッゴでも未だにその性能はMSに比べれば低いが、大推力を得て実現した高機動性はMSと互角に渡り合える程だ。

また巨大なMSを相手にした戦闘では不利な要素として数えられるコンパクトな機体サイズも、敵パイロットからすれば的が小さくて当て辛いという意外な副次効果によって被弾も殆ど受けずに済んだ。

 

そこへ更にコンパクト故にMSよりも小回りが利くという特性が合わさり、オッゴの被弾率はかなり低く抑える事が出来たのだ。

 

鹵獲ザクのパイロットは三機のオッゴが一向に攻撃を仕掛けて来ず、只管に上下左右に動き回るだけの行動に苛立ちを隠せなかったのだろう。自分の近くを通り過ぎるオッゴ三機に目掛け、狙いが定めっていないにも拘らず無駄弾を何発も撃ってしまう。

 

恐らく敵を撃墜するという事のみに没頭してしまい、自分が敵に翻弄されているとは気付いていないに違いない。やがて三機のオッゴを目で追うのに夢中になり、ザク本体の動きが止まり、隙が表れ始めたのをエド達は見逃さなかった。

 

『今だ! エド!!』

『おう!』

 

そして何度目かの連射で遂に弾が切れ、ザクマシンガンの銃口から弾丸が出なくなった瞬間に三機のドラム缶は一斉に牙を向いた。

弾切れを起こした事に気付いた鹵獲ザクは空のマガジンを捨てて腰に携帯している新たなマガジンを換装させようとするが、それに至るまでの手間暇は紛れもなくオッゴ達にとっては痛手を与えるのに十分過ぎる大きな隙となった。

 

換装に手間取っている鹵獲ザクの真正面からエドのオッゴが果敢にマシンガンを浴びせて攻撃を仕掛ける。その攻撃で鹵獲ザク自体に深刻なダメージは無かったものの、マガジンの換装を中断されただけでなく、手に握っていたザクマシンガンもマシンガンの直撃を受けてデブリの空間へ弾き飛ばされる。

弾き飛ばされたザクマシンガンをモノアイで追い掛けたが、瞬く間にマシンガンはデブリの山の向こうへと飛んで行ってしまい、十秒足らずでマシンガンとデブリの区別が分からなくなってしまう。

 

そこでマシンガンを諦め、右腰に備えていたヒートホークを構えて格闘戦を試みようとしたが、今度はエドと入れ替わる形でアキのオッゴが突っ込んできた。

しかし、突っ込む勢いが良くてもアキのオッゴは武器を失い丸裸同然だ。最早、彼の機体には戦闘力など無いのは誰の目から見ても明らかであり、普通に考えれば撃破の可能性を恐れて後退するのが誰もが取る手段だったに違いない。

 

しかし、彼は後退するどころか鹵獲ザクに真正面から激突する勢いで突っ込んでいく。その姿はまるで特攻と何ら変わりは無い。だが、そこからアキは丸腰のオッゴで思い掛けない行動を取って見せたのだ。

 

『此処だ……!』

 

横長のオッゴの機体を90度近く傾け、まるでドラム缶を縦に立てたような姿勢になるや、折り畳まれていた両腕の作業アームを展開。そしてザクの下半身の左真横スレスレを通り過ぎるのと同時に、そのアームを鹵獲ザクの脹脛と太股を繋ぐ動力パイプに引っ掛け、そのまま強引にオッゴの大推力を以てしてパイプを引き千切る。

一見するとオッゴの腕は華奢のようにも見えるが、あれでも宇宙空間に設けられた建造物の建設や修理などの作業を目的に作られた大型作業重機から流用したパーツだ。頑丈で出力も高く、パワーだけならば純粋にMSに匹敵する。

 

『よし!』

『おいおい! マジかよ! オッゴの腕でザクの動力パイプを引き千切るなんてよ!?』

『良いじゃないですか! アキのおかげでザクもビックリしてますよ!』

 

パイプは一瞬ゴムのように伸びたかのように見えたが、すぐに千切れて中に詰まっていた大小のチューブが火花を散らして外部へ散乱する。動力パイプの破損によってザクの左足へ回されていた出力やアンバック等の機能は大幅にダウンしに違いない。

 

左足のパイプを破壊されて体のバランスを崩した鹵獲ザクはグルングルンとその場でコマのように回ってしまい、どうにか機体を止めようと残された右足のアンバックと各部に備えられた補助ブースターの噴射を利用して体の回転をどうにか止める事に成功した。

 

漸く動きを止めて再び襲ってくるかもしれないオッゴに構えようとしたが、その試みも時既に遅かった。動きを止めたザクのすぐ目の前には『待っていました』と言わんばかりに、ヤッコブのオッゴが鹵獲ザクにバズーカの砲口を向けて待ち構えていた。

 

そしてザクが目先のオッゴの存在に気付いて次の行動に移る前に、ヤッコブはトリッガーを引き最後の一発を撃ち放った。最後の一発は吸い込まれるように鹵獲ザクのコックピットが置かれてある胸元に命中し、次の瞬間にコックピットから爆発と共に火柱が立った。

 

美しくも何処か禍々しさを感じる火柱が空気も存在しない宇宙空間に生まれるのは、何とも不気味なものだ。だが、それもほんの一瞬だけの時間だ。その一瞬が終わるや、今度の一瞬では鹵獲ザクは木端微塵に吹き飛び、正真正銘デブリの仲間入りを果たしてしまった。

 

 

 

 

ザクの爆発が生み出した閃光は隊長同士で戦闘を繰り広げているネッドとボアンの方にも届いており、両者ともにその爆発を見て一瞬だけ動きを止めてしまった。

何せ部下達の戦況が分からない上に、不意に閃光が起こったのだ。あれは部下の死を意味する光ではないだろうか……と不安になるが、すぐにどちらの部下がやられたのか判明する。

 

『!? 何だと! 味方の反応が消えただと!?』

『どうやら……無事のようだな』

 

先に味方の識別コードが消えたのを確認したのはボアン大尉の方であり、それからワンテンポ遅れてネッド少尉は部下三人の識別コードが現在も無事に存在するのを確認して、彼等が無事であるのを理解した。

 

こうなると分が悪いのは明らかにボアン大尉の方だ。恐らく部下が逃がしたマーカスのザニーは無事であろうが、ここでも更に二名の部下と鹵獲したザクを失ってしまった。最早、このサイド4に残されているのは自分一人だけ。

 

これ以上、此処に留まるのは自分の身を危険に晒す以外の何物でもない……そう判断を下したボアンが行動を起こすのは速かった。敵のザクからの攻撃を警戒しながら機体を後ろ向きで後退させ、この戦場からの離脱を試みる。

 

『逃がすか!』

 

ネッドは敵の隊長機を逃がせば、後々自分達にとって厄介な存在になると確信しており、今ここで倒すべきだと判断。すぐさま追撃に移ろうとしたが、そこで敵は腰に手を回して何かを掴み、それをネッドに向けて投げるのではなく転がすようにそっと手から離した。

 

最初はデブリの影や宇宙空間の背景の黒さで何か分からなかったが、それがこちらに近付きモノアイが捉えた瞬間に物体の正体が判明した。

 

『これは……発光弾!?―――ぐっ!!』

 

こちらへ転がるように漂流してきた物体の正体はジオン軍でも使われる発光弾であり、それに気付いたのと同時にモニターが真っ白な閃光で埋め尽くされる。

直に見れば目を一時的に失明させる程の強い閃光はザクのモニターを通してでも眩しく感じられ、ネッドでさえも思わず手でモニター画面から顔を覆ってしまう。

 

やがて閃光が収まり辺りに何時も通りの暗闇が戻った頃に画面へと向き直ると、既に敵の姿は何処にも見当たらなかった。今の閃光で怯んだ内に逃げられてしまったのは明白であり、敵の大将を逃がしてしまった事にネッドの表情に不満気な色が滲む。

 

しかし、敵部隊に再び少なからずの打撃を与えただけも良しとしようと自分に言い聞かし、その後戻ってきたヤッコブ達と共にメーインヘイムへ帰還するのであった。

 

 

 

 

一方、連邦の実験部隊に所属していたボアンとマーカスも無事にサイド4の外で待機していたサラミス巡洋艦に辿り着き、帰還するや直ちにルナ2への帰路に着いた。

実験のデータを取っている最中にジオンの奇襲を受けて、実験機を含むMS四機の内二機を撃破され、実験機も大破するという酷い有り様だ。惨敗とまでは行かないが、敗北に近い内容だ。

特にザニーのパイロットであるマーカスは敵の攻撃を受けて何も出来ずに逃げ帰ったようなものだ。自分を逃がす為に盾になり、そのまま帰って来ない仲間達の姿を思い浮かべると嫌でも自責の念が込み上がる。

 

『マーカス、余り自分を責めるな。俺だって今回の奇襲は予想出来なかった。まさか、ジオンが目を付けていないサイド4でこんな戦闘が起こるなどとはな』

『大尉……』

 

自責の念で溺れそうになるマーカスに己を責めるなとボアンの優しい声が通信機から伝わり、マーカスの心にその優しさが棘のように突き刺さる。自責の念に駆られている時や自分の不甲斐無さに落ち込んでいる時、他人から優しい声や情けを掛けられると心が無性に痛む。

 

『しかし、俺は何も出来ませんでした……! 俺のせいで二人とも…!』

『そんなに悔しいのなら仇を討て!! お前の機体にはそれを実現出来るだけの可能性があるんだ! いや、それだけじゃない。連邦軍を勝利に導く事だって可能なんだ!』

 

今回の戦いでザニーは大破したものの、ザニーが得た実験データは無傷だ。これさえあれば連邦のMS研究は大幅に進む事が出来るし、劣勢に立たされている連邦軍を逆転出来る可能性だって十分にある。

ボアンに叱責を受けたのと同時に、その可能性を指摘されてマーカスは改めてMSの重要性に気付かされた。

 

仲間の死で痛んだ心を奮い立たせ、マーカスは決心した。一刻も早くMSを完成させ、必ずや連邦軍を勝利へ導くと。そしてジオンに受けた痛みを倍にして返し、奴等に思い知らせてやると………。

 

 

 

 

 

後日、数日間に渡る運用試験と偵察任務での機体運用も含めたデータを元にオッゴの量産計画はいよいよ本格的にスタートした。

MSでも戦闘機でもないMPという異色の兵器の量産ではあるが、オッゴそのものが既存のパーツを掻き集めて設計された簡易兵器だ。生産に掛かる時間もコストも抑えられるという利点を持っており、量産は難航するどころかMSよりも早いピッチで進められるだろうとオッゴの生みの親であるガナック整備班長は語る。

 

そして宇宙世紀0079年8月28日……キシリアからオッゴ量産化計画が言い渡されてから丁度一ヶ月後、遂に正式なオッゴ量産機第一号が完成したとの報告がグレーゾーン部隊に伝えられた。

これからオッゴは大量生産され、ジオンを支える新たな力として活躍するのだと誰もが期待で胸を膨らませた。また先行量産型に乗って活躍したヤッコブ達も誇らしい気持ちで溢れ返っていた。

 

 

 

それから更に三日後の8月31日、8月の最終日に朝早くからグラナダ上層部の呼び出しを受けたダズが軍港で停泊していたメーインヘイムに帰って来るなり『部隊名が変わった』と艦橋に居た者達に一言告げた。

 

「特別支援部隊……ですか?」

「ああ、オッゴ量産化計画に貢献したのを受けて、これから我々を他の部隊と平等に扱ってくれるそうだ。そして部隊名も不名誉だったグレーゾーン部隊から特別支援部隊に改めよ……との事だ」

 

今回のオッゴ量産化計画に貢献した功績を称え、今まで不当な扱いを受けてきたグレーゾーン部隊を非正規部隊から正規部隊の一つとして認めると同時に、不名誉の代名詞でもあった『グレーゾーン部隊』の名を『特別支援部隊』に改めるようにと上層部から直々に言い渡された。

グレーゾーン部隊が漸く他の部隊と同じ平等な立場になれたのは嬉しい事ではあるが、態々名前を変える必要はあるのだろうかという疑問がダズやウッドリーなどのグレーゾ-ン部隊の面々の中にはあった。

だが、グレーゾーンという呼び名はジオン公国の偉いさんやジオン愛国者が毛嫌いする名でもある。故に強引に名前を変えろという上層部の命令も分からないでもない。

 

「それで特別支援部隊とは大層な名前ですが……要は何をするんですか?」

「今までと同じ補給や修理の任務は勿論のこと、オッゴを用いた戦闘支援も行うし哨戒任務も請け負うし……まぁ、何でもやれって事だな」

「それはまた何とも立派な“何でも屋”ですね」

「“便利屋”という台詞も結構似合うぞ?」

 

今までの補給部隊の任務以外にも戦闘に関係する支援に至るまでやれという上層部の命令は、正にウッドリーやダズの言う通り特別支援部隊という御大層な名ばかりの雑用係だ。

どうやら上層部の連中は正式な部隊の一つとして認める代わりにグレーゾーン部隊の任務の幅を広げ、彼等を徹底的に扱き使うつもりのようだ。これでは彼等に対する扱い方は以前と殆ど変らない。

 

「それを我々だけでやると言うのですか? オッゴ十機とザク一機だけで?」

「いや、流石にこれだけの数の任務を我々だけでやるには手が足りない。そこで上層部は編制中だった別の部隊を我々の所に編入させて人員を増やすとの事だ」

「では、特別支援部隊とはグレーゾーン部隊とその編成中の部隊を合わせた合同部隊を指すのですね? 成程、グレーゾーンの名のままでは編入される部隊が可哀相だという訳か……上層部の温情が伝わってきますね」

「それを少しでもこちらに分けてくれればジオン公国に対する忠誠心も今以上に上がるんだがね」

 

皮肉とジョークのやり取りを交わし合うがダズとウッドリーの間には乾いた笑いか、呆れた笑いしか出て来ない。

 

「それで我々に編入される部隊とは一体どんな部隊なんですか? 我々と同じ爪弾き者の集まりですか? それとも犯罪者を寄せ集めた愚蓮隊のような部隊ですか?」

「残念ながら私も聞いてはいない。一応聞いてみたが『会えば分かる』との一点張りで聞き出せなかった。上層部によれば本日の1000時にメーインヘイムへ来る予定だが……」

 

そう言いながらダズはチラリと己の腕時計を見てみると、上層部が定時していた1000時まで残り十分を切っていた。だとすれば、もうそろそろ来ても良い筈だが……と思いふと窓を覗き込むと軍港と街とを繋ぐシャッターが音を立てて開かれていく。

 

「……どうやら噂をすれば何とやらってヤツだ」

「どんな部隊なのか会いに行ってみましょうか」

 

 

 

艦橋を後にしてメーインヘイムの外へ出たダズとウッドリーは、グレーゾーン部隊改め特別支援部隊に編入される部隊に会いに向かったのだが、その部隊の面々を見て言葉を失った。

 

片足のどちらか、もしくは両脚が金属製バットのような細い金属で出来ていたり、手が五本指ではなく三本指のマジックハンドになっていたり、果てには肩から先が存在していなかったり……。

 

そう、特別支援部隊に編入される新たな部隊の面々は誰もが五体満足ではなく、体のどこかが欠損している人間ばかりが集まっていたのだ。これらの欠損が先天性のものか後天性のものかは定かではないが、顔や体に見え隠れする傷跡から察するに殆どの者が後天性……戦争によって失われたのだろうと容易に想像出来た。

 

「いやぁ、これはどうも! 態々出迎えてくれるとは恐縮であります!」

 

義足や義手が犇めく部隊の中から一際大声を上げて、ダズとウッドリーに近付いて行く一人の巨漢が居た。

浅黒い肌に筋骨隆々の肉体。太くて硬い黒のモミアゲと手入れが施された上唇の髭、割れた顎に鋭い目付きという厳つい顔立ち。軽く盛っているリーゼントヘアーなど歴戦の兵士、叩き上げの職業軍人などワイルドな雰囲気を漂わせている。これで葉巻を加えたらイメージ的には完璧だ

 

しかし、ジオンの軍服に隠れている両脚から独特の金属音が聞こえてくる事から、恐らく彼の両脚も戦場でやられてしまったのだろう。

 

「は、初めまして。私がグレー……あ、いえ。特別支援部隊の司令官ダズ・ベーリック少佐相当官です。こちらが副官のウッドリーです」

「よ、宜しくお願いします」

「ハッ! 宜しくお願い致します!」

 

グレーゾーン部隊の中でも一番の巨漢であるウッドリーよりも上回る身長と威圧感に、ウッドリーやダズだけでなく周囲に居た元グレーゾーン部隊の誰もが圧倒されそうだ。

 

「では、改めて辞令を述べさせて頂きます……気を付けっ!」

 

巨漢の鋭い一言と同時に彼の背後に居た部隊も一寸違わず一斉に両腕両脚を隙間なく閉じ、彼の命令に従って動く。それだけで彼の言葉に対する遵守の姿勢が窺える。

そして次に『敬礼!』と命令するや、やはり部隊も一斉に敬礼の姿勢を作りダズとウッドリーに対し敬礼する。

 

「本日1000時を以て義体部隊、バードレイ・ハミルトン大尉以下280名! 特殊支援部隊に着任致します!」

 

義体部隊……それは体の一部が義手や義足になろうとも、御国の為に最後まで戦う事を誓った人間達が集った特異な部隊であった。

手足が欠損した人間を死ぬまで戦わせるなど非人道的行為であり、道理で上層部が編入される部隊の事を語らない筈だ。だが、既に向こうはやる気に満ち溢れており、今更ダズが何かを言った所で彼等の意思は変わらないだろう。

 

宇宙世紀0079年8月31日……この日グレーゾーン部隊は義体部隊と合併し、特別支援部隊と名を改めた。だが、それは明らかにジオン公国軍内で行き場に困っていた部隊同士を無理矢理纏め、一つの大きな部隊を作り上げたに過ぎなかった。

 

上層部の押し付けとも言えるこの行為にダズは本気で憤りと頭痛を感じ得ずにはいられなかった。

 




この日からオッゴが大量生産されると思うと胸がワクワクドキドキするのはきっと私だけでしょう(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。