灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

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今までのオッゴは作業機に武装を取り付けただけの、兵器とは呼べない代物に過ぎませんでした。しかし、今回の話で漸く技術本部指導の下で改良を受けて真オッゴとなります。多分、四話にして漸くイグルーのオッゴに追い付いたんだと思います(笑)


オッゴ量産化計画

初めての過酷な実戦を経験してから五日程が経過し、グレーゾーン部隊は本来の補給任務をこなす日々へと戻りつつあった。

だが、今までのように迎撃の危機に晒されながら宇宙から地球に向けて補給物資を落とすような危険極まりない任務ではなく、各宙域エリアで活動しているパトロール艇への補給や、ジオン本国が置かれているサイド3やグラナダで生産された物資やMSをア・バオア・クーやソロモンなどの軍事基地へ輸送する簡単な任務が主になりつつある。

 

これは地球侵攻作戦によって支配下に置いた地球上の占領地から物資の調達が可能となり、また同じく占領・接収した連邦軍の軍事拠点にてMSの量産が可能になった為に危険な任務がこちらへ回らなくなったのだ。

だが、決して本国からの支援が必要無くなったという訳ではない。ジオン地上軍が物資の調達に失敗したり、敵の奇襲を受けて甚大な被害を被った場合には、すぐさま本国へ補給要請を打診する事がある。

そういった打診があった場合は、直ちにグレーゾーン部隊や他の補給部隊が地球に向けて物資を満載したポッドを投下するのである。

 

しかし、現時点ではそういった緊急を要する補給要請も無く、おかげでここ数日は欠伸が出るような簡単な任務ばかりであり、当初の多忙さが嘘のようだ。かと言って命懸けの任務は今後二度と行いたくもないが。

また補給活動でもオッゴは作業用ポッド代わりとして活躍し、補給物資の運搬は勿論、周囲を警戒する哨戒機としても地道に役立ってくれている。

だが、当たり前かもしれないがオッゴの存在はジオン公国軍には余り浸透しておらず、殆どのジオン兵士はオッゴを見ると物珍しそうな目で見詰め、次にグレーゾーン部隊の誰かを掴まえては『あれは何だ?』と質問を投げ付けてくる。

 

そして掴まったグレーゾーン部隊の人間はさも当然のように、疑問を投げ付けて来た兵士に対し、細かい説明を交えながらも最初はこう答えるのであった。

 

オッゴです――――と。

 

こうしてオッゴの活躍は徐々に広まって行き、何時しか兵士達の間で『グレーゾーン部隊にはマスコットのドラム缶(オッゴ)がいる』という噂すら立つほどだ。だが、噂が立つ程にまでオッゴの活躍を数多くの兵士達が見ている証拠だ。

 

地味ながらも着々と成果を上げていくオッゴとグレーゾーン部隊の活躍にまずまずの出来だと言わんばかりにダズは頬を緩め、今まで得られなかった上機嫌を胸に日々の補給任務をこなしていくのであった。

 

そして初戦から八日が経過したこの日、メーインヘイムはグラナダとソロモン間を往復する長距離輸送任務を終え、グラナダへの帰路を辿る最中であった。前みたいに命懸けでは無いとは言え、長距離輸送は色々な部分に気を遣わなければならない分、精神的な疲労感が大きかった。

やがてメーインヘイムは長旅を終えて、グラナダの軍港に帰港するやパイロットを含めた乗組員全員が安堵の溜息を吐き出した正にその矢先だ。グラナダ本部からメーインヘイムのダズ宛てに直通の音声通信が届いたのは。

 

『ダズ少佐相当官! メーインヘイムが軍港に着き次第、直ちにグラナダの本部へ出頭せよ! 以上だ!』

 

本部からの通信は余りにも短く、あからさまに上から目線な物言いであり、そして一方的であった。しかも、言うだけ言ってすぐに通信は切れてしまった為、ダズは敬礼や返事を返すのはおろか、自分が本部に呼び出しを受ける理由も分からず目をパチクリさせるばかりだ。

 

「ダズ艦長、何かしでかしました?」

「……聞きたいのはこっちの方だよ」

 

副官のウッドリーもこれには思わずダズに疑惑の目を向けるが、当人でさえ呼び出しを受けた理由が分からないのだから答えようがない。

あれだけの戦いを繰り広げながら、未だに自分達の部隊へMSが配備されない等の不遇の扱いに文句や不満こそはあるが、だからと言って与えられた任務に手を抜いたり、ましてやジオンを裏切る様な真似は絶対にしていないと断言出来る自信はあった。

また上層部がグレーゾーン部隊を毛嫌いしているのも十分に理解しているが、嫌いだからという理由だけで呼び出しを受けるとは考え難い。寧ろ、今はジオン公国国民が一致団結して戦争に勝たなければならないという状況下であり、個人的な私情を持ち出す場合ではない事は向こうだって分かり切っている筈だ。

 

では、何故呼び出しを受けなければならないのか。少なくとも本部からの通信を聞く限り、前の戦いを労ってくれるような雰囲気でないのは確かだ。となれば、やはり何か自分達の部隊に問題でもあるのだろうか……という不安な結論に辿り着いてしまう。

 

「………もしかして“アレ”がバレたのか?」

 

ダズがそう小声で呟き、真っ先に危惧したのはオッゴに纏わる話だ。

オッゴは他のザクや戦闘機とは違い、正規の手続きを踏まずに作られた兵器だ。それもその筈、何せオッゴはグレーゾーン部隊がジオンの意向を無視し、尚且つジオンの誇る技術を流用して独断で作り上げたと言っても過言ではない兵器なのだから。

スペースノイドの独立を勝ち取れるか否かという大事な戦争の真っ只中で、常に戦力不足に悩まされていたとは言え、部隊の都合で勝手にこんな兵器を作り上げていたという事実をジオン公国が知ればどうなるやら。

 

少なくとも戦時下では最高機密にも成り得る技術を個人レベルで独断に使用したと分かれば、グレーゾーン部隊全員に対して重い処罰を言い渡される恐れがある。最悪の場合、部隊の責任者であるダズに極刑が下されるかもしれない。

そんな悲惨な目に遭わない為にも、そこら辺は色々と手回しして事実を隠蔽し切った……つもりだったのだが、もし今になって隠蔽していた事実がジオン軍にバレたのならば、本部からの呼び出しも納得だ。

 

「全く……彼是考えるがどれも嫌な想像しか付かんな」

「じゃあ、本部からの呼び出しを拒否しますか?」

「我々が偉いさんの命令を拒めるような立場にあるとでも?」

「……無理ですねぇ」

 

悲しいかな、前の戦いで大活躍を見せたグレーゾーン部隊ではあったが、だからと言って彼等の立場がその活躍によって大幅に強化された訳ではない。以前と同じ他の部隊よりも遥かに格下と言わざるを得ない“下っ端の中の下っ端”的な酷い扱いを受けている。

それどころか今回の一件でグレーゾーン部隊が輝かしい戦果を上げたにも拘らず、上層部からは称賛の声はおろか、感謝の言葉すらない。強いて言えば救出したパトロール部隊の艦長から直々に感謝の言葉が綴られた電報が届いたぐらいだ。

 

つまり、彼等がどれだけ頑張ってもジオンに気に入られる事は先ず無いという事だ。だが、戦果を上げただけで感謝やお礼を期待するのは間違いであるとダズも分かり切っていたので、上層部の反応には然程期待を示していなかった。

寧ろ、これだけ戦果を上げたから戦場へ投入しようなんて無茶振りにも等しい話が出て来ないだろうかと逆に不安になったぐらいだ。結果として何の音沙汰もないので、どうやらそっちの可能性も潰えたようだ。

 

「……やっぱり行くしかないな」

 

色々と悩んだが、名指しで呼び出しを受けたからには行かない訳にはいかない。そして艦橋に居たブリッジクルー達に『行って来る』とだけ告げると、副官のウッドリーは極めて真面目な声色でこう言って彼を送り出した。

 

「御武運を祈っております」

「ははっ、果たして生きて帰って来れるかが不安だよ……」

 

それは冗談の欠片もない、ダズの心の底からの本音であった。

 

 

 

 

月面都市グラナダは宇宙世紀の歴史に置いても、ジオン公国のあるサイド3とは縁の深い場所としても知られる。

各サイドのコロニーを建設するに当たり必要となる大量の資材は、大抵は同じ月面都市であるフォン・ブラウン市のマスドライバーから射出されるのだが、サイド3はフォン・ブラウンの真後ろ……つまり月の裏側に位置している為、フォン・ブラウンから資材を送るのは不可能だった。

 

そこで月の裏側にもう一つの基地を作り、そこからサイド3建設に必要な資材を送り出した。それがグラナダ基地だ。その後もグラナダ基地は拡張・発展を繰り返し、やがて大勢の人が住まうグラナダ市に至るまで成長を果たした。

 

そして一年戦争が始まるやジオンが占領し、今ではジオン本土を守る最終防衛ラインとして重要な拠点になっている。他にもグラナダ基地にはジオン公国宇宙戦略軍・戦略防衛軍の司令部が置かれ、キシリア・ザビ少将が司令官として就任していた。

無論、それだけ重要な拠点なのだから戦力も充実しており、上記二つの大隊に加え、キシリア少将御抱えの突撃機動軍のエース部隊も存在する。

またグラナダ基地にはMSの生産工場や試験場もあるので、ソロモンやア・バオア・クーに勝るとも劣らぬ軍事基地の一面も兼ね備えていた。

 

そのグラナダ基地に構えた本部こと司令部前に足を運んだダズは目の前にある建物を見上げ、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。何時も任務を終えたら司令部に報告する義務があり、故に此処へは足を運び慣れているつもりであった。

しかし、実際に呼び出しを受けるとこうも緊張するものかと改めて思い知らされる。その上、こちらには身に覚えのある悪事がある分、それについて指摘を受けるのではという不安と緊張がダズの胃をキリキリと締め上げる。

 

しかし、呼ばれたからには例え嫌々だろうと死が待ち構えていようと司令部からの命令に逆らう訳にはいかない。ダズは胸中で様々な覚悟と諦めを抱いて司令部へ赴くしか道は無かった。

 

「来ましたわね」

 

司令部に足を踏み入れるやダズを待ち受けていたのは、彼がこの世界で……いや宇宙で一番苦手とする上官カナン大佐であった。相変わらず高飛車な雰囲気を纏う彼女の姿を見た途端、彼は一気にこの場から離れたいという気持ちが強まった。それだけ彼女の事が嫌なのだ。

 

(こりゃ……本部の呼び付けを無視した方が無難だったか?)

 

強ち冗談とも思えない冗談半分の言葉を心の中でひっそりと呟きながらも、建前上自分の上官である彼女に対し敬礼を行い、本部の命令通りに此処へ来た事を伝えた。

しかし、それを伝えた途端彼女の口から『言われなくても分かっています』と淡々とした口調で跳ね返されてしまう。まるで一々確認するのが鬱陶しいから口に出すなと言わんばかりに。

 

自分よりも年下の者にこういう扱いをされてはダズの胸中も穏やかなものではない。しかし、彼女の肩にぶら下げられた階級章は自分よりも二つ上の地位であるという残酷な現実が目の前にある。故にダズは拳をグッと握り締め、彼女の物良いや態度に我慢するしかなかった。

 

「では、参りましょう。あの方も時間がありませんので」

「“あの方”……とは?」

「口で説明するよりも会った方が早いです。付いて来なさい」

 

何時もならダズと遭遇しただけで容赦なく嫌味のマシンガントークを炸裂させるカナン大佐だが、今回はその嫌味な発言は一切無く、只ダズに付いて来るよう命令する。

彼女の様子から察するに急いでいるのは無論のこと、そして自分を呼び出したのが彼女よりも上の地位に位置する人間のようだ。また口での説明ではなく、直に見ただけで分かるという事はダズも知っている人間だと言う意味でもある。

 

果たして一体どんな人間が自分を呼び出したのだろうか……そんな事を機に掛けながらも、先に歩き出したカナン大佐の後を雛鳥のように素直に付いて行った。

 

カナンの後に只単に付いて行くだけのダズではあるが、進めば進む程、彼は内心で抱いていた不安が大きくなっていく。

それもそうだ、何せ彼女が今進んでいる通路は将官クラスしか進入を許されていない特別な階層なのだ。本来ならば佐官である彼女もまた入れない筈なのだが、特別に許可を得ているのだろう。怖気もせず、堂々と奥へ奥へと突き進んでいく。

 

だが、これだけは確信した。自分を呼び出したのは将官クラスの人間であると……。

 

「ここですわ」

「!」

 

将官クラスの階層の突き当たりに会った扉の前に辿り着くや急に足を止めたカナン。それに釣られてダズも慌てて足を止めて、彼女が立ち止まった先にある扉を見遣る。

見た目は他の階で見た扉と同じ、至って普通の感じだ。高級士官クラブにあるようなおしゃれな感じでもなければ、ザビ家に近しい人間達が住まう宮殿のような贅沢な装飾も施されていない。だが、司令部にそんな装飾だのおしゃれだのを施した扉など必要無いのだが。

 

「では、私はこれで失礼しますわ。くれぐれも失礼の無いようにして下さいね?」

「はっ、分かりました」

 

彼女が一緒に来てくれるのもどうやら此処までらしく、道案内を終えるやカナンは足早にこの場を後にした。彼女の嫌味を聞かずに済んで一瞬だけホッとしたが、この扉の向こうに待ち構えるお偉いさんとの御対面を想像すると緊張感が半端ない。

下手をしたら行ったら最後の地獄の扉となる可能性もあるが、一先ず深く深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、ダズは満を持して扉をノックした。

 

「失礼します、ダズ・ベーリック少佐相当官であります!」

『お入りなさい』

 

扉の向こうから返って来た声は若干くぐもってはいたが、声色やトーンの音程からして部屋の中に居るのは女性のようだ。それも若い女性の声だ。将官で、しかも女性の軍人などジオンには居ただろうかと一瞬思考を巡らしたが、ここはカナンに言われた通り直に会った方が早いと判断。

 

そして『失礼致します』と礼儀正しく言葉を返し、扉を開けた。部屋の中は業務を仕事に必要な机や椅子が最低限に置かれた会議室に近い構造をしていた。三人~四人が集まって会議や作業出来る程のスペースが設けられており、言うまでも無く冷暖房完備で、デスクワークを行うには中々快適な場である。

 

そして扉を開けて真っ先に目を飛び込んで来たのは、グラナダ市を一望出来る横長の窓の前に置かれたデスクに深く腰を掛けた一人の女性将官と、その隣に立つ副官らしき男性が一人。

しかし、ダズの目には副官の男性の姿なぞ眼中に入っていなかった。何故ならデスクに腰を掛けている女性将官の存在感が余りにも大き過ぎたからだ。それこそ正に圧倒的と言うに相応しい程に。

 

その女性将官とは――――

 

「き……キシリア・ザビ閣下!?」

 

―――そう、ダズの目の前に居たのはジオン公国を掌握するザビ家の長女であり、この月面基地グラナダの司令官を務めるキシリア・ザビ中将本人であった。

ザビ家と言えばジオン公国の人間ならば知らない人は居ないと言われるほど、超が付く有名一族だ。しかし、知名度が高いと言っても直に会って話を出来る人間など極一握りの人間だけだ。

国民向けて幾度となく大演説を繰り返したギレン・ザビや、北米大陸で現地人と親睦を交わすガルマ・ザビなどは一般人との接触も多いと考える人間も居るだろうが、それはあくまでもプロパガンダであり、戦争手段の一つに過ぎない。

 

ましてやダズのように立場の低い部隊に所属する人間が、雲の上のようなザビ家の一人と話をするなど到底不可能だと思われた。しかし、現実にこうやってキシリア・ザビと出会ってしまっている。驚きの余りダズは硬直してしまい、同時にカナンの言っていた言葉が如何に正しいかを理解した。

 

(成程、確かにこれは口で説明するより直接会った方が早いよな……)

 

百閒は一見にしかずとは良く言ったものだが、こんな大物と出会うならば少しは説明が欲しかった……とダズはほんの少し彼女を恨んだ。そして同時に雲の上の御人であられるキシリア中将が一体自分に何用なのかと気になって仕方がない。

 

「何時まで扉の前で呆けているのですか? 早くお入りなさい」

「あ…は、はい! 失礼致します!」

 

国を牛耳る一族の人間を目の前にして、呆けるなというのは無理な話ではないだろうか。しかし、これ以上呆けていては時間の無駄であり、キシリア中将が抱くこちらの印象も悪くなるだけだ。彼女の言葉に従いながらも、ダズの緊張感は歯止めが掛からず、部屋の真ん中に足を運ぶだけで一苦労だ。

 

「貴方がグレーゾーン部隊の指揮官ですね? 初めてお目に掛かる…と言っても、私からの自己紹介は不要でしょう?」

「は…あ、いえ……あっ、は、はい! 存じております!」

「……まぁ、良いでしょう。今回は貴方に用件があり、呼び出しさせて頂きました」

 

緊張の余りガチガチになって思うように舌が回らないダズに文句もなく、キシリアは淡々とした口調で話を進める。一々緊張した相手の心境を察していては仕事に差し支え、また時間の無駄だと判断したのだろう。

 

「前回の連邦軍との戦闘の件は御苦労だった。我が軍のパトロール艇が次々と撃破され不審に思っていた矢先の事だったので、原因が分かったおかげで何とか解決策を打てるようになった。貴官の部隊の働きのおかげだ、礼を言う」

「い、いえ……我々は只やるべき事をしたまでであります」

「それと……貴官の部隊には変わった兵器を配備させているようだな?」

 

キシリアに褒められてホッとしたのも束の間、次に出て来た一言にダズの心臓が目に見えぬ何かに鷲掴みにされたような痛みが走る。更にじっとりと滲み出る嫌な冷や汗が額から溢れ、彼が恐れていた不安が的中するのではないかという恐怖に怯えながらもキシリアの言葉に耳を傾け続けた。

 

「トワニング、アレのデータを出せ」

「はっ…」

 

キシリアの隣に立っていた副官……トワニングは彼女に呼ばれるや、デスクの上に置いてあった装置のタッチパネルを押して操作をし始める。するとキシリアの背後にあった横長の窓のカーテンが自動的に閉まり、外から入る光は完全に遮断される。

そして今度は右側面の壁がスライドして開き、内部から巨大なモニターが現れる。続けてトワニングが操作を続けると、画面に映し出されたのは正面、真上、後ろ、底……様々な方向から描かれたオッゴの図面であった。グレーゾーン部隊の責任者と言う立場のダズも流石にこれは見た事が無かった。

 

「こ、これは……!?」

「貴官の部隊が運用している大型作業機を量産している企業から譲り受けた図面だ。ちゃんと許可は取っている」

 

企業名は明らかにしなかったが、“譲り受けた”と断言している所を察するに、恐らくオッゴを製作しているのが何処なのかは把握しているに違いない。

そして“許可を取っている”とも述べているので、企業と何かしらの話も交わしているのも事実だろう。ただ、その何かしらの話が分からない分、ダズの不安は益々大きくなる一方だ。

 

この兵器を見てキシリア中将が何を語るのか。いや、もしかしたらオッゴの設計図を見てジオンの技術が導入されている事に気付いているかもしれない。そして企業からその点に付いて既に聞き出しているかもしれない……。等々、不安が不安を呼んで嫌な展開しか頭の中に浮かんでこない。

もしこれらの予想が全て的中してしまえば、今この場で殺されたっておかしくはない。つまり、今のダズは生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのかもしれないのだ。

 

「……ダズ少佐相当官」

「は、はい!?」

「因みに聞くが、貴官はこの大型作業ポッドを何と呼んでいる? 製作した企業の方でも正式な名前は付いていないらしいのだが……」

「あ……はっ、我々の方ではオッゴと呼んでいます……」

「ふむ、そうか。実を言うと私も貴官の部隊がどうやって戦果を上げたのかが気になっていた。グレーゾーン部隊には戦力は然程……否、全く戦力が無かった筈だ。違うか?」

「は、はい……その通りであります」

「そんな部隊がどうやって鹵獲されたザク三機と連邦の戦闘機四機を撃墜出来たのかが不思議で仕方がなかった。そこでこちらで調べさせて貰った結果、出て来たのがこのオッゴと言う大型作業ポッドだ。私が貴官を呼んだのは他ならない、このオッゴについてだ」

 

その瞬間「やはり!」というダズの叫びが心の中に響き渡る。オッゴについて聞かれるかもしれないという不安が的中し、彼は今にも胃の中の物全てを曝け出しそうな気分に襲われる。

 

胃が痛む、胃液が逆流して口からダムのように流れそうだ。そんな苦痛に耐えながら、ダズはキシリアから目を逸らしたりはしなかった。

そして一刻も早くこの生き殺しから解放される事を願った。無論、自分の不安がこれ以上的中しない事も含めてだ。

 

不安と覚悟が鬩ぎ合う中、キシリアはダズの顔から眼を離さずに、冷淡とも無感情とも取れる同じ人間とは思えない瞳で彼をジッと見詰めたままこう告げた。

 

「貴官等の挙げた戦果を受け、この度オッゴを我が軍で正式に量産化する事を決定した」

「……え?」

 

キシリアの言葉に対し、ダズの反応は余りにも間抜けに満ちた一言だけであった。しかし、逆に言えば彼の口から思わず出たその一言は彼の本音を物語っていたのも事実だ。

彼の予想していた不安が命中するのはおろか、寧ろその不安から180度転回した答えがキシリアの口から出たのだ。驚くのを通り越して、一瞬理解出来なくなるのも無理ない。

 

「大型作業ポッドにザクと同型の武器を搭載し、即席の兵器として使用するという貴官等の発想は、今日までMS開発に明け暮れていた我が軍にとってはある意味で盲点を突かれた兵器だと言える。また機体の構造も新鮮且つシンプルだ。これをガトル戦闘機に変わる新たなMS支援兵器として……―――」

「あ、あの……一つ宜しいでしょうか?」

「何か?」

「どうしてオッゴ量産化についての報告を我々に?」

 

キシリアの口から語られる言葉の一つ一つを丁寧に咀嚼し、漸く理解出来た所でダズはキシリアに問い掛けた。

 

オッゴが量産化へと繋がった理由は彼等の挙げた戦果や、運用方法によっては物量や個人の腕次第でMS相手にも対等に戦えるという結果を得られたからだろう。だが、どうしてそれを態々グレーゾーン部隊の責任者であるダズに伝えたのかが気になった。

自分達の知識から生まれたオッゴを量産しようが、自分達のアイディアを盗んで新たな兵器を作ろうが、上層部が決めた事を咎められる立場でないのは明らかだ。要するにオッゴの量産化が決定した事について一々報告する必要は何処にも無いのだ。

 

それに対しキシリアは『フム…』とダズの質問に一理あると判断したのか、軽く納得したかのように頷き彼の質問に応えてくれた。

 

「量産化が決定したと言っても、今すぐに量産を始める訳ではない。明確な戦果を挙げたとは言え、オッゴの性能や潜在能力はまだハッキリと分かっていない。それを調べる為に先ずは実験を行うのだ。それがどのようなものかは貴官も御存じだろう?」

「ええ、所謂……開発部隊や試験部隊が行うような性能や機能の実証実験ですね」

「そうだ、その試験部隊の役目を貴官の部隊で行って貰いたいのだ」

 

どのような兵器であっても、必ずしも全ての兵器が量産化されるとは限らない。機能性・強靭性・汎用性・操縦性・整備性・生産性……これらの要素がバランスよく取れ、更に製作された機体に提示された目標や課題をクリアー出来、尚且つ問題が無ければ量産の決定が下る。

これらの要素が満たされているか、そして問題の有無を確認する為に量産を前提に作られたプロトタイプ(試作機)で様々な実験を行うのだ。その実験の最中で問題や不具合が起これば、それを改善・改良を施し問題を解決していく。

 

こうして様々な実験を経ながら問題を解決し、機体を洗練化させて漸く量産へと繋がるのだ。

 

因みに数ある兵器の中には生産性を度外視する形で性能のみを突出させたワンオフ機というのも存在する。ワンオフ機故に数は揃えられ辛いが、高性能MSは単機で複数の量産機を圧倒する力を秘めている。

特に有名なワンオフ機と言えば連邦軍の白い悪魔などが正にそれだ。最も白い悪魔はワンオフ機と言うよりも、前者で述べたプロトタイプに当時の最先端技術を贅沢に注ぎ込んだ故の高性能機とも言える。

 

話は逸れたが、キシリアがダズを呼んだのはオッゴを量産するに当たり、必要な実験や検証をグレーゾーン部隊で行って欲しいという任務を伝える為であった。余所の試験部隊に実験を任すよりかは、オッゴの扱いに関して一日の長があるグレーゾーン部隊に任せるのが適任という考えも分からないでもない。

 

ダズもドンドン大きくなる話に最初に抱いていた不安や緊張は何処かへと吹っ飛んでしまい、代わりに新たな任務を言い渡されて別の不安と緊張を抱くようになっていた。無論、この命令を断る術を彼は持ち合わせていない。

 

「後日、技術本部で再設計されたオッゴの試験を貴官の部隊で行うよう正式な命令が下る筈だ。それまではグレーゾーン部隊は通常通りの任務をこなしなさい。良いですね、ダズ少佐相当官?」

「は…はい!」

「……私からは以上だ。もう下がっても宜しい」

「はっ! し、失礼致します!」

 

キシリアの言葉に促されるまま、ダズは緊張でカチコチに固まった体をギクシャクと動かしながら部屋を後にした。

 

一刻も早く部屋を出たいと願っていただけに、部屋を出るや彼の中にドッと大量の疲労感が流れ込んでくる。しかし、その一方でオッゴが上層部に高評価された上に、正式に量産化されたというキシリアの言葉が未だに頭の中に張り付いていた。

 

そして部屋を出て本部を後にする最中、彼は静かに小さいガッツポーズを作って喜びを表現してしまうのであった。

 

 

 

ダズが部屋から出て行ったのを見計らった後、部屋に残された副官のトワニングはキシリアの耳元で今のダズとの話し合いについてこう耳打ちした。

 

「宜しかったのですか、キシリア様? 連中が独断でオッゴを作った件について追及せずとも?」

 

トワニングが気に掛けたのはダズが独断で行った事……彼等がジオンの技術を勝手に使ってオッゴを作り上げた事についてであった。実は彼等もグレーゾーン部隊が独自にオッゴを作って自分達の戦力として宛てていた事を把握していたのだ。それも今回の一件で注目されるよりも、かなり前から。

 

しかし、キシリアはグレーゾーン部隊の独断行為を言及し、脅しを掛けるような真似はしなかった。寧ろ、それどころか彼等の活躍を褒めて喜ばすような言葉さえ投げ掛けてみせた。

それに対しトワニングは言葉に出さなかったものの表情で『やり方が甘いのでは?』と訴えたが、キシリアはトワニングの方に向きもせず無表情で『構わん』と冷たく言い放った。

 

「今まで奴等に最低限の戦力しか与えなかったのは、我々ジオンを裏切るリスクがあったからだ。いや、正確にはリスクがあるかもしれないと恐れていた。そして連中が全滅しても我が軍に与える影響は少ないからだ。しかし、今回の一件で連中は予想を上回る働きをしてみせた」

「……では、今後は奴等を徹底的に利用すると?」

 

トワニングとて無能ではない。ザビ家の長女である彼女を軍事だけでなく、政治の面でも補佐する有能な人物だ。最も有能でなければ彼女の右腕は絶対に務まらないだろう。

もしかしたらキシリアと血縁関係のあるザビ家の人々以上に彼女を理解しており、時として彼女の心の中にある本音をも読み取る事もある。それだけ彼女との付き合いも長いという訳だ。

 

そして今、彼女がまだ台詞の途中までしか言っていないにも拘わらず、トワニングはその先……グレーゾーンに対する計らいに隠されたキシリアの真意を見抜いた。

するとキシリアは覆面越しに笑みを浮かべ、その笑みが答えであると理解したトワニングもまた薄らと微笑を浮かべた。だが、その笑みも次の瞬間には消えていた。

 

「成程、そういう事でございましたか。ですが、他の企業に技術を横流ししていた事実は如何せん看過するのは困難かと……」

「うむ、それについては何れ責任を負わさねばならん」

 

グレーゾーン部隊が如何に戦果を挙げてジオン公国の為に働いたとしても、国家の機密に関わる情報を他の企業へ横流しした事については流石に看過出来ぬ問題であった。下手をすれば敵へと伝わる危険性もあった訳であり、今回だってオッゴを作った企業に対し口止め料などを金で強引に解決させたのだから。

更に次いでと言ってはアレだが、オッゴの著作権も金を交えた裏取引で手に入れた為、これで正式にオッゴはジオンの所有物となり国内にある施設や軍事基地での量産が可能となった。

 

しかし、こういった独断行動を行ったグレーゾーン部隊に対し、キシリアは『何れ罰を与える』と口に出してはいるが現時点で彼等を処罰するつもりは全く無かった。勿論、軍法会議に掛ける事さえもだ。

それもそうだ、何故ならキシリアには焦って彼等を処分する理由など無いからだ。オッゴの技術流出の件でグレーゾーン部隊を処分する口実が出来た。言い換えれば、何時でも技術流出の罪で彼等を処分する事など可能だと言っているようなものだ。

しかし、今回の技術流出だって元々は戦力不足に悩む部隊の為であり、延いてはジオン公国勝利の為であったのだ。その点を鑑みた結果、彼等を早急に処分するという短絡的な手段をキシリアが取らなかったのもまた事実だ。

 

また戦争長期化の兆しが見えつつある現在、只でさえ人員や国力が少ないジオン公国軍にとって粛清や軍法会議などで兵士や部隊を処分し、兵員の数を無暗に減らすのは好ましい事とは言い難い。

今重要なのは勝利であり、彼等を罰するのは戦争に勝利してからでも遅くはないというのがキシリアの考えだ。それこそ文字通りに彼等を雑巾のように扱き使ってから、ボロボロになったらポイッと呆気なく捨てるかのように。

 

彼等がジオンの為に戦っているか否かなど、キシリアには重要な事ではない。ジオンを勝利へ導く一兵士として使えるか否かが彼女にとって重点であった。また彼女自身も勝利の為には軍の面子さえも捨てるのを厭わないと豪語する程であり、ジオン独立戦争に対する彼女の意気込みが窺える。

 

しかし、そんな彼女でも憂慮せずにいられない問題が一つだけあった。

 

「だが、しかし……我がジオン軍の次期主力MS開発の遅滞が原因で、このような貧相な兵器で穴埋めせねばならんとはな」

 

戦争勝利を最優先とし、時には面子さえも捨てるキシリアではあるが、彼女にとって最大の悩みは宇宙軍における次期主力MSの開発が長引いているという現状だ。

 

地球では地上用MSが次々と開発されては最前線に投入されているのに対し、宇宙軍の主力MSは未だにザクⅡのままだ。これは只単に開発が遅れているというだけでなく、次期主力MSの座を賭けて争っているジオニック社とツィマッド社が互いの足を引っ張り合っているからだ。

 

ジオンのMS開発には複数の企業が参加しており、その中でも特にMS開発に秀でているのはジオニック社、ツィマッド社、MIP社の三社である。特に最初に出たジオニック社はザクを生み出した企業であり、MSの基礎を作り上げたと言っても過言ではない。

 

ジオン公国では各企業にMS開発を命じるだけではなく、“競争”という名で企業同士を競わせ合い、短期間で高性能MSを生み出させようと試みた。その目論見は見事に的中し、数ヶ月の間に新型の陸戦型MSやザクのバリエーション機、水陸両用MSと言った新たなジャンルのMSまでもが誕生した。

 

しかし、この競争が熾烈さを増して激化すればするほど、純粋なMS開発に歪が生じ始めた。

企業系列の対立による報復合戦や、連邦とジオンも顔負けするような情報戦、そして挙句にはザビ家やザビ家に近しい人間に取り入って自分達の兵器を優先的に採用して貰えるよう便宜を図ったりと、当初のMS開発の思惑から徐々に外れて行き、今では競争とは名ばかりで裏取引や賄賂や談合などが横行していた。

 

それが今日の次期主力MS開発の遅滞へと繋がり、宇宙軍は未だにザクで我慢するしかなかった。もしこのままジオンが地球を制圧出来たのならば取り越し苦労で終わるだろうが、逆に連邦軍がMSを開発した上に宇宙へ攻め上がって来たらどうなるだろうか。

 

一年戦争緒戦の敗北をきっかけに連邦軍でもMSの有効性に着眼するのと同時に、ジオンの主力MSザクを手本として独自にMSの研究・開発を始めている。またMSの開発技術で出遅れているとは言え、最低でもザク以上の性能を有する主力MSの開発を目標にしている筈だ。

 

そうなればザクのみで構成されているジオン宇宙軍は、今後現れるであろう連邦軍の主力MSの性能と物量で押し潰されるのがオチだ。パイロットの腕が良ければ性能差はカバー出来るかもしれないが、数の力で押し切る人海戦術を仕掛けられれば一個人の技量など無意味に等しい。

 

そうなる前に何としてでも次期主力MSの開発は完成させなければならない。国力の差から考えれば物量差は覆せずとも、性能差で追い付かれ、または追い抜かれる訳にはいかない。

 

だが、それでも間に合わない場合も十分に考えられる。そんな時に突然現れたのがオッゴだった。普通ならばMSよりも低い性能を有しているという事実だけで、誰もオッゴに見向きもせずに歴史の影に埋もれていくだけの珍兵器になる筈であった。

 

しかし、今後の戦況次第で宇宙が主戦場となった場合にザクのみで戦い抜くのは非情に困難だ。そこで重要となるのはザクの戦闘力を何処まで引き上げられるかだ。

勿論、これにはザクの潜在力を引き出せるパイロットの技量も必要不可欠だが、それ以外にもザクを援護し、フォローする支援機の存在も欠かせなくなる。

今日まではガトル戦闘機が支援機として使われていたが、やはり戦闘機とMSとでは運動性の差や加速性の違いなどで相性がイマイチな部分がある。またMSと違って戦闘機は常に動き続けなければならず、そう言った点でも宇宙戦闘機でMSを支援するには限界があった。

 

それに対しオッゴならばザクと同じ武器を使用しているおかげで火力は十分にあり、尚且つ運動性もMSに劣るものの戦闘機のソレと比べれば遥かに高い。

つまりMSと並行して共に戦闘行動を行えるだけの性能を持っており、ザクなどのMSを支援する兵器としては優秀な機体であると上層部は考えたのだ。またコストも戦闘機に近いぐらいに安価で、機体の構造も単純な作りであったという事も大きかった。

 

要するにオッゴが量産化される最大の理由はザクを支援する兵器が偶々不在だったからに過ぎないのだ。一応グレーゾーン部隊が低性能なオッゴで挙げた驚きの戦果も報告されてはいるが、殆どの人間はこれを単なる幸運として見做していた。

 

話は逸れたが、皮肉にも期待感がゼロに等しいオッゴが量産化へと繋がったのは、他ならぬジオンの抱える事情と問題が複雑に絡み合った結果だと言えよう。もしジオン内部で内輪揉めに似た企業同士の争いが無ければ、今頃は次期主力MSが開発されていただろうし、オッゴだってキシリアの目に入らずに無視されていたかもしれない。

 

だが、現実でこうなってしまった以上どうする事も出来ない。それはキシリアやダズだけでなく、ジオンそのものがそうだと言える。

 

今後のジオンを憂いキシリアの口から重々しい溜息が吐き出されたのと同時に、何かを思い出したかのように顔を上げてトワニングの方へ振り返った。

 

「……ところで、奴はまだグレーゾーンに居るのか?」

「スパイ三十三号の事ですね? 奴なら現在もグレーゾーン部隊に潜入し活動を行っています。無論、向こうの部隊にその事は知られておりません」

「ならば奴に通達せよ。『今後もグレーゾーン部隊の動向を監視し、不穏な動きが見られた場合は逐一に報告せよ』……と」

「了解しました」

 

キシリアの命を受けたトワニングが部屋を後にすると、一人残されたキシリアは無表情のまま手元にあったリモコンを操作し、モニター画面を消したのと同時に閉め切った部屋のカーテンを全て開放した。

 

暗闇に包まれていた部屋に再び人工の光が差し込み、眩しさの余りにキシリアの目が糸のように細くなる。そして目が光に慣れた頃には、キシリアの眼下には広大なグラナダの街並みが広がっていた。

 

「ジオンは滅びぬ、滅ぼす訳にはいかん。その為には戦争に勝つしかないのだ」

 

月面基地グラナダの司令官として、ザビ家の長女として、自分に言い聞かすようにそう呟いたキシリアはグラナダの街を見下ろしながら改めて戦争勝利を誓うのであった。

 

 

 

 

 

オッゴの量産化が決定したという事実は、その日の内にダズの口からグレーゾーン部隊全員へ余す事無く伝えられた。しかし、熱心にそれを話すダズとは裏腹に当初は誰もそれを事実と信じず、嘘だと思い込んでいた。それもそうだ、性能の低いオッゴを量産して何の取り柄があるのだという考えが全員の頭にあったからだ。

 

しかし、それから二週間後だ。ジオン技術本部からグレーゾーン部隊へ新設計で試作されたオッゴの運用試験の要請が正式に言い渡され、そこで漸く誰もがダズの言葉が正しいのだと知り、同時に誇らしい気持ちが湧き上がった。

それもそうだ、自分達だけしか乗っていない貧相な兵器が母国ジオンに認められたのだ。これからオッゴはジオンを支える立派な戦力となり、自分達がその先駆けとなると思うと胸が熱くなる。

 

そして運用試験が要請された翌日、グレーゾーン部隊のメーインヘイムに技術本部にて新設計された試作オッゴ十数機が運ばれて来た。

オッゴが純粋な戦闘用として技術本部で新設計されるとダズから聞かされていただけに、エドは無邪気な子供のように目を輝かし、期待に胸を膨らませていた。だが、実際に格納庫へと運ばれて来た実物を見てガッカリと言う表現が似合う程に少し落ち込んだ。

 

「てっきりMSのようにカッコ良くなるかと思ったら……前の時と全然変わらないじゃんかよぉ……」

 

そう、新設計されたと言っても実際に変更があったのはオッゴの中身だけであり、外装や外観に至っては殆ど変わっていなかった。つまり今まで通りの不格好なドラム缶型のままという訳だ

特に一番期待していたエドが残念そうに本音を漏らすと、それを偶々耳にしたヤッコブは子供をあやすような軽い笑い声を上げながらエドの頭をポンポンと叩いた。

 

「そう気を落とすんじゃねぇ。オッゴがMSの支援機として認められただけでも有難いと思えよ。それに外見は変わっちゃいないが、中身に至っては大幅な改良が加えられているらしいぜ?」

「誰がそんな事を言ってたんですか?」

「ガナック整備班長だよ。俺も詳しくは聞いちゃいないが……偶々整備班長が技術試験部の連中と話している所を横切った際に『これはかなりの改良ですね』と言って喜んでいたのを聞いたんだよ。ほら、あそこ見てみろ」

 

そう言ってヤッコブの指差す先を見ると、格納庫の出入り口付近で学者のような格好をした技術本部の人間数名と頻りに会話を遣り取りするガナックの後ろ姿があった。

恐らく、今回の新設計で主にオッゴの何処を改良したのかを聞いたり、逆に今回の試験で求められる結果や目標を言い渡されたりするのだろう。只単に機械を整備するだけではなく、こういった運用試験でも色々と苦労する整備士の姿を見て、大変なのはパイロットを務める自分達だけじゃないのだなとエドは心の中でひっそりと呟いた。

 

「それよりも……見てこいよ、新しいオッゴの中身をよ」

「う、うん」

 

ヤッコブに促されて新たに配備された改良型オッゴのコックピットを開けて中を覗くや、エドは思わず目を見開いて先程とは一転して嬉しそうな笑みを零してしまう。

 

「すげぇ! 無茶苦茶広い!」

 

先でも述べたがオッゴは外見こそ変わってはいないが、中身は大幅な改良が施されている。その改良の一つに含まれているのがコックピットの変更だ。

前回まで使用していたオッゴのコックピットは大型作業用ポッドの物を流用していた為、MSのコックピットと比べると窮屈で操縦には若干不向きな部分があった。そこで改良型はザクと同じコックピットの型を流用しスペースを拡大、更にMSと同じ操縦系統を使用した事で操縦性と追従性を格段にUPさせた。

またモニター画面もコックピットスペースの拡大に合わせて、以前よりも大型且つ新型のモニターを採用。正面と左右に配置され、これにより大きい視野を獲得するに至った。

そして映像を捉えるモノアイカメラも右側に単眼望遠鏡に似た形のサブカメラが増設され、映像がより一層鮮明化されたのと同時に機能性を高めた複合装置として完成した。

 

そしてもう一つの改良点はオッゴを構成する部品パーツそのものだ。最初期のオッゴもMSのパーツを流用してはいるが、その時はまだ公に認められた兵器ではないので最低限のMSパーツで済まし、残り大半は大型作業用ポッドの部品で補っていた。比率で言えば3対7で、MSパーツが3で大型作業機が7という割合だ。

だが、その比率ではオッゴを兵器と呼ぶには程遠く、大半のパーツを作業機に頼っているのだから性能だって低い。そこで今回の改良でオッゴの性能向上を図るべく、パーツの比率を大幅に変更する事を決定した。

 

そして改良が施されたオッゴはMSパーツが6、作業ポッドのパーツが4と構成パーツの比率が逆転し、結果として最初期のオッゴと比べて三割近く性能を底上げする事に成功した。

同時に装甲もザクと同じ超硬スチール合金が採用されて防御力が大幅に上昇した。だが、装甲が頑丈になったからと言ってミサイルやビームの直撃を受ければ撃墜は免れない。

 

因みにオッゴの改良点で述べたパーツ変更の中には推進機関も含まれており、最初期のオッゴは大型作業ポッドのエンジンブースターの出力をそのままに、被弾しても爆発や停止しないよう戦闘に耐えられるだけの最低限の改造を施したに過ぎなかった。

技術本部はこの脆弱な改造ブースターも純粋な戦闘用に変更すべきと判断。本格的な戦闘を視野に入れて再設計された結果、戦闘に耐え得るだけの性能と高機動性を有した大推力の大型ロケットエンジンの装備が決定した。

これはガトル戦闘機や高機動型ザクなどでも使用されているものであり、爆発的な大推力から生み出される高機動性は目を見張るものがある。

 

大型と言うだけあってロケットのノズルはザクのバックパックブースターよりも一回り大きく、MSよりも小さいオッゴが装備すると不釣り合いと言うか不格好のような姿になってしまう。

しかし、この大推力を誇るロケットエンジンと頑丈な超硬スチール合金のおかげで、より激しい高機動戦闘が可能である……と技術本部は断言しているが、実際に可能かどうかは運用試験で試される事となる。

 

兎に角、大規模な改良を受けたオッゴは生まれ変わったと表現しても過言ではないぐらいに、以前のオッゴを遥かに上回る性能を有していた。とは言ってもMSに比べればまだまだ低い性能ではあるが。

これだけ技術本部の人間が本腰を入れて改良なり改造を施してくれたのだと思うと、誰もが自分達は見捨てられた訳ではなかったのだと安堵に似た気持ちを抱いた。

 

そして試作改良のオッゴを受領して一時間後、グレーゾーン部隊は運用試験を開始した。

グラナダ基地にあるMS訓練場でオッゴの機動性と運動性を臨床し、続けてオッゴ同士で模擬戦を行い大凡の戦闘力を測定。他にも戦場でザクとの連携や支援は何処まで可能なのか……などなど、兎に角、戦場で大いに考えられる状況を想定した訓練に近い運用試験もあれば、技術者が欲するデータや情報を希望通りに取ったり色々と大忙しだ。

 

そして運用試験は何の問題も無く順調に進み、三日目の最終日では訓練場を離れ、危険が隣り合う戦場を意識して一年戦争の緒戦で崩壊したサイド4付近にて最後の模擬戦兼運用試験を行う事となった。

 

これが無事に終わればオッゴが正式に量産化される……誰もがそう信じており、もう既にこれから量産されるオッゴの姿が目に浮かび、一同は密かに心を躍らせていた。

 

 

 

グレーゾーン部隊がグラナダを発したのとほぼ同じ頃、連邦宇宙軍の宇宙要塞ルナツーから一隻のサラミス級巡洋艦が発進しつつあった。見た目は至って普通のサラミスだが、甲板にはジオンのザクが立った格好のままで露天繋止されている。

 

このザク……前回グレーゾーン部隊と一戦交えた連邦軍の鹵獲部隊のザクである。甲板に繋止されているザクは三機、その先頭はネッドと互角に遣り合ったボアン大尉の乗る角付きのザクだ。

普通ならばパイロットもサラミスの艦内に搭乗するのが正しいのだが、何時また敵の攻撃を受けるのか分からないので、パイロットは全員MSのコックピットに待機し何時でも出撃出来る態勢を作っている。それだけ宇宙における連邦の支配力が弱体し、ジオンに支配権を奪われているのかが窺える。

 

だが、そんな細かな事情よりもボアンには気掛かりな事があった。それは甲板に並んだ三機目のザクの、更にもう一つ後ろに立っているMSの存在だ。

膝や爪先、胸元の装甲板はオレンジ色の塗装が施され、残りの部分は白に近いベージュ色。顔はザクとは違い口元の動力パイプも無ければ、モノアイカメラだってグリーンカラーのバイザーで覆われてしまっている。そもそも顔の形そのものがザクから大きく掛け離れた作りになっている。

そして体全体もザクに比べると丸みが少なく、寧ろ角張っているという印象が強い。

更にこの機体、ザクでさえ人間と同じ五本指のマニピュレーターだと言うのに、どういう訳かマニピュレ―ターの指が僅か三本しかないという作業機レベル程度の汎用性しか持っていない。

 

それもその筈、この機体……通称ザニーは連邦軍が極秘裏に月のグラナダにあるジオニック社から入手したMSのパーツに、連邦軍の技術力を融合させて出来上がった試作機なのだ。故に手足や頭は連邦軍が独自に考案しているMS構造に近い形をしているが、コックピット周辺はザクそのものだ。

これも連邦軍が推進しているMS研究を目的に開発されたのだが、連邦の持つMS技術が不足であった事と、ジオンが作ったパーツに系統が異なる連邦のパーツを無理矢理組み込んだ為に中途半端な性能に仕上がってしまった。それでも一応の性能はザク並にあるらしく、中には実戦に配備されている機体もあるそうだ。

 

そもそもザニー自体が試作パーツの検証やデータ収集機を意識した実験機としての側面が強いので、戦闘に関する期待は然程高くない。寧ろ低いと言うべきだ。

 

そんな機体で彼等が出撃するのは他ならない、連邦軍が開発したパーツを組み込んだこのザニーで更なる研究データを収集する為だ。

遂この間も鹵獲したザクを運用し、奇襲作戦を兼ねてMSの基礎データ収集を行ったばかりだ。しかもその作戦にて多くの仲間を失ったボアンにとって、今回新たにデータ収集を言い渡されて遣る瀬無い気持で一杯であった。

しかし、これは戦争だ。部下が死ぬのは当然だし、部下が死んだ翌日には上官が涼しい顔で別の任務を自分に言い渡すなんざ日常茶飯事だ。それを重々承知しているからこそ、ボアンは何も文句も言わずに今回の任務に赴いたのだ。

 

但し、流石に自分がザニーに乗ってデータ収集を行うのに躊躇したらしく、今ザニーに乗っているのは彼の部下だ。ほぼ無理矢理に近い形で部下にザニーのパイロットを命じたからか、ボアンにも良心の呵責というものがあるらしい。彼にしては珍しく気まずい雰囲気の伝わりそうな声色で、ザニーのパイロットに通信を通じて話し掛けた。

 

「あー……どうだ、マーカス少尉。そのザニーの乗り心地は?」

『ええ、最高ですよ大尉殿。それはもう死にそうなぐらいに』

 

ザニーのパイロットを務めるマーカス少尉の逆恨みとも取れる発言にボアンは『やっぱりな…』と心の中で呟き、重々しく首を項垂れた。

 

ザニーがザクと同等の性能を有しているのは確かだが、それ以上にこの機体にはザク以上の問題を多く抱えていた。

その一つが操縦性の劣悪さだ。先程も述べたように、この機体にはジオンと連邦の技術が入り混じっており、それが原因で中途半端な性能に仕上がってしまった。その中途半端なおかげで操縦性が著しく悪くなり、ザクよりも扱い辛い機体として完成してしまった。

 

また他にも整備性が最悪でルナツーでの演習中に作動不良を起こしたり、故障なども相次いだという例も様々な所から聞かされている。つまり限りなく失敗作に近い実験機なのだ。

 

勿論、実験機なのだからそう言ったリスクがあっても仕方がない。しかし、演習やデータ収集の最中に突然機体が瓦解したりする恐れがあると分かっているだけに、それを半ば強引に押し付けられる試験部隊からすれば堪ったものじゃない。

こういう危険な試験機を押し付けられるからこそ、試験部隊の誰もが一刻も早く連邦軍が安全なMSを完成してくれる事を祈るのであった。

 

「……今回の試験が終わったら上層部に進言してやるよ。こんなキチガイな不良品を作るんじゃねぇってな」

『マジで進言して下さいよ! 俺、一回これに乗ってゲロ吐きそうになったんですから!』

「分かった分かった……」

 

部下に扱い辛い上に危険極まりない機体を押し付けた謝罪として、ボアンはこのザニーに変わる新たなMSを一刻も早く開発するよう上層部に訴えると約束を交わすのであった。

 

そして彼等が乗ったザクを搭載したサラミスが向かう先はザニーの試験場として選ばれ、一年戦争緒戦で壊滅的な被害を受けたコロニー群『サイド4』だ。

 

新たな改良を施されたオッゴの運用試験を行うべくサイド4へ向かうジオンのグレーゾーン部隊と、ザニーに組み込まれた新パーツの立証を行うべくサイド4へ向かうボアン大尉率いる連邦の鹵獲部隊。

 

何の因果だろうか、前の戦いを終えてから一ヶ月も経っていない両軍の部隊が戦場で再会する機会がこうも早くやって来ようとは。

崩壊し残骸と化したサイド4にて両部隊が再会を果たす時は、紛れも無く刻一刻と近付きつつあった。

 




今回の連邦軍が持ち出してきたザニーですが、こういった影で支えた試作機も大好きですw Gジェネではあれからジムに開発したりして自軍を強化したものです。いやぁ、ザニーにはお世話になりましたw

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