灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

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漸くオッゴの戦いが書けるとなって、凄く嬉しいような楽しいような大変のような(笑) ですが、コツコツと頑張ってみます!
なるべく分かり易く読める事を心掛けて書いているのですが……それに没頭し過ぎる余り、広い視野で物語が書けていないかもしれません(汗)
もしご指摘やアドバイス、誤字脱字等がございましたら、それをご指導し下さると嬉しい限りでございますw


実戦

実戦

 

一年戦争の初戦、人類の大半を死に至らしめた所謂一週間戦争が終わった直後の地球連邦軍は今までにない屈辱を味わったのは言うまでもない。その中でも一番は間違いなく地球連邦宇宙軍であろう。

 

宇宙軍と名前こそは立派ではあるが、実を言うと大量の実弾とビーム兵器が放火を交え合う大規模な宇宙戦闘は、地球連邦政府が設立してから一年戦争が勃発するに至るまで全く無かった。更に単刀直入に言えば一年戦争緒戦こそが彼等宇宙軍にとって初めての舞台でもあった。

 

宇宙での艦隊戦、宇宙戦闘機を実用した戦闘……宇宙における人間同士の戦いそのものが初めてだった。

無論、連邦軍だって宇宙軍を設立しただけで後は何もしなかった訳ではない。仮想敵を想定した模擬戦や、宇宙における有効な戦術や戦略の研究だって励んだが、どちらも机上の空論の範囲を超えないものに過ぎない。

 

結局は初めての宇宙戦争で何が起こるかも分からなければ、何が起こってもおかしくなかった。

 

しかし、何もかもが初めてであったにも関わらず連邦宇宙軍の士気は極めて高かった。士気が高い理由は言うまでもなく自分達の故郷を侵略しようとするジオンに対する怒りや、各々が持つ正義感からだ。

自分達の家族や故郷を守る為、今日まで築き上げて来た自分達の力を如何無く発揮し、侵略者ジオンを打倒するのだと……連邦軍人の殆どが熱い意気込みを持って戦争緒戦に挑んだのだ。

 

そして――――敗北した。

 

連邦軍の圧倒的とも言える物量も、彼等が長年築き上げた戦略や戦術も、家族を守ろうという熱い想いでさえも、ジオンの新型兵器MSの前に成す術もなく敗れ去ったのだ。

 

短期間で受けた大損害よりも、侵略者ジオンに敗北した事実よりも、80年近くという長い時間を掛けて築き上げた宇宙軍の戦術や戦略もMSの前では全くの無力且つ無意味と言う事実が彼等に衝撃を与えた。

 

連邦軍人の中にはジオンの勝利は奇襲の成功によるものだと決め付ける者も居たが、最前線に戦った兵士達の多くはこう考えていた。

 

我が軍にもMSがあれば――――と。

 

そして大打撃を受けた連邦宇宙軍にとってこの緒戦の大敗はトラウマとなり、それに連動して宇宙軍全体の士気の大幅な低下にも繋がった。その代わりと言うのも変な気もするが、士気の低下と反比例するかのように、ジオンに対する恐れは今までにないぐらいに増幅した。

そのおかげで敗戦以降はジオンに対し攻撃を仕掛けるのが消極的になり、精々戦闘力を持たない輸送部隊に奇襲を仕掛けるか、またはジオンのパトロール艇の進行予定ルートに機雷を散布する程度の小規模な戦闘行動をポツポツと展開するだけになってしまった。

 

巨大な国力を持っていながらも国力の低いジオン相手に手も足も出せない今の連邦宇宙軍の姿は、まるで巨大な熊が凶暴なハチ一匹に恐れているのに等しい。

 

だが、この日……宇宙世紀0079年七月二十日、地球軌道上付近にて発生した戦闘は今までのものとは異なる光景が繰り広げられていた。

今までジオン軍を見掛けても静観するか、逃げるかの当たり障りのない行動ばかり取っていた連邦宇宙軍がジオンのパトロール艇に対し積極的な攻撃を仕掛けているではないか。しかも、常に劣勢に立たされていた連邦軍がこの戦闘では珍しく優勢に立っている。彼等の作戦が見事に成功したからと言えば確かにその通りだと言えるが、他にも彼等が優勢に立てた理由があった。

 

連邦軍が優勢に立っている大きな理由は何と言ってもジオンのザクを用いている事だ。どうして彼等がザクを用いているのかと疑問に思うかもしれないが、少し考えれば然程難しい事ではない。

一年戦争中に連邦軍が幸運にも無傷で鹵獲したザクをそのまま運用しているか、またはジオン公国から連邦政府へ亡命を果たした人々が連邦への手土産の一つとして持ってきたザクを使っているかのどちらかしかない。

 

どんな方法で連邦がザクを手に入れたかはさて置き、これによって彼等もMSの力を手に入れたのは確かな事だ。

勿論、中にはジオンの兵器を使って戦うのに少なからずの抵抗感を持つ者も居るかもしれないが、敵と対等に戦えるという点に置いては大きな意味を持っている。つまり現時点でジオンに対抗するにはジオンのMSに乗るのが手っ取り早いという事だ。

またMSの開発や研究が遥かに遅れている連邦軍にとって、敵の機体を鹵獲して機体構造を調べるだけでなく、実際の戦闘を通じてMSならではの戦術や戦略を探求するのもMS開発には欠かせぬ内容だ。

 

そう、今地球軌道上付近でジオンのパトロール艇を襲撃しているのは単なる連邦の部隊ではない。連邦が急務としているMSの開発・研究、更に戦場での実戦データを取る事を目的に結成された実験部隊なのだ。

 

その実験部隊を指揮していると思われる角付きのザクに乗っているアフマド・ボアン大尉は無残に討ち取られていくジオンのパトロール艇の姿を見て、上唇に生えた丸みの帯びたM字の髭をヒクヒクとヒク付かせながら微笑を浮かべていた。

 

「ふっふっふ、やはりMSの力は凄いな。まぁ、我々が使用しているザクを味方と誤認してくれた間抜けなジオンの失態も大きいかもしれんがな」

 

彼等の仕掛けた戦法は単純に言ってしまえば騙し打ちだ。ジオンのパトロール艇にボアン大尉率いる鹵獲ザク部隊が接近し、味方の振りをして手痛い一撃を与えるというものだ。更に後方で待機していた戦闘機部隊や巡洋艦の追い打ちもあり、この数週間の内に彼等の部隊はジオンのパトロール部隊を三つ潰滅に追い遣っている。

 

因みにこの戦法は地球上でも取られており、地球に送られたジオン地上軍の補給物資の奪取に多大な戦績を上げたとの事だ。

 

話しは戻り、目の前で繰り広げられている戦闘も然程長くは掛からない事は誰の目にも明らかであった。敵戦力の要であるザクは殆ど落ち、最後のザクも今では残り少ないザクマシンガンを放って抵抗を続けるのみ。

対するこちらの被害はほぼ無傷であり、ムサイをザク諸共落とすのは他愛の無い事だ。四つ目のパトロール艇が潰滅し、自分達の戦果がまた一つ上がるのも時間の問題だ……そう考えてニヤリとボアンがほくそ笑んだ正にその時だ。

 

遥か遠くの宙域からこちらへ向かって来るバーニアの閃光を確認したのは。

 

「何だ? まさか……増援か!?」

 

向こうの宙域に連邦軍が居る筈もなく、となればジオンの援軍だと考えるのが妥当だろう。これにはボアンも一瞬、このまま戦闘を継続するか否か決断に迷いが生じた。

 

ここで彼が恐れたのは貴重なMSを失う事、そして自分達の実験部隊による奇襲攻撃が相手に露見されてしまう事だ。

 

不意打ちとは文字通り、相手の不意を突く攻撃だ。ザクというMSを駆って奇襲を仕掛けている以上、自分達の存在を敵であるジオンに知られる訳にはいかないのだ。

自分達の存在を敵に知られてしまえば、確実な戦果を上げていた不意打ち戦法も一転して大きなリスクが生じる諸刃の刃と化してしまう。そうなる前に敵の部隊を短時間で殲滅出来れば良かったのだが、今回は偶々相手の中に腕の経つパイロットが居た為に時間内で敵を殲滅する事に失敗してしまった。

 

そこへ更に敵の増援となれば、自分達の存在が知れ渡ってしまう。そうなる前に増援も含めてジオンの部隊を倒さなくてはならないという事になってしまうのだが、自分達があくまでも実験部隊であり尚且つ未だに回復を果たしていない戦力を顧みれば、これ以上の戦闘続行は好ましくなかった。

 

自分達の存在が相手に知られるのは手痛いが、今回は短時間で敵を殲滅出来なかった自分達の不徳の致す所と割り切り、部隊に後退を指示しようとしたが、それよりも先に部下の一人からノイズ交じりの通信が入る。

 

『ザ…ザザ…い尉! ボアン大尉! ザザ…敵が現れ…ザザザ…!』

「ええい、ミノフスキー粒子が散布されている場所では通信は使い物にならんと教えただろうが!」

 

ミノフスキー粒子の影響下では通信機器は全く使い物にならないのはジオンのみならず、連邦も身を持って知っている。それでも必死に敵の襲来を教えようとする部下の声に苛立ちを覚えるが、仮にこちらがどれだけ怒声を言おうが同じミノフスキー粒子下に居るのだから部下には伝わらない。

それよりも増援部隊の動向へ目を向けると、モニターに映し出された機体を見て彼は一瞬思考が止まった。

 

「………何だ、アレは?」

 

モニターを最大望遠にして映し出されたのは隊長格を意味する角付きザクと、その取り巻きのようにザクを取り囲みながら飛来する複数のドラム缶の物体であった。

前者のザクは兎も角、後者のドラム缶は見た目からして異様としか言い様がない物体そのものだ。しかし、初めて目にするものだから恐らくジオンの新型なのだろうと予測したが……それにしてもインパクトの有り過ぎる外見に彼は言葉を失った。

 

暫く言葉を失い呆然としていると、ザクと数機のドラム缶は大破したムサイ艦の前に飛び出し、仲間を守りながら敵対するこちらの部隊に対して攻撃を仕掛け出した。

そこでハッと我に返ったボアンは呆然としている場合ではないと自分に言い聞かし、味方の損害が増える前に前線に飛び出し味方部隊に指示を出した。

 

「各機! 敵の増援だ! 注意しろ!!」

『隊長! アレは一体何ですか!?』

「馬鹿野郎! 俺が知るか!! 恐らく敵の新兵器だ!」

 

ミノフスキー粒子の影響下でも味方が近距離に居れば音声通信も可能であり、先程ノイズ交じりに敵の増援を訴えていた部下の声も近付くだけで明瞭に聞き取れる程に回復した。だが、回復したものの即座にやって来た部下からの間抜けな質問に今度こそボアンは容赦なく怒声をぶつけた。

 

だが、同時に彼は今さっきまで考え掛けた撤退について頭の中で待ったを掛けた。もしドラム缶の物体が本当にジオンの新兵器だとすれば、その性能を知る事もまた重要である。また新兵器と今後も遭遇する可能性だってあるのだから、新兵器に関する情報収集は早い方が良い。

 

「各機! これより増援部隊も含めてジオンを叩くぞ! 但し、無茶はするな。良いな!?」

『『『了解!!』』』

 

損得勘定で現状を考えた末にボアンは多少のリスクを冒してでも戦果を上げると同時に新兵器の性能を調べるという決断を下し、すぐさま彼が率いるザク部隊は増援部隊に向けて攻撃を開始したのであった……。

 

 

 

 

「まさか、連邦軍が我が軍のMSを使って攻撃を仕掛けてくるとは……」

 

メーインヘイムから発進したネッド少尉とオッゴ二小隊が増援として戦闘宙域に入るや、最大望遠を通して真っ先に目にしたのはザクがザクと戦い、数機のザクがムサイに対し容赦なくマシンガンを撃ち続けるという衝撃的なものであった。

最初は仲間割れか、またはその類……敵前逃亡阻止か、連邦へ亡命するのを阻止する為と一瞬本気で思い込んでしまいそうになった。が、よくよく見ると同じザク同士でもムサイに敵対しているザクの方は援護機として連邦軍のセイバーフィッシュを同行させている事に気付いた。

 

そこでネッドは大体の把握は掴んだ。恐らく連邦軍がザクを鹵獲し、それを自軍の戦力として使っているのだろうと。

だが、それはそれで非常に厄介である事に変わりはない。今まで連邦軍の主力兵器と戦闘機が主流であったが、今回に限って連中は鹵獲したとは言え自分達と同じMSを使用してきた。

連邦軍に勝つ為に導入した切り札とも呼べるMSが向こうの手中にある以上、今までのような楽な戦いでは済まされないだろう。現に目の前のパトロール艇は応援要請があってから駆け付けるまで十五分程しか経っていないが、既に壊滅の一歩手前だ。

 

これだけでMSの持つ破壊力の恐ろしさが分かる筈だ。そして応援として駆け付けたネッド達もまた、敵が手に入れたMSの脅威を相手にしなければならない羽目になった。

 

しかも、こちらの戦力はザク一体にオッゴ十体のみ。数的に見れば十分のような気もするが、戦闘機相手ならばいざ知らず、ザク相手ならばオッゴの性能では分が悪い。ハッキリ言ってしまえば、ザクとオッゴの……MSとMPの性能差は天と地と呼ぶに相応しい歴然の差がある。

恐らくオッゴ三機で漸くザク一機に相当すると計算しても、向こうはザクが六機もいる上にセイバーフィッシュも四機ほどザクのサポート機として共に動いている。数では五分でも、質では圧倒的に向こうが上だ。

 

仲間を助け、敵を適当に追い払ったら無理せず後退しよう……と無難な考えを抱いて応援に向かっただけに、そこで待ち受けていたのが鹵獲されたザクと知ってネッドを含めグレー部隊の誰もが絶望に近い感情を味わっただろう。

 

だが、既にザクやオッゴのモニター越しから救援を求める味方の姿さえも肉眼で確認出来る所まで来てしまっているのだ。それに敵もこちらの存在に気付いたらしく、モノアイや戦闘機の機首をこちらに向けてくる者さえも居る。

 

こうなったらヤケクソとはいかないが、腹を括るしかない……そう覚悟を決め、ネッドは深い深呼吸を一度吐き出した後に隊員達に命令を出した。

 

「良いか! 我々の目的は味方の救助だ! 被弾している味方の脱出を支援し、これ以上の被害を防ぐんだ! それさえ完了すれば、この場に留まる必要はない! 敵の対処は各々の判断に任すが、相手もMSを使っている以上無理に相手をする必要はない!」

『『『了解!!!』』』

「では、第一小隊は生き残ったザクとムサイの防衛に回れ! 第二小隊は私と共に敵を牽制する! 続け!」

 

そこで音声がブツンと途切れ、ネッドからの通信は切れた。第二小隊に属しているエドは初めての実戦に緊張な面持ちを浮かべながらゴクリと唾を飲み込んだ。

遥か遠くからバーニアを全開に吹かし、こちらへ向かって来る幾つかの機影がモニターに映し出される。しかし、言うまでもなくアレは訓練機などではない。自分達に対し強い殺意を持って、殺しに掛かって来る敵だ。

 

そう考えると自分達がしているのが本当の殺し合い、本物の戦争なのだと今更ながらに実感してしまう。だからだろうか、これが戦争なのだと分かった途端にエドの手に震えが襲い掛かって来た。

 

恐い……いや、戦争そのものが恐いのは初めから分かり切っていた事だ。それでも祖国の為にと戦場へ足を運ぶ兵士の道を選んだのは他ならぬ自分だ。

それはそれで覚悟を決めなければならないとエド自身も頭の中では分かっていたが、実際に殺し合う敵に遭遇すると想像していた恐さとは比べ物にならない恐怖が体を縛り付ける。

 

このままじゃ自分が死んでしまうのではと想像すればする程、指を動かそうとするのだが、それが目に見えぬ恐怖と相反し合ってカタカタと震えてしまう。

 

そんな時だ、あの厳格な隊長の声が耳に届いたのは。

 

『大丈夫か?』

「た、隊長?」

『エド、お前を含め二番小隊の多くはこの戦闘が初陣となるだろう。当然、誰だって恐いと思っている筈だ』

「…………」

『逃げろとは言わんぞ。だが、死ねとも言わん。生きろ……お前なりに、我武者羅にな』

「……はい!」

 

どうして彼がそんな言葉を自分に掛けてくれたかは定かではないが、機体越しに戦闘に恐怖する自分の気持ちが伝わっていたからかもしれない。恐怖は完全に拭い切れなかったが、それでも先程よりか恐怖は紛れた気がする。

 

『各機、来るぞ! 注意しろ!』

 

傷付いたムサイを通り過ぎた直後、ネッドの叫びと共にモニターの画面を注視すると三機のザクと四機のセイバーフィッシュがこちらへ向かって来る姿が映し出されていた。

残り三機のザクはエド達から見て右方向へ飛んでいる。どうやら迂回する形で直進する第二小隊を避け、大破して身動きの取れないムサイを仕留めようという算段なのだろう。

 

ここでもし第二小隊が方向転換をすれば迂回する部隊の進撃を阻止する事が出来るだろうが、そんな真似はこちらへ直進するもう一つの部隊に対し『撃って下さい』と言っているに等しい。此処は迂回する部隊は第一小隊に任せ、自分達は直進してくる敵部隊に専念するのが妥当であろう。

 

そして敵部隊とエド達との距離が近付くに連れて、相手の姿もより明確になっていく。敵に鹵獲されたザクであると分かり切っているとは言え、MSと戦闘を交わすのはこれが初めてだ。

巨大な銃火器を手にした鉄の巨人が、背中のバーニアを吹かしてこちらに向かって来る様は何とも言えない圧倒感があり、恐らく初めてMSを目にした連邦兵士もこの姿を見て畏怖の念を抱いただろう。

 

成程、こりゃ恐ろしい事この上ない……そうエドが思ったのも束の間、モニターに映っているザク三機が横に構えて持っていたザクマシンガンを構え直し、銃口をこちらに向けて来た。

 

撃ってくる――――銃口を向けられた瞬間に背筋に走った悪寒と共にそう確信したのはエドだけじゃなかった。他のオッゴに乗っている隊員やネッド隊長も敵の発砲を確信したらしく、敵の射線上に立たないよう機体を動かして回避運動に入る。

 

直後、敵のザクが構えたマシンガンからばら撒かれるように弾丸が放たれ、エド達に襲い掛かる。

銃口から発射された弾丸そのものがオレンジ色に発光して見え、弾丸が通る無数の弾道も同じくオレンジ色に輝く道を一瞬だけ作り出している。それだけ見れば何処か美しさを感じさせるが、紛れもなくその一発一発には相手を抹殺する破壊力を秘めている。

 

そして弾丸を避け切れず装甲のスレスレを掠るだけで機体全体に震動が走り、心臓が縮むどころか自分の人生が終わったと誤認してしまい目を瞑りそうになる。だが、戦場で目を瞑るのは危険を通り越して死を意味しており、自分で自分の首を絞める真似に等しい。

誰もそんな事で死にたくはないし、死ぬつもりもない。エドもその一人であり、弾丸が自分の方へ向かって来ても成るべく目を逸らさず真っ直ぐに見詰め、弾道を見極める事に努める。

 

だが、彼等も相手に一方的に撃たれている訳ではなかった。敵が使用したザクマシンガンが有効射程に入ったと言う事は、自分達の武器もまた有効射程に入っているという意味だ。

 

『弾幕を張れ! 撃ちまくるんだ!!』

 

敵の攻撃を受けてから三秒後、ネッド少尉の口からも明確とは言い難いが、只管撃ちまくって弾幕を張れと言う命令が下された。敵の攻撃から身を守る為、そして攻撃して来た敵を返り討ちにする為にこちらも弾幕を張るのは強ち間違ってはいない。寧ろ、それが当たり前だ。

 

そして隊長機のザクを含め、ザクマシンガン装備のオッゴ四機とザクバズーカ装備のオッゴ一機は命令が下されたのと同時にトリッガーを引いた。

見た目は貧弱なオッゴではあるが搭載可能な火力はザクの持つ火力に相当しており、現に(ザクを含めた)オッゴ達の一斉射撃を前にした連邦部隊は思わず回避運動を取った程だ。

 

しかしながら相手も鹵獲したザクで相当な高機動訓練を積んだのか、オッゴの一斉射撃を熟練パイロットのように巧みな操縦技量で潜り抜けてみせた。

それでも無傷とまではいかなかったものの、鹵獲ザクの装甲に多少の傷を付けただけで決定打となる致命傷こそは完全に免れていた。隊長機は勿論のこと、他の二機も同じぐらいの最低限の被害で済んでいる。

 

あの弾幕の中を最低限の被害で潜り抜ける…ザクの誇る高い運動性と乗るパイロットの技量で成せる業だと言えよう。が、ザクと同伴していたセイバーフィッシュは無傷では済まされなかった。

機動性が高く連邦軍にとってMSに対抗出来る数少ない通常兵器の一つとは言え、MSに比べれば運動性が劣るセイバーフィッシュでは突如襲い掛かって来たオッゴ小隊の弾幕の前に狼狽するしかなかった。

 

その内二機は素早く弾幕の外へと逃げ切れたものの、残り二機の内一機はオッゴの弾幕を避け切れずもろに被弾。MS用マシンガンという圧倒的な破壊力を直撃した結果、機体は跡方も残らず四散した。もう一機は最初に逃げた二機に付いて行こうとして腹を……機体の底部を見せた所をネッドに狙われて撃墜されてしまった。

 

初めての戦闘で戦闘機とは言え撃墜した事実は、初陣であるエド達の士気を大きく高揚させた。

 

『やった! 敵を落としたぞ!!』

『これなら……俺達でも勝てるぞ!』

 

エドや他の隊員からも歓喜の声が上がる最中、グレー部隊は敵鹵獲部隊とすれ違い、互いに相手の反対方向へ通り過ぎていく。その直後だ、ネッドの檄が飛んで来たのは。

 

『気を抜くな! 敵が再度来るぞ!!』

 

そこでオッゴのモノアイカメラを後方へ通り過ぎた部隊へ向けると、戦闘機は動きも止めずに直進するのに対し、ザクは一旦動きを止めると即座に軽快な動きで180度方向転化した。

 

MSは戦闘力と防御力の高さが際立っているのは事実だが、それだけで戦闘機や大艦巨砲主義に打ち勝った訳ではない。

他の通常兵器とは一線を画し、MSしか持たない能力……それはAMBAC(アンバック)と呼ばれる“能動的質量移動による自動制御システム”だ。

小難しい文字が並んで理解は困難と思う人間も居るだろうが、簡潔に述べればMSの可動肢……所謂手足の一部分を高速に動かして得られる反作用を姿勢制御に利用するものだ。

これによってMSはバーニアやスラスターなどの推進剤を一切消費する事無く、自由自在に方向転換を可能にしている。

これは只単に無重力空間において方向転換や姿勢制御に役立つだけでなく、通り過ぎた戦闘機を即追撃したり、また背後に回った敵に対処したりするのにも絶大な効果を発揮した。ある意味でMSしか持ち得ぬ武器と言えよう。

 

そして今の鹵獲ザクもアンバックの原理を活かして僅か三秒程度で180度の方向転換を行い、今さっき通り過ぎたばかりのオッゴ小隊の背中を取る事に成功した。

因みに鹵獲ザクと随伴していたセイバーフィッシュなどの戦闘機の方は、その場での方向転換など不可能に近いので、彼等と同じく180度方向を変えるには極端に細長いU字を描くようにターンを……ブレイク(急旋回)をしなければならない。

恐らくセイバーフィッシュが鹵獲ザクに追い付くにはもう暫く時間が掛かりそうだが、随伴しているとは言え戦闘機の能力に合わせて行動するのはザクの力を殺しているに等しい。

ボアン大尉は戦闘機が自分達に追い付くのを待たずして、自分達だけで……MSの性能を遺憾無く発揮して敵を撃滅するのが良いと判断して即座に行動に打って出た。

 

互いに相手とすれ違って間も無かった事もあり、背後を取った鹵獲ザク部隊と未だに先を進み続けるオッゴ小隊との距離の差は然程離れてはいなかった。距離で言い表せばザクマシンガンの射程に余裕で収まる程に。

 

MS相手に背を向けたままは確実な死を意味する、それが戦闘機の類であれば尚更だ――オッゴの形状を見て戦闘機に近い戦いしか出来ないだろうと思い込んだ鹵獲ザク部隊は彼等の背後を取れた事で絶対の自信を持っていた。

 

しかし、その自身は呆気なく次の瞬間には崩れ去ったのだ。

 

『よし! 背後に向けて撃ち方ぁ!!』

 

ネッドの号令を合図に変形して折り畳まれていたオッゴの右腕が展開され、次いでザクマシンガンやバズーカが装備された右側のシリンダーが腕に並行する形で回転し始めた。

後方から追撃を行っていた鹵獲ザク部隊はオッゴが何かをしだしたのはモノアイに見えていたが、一体何をするのかまでは分からなかった。やがてシリンダーが180度回転し、下にあった腕が上に、上にあった武器が下へと位置が逆転する。

 

しかも、下の武器の銃口は後方へと向けられている――――そこでボアンは咄嗟に相手の意図を見抜いた。

 

『いかん! 回避しろ!!』

 

ボアンが部下二名に対しそう叫んだ直後、オッゴ達の一斉射撃が再び火を噴き鹵獲ザク部隊に襲い掛かる。突然の不意打ちではあったが真っ先に気付いたボアン機は無傷、もう一機のザクも隊長の言葉に素早く従い対応した為に辛くも致命傷を避ける事に成功した。

だが、残りの一機は反応が遅れたどころか、この不意打ちでパニックになってしまい操縦どころではなくなってしまった。

 

目の前に迫り来る弾丸を目の当たりにし、MSの手足を動かさず、反射的に操縦桿を握っていた両手を手離して両腕で自分の顔を覆い尽くすように庇ってしまった。所謂、人間誰しもが持つ防衛本能というものだろう。

 

無論、この人間らしい防衛行動は彼を窮地に陥らせた。回避行動が取れなかったザクは無数の弾丸が降り注ぐ雨の中へと突っ込み、機体の至る所にMS用の銃弾を浴びせられた。

頭は木端微塵に破壊され、胴体や脚部の動力チューブも千切れ、そして背中のバックパックにも甚大な被害が及んだ。

 

やがて銃弾の雨が収まれば、そこには頭と左肩足を完全に失い、左肩のスパイクアーマーも破損して内部が露出する無残なザクの姿があった。それでもパイロットの居る胴体は幸いにも無事であり、どうにか脱出出来る―――と思われたのも数秒の間だけだった。

 

数秒後、損傷を負ったバックパックの傷口からバチバチと激しい電流が走ったかと思いきや、次の瞬間に鹵獲ザクは眩い閃光に包まれていた。

戦場で不意に生まれた一瞬の煌めき……その輝きの中には紛れもなく“死”があった。どうやら今の一斉射撃で損傷した鹵獲ザクのバックパックが爆発し、機体そのものまでもが誘爆したようだ。

それを目の当たりにしたエドは敵を倒した喜びよりも、何時自分がああなるかもしれないと身の毛もよだつ考えを抱いてしまい、素早くその映像から顔を背くものの顔は蒼褪めたままだ。

 

だが、そんな彼の心境など知る由も無く、すぐさまネッドから次の行動指示が言い渡される。

 

『今だ! 各機反転し攻勢に出るぞ!!』

『『了解!!』』

 

敵部隊が仲間の死に気を取られているのを好機と睨んだネッドは、すぐさまオッゴ小隊に反転するよう命令を出した。

ネッドのザクは鹵獲ザクが見せたのと同様にアンバックを利用して難無くその場で反転してみせたが、オッゴ達の方もまた作業用のアームをアンバックとして利用してザクと同じように反転してみせた。

流石にMSのように高度なアンバックシステムとは言い難いが、それでもオッゴがアンバックの原理に従い、無重力空間にて推進剤を一切使用せず180度の反転に成功した事実に変わりはない。

 

それを見たボアン大尉は衝撃を受けたのと同時に、自分が根本的な考え違いをしている事に気付かされた。

最初はオッゴを外見上から察して戦闘機か、それに近い類の物かと思い込んでいた。しかし、戦闘機には真似出来ない後方への攻撃やアンバックシステムを利用した動きなどを見て、漸くあれが戦闘機の類どころか、MSと同様に他の兵器とは一線を画す兵器である事を把握した。

 

しかし、オッゴが戦闘機以上の力を持っていても、MSに劣る兵器である事もまたボアンは見抜いていた。

 

オッゴの至る部分に固定された武装はザクと同等かそれ以上の火力を持ってはいるが、MSにやや劣る運動性、戦闘に向かない作業用アームやMSの胴体とほぼ同じコンパクトな機体サイズを見る限り、総合的な戦闘力はMSよりも下回っているのは隠し切れない事実であった。

 

それらを見抜いた上でボアンの脳内に導き出された答えは、オッゴが本格的な戦闘を目的に開発された機体ではなく、MSの支援を目的に開発された補助兵器である可能性が高いというものであった。

実際の開発経緯については間違いではあるが、オッゴが補助兵器であるという彼の見解は強ち間違ってはいない。実際にグレー部隊でもオッゴは自分達を守る為だけの戦闘力しか持っていないという認識を有している。

 

つまり機動力と運動性に優れている鹵獲ザクを以てして、直にオッゴと対決すればまだまだボアン達に勝ち目はある……という事だ。無論、その為には隊長機である敵のザクを黙らせなければならないのだが。

 

『チャーリー! 俺が敵の隊長機を押さえる! その間に貴様は生き残ったセイバーフィッシュと連携を組んであのドラム缶達を潰せ!!』

『了解!!』

 

敵のザクとオッゴ達が一斉に攻勢を仕掛けようとしたのとほぼ同時にUターンを終えて戻って来た生き残りのセイバーフィッシュも合流し、こちらの準備が整った所でボアン達も動き出した。

ボアンは味方を置いて行く形で先行し、隊長機であるネッドのザクに狙いを定めマシンガンを放つ。しかし、こんなあからさまな攻撃を真に受ける程ネッドも甘くはなく、この弾丸は難無く避けられてしまう。

 

だが、二人の戦いはここからが本番だった。ボアンが他愛ない攻撃を行ったのは相手を攻撃する為というよりも、敵に敢えて回避行動を取って貰う為であった。

単純な攻撃を仕掛けた故に敵の回避行動を予測するのも容易く、そしてボアンの予想通りにネッドのザクは自分の期待通りの回避行動を見せてくれた。それを見て薄らと笑みを零したのと同時に鹵獲ザクのバーニアをフルスロットルで吹かし、一気に急加速する。

 

不意を突くかのように急加速した鹵獲ザクの行動は熟練パイロットであるネッドでさえも目を見開かせる程だ。しかも、スパイクショルダーを前面に突き出した敵の構えから察するに、恐らく急加速で勢いを付けたタックルをお見舞いした後、そのまま格闘に持ち込むのだろうとネッドも予想が付いた。

 

流石に近距離からの急加速では反撃はおろか、避けるのでさえも不可能であり、咄嗟に右肩に装備してあったショルダーシールドで防御の体勢を構えるのが精一杯だった。

機体だけでなく、乗っている人間も衝撃に備えて体の芯に力を込める。それから数秒も経たずして、タックルを仕掛けて来た鹵獲ザクと激突した。激しい震動が機体全体に襲い掛かり、次いで機体の関節やガードした右肩とシールドの接合部分がギシギシと機械らしい悲鳴を上げる。

 

「ぐぅ…!!」

 

凄まじい衝撃と震動にネッドの口から呻き声が零れ、思わず胃液を口から零しそうになるが、そこは鍛え上げた精神力と己の根性で何とか耐え凌ぐ。また事前にタックルが来ると予測出来た事も精神的な負担の軽減に繋がった。

だが、只単にぶつかっただけでは終わりではない。鹵獲ザクはショルダータックルを成功させると、そのままバーニアを吹かして強引にネッドのザクをオッゴ小隊から引き離そうと図ったのだ。

 

如何に数でオッゴ隊が勝っているとは言え、乗っているのは新兵ばかりだ。それに対し向こうは熟練兵も交えた小隊だ。先程まで自分も交えて漸く五分五分だったのに、これで引き離されて小隊と合流出来なくなってしまえば状況は悪化するのは必然であった。

そうなる前にネッドはザクの体を我が身のよう器用に捻らせて相手のタックルから脱すると、タックルを外されて背中を見せた鹵獲ザクに向けてマシンガンを放つ。だが、相手も負けじと体を翻らせてマシンガンをスレスレで避けてみせるや、バク転するかのような鮮やかな動きで再度こちらに向き直り突撃してくる。

 

パイロットの度胸と技量がどれ程に高い物かは鹵獲ザクの動きを見続ければ一目瞭然であり、これにはネッドも素直に認めざるを得なかった。

 

「こいつ……エースだな!!」

 

連邦軍にもMSを手足のように動かす敵が居ることに驚きを覚えたが、同時に目の前の相手が後に脅威になるだろうとも冷静に判断していた。しかし、エースを相手にした事で完全に彼は味方部隊へ戻る隙を失ってしまった。

 

一瞬のミスが命取りとなる戦場では敵の動きから目を逸らす事が出来ず、ネッドは不安な心境を押し殺しながらオッゴ小隊の無事を只管に祈り続けるのであった。

 

 

 

『気を付けろ! 来るぞ!!』

 

敵の奇襲攻撃によって部隊長と離れ離れになってしまったオッゴ小隊は残った連邦部隊と戦う羽目になったのは言うまでもないが、隊長であるネッドを欠いた彼等は案の定連邦軍に押され気味であった。

敵のザクが直進してマシンガンをばら撒き、こちらも応戦する形で反撃するが高いザクの運動性によって軽々と避けられてしまう。不意打ちならばMSをも討ち取れたが、やはり真正面から戦うとなれば軍配はザクの方に上がるようだ。

 

それでも敵は一機のみ、こいつを倒せれば……と思ってマシンガンを適当にばら撒いて小隊を通り過ぎたザクに振り向こうとしたエドだが、刹那に小隊長であるヤッコブ伍長から強い口調で通信が入る。

 

『エド! 戦闘機が来るぞ!!』

「えっ!? おわ!!」

 

ヤッコブの言葉に反応してモノアイカメラを周囲に素早く動かすと、ザクからツーテンポ距離を置いたぐらいの所からこちらに向かって来るセイバーフィッシュ二機の姿があった。そして二機は今までのお返しと言わんばかりにオッゴ達へ向けてミサイルや機関砲をお見舞いする。

幾らミノフスキー粒子の影響で命中率が下がったとは言え、この近距離からではミサイルも相手の撃ち方次第では命中する可能性もある。

特に機関砲は太古の昔からドッグファイトで活躍して来た武器であり、MSが登場した宇宙世紀に置いても未だに使われている武器だ。いや、寧ろミノフスキー粒子によって有視界戦闘へ逆行した事によってミサイルよりも活躍しているかもしれない。

 

だが、どちらもMS相手には力不足であり、避けられるかMSの分厚い装甲の前に無力であった。

しかし、MSよりも薄い装甲を持つオッゴならば話しは別だ。ミサイルならばもろに受ければ二・三発程度でお陀仏だろうし、機関砲でさえ蜂の巣になるぐらいに集中砲火を浴びせられれば一溜まりもないに違いない。

 

そういう危険性を孕んでいるからこそ、ヤッコブは今まで以上の危機感を持って敵との戦闘に臨んでいた。そして後一歩遅ければ敵に撃墜されていたかもしれないエドに通信で注意を促す。

 

『エド! ザクに囚われ過ぎだ! 戦闘機も居るんだぞ!! オッゴと言えども戦闘機のミサイルで呆気なく撃墜するかもしれないんだぞ!』

「ご、ごめん!」

『次は無いと思って行動しろよ! 良いな!?』

「りょ…了解!」

 

口では簡単に言うものの、実際に行動で示すのは中々難しいものだ。相手は戦闘機とMSという異なる兵器種でありながら、機体性能の差を巧みに利用し合い、見事な波状攻撃で互いの隙を埋め合っている。タイミングをずらされる事で攻撃の手口が掴めないどころか、このままでは嬲り殺しにされて撃墜されるのがオチだ。

 

どうにかして波状攻撃のループから抜け出せれば……とヤッコブが思考に更けていると、ふと自分達を攻撃していた鹵獲ザクの姿が見当たらない事に気付いた。

 

「……何処に行った?」

 

こちらへ戻って来る戦闘機の姿こそは見えれど、肝心の攻撃の要であるMSの姿が見えない。キョロキョロとモノアイカメラを左右に動かしては見るが、今さっきまで自分達に襲い掛かって来ていたあのザクの姿は見当たらない。

 

『ヤッコブ伍長!! 上!!』

『何!?』

 

アキの言葉にハッとなって機体そのものを上に傾かせてみると、ザクマシンガンを構えてオッゴ小隊へ今正に突撃してくる鹵獲ザクの姿がモニターに映し出された。

 

『ッ! 散解しろ!!』

 

今から迎撃すれば全員がザクマシンガンの餌食になると判断したヤッコブは反撃よりも回避を優先させた。そして五機がそれぞれの方向へ散解した直後、ついさっきまで彼等が一塊になって集まっていた場所にマシンガンの弾丸が豪雨のように降っていく。

危なかった、もし少しでも行動が遅れていれば……マシンガンの雨が降り注ぐ様子を見詰めながら、そう思うと各員の肝がキュッと縮まり、背中に冷たい氷が投下されたかのような嫌な寒気が背筋を駆け抜けていく。

 

だが、そこで一瞬気を緩めたのが大間違いであった。

 

『…?! う、うわぁぁぁぁ!!』

 

突然オッゴ小隊の耳に飛び込んできた仲間の悲鳴。それに気付いて思わず誰もがその悲鳴の主へとモノアイを向けると、急旋回を仕掛けて戻って来た二機の戦闘機がオッゴ九号機に肉薄していた。それも真正面にだ。

 

逃げろ! 避けろ! ――――!

 

通信機に九号機に乗っている仲間の名前を叫んだり、必死に敵戦闘機から逃げろと訴える声が入り混じれる。だが、非情にも彼等の叫びは“戦争”という重い現実の前には全くの無意味であった。

 

彼等の叫びを嘲笑うかのように二機の戦闘機から二発ずつミサイルが放たれる。新兵が操るオッゴが至近距離で撃たれたミサイルを回避する技量など持っている筈がなく、動かぬ的の様にミサイルに直撃するのは当然とも言える結末だ。

 

残酷にも聞こえるだろうが、未熟な腕前しか持たない兵士が戦争で死ぬのは珍しい事ではない。寧ろ、当たり前と言える。

 

そして全てのミサイルを受けたオッゴのパイロットは悲鳴を上げる暇もなく、機体の爆発に飲まれて宇宙の塵と成り果てた。

 

自分達が撃破した鹵獲ザクと同じ巨大な禍々しい閃光が宇宙の闇に突然生じ、数秒後には再び元の闇へと戻って行く。しかし、そこには仲間の姿など存在しない。今の禍々しい光によって存在そのものを掻き消されてしまったのだ。

 

初めて目にした仲間の死に隊員の誰もが頭の中が真っ白になり、一瞬時が止まったかのように硬直してしまった。

だが、戦場で仲間の死などで頭が真っ白になった時が一番感情に支配され易い時でもある。仲間を殺された事に逆上して敵に挑む者が居てもおかしくはなく、オッゴの十号機を操縦していた彼が正にそれであった。

 

『うああああああああああ!!!』

 

硬直していた誰もが十号機のパイロットの叫びで漸く我に返り、同時に彼の怒りの暴走を制止するのに一足遅れてしまった。気付いた頃には既に十号機は仲間を殺した戦闘機二機に向けて特攻しており、これにはヤッコブも『しまった』と口に出してしまう。

 

『馬鹿野郎!! 無暗に突っ込むな!!』

 

特攻していく後ろ姿を見た時点で明らかに手遅れかもしれないが、それでもこれ以上犠牲を増やしたくない―――その思いで必死に制止を呼び掛けようとしたが、ヤッコブの努力が報われはしなかった。

 

仲間を奪われた復讐を果たすかのように戦闘機へ攻撃を仕掛けたオッゴだったが、先程の鹵獲ザクがオッゴと戦闘機の間に割り込み行く手を遮った。

十号機に乗っていたパイロットは突然目の前に現れた鹵獲ザクに驚き、思わず操縦に必要な手足を止めてしまった。この時の彼の心境は、宛ら怒りで熱していた頭にいきなり冷水を掛けられたようなものだったに違いない。

 

敵だから撃つべきか、それとも衝突を回避するべきか、それとも急制止を掛けるべきか……少なくとも彼には三つの選択肢があったのだが、突如現れた敵MSの圧倒的な存在感の前にパニックに陥り、次にどう行動すべきか分からなくなってしまった。

 

だが、彼が手足を止めている間にも目の前のザクは動き続けており、右腰辺りに装着していたヒートホークを握り締め、それを高々と振り上げる。無論、ザクが狙いを定めているのは無謀な攻撃を仕掛けた哀れなオッゴだ。

 

『逃げろ!! 逃げろォー!!』

『だ、誰か! 助けて……! あああああああああああああああああああ!!!!!!』

 

必死に逃げろと呼び掛けるヤッコブの言葉など十号機のパイロットには届いていなかった。敵が今にもMSサイズの巨大な斧を振り下ろさんとするのだ。この時の恐怖感は半端ではない。自分が勝手に突っ込んでいった後悔すら頭の中に存在しない程に、彼は恐怖で支配されていた。

 

挙句にはプライドの欠片も無く只管に仲間に助けを求める悲痛な叫びさえも上げるが、今更助けを求めた時点で何もかも手遅れだった。

彼が耳を劈くような叫びを上げた時点で既にザクは手にしたヒートホークをオッゴ目掛けて振り下ろしていた。高熱で熱せられ朱色に発光するヒートホークの刃は、まるで包丁で豆腐を切るかのように軽々とオッゴを真っ二つにしてみせた。

 

そして短時間で二つ目の閃光が上がり、二人目の戦死者が出た。

 

あっという間に二人が死んだ……その現実に誰もがショックを受け、今さっきまで感じていた優越感が嘘だったかのように小隊の士気はガタ落ちする。

アキとヤッコブは仲間の死にショックを受けつつも、これが戦争であると割り切っているからか悲しみに浸るような真似はせず、仲間が落とされても即座に行動が出来た。だが、初めての初陣で張り切っていたエドの方がショックから脱却出来ずにいた。

 

初めての戦闘でいきなり仲間を二人も失った喪失感が彼の気力を奪い、彼に戦わせる意欲を失わせる。そして此処が戦場である事も忘れさせ、正気さえも奪わんとする。戦場では新兵などによく見られるストレス障害だ。

 

『おい! エド! 何しているんだ! 死ぬぞ!!』

『エド君!! どうしたの!?』

 

仲間の声が耳に入るが、どうして彼等が自分の名を必死に呼び掛けるのかすらエドは理解出来ていなかった。

 

今、彼は自分が何をすべきなのか分からなかった。

 

自分がどうしてこの場に居るのか、どうして仲間が死んだのか、どうして敵は自分に銃を向けてくるのだろうか…………無気力になった彼の頭の中を疑問が充満し、彼の意識が遠のきそうになる。

 

当然手足も動かしていないのだから、彼が操るオッゴの動きは緩慢になる。動きが遅くなった一体のオッゴの存在を見逃さなかった鹵獲ザクはバーニアを吹かし、一気にエドの乗るオッゴへ接近する。

 

そしてエドの真正面に立ちはだかった鹵獲ザクは前の戦闘から手に握っていたヒートホークを再び振り上げ、エドに向けて振り下ろさんとする。

 

この時も必死に何かを呼び掛けるヤッコブの声が聞こえるが、エドの耳にはその声がちゃんとした情報として全く入ってこなかった。ヤッコブもエドの危機に助けに行きたいのは山々だったが、肝心な所を戦闘機に邪魔されて思うように近付けないでいた。

 

エドは無気力で虚ろな瞳でモニターに映るザクを見詰める。

 

巨大な斧を手にしたザクが、それを自分に向けて振り下ろそうとしている。あんなのに当たったら死ぬだろうな……とまるで他人事のように考え、我が身の危機にすら気付いていない様子だった。

 

そうか、自分は死ぬんだな。あのザクが振り下ろすヒートホークで焼かれて死ぬのか。自分の最後はこんなにも呆気ないものだったのか……。俺は此処で死ぬのかぁ……。

 

やがてヒートホークを熱し切ったザクがそれを振り下ろそうとする。その刹那に彼の脳裏に走馬灯のような無数の思い出の数々が通り過ぎていく。家族の思い出、自ら軍に入隊する意思を固めた日の事、グレーゾーンに飛ばされてからの苦難の数々……。

 

そして―――

 

 

『逃げろとは言わんぞ。だが、死ねとも言わん。生きろ……お前なりに、我武者羅にな』

 

 

戦闘が始まる前に自分に向けて投げ掛けてくれた隊長なりの優しさと思い遣りの表現。それが脳裏に浮かび上がった所で消沈していた彼の意識が覚醒し、一気に現実へ引き戻される。

 

『エド君!! バック!!!』

「!!!!」

 

意識が覚醒したばかりで頭の中が真っ白だったエドの耳にアキの助言が飛び込んできた。頭の中が真っ白だった事が幸いし、言葉の真意を尋ねるよりも先に素直にアキの助言に従い機体を動かす事が出来た。

 

アキの助言を聞いてから三秒と経たずにエドはオッゴの両シリンダーを180度動かし、バーニアを前方へ持っていくや即座にバーニアをフルスロットルで吹かした。

 

その刹那、鹵獲ザクのヒートホークが振り下ろされるが、間一髪の所でオッゴが急後退したので、ヒートホークはオッゴに命中する事なくスレスレを空振りして不発に終わった。

もしアキの助言が少しでも遅れていれば、今頃エドのオッゴは十号機の二の舞となり、エドの肉体はヒートホークの熱で骨も残さず焼失していただろう。

 

だが、この一瞬の出来事が互いの勝敗に大きく起因した。ヒートホークの一撃を大きく空振りする形で避けられた鹵獲ザクは、その勢いのせいでアンバックが誤って働いてしまい、自らオッゴに背を向けるという失態を演じてしまう。

 

エドとしては只避けたつもりだったのだが、偶然にも敵の背後を取れてしまったという幸運に見舞われた。この二度とない絶好のチャンスを逃さないと言わんばかりに、ザクの背中に狙いを定めると両方の操縦桿の側面に備えられていたスイッチを押した。

 

「こ、この野郎ォー!!」

 

エドがスイッチを押した瞬間、オッゴの両側面にあるウェポンラッチに装着されてあったシュツルム・ファウストの弾頭が発射される。シュツルム・ファウストはザクバズーカに並ぶか、それ以上の威力を持った武器の一つであり、言わずもがなオッゴが装備可能な武器の中でトップクラスの武装だ。

 

それが左右一発ずつ発射され、すぐ目の前で背中を見せたザクに襲い掛かる。やがて二発の弾頭がザクの背中に触れた瞬間、シュツルム・ファウストの激しい爆発が巻き起こり、次いで鹵獲ザク自体もそれの爆発に耐え切れず機体が爆散した。

 

間近で起こった鹵獲ザクの爆発に思わず目を瞑りながらも、オッゴが爆発に巻き込まれないよう更にバックを続ける。そして光が収まり眩さが消えて、漸くエドは目を見開き目の前の光景を見詰めた。

 

そこには仲間を殺し、自分を殺そうとしていた連邦の鹵獲ザクの姿は何処にも見当たらない。当然だ、そのザクはたった今自分が撃墜したのだから存在する筈がない。

しかし、仲間と共同ではなく、単独でMSを撃破したのは言うまでもなくこれが初めてであり、エドは生まれて初めて自分が戦争の中で敵を殺したと実感した。実感しただけで胸焼けしたかのような気持ち悪さに襲われ、同時に喉を締め付けられるような嫌な息苦しさも感じてしまう。

 

要するに気分が悪くなったのだ。恐らく戦争に対する罪悪感や、ザクを倒すに至るまでの急激な興奮でそうなったのだろう。

少しでも気分を良くしようと、エドはヘルメットのバイザーを開け、パイロットスーツの首元の襟を緩めた。そして深く深呼吸し、コックピット内にある空気を少しでも多く肺に取り入れようとする。

 

その最中だ、モニター画面に新たに二つの閃光が巻き起こったのは。

 

「!!」

 

閃光を見た途端にハッとなったエドはすぐさまヘルメットのバイザーを下ろし、操縦桿を握り締めるとモニターに映った閃光の方へモノアイカメラを向ける。

自分が気を緩めている間に仲間がやられてしまったのだろうか……と思ったが、その不安は次の瞬間には杞憂で終わった。

 

モニターにはアキとヤッコブが乗る二機のオッゴの姿があり、二人の周辺には原型を失ったセイバーフィッシュの主翼や機首の残骸が漂っていた。どうやら今の閃光は仲間ではなく、残り二機の戦闘機を撃墜した際に起こった爆発だったようだ。

 

「アキ! ヤッコブ伍長! 無事か!?」

『はっはっは! そう簡単に死ぬかよ! 手前こそビビらせやがって!』

『そうだよ! エド君が急に動きを止めたからビックリしたんだよ!?』

 

仲間を心配したつもりが、逆に自分の行動が仲間に心配を掛けさせていたと気付かされてエドは思わず恥ずかしさに駆られてしまう。しかし、何はともあれ、自分が生き延び、仲間も生きている事がこんなにも嬉しい事なのだとエドは実感し、胸の奥底がジーンと温まり、目頭から熱い物が込み上がりそうになる。

 

すると、こちらの戦闘が終わるのを見計らったかのように一発の発光弾がエド達の母艦であるメーインヘイムから打ち上げられた。

発光弾の色は黄緑……それは『任務完了』を意味しており、彼等の任務目的である友軍の救出は、大破したムサイから脱出したコムサイと搭載機で唯一生き残ったザクが戦闘区域からの撤退に成功した事で終了した。

 

それとほぼ同時にメーインヘイムとは正反対の方向……連邦軍の鹵獲部隊の母艦からも青色の発光弾が打ち上げられた。

天高くから煌々と宇宙の戦場を照らす発光信号弾を確認した鹵獲ザク部隊は攻撃の手を止め、一斉に母艦のある方向へと下がって行く。どうやら向こうもこれ以上の被害を出すのを好ましくないと判断し、撤退を決めたらしい。

 

二つの信号弾は戦闘エリア全体を照らすように煌々と輝き、やがて輝きが消えた頃には双方の部隊は各々母艦に向けて後退していた。

 

今回の戦闘でグレーゾーン部隊は初戦闘でありながらMPオッゴで鹵獲されたザク三機(内一機はムサイ防衛に回っていた第一オッゴ小隊の戦果)と四機のセイバーフィッシュを撃墜するという華々しい戦果を上げたものの、第二小隊が二人と、第一小隊も二人の犠牲を出すという痛み分けの結果に終わった。

 

勝利と呼ぶには犠牲が多い辛勝ではあったが、この初陣でエドは初めて戦争の厳しさと恐怖を存分に味わい、戦闘を体験する以前に比べて一皮も二皮も剥けて成長の糧となったかもしれない。

 

そして発進してから一時間と経ってもいないのに、自分達の母艦であるメーインヘイムの姿を目視すると懐かしの我が家に帰って来たかのような気持ちにさせられる。何とも言えない安堵感と喜びを胸に抱きながら、エドは仲間達が待つメーインヘイムの格納庫へ着艦するのであった。

 

 

 

一方で初めてMPオッゴと戦闘を交わした連邦軍の方は苦い敗北としか言い様が無かった。初めて目にするジオンの新兵器を相手に少なからずの損害を与えられたのは称賛に値する。

しかし、彼等の方も現時点で虎の子とも言えるMSザクを短時間で三機も失ってしまい、更にセイバーフィッシュ隊も全滅するという数字的にも大きい痛手を被った。

これで彼等の活動は縮小を余儀なくされるだろうし、ジオンに対して今まで行って来た奇襲作戦も行えなくなるのは目に見えていた。

 

この無様な結末にボアンは苦々しい表情を浮かべながら、悔しげに歯軋りをするしかなかった。だが、彼は死んだ部下に誓っていた。

 

何時の日か必ず、あのドラム缶の部隊を殲滅してみせる――――と。

 

 

 

後日、グレーゾーン部隊と生き残ったパトロール隊からの報告で連邦軍がジオンのザクを使用して奇襲作戦を敢行していた事が発覚し、ジオン宇宙軍に衝撃を与えた………かと思いきや実際にはそうでもなかった。

上層部の大半は連邦軍が鹵獲したMSを使って攻撃してきた事実を単なる悪足掻き程度にしか受け止めておらず、また態々鹵獲兵器を使用していた事も連邦にMSを開発する技術力は無いと過小評価を下す結果へと繋がってしまった。所謂“楽観視”である。

 

だが、全ての人間が物事を楽観視で見ているという訳ではなく、上層部の中には今回の一件を重く見ている者も居た。その中の一人である武人肌の将官が今後二度と同じ行為をされないよう先手を打つ必要ありと訴え、連邦宇宙軍の本拠地であるルナツーへの攻撃を要請したようだが……―――

 

『地球全土を制圧すれば全てが終わる。無駄に戦力を割いてはなりません』

 

―――……とジオンを掌握するザビ家の長女である“あのお方”からのやんごとなき一言によって、結局ルナツー攻略作戦の提案は却下されたのであった。

 

こうしてグレーゾーン部隊の初戦は終わり、先ずは一安心と言う所だろうか。そして再び彼等は補給部隊として活動を再開するだろう……と思われたのだが、この戦闘が終わってから数日後、上層部から彼等に対し思いもよらぬ“命令”が下されるのであった。

 




漸く三話目を投稿出来て一安心です。個人的には一カ月に一投稿のペースを守っていきたいと考えております。もし遅れたりしたらごめんなさい(汗)

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