灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

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どうも、書くのが相変わらず亀並に鈍重な黒呂でございます。
漸くこの小説で一番輝く(予定)オッゴのメインパイロット達三名を書き上げられました。さぁて、今後どうやって戦わせるかが難題ですが……ちまちまと頑張っていきたいと思います!


戦闘訓練

宇宙世紀0079七月上旬、グレーゾーン部隊にオッゴが配備されてから二週間余りが経過しようとしていた。二週間の間に納品されたオッゴの数も十機を迎え、今までロクに戦力を補充出来なかったグレーゾーン部隊にとっては今までにない喜びであった。

とは言え、所詮オッゴも作業用のポッドにモビルスーツの技術をほんの少し与えたに過ぎない機体であり、戦いには不向きな点が多い。火力はザクと同等かそれ以上を期待出来るが、活動時間や機体性能を考えるとやはりMSに劣ってしまう。

 

そこで先ずはオッゴの得意とする戦法や、オッゴの適した運用方法を模索する事から始まった。ロクな戦法や運用方法を見付け出さずに激戦区や最前線に送り出したら悲惨な目に遭うのは火を見るよりも明らかだ。

またMSとの連携は可能なのかをオッゴの慣熟訓練を兼ねた模擬戦などで実践して試してみる事にした。

 

しかし、口で言うのは簡単だが実際にやるのは中々難しいものだ。

 

本来彼等は補給物資を前線で戦う部隊へ運搬したり、傷付いたMSや戦艦の修理を施したりする補給部隊だ。今現在も補給部隊としての任務は続いており、その任務の合間に出来た時間を利用してオッゴの訓練を行うのだ。激務の前後に行われる訓練、想像せずとも相当な疲労が溜まるのは言うまでもない。

 

だが、それでも彼等は根を上げなかった。何故なら自分達が生き残る為にはこれしかないと誰もが理解し切っているからだ。

 

 

 

 

宇宙世紀0079七月二十日、この日は珍しくも補給要請がなく、補給部隊としての任務が無いフリーな日であった。ジオンに余力があればダズの部隊には休暇が出たかもしれないがしかし、只でさえ国力が少なく、兵士の数も少ないジオンに人員を持て余す暇など有る筈がない。

 

そしてダズの部隊に対し上層部から命令が下り、万が一の事態に備えてグレーゾーン補給部隊は地球周辺の暗礁地域をパトロールせよという命令が下った。

見た目は列記とした命令ではあるが、中身は殆ど無意味に等しい。因みに暗礁地域とはジオンが一年戦争開戦直後に奇襲を仕掛けて破壊したコロニー群宙域サイド1、サイド2、サイド4の事を指している。

 

地球周辺やルナツー近辺で連邦の船を見掛ける事は多々あるが、そこから少し離れた暗礁宙域で連邦の船を見たなどという情報は一度も聞いた事がない。現時点までにだ。

 

ダズも上層部の命令を聞いた直後、これは自分達を休ませない為の口実に過ぎない……つまり何時も通りの嫌がらせの類だと受け取った。そもそも戦力など無いに等しい補給部隊にパトロールをさせる事自体がおかしい。

しかし、例えそれが嫌がらせだろうと上からの命令を蔑ろにする訳にはいかない。何より、この程度の嫌がらせならば可愛いものだ。仮に『最前線へ出向いて連邦軍を挑発しろ』みたいな任務だったら流石に『無理だ!』と叫んでいたかもしれないが。

 

寧ろこのレベルの任務ならば逆にオッゴの訓練をするには丁度良いとダズ自身はこれを好機として捉えた。

そしてダズは上層部からの命令を受領し、少佐率いる補給部隊『グレーゾーン』の旗艦メーインヘイムはグラナダ基地から比較的近いサイド2へ向けて出港したのであった。

 

 

 

サイド2……月と同じ軌道にあるスペースコロニー群の一つであり、一年戦争緒戦にジオンの仕掛けた奇襲攻撃によって壊滅させられた。またジオン公国が実行したプリディッシュ作戦――通称コロニー落としに使用されたコロニー『アイランド・イフィッシュ』は元々サイド2にあった物である。

 

緒戦から七カ月経った今もまだ、この宙域にはコロニーの残骸が数多く虚空の空間に漂っている。原型が何なのか分からぬぐらいに木端微塵に破壊された鉄くずもあれば、コロニーの周りを回っていた巨大ミラーが丸々一枚奇跡的にも無傷で残っていた。

どちらも今では意味を成さない残骸に違いないが、嘗て此処に宇宙で暮らす人々の生活の土台となったコロニーが存在した事を物語るのに重要な証拠であるのは確かだ。

 

サイド2の名残とも言えるコロニーの残骸を見たダズは……いや、彼だけでなくジオンの兵士として戦う彼等は複雑極まりない心境になった。何せこんな悲惨な光景を生み出したのは他ならぬ自分達なのだ。

直接的には関係無いとは言え、ジオンという国家に加担している時点でそれは同罪と言えよう。

 

戦争に勝利する為、ジオンの独立を勝ち取る為……そう言い聞かされた者は数知れず。しかし、実際にこの光景を見てから今を振り返ると、やはり自分達は取り返しの付かない事をしてしまったのではないかという強い不安に襲われる。

 

それでもジオンが戦争を続けるのは、こういった悲劇を起こした責任から逃れたいという一心からだろう。

一年戦争の緒戦を終えた頃に圧倒的勝利を背景に連邦と講和が結べれば、ジオンが行ったサイド1・サイド2・サイド4への破壊行為に対する責任追及は無かったし、独立さえも手に入れられたに違いない。寧ろそれこそがザビ家を含むジオン上層部の思い描いていたシナリオだ。

しかし、連邦軍のレビル大将の演説により戦争継続が決定したのでジオンのシナリオは大幅な変更を余儀なくされてしまった。戦争が継続されるという事は即ち、戦争の勝敗が着いていないという事であり、もし負ければ戦争を指導した上層部のほぼ全員が極刑という形で戦争責任を負わされる事になる。

 

責任から逃れる為、そして自分達が生き残る為には徹底的に勝ちを得に行くしかない。そう考えた彼等は無謀と強引が入り混ざったような地球降下作戦を敢行し、結局今日まで戦局は膠着してしまうのであった。

 

「自分で撒いた種……みたいなものだな」

「何か言われましたか、艦長?」

 

ダズの小さな独り言に反応したのは艦長席のすぐ隣に立っていた2mをも越す巨漢の男だった。分厚いモミアゲに茶髪の角刈りが似合うこの男、グレーゾーン部隊を指揮するダズを補佐する副艦長のボリス・ウッドリー大尉だ。

2mを越す巨体を有しているだけで他者を圧倒しそうな気もするが、それとは相反して円らな瞳とメタボリックな腹が第一印象を柔らかくしてくれる。強いて動物に例えるならば野性のヒグマではなく、ハチミツが大好きな黄色いクマ……と言ったところだろうか。

 

だが、このウッドリーなる男、グレーゾーンに落とされる前まではジオン軍作戦本部の補給部門に勤務していたエリートである。

大胆そうな見た目とは裏腹に緻密な補給計画を練り上げ、一年戦争緒戦のジオン軍の勝利に大いに貢献した。だが、その後ジオン軍が地球降下作戦を発動させるや国力と補給線の限界を真っ先に指摘し、戦争の勝利は困難どころか不可能に近いとまでも発言してしまい、それが原因でグレーゾーン部隊に飛ばされてしまったのだ

 

現在はグレーゾーン部隊の補給任務における指揮を陣頭で行うなどして活躍し、またメーインヘイムの艦長であるダズとは見た目も性格も反対なのだが、何故か馬が合い、今では良き親友だ。

 

船団の指揮はダズが、補給活動の指揮はウッドリーが。二人が得意とする分野の指揮でグレーゾーン部隊は存在そのものが成り立っていると言えよう。

 

そしてウッドリーに自分の小言を少しばかり耳に拾われてしまったらしいが、ダズは『何でもない』と軽く掌を振って今の呟きを気にしないよう求めた。

 

「それよりもだ、そろそろ訓練を開始しよう。パトロールが認められているとは言え、無駄に長居は出来んからな」

「そうですな。それでは……オッゴ隊、発進準備に取り掛かれ!」

 

話しの矛先をオッゴの訓練へ持って行くや、ウッドリーもそれに賛同して直ちに訓練を始めるようオペレーターを通じて格納庫に待機していたオッゴ隊及びオッゴ隊の隊長であるネッド少尉に伝えた。

 

ウッドリーからの命令が下された途端、メーインヘイムの格納庫の中が一気に慌ただしい空気に包まれた。激しい警報と共に回転する赤いランプが無重力の中を縦横無尽に飛び回る整備員を照らしつける。訓練とは言え実戦さながらの緊迫感がそこにあった。

何時でも出撃出来るようオッゴのコックピットの中で待機していたパイロット達も、カメラやアーム、シリンダーの動作不良はないか、装備されたマシンガンの弾数や推進剤に不足はないか、機体全体に異常はないかなどの機体の最終チェックを手早くこなしていく。

 

『オッゴ一番機! 異常無し!』

『オッゴ二番機! 同じく異常無し!』

『オッゴ三番機! オールグリーンです!』

『オッゴ四番機! 問題ありません!』

 

ネッドが乗るザクのモニターの端に彼の部下でありオッゴ隊の隊員達の顔が小さく映し出され、やがて全てのオッゴが出撃可能であると最後に報告した隊員の言葉を聞き、ネッドは大きく頷き部下達に訓練開始の号令を出した。

 

「よし! これより訓練を開始する! 出撃する際に機体名と自分の名前を艦橋に伝えるのを忘れるなよ!」

「「「了解!!」」」

 

ネッドがそういうと手本を見せるかのように彼の乗るザクは一歩前に出る。そしてメーインヘイムの格納庫がゆっくりと開かれ、目の前にコロニーの残骸が漂流する宇宙の海が広がった。

 

「ネッド・ミズキ! ザク出ます!」

 

そう言って格納庫の扉の左上端に備えられた三つの信号の内二つが赤・赤と続いて最後のランプで緑になった瞬間、ネッドのザクが虚空の海原へ向けて緩やかに発進する。

バックパックのブースターを軽く吹かしてゆっくりと発進したザクの姿はイマイチ迫力に欠けるものではあるが、そもそもメーインヘイムにカタパルトなんて装備されていないのだから勢いを付けて飛び出すのは不可能だ。

しかし、こういう障害物が多い場所でスピードを出すと逆に危険極まりなく、寧ろ今みたいにゆっくりと飛び出すのが良いというものだ。それはネッドも重々承知であり、何度か訓練を繰り返しているオッゴの隊員達も耳にタコが出来る程にネッドから聞かされている。

 

「良いか! 暗礁宙域で急いで飛び出せば事故を起こすのは一目瞭然だ! そんな馬鹿をやって命を落とすな! こういう時こそ慎重に行くんだ!」

『『『了解!』』』

 

今回も同じ注意をオッゴ隊員に促し、彼等の耳のタコがまた一つ増えただろう。そして先に発進したネッドのザクを追い掛ける形でオッゴ隊も一番機から順次発進していき、最後の十機目も障害物の多い危険な海原へと旅立って行った。

 

「全てのオッゴ、出撃完了しました」

「メーインヘイムはこの場にて待機。万が一にも敵襲があれば即座に離脱出来るよう、エンジンだけは温めておけ」

「了解しました」

「訓練に出たネッド少尉達と連絡は取れるか?」

「ミノフスキーの濃度が戦闘レベルに達していないので通信は可能です。しかし、ノイズが交るかもしれません」

「その程度は覚悟の上だ。だが、非常事態に備えて常に連絡し合えるよう心掛けてくれ」

「了解」

 

やはり訓練と言えども、手持ちの戦力を全て訓練の為に放出すると心許ない気分にさせられる。もしもこの瞬間を見計らって敵が襲ってきたら貨物船を輸送船として改造しただけに過ぎないメーインヘイムなんてあっという間に落とされてしまうだろう。

 

かと言って敵が来たから早速逃げろとすれば、今度は訓練に出ているオッゴ隊やネッド少尉を敵陣に孤立させるようなものだ。つまりメーインヘイムはダズ少佐が仲間を見捨てるという非人道的な方法を取らない限り、この場に残らざるを得ないのだ。

 

「暗礁宙域の中を丸腰で留守番というのも中々……肝が冷えますな」

「前回の時みたいに敵艦の砲撃に晒されながら撤退するよりかは遥かにマシだよ」

「ははははっ! それは違いありません」

 

ダズの台詞を聞いた途端、ウッドリーは正にその通りだと言わんばかりに豪快に笑った。だが、それが現実の事なので大して笑えないのだが、敢えてそこは豪快に笑う事で現状の不安を少しでも紛らわそうとする彼なりの努力であった。

馬が合うからかウッドリーの胸中を見抜いたダズは静かな口調でこうも付け加えた。

 

「心配せずとも訓練は手短に終わらせるし、彼等も我々の艦船から然程離れはしない。それに他のパトロール部隊も近くを出回っているのだ。こちらが敵と遭遇する可能性は極めて低い」

「ええ、私も低い可能性が的中する事がない事を祈っております」

 

敵と遭遇したくない……戦時中とは言え、そう思う者は少なくはない筈だ。ましてやグレーゾーンみたいにロクな戦力を持ち合わせていなかったら尚更の事だ。

しかし、今更それを嘆いても仕方がない。今はメーインヘイムの誰もが心の中で訓練が終了する瞬間を、そして訓練に出向いた者達が無事に帰って来る事を祈りながらその時を待ち続けた。

 

 

 

暗礁宙域の中は地球の環境に言い換えれば、正に魔の海峡と言える凄まじいものであった。先に述べたコロニーの残骸は勿論ではあるが、その残骸の中をよくよく見るとコロニー防衛の為に出撃したであろう連邦軍の艦体や奇襲を仕掛けたジオン軍の艦体、更にはザクまでもが残骸の一部として漂っていた。

無論、これらは言うまでもなく全て宇宙ゴミと化した物体だ。命を有した人間の手によって生み出されたが、同じ人間の手によって引き起こされた戦争によって数多くの生命が失われたのと同時に残骸へと変貌した。

 

戦争で失われたのは人命だけではない。人の手によって作り出した物さえも戦争によって有意義な物から無残な瓦礫へと成り果ててしまう事が目の前の光景によって証明されたに等しい。

 

また無数の残骸達はネッド少尉率いるオッゴ隊の弊害となり、行動に支障を起こす。軽い接触ならば機体に掠り傷が付く程度ではあるが、これが激しい衝突ともなれば間違いなく乗っている機体は大破し、パイロット諸共宇宙ゴミの仲間入りとなるのは明らかだ。

ネッドは勿論、オッゴ隊員もそれは重々承知しているので慎重に進んでいく。またこういう困難な場所を進むだけでも車体感覚ならぬ機体感覚を鍛えられるので、戦闘中や不意に発生した事故を除けば大概の接触事故は減らせる筈だ。

 

メーインヘイムから発進して1キロ余り進んだ所でネッドのザクが脚部のバーニアを吹かして機体を制止させると、オッゴもそれに倣ってバーニアの出力を下げてゆっくりと動きを停止させた。

 

どうやら此処が訓練を行う場となるらしいと誰もが理解した。中小規模の残骸が数多く漂っており、中には辛うじて原型を留めた大型の艦船もあった。あったと言っても1隻だけではあるが。

 

「よし、ここで訓練を開始する! 各機は訓練用に持参した的を残骸に貼り付ける作業に取り掛かれ!」

『『『了解!!』』』

 

そして案の定、ネッドから訓練準備に取り掛かる指示が飛び出し、オッゴ達は散り散りになって指定された場所に的を貼り付ける作業に取り掛かる。

作業と言っても簡単なものだ。丁度良い残骸を選んでは左右のウェポンラッチに丸めて取り付けてあったMSの射撃訓練用の的を広げて貼り付ける。それだけである。

元が作業用ポッドの腕である故に精密作業には不向きだが、こういう貼り付ける程度ならば何ら支障は無い。しかし、中には不器用な者も居る訳で……特にオッゴ七号機が貼ろうとしていた的など使い物にならないぐらいにぐちゃぐちゃのしわくちゃだ。

 

「あーもー! 何で上手くいかないんだよ……!」

 

自分の操作の不器用さに苛立ちを募らせ文句を愚痴るのはオッゴ7号機のパイロットであるエド・ブロッカ一等兵だ。やんちゃな子供がそのまま大人になったような性格であり、ボーイッシュの金髪と雀斑が特徴的だ。

どうやら作業用ポッドのアームを使った作業行為が苦手らしく、時間が経てば経つ程アームに握られた的は益々無残なものへと変わり果てていく。

他の隊員達が作業を終えてネッド少尉の元へ戻って行く様子をカメラで目視した事で更に焦りが生まれ、何とか的を目の前の残骸に貼り付けようとするが今度はアームに的が絡まって取れなくなってしまう。

 

「やべ! どうすりゃ―――!」

『あの、大丈夫ですか? エドさん』

 

このまま自分はネッド少尉から説教を受けるのかと思われたその時だ。彼の耳に救世主の声が届いたのは。そして上部のモノアイカメラを左に回してみると、オッゴの8号機がこちらをジッと見詰めている姿がモニターに映し出された。

 

「アキ! コイツを解いてくれ!」

『あ、はい。分かりました。ジッとしてて下さいね』

 

8号機の番号を見た途端、エドはそれに乗っている人物……アキ・カルキン一等兵にすぐさま助けを求めた。

アキはネッドと同年代であり階級も同じではあるが、大きな瞳と幼い顔立ちのせいで少年兵と見られる事が屡ある。また首元まで伸びた欧米風のボブカット……通称おかっぱ頭のおかげで女の子と勘違いされる事も満更ではない。

 

そしてアキは的が絡まって身動きの取れないエドのオッゴの腕にアームを伸ばし、丁寧に且つ的を破らぬよう慎重に解いて行く。

すると僅か一分足らずでオッゴの腕に絡み付いた的を解き、それだけでなく丁寧に的の皺を伸ばし、目の前に浮かんでいた残骸にペタリと的を貼り付ける。職人のような手際の良さと手捌きでエドの任務さえも完遂させてしまった。これにはエドも目を丸くするばかりだ。

 

「いやー、マジで助かったぜ! お前が居なかったら俺は今頃ここで野垂れ死んでたぜ!」

『そんな大袈裟な……。それよりも隊長の所に戻らないと怒られますよ』

「おっと、そうだった! 急いで戻らなくちゃな!」

 

アキに言われて危うく隊長の事を忘れかけていたエドは、隊長の怒りを受ける前に急いでネッド少尉と他のオッゴ隊の待つ集合地点に向かった。

 

その最中、エドはモノアイカメラを通じてアキの乗るオッゴを見遣りながらふと思った。どうして彼の操縦技術はあそこまで卓越しているのだろうか……と。

 

オッゴがグレーゾーンに配備されたのは今から二週間ほど前だ。MPという新しいジャンルではあるが、隊員達も一応MSの操作訓練を受けていたし、何よりオッゴの操作感覚は作業用ポッドに近いのでMSと比べれば遥かに簡単だ。

 

だが、それにしてもアキの操縦するオッゴは別格だ。まるでMPに乗り続けて何年も経った玄人が操縦するかのように滑らかな動きを見せるのだ。

 

(もしかしたら何処かのテストパイロットでもしてたのかな? 或いは作業用ポッドの作業員だったのか?)

 

このグレーゾーン部隊が、大雑把に訳せばジオンに……もといザビ家に睨まれて爪弾きにされた者が集められた部隊である事はエドにも十分に分かっている。故に様々な職種や異なる知識を有した者達が集まるのも必然だ。但し、誰がどんな職に就いていたかまでは不明ではあるが。

そしてエドが気に掛けているアキもまた戦前は違う職業……エドが想像していた職業に就いていたかもしれないが、自分と同じような理由でザビ家に睨まれて、挙句の果てにグレーゾーンへ飛ばされて来たと考えるのが妥当と言えよう。というか此処に飛ばされる理由なんてザビ家に嫌われるか睨まれるかのどちらかしかない。

 

因みにエドは戦前ジオンの兵学校で兵士としての訓練を受けていた……即ち正統な軍人を目指す一青年に過ぎなかった。しかし、戦争が起こる遥か前に亡くなった祖父母が熱狂的なジオン派であったという理由だけで此処に飛ばされたのだ。

 

それ以外は他の人と同じで何ら変わらない。無論、彼の父と母も、その親戚も同じだ。

 

しかし、祖父母がジオン派なら他の血筋も同じかもしれないと危険視したザビ派はエドの家族や親族が簡単に再会出来ぬようバラバラの部署へ飛ばした。

 

エドの父親は地球降下部隊に編入されてアフリカ戦線に送られ、母はサイド3にあるマハルにてジオン軍の監視を受けながら軍需工場で労働を課せられた。

 

遠い血族は定かではないが、近しい親族はほぼ全てエドと同じような扱いを受け、戦線に送られるなり軍需工場で強制労働に課せられるなりと悲惨な運命を辿った。その中でもグレーゾーンに一人飛ばされたエドは特に悲惨だと言えよう。

 

最初は自分の運命を大いに呪った。そして熱狂的なジオン派である祖父母にも。しかし、此処にやって来てある意味で彼は幸運だった。ジオン派かもしれない疑いを掛けられた自分に誰もが疑いの目を持つ事無く、寧ろ優しく接してくれた。またアキのように同年代の仲間も出来たから今の所は結果オーライだ。

 

後は戦争が終結するまで生き残る……それだけである。

 

(まっ、他人の過去をどうこう聞けないよなぁ。俺だってとやかく聞かれるのは嫌だし)

 

アキの操縦が卓越している理由も気になるが、かと言って他人の過去をあれこれ詮索する気も彼には無いようだ。

 

自分の抱いた考えは一旦思考の端に寄せ、再び現状へ振り返ると丁度真正面のモニターにネッド少尉のザクの姿が映し出された。しかし、遅れた事に関する説教は免れなかったが……。

 

 

 

「よし! これより訓練を開始する! オッゴの操作は無論のこと、集団での行動も慣れてきた。そろそろ実戦を意識した集団戦闘を行うぞ!」

『『『了解!!』』』

 

アキとエドがネッドからこっ酷く説教を受けた後、すぐさまオッゴ隊による訓練が開始された。

この二週間の間でオッゴの慣熟訓練や小隊規模での行動訓練は一通り済ませたらしく、今日からいよいよ実際に武器を使った訓練に取り掛かる予定だ。武器を使うと言っても、オッゴに搭載されたマシンガンやバズーカの中に込められている弾は実弾ではなく、訓練用のペイント弾である。

 

「訓練は先に言った通りだ! 最初に一番機~五番機のオッゴ第一小隊が発進! その二分後に六番機~十番機の第二小隊が発進する! そして発進した部隊は8を描く形でコースを通り、コースの至る場所に設けられた的にペイント弾を撃ち込む!」

 

先程の的を貼り付ける作業もこの訓練を行う為のものであり、それに備えて第一と第二の各小隊で撃たれるペイント弾の色も分けられている。

 

「尚、第一小隊は赤を、第二小隊には青のペイント弾を使用して貰う! これがどういう意味か分かるな!? この訓練で命中した弾数が少ない部隊には訓練で使用した的の片付けと帰還後に腕立て100回のペナルティがあるという意味だ! 覚悟しておけよ!」

 

ペナルティを受けたくないという必死の抵抗が勝ちへと向かわせ、負けたくないという人間の闘争本能が競争力を底上げさせる。単なる訓練に留まらず、これら人間の本能を利用して短期間で鍛え上げるのがネッド流の訓練方法だ。

 

「質問が無ければ早速訓練を開始する! 第一小隊準備!」

 

ネッドの掛け声と共に一号機から五号機のオッゴが縦に並び、訓練開始に向けて準備を行う。そしてネッドが『開始せよ!』という号令と共に第一小隊が残骸の海へと飛び立つ。

今更ではあるが残骸が数多く漂うサイド2跡地は一言で言えば墓場みたいな不気味な雰囲気を孕んでいた。実際に一年戦争緒戦の戦場となったこの場所で多くの人が死んだのだから、そういう表現をしても何ら違和感も疑問もない。

 

だが、第一小隊はオッゴの小回りの利きを最大限に生かして、目の前に広がるジャンクの海の間を縫うように擦り抜けていく。見る限りでは簡単にやっているような感があるが、実際には高度な操縦技量も要求される至難の業だ。

 

「すげぇな、あっという間だぜ……」

『うん、あっちは全て列記とした軍人ばかりだからね……』

 

第一小隊は最前線での戦闘を目途に戦闘訓練を受けた軍人が占めており、訓練を受けたおかげとは言え、やはり操縦技量に関してはこちらとは比べ物にならないぐらいに高いものであった。

もしかしたらペナルティはこっちの第二小隊が確実かもしれない……そう思った矢先にアキとエド以外の第三者の野太い声が彼等の通信に割り込んで来た。

 

『なぁに、こっちだって出来る限りの事をやれば良いだけさ』

 

声に気付いてエドのオッゴがモノアイカメラを右へ旋回させると、機体の左半分にオッゴ6号機を示す『06』のペイントが施されたオッゴの姿があった。

オッゴ6号機に乗っているヤッコブ・ブローン伍長は第二小隊の中で最年長の32歳であり、実質的な隊長格としてアキやエドに指示を出す立場だ。因みに残りのオッゴ九号機と十号機にはアキ達と年齢の変わらぬ若い兵士が乗り込んでいる。

 

黒い肌にパンチパーマ、上唇に生えたダンディな口髭、これらの特徴だけならば渋くてカッコイイ親父と思えたかもしれないが、脂肪の詰まったカエルのような二重顎もあるという事実だけで中年オヤジという印象に格下げしてしまう。しかし、温厚で面倒見の良い性格なので部下達からは信頼も厚い好人物だ。

 

そんな優しい彼ではあるがグレーゾーンに飛ばされる前までは人間の銃器からMS専用の重火器に至るまで生産・販売する軍需工業に勤務していた。厳密に言えば各コロニーに置かれてあった軍需工業の支店の一つではあるが、それでも店を切り盛りさせて繁盛させる商売人として才覚を有していた。

 

決して金持ちと呼べるほどの裕福な生活ではないが、それでも充実した人生を送っていたのは確かだ。そんな順風万端な彼に不運が襲ったのは今から数年前の事だ。

何時の頃からかは定かではないが、ヤッコブの店によく顔を出す一人の客が現れた。見た目は若くて爽やかな所謂美青年で、ヤッコブだけでなく店に居る客ならば誰にでも親しみを込めて声を掛けてくれる好青年でもあった。

 

すぐにヤッコブの店では顔馴染みの常連客的な存在となり、そんな彼を心から信頼していたヤッコブは彼の注文を聞いても深い疑問を抱かず、そのまま店にあった銃火器を販売、もしくは彼の注文通りに品物を発注したりしていた。

店主と客というよりも宛ら友人のような関係が長続きすれば良いなと思った矢先、その青年がジオン当局に逮捕された。実はこの青年、表では善良な市民を装いながら裏では過激な反ジオンを掲げるテログループに所属していたのだ。

 

そしてテログループの手に渡っていた武器の大半がヤッコブの販売した物と判明し、ヤッコブもテログループの一員の疑いがあるとして当局によって逮捕された。

幸いにもその後の調べで彼がテログループとは無関係であると分かったものの、結果的にテログループに武器が渡った責任を取らされてヤッコブはクビとなった。そして戦争が勃発し、徴兵制度で彼もジオン軍へ引っこ抜かれたのだが、この事件でジオンを恨んでいるかもしれないと危惧した上層部の手回しによってグレーゾーンへ飛ばされたのだ。

 

今ではしがないグレーゾーン部隊の一員であり、オッゴのパイロットではあるが、銃火器の扱いに関しては常人よりも優れた知識を有している。また銃火器の扱いに長けていたからか、射撃の腕前もかなりのものだ。

 

そういった自信も本人は持っているからか、相手が色々と事情があって左遷された軍人だけで構成された第一小隊に負けずに頑張ろうとエドやアキに檄を飛ばすが……当の二人から冷めた返事しか返って来なかった。

 

「伍長、口で言うのは簡単ですけど……実際にやるのは難しいですよ」

「そうそう、向こうはMSのシミュレーションだって十二分に受けているし、一年戦争緒戦だって参加している猛者だぜー」

『おいおい! 始まる前から士気が下がるような事を言うなよ! というか少しは張り合おうという気持ちを持てよ!』

 

若者がそんな事でどうすると言わんばかりにヤッコブも思わず焦ってしまうが、そうこうしている間にも第二小隊が訓練へ向かう時間がやって来てしまった。

 

「第二小隊! 前へ!」

『『『了解!!』』』

 

ネッドの号令以降、それまで個人通信で交わしていた会話も打ち切り、誰もが訓練に向けて真面目に取り組もうとする。そして遂にネッドから第二小隊に対し、訓練開始の号令が言い渡された。

 

「第二小隊! 訓練を開始せよ!」

 

その一言と同時に隊長機であるヤッコブのオッゴが先頭を行き、その後にエドとアキのオッゴ、そして残りの二人のオッゴも続いて発進する。

 

今回の訓練は射撃の訓練がメインではあるが、只撃つだけで良いと言うのならば大間違いだ。射撃の正確さを求めるならば機体の動きを止め、的を正確に狙い撃てば良いだけのことだ。

しかし、戦場では動かぬ的のように動かない敵はいない。居たとすればとんでもないアホか、自殺願望者ぐらいだ。

 

故に今回の訓練で重要なのは機体を動かしながらどれだけ正確な射撃が行えるか、そして如何に速く行動出来るかがポイントだ。動きながら撃って的に命中させるのは至難の業だが、まだ的が動かない分マシだと言えよう。

 

そう、この訓練は単なる的当てではない。部隊の被害を最小限に留める為に逸早く敵を撃破し、部隊の防衛力を底上げするという列記とした目的を持った訓練なのだ。

今はまだオッゴは戦闘に参加していないものの、今後の任務の過程の中で連邦軍の宇宙戦闘機と戦いになる可能性は十分にあるのだ。それを考えれば今の訓練はやっておいて損はない。

 

いや、はっきり言えば戦闘機だけならば十分にオッゴでも対応出来る。問題は連邦軍がMSを開発・量産を開始し出した場合だ。

そうなってしまえば所詮ポッドに戦闘力を持たせただけのオッゴなんて雑魚同然、復讐心に燃え上がる連邦軍の猛攻を受けて一方的な殺戮を受ける恐れだってある。

 

その為にも敵を見付けたら即攻撃、反撃の猶予も与えずに一撃で敵を仕留め、素早く帰還する……貧弱ながらも機動性のあるオッゴに出来る一撃離脱法で対抗するしかないのだ。

 

そういった意味では無数の残骸が漂うサイド2跡地はエド達を鍛え上げるのに適した訓練地だと言えよう。的を見付けて撃つとは言え、この残骸が多い宙域で的を見付けるのでさえも困難だ。つまり隊員一人一人の策敵能力と視野の広さも鍛えられるという意味だ。

 

そして第二小隊のオッゴ達は残骸に触れぬ様、細心の注意を払いながらも成るべくスピードを落とさず定められたコースを進み、更に訓練の標的である的をモノアイカメラで引っ切り無しに探し続ける……神経をこの上なく擦り減らす作業を強いられていた。

 

やがて第二小隊は8の字コースの最初のカーブに差し掛かった瞬間、オッゴ9号機に乗っていた若手パイロットが叫び声を上げた。

 

『ヤッコブ伍長! 的がありますよ!』

『ああ! 言われなくても俺の目にも見えてるぜ!!』

 

彼等だけじゃない、エドやアキのモニターにも全く同じ映像がハッキリと映し出されていた。嘗ては戦艦の一部であったと思われる残骸に訓練用の的が貼られており、それには既に第一小隊のマシンガンに込められた赤いペイント弾が着弾した痕跡が残っていた。

しかもペイント弾の殆どが真ん中付近に命中しており、それだけで彼等の腕が確かなものである事を物語っていた。

 

 

『よし! 良いかお前等! 元々向こうの第一小隊はプロの軍人なんだ! 射撃で勝とうと思うな、的に当てられるだけでも良しと思うんだ!』

『『了解!!』』

 

ヤッコブの言う事は尤もだ。軍人になったばかりのエドや最近まで民間で働いていたヤッコブがプロの軍人に勝とうだなんて正直無理だ。この際はペナルティを受ける覚悟を決め、純粋に訓練に取り組んだ方が気兼ねしなくても良いというものだ。

 

そして的との距離が段々と近付き、遂にオッゴの有効射程範囲に的を捉えた。すると自動的に射撃システムがモニター画面とリンクし、モニター中央に十字スコープが出現する。

MSならば十字スコープ内に標的が収まるよう腕が自動的に動くが、オッゴの武装は固定式なので、機体そのものを動かしてスコープ内に標的が収まるよう修正、もしくは調整しなくてはならない。

つまりMSと異なる射撃技術が必要となるのだ。この辺の射撃に関してはミノフスキー粒子の影響でミサイルの命中率が落ちた戦闘機と似通っているかもしれない。

 

但し、こちらはマシンガンだ。下手な鉄砲も数撃てば当たるというものであり、単発式のミサイルに比べれば連射が利くこちらの方が遥かに命中率も高い。

 

そしてモニターに映った的に狙いを定めた第二小隊は、有効射程の中でも最も効果を発揮する所まで近付いた瞬間に一斉に射撃を開始した。

ヤッコブ機以外は全員マシンガン装備であり、彼の機体だけはバズーカ装備だ。恐らくオッゴ同士の連携を想定した上での装備なのだろう。無論、こちらのバズーカも中身はペイント弾だ。

 

トリッガーを引く度に射撃の震動がコックピットに伝わり、体の奥底がビリビリと痺れるような感覚が駆け抜けていく。

 

そして可能な限りペイント弾を的に叩き込んだ後、各隊員は自己の判断で射撃を止めて的の真横や真下を通り抜けてコースを突き進んでいく。しかし、今の射撃に……もといオッゴの性能そのものに不満を抱いたエドが愚痴を零す。

 

「ったく、こんなんで実戦を戦うつもりかよ! これじゃ戦闘機と何ら変わらねーんじゃねぇのか!?」

 

 

固定されたオッゴの武装はザクと同じ武装を取り扱えて、火力もザク並に期待出来るという長所があるが、同時に多くの短所がある。

先に述べたように固定化された故に射程の幅が狭まった事と、一撃離脱という戦法を行うにはマシンガンでは火力不足であるという事だ。バズーカならば火力は十分にあるが、それでも命中率で考えるとマシンガンから換装しても結果は五分五分だろう。

 

しかし、火力の不足は設計の時点で分かり切っていた事であり、ザクとは違い拡張性が低いオッゴでは今更それを改善するのは難しい事だ。

そもそもオッゴは最低の状況下の中で限られた条件を掻い潜って設計された機体だ。武装を取り付けるという所を鑑みる限り戦闘を意識しているとは言え、言い換えればあくまでも戦闘に耐えれる“だけ”の性能しか有していない。

 

故に訓練や実戦で弊害が生じてしまうのはどうする事も出来ず、エドの文句は正論と言えよう。ヤッコブも同じ心境ではあるが、彼はこの現状を受け入れるしかないと割り切っていた。

 

『おい、訓練中に愚痴を零すな! そんなに乗ってる機体に文句があるんなら降りろ! それか上官殿か艦長殿に言ってくれよ! まぁ、上官がそれに耳を傾いてくれても、ジオンが俺達の願いを聞き入れてくれるとは到底思えないけどな!』

『………失礼しました!』

 

ヤッコブの言葉を単純に訳せば『泣き言を言うな』の一言に尽きる。ジオン本国が自分達を退け者扱いしている以上、自分達へ最新鋭の兵器はおろか、ジオン軍の常識でもあるMSが回されないのは火を見るよりも明らかだ。

それを考えれば自分達はどれだけ低性能な機体でも我慢して乗り、身を守って行くしか生き抜く術はない。ましてやオッゴという貧弱な機体をでさえも有難いと思わなくてはいけないのだ。

 

エドもそれは重々承知しており、ヤッコブの叱責で改めて自分が迂闊な事を言ったと反省し、それ以上は文句も言わずに黙々と訓練に向き合った。

 

 

 

 

一方で訓練を遠くから見守っていたダズ達もまた神妙な面持ちで訓練の様子が映し出されたモニター画面を食い入るように見詰めていた。訓練の様子とは言っても、モニターに映し出されているのはメーインヘイムから最大望遠で見える可能な限りの映像だけだが。

 

「オッゴの機動力はまずまずですが……やはり戦闘力では難がありますな」

「それは仕方がない。と言うよりもグレーゾーンと呼ばれ忌避されている我々に軍と同じ装備を持つ事自体が無理な話だ。オッゴが一機でも多くあるだけで有難いと思わねばならない」

「ですよねぇ……。我が軍の代名詞であるザクでさえ一機しか配備されていませんし。まぁ、今の所は連邦軍と戦闘を交えてはいませんし、このまま補給部隊として陰で細々と任務をこなしていれば問題は何もありませんけどね」

「それが出来れば私もオッゴに何も期待はせんよ。しかし、ジオンの連中……いや、ザビ家に対する絶対忠誠者が殆どを占める上層部が何時我々に大して滅茶苦茶な任務を言い渡すかも分からん。それに備えて最低限の戦闘訓練をするのは必要だろう」

 

ダズもボリスも危惧するのはオッゴの低い性能と今後の事だ。性能に関しては設計者であるガナックからオッゴのスペックを聞かされていたので、既に諦めが付いていた。これ以上の落胆は無いだろうが、問題は後者の方だ。

突然明日から戦闘部隊として戦場に駆り出されるかもしれないし、何処かの戦闘大隊に組み込まれるかもしれない。それを想定して戦闘訓練を行うのは無駄ではないし、何より彼等が生き残る上で必要な力と必ずやなるだろう。

 

無論、戦場でドンパチやり合うなんてのは絶対に御免だと誰もが心の中で願っていたが。

 

「後少しで訓練も終わります。これが終わったら次は―――」

 

目の前の訓練が終わったら、次のパトロールへ向かう予定地を決めようとボリスが口を開き掛けた矢先だ。艦橋に耳を劈く激しいコール音が鳴り響き、直後にオペレーターの慌ただしい声が後を追い駆けるように走り抜けたのは。

 

「艦長! 地球軌道上付近にて救援のコールをキャッチしました!」

「何だと!? この近くではないか!」

「他に部隊は居ないのか!?」

「他の部隊にも救援コールは発せられてはいますが……現時点で近い位置に居るのは私達の部隊だけです」

 

もし、グレーゾーンに真っ当な戦力があれば即座に救援へと向かうだろうが、その真っ当な戦力が無いからこそ彼等は決断に戸惑った。

 

何処のパトロール部隊かは分からないが、自分達よりも十分な戦力があるのは大凡で確かだろう。それが救援コールを出したという事は、自分達よりも遥かに強力な戦力を持った敵と遭遇して甚大な被害を被ったという事だ。

もしくは奇襲を仕掛けられて戦力を活かし切れずに被害を受けたという可能性もあるが、どちらにしても自分達が救援に向かっても意味があるかどうかは不透明だ。

 

いや、それどころか自分達が全滅する可能性の方が極めて高い。

 

救援コールを無視すれば自分達は絶対に無事に違いない。しかし、自分達が忌避されている存在とは言え同胞の危機を見逃すのは決して心地良い気分ではない。

 

悩みに悩んだ末にダズが出した決断は――――

 

「……訓練を中止し、直ちに救援に向かう」

 

その一言に艦橋内の空気はザワつく事は無く、寧ろ艦長の命令を受け入れるかのように全員の耳に静かに浸透していった。

だが、反応が薄かったので、ダズ自身もこれで本当に良かったのかと不安に駆られて思わず近くに居たボリスに確認を求めてしまう。

 

「あー……ボリス副艦長、何か異論はあるかね?」

「異論も何も、私は艦長の命令が尤もであると思っております。ここで仲間を見殺しにすれば、それこそ我が隊の存続が危うくなりますからね」

「……そうか」

 

それを聞いてダズも一安心した。自分の意見に真っ向から反対する者が居らず、またボリスが自分と同じ考えを抱いていたからだ。

自分達の命を第一に考えるのならば逃げれば良いだけだ。しかし、そうすれば近くに居ながらも助けに行かなかった事実を必ず軍部に睨まれるのがオチだ。そうなれば今度こそ自分達は裏切り者という烙印が押され、全員処刑されてしまうだろう。

 

自分達の今ではなく、今後の未来を守る為にもダズは仲間の救援へ向かう事を決意したのだ。勿論、自分達の戦力を鑑みれば助けるどころか自分達を守る事さえも危ういが、あくまでも救援が第一であり、それさえ完了してしまえば本格的な戦闘に陥る前に撤退すれば良いだけだ。

 

ボリスの一言もあって救援へ向かう事を改めて決意したダズは、直ちに訓練を行っている部隊へ帰還命令を出した。

そして部隊帰還後、グレーゾーン部隊は救援コールが発せられた地球軌道上へ向けて発進するのであった。

 

 

 

 

「メーデー! メーデー! こちら107パトロール隊! 救援求む! 救援求む!」

 

青々とした輝きを放つ地球のすぐ隣では、無数の弾丸の軌跡が飛び交い、爆炎が至る所で巻き起こっていた。明らかな戦闘状態に入ってはいたが、その規模は決して大きくない。寧ろ小規模と呼べるものであった。

しかし、小規模ながらも救援要請を今尚出し続けている一隻のムサイは既に満身創痍と呼ぶに相応しい無残な姿となっていた。二つの内の右エンジンが被弾して動かず、メガ粒子砲を放つ三つの砲塔も上と真ん中が潰され、残る一つの砲塔だけが精一杯に敵陣目掛けて撃っている。

 

だが、その砲塔の頑張りを嘲笑うかのように敵は軽やかな動きで膨大なエネルギーを含んだ砲撃を難無く交わしていく。

 

「くそっ! 連邦軍め……! まさかこんな手段で我々に対抗するとは!! ぐぅっ!」

「ゴードンのザクが撃墜されました!!」

 

ムサイの艦長と思しき初老の男性が苦々しい表情でそう呟いた直後、艦の護衛に回っていた一機のザクが激しい爆発を伴い宇宙の闇へと消えた。すぐさまオペレーターの声が仲間の撃墜を知らせるが、目の前で仲間が撃墜されたのを見ていた艦長には不要であった。

 

「これで残るはキムのザクだけです!」

「艦長、コムサイで脱出の準備を!」

「馬鹿者! コムサイでアレから逃げ切れるものか!!」

 

副艦長から出された脱出という提案に対して艦長は頭ごなしに怒鳴りつけて却下した。副艦長が出した案は決して悪くはない、寧ろ満身創痍になったムサイが出来る最後の手段と言えよう。

艦長も自分達の部隊の被害を考えれば撤退もしくは脱出したいのも山々だが、それでも許可しないのは連邦軍が使用している兵器に理由があった。

 

連邦軍が使用している兵器は確認出来ただけでもサラミス級が二隻、宇宙戦闘機のセイバーフィッシュが四機、そして――――

 

 

 

「ザクの性能なら……コムサイなどあっという間だ!!」

 

 

 

―――連邦軍が鹵獲したと思われるザクが六機だ。つまり皮肉にもジオンは自分達が生み出したMSの力の前に大苦戦を強いられていたのだ。

ジオン製MS同士の宇宙戦はこれが初めてであり、そんな歴史的な瞬間が繰り広げられているとは救援に向かっているグレーゾーン部隊も知る由もない。

 

同時にオッゴ部隊の初戦の相手が鹵獲されたとは言えジオン軍の代名詞であるザクである事も、この時点で知る者は誰一人としていなかった。

 




今回は何やら説明文やパイロットの紹介などでグダグダになってしまいました。小説のサブタイにもなっている戦闘訓練らしい訓練も明確に書けませんでした……。ううん、まだまだ努力が足りません(汗)
多分、書こうと思えば書けるかもしれませんがオチが思い浮かばなかったので次の話へと急かさせて頂きました。まことに申し訳ありません(汗)

次回から漸く戦闘場面が描けそうですw

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