灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

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後もうすぐで終わりです。そう思うと何だかホッとしますw


12月30日

12月30日

 

宇宙要塞ソロモンの放棄・撤退と言うジオン軍にとっては悪夢のような敗北から数日が経過した。今年も残す所あと二日だけとなり、あと二日で宇宙世紀の年数が一つ増えるのと同時に、このジオン独立戦争も開戦してから丸一年が経つ。

 

間違いなく、この一年は激動の年であった。

 

ジオン公国が地球連邦政府に対して独立戦争を仕掛け、この戦争で初めてMSが戦場に投入され、同時に併用されたミノフスキー粒子の影響によって、今まで通用していた戦争の常識が根底から覆された。

またMSという人型兵器を初め、怪物と呼ぶに相応しいジオンのMAや、連邦軍のミノフスキークラフトやビームライフルなどのミノフスキー物理学を応用した兵器など、数多くの兵器が生み出された年でもあった。そして一年に及ぶ戦争の中でMSとMAは地球と宇宙、地形や環境に囚われる事なく活躍し尽したのは言うまでもない。

 

それでもやはり、MSを初めとする新兵器を生み出すきっかけを作ったのはジオンが持つ高い技術力のおかげだ。彼等が生み出したMSで築かれた功績は輝かしいものであり、それは開戦直後に飾った圧倒的な勝利が物語っている。

この時は誰もがジオンの勝利とスペースノイドの独立は確実だと思えていたが、一年足らずで連邦軍がMS開発に成功した事により形勢は逆転。今ではジオン公国が滅亡の危機に立たされている。

 

こうして背水の陣へと追い込まれたジオンは残された戦力の大半を宇宙要塞ア・バオア・クーに集結させ、文字通り総力戦の構えを見せた。連邦軍が占領したソロモン要塞からサイド3方面へ攻めて来るのは火を見るよりも明らかであり、恐らく近日中にも攻め入って来る筈だ。そうジオン上層部は踏んでいた。

 

しかし、実際に連邦軍が考えていた次の作戦段階はジオンの最終防衛ラインであるア・バオア・クー要塞と月面基地グラナダを無視して、そのまま一気にジオン本国サイド3へ突入するというものであった。

これは連邦軍が短期決戦による戦争終結を狙った為であるのと同時に、地球上からの撤退で資源が枯渇している上にソロモン戦で宇宙軍の大半を失ったジオンに最早勝ち目は無いと見越した上での作戦行動であった。

 

連邦軍の最高司令官の思惑通りに戦争が進んでいるなど、ア・バオア・クーに集結しているジオン兵は知りもしなければ、信じもしないだろう。祖国が負けるなんて事は、彼等にとっては絶対にあってはならない事なのだから。

 

しかし、中には戦争の勝敗よりも、戦争の終結を望む者も少なからず居る。だが、それを口に出してしまえば非国民と一方的に決め付けられるのと同時に、軍法会議に掛けられて有罪を言い渡されるのがオチなので、間違っても口に出すような真似は誰一人として出来ない。

 

だが、敢えてそれを口に出す者達も居る。ザビ派からの迫害を受けて地下に潜伏し続けていたジオン派や、ザビ家の独裁政治に反対する活動家達、特権階級を有する軍の上級官僚やザビ家に近しい人間の横暴な振る舞いに不満を抱いていた者などがそうだ。

彼等は背水の陣にまで追い込まれているジオン公国を目の当たりにして、ザビ家による独裁政治を打破する好機だと捉えていた。この頃、サイド3などではジオン公国に対する不満を抱き続けた者の犯行だと思われる爆破テロが頻発しており、更にはサイド3内部でクーデターが起こるかもしれないという不穏な噂までも流れていた。

 

後の歴史表では12月31日に本国サイド3にて、首都防衛大隊司令官アンリ・シュレッサー准将を中心とした大規模な軍事クーデターが発生したと発表されているが、明らかになっているのは先に述べた部分のみであり、事件の全貌は未だに解明されていない。

 

無論、今述べたのは明日起こる出来事だ。12月30日のこの時点で本国が内部崩壊の危機に晒されているなど、最前線で戦う兵士は誰一人として知る由もなかった。

 

ソロモンからア・バオア・クーに撤収し、そのままア・バオア・クーの防衛戦力に組み込まれた特別支援部隊もその一人だ。本国の内部崩壊はおろか、連邦軍がア・バオア・クーを素通りしてサイド3へ向かう事さえも全く知らないでいる。

仮に知ったとしても、部隊の大半は戦争終結を望んでいるので、ジオンの敗北で漸く戦争が終わるのだという程度にしか思わないだろう。

 

しかし、上層部から連邦軍の侵攻に備えよという命令がある以上、そう易々と気を抜く事も出来ないのだが。そして今はア・バオア・クーの近海にて、サイド3から派遣された増援戦力と共に迎撃の下準備に取り掛かっている。

下準備の方は順調に進んでいるのだが、問題なのはサイド3からやってきた増援戦力だ。この増援の約8割が正規の軍人ではなく、短時間の操縦訓練しか受けていない速成の学徒兵なのだ。

学徒兵に頼らざるを得ないという時点でジオンの人材不足は明白であり、また学徒兵の増援なんて無意味以外の何物でもない。

 

学徒兵の優れている部分を強いて述べるとすれば、ジオン公国に対する忠誠心と祖国愛から生まれる士気の高さぐらいだ。そんな彼等がどれだけ寄り集まろうと、所詮は素人の集まり。戦争のプロである連邦軍に太刀打ち出来る筈がない。

 

あくまでも彼等学徒兵に求めているのは、戦争を行うのに必要な頭数を揃える為だけだ。そう思えて仕方のないダズはメーインヘイムの傍で迎撃準備に従事する学徒兵の部隊を見詰め、重々しい溜息を吐き出した。

 

「子供にまで戦わせるとは……嘆かわしい事だ」

「ええ、そうですね。こんな現状を目の当たりにすると、さっさと和平交渉に入ってくれないだろうかと願わずにはいられませんよ」

「トップが戦争継続を望んでいるのだ。和平交渉は望み薄だろうな……」

「……全く以て、嘆かわしい事ですね」

「ああ、全くだ」

 

メーインヘイムは言わば自分達の家も同然だ。だからこそダズとウッドリーは遠慮無しにジオン公国を導くトップのやり方に批判染みた台詞を吐き捨て、それを聞いていたオペレーターや操舵手も二人の言葉に同意するように頷いたのだ。

 

「それよりも……我々の配置についてだが、まだ決定の報告は来ないのか?」

「はい、何分総力戦ですからね。悪い言い方をすれば、所属も命令系統も異なる烏合の衆を適切に配置するのに手間取っているのでしょう」

「戦力を掻き集めても、こうも足並みが悪ければ意味がないではないか……。本当に大丈夫なのか?」

 

ジオン公国の残された総力を掻き集めたと言っても、ジオンが一枚岩であるとは限らない。ギレンが指揮するギレン親衛隊も居れば、ソロモンから撤退して来た元ソロモン防衛部隊もあれば、グラナダからキシリアと共にやって来た部隊も居るのだ。

所属が異なれば命令系統も異なる。ましてやソロモンから撤退して来た残存部隊に至っては、完全な烏合の衆なので戦力として機能させる為に部隊編成を一からやり直さねばならない。

 

現在、掻き集めた戦力を有効に活用するべくギレン閣下の采配の下で部隊配置及び部隊編成を行っているが、特別支援部隊も含め複数の部隊が未配置のままだ。

ア・バオア・クー司令部の考えでは総力戦が始まる直前には配置は完了しているとの事だが、その猶予を連邦軍が与えてくれるかどうかは定かではない。

 

「今は只、待つだけ……か」

「艦長! ドロスから入電です!」

「……待つ暇も無いようだな。内容を読んでくれ」

「はい。『本日2000時を以て、特別支援部隊はドロスを中心としたNフィールド防衛大隊に編入する。細かな配置等の説明を行う為、至急指揮官はドロスに集合されたし』……以上です」

「Nフィールドか。激戦が予想される宙域の防衛に組み込まれるとは、いよいよ我々の悪運も尽きたようだ」

「それはどうでしょうか。悪運というものは不利な状況に陥ってから効果を発揮するものでありますからね」

「……とりあえずドロスに向かう。ウッドリー、船を頼む」

「はっ、お気を付けて」

 

Nフィールドの配置というだけで正直絶望しか覚えないのだが、かと言って今更拒否する権限など彼にはない。今は只、ウッドリーの言う悪運説に縋るしかないと思いながら、メーインヘイムを後にするだけだ。

 

 

 

 

空母ドロスはソロモン要塞に登場した空母ドロワの同型船であり、全長が500m近くもある。これはダズ達が乗っているメーインヘイムの約二倍に当たる大きさだ。それに伴いMSの搭載量は三桁に達し、正に空母と呼ぶに相応しい搭載量を誇る。

艦船の大きさから搭載量に至るまで、全てのスケールにおいてジオン公国の艦船の中で最大規模と呼んでも過言ではない。

そもそも巨大空母という名前が付いているのだから大きいのは当たり前であるが。しかし、それにしてもやはり巨大だ。内部は基地と呼んでも差し支えがないぐらいに機能が充実しており、大量のMSとMAの整備・補給も可能であった程だ。

だが、広大な作りの割にはドロスの艦橋は独特な作りだ。船体前面に設けられた細長い可動式アームの先に艦橋が付いており、恐らくそこから艦載機の動向や展開を逐次見守り、作戦を指示するのだと思われる。

 

そしてドロスの中央ブロックの一室に当たる会議室にはNフィールドを防衛する部隊の指揮官達が集結しており、部屋の真ん中に置かれた会議用の長い机に士官同士が向かい合う形で腰を下ろしていた。

 

その中にダズも座り、やがて全員が来た事を誰かが確認したのと同時に、ジオンの存亡が決する総力戦に向けた話し合いが始まった。

 

「連邦軍が侵攻してくると予想されるコースは……NフィールドとSフィールドの可能性が高いでしょう。残りの二つのフィールドには精々予備戦力ぐらいが投入されるかと」

「それは既に分かっている事だ。それよりも問題なのは兵の練度だ。先日のソロモンでの戦いで多くの熟練パイロットが失われ、代わりに補充されたのがMSの操縦もままならない素人同然の学徒兵のみ。これで戦いに挑むなど、彼等に死ねと言っているのも同然ではないか!」

「言葉を慎め! 彼等も祖国を守る為に立ち上がったのだ! その意思を無駄にするつもりか!?」

「意思だけで戦争が勝てる訳がないだろう! 私が言いたいのは彼等を無駄死にさせない為にも部隊運用を――――!」

 

「――――!!」

「――!? ―――!!」

 

話し合いはおろか、話し合いが始まって早々に上級士官同士の意見が激しくぶつかり合うという酷い有り様だ。片方は学徒兵を戦場へ出す事に猛反対し、もう片方は最後の一兵になるまで戦い抜く徹底抗戦の思想を語り尽くす。

 

意見が激しくぶつかり合い、まるで火花が飛び散っているかのようにも見えたが、実は言い争いそのものが総力戦前の話し合いとは全く関係のない事に両者ともに気付いていない。

二人の意見を見守る者、片方の意見に相槌を入れたり野次を飛ばす者、全く関係のない話しに呆れて目を瞑る者。

 

肝心のダズに至っては、そもそも自分の身分では話し合いになんて参加出来ないと分かり切っていたので、聞き耳だけ立てて彼等の言い争いを静聴するだけだ。

 

「そんな今更な事を話し合う必要はあるのでしょうか?」

 

二人の言い争いが繰り広げられる最中、凛として透き通った女性の声が割り込んで来た。その声に聞き覚えがあったダズが思わず声のする方へ首を向けてみると、そこには散々ダズと、彼の部隊に文句や嫌味をぶつけてきたカナン少将の姿があった。

大佐から少将へ出世したカナンの存在感はこの場に居る士官達の中でも飛び抜けており、彼女の一声に場は静まり返るのと同時に全員の視線が彼女に集中する。

 

「戦争が始まった時点で祖国の為に命を捧げるのは当たり前の事なんです。今更になって学徒兵が可哀相ですって? 笑わせないで下さい。公国の興廃と学徒兵の命……この二つを天秤に掛けれて、どちらに傾くかは言わずもがな前者に決まっているでしょう」

 

彼女もまた徹底抗戦派であり、そしてジオン公国至上主義者でもあった。学徒兵の命よりも公国の存亡を最優先とする彼女の意見に好戦派は嬉しそうに微笑み、反対していた穏健派は渋い表情を浮かべる。

しかし、カナンは徹底抗戦論を支持するものの、好戦派と相入れる気は更々無かった。

 

「念の為に言っておきますけど……今回、私達の後ろには偉大なるギレン総統と、その妹君であられるキシリア閣下が居られるのですよ? それがどういう意味かは、貴方達でも分かるでしょう?」

 

カナンが確認するかのように呟いたその台詞は、ジオン公国の顔であるザビ家の前で無様な姿を晒すなと言っているにも等しかった。無論、そんなものを晒したりすれば彼等の出世街道は終わったも同然だ。最も出世街道が続くかどうかは、未来永劫ジオン公国が存続すればの話であるが。

だが、各々の考え方の相違だけで争っていた彼等を黙らせるには十分な効果があり、その一言が出た途端にその場が水を打ったような静けさに包まれる。顔を蒼褪めて黙り込んでしまった士官達の態度を見れば、如何にザビ家の存在は絶対であるかという事実が一目瞭然だ。

 

その後はザビ家の話を持ち出したカナン少将が会議の舵取りを行い、連邦軍の侵攻に対し各々の判断で対応し、時折ア・バオア・クー司令部から入って来る命令に従い行動するという事で話し合いは終了した。

いや、これでは話し合いというよりも、思想や考えが異なる者達を無理矢理にでも一致団結させる為の茶番だ。そもそも、カナン少将も最初からそのつもりでNフィールド防衛に当たる指揮官達を集めたのだろう。

 

そしてダズも長居は無用だとして会議室を後にしようとしたが、そのタイミングを見計らうかのようにカナンに呼び止められた。

 

「ダズ中佐相当官、少し良いかしら?」

「カナン少将……何でしょうか?」

「あら、お疲れのようね。ああ、そう言えば貴方達の部隊はソロモン防衛線に参加していたわね。そして敗れて逃げ帰って、そのままア・バオア・クーに配置されたものね。それじゃお疲れが溜まるのも無理もない話しよねぇ」

「……労いの言葉なら、もう充分です。ソロモンから逃げ帰って来た際、このア・バオア・クーの要塞司令部の責任者からも頂きましたので」

 

相変わらずの嫌味節がカナンの口からマシンガンの如く放たれるが、それさえも慣れてしまったダズは軽く受け流して半ば彼女の挑発を無視した。

 

「それで……御用件というのは私の苦労を労ってくれる事でしょうか?」

「思い上がるのも程々にしなさい。貴方にはNフィールド防衛とは別の任務を与える為に呼び止めたのよ」

 

自分を敢えて呼び止めた以上、何か目論見があるのではないかと思っていたが、やはり的中してしまった。それに自分達を毛嫌いしている彼女の事だ。きっと面倒且つ嫌な任務を与えて来るに違いないとダズは心底うんざりしたが、その感情を表情に出さないようキッと顔の筋肉を引き締めて彼女に問い掛けた。

 

「別任務……と言いますと?」

「今回、連邦軍がNフィールドに大攻勢を仕掛けて来るであろう……というのはさっきも聞いた通りよ。普通に真正面からぶつかれば、数の多い向こうが有利なのは言わずもがな。数の差を覆せない以上、私達は手元に残された数少ない戦力を最大限に活かして対抗するしかない。これは分かるわね?」

「まぁ、今のジオンの現状を見れば……そうせざるを得ませんからね」

「そこで、貴方に一個大隊相当のオッゴ部隊を率いて連邦軍の背後を奇襲して貰いたいの」

「一個大隊!? 連邦軍の背後を奇襲!?」

 

一個大隊と言えば約600人規模で構成された大きな部隊ではあるが、連邦軍の大攻勢を前にすればまだまだ少ない方だ。しかも、その背後を奇襲すると口で言うのは簡単だが、実際に敵の背後に回る前にこちらが撃墜される可能性の方が高い。つまり敵の背中を取るのは、相当困難であるという事だ。

 

「無茶を言わないで下さい! 数で劣っている上に、MSではなくオッゴだけで敵の背後を取れなどと……無理があります! こちらが全滅しますよ!」

「無茶でもやれ……と言いたい所だけど、流石に無駄死にされるとこちらも困るわ。せめて、敵を一機でも多く道連れにして死んでもらわないと」

 

要するにカナンが求めているのは単なる死ではなく、個人の死と同等以上に相手を殺して得る戦果である。それは人間の尊厳なんてクソ食らえと言っているのも同然であり、ダズも彼女の冷徹な台詞に抑えていた怒りが滲み出てきそうになる。

 

「私だって何も考えずに敵の背後を叩けなんて命令しないわよ。ちゃんと策があるからこそ、貴方に命令するのよ」

 

そう言って先程まで士官の話し合いで使用された長い机の傍に置かれてあったコンソールを片手の指で操作すると、壁に埋め込まれたモニターにある兵器が映し出された。いや、そもそも兵器と呼んでも良いのか一瞬ダズ本人も疑ってしまった。

 

何せ、映像に映し出されているそれは全長何十mにも及ぶ無骨な鉄柱で囲まれた四角いフレームの上に複数のオッゴが搭載されているのだ。そんな映像を見たら、果たして兵器と呼ぶべきか否か迷っても仕方がないだろう。

そもそも映像に映し出されたこれが一体何なのか分からず、ダズは耐え切れなくなり映像の物体の説明をカナンに求めた。

 

「これは……一体何でしょうか?」

「オッゴ専用の特殊兵装“オッゴ全力散布フレーム”……通称オッゴ・フレームだ。四方のフレームにオッゴをそれぞれ10機、計40機搭載する事が可能であり、これを使えば短時間で複数のオッゴを戦場に展開する事が出来る。しかも、発進から戦場到達に至るまでの推進剤の節約にもなり、戦闘継続時間の延長に繋がる」

 

カナンの台詞で語られるオッゴ全力散布フレームは良い事尽くしのように聞こえるが、実際には只でさえ短いオッゴの戦闘継続時間を少しでも長引かせる為の苦肉の策に過ぎない。これを使えば短時間で展開するのも可能かもしれないが、乗っているパイロットの負担は一切考慮されていない。一種の特攻に近い設計だ。

またカナンが『策がある』と自信を持ってこの兵器を紹介したのだから、恐らく次に何を言うのかは大体見当が付いている。

 

「それで……これを使ってどう敵の背後を叩けと言うのですか? オッゴ達が一塊になれば、逆に危険に晒されます。最悪の場合、纏めて撃墜される恐れがありますが?」

「その通りだ。この状態では纏めて撃墜されるのがオチだが、上手く運用すれば敵に大損害を与える事だって十分に可能だ。そして、このオッゴ・フレームを用いて敵の背後を叩く方法についても既に考案済みだ」

 

そう言ってカナンが続け様にコンソールを操作すると、今度はまた別の映像がモニターに映し出された。それはソロモン戦でも使用された衛星ミサイルであり、そのミサイルの後部にオッゴ・フレームが装着されているではないか。

 

「衛星ミサイル後部にオッゴ・フレームを結合させる。そして衛星ミサイルが連邦艦隊を通り過ぎた後にフレームを切り離し、オッゴを全力散布させる。そうすれば敵の背後は取ったも同然だ」

「何ですって!?」

 

映像を見た瞬間から『まさか!?』とダズの脳裏に嫌な予感が過ってはいたが、彼の嫌な予感はそれから間を置かずして放たれたカナンの台詞によって的中してしまった。

 

オッゴ・フレームを衛星ミサイルに結合させる事でオッゴ部隊を守る盾にするのと同時に、オッゴ部隊を運ぶ足にする。そうすれば艦船の節約にもなるし、敵も衛星ミサイル如きに一々構いはしないだろう。

つまり過ぎ去った後の衛星ミサイルへの警戒心は無いに等しく、その後ミサイルから分離したオッゴ・フレームから何百という数にも及ぶオッゴ部隊が一瞬の内に展開して連邦軍の背後を強襲する。これが技術本部の思い描いたオッゴ・フレームを用いた戦法である。

 

確かにこれが成功すれば連邦軍に与えるダメージは甚大なものとなるだろうが、此処で一つ気になる点がある。

 

「仮に成功したとしても、敵の背後に回ったオッゴ部隊はどうなるのですか!? これでは彼等を支援する事も叶いません!」

 

そう、このオッゴ・フレームを用いた作戦には敵の背後を取る事に成功したとしても、その後のオッゴ部隊に対する支援が全く無いのだ。背後を取ったからと言って、必ずしも戦いに勝てる訳ではない。背後を取るだけでなく、本陣からの支援もあって漸く勝ちを手に入れられるのだ。

ましてや相手は圧倒的な物量で攻めて来る連邦軍だ。背後からの突然の奇襲で多大な損害を与えたとしても、すぐに立ち直って反撃して来るに違いない。そうなれば折角の奇襲攻撃も、オッゴ部隊の活躍も無駄に終わってしまう。

 

これでは学徒兵の乗るオッゴ達を片道切符で地獄に送り出すようなものだ。そうならない為にも彼等を支援する部隊は最低限必要となる……と、そこまで考えた時、ダズは彼女が自分に言い渡そうとしている命令の狙いを悟った。

 

「だからこそ、貴方に命令しているのよ。貴方の特別支援部隊で奇襲部隊の回収をしなさいってね」

 

たった今、本当にこの女は人間かとダズは疑いたくなった。生還出来る可能性なんてゼロに近い部隊を回収しに行けなどと、正気とは思えない。そして何より、今回の作戦の内容は学徒兵と自分達に対し『死ね』と言っているも同じだ。

 

「無茶です! そもそも、オッゴ・フレームでの戦いそのものが―――!!」

「祖国の為よ! 命を賭けなさい! それが出来ないというのなら、敵前逃亡で貴方達を糾弾するわよ!」

「横暴だ……! そもそも何を証拠に糾弾するのですか!? こんな無謀な作戦を非難した程度では―――!」

「証拠ならあるわよ、ちゃんとね……」

 

ダズが作戦に反発するのを見越していたかのように、余裕の笑みを浮かべたカナンは懐からUSBメモリと同じ大きさのボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。

 

『子供にまで戦わせるとは……嘆かわしい事だ』

『ええ、そうですね。こんな現状を目の当たりにすると、さっさと和平交渉に入ってくれないだろうかと願わずにはいられませんよ』

「!! この会話は……!?」

「先程まで貴方達が艦橋でしていた会話よ。この発言ならば貴方達を不敬罪に問えるわ。無論、軍法会議にもね」

「一体……どうやってそれを!?」

 

ボイスレコーダーから流れて来た音声は今さっきまでウッドリーとダズが交わしていた会話そのものであった。恐らく誰かが艦橋に忍び込み、盗聴か何かを仕込んで手に入れたのだろう。こんな事をするのは他ならぬ、目の前に居る女性将校の仕業に違いないだろうが。

 

「お前達の仕業か……!」

「大雑把に言えば私達の仕業よ。でも、正確に言えばキシリア閣下に忠誠を誓った者の仕業よ」

「何だと? それは一体どういう――――」

 

カナンの意味深な台詞の真意を計り兼ねず、ダズが改めて台詞の意味を問おうとした時だ。前触れも無ければ音も無く扉が開き、カナンとダズしか居ない会議室に新たな人影が現れた。

 

扉から入って来たのは若いパイロットだった。学徒兵かと一瞬見間違う程の若いパイロットではあったが、そのパイロットの顔にダズは見覚えがあった。

 

「アキ伍長! どうして君がこんな所に!?」

「私が呼んだのよ、彼を――――スパイ三十三号をね」

「まさか……アキ伍長! 君が!?」

 

そこでダズは全てを理解した。最初から最後まで自分達は監視されていたのだと。そして監視していたのが信頼を置いていた部下であり、オッゴのパイロットでもある若い彼だと―――。

 

「彼が……スパイ三十三号が貴方達の部隊に配属されたのも、全ては貴方達を監視する為よ。何せ、食み出し者が集まった愚連隊みたいな部隊ですからね。祖国に対して反旗を翻すかもしれない。そんな不安があれば、スパイを送り込んで部隊内部を調査させるのは当然でしょう?」

「最初から我々を信用していなかったという訳か……!」

「信用ですって? 思い上がらないでちょうだい。貴方達に信用を置く者なんて誰一人として居ないわ。現にスパイ三十三号はキシリア機関から派遣されたのよ」

 

キシリア機関……その名の通り、キシリア・ザビが発足させた諜報機関であり、外部のみならず内部にまでも諜報網を張り巡らしている。もし内部で裏切りやそれに近い画策を企む者が判明すれば問答無用で綱紀粛正される。故にキシリア機関という名だけで身の毛も弥立つ恐怖に駆られる将兵も少なくはない。

 

そこからスパイ三十三号もといアキが派遣されたのだ。つまりは、自分達が何気なく話していた会話は全部キシリア機関に筒抜けだったと言っても過言ではない。

 

「既にキシリア閣下はこの事を含めて、貴方達の会話を全部把握しているわ。その中に戦争に非協力的な意見が含まれていたのは、自分の発言なのだから覚えているわね?」

「たかが日常の会話ではないか! その程度で裁判に掛けるなんて馬鹿げている!」

「まだ分かっていないようね。只でさえ貴方達は立場が弱いのよ、そんな人間が裁判になって御覧なさい。貴方達がどう足掻こうとも、負けは確定しているのよ」

「………要するに無謀な命令でも逆らうなと言いたいのだな?」

「漸く理解してくれたみたいね。もし貴方達がこの命令に従ってくれたら、今までの発言は無かった事にしてあげる」

「……本当なのだろうな?」

「貴方次第よ」

 

今までの何気ない会話が自分達にとって不利な証拠として軍法会議に突き出されるかもしれない。そう考えるだけで背筋がゾッと凍えるような寒気に襲われるのは、きっと気のせいではない筈だ。

もしここで拒めば自分だけではなく、部隊全員に疑いが掛けられ不条理な軍法会議に掛けられるのは明白だ。それに艦橋以外にも盗聴器が仕掛けられている可能性は十分にある。

 

そして熟考に熟考を重ねた末、ダズは己の首を重々しく上下に動かした。どちらを選んでも最悪の結末を回避出来ないとなれば、せめて部下達に迷惑を掛けない方法を選ぶのが彼なりの最善の手段であった。

 

「宜しい、それが最善よ」

 

カナンも頷いたダズを見て満足な笑みを浮かべるが、対するダズは相変わらず苦々しい表情のままだ。

 

「では、細かな作戦内容については追って伝える。ああ、それとだ。今先程ビグ・ラングの新たな装備として、アンチビームミサイルを搭載したミサイルポッド4基と三連装対艦ミサイル2基を送っておいた。これで少しはまともな戦いが出来る筈よ」

 

ビグ・ラングに新しい装備を送っておいたとは言うものの、そもそもビグ・ラング自体が致命的な欠陥のある不完全な機体だ。どれだけ強力な武装を取り付けても、根本的な欠陥が解消されなければ結果は同じだ。

この時点でカナンが最前線で戦っている自分達の苦悩を如何に理解していないかが窺える。しかし、それさえも指摘する気力がダズに無ければ、彼女もまた相手の心情を察する気など更々無いらしく、今の台詞を最後にカナンは会議室を後にした。

 

部屋に取り残されたダズはチラリとアキの方を見遣るが、彼はダズの視線から逃れるように黙って俯いてしまう。それもそうだ、今まで仲間を裏切って行動していたという負い目を感じていれば、誰だってそんな行動を取りたくもなる。

 

そんなアキを見て軽く溜息を吐き出した後、ダズは彼の肩に軽く手を置き囁いた。

 

「戻るぞ、アキ伍長。敵の攻撃に備えなければならん。上層部にどんな事を言われようと、我々は生き残る為に戦わなければならんのだ」

「ダズ艦長……あの……僕は―――」

「何も言わなくても良い。確かに君がスパイである事は驚きではあるが、ジオンや我々の敵という訳ではないだろう。」

 

自分達が煙たがられ嫌われていたのはとうの昔にあった事実だ。自分達の事を信じず、上がスパイを送り込んでいてもおかしくはない。おかしくはない筈だったのに、そこまで考えが回らなかったのは己の責任であるとダズは思っている。

またキシリア機関という大掛かりな組織から派遣されてきたとなれば、任務を請け負った諜報員にミスや失敗は許されない筈だ。上からの期待と重圧、戦場で命を張って闘うストレス。この二つの板挟みを受けて、アキの精神は決して穏やかではなかったに違いない。

 

それを考えれば、誰が彼を責められようか。彼をスパイだと言って糾弾したところで何かが変わる訳でもないし、何よりアキは今まで特別支援部隊と共に数多の戦場を潜り抜けて来た戦友でもある。

 

この問題について話し合うのは、先ずは目先の戦争が終わってからだ。ダズは自分よりも遥かに若い彼の頭を撫で、宥めるように言葉を掛けた。

 

「君はキシリア機関から派遣された諜報員として、己の職務に真っ当しただけだ。君がした事を、誰が責められる? 我々を認めなかった上層部が疑心暗鬼に駆られた結果、こうなってしまった……只それだけの事だ」

「すいません、ダズ艦長……!」

 

ダズだって裏切られて穏やかな心境ではない筈なのに、アキを責めるのはおろか、庇ってくれるような言葉を掛けてくれるのは他ならぬ彼の持つ優しさのおかげだ。その優しさに感謝しても感謝し切れず、アキは大粒の涙をボロボロと零しながら艦長に対して感謝と謝罪の気持ちで一杯になる。

 

「気にするな。それと、この件に関しては君と私だけの秘密にしよう。戦いが始まる前に君がキシリア機関から派遣されたスパイだと知れ渡れば部隊に動揺が広がる。良いか、絶対に内緒だぞ?」

 

まるで子供の悪戯を隠すかのような言い回しと共に柔らかい笑みを浮かべ、ダズはスパイの一件は内密にするようにとアキに呼び掛ける。もし、部隊にこの一件が知られれば士気が下がり、連邦軍を迎撃するのが困難となってしまう。アキもその程度の未来を余地出来ぬような馬鹿ではなく、彼の意見に同意を示した。

 

「では、戻るとしよう。君も早く戻りなさい。仲間達が不安になっているかもしれないからな」

「あの、ダズ艦長……」

「ん? 何だ?」

「………有難うございます」

 

アキから改めてお礼を言われるとダズは言葉こそ返さなかったが、微笑みを浮かべてゆっくり頷き、その場を後にした。

 

 

 

 

その後、メーインヘイムにダズが帰還すると早速ア・バオア・クー作戦司令部からNフィールドにおける奇襲作戦の内容が送られて来た。

副艦長であるウッドリー、そして作戦会議の為にメーインヘイムに訪れたミューゼの艦長ハミルトンの両者は作戦内容を見て、驚きと共に困惑の色を表情に貼り付けていた。

 

「………これは流石に無茶ではありませんか?」

「ああ、私も無茶だと言った。しかし、聞き入れてはもらえなかったよ」

「上手く行けば敵の背後を叩けますが、回収するのは極めて困難になりそうですね。一応、回収部隊には特別支援部隊以外にもムサイ1隻とパゾク3隻が同行するようですが……」

「それらを合わせても、回収部隊の艦艇は巡洋艦2隻と輸送艦4隻のみ。これっぽっちの戦力で連邦軍の大部隊の前を通り過ぎるのは無謀に等しい」

「それに付け加えて“奇襲で弾薬が尽きたオッゴを回収し、後退せよ……”ですか。恐ろしい作戦ですよ、本当に」

 

連邦艦隊の火砲が向けられている最中で友軍の回収作業を行う……それは最早自殺行為に等しく、想像しただけで三人の顔色が蒼褪めてしまう。

 

「ところで我々の部隊戦力はどうなっているんだ? 前回の戦いで多くの損失を出した筈だが……」

「兵員の方はサイド3から送られて来た学徒兵、それとソロモン戦で生き残った兵士で補充しました。またオッゴも前回の戦いで失った分の補充は受けられました。MSは新たにリック・ドム2機とゲルググ2機を受領しました。ゲルググに関してはミューゼ隊とメーインヘイム隊の部隊長が搭乗する予定です」

「因みに今回の配備で余ったネッド少尉のリック・ドムとミューゼ隊のザクⅡF2型には、補充されたMSパイロットが引き継いで搭乗する予定です。ミューゼに搭載する余力はないので、2機ともメーインヘイムの艦載機となります」

「ゲルググか……ジオン軍の最新鋭MSが我々の所に配備されるとはな。それ程にまで追い込まれている証拠なのだろうか……」

 

ゲルググはジオン公国が抱えるMS企業が今までの柵やプライドを捨て、共同開発によって生み出した公国軍最後の量産型MSである。

今までのザクやリック・ドムとは比べ物にならない高いジェネレーター出力によってビームライフルが運用可能となり、全てのスペックで連邦軍MSを上回るどころか、あの連邦の白い悪魔とさえも互角だと言われている。

しかし、悲しいかな。ゲルググの量産が開始した時点でジオン軍は多くの熟練パイロットを失っており、実際に搭乗したのは学徒兵が大半であった。速成の学徒兵ではガンダムにも匹敵するゲルググの性能を引き出せる筈もなく、撃墜されるのがオチであった。

 

学徒兵以外にもエースパイロットや熟練パイロットが搭乗し、戦果を上げたゲルググも居たそうだが、それも極僅かであり戦局を変えるにまでは至らなかった。

後世ではゲルググの量産時期が早ければ戦局の巻き返しも可能だったかもしれないと言われていただけに、色んな意味において不遇の量産型MSだったとしか言い様がない。

 

だが、不遇であっても高性能機である事に変わりはなく、そのような機体が特別支援部隊に2機も回されて来たのは、それだけジオン軍の熟練パイロットの数が足りない事を物語っている。

こちらに回された2機のゲルググも特別支援部隊の中でも技量が高いネッド少尉とミューゼ隊の小隊長が搭乗する事が決定している。

 

「そう言えばビグ・ラングの方はどうなっている? 新しい装備を送ったと聞いているのだが」

「ああ、あれですか……。全く酷い話しですよ。装備と言うのは名ばかりで、組み立てさえも出来上がっていないバラバラの部品がそのまま送られてきたんですよ。完全にこちらに作業を丸投げしているみたいなものですよ」

「何処も人手不足だから、セルフサービスでやってくれと言わんばかりだな……それで装備の装着作業は進んでいるのか?」

「現在、部品を組み立てて装備を作っている最中です。また新しい装備を扱えるようにする為、ビグ・ラングの火器コントロールシステムの修正も同時進行で進めています。この調子ですと、徹夜は免れませんね」

「そうか………で、カリアナ中尉の方はどうなっているんだ?」

 

ビグ・ラングのパイロットであるカリアナ中尉の事を尋ねると、途端にウッドリーとハミルトンの表情が暗くなる。彼等が表情を暗くした時点で、彼等が何を訴えたいかはダズは手に取るように分かってしまった。

 

「そうか……。まだ立ち直れていないか……」

「初めての出撃で仲間の死を目の当たりにしてしまいましたからね。戦いが終わった直後は塞いでいましたが、数日前から仕事にも戻るようになりました。しかし、気丈に振る舞ってはいますが、果たしてビグ・ラングの操縦をもう一度請け負ってくれるかどうかは……」

「無理強いしない方が良いでしょうな。兵士の中でも、こういったトラウマに囚われる者も大勢居ますし」

 

前のソロモン要塞での戦いでカリアナは戦争の恐怖や仲間の死を諸に直視してしまった。この経験が一種のトラウマとなって、彼女の中で矢鱈と恐怖心を煽っているのだろう。これも新兵が掛かり易い一種の精神障害だ。

それを乗り越えれば立派な兵士ではあるが、そもそも彼女は技術士官であり兵士ではない。無理に機体に乗せればトラウマが悪化しかねないし、何より畑違いである彼女に無理強いさせる権利なんて自分達にはない。

 

一応、技術中尉の任務には復帰しているようだが、ビグ・ラングのパイロットとしてもう一度搭乗してくれるかは不透明のままだ。

 

「彼女次第……か。他にMAを操縦出来る者が居れば良いのだがな」

「そこまでの人員は避けられないでしょうね。それにビグ・ラングは我々に押し付けられた荷物ですから……」

「我々でどうにかするしかないかぁ……」

 

過酷な作戦故に当初はビグ・ラングの運用も考えていたが、肝心のパイロットが精神的に不安定になっているのならばビグ・ラング抜きで作戦を修正する必要がある。出来る事ならば参加して欲しいが、それは彼女の意思次第だ。

 

「それと……実は二人に言っておかなければならない重大な話がある―――」

 

長い話が終わりに差し掛かった時、漸くダズは艦橋の何処かに盗聴器が仕込まれていると二人に打ち明けたが………今更の発表だった事もあり余計に揉めたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

ア・バオア・クー要塞にある格納庫の一つを借りて行われているビグ・ラングの装備作業は慌ただしい動きを見せていた。それもそうだ、何せ今さっきビグ・ラングに装備される部品がバラバラの状態で届けられた上に、『戦闘が始まる前に装備を完成させ、ビグ・ラングに装着させろ』という無茶振りを押し付けられたのだ。

連邦軍が攻め込んで来る前にバラバラの部品を完成させてビグ・ラングに装備させる……口で言うのは簡単だが、実際にそれを行うだけの時間は殆ど無いに等しい。

突貫で作業を行ってはいるが、ビグ・ラングに装備が施された頃には、既に戦いが始まっているかもしれない。仮に運が良くて尚且つ作業が驚くほどに順調に進んだとしても、戦闘が始まる直前でギリギリ滑り込んで間に合うのがやっとだろう。最も後者は万が一の話であり、作業に従事している者達は戦いに間に合わないだろうと確信していた。

 

その中にビグ・ラングのパイロットを務めていたカリアナの姿もあった。ビグ・ラングに搭乗した経験で知った射撃管制システムのブレを修正したり、新しい装備を運用出来るように火器コントロールのプログラムを書き換えたりと、技術中尉らしい働きをしていた。

 

システムの修正やプログラムの書き換えはビグ・ラングのコックピット内で行われており、やがてそれが終わるや彼女はコックピットの座席に自分の全体重を預けた。

ふと視線を目の前のモニターに遣れば、ア・バオア・クーNフィールドの光景がビグ・ラングのモノアイを通じて映し出されていた。Nフィールドの至る場所には部隊配備で右往左往する艦船やMS、オッゴの姿もチラホラと見受けられた。

 

そしてカリアナの手が無意識に操縦桿に触れた瞬間、彼女の体がビクッと震えた。次いで体がカタカタと震え、彼女はそれを抑えるように自分自身の体をギュッと強く抱き締めた。

あの戦いの悲惨さを目の当たりにしてからというもの、彼女はビグ・ラングの操縦桿を握りはしなかった。いや、握れなかったと言うべきか。

あの戦争の残酷さは、それまで戦争の本質に関して皆無であったカリアナの心に深い傷を負わせ、彼女にコックピット恐怖症を植え付けてしまった。プログラムなどで操縦席に座る程度ならばまだ耐えられるが、実際に操縦桿を握って操縦するに至っては体が今のように恐怖の余り拒絶してしまう。

 

もう自分がこれを操縦するのは無理かもしれない……諦めの心が彼女の心中にじんわりと広がっていく。すると、突然ゴンッと機体に軽い衝撃音と震動がコックピッチに伝わって来た。慌ててモノアイで周囲を確認すると一機のゲルググがビグ・ラングのビグロ本体に触れていた。

 

『カリアナ中尉、少し良いか』

「ネッド中尉! どうしたんですか!?」

 

機体同士が触れ合う事で可能となるお肌の触れ合い通信によって、モニター画面にネッドの姿が映し出される。メーインヘイム隊の小隊長の突然の出現に驚き何事かと思ったが、次の台詞であっさりと納得した。

 

『いや、ゲルググの慣らし運転の次いでだ。それよりも……どうだ、そっちは?』

「あ…は、はい。装備は現在50%が完成したばかりです。戦いにギリギリ間に合わないかもしれませんが、徹夜すれば何とか間に合うかと……」

『そうか……で、お前自身はどうだ?』

「……と言われますと?」

『ビグ・ラングで戦闘をして……その後はどうかという意味だ』

 

ネッドに鋭い部分を指摘され、カリアナの心臓が悪い意味で跳ね上がる。兵士達の間で鬼教官として知られる彼に自分のトラウマを知られたらどうなるだろうか。どう考えても怒られる気しかせず、カリアナは作り笑顔を浮かべて彼の質問に応えた。

 

「だ、大丈夫ですよ! 多分出撃できますよ!……多分」

 

しかし、本当に出撃出来る自信が無く一応『多分』と付け加えておいた。その反応を見ていたネッドの表情が何処か辛そうだったが、ヘルメット越しだったのでカリアナがそれに気付く事はなかった。

 

『……カリアナ中尉』

「は、はい! 何でしょうか!?」

『無茶はするなよ、恐いもんは恐いんだからな』

 

それだけ言い残すとネッドはビグ・ラングから離れ、メーインヘイムが待機している宙域へと戻っていく。その後ろ姿を呆然と見送った後、カリアナはネッドの台詞の中で引っ掛かる部分がある事に気付いた。

 

「恐いもんは恐いんだからな……か。という事は、ネッド中尉は私が操縦を恐れている事を見抜いていたのかな?」

 

ネッドの台詞を言い換えれば、恐怖を持つ事は恥ずかしい事ではないと言っているも同然である。つまり彼女の恐怖を見抜いていたからこそ出た台詞なのだろう。

彼女はネッドの気配りに感謝するのと同時に、果たして本当に自分はこのままで良いのだろうかという疑念に駆られる。出撃するのは恐い。何が特に恐いかと言うと、味方や親しい仲間が死ぬのを見るのが恐い。だからこそ、最前線へ余り出たくはないのだが―――

 

「でも……誰かが死ぬのを見過ごすのも……嫌だよ……」

 

―――仲間を助けたいという純粋な想いと、最前線へ出ていく事への恐怖。この二つがカリアナの心を板挟みにし、彼女自身を苦しめる。

 

だが、その日の内に板挟みから抜け出せる答えを見い出す事が出来ず、彼女の悩みは翌日にまで持ち越されるのであった。

 

 

 

 

一方、メーインヘイムに戻ったアキは呆然とした面持ちで格納庫に置かれた自分の愛機であるオッゴを見詰めていた。呆然としながらも脳裏に思わず過るのは、自分の所属しているキシリア機関の事と、共に激戦を潜り抜けて来た特別支援部隊の事だ。

 

キシリア機関というエリート組織に属している故に、アキの中には誇りと使命感があり、その二つが原動力となって今日まで任務を続けて来れた。しかし、任務を続けていく内に彼は特別支援部隊並びにメーインヘイムの乗組員やパイロット仲間に対し、家族同然の優しい感情を抱いてしまった。

 

諜報員として活動する者として、諜報対象にこのような感情を抱いてはいけないとアキも重々承知しているつもりだった。だが、同じ時間を特別支援部隊と過ごせば過ごす程、彼は自分の感情を誤魔化し切れなくなっていた。

 

今ではどちらも大事であり、どちらかを犠牲にするのは自分で決められない程だ。かと言って、キシリア機関から直接命令されても、果たして仲間を裏切られるかどうかは彼自身でも分からない。

 

こんなにも強烈な不安を抱いたまま、自分は戦争をする事が出来るのだろうか。そして何れ戦争が終わり、今回の問題が取り上げられた時……自分は祖国から切り捨てられるであろう彼等を直視出来るだろうか。

 

キシリア機関に命じられて彼等を欺いていたとは言え、今日まで死地を潜り抜けて来た仲間を最後の最後で裏切るかもしれないと思うと彼の心境は穏やかにはなれなかった。

 

「おっ、アキじゃねぇか。こんな所に何やってるんだ?」

「エドくん……。それにヤッコブ軍曹も……」

 

自分の名前を呼ばれてハッとなって振り返ってみると、自分の愛機でも確認しに来たのかパイロットスーツとヘルメットを着用したままのエドとヤッコブの姿があった。落ち込んでいる自分の姿を見られたくないと、二人の姿を見て咄嗟に作り笑いを浮かべたものの、あと一歩間に合わなかったようだ。

 

「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

「え? あ…あぁ、大丈夫ですよ。少しドタバタが続いて疲れてはいますけど……」

「気を付けろよ。戦いが始まる前に疲労で倒れたら敵わんからな」

「ええ、すいません……」

 

思い悩んでいる表情を一瞬の差でヤッコブに見られてしまったらしく、アキは歯切りの悪い口調で疲労のせいだと主張して誤魔化した。

アキの意見はこれと言って不自然ではなく、寧ろソロモンからア・バオア・クーに逃げ込み、その日から今日に至るまで休み無しで働き続けていたのだ。それを考えると彼の意見は最もだと信じ込み、ヤッコブもエドもそれ以上の追及はせず、代わりにアキの体調を気遣った。

 

「それよりも今日と明日で今年も終わりだぜぇ。この一年間、あっという間だったよなぁ……」

「そうですね、本当にあっという間でした……」

 

戦争が始まったばかりの頃は戦争の終わりが見えず、一体何時までやり続けるのだろうかと思ったものだ。しかし、そう思いながらも月日はあれよあれよと過ぎていき……気付けば新たな宇宙世紀まで残り二日という所まで来てしまった。

しかも、この戦争もジオン公国の敗北が濃厚になりつつある。敗北すれば当然ジオンが望んでいたもの全てが潰えてしまい、再び地球連邦政府に搾取される時代に逆戻りだ。

だが、ヤッコブ達にとってはジオンが負ける事により終戦が訪れるかもしれないという期待感が大きく、負けた後の惨めな生活などの悲観は二の次だ。

 

そして三人の何気ない会話は更に続いた。一年間続いた長い戦争の中から特に記憶に残った思い出話もあれば、この戦争が終結した後は各々どう過ごしていくかについてまで様々だ。

 

「エド、お前は戦争が終わったらどうするんだ?」

「何も考えていないッスけど、とりあえず家族の所に帰ってからッスかねぇ。何をするべきかを考えるのは……。ヤッコブさんは自分の店に戻るんですか?」

「出来れば戻りたいが、以前起こしたトラブルの件もあるからなぁ。きっとお上が許さないだろうよ。もし駄目だったら一般の部品工場にでも再就職するぜ。おい、アキはどうするんだ?」

「僕……ですか?」

 

話を振られてアキは言葉に詰まった。何せ、彼自身は気楽に戦後の話しをするアキやヤッコブとは違い、キシリア機関に所属する身だ。戦いが終わった後の身の振り方なんて一切考えていなかった。いや、正確に言えば戦争の勝敗によって自分の運命が左右されるのだから、現時点ではどのような未来が待ち受けるのかは全く分からない。

 

「僕は……何も考えていませんね。とりあえず生き残るのを第一に考えていますので……」

「そうだよなぁ。戦後云々なんて、先ずは生き延びなくちゃ意味無いもんな」

「でもよ、捕らぬ狸の皮算用っていう訳じゃねえけどよ、戦争が終わった後の事を言うぐらい良いじゃねぇか。勝とうが負けようが戦争が終わっちまえば自由なんだしよ」

「自由……」

 

ヤッコブ達は戦争が終われば軍務や規律に縛られた生活とおさらばし、漸く自由になれると信じている。だからこそ、ジオン公国が追い込まれている現状でも明るく振る舞う事が出来るのだ。

戦争が終わったら自由だと語る二人を見て、アキは羨ましさを感じた。何故なら戦争が終わっても、二人みたいに戦後の自由を謳歌する事は出来ないのだから。

 

この戦争に敗北すれば自分が所属するキシリア機関は解散させられるのは必至であり、また機関が関わっていた非人道的な行為が明るみになれば自分達を含めて機関の関係者は戦犯として裁かれるだろう。

 

例えジオンが勝ったとしても、そこから先は彼自身が望んでいない出世街道を黙々と独りぼっちで進んでいくだけだ。正直に言えばアキはエリートだの出世だのと言った、野心を持つ人間ならば誰もが羨む世界には全く興味など抱いていなかった。そもそもキシリア機関に入ったのも、自分の才能をザビ家に近しい人間に認めて貰えたからに過ぎない。

 

そこで彼は改めて考えた。自分の才能を引き出したのも、自分が何をするべきかをも、全て決めたのは自分ではなく他者の意思だ。ならば、自分自身が望んでいる未来とは一体何なのだろうかと―――。

 

もしも自分がキシリア機関などに属せず、彼等と同じ一般兵の身分だとしたら……そして彼等と同じように戦後は自由になれたら……。

 

「あ……」

 

するとどうだ、自ずと自分のしたい事が頭に思い浮かんだではないか。立場が違っていたらと想像しただけで、こんなにもすんなり自分がやりたい事を思い浮かべられるものなのかとアキ自身も声を出して驚いてしまう。

 

「どうした、アキ?」

「あ……いえ、戦争が終わったらやってみたい事を思い浮かびまして」

「え? 何だよ?」

「ええっと……ですね……」

 

少し照れながらも若者らしい良い笑顔を浮かべ、自分が思い描いた夢を語ろうとした時だった。

 

 

開かれたままの格納庫のハッチから、格納庫内部を埋め尽くす程の眩い閃光が襲い掛かって来たのは―――。

 

 

「な!? 何だ!?」

「この光……まさかソロモンで連邦軍が使用した新兵器か!?」

「いや、違う……これは!?」

 

余りの眩しさに三人とも光を直視する事が出来ず、手や腕を掲げて閃光を遮ろうとするも、僅かな隙間から侵入してくるに真っ白な光に耐え切れず目を瞑ってしまう。

一体何が起こっているのか分からず、閃光が治まるまでの数分の間はまともに目を開ける事さえままならなかった。やがて閃光が消え、眩しさも感じなくなった頃に目を開けると、そこには以前と変わらぬア・バオア・クーの光景があった。

 

「今の光は……一体何だったんだ……」

「さぁ、分からないっす……」

「……………」

 

一時は強い光にア・バオア・クーそのものが包まれたものの、それが収まってからは何事も無かったかのように静けさを取り戻した。しかし、何故だか今の閃光を目の当たりにした三人は妙に嫌な胸騒ぎを覚えていた。

ソロモンでの戦いで見た連邦軍の新兵器の光と瓜二つだったからという事もあるが、それ以上に何か途轍もない不幸を招いてしまったような気がしてならなかった。

 

後々で知らされたのだが、ア・バオア・クー全土を包み込んだ光の正体はサイド3にあるコロニー『マハル』を改造した巨大レーザー砲『ソーラ・レイ』から放たれたレーザー光であった。

 

この一撃によって連邦軍艦隊の半数を戦わずして撃破した……とギレン・ザビは語るが、実際に撃破出来たのは全体の30%程度であった。

またソーラ・レイの射線上にはジオン公国公王デギン・ソド・ザビが搭乗したグレート・デギンと、レビル将軍率いる連邦軍主力第一艦隊が居たのだが、共にソーラ・レイの一撃によって宇宙の藻屑と化した。

 

既にこの時デギン公王は最早ジオンの戦争敗北は避けられないと悟り、徹底抗戦を唱えるギレンを余所に、独断で連邦軍艦隊の総司令官レビル将軍と接触し、和平交渉を進めようと試みたのだ。

しかし、その努力も空しく、ギレンの命令で放たれたソーラ・レイによって両者は消滅。和平交渉はおろか、戦争終結は一日先延ばしになってしまった。

 

そしてソーラ・レイで甚大な被害を受けた連邦軍も機密とされた星一号作戦の全容を知るレビル将軍を失った事で作戦内容の修正を余儀なくされた。

当初計画されていたア・バオア・クーを素通りしてジオン本国へ攻め入るという作戦内容を大幅に修正し、次の攻撃目標をア・バオア・クーに決定した。これは迅速且つ決定的な戦果を獲得し、尚且つソーラ・レイの再使用を阻止する為だと言える。

 

こうして両者の熾烈極まる戦いは遂に一年戦争最後の舞台、宇宙要塞ア・バオア・クーへと移行していくのであった……。

 




オッゴ・フレーム大好きです。オッゴ・フレーム大好きです。オッゴ・フレーム大(以下略

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