灰色ドラム缶部隊   作:黒呂

1 / 14
この物語はもしも駆逐ポッド『オッゴ』が一年戦争において早い段階で開発されていたら……という架空の話です。ガンダムファクトファイルでオッゴの優秀な性能を見て感動を覚え、数さえ揃えられたら連邦と良い勝負が出来たかもしれない……という文章を読んで思わず書き上げてしまいましたw
一応連載を目標としていますが不定期なので何時続きが出るかは定かではございません。ご了承くださいませ(汗)

オッゴ好きが増える事を祈ってエントリィィィィィィィ!!!


グレーゾーン部隊

宇宙世紀……それは人間が宇宙へ生活の場を広げた瞬間に始まった新時代の幕開け。無限の可能性を秘めた宇宙、神秘の空間が広がる宇宙。そこへ旅立つと言えばロマンスに溢れて聞こえは良いだろうがしかし、その実情は増え過ぎた地球の人口を減らす為の苦肉の策に過ぎなかった。

 

人間が住処としていた地球を飛び出した先にある漆黒の宇宙空間。人間が住処としていた地球には無い無限の可能性があるが、同時に地球にしかない酸素や資源など生きて行く上で必要不可欠な物質は存在しない。

 

故に地球から宇宙へ追い出されたに等しい宇宙移民達の負担は大きかった。しかし、地球に残った政府高官やエリート階級に属する者達は宇宙移民したスペースノイド達に対し何の配慮も気遣いもしなかった。

それどころか彼等を宇宙に強制的に移民させながら重い税を課したり、地球に残った自分達は選ばれた存在だという地球至上主義によって根拠の無い迫害や差別化を図ったりして見下した態度を取っていた。

 

搾取する者と搾取される者、地球に住む者(アースノイド)と宇宙に住む者(スペースノイド)の間に出来上がった負の関係は双方の溝を深める原因となった。

両者が激しく対立する度に深まる溝。やがてその溝の底が見えなくなるのに、そう時間は掛からなかった。もしどちらかが溝を埋める為の活動を行っていれば少なからず関係は修復されていたかもしれない。

 

だが、あくまでもそれは“もしも”の話だ。現実では最早手遅れだった。そして宇宙世紀0079、宇宙世紀が始まって初の戦争が起こった。

地球から一番離れたスペースノイド達が居住するスペースコロニー『サイド3』はジオン公国と名乗り、地球連邦に対して独立戦争を仕掛けてきた。

 

科学が発展した戦争の舞台は地球に止まらず宇宙でも繰り広げられ、そこでも人間の闘争心は衰えなかった。だが、皮肉にも戦争を引き起こした原因については過去に起こった戦争の理由と大して変わらない。

 

主義・主張・権利・利益・憎しみ・怒り……

 

そう、人は周囲を格段と進歩させ発展させたが肝心の己達は進歩せず、未だに過去の戦争の教訓を活かせぬまま何度目かとなる戦争へと突入した。

今回でそれを活かせるのかと問われれば答えは難しい。何故なら人とはどうしようもない生き物なのだから。

 

 

 

 

目の前に広がるは漆黒の闇。上下左右見渡す限りの闇・闇・闇……。どうしようもなく広大な闇が目前にあった。

しかし、一見すると限りない闇に見えるが目を凝らして見ればその闇の中に輝くものを幾つか確認出来た。

 

それは星の輝き。遥か遠くに光輝く星の輝き。何百光年、何千光年、何万光年先にある星の輝きだ。太陽に照らされた無数の星々の輝きは黒い紙の上に粉末のダイヤモンドを撒き散らしたかの如く息を飲む美しさがある。

 

幻想的な光景が広がっている此処は、この場所は地球上には存在しない。この光景が見られるのは只一つ――――宇宙だけだ。

 

空気も、水も、大地も、地球上に存在する当たり前の物は何一つない虚空の空間も、宇宙世紀を迎えて80年近く経った今では多数の宇宙船が飛び交う程にまで発展した。更にその虚空の空間には人の手によって建造されたコロニーと呼ばれる筒状の人間都市が浮かんでおり、人々はその中で生活を営み、新たな命を育んできた。

 

宇宙に数あるコロニー群の中で最も地球から離れているサイド3はジオン公国と名乗り、地球連邦に対し独立戦争を仕掛けて来た。

当初は誰もが地球連邦の勝利を予想していたが、その予想はジオンが発明した人型機動兵器『MS』の力と、MSとミノフスキー粒子を掛け合わせた新たな戦略によって裏切られる結果で終わった。

 

ミノフスキー粒子とは電波妨害を引き起こす特殊な粒子であり、これによってレーダーとセンサーは使用不可能となり、旧世紀ではボタン一つで決着が付く大陸間弾道ミサイルでのピンポイント爆撃などの攻撃が行えなくなった。

 

つまりは有視界戦闘……敵にギリギリまで近付いて攻撃するという旧石器時代の戦法にまで逆戻りしてしまったのだ。

 

それに逸早く着眼したジオンはミノフスキー粒子下に置いてでも万全に戦える新兵器を開発。それが鉄の巨人と呼ぶに相応しい人型機動兵器MSだ。こうしてジオンは将来起こり得るであろうミノフスキー粒子下の有視界戦闘に備えた。

これに対し連邦軍はミノフスキー対策を何も行わず、一年戦争の初戦を大艦巨砲主義の塊とも言える多数の戦艦とミサイル攻撃に頼った戦闘機で挑む事となった。

 

機動力と汎用性に優れたジオンのMSに対し連邦軍は成す術もなく大敗を喫し、地球連邦宇宙艦隊は壊滅した。

 

こうしてジオンは圧倒的な勝利と優勢を得たが、それだけで戦争の決着には至らなかった。

一年戦争の初戦で捕虜にしたレビルによる演説で連邦軍は戦争継続を決定し、短期間での決着を目論んでいたジオンの目論見は大きく崩れた。

 

こうなれば戦争の長期化は避けられず、ジオンは戦争継続の為に必要不可欠となる資源確保の為に急いで地球降下作戦を敢行。コロニー落としによる混乱も功を奏し、三度に渡る地球降下作戦によって瞬く間にオデッサ・キャリフォルニア・北京・ポリネシア・ニュージニアの制圧に成功した。

 

しかし、連邦もジオンに成す術が無かった訳ではない。地球の環境や重力に不慣れなジオン相手にゲリラ戦や徹底抗戦を行い、自分達の出血を強いながらも相手の足を止める事に成功した。

こうして戦争は膠着状態に陥り、連邦がジオンに対する反攻作戦の準備を着々と進める一方で、ジオンは伸び切った補給線により只でさえ少ない国力が限界に近付いていた。

 

補給の不足は兵の士気を大きく低下させ、戦力低下に繋がらせるのは過去の歴史が証明している。そこへ敵に攻め込まれたりでもすれば、全滅の恐れもある。

こうした事態を避ける為にもジオンは地上からだけでなく、宇宙からHLVや大気圏突入ポッドを駆使して最前線への補給を行き渡らせようとした。

 

しかし、この補給方法は極めて危険である。地球上の制宙権は必ずしもジオンが制している訳ではなく、近くには連邦軍の宇宙基地ルナツーが存在するのだ。

そこから発進した連邦軍の巡洋艦サラミスやセイバーフィッシュなどの戦闘機が何時何処で襲い掛かって来るかも分からない。ましてや補給物資を地球に降下しようとしている時に襲われては成す術もない。

 

こうなった時は降下を止めて逃げるか、降下を終えてから逃げるか………もしくは撃沈されるかの三つしかない。

 

そしてこの物語はそんな危険の中で任務を遂行しようと頑張る補給部隊と、彼等の苦しい内部事情によって生まれた珍妙な兵器の物語である。

 

 

 

煌々と淡い水色の光を放つ水の星……地球。宇宙から見下ろす限り相変わらずの美しさを保ってはいるが、地上の方ではその美しさとは裏腹に悲惨な出来事が起こっている。

一年戦争勃発直後にジオンが行ったコロニー落としによりオーストラリアのシドニーが消滅し、更にコロニー落下の衝撃による影響で津波や地震が発生し、地球に多大な被害が被った。それだけに留まらず世界各地で異常気象が相次いで発生し、地球の自然環境は一気に悪化の道を辿って行った。

 

だが、地球上の自然が滅茶苦茶になってもジオンと連邦の戦争が終わる訳ではない。周りの環境が激変した程度で戦争が終わるなどという話は聞いた事がないし、これから先も無いだろう。

 

「地球にとっちゃ……凄い迷惑だな」

 

遥か上空をも越えて、宇宙から地球を見下ろす一隻の輸送船。二つの巨大コンテナに挟み込まれた独特な作りをしたジオンの輸送艦『メーインヘイム』である。

そして先程の台詞を気だるそうに呟いたのはこのメーインヘイムの艦長ダズ・ベーリックだ。白髪交じりのオールバックの黒髪に少し痩せこけた頬、そして疲れ切って今にも寝てしまいそうな二重の瞼。見るだけで如何にも苦労人と分かりそうな外見だ。

 

いや、実際に彼は戦争が始まってから様々な災難を体験している。実はこのメーインヘイムは元々地球からコロニーへ様々な物資を運ぶ民間の貨物船だったのだが、一年戦争が始まったのと同時にジオン軍に軍事物資を輸送する輸送艦として徴用されたのだ。

そしてメーインヘイムが元々民間の船であったのならば、当然艦長であるダズもまたメーインヘイムの民間船長の一人に過ぎなかった。しかし、自分の船がジオン軍に徴用されたのと同時に彼も強制的に軍属に仕立て上げられ、少佐相当官という重々しい肩書までも与えられてしまった。

 

「はぁ……マルティンとヨーツンヘイムの奴等も試験部隊とやらに配属になったようだが、今頃どうしているやら」

 

古くから付き合いのある友人と同型の民間貨客船で働いていた仲間達の事を思い浮かべながら、彼は本日何度目か分からない溜息を深々と吐き出した。やがて肺の中の空気を全部放出し終えた所で彼は気持ちを切り替え、今は己の果たすべき責務と向き合った。

 

目まぐるしい電撃戦で地球の大半を支配下に置いたジオンだが、戦線が伸び切ったのと同時にジオン軍の補給能力が限界に達しており、末端の兵士にまで補給が行き届かなくなりつつあった。

そこでダズの輸送部隊の任務は宇宙から地上で活動しているジオン地上軍へ補給物資を送り込む事である。これが成功すれば現場でのジオン兵士の士気は十分に上がるだろう。

 

そしてダズが左腕にしているアナログな腕時計とモニターに映し出されている作戦予定時間とを見比べて、彼の時計の短針が3を指し、モニターの作戦予定時間が1500と示された瞬間に若い男性オペレーターが声を上げた。

 

「目的地点、北京上空に到達しました! 予定時間通りです!」

「パプア二隻はちゃんと着いて来ているか?」

「はい! 問題無くメーインヘイムの後方に付いて来ています!」

 

そう言った直後にメーインヘイムのメインモニターに映し出されたのは、二隻並んで並走するパプア級輸送艦の姿だった。ややモニターに砂嵐が混ざっているものの、パプアの特徴である双胴艦に似た独特の形はハッキリと見えた。

二隻とも旧式なので一緒に付いて来れるかどうか不安があったが、現にこうやって後方にピッタリくっついて来たのを目で見てダズは一先ず安堵した。

 

「よぅし! 予定時刻通りに物資を地球に下ろすぞ! ネッド少尉のザクは先に出撃して周囲の警戒に当たってくれ」

『了解しました!』

 

ダズの命令に対し髪形も髭も角刈りのようにキッチリと切り揃えられたネッド・ミズキ少尉がメインモニターの端に小さく区分された四角の中で敬礼して了解した事を伝える。

敬礼し終えて画面が消えたのとほぼ同時にメーインヘイムの右ハッチからジオン軍の主力兵器ザクⅡF型が一機発進し、母艦から少し距離を置いた所で機体を制止させて周囲を警戒した。

 

「よぅし! 物資投下を始める! 上げ舵90!!」

「了解! 上げ舵90!!」

 

ダズの命令に対し操舵手が元気良く復唱するや、鉄製の舵輪と近くに設置されているコンピュータを器用に操り、メーインヘイムの機首を大きく上へ傾かせた。いや、それは最早傾かせるなんてレベルじゃない。

頭は段々と上へ上へと傾いていき、やがてほぼ垂直に立っているかのような状態になった所で動きを止めた。そしてザクが発進したハッチとは正反対にある後部ハッチが開き、そこから梯子状に連結された補給コンテナがゆっくりと下ろされて来た。

 

「降下ポイント確認! 北京北西部! ポッド突入予定ラインに障害物は確認されません!」

「コンテナポッドに異常無し! オールグリーンです!」

「よぅし! 降下始めっ!」

 

艦長の合図と同時にコンテナ内部に備えられた信号機が赤い点滅ランプから青のランプへ切り替わり、一気にコンテナポッドが地球へと投下されていく。後方のパプア二隻からも同様のポッドが双胴のコンテナから地球に向けて投下されていく。

やがて投下したポッドは瞬く間に米粒のように小さくなり、メーインヘイムのモニターからも確認出来なくなった。

 

投下されていくポッドの数は少なく見ても百近くはあり、その全てが地球の大気圏に焼かれて赤く染まりながらも中身の物資は無事に地上へ辿り着くであろう。

後は地上に居るジオンの部隊が降下された物資をちゃんと受け取ってくれるのを祈るだけだ。幾ら勢力下とは言え下手をしたら連邦軍のゲリラ攻撃によって物資が撃墜されたり襲われたりというケースも珍しくはない。

 

だが、仮にそうなってしまっても補給物資を投下した輸送部隊に責任がある訳ではない。そもそも彼等の任務は物資を地球へ投下するまでだ。投下したポッドを受け取り、補給を受けるのは地上のジオン部隊の任務だ。

 

「よぅし! 我々が出来るのは此処までだ! 直ちに宙域から離脱する!」

「了解!」

「ネッド少尉は我々が最大戦速で離脱するまで艦の護衛を頼む!」

『了解しました!』

 

全てのポッドが地球へ降下したのを見送った後、ダズは補給部隊の任務が完了したと判断。通信士もすぐさま後方のパプア二隻にダズの命令を通達し、三隻とも地球圏から離脱しようと船体を反転する。護衛に出たネッド少尉のザクも三隻と並行する形で共に離脱へと動き出す。

何せ先にも述べたようにすぐ近くには連邦軍の宇宙基地ルナツーがあるのだ。この場でモタモタしていれば敵の攻撃を受ける恐れがある。

 

「頼むから逃げ切らせてくれよ……」

 

誰にも聞こえない小さい声でダズが祈るようにそう呟き、三隻が地球から離れようとした矢先だった。

 

「熱源高速接近! 艦砲です!!」

「回避間に合いません! 来ます!!」

「ッ! ショックに備えろォ!」

 

激しいアラーム音と共に叫び周囲の索敵を行っていたオペレーターの叫び声のような台詞が艦橋に響き渡る。直後、遥か彼方の暗い宇宙から淡い桃色に輝くビームがメーインヘイムや先を行くパプアの横を光速で通り過ぎていく。

何も知らぬ者が見ればその一筋の光を綺麗だと思うかもしれないが、その美しさとは裏腹に触れてしまえば生身の人間なら跡形も残らず蒸発するだろうし、直撃すれば戦艦でさえも大破は免れない。

 

ビームは三発放たれたものの幸いにもメーインヘイムとパプア二隻を傷付ける事無く素通りしていった。ビームが横切った際に戦艦内に文字通りの衝撃が走ったが、命を奪われるのに比べたら遥かにマシだ。

三隻を護衛していたネッド少尉のザクもビームを避けたらしく、全くの無傷だ。そもそも運動性の高いザクに一発や二発だけの艦砲を命中させる事自体が極めて困難だ。

 

ネッドのザクが艦砲のビームが飛んで来た後方へモノアイカメラを向けると、彼方の方にチカチカと星の瞬きとはまた違う発光物体が二つ見えた。そしてメーインヘイムのオペレーターもそれを確認したらしく、かなりの早口でその発光物体の正体をダズに報告した。

 

「後方から二隻接近! サラミス級です!」

「やっぱり来たか! 奴等の射撃圏内に捉えられる前にさっさと逃げるぞ!」

 

地球上で補給物資を投下しているのを敵がみすみす見過ごす筈がないとダズも分かり切っていた。故に今みたいに祈りの言葉を述べたのだが、どうやら彼の祈りは幸運の女神に受け入れられなかったようだ。

だが、一方で物資を満載したポッドを全部地球に投下し終えてから攻撃を受けたのは不幸中の幸いだ。ポッドを搭載したままでは重荷になっていたのは確実だったろうし、何よりも誘爆の危険性が高かった。

 

また任務を完遂出来た事も部隊全員の心に余裕を与え、余計な考えを抱かず撤退だけに専念する事が出来た。もし中途半端な所で襲われていれば任務を続行するか放棄するかで揉めていただろう。

兎に角、この場に留まる理由が無いのだから後は只管に逃げるだけだ。しかし、一方の連邦は目の前で行われたジオンの補給活動を止める事が出来なかった。故に一矢報いようと射程範囲ギリギリであるにも関わらずサラミスの主砲を敵に向けて撃ち続ける。

 

射程内ギリギリという事もあって命中率はかなり低いが、それでも自分達が乗っている艦の真横を極太のビームが通り過ぎていくのを目の当たりにすると生きた心地がしない。

下手な鉄砲も数撃てば当たるという諺もあるのだから、何時自分達の乗る艦に主砲が当たるのかと誰もが内心でビクビクしていた。

 

先を行くパプアやメーインヘイムも戦争に備えて装甲を強化したり、対空砲火を設けたりと第一線の戦闘に耐えられるだけの処理は施されている。しかし、それでも所詮は輸送船。本格的な軍事行動を目的に開発されたサラミス級と比べれば火力は圧倒的に劣っている。

 

だが、最初からダズはサラミス二隻相手に勝つつもりなんてこれっぽっちもない。そもそも勝ち目なんて最初から無いのだ。元からこちらは物資を運ぶ輸送艦であり、戦闘に不向きである事は百も承知の上だ。

だからこそ彼は己の任務は戦線に物資を運ぶ事だと割り切っており、余計な戦勝を得ようとは考えてはいなかった。

 

そして遂にパプアとメーインヘイムも最大戦速に到達しようとしており、ダズは未だに警備をしてくれているネッドに通信でメーインヘイムへ戻るよう命令を出した。

 

「ネッド少尉! そろそろメーインヘイムは最大戦速へ入る! 帰還するんだ!」

『了解しました!』

 

艦長の命令に従いネッドのザクが後部ハッチから進入し、格納庫に入ったのと同時に後部ハッチが閉められた。

仲間の回収も完了し、これで撤退準備が整った。後は全力で逃げ切るだけだ―――そうダズが思った矢先であった。

 

自分が乗っている艦の真横をサラミスから放たれた一閃の光が凄まじい速さで通り過ぎていく。これが通り過ぎるだけなら良かった。がしかし、メーインヘイムの真横を通り過ぎ、先に進んでいたパプアの一隻に莫大なエネルギーを含んだ光が命中した。

 

次の瞬間、動力部に当たったのかパプアは眩い閃光を上げて爆散した。原型が残らぬ程の大爆発であり、そんな爆発の中ではパプアの搭乗員が生き残る筈がない。

 

味方がやられた事に誰もがショックを受けるが、それ以上に恐い事が爆発の直後に起こった。

 

「キャラバンⅢ! 撃沈! 破片が飛んできます!!」

「防護シャッターを下ろせ! 構わん、このまま前進しろ!!」

 

綺麗な球体を描いた火球の中からパプアの残骸が凄まじい勢いで飛来し、メーインヘイムの外壁を傷付けていく。爆発の勢いで加速を得た残骸は無重力下に置いては正しく凶器そのものだ。それにより近くに居た船が酷い損害を受けるのは珍しくない事だ。

幸いにも今回は戦争に備えて装甲を厚くし、また艦橋の窓に緊急用のシャッターが下ろされたので二次被害は然程出なかった。

 

後少しで補給部隊全員が無事に任務達成出来るかと思われただけに、最後の最後でパプア一隻を落とされたのは部隊全員の心を重くさせた。

 

そしてメーインヘイムと残りのパプア一隻はサラミスの猛攻から逃げ切り、そこから更に三日掛けて月にあるグラナダ基地へと帰還するのであった。

 

 

 

月にあるグラナダに帰還したダズ少佐相当官率いる補給部隊であったが、彼等に対して誰も称賛の声を掛けてはくれなかった。それもそうだ、軍人は任務をこなして当然なのだから。

だが、任務を終えたダズもまた称賛など求めてはいなかった。今は只、任務の疲れを取る為に休みたかったし、失ったパプアの搭乗員達の事を考えると一人になりたかった。

 

任務の報告書を早々に作成してグラナダにある作戦本部に提出した後、割り当てられた自分の宿舎へと足を向けようとするが、その最中に彼は会いたくない人物と遭遇してしまった。

 

「ダズ少佐! 少し宜しいかしら?」

「カナン大佐……」

 

グラナダの基地内部を歩いているダズに声を掛けたのは手入れが施された綺麗な黒のショートカットヘアーを揺らす若い女性だった。まるでモデルのように美しい顔立ちと体格をしており、細いフレームの眼鏡が彼女の知的さと魅力さを上げている。

しかし、肩に付いている階級章はダズより二階級も上である大佐の紋章だ。彼女こそグラナダにあるジオン公国軍突撃機動軍に所属するカナン・チェコノフ大佐だ。指揮官としても、MSパイロットとしても腕前は高く、一部の将兵は陰で第二のキシリアとも言われている。

 

彼女とダズは直属の上司と部下という関係ではないのだが、何故かこうやってダズに声を掛ける事が多い。別に彼に気を掛けている訳ではない。寧ろ、その逆である。

 

「ダズ少佐、今回の作戦でパプアを一隻失ったようですわね! 貴方が居ながら何をしておられたのでしょうか?」

「はっ、誠に申し訳ありません……」

「申し訳ない? そんな謝罪だけで済むと思っているのですか!? 只でさえジオンの国力は連邦の三十分の一以下なのですよ! 船を一隻落とされただけで我が軍の戦力がどれだけ落ちるか貴方は――――」

 

ダズと出会うや今回彼が請け負った任務で発生した被害について、カナンの口からマシンガンの如く凄まじい勢いで次から次へと毒舌を織り交ぜた説教トークが放出される。

 

そう、彼女はダズの事を………否、ダズが率いる補給部隊全員を毛嫌いしている。故にダズを精神的に苦しめようと彼が疲れ果てて帰ってきた所を狙って声を掛けたのだ。

 

そもそも、彼女がどうして彼等を嫌うのかについてはちゃんと理由がある。

 

「―――!!………本当に分かっているんですか!? いいえ、絶対に分かっていませんね。貴方達はジオンに忠誠を誓っていないかもしれない“グレーゾーン”の人間ですからね」

「っ……!」

 

嘗てジオン公国が出来上がる前までジオン内ではザビ派とジオン派の派閥争いが熾烈を極めていた。しかし、ジオン・ズム・ダイクンが死に、彼の死後にジオンを受け継いだデギン・ゾド・ザビがジオン内部に居たジオン派を尽く粛清した。

これにより連邦と和平による解決を目指していたダイクン派の力は弱まり、武力闘争による独立を目指すザビ派がジオンを掌握した。

 

だが、粛清したと言っても完全に全てを粛清し切れた訳ではない。地下に潜って反対運動を起こす者も居れば、連邦へ亡命した者も居る。

また他にも本当に粛清の対象か否か微妙に判断が難しい人間も居た。例えば身内や親戚の一人だけがジオン派であったとか、相手が反ザビ派運動をしているとは知らずに同棲していたとか。

 

そんな風にジオン派の疑いはあるものの、ジオン派であるという確固たる証拠が無く釈放された者達の集まりを“グレーゾーン”と軽蔑を込めて呼んでいる。グレーゾーンの中には純粋なザビ派に属する人間も居るが、近親者がジオン派だった為に疑いを掛けられた挙句不遇の扱いを受けた者も少なからず居る。

またグレーゾーンの中には作戦本部の立てた作戦に異論や反論を唱えた軍人や、戦争参加に消極的な企業関係者などジオン公国の足並みを乱す者達もそこへ集められている。

 

要するにグレーゾーンとはジオン公国にとって味方なのか敵なのか分からない曖昧な者達の集まりなのだ。

 

故に彼等の待遇はジオン公国においてサイド3以外のコロニーからやって来た人間、通称『外人』と同じぐらいに冷遇されている。いや、彼等よりも酷いかもしれない。

表向きは列記としたジオンの補給部隊として扱われてはいるが、今回みたいに最低限以下の護衛戦力で危険な補給任務へ向かわされたりすれば、まともな整備を受けられない事なんてザラにある。兎に角、ジオンを裏切る可能性がある彼等を何が何でも厄介払いしたいジオンの本音が見え隠れしている。

 

また同じジオンの人間からも軽蔑や冷やかな眼差しを向けられ、差別的な発言を浴びせられたりもする。

特に酷いのがダズの目の前に現れたカナンだ。彼女はザビ家に対して狂信的とも言える信仰心を持っており、反逆罪の疑いを掛けられながらもジオン公国の為に戦うグレーゾーンの彼等を完全に敵と認識している。

また自分がキシリア直属の部隊の一人というエリート意識も追い風となり、ダズやグレーゾーンの人間だけでなく他のザビ家直属ではない一般部隊でさえも見下す態度を取っている。

 

ダズも幾度も幾度も彼女の言葉を耐え忍んで来たが、それも限界に近付きつつあった。彼は戦争には消極的ではあるが、ジオンに対して強い愛国心はあるつもりだと自覚している。それを傷付けるような彼女の発言には我慢ならなかった。

 

もう自分が反逆罪になろうと関係あるか、彼女に一言言い返さねば煮え繰り返った腸が治まらない。そう決断しダズは重々しく口を開いた。

 

「失礼ですが――――!」

「カナン大佐! こちらに居られましたか!」

 

いざ、自分の意見を彼女にぶつけてやろうとした直前、バッドタイミングなのかグッドタイミングなのか、二人の言い争う所を全く見ていなかったジオンの下士官が彼女の所へと駆け寄って来た。

どうやらカレンに関わりがある部隊から言伝を頼まれたのだろう。彼女に一言二言程話し掛けると彼女は今さっきまでの剣幕を引っ込ませ、生真面目な表情で『分かったわ』と短く答えた。

 

「それじゃダズ少佐、私は用事が出来たので失礼しますわ。それとそちらが再三要求していた護衛戦力増強の件ですが……我が軍の台所事情を考えると当分は不可能との事ですから、そちらで何とかして下さい。それじゃ」

 

ダズを徹底的にコケにした挙句、彼が何度も頭を下げて要求していた護衛戦力増強の件をあっさりと却下してカナンは彼の前から去って行った。

一人その場に残されたダズは自分が彼女にぶつけようとしていた怒りの言葉を口に出せず、そのまま喉奥に仕舞い込んだ。しかし、それにより一層膨れ上がった怒りは行き場を失い、最終的には彼自身が拳を壁に叩き付けて自分に対する不甲斐なさを呪うしかなかった。

 

 

 

 

次の日、久し振りの休暇によって激務から一時ばかり解放されたダズではあるが、前の任務で仲間を失った事や昨日のカナンの誹謗中傷の事もあって心は穏やかではなかった。

最も休暇を得られたからと言って彼には丸一日の休暇を利用して遊んだりする趣味などない。精々、家で大人しくするかグラナダの宇宙港に停泊している自分の船を見に行ったりするぐらいだ。

 

そして今回の休日の過ごし方は後者の方を取った。休みであるにも関わらず自分の船を見に行くなど、自分は親馬鹿ならぬ船乗り馬鹿なのだなとダズは自嘲してしまう。

 

宿舎から宇宙港まで只行くだけだが、それだけでは面白さに欠けると思ったダズは久しぶりに訪れたグラナダの街並みを散歩も兼ねて散策する事にした。

 

グラナダは本来コロニー建設に必要な機材をサイド3に送る為に開設された月面基地である。その後も更なる発展と拡張を繰り広げ、遂にはグラナダ市と呼べるほどの大都市へと成長した。

そして一年戦争が開戦した直後にジオン軍に占領され、以後はジオン本土を守る重要な防衛ラインの一角として、またジオンを支える軍事拠点として兵器工場や試験場として機能する事となった。

 

ジオンの占領下にある今もグラナダの喧騒は相変わらずだ。人々は何時も通りに会社に出勤し、主婦と思しき女性達は朝も早くからマーケットやスーパーなどに寄ってはチラシに書かれている格安の品を買い物かごへと入れていく。

これだけを見ると本当に戦争をしているのかと疑いたくなるが、街角に小型の機関銃を肩に掛けたジオン兵士を見るとやはり戦争中なのだという現実へ引き戻される。

 

今はまだ大きな事件は起きていないとは言え、所詮ジオンはグラナダを乗っ取った侵略者に過ぎない。何時、彼等が一致団結して侵略者であるジオンに襲い掛かって来るか分からない。

とは言ってもジオンもサイド3から比較的近いグラナダ市に対して友好関係を保とうと努力はしているので、現時点では暴動やテロと言った危険が発生する恐れは先ず無さそうだ。また連邦軍の勢力が及んでいないので、グラナダは完璧にジオン寄りだと言っても良い。

それでも全てのグラナダ市民がジオンに対して好印象を抱いている訳でもなく、反ジオン組織が秘密裏に結成されているかもしれない。そう言った万が一の事態に備えてグラナダの街に武器を携帯したジオン兵が居るのだ。

 

平和な風景を裏切る様な兵士の姿を横目に見つつ、ダズは足早にグラナダの街を通り抜けていく。その時の彼の表情は心成しか複雑そうな色を浮かべていた。

 

そしてグラナダの街を抜けて、自分が長年乗って来たメーインヘイムが置かれた宇宙港に辿り着くとダズの顔には自然と笑みが零れていた。

 

「さてと……俺の船は大丈夫かな」

 

先にも述べたが彼等はグレーゾーンに属する者達の集まりという理由だけで輸送艦やMSの整備がまともに受けられない事がある。そう言う事態に備えて艦長であるダズ自ら船の整備を行ったりする日もある。

幸いにも補給部隊と名乗るだけの事もあり、艦長だけでなく殆どの者が整備の心得と知識を持っていたので現時点までに自分達の機体や船の整備で困難を強いられるような出来事は起こっていない。

 

その万が一の事態も想定した上でメーインヘイムが停泊している宇宙港ドックの一つに足を踏み入れると、丁度何かを搬入しているらしく物資を乗せたコンテナリフトが動いていた。そして作業用のプチMSなどで搬入された機材や物資をメーインヘイムの格納庫へと運んで行く。

月にも重力は存在するが、地球の重力と比べれば遥かに軽い。故にグラナダの宇宙港のドッグはほぼ無重力に近く、数台のプチMSだけでも物資の搬入や搬出がスムーズに進められる。これが地球ならば恐らく何十台という重機が必要なとなり、搬出も搬入も大掛かりになっていたに違いない。

 

それはさて置き、今の物資の搬入を見る限りどうやら今回はちゃんと整備と補給を受けられたようだとダズは一先ず安堵したのだが、それも束の間だった。

 

「ん?」

 

無重力の空間を利用して一回のジャンプだけでメーインヘイムの格納庫へ飛び込むと、そこには何やら見慣れない機械が置かれていた。

MSではない、かと言って戦闘機でも無さそうな横に長い筒状の物体。まるで馬鹿でかいドラム缶のような機械が格納庫の一番手前に置かれていた。それも一機だけでなく三機も。

筒の両端には作業用ポッドに備わっているのと全く同じ腕が備わっており、筒の丁度中央の上辺りにはカバーも何も施されていない剥き出しのモノアイカメラがちょこんと可愛らしく乗せられている。

 

モノアイカメラという部品を見る限り、恐らくジオンの技術が流用されている機体に違いないのだろうが、こんな奇抜な形をした機体は見た事が無い。いや、そもそもMSの開発に力を入れているジオンがこんなMSと呼ぶには程遠い変わった機体を作るだろうかという疑問すらダズにはあった。

 

「何だコレ、いや……そもそもどうして俺の船にこんなものが?」

 

もし目の前の馬鹿でかいドラム缶がジオンの新兵器だとすれば、自分達のような部隊へ真っ先に回って来る事がおかしい。かと言って新兵器と呼ぶにはMSよりも遥かに小さく、武装らしい武装も備わっていない。戦いに不向きである事は一目瞭然だ。

だとすれば、これもカナン大佐の嫌がらせの一環かもしれない。戦力増強をお願いしていた自分達に対する当て付け……そう考えるとこの奇妙なドラム缶が自分達の所へ回されて来たのも納得がいく。

 

「いや、しかし……ううむ……?」

 

新兵器だろうが嫌がらせだろうが、目の前にあるこのドラム缶の存在理由と真意が掴めずダズが首を傾げて思考に没頭していると、彼の背後から陽気な若い声がやって来た。

 

「ヨォー! 艦長さん! 休日を返上して御出勤かい!? 精が出るねぇ!」

「ガナック整備長……」

 

声に気付いて振り返ると、そこにはチョコレートのような褐色肌にカラフルなフレームのサングラス、赤茶色のドレッドヘアーというインパクトの強い特徴を持ったガナック整備長の姿があった。

彼も言うまでも無くグレーゾーンの人間であり、グレーゾーンに落とされる前はジオニック社の開発部で働くエリート社員だった。しかし、戦争が始まる直前にガナックはジオニック社を自主退職し、その後暫くの間だけ作業用モビルポッドや工業用の機械製品の整備と言った他愛のない仕事を請け負う小規模な会社に就職した。

 

彼はジオン派とザビ派、どちらの派閥にも属してはいないが戦争に関しては否定的な考えを持っていた。スペースノイドの長年の夢であった独立を勝ち取る為の戦争を否定したという理由でガナックは非国民という烙印が押され、戦争勃発と同時にこちらのグレーゾーン部隊へ飛ばされたのだ。

しかし、本人は左遷のような形でグレーゾーンに飛ばされても大して気にもせず、寧ろ持ち前の気さくで陽気な明るい性格のおかげでグレーゾーン部隊での生活をも楽しんでいる。

 

当然ではあるが元ジオニック社の開発部に居たというだけの事もあり、機械に関する技術と知識は補給部隊の中でも随一だ。整備もままならないグレーゾーン部隊においてガナックの存在は極めて重要であり、極論してしまえば彼こそがグレーゾーン部隊の生命線と言っても過言ではない。

 

そんな彼はダズに近付くや格納庫に置かれてあった巨大ドラム缶をポンポンと叩き、まるで無邪気な子供が新しい玩具を買い与えられて喜ぶような笑顔を撒き散らしながら『コレ』について語り出した。

 

「艦長! どうですか、今日届いたばっかりの新品ですよ! コイツがあれば少しは補給活動も楽になりますよ!」

「あ、ああ……。しかし、これは一体何なんだ? やはり作業用ポッドの一つなのか?」

「あー……作業用ポッドとも言えますけど、そのカテゴリーには属しませんかね。強いて言えばMP(モビルポッド)と呼ぶべきでしょうか」

「モビルポッド?」

 

流石のダズもMS(モビルスーツ)なら幾度となく聞いた事はあるが、MPなどという呼び方を聞くのは今日が初めてだ。だが、ザクのモノアイカメラや作業用ポッドの腕など両方の特徴が混ざっているのでMPなのだという理屈は即座に理解出来た。

 

「そんな物をジオンが開発していたなんて初耳だな。しかし、これでジオンは戦争に勝つつもりなのか? とても正気だとは思えんが……」

「いやいや、ジオンはMPなんて作っちゃいませんよ」

「何?」

 

その一言にダズは真っ先に『それはおかしいだろう』とガナックに疑問を呈した。明らかにこのMPにはジオンの技術が応用されて作られており、これにジオンが関係していない筈がない。

もし関係していないのが事実だとしたら、このMPはジオンの技術を盗んで独断で作り上げられたという事になる。そうなれば機密漏洩はおろか、国家反逆罪として極刑も免れないだろう。

 

だが、それ以前にダズは気になっていた事があった。

 

「そもそもガナック君、君は何故これがジオンの作った物ではないと知っているのかね?」

 

ガナックはMPについて色々と説明してくれたが、同時に彼はハッキリと『ジオンはMPを作っていない』と公言している。という事は彼もMPの纏わる事情に少なからず関係している筈だと踏んでいたのだが、ダズが疑問を投げ付けた直後に彼の予想を大きく上回る返答がガナックから返って来た。

 

「そりゃそうですよ、だってこのMPを設計したのは私ですから」

「!?」

 

深く悩むでもなければ言葉に詰まるでもなく、飄々とあっさりした口調で言い切ったガナックだが、さらりと出た台詞の中身はとんでもない事実だ。

何せ、彼の発言は『自分がジオンの最高機密に値する技術を個人的に応用しました』と言い切ったも同然だからだ。もしこれがジオン上層部にバレてしまえば、彼だけでなくグレーゾーン部隊全員の極刑が言い渡されるかもしれない。

 

だが、新しい事実が明らかになったが同時にまた一つ気になる事が出来上がった。

 

「君がMPを設計した!? しかし、君は既にジオニック社を辞めたのだろう? 今更、機体の設計など出来ない筈だが……。そもそも、MPなんて個人の財政で何台も作れはしないだろう?」

 

そう、ガナックは既にジオニック社を退社した上にグレーゾーンに落とされた身だ。そんな彼が勝手に兵器の設計・開発をするなどジオン公国が許す筈がない。ましてや国家総動員法が発令しているジオンの下で勝手にMSの技術を応用してMPを作るなんて到底不可能に近い。

またMPを作ると言っても、個人の財政なんて多寡が知れている。にも関わらずメーインヘイムの格納庫には同じMPが五機も配置されている。

 

彼がそこまで金持ちだったのか、それとも何かしらのカラクリがあるのだろうか。そうダズが思考を巡らした矢先にガナックは彼の耳元でこう耳打ちした。

 

「大丈夫ですよ、艦長。コイツを作る際にちょっとしたカラクリを使いましてね。そのカラクリのおかげで我々は処罰されませんよ、絶対にね」

「カラクリ……?」

 

どうしてガナックがMPを作れたのか、どうしてMPがこんなにも多く搬入出来たのか、どうして自分達の部隊はMPを勝手に搬入しても罰せられないのか……様々な疑問を解決してくれるガナックの『カラクリ』にダズは大いに興味を持った。

 

「一体どんな魔法を……いや、“カラクリ”を使ったのだね。ガナック君?」

「簡単な事ですよ……」

 

そう言ってガナックが唇の端を釣り上げて悪人のような笑みを浮かべ、そのカラクリについて話し始めた。

 

先ず彼が手始めとして着手したのはMPの設計であった。膨大な機械に纏わる知識の中には当然MSの物も含まれており、またMP自体が簡単な作りであった事も幸いして設計は自身でも驚くほどに短期間で完成させてしまった。

こうして設計図が出来たのは良いが、今度はそれを元に機体を作らなければならない。ジオニック社の場合はジオン公国の手厚いバックアップのおかげもあってザクなどのMSを短期間で設計・開発・量産するに至った。

 

しかし、ガナックの場合はジオンが手助けしてくれる訳がない。ましてやグレーゾーンの一人が設計した機体だと知れば門前払いをするのがオチだ。そもそも国家総動員法で企業も国家勝利の為に兵器開発に全力を注いでいる中、個人が設計したMPなど見てくれる筈もない。

 

そこで彼はジオン企業でも連邦企業でもない第三者の中立企業にMPの設計図を譲渡し、機体を作って貰う事にしたのだ。

 

但し、自分が設計したとは言え向こうの人間に完全に丸投げして機体を作って貰うのだ。当然、企業も相手の設計図通りに一から十まで無償で作ってやる程お人好しではない。自社の金を使って作り上げたのだから、それなりの代価を相手に請求するのは世の常だ。

そこでガナックはMPの製作を企業に委託する際にとある契約を交わした。その内容とは完成した際に発生するMPの著作権と利益を全て企業に譲り渡すと言う思い切った契約であった。

自分の設計したプランを他の企業に提供するという点はフランチャイズ契約にも似ているが、それによって発生した利益はガナックには回らず全部企業の物となるという点が大きな点だった。

 

この契約に双方が合意し、こうしてMPはジオン公国の力を借りず他の企業の力によって開発されたのであった。

またMP開発を委託した企業がMPの特許権を得た為に正式に高性能作業用ポッドとしてジオン公国へ売り出される事となり、これによりMPを公費で手に入れられるようになったのと同時にガナックがMPの設計者であるとジオンに気付かれる心配も無い。

 

因みにガナックが設計したMPを現時点で納入しているのはグレーゾーン部隊だけである。つまりはジオン軍の中でも初めてMPを配備した部隊でもある。

 

「まぁ、契約する際に出来上がったら真っ先に自分達の部隊へ納入してくれるようお願いしたんですけどね。それにMPは表向きには大型作業用ポッドとして扱われますので、上層部の連中を刺激する恐れはありませんよ」

「成程な、しかしジオンでも連邦でもない企業とは言え……ジオンの技術を使ったMPを突然作り上げるのを疑問に思う者達も居るんじゃないのか?」

「大丈夫ですよ、その点もちゃんと考えた上でその企業にお願いしたのですから」

「どういう意味かね?」

 

ガナックの言葉を分かり易く言い換えれば“ジオンの技術を勝手に使用しても怪しまれない企業が存在する”という事だ。しかし、そんな企業があるのだろうかとダズが少し思考を巡らすと、意外にも速くとある企業の名前が彼の脳裏に浮かび上がった。

 

「まさか……ブッホか!?」

「ご名答!」

 

正式名は『ブッホ・ジャンク・インク社』……その名前にも含まれている通りジャンク業を営む会社だが、ジャンク業だけでなく他の業界にも手広く進出している一大コンツェルンだ。

ジャンク業以外にも重工業にも力を注いでおり、特に一年戦争が始まってからはジオンが作ったMSに目がないとも言われている。

 

そんな企業へMSのジェネレーターを応用したMPの開発を提案したのだ。MSと比べれば見劣りする機体ではあるのは否めないが、ジオンの技術が含まれているという事実は向こうにとっても喉から手が出る程に興味深いものだったに違いない。

またジャンク屋という商売上、一年戦争が始まった時に撃破されたジオンのMSの残骸だって扱っている可能性があるのだ。そこからジオンの技術をブッホ社が少なからず手に入れ、このMPを開発したと予想しても何らおかしくはない。

 

「成程な、ジャンク屋の特性を盾にしたという訳か」

「ええ、それにあそこの会社は危険地帯でのジャンク屋活動も辞さないですし。それを考えればMSの一機や二機を回収していてもおかしくはない…と上層部は考えるでしょう」

「確かに、その通りだな。しかし、向こうもよく設計図だけでMPが作れたな。まさか本当にMSとかを無傷で回収出来たのか?」

 

幾ら設計図通りに作るとは言っても設計図の中にあるモノアイカメラやジェネレーターはジオンの作り出した物だ。それと同じ物を丸々作り出すには流石に無理があるのではないだろうかと疑問が浮かんだ。

 

その疑問を何気なく口に出すとガナックから今度こそダズも卒倒してしまうような衝撃の一言が返ってきた。

 

「ああ、それなら簡単ですよ。ブッホ社に陸戦型ザクを一機密輸出しましたから」

「な!!?」

 

流石にそればかりはカラクリ云々では解決出来ない事実だ。只でさえ国力が少ないと言うのに、ザクを丸々一機ブッホ社へ密輸出するなど機密漏洩もへったくれもない。バレたら今度こそ確実にアウトだ。

 

「が、ガナック君!! そ、それは幾らなんでも危険過ぎる行為だぞ!!」

「大丈夫ですよ、そもそも密輸出したと言っても我が隊に嫌がらせ目的で渡されたヤツですよ?」

「え……ああ、もしかしてあのザクの事か?」

 

以前、ダズが自分の部隊の戦力増強をお願いした時にネッド少尉が乗るザクとはまた別に新たなザクが2機納入された事があった。しかし、それは宇宙用のF型ではなく地球上の運営を目的に作られた地上用のJ型であった。

宇宙でしか活動しない自分達に地上用のザクを与えるのは決して些細なミスなどではない。明らかに自分達に対する嫌がらせに他ならない。結局そのザク二体は分解されてネッド少尉の乗るザクの予備パーツとして扱われる事となった。

それでも宇宙では使えない陸戦用のパーツは適当にコンテナに詰めて格納庫の端に放置しておいたのだが、今のガナックの台詞を聞いて振り返ってみれば確かに一機分のパーツを詰め込んであったコンテナは何時の間にか消えて無くなっている。

 

「そう言えば分解した際に余った陸戦用のジェネレーターやパーツが見当たらないと思っていたが……そうか、君が秘密裏に輸出していたのか」

「すいません、一言掛けるべきかと考えましたが……今の状況を鑑みると声を掛ける暇も無いと思いましたので」

 

自分の仲間達が同族の酷い仕打ちによって死地へと向かわされ、まともな戦力も得られないまま死んでいく。そういう光景を目の当たりにしたからこそ、ガナックは自分の得意な知識を生かして仲間を救う力となる兵器を作ろうと決意したのだ。

しかし、当然MSのように派手で強力な機体を個人レベルで作るのは先ず無理だ。仮に作れたとしても配置するまでに上層部の目に止まってしまうだろう。そこで編み出したのは構造が簡易で、配置されても咎められないMPという苦肉の策であった。

 

「ああ、構わんよ。どうせアレは我が隊でお荷物同然の部品だった。それにウチの偉いさんも『好きに使っても構わない』と言ってたから、無くしたと言っても御咎めは無いだろうさ」

 

昨日のカナン大佐との一件もあったので、ダズもガナックの行いを咎めはしなかった。そしてガナックから聞かされた件は一生自分の心の中に留めておこうと誓った。

 

「しかし、これには武装は施されていないようだが……」

「それに関してはこちらで改修する予定ですよ。アームを回転させて前後に可動させるレールの上にアタッチメントを装備し、そこに簡単に手に入れられるザクマシンガンかバズーカを装着する予定です。また機体側面のハードポイントにはミサイルやシュツルムファウストを装備します」

「ほう、つまり機体そのものは外部で作らせ、武装はこっちで後付けするという事か。見た目とは裏腹に意外と重装備も可能なのだな。……そう言えばコイツの名前は何て言うんだ?」

「ああ、そう言えばまだコイツの正式名を決めてませんでした」

 

MPという機体の分類はされていたが、MSの“ザク”みたいに機体の名前までは取り決めていなかった。ダズに言われてガナックは自分の作り上げたMPを見上げながら暫し考えた。誰にでも覚え易い名前が良いなという事で思い付いた名前は――――

 

「オッゴ……と言うのはどうでしょうか?」

「オッゴか…。うん、良いんじゃないか。生みの親が付けた名前だからな」

「へへっ、それじゃ……たった今から我が部隊にオッゴを配置します!」

 

ガナックの元気な言葉と同時に敬礼が向けられ、ダズも薄らと笑みを浮かべて柔らかな敬礼でそれに応えた。そして敬礼を終えるとオッゴを見上げてダズは小さく呟いた。

 

「オッゴか……。お前さんと何処まで付き合えるか分からんが、出来ればこの戦争が終わるまで一緒に生き延びたいものだ」

 

MSよりも遥かに小さく頼りない珍妙な兵器ではあるが、これ以上の戦力増強をアテに出来ない今、ダズ達にとってこの上ない貴重な戦力だ。

それに戦争がジオンに優勢になればこちらの部隊にもMSが回されるかもしれないし、今は我慢も兼ねて己の身を守る為にもオッゴに頼るしかない。

 

故にダズはこのMPという変わった分類に属する兵器……オッゴを見上げて祈るのだった。

 

願わくば……この戦争が一刻も早く終わる事を――――と。

 

しかし、彼の願いとは裏腹に戦争は更なる泥沼へと突き進んでいく。そしてグレーゾーン部隊の苦肉の策として生まれたMPオッゴもまたジオンの歴史に振り回される運命が待ち構えているのであった。




このIF物語に置けるオッゴの設定

・オッゴを開発したのがジオン技術本部ではなくブッホ社。またブッホ社自身もジャンク業によってMSの知識やノウハウを少なからず持っている。
・両側面にミサイルポッドかシュツルムファウストを装備出来るが、それ以外にもザクマシンガンの弾倉を携帯する事も可能(片方に付き弾倉二つ)
・劇中ではザクマシンガンかバズーカは右上だけしか装備されていなかったが、左上にも装備可能。ザクマシンガンやバズーカを二丁装備して出撃する事も今後あるかもしれない。
・オッゴの母艦であるメーインヘイムはイグルーに出て来たヨーツンヘイムと同艦であり、Gジェネ魂にも出てくるあの艦をお借りしました。

また黒呂はオリジナルキャラを書くのが苦手と言いますか下手と言いますか……兎に角、得意でない事は明らかです(汗) ぶっちゃけ人間描写が苦手です……orz
誰かオリキャラ考えてくれないかなぁーなんて甘い考えを抱いた駄目な作者です(滅) こんな作者が書いた変な話ですが、温かく見守って下さると嬉しい限りですw

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。