屋敷に着いたのは夕方だった。
途中寄り道で何処かで車を停めたらしい。
らしいと言うのも、俺はこの一日寝ていたので詳細を知らないのだ。
本音曰く・・・
「起こしたけど起きなかった~!」
如何やら相当疲れていたようだ。
肉体的にも精神的にもだ。
最終日の朝、束さんから聞いた事も気がかりの一つだ。
俺を誘拐した組織、いったい何の目的があってそのような行動をしたのか不明だが、その組織がイギリスからISを強奪したのも気になる。
ISを奪うって事は、少なくとも既に一機以上はISを所持しているのだろうし、ISを使えるって事は女性なのだろう。
俺の様なイレギュラーがそうそう居るはずも無い。
だが、イギリスの警備もそんなにザルでは無かったはずだ。
それをすり抜けてなのか打ち破ったのかは知らないがISを強奪する事に成功はしているのだ。
恐らく相当な腕のIS操縦者が居るのだろう。
俺には関係無いって思えれば良いのだが、一度俺を誘拐しかけた組織の事だ、関係無いではすまないんだろうな。
「一夏君?降りないの?」
「?・・・ああスミマセン、今降ります。」
考え事に集中し過ぎたようで車から降りるのを忘れていた。
気にし過ぎな感じもするが、用心するに越した事はないのだ。
情報がほしい、如何にかしてセシリアと連絡は出来ないものか・・・
俺の交友範囲の狭さに、今だけは本気で嘆きたい。
「おりむ~、如何したの~?」
そうか本音だ!
交友範囲の広い本音なら、セシリアの連絡先くらい知ってるかもしれない。
「本音、セシリアの連絡先知ってるか?」
「せっしーの?知ってるけど、おりむ~は何でせっしーに連絡したいの~?」
「少し聞きたい事が出来たんだが、生憎俺はセシリアに連絡を取ろうとしても知らなくてな。如何するか悩んでたんだ。」
「何を聞きたいのか気になるけど、おりむ~の事だから大切な事なんでしょ?」
「恐らくだが、俺に関係してくるだろう出来事の詳細を知りたいんだ。」
「OK~それじゃあせっしーに教えて良いか確認するね~。」
「悪いな。了承が取れたら俺の携帯に送ってくれ。」
本音にセシリアとのパイプ役になってもらい、俺は一先ず部屋に戻る。
その途中で携帯にメールが届き・・・
「OKだって~。せっしーが喜んでたよ~。」
との事。
何を喜ぶ事があるのか不明だが、これで手がかりは得られそうだ。
「もしもしセシリアか?」
「はい!一夏さん、どの様なご用件でしょか!」
「・・・久々にテンションの高いセシリアの声を聞いた気がする。」
まだ夏休みに入って半月くらいだが、何時ものメンバー以外で学園の人間の声を聞いたのは鈴だけだ。
二学期はもう少し交友範囲を広げるようにしよう。
「一夏さんのお声を聞けるだけで、このセシリア、天にも昇る気持ちですわ!」
「天に昇られたら困るんだが・・・まあいいや。セシリア、イギリスでISが強奪されたのは本当か?」
「その事をご存知でしたのね。イギリス国内でも知ってるのは一握りの人間だけですのに・・・一夏さんは何処からその情報を?」
「詳しい事は知らないが、事件の事は束さんから聞いた。」
「篠ノ乃博士から・・・あの方も事件に関係してる可能性も疑われてますのに。」
「恐らく無関係だ。あの人がそんな事に興味を持つわ訳無い。」
「そんな事って・・・イギリスの第三世代型ISですわよ?」
「あの人は既に第四世代型ISを完成させてるし、第五世代型の製造にも着手してる。第三世代型を強奪する必要が束さんにはまったく無い。」
「・・・次元の違う話ですわね、それを淡々と話す一夏さんも凄いですけど。」
俺は事実を話しているだけで、ISの製造なんて分かんないぞ。
「それで、ISを奪った人数は分かるか?」
「人数ですか?」
「ああ、イギリスだって警備をしてたはずだろ?それを突破して強奪したんだから相当の腕のIS乗りが居たはずだと思うんだが、それが複数人居ると少し厄介だと思ったから知りたいんだ。」
「一夏さんには直接影響無いと思うのですが・・・」
「これは内緒にしてほしいんだが、そのISを強奪した組織は、俺を誘拐しようとした組織らしいんだ。だから無関係で済むとは思えない。」
「そうでしたの・・・敵のISは二機、その他は居ませんでした。」
「たったの二機か?他に構成員とか工作員とかは居なかったのか?」
「開発部に一人裏切り者が・・・でも警備は完璧でした!」
「それじゃあその二人が相当な腕だと判断した方がよさそうだ。」
これは中々厄介な事になりそうだ。
一度失敗したからと言って、それで諦めてくれる組織ならここまで派手に動き回らないだろうし、あの束さんが気にしてるんだ。
無関係で終わるとも思えない・・・
「他に気になる事とかは無かったか?」
「他にですか・・・」
何でも良い、少しでも情報がほしい。
「これは定かな情報では無いのですが、敵のISのうち、一機は蜘蛛の様な姿だったと襲われた一人が証言してますわ。」
「蜘蛛?」
「ええ、しかし後ろから襲われたのではっきりと見た訳では無いのですが。」
「はっきりと見てなくとも形だけ分かれば何とかなるだろう。ありがとうセシリア、凄く役にたったよ。」
「一夏さんのお役にたてたなら光栄ですわ///」
「それじゃあまた二学期に。」
「ええ、それでは。」
セシリアから得た情報を束さんに送る。
あの人ならISの形状だけでも何か調べられるだろう。
束さんにメールを送ってすぐ、千冬姉から電話が掛かってきた。
「何だ?」
「一夏、明日学園に来てくれないか?」
「明日?合同訓練は一週間後のはずだが。」
「それとは別に用があるんだ。私服で構わん、来てくれないか。」
「私服って事は学園関係では無いんだな。」
「ああ、だから織斑先生と呼ぶ必要もないし、真耶やナターシャに敬語を使う必要も無い。」
「年上だから敬語は使うが・・・」
俺はあの二人には大体敬語だろ。
ツッコミの時についタメ語を使ったこともあるが、それ以外ではちゃんとしてるはずだ。
「兎も角来てくれるな?」
「何か事情があるのは分かった。だが時間指定をしないのは何故だ。」
「・・・お前が言った通り事情があるんだ。承諾してくれるまでは集合時間も教えられないのだ。」
「面倒くさいな・・・まあ良いぞ。行けば良いんだろ。」
「ああ、そうしてくれると此方も助かる。それじゃあ明日10時に一夏特製弁当を持って学園に来てくれ。」
「・・・弁当は持ってか無いぞ。」
「何故だ!?」
「何故って学食は稼動してるし、そもそもそれが事情だってことは無いよな?」
「・・・・・」
「図星かよ!」
「だって最近一夏の手料理を食べて無いんだぞ!私だって一夏の愛情たっぷりの弁当を食べたいんだ!」
「・・・殺意たっぷりの弁当でよければ持ってくが?」
「一夏の弁当なら何でも良い!」
本当に毒でも仕込んでやろうか。
「それじゃあ一夏、明日待ってるからな。」
「ああ。」
それだけ言って電話を切る。
弁当か、食材を買いに行くにも今日は疲れたからな・・・
更識の食材を借りるわけにも行かないし、しょうがない買いに行くか。
俺は部屋から出てスーパーに向かうために屋敷から出る。
「あれ~?一夏君、お出かけ?」
途中で刀奈さんに会った。
「チョッと食材を買いにスーパーに行こうと・・・」
「食材?何か使うの?」
「千冬姉に弁当を持って来いと言われまして・・・」
「家の食材使う?一夏君なら自由に使って良いよ。」
「気持ちだけで十分です。それに千冬姉にここの食材はもったいないですから。」
「実の姉に対してその発言は如何なの?」
「食べられれば木の根っこでも気にしない人ですから。」
「・・・でも生野菜は嫌なんでしょ?」
「ええ、何故か生野菜だけは食べないんですよね。」
根っこよりは美味しいと思うんだがな・・・
しかし木の根っこを食べた事がある人間も珍しい。
「それじゃあ私も一緒に行って良いかな?」
「別に構いませんが、楽しく無いですよ?」
「良いの!」
「それじゃあ、まあ・・・」
刀奈さんも同行する事となったが、特に問題は無いのでスーパーに向かう事にした。
「そう言えばここら辺のスーパーは何処が安いんですか?」
「えっ!・・・ゴメン分からない。」
「・・・そうですか。」
まあ一番近いスーパーで良いか。
更識の屋敷で世話になってるので、織斑家の食費はほぼ残ったままだし。
どうせ千冬姉の給料から出てるんだし、あの人が文句言う訳も無いしな。
「一夏君って値段とか気にしてるの?」
「家計を預かる身としては、少しでも安い所で買いますね。」
「なんかお母さんみたいね。」
「その感覚は分かりませんが、俺は男です。」
「あっ・・・ゴメン。」
「何で謝ってるんですか?」
「一夏君の事情知ってるのに無神経な事言ったから。」
「前にも言いましたが、俺は両親の事をまったく知らないので気にする必要は無いですよ。そもそも記憶にすら無いんですから。」
「それでも謝りたいの。」
「・・・刀奈さんの気が済むなら。」
俺が気にしなくとも刀奈さんが気にしてるなら彼女の気持ちを尊重しよう。
親が居ないと言う事は別に気にしてない事なのだ。
しかし、その事は周りからすると可哀想と思われる事のようだ。
「それで、刀奈さんは値段、気にしないんですか?」
「へ?ああ、私はあんまり気にしてなかったわね。そもそも、食材の買出しなんて殆どしたこと無いし。」
「更識家当主ですからね。食材の買出しなんてする暇無いですもんね。」
「・・・あはは、一夏君、チョッと怖いよ?」
「別にそんなに怖い風では無いはずですよ?事実を言ってるだけですし。」
怖いと感じるのは、普段刀奈さんが仕事を真面目にしてないからだろう。
当主としての仕事の殆どは俺と虚さんが片付けている。
まったく、少しは仕事を真面目にしてくれれば良いものを・・・
「い、一夏君、早く行こ!」
「何を焦って・・・まあ良いか。行きましょうか。」
「一夏君の買い物の仕方を見るのは初めてかもね。楽しみだな~。」
「何を楽しむんですか・・・」
買い物の仕方なんて皆殆ど変わらないだろ。
刀奈さんが何を楽しみにしてるのかは分からないが、邪魔をしないのなら別に良いか。
「とうちゃ~く!」
「テンション高いですね・・・」
「一夏君とお買い物~!」
「普通にスーパーに来ただけでしょ。」
「でも二人っきりだよ~。」
「・・・そうですね。」
ここら辺のスーパーには知り合いは居ないが、何だか居そうな気がするのは何故だ?
「ほら、一夏君!早く早く~!」
「行きますよ。」
ただの食材の買出しなのに嬉しそうだな。
そんなに二人っきりなのが嬉しいのか?
まあ少しは気持ち分かるが、目に見えて浮かれるほどかな?
「品揃えは良いですね、このスーパー。」
「そうなの?」
「ええ、俺の実家の近所のスーパーよりはしっかりとした品揃えだと思いますよ。」
「ふ~ん。」
普段からあまりスーパーに行かない刀奈さんにとっては分からない世界なのかもしれない。
それにしても、一個一個が多いな、このスーパーは・・・
もう少し少なめのものがほしいんだが、これだけ量があるなら二、三人分くらい作れそうだな。
確か山田先生とナターシャ先生も居るんだっけか。
ついでだし作っていくかな。
「おや?更識のお嬢さんじゃないか。」
「え?ああ、お久しぶりですね。」
「知り合いですか?」
考え事をしていたら、見知らぬ老婆に話しかけられた。
如何やら刀奈さんの知り合いのようだ。
「昔、お世話になったおばあちゃんだよ。」
「そうなんですか・・・はじめまして、織斑一夏です。」
「織斑?何処かで聞いた事がある苗字だね~。」
「一夏君は唯一の男性IS操縦者だし、お姉さんはブリュンヒルデだから、おばあちゃんも新聞か何かで見た事あるのかもね?」
「そうかもね~。近頃物覚えが悪くなってきたから、何処で見たのか覚えて無いが、きっと刀奈ちゃんの言う通りかもね~。」
「まだまだ元気じゃない。そんな事ないよ。」
刀奈さんとおばあさんが仲良く話している間に、近くにあるめぼしいものを物色していた俺は、おばあさんに話しかけられた。
「所で君は、刀奈ちゃんの旦那さんかえ?」
「チョッとおばあちゃん!?」
「旦那では無いですけど、彼氏ですね。」
「そうかい、あの刀奈ちゃんに彼氏・・・いずれは結婚するんじゃろ?刀奈ちゃんの嫁姿を見れるのかね~?」
「気が早いよ、おばあちゃん!」
「まあいずれ出来ればとは思ってますよ。」
「一夏君!?」
もちろん、問題がすべて片付いていて、俺の国籍がしっかりと決まったらの話ですけどね。
それまで刀奈さんが俺の事を好きで居てくれる保障も無いんだが。
「そうかい。刀奈ちゃん、幸せになるんだよ。」
「おばあちゃん・・・」
刀奈さんが照れているのが良く分かる。
確かに学生が結婚なんて言われれば照れるのかもしれないな。
「じゃあ刀奈ちゃん、彼氏さんもまたね。」
「ええ、それでは。」
「もう///」
おばあさんと別れ、俺は目的のものがあるエリアに移動する。
一方刀奈さんはと言えば・・・
「一夏君が旦那さん、て事は私がお嫁さん!」
「刀奈さん?そこに突っ立てると邪魔ですよ?」
「えへへ~。」
「・・・・・・」
駄目、完全に夢の世界に旅立ってる。
「起きてください!」
「一夏君のお嫁さん・・・えへへ~///」
「如何すんだこれ?」
一先ず手を引いて移動させるか。
刀奈さんの手を引いて、目的のものを探す。
「織斑刀奈・・・良いかも!」
「妄想してるのも良いですけど、そろそろ戻ってきてくださ~い。」
「それとも更識一夏?」
「婿入りなんですか?」
人の名前で遊ぶのもいい加減にしてほしくなるんだが。
「ねえ一夏君!どっちが良いと思う?」
「いきなり現実に戻ってくるんですね。」
俺に聞かれても困るんだが。
そもそも刀奈さんは当主なんですから、そんな簡単問題でも無いでしょうに。
「結婚したからと言って、苗字を変える必要は無いんじゃないですか?俺の苗字も刀奈さんの苗字もそこそこに有名ですからね。」
「織斑に更識だもんね。IS関係にとってはどっちもビッグネームだよね。」
ただでさえ千冬姉のおかげで有名になった織斑の苗字、それが俺のせいで更に有名になったのだ。
加えて更識の苗字は、暗部で知らないものが居ないほど有名であり、刀奈さんはロシアの代表、簪は日本の代表候補生、さらには更識の関連企業もIS関係に乗り出し、虚さんと本音が企業代表を務める会社もあるくらいだ。
どちらもIS関係者にとっては知らないはずの無い苗字なのだ。
「そうだ!一夏君が更識家を継いでくれれば一番良いんだ!」
「・・・俺に楯無の名を継げと?」
「うん!更識家の仕来りで、当主が男の場合のみ、重婚を認める決まりがあるの!お父さんはお母さんだけだっただけで、歴史上では重婚してる人も居るのよ?」
「俺が更識楯無を名乗る事はないでしょ、絶対に。」
「別に織斑楯無でも良いのよ?」
「問題はそこでは無いでしょ・・・」
そもそも更識家に俺が入ったからと言って、そう簡単に楯無を継げるはずも無いのだ。
「一夏君が私と結婚か~・・・えへへ~///」
「またですか・・・」
再び夢想の世界に旅立ってしまった刀奈さんの手を引き、会計のためにレジに向かう。
帰るまでには元に戻ってほしいな・・・
「あの二人、仲良いわね~。」
「手なんか繋いじゃって。」
「初々しい二人ね。」
周りの奥様方の目が何だか痛い。
世間話のネタにされてしまった。
「刀奈さん、戻ってきてください!」
「一夏君と結婚・・・良い!実に良い!!///」
「いきなり大声出さないでください!」
夢想の世界に行ってもその事しか考えてないんですか。
買い物一つでここまで疲れるとは思わなかった。
「お客様?お会計よろしいですか?」
「?・・・ああスミマセン、幾らですか?」
会計終わってたのか。
俺は言われた金額を払い、袋詰めするために移動する。
刀奈さんは未だ夢想の世界だ。
「何時になったら戻ってくるんだ?」
刀奈さんが現実に戻ってくる時期を心配しながら袋詰めを終えた。
結局刀奈さんが現実に戻ってきたのは屋敷の近くに戻ってきた時だった。
設定捏造しました。
更識家はいったい何を目的に重婚を認めたんでしょうか。