しかし自分には関係無いですね~・・・休みたい。
朝、目が覚めてまず思った事は最近この二人も積極的になったなだった。
俺の布団の中に俺以外の人が入っているのを感じて、静かに布団から抜け出しため息を吐く。
その布団の中には、隣の布団で寝ているはずの簪と虚さんの姿があった。
抱きついてこないだけマシだが、初めて会った時はどちらかと言えば消極的な二人が此処まで積極的になったのは喜ぶべき事だろうか。
「しかし、このメンバー以外と接する時は変わって無いんだよな・・・」
簪はクラスメイトと話す時も、俺が居ないと何処かたどたどしいし、虚さんに至っては以前より事務的に会話をしているのを見た事がある。
自分の世界を狭めるのは如何なんだろうか・・・
「ま、俺が言える立場ではないか。」
俺自身も交友範囲が広い訳でも無いし、無理に広げようとは思っていないんだしこれで良いのかもしれないな。
「さてと、軽く走ってくるか。」
音をたてずに部屋から出て、旅館周りを走りに行く。
朝食はシャワーの後でも十分間に合うだろう。
「あれ?一夏さんが居ない・・・」
何時もより大分早い時間だが、私は目を覚ました。
夜中に一夏さんの布団に忍び込み、一緒に寝たのだ。
これがお嬢様や本音なら抱きついたりするのだろうが、生憎私にはそこまでの度胸は無い。
昨日のお風呂だって、私一人なら一夏さんと一緒に入るなんて行為はしなかっただろう。
「お嬢様や本音の積極性が羨ましいですね。」
一夏さんに自然に甘えられる二人は、私にとって実に羨ましい性格だ。
あそこまでふざけなくても良いが、一夏さんに甘えられる所だけは本当に羨ましい。
私も積極的になれればいいのに・・・
一夏が積極的になったと思っているとは知らない虚は、自分の性格を恨んでいた。
自分自身の評価と周りからの評価は必ずしも一緒ではないのだ。
その事を虚は知ってはいるが自分自身が一夏に如何思われているのか知らないために、悶々とそのような事を考えるのだ。
「ところで一夏さんは何処に行ったのかしら?」
普段は屋敷周りを走っているのだが、今日は如何してるのかな?
旅館の周りは雑木林や崖だし、少し離れて場所には砂浜があるがそこまで走っていくのは疲れそうだ。
「でも、一夏さんは普通の人とは違いますからね・・・」
常人では考えられないくらいの量の距離を走ったり、普通の人間ではとてもじゃないが出せないスピードで駆け抜けるのだから、場所が何処だろうと問題は無いのだろう。
そんな事を考えながら、庭に出て深呼吸をする。
改めて見ると、実に辺鄙な場所だ。
このような場所で収入は見込めるのだろうか?
「前は確か軍事演習場だったんですよね・・・」
一夏さんが聞き出した情報ではそうだったはずだ。
確かに中庭には立派な演習場があるが、本当に今は使って無いのだろうか。
何時ぐらいから使われていないのか分からないが、あまりにもキチンと整備されてている気がするのだ。
普通使われなくなったら寂びるのではないか?
「もしかしたら・・・」
「何がですか?」
「ひゃ!」
「し!皆が起きますよ。」
いきなり声をかけられ驚いてしまった。
「一夏さん!?」
「おはようございます虚さん、それで何がもしかしたらなんですか?」
「いえ、この旅館がもしかしたら今も演習場として使われてるのではないかと思いまして。」
「・・・何故そう思うのですか?」
不自然な間だと思ったが、今はその事を気にしてもしょうがない。
「あまりにもきれいなんですよ、中庭が。」
「中庭?演習場だった場所ですか?」
「あれ?一夏さんは見て無いんですか?」
「ええ。」
そう言えば中庭を探検してた時、丁度一夏さんは部屋に戻ってたんでしたっけ。
「でも、良く演習場だったって分かりましたね。」
「話の流れで分かりますよ。」
・・・そうかしら?
確かに一夏さんは鋭い方ですが、今の会話で分かるものなのかと聞かれれば、私なら分からないだろう。
「何か知ってるんですか?」
「何かってなんですか?」
「聞いているのは私です!」
「まあそう興奮しないでくださいよ。」
一夏さんに手で抑えられ、自分が興奮している事に気付く。
完全に一夏さんのペースになってる気がします。
「良いじゃないですか。今、この場所は旅館として更識家が所有している、これは事実なんですから。」
「でも・・・」
「もし気になるなら帰ってから教えますよ。今はこの場所は旅館でなくてはいけないんですから。」
それは如何言う事とは聞けなかった。
あまりにも一夏さんが寂しそうな顔をしていたからだ。
「さてと、俺は着替えを取りにきただけですから。」
「着替え?」
「さすがにこのままでは調理出来ませんからね。シャワーを浴びてから作ろうと思いまして。」
「そんなに汗掻いてるようには見えませんが・・・」
「見えなければ良い訳ではないですからね。食事を作る以上、衛生面ではしっかりとしておきたいじゃないですか。」
その気持ちは分からない。
何しろ私は料理が下手で、滅多に作る事も無いので、作る側の心理はあまり詳しくないのだ。
「一緒に作りますか?」
「でも私が居ても戦力にはなりませんよ。」
昨日お嬢様と本音に散々言われたことだ。
自分でも思ってる事だし、実際にそうなのだから。
「時間はありますからね。少し練習しましょう。」
優しい。
一夏さんは私の練習に、いっつも付き合ってくれるのだ。
一夏さんは料理が上手で、教えるのもかなり上手い。
だが、私の料理の腕は一向に上達しないのだ。
「私が練習しても、あまり意味は無いですよ・・・」
最早自虐ネタになりつつある言い訳をして、一夏さんの苦労を減らそうとする。
しかし一夏さんは笑顔で首を振る。
「意味が無いなんてことは無いですよ。少しずつですが上達してきてますし、それは虚さんも分かってるんじゃないですか?」
「でも、ほんの少しですし・・・」
「いきなり上手くなる訳ではないんですから、まずはその少しを積み重ねましょう。」
私の壊滅的な料理の腕を、ほんの少しだが上達させた一夏さん。
決して匙を投げる事もなく、根気強く私の料理の練習に付き合ってくれる。
一夏さんは本当に優しい男性だ。
「ありがとうございます。じゃあお願いできますか?」
「良いですよ。着替えたらまた来ますので、虚さんも準備しておいてくださいね。」
「分かりました。」
私はこの人を好きになって本当に良かった。
「一夏さん。」
「何です?」
「好きですよ。」
「?ありがとうございます。」
いきなりこんな事を言われるとは思ってなかったのだろう。
首を傾げながらもお礼を言った一夏さん。
さて、私も着替えましょうか!
「やっぱり駄目ですね・・・」
「そんな事無いですよ・・・うん、平気ですね。」
「一夏さん!?そんなもの食べたら駄目ですよ!」
ほぼ黒こげの卵焼きを一夏さんはパクパクと食べていく。
「駄目ですって!お腹壊しますよ!!」
「でも、せっかく虚さんが作ったんですから。」
「作った私が駄目だって言ってるんですから駄目です!」
一夏さんは優しいから無理しているのかも知れない。
そう思うと、この失敗料理は早急に処分しなければ!
「ご馳走様でした。」
「え?全部食べちゃったんですか!?」
「ええ。」
「何で・・・駄目って言ったのに!」
自分の不甲斐なさと一夏さんの優しさから涙が出そうになっているのが分かる。
こんな失敗作を食べてくれるなんて・・・
「作ったものを食べずに捨てるのは一番駄目です。」
「でも、あんなもの食べたら・・・」
「俺は平気です。」
「だからって!」
「虚さんは自分に自信が無さ過ぎです。」
「何を言って・・・」
「もう少し自信を持てば十分料理が出来るようになるでしょう。もう少し自信を持てば刀奈さんや本音と自分を比べる事もしなくなるでしょう。」
「知ってたんですか!?」
「何か悩んでいたのは知ってましたが、あてずっぽうです。」
「・・・勘良すぎですよ。」
鎌をかけられたのか。
しかしそれを気付けなかった私が悪い。
むしろ、一夏さんに隠し事など出来ないのだから驚くことは無いか。
「もう一回作ってみましょう。今度は上手く出来ると思いますよ。」
「何を根拠に言ってます?」
「・・・勘、ですかね?」
「勘、ですか・・・」
普通ならあまりにも頼りない根拠だが、一夏さんの勘は良く当たる。
万が一、億が一の確率で成功するかもしれない。
そう思い、再び卵焼きを作る事にする。
今度は絶対マシなものを作る!
「うん、これなら大丈夫ですね。皆に食べてもらいましょう。」
「本当に上手く行った・・・」
二回目の卵焼きは、少し不恰好で所々焦げてはいるが、成功といえる出来だった。
まさか本当に上手く行くなんて・・・
「これで少しは自信持てました?」
「・・・何で上手く行くと思ったんですか?」
「だから、勘ですよ。」
「勘だけじゃ説明出来ませんよ!」
「そう言われても・・・」
頬を掻き困ったようにつぶやく一夏さん。
これまで一回の成功も無かった私の料理が成功するなんて勘でも思わない。
だから、それ以外の理由があるのだろうと思うのだ。
「さっきの卵焼きを俺が食べている時、どんな気持ちでした?」
「どんなって・・・申し訳ない気持ちでいっぱいでしたよ。」
「だからですよ。」
「何がですか?」
話が良く見えない。
私が料理を成功したのと、一夏さんがあの失敗作を食べたのとどんな関係があると言うのか。
「次は美味しいものを食べさせたい。次はもっとマシなものを作りたい。そんなことを考えてませんでしたか?」
「ええ、まあそれは・・・」
「だから成功したんです。」
「え~と?」
「気持ちで失敗すると思っていたら成功なんてしませんよ。まずは成功すると思い込むんです。良いイメージを持って料理をすれば意外と上手く行くものです。」
「でも、焦げたりしちゃいました・・・」
「そこは練習あるのみですね。一回成功すれば、後はそこから練習して完璧に近づけるだけです。」
「一夏さんもそうだったんですか?」
「まあ俺も最初は酷かったですよ。才能はあってもやった事の無い事ですからね、上手く行きませんでしたよ。」
「そうですか・・・」
「人間必死になればなんとかなるものです。俺は生きる為に必要だったので必死になれました。ですが虚さんはそこまで必死になる必要はありません。ゆっくり、着実に上達していけば良いんです。これからも頑張りましょうね。」
「はい!」
これじゃあどっちが年上だか分かりませんね。
優しく諭され、これからも頑張ろうと思える。
「さて、残りを作っちゃいましょうか。」
そう言って一夏さんは凄まじいスピードで料理を進めていく。
正直私には無理なスピードだろう。
こればっかりは練習しても無理な気がする。
「虚さん?如何かしましたか?」
「いえ・・・一夏さんのスピードに目を奪われただけです。」
「スピード?そんなに早いですかね?」
「それはもう・・・」
早いなんてものではない。
調理作業をもの凄い速さで終わらせ、朝食の準備が完了する。
「そろそろ本音以外は起きているでしょうし、いったん部屋に戻りますか。」
「そうですね。」
この朝食の中にある私の卵焼きは、やっぱり何処か浮いている気がする。
でも、せっかく成功したのだから食べてもらいたい。
こんな気持ちになったのは初めてかもしれませんね。
「本音~起きろ~朝だぞ~。」
「起こす気無いでしょ。」
「バレました?」
一夏君が本音を起こそうと声を掛けていたが、何処かやる気の無い感じだったので突っ込んだらあっさり認めた。
「そろそろ自分で起きるって事を覚えないと困るのは本音ですからね。」
「一生経っても無理な気がするんだけど・・・」
「思っても言わないのが優しさです。」
つまりは一夏君も思ってるのね。
「確かにいい加減自分で起きなきゃね。」
「高校生ですからね。」
「無理だよ。」
簪ちゃんがあっさりと可能性を否定して本音を起こしにかかる。
「本音、起きないとあの事一夏に言うよ?」
「あの事?」
「はわわ~!駄目だよ~!!」
「あっ、起きた。」
「起きたね。」
いったいどんな弱みを握ったんだろう?
簪ちゃんの顔からは読み取れない。
「簪、あの事って何だ?」
「おりむ~は気にしなくて良いよ~!」
「?気になるんだが、無理には聞き出さない方が良いのか?」
「うん!そうしてくれると嬉しいな~!」
「そうか・・・それじゃあさっさと着替えてくれ。朝食はもう出来てるぞ。」
「おりむ~のご飯!わ~い!!」
「おい!俺の目の前で服を脱ぐな!!」
慌てて部屋から出て行く一夏君。
もう、昨日裸見せたのに初心なんだから♪
でも、これが一夏君よね。
普段は何も感じないような顔してるのに、一気に慌てるんだから。
何時もはカッコいい一夏君だけど、これだけは可愛いわね。
「お嬢様、また何か企んでます?」
「失礼ね!計画してるのよ!」
「変わらないですよ・・・」
今度はどんな手を使って一夏君を照れさせようかしら・・・
あっ!良いこと思いついた・・・
これなら一夏君も真っ赤になるわね!
「ご馳走様でした!」
「美味しかった~!」
「そうですね~。さすが一夏様です!」
「此処まで上手いと、私の立つ瀬が無いですね。」
「碧さんも十分上手いですよ。」
朝食を食べ終えて感想を言う皆さん。
私の卵焼きも問題なく食べられている。
「ねえ一夏君。」
「何ですか?」
「あの卵焼きって一夏君が作ったの?」
!?やっぱり気付きますよね。
一夏さんの卵焼きはあのような不恰好では無いし、きれいな黄色だ。
それに比べたら私のは相当酷いものだろう。
「いえ、あれだけは虚さんです。」
「へぇ~虚ちゃんも上達してるのね。」
「あれが初めての成功なんですよ。その前に作ったのはかなり酷かったですし・・・」
「見てみたいわね。まだ食堂にあるの?」
「俺が全部食べましたよ。」
「本当に一夏さんには酷いものを・・・」
「いったいどんなものだったのよ・・・」
それはもう酷いものでしたよ。
本当に最初の時は消し炭になってましたが、それに比べればマシですが、とても食べれるものには見えないものでした。
「俺は気にしないんですが、虚さんが気にしすぎなんですよ。」
「私は一夏さんの事が心配なんです!あんな失敗作を大量に食べて、体調崩しても知りませんよ!!」
「大丈夫ですって。」
心配するに決まってるじゃないですか。
私のせいで一夏さんが苦しんだら耐えられませんよ。
「ふ~ん・・・一夏君って虚ちゃんには優しいのね~。」
「別に区別してるつもりは無いんですが。」
「じゃあ私にも料理教えてくれる?」
「刀奈さんに?だって刀奈さん、普通に料理出来ますよね?」
「良いの!」
「?まあ良いですけど。」
「本当!約束だよ!!」
「え、ええ。それくらいならまあ。」
「やった!」
お嬢様、嬉しそうですね。
でも普通に出来るお嬢様が一夏さんに習う必要はあるのですか?
「それじゃあ私も教えて?」
「私も~!」
「私も完璧に出来るようになりたいです!」
「じゃあ私も教えてほしいな?」
「・・・何で?碧さんや本音は十分上手いでしょが!」
我慢できずに怒鳴ってしまった。
簪お嬢様も私よりは出来るし、須佐乃男もそれなりに出来るようだ。
「虚さん?」
「一夏さんに料理を教えてもらうのは、私だけで十分です!皆さんは今でも十分上手なんですから!!」
「だっておね~ちゃんだけズルイよ~!」
「抜け駆けは駄目よ?」
「私も他と比べると・・・」
「一緒に練習しましょうよ。」
「でも・・・」
それだと一夏さんと二人っきりじゃなくなっちゃう、とは言えなかった。
言ったら怒られるだけだし、言えなくて良かった。
「虚さん。」
「何ですか?」
一夏さんが声を掛けてくれる。
きっと私を説得するのだろう。
「二人っきりでも練習もしましょうね?」
「!?」
小声だったがしっかりと聞き取れた。
「はい!」
「何?何て言ったの?」
「内緒です。それじゃあ今度皆で練習しましょうか。」
「むう~・・・気になるけど、まあ良いか。」
一夏さん、ありがとうございます。
私の気持ちを読み取ったのかは分かりませんが、これで二人っきりの時間は無くならずに済みそうです。
「それじゃあ海に行きましょうか!」
「一応聞きますが、何処で着替えるんですか?」
「ん?此処。」
「やっぱり・・・」
「逃がさないわよ?」
「・・・失礼します!」
「あっ!逃げられた・・・」
油断していたお嬢様の腕からスルリと抜け出し、一夏さんは部屋から出て行った。
本当に初心ですね。
今回は虚がメインでしたね~。
書いてくうちに、何故かこうなっちゃいました。