スコールとオータムの話しを聞いて、俺は生まれて初めて会った事も無い人間に殺意を覚えた。それも会った事の無い人の為に覚えた殺意だ。
「如何かしてるな……会った事も無い相手の為に、会った事も無い人間に殺意を覚えるなんて」
独り事を言いながら俺は頭を冷やす為に精神を落ち着かせる。あぁ、亡国企業の人間が逃げていくのが分かる。集中すると俺ってあそこまで索敵範囲が広がるんだな……
「オータムがこぼしたのは偶然だったのだろうか? それとも俺に殺意を抱かせる為にワザと」
アイツがそんな事を考えるとは思えないが、スコールの入れ知恵なら納得は出来る。だがスコールも実質的リーダーに殺意を抱いてるのだから、邪魔になりそうな俺に殺意を抱かせる理由は無いといえば無いだろうしな。
「会った事も無いが、会えば分かるんだろうな……出会ってすぐ殺さないように気をつけないといけねぇだろうな」
実の父親だと言われても、会った事も無ければ一緒に暮らした記憶も無い。スコールの話では俺は望まれて生まれた命では無いようだし、父親にとっては邪魔だった命らしいしな。殺されても仕方ない男だとは話しを聞く限りでは思える相手だ。
「……何時まで隠れてるつもりだ?」
「やっぱり一夏さんからは隠れ通せませんね。隊長失格です」
「気にするな。碧は俺が知る限りではダントツで気配遮断が上手い」
「織斑先生には敵いませんよ」
「いや、アイツの気配はすぐに分かる。これでも長いこと一緒に生活してきたからな。隠されても気がつけるんだよ」
それにアイツは隠れてるのに見つけて欲しがるからな……
「それで、何か用事なんだろ?」
「一夏さんが一人で亡国企業の本拠地に殴りこまないように監視してただけですよ。もちろんバレるのを承知でね」
「信用されてないんだな、俺は。頭を冷やしにきただけなんだが」
「信用はされてますよ。でも、今の一夏さんの状況を考えれば万が一が起こりうる可能性だってありましたからね」
まぁ刀奈や簪の前で取り乱したというか、殺意むき出しにしてたからな……心配かけちゃったのかもしれないな……
「それで、花乃は如何したんだ?」
「とりあえずバスで休ませてます。エネルギーを消耗してますからね」
「普通にエネルギー供給すれば良いだろ。何故休ませる必要が?」
「一夏さんだって須佐乃男に同じようにしてるじゃないですか」
そういわれればそうだな……俺も須佐乃男にエネルギー供給をした覚えが無い。休ませれば勝手にシールド・エネルギーは回復するし、一々整備室に行かなくても済むし……だが今の状況ならエネルギー供給をしたほうが早い。
「美紀ちゃんも静寂ちゃんも同じように休ませてますよ」
「アイツらもか……まぁ雪乃も月乃もそっちの方が良いんだろうけどな」
ISにだって感性はあるんだ。プラグをぶっさされて気分の良いやつなんていないだろう。だから整備の時にはちゃんと謝りながら作業している。
「それで一夏さん、貴方がそこまで殺意をむき出しにする話しってなんですか?」
「聞いてないのか?」
「楯無様からは『一夏君に直接聞きなさい』と言われましたので」
刀奈め……人に話させる事で自分の責任からのがれたな……まぁ女子高生に背負える内容では無いからな……年下の俺が思う事じゃないだろうが……
「俺の出生の話しだ。望まれて生まれた訳では無いってのと、母親が犯されて孕まされた子供だってな」
「……その話しを聞かされて、良く吐きませんでしたね。普通の男の子なら精神崩壊してもおかしく無いような気がしますけど」
「普通じゃねぇって事だろ。出生からして普通じゃねぇんだから」
唯一俺を望んだ母親は、俺を攫われた所為で精神崩壊を起こし自殺したらしい。まぁそれが実の父親に仕組まれた事だと聞かされたら、さすがに殺意を覚えるだろう。だが精神崩壊を起こせた方が楽だったのかもしれないな……
「なぁ碧」
「何でしょう?」
「どんな事情があったとしても、殺人は罪だよな?」
「そうですね……どれだけ正当性があったとしても、人は人を殺したら裁かれるでしょう」
「なら精神崩壊を起こさせて自殺させるのは殺人か?」
「それは……」
この質問に答えられる人間はどれくらい居るのだろう……少なくとも俺には答えられない。感情が邪魔をして正解など導き出せないだろうし、きっと正解なんてないんだろうと考えてしまうだろうから。
「悪い、変な事聞いたな」
「いえ……」
「もう少ししたら戻る。刀奈たちにそう伝えておいてくれ」
「わ、分かりました」
「ホント悪かったな……」
やっぱり今の俺は如何かしてるな……普段ならあんな事聞かないだろうに……
「一夏さん、私たちにもその思い、背負わせてはくれませんか? 一夏さんの問題かもしれませんが、一夏さんは私たちの問題を背負ってくれてきましたので、そのお返しの機会をくださいませんか?」
「……それも考えておく。ありがとな、碧」
素直にお礼が言えるくらい、俺は今参ってるんだろうな……普段の捻くれた事も言えないくらいに……
碧さんに一夏君の監視を頼んだんだけど、きっとバレちゃっただろうな……だって碧さんの隠密術でも、一夏君の索敵には敵わないだろうし……
「如何して自分で行かなかったのかしら? 貴女一夏の彼女なんでしょ?」
「私じゃ如何声をかけて良いのかわからないし、それに後をつけるのも出来なかったしね」
なにせ追跡どころじゃないし……一夏君ほどではないにしても私もかなりの衝撃を受けているのだから……
「楯無様~、おりむ~が心配なんですよね?」
「そうよ。本音だってそうでしょ?」
「もちろん! だからおりむ~を励ましてあげたいんですよ~。でも私じゃ良い案が思いつかないんですよね~……何かありませんか?」
「一夏君を励ますねぇ……かなり難しいわよ、そんな事……」
普段私たちが一夏君に励まされてる側なんだから、急に励ます側になったって出来る事は無いのよ……
「お嬢様、碧さんが戻って来ました」
「ホント? やっぱりバレちゃったのね」
私たちなら碧さんの気配を掴む事なんて出来ないけど、やっぱり一夏君は別格よね……
「楯無様、一夏さんですがとりあえずは一人で殴りこみに行く様子ではありませんでした。しかしかなり悩んでる様子……一人にしてくれという一夏さんの願いを受け入れる形を取りましたが、よろしかったでしょうか?」
「そうね……そうしてあげるのが正解だったのかもね。ありがとう、碧さん」
一夏君を一人にしたら危ないかもって思ったのに、結果的に一人にしてあげるしか出来ないなんて……これほど自分が無力だと思った瞬間は無いわね……
「刀奈お姉ちゃん、一夏様は大丈夫なのでしょうか?」
「そんなの私にも分からないわよ……分かりたいけど今の一夏君の気持ちは私じゃ理解出来ないもの……それだけ今の一夏君は複雑なのよ」
「普段だって分からないけどね……一夏じゃ無いんだから、相手の気持ちを知ることも、考えを読む事だって私たちには出来ないんだから……」
簪ちゃんに言われて、私は本当に一夏君の事を分かってたのだろうかと考える。普段から私たちの事を気に掛けてくれて、仕事や家事を完璧にこなしながら私たちとの時間を確保してくれていた男の子、だけどその本心はまったく理解してなかった……知ろうともしてなかったかもしれないわね……
「お嬢様、とりあえずは何時も通りに振舞われては如何でしょうか? これ以上一夏さんに心配を掛けるのは……」
「そうね……でも、出来るかしら?」
さっきだって一夏君に気を使われちゃったものね……四月一日さんが殺される場面を見ずに済んだのは一夏君のおかげ……もし直視していたらきっと狂ってたかもしれないわ……
「あ? 何だよそんな目で……いっとくが俺はレズじゃねぇからな」
「そんなんじゃないわよ……」
四月一日さんを殺したオータムと共闘するなんて思っても無かったわね……でも一夏君はオータムが四月一日さんを殺した瞬間を見てるのよね……それなのに何事も無いかの如くオータムと会話をしていた。やっぱり一夏君の胆力は私なんかとは比べ物にならないのでしょうね。
「そういえば更識楯無」
「何よ?」
「お前って世界中のレズから人気が高いんだってな? 一夏とは仮面カップルなのか?」
「違うわよ! 私は本気で一夏君を愛してる! 私だってレズじゃないわよ!!」
オータムが私をからかってるのは理解出来た。悩みまくってる私の思考を変えさせるための話題だって分かってるのに本気で反応してしまう。これは前に薫子ちゃんのお姉さんにバラされた時と同じ気持ちだ……お誘いがあった事を一夏君に知られたく無かったのと同じで、簪ちゃんにも知られたく無かったのだ。
「俺の気持ちが分かったか? 冗談でも言うんじゃねぇからな」
「私は何も言ってないじゃないのよ……」
「じゃあさっきの視線の意味は何だよ?」
「貴女が四月一日さんを殺した瞬間、私は目の前に居たのにその瞬間を見てないの。それは一夏君の優しさからだったんだけど、もしかしたら私には耐えられないと思われたのかなって思っただけよ」
「お前には無理だろうぜ。いくら暗部の当主様って言っても実際に殺したか? 誰かに殺せと命令したか?」
オータムに言われ私は首を左右に振る。そんな命令は下してないし、下そうとも思った事は無い。
「だろ? いくら代表とはいえ、いくら暗部の当主とはいえ、お前は普通の高校生と大して変わらないんだよ、そう言った面ではな」
「あら、オータムが誰かにそんな事を言うなんて思って無かったわね。一夏が言うように根っからの悪人では無いのかしらね」
「スコール! からかうんじゃねぇよ!!」
私を励ましたオータムをからかうスコール……私はこの二人には敵わないんだろうな。戦闘でも人生経験でも。
「お姉ちゃん、そっちの趣味があったの?」
「だから違うって言ってるでしょ! 簪ちゃんもそんな事思わないでよ! 泣きたくなるからさ……」
一夏君は冗談だって理解してくれたし、そう言った誘いがある事は私が綺麗だからって言ってくれたけど、本当はそんな風に思ってくれたのか今は自信が無い。
「楯無様、一夏様が戻られました」
「ホント? 会える?」
「会うのは可能でしょうが、精神状態が安定してないように見受けられましたので……」
「分かってる。あんな話を聞かされたらね……」
さすがの一夏君も参ってるようね。ここはこのお姉さんが励ましてあげなくちゃ!
「とりあえず一夏君に会ってくる。みんなは此処に居て」
「え? お姉ちゃん?」
簪ちゃんたちも連れて行きたいけど、ゾロゾロと一夏君のところにいっても意味は無いだろうし、それだったら私一人のほうが何とか出来そうな気がしたのだ。
「ヤッホー一夏君、様子は……」
「無理に明るくしてるな。別にそんな必要は無いぞ」
気配で分かってたんだろうけども、入ったのと同時に抱きしめられるとは思って無かったわね……
「如何したの? 何時もは一夏君から抱きしめてくれるなんて無かったじゃない」
「そうか? そうかもな……」
「ホントに大丈夫なの?」
大丈夫じゃないのは分かってる。でも一夏君は私に……私たちに心配を掛けないようにしてるのだろう。
「大丈夫な訳ないだろ。今すぐにでもあの男を殺してやりたい。見たことも会った事も無い相手だが、母親を殺した相手だって聞かされたしな」
「でも、お父さんなんでしょ?」
「だから? 生物学上の父親ってだけで、実際は他人同然なんだから気にする事無いだろ」
「でも……」
何を言っても一夏君には響かない。私の人生経験じゃ一夏君の心に響く事なんて言えないものね……
「心配してくれてありがとな。だが俺は大丈夫だ。刀奈たちに心配されるほど弱くないからな」
「偶には心配させてよ。何時も私たちが一夏君に心配してもらってるんだからさ……」
「そうか……なら心配してもらうか」
そう言って一夏君は崩れる。きっと限界だったんだろうとすぐに理解出来た。だって一夏君だって人間なんだから……
「少しだけこのままで」
「うん……」
私の胸に顔を埋めながら一夏君が泣いている……普段なら冗談かまして誤魔化したりするんだけど、今はそうしちゃ駄目だって理解している。だって一夏君が泣いてるところなんて見たこと無いんだもん。
「なぁ、俺は母親の記憶も無いのに何でこんなにも悲しんでるんだ? 父親なんて欲しいと思った事も無いのに、何でこんなにも父親の事を思ってるんだ? それが憎しみだとしても、おかしいと思ってしまうのは何でだ?」
「落ち着いて一夏君。そんな一気に質問されても答えられないよ……」
「すまない……」
一夏君が取り乱すなんてこの先あるかどうか分からない。珍しいものを見たと思うのが普通なのかもしれないけど、そんな気持ちにはなれなかった。
「なぁ刀奈、あの話しを聞く前に簪から聞いたんだが、お前俺に当主を継がせるつもりなのか?」
「本当なら簪ちゃんに継いでもらおうと思ってたんだけど、日本代表の人が引退するって噂があるし、その後継者に簪ちゃんをって動きがあるみたいなのよ。だから当主と代表の両立は難しいって私が一番分かってるからね。だったら一夏君に楯無を継いでもらって例の特例を使えばって思ってね」
「そうだな……あの時は何を馬鹿な事をって思ったが、今はそれも良いかもと思える」
怒られるかと思ってたけど、一夏君も前向きに検討してくれるようで安心した。これで一夏君争奪戦という血で血を洗うであろう骨肉の争いは避けられるわね。
「でも何で急に?」
「俺の両親があんなだったって聞かされて、それなら俺は幸せになってやろうと思っただけだよ。それが正しいかは俺にも分からないが」
「ううん、きっと正しいよ。世間が如何思おうが関係無い。私たちは一夏君と一緒に幸せになるしか道が無いんだよ」
だって私たち以外にも一夏君を愛してる人は居るだろうしね。美紀ちゃんや静寂ちゃんだってきっとそうだし、エイミィちゃんなんて分かりやすいものね。
「企業代表の虚ちゃんや本音もだけど、きっと卒業後は忙しくなる。更識を任せられる人は一夏君しかいないもの」
「それじゃあ俺は卒業後はISから解放されるのか。それは良いかもな」
「何言ってるのよ。一夏君は私たちのISを整備するって仕事があるに決まってるでしょ! それと同時に更識を切り盛り出来るのは一夏君だけって話よ」
「……勘弁してもらいたい話だ」
さっきまで泣いていた一夏君が笑ってくれた。私に出来るのはこれくらいだけど、一夏君はもっと沢山の事が出来る人なのだ。世界に出ればきっと有名に……今でも十分有名だけど、それ以上に有名になれる可能性を秘めている男の子だ。でも、そんなのは私たちには関係無い。一夏君は私たちを幸せに出来る男の子、それだけで十分なんだもんね。
「ありがとな、刀奈。とりあえずは落ち着けたみたいだ」
「私が居なくても一夏君はきっと落ち着けたと思うよ? でもお礼を言われるのは嬉しいわね」
「それと悪いな、服汚しちまって」
「これくらい大丈夫よ」
私の胸の辺りは一夏君の涙で濡れている。でもこれは嫌な汚れではない。
「でも安心したわ。一夏君も私たちと同じなんだって分かって」
「? 如何いう事だ」
「ほら、お父さんが死んじゃった時、私も一夏君に抱きしめられて泣いたでしょ?」
「そういわれればそんな事もあったな」
一夏君が遠くを見る目で私を見つめている。きっとあの時の事を思い出してるんだろうな。
「でも、刀奈は一緒に暮らした思い出があったから泣いたんだろ? 俺にはそれが無い。だが自然と泣きたくなったんだ」
「分かってるわよ。それが親への思いなのよ」
「親ね……」
しまった、一夏君のお父さんはお母さんの仇だったんだ……
「ご、ごめ……」
「さっさと準備しよう。敵の場所は分かってる」
「え? でも発信機の場所は特定出来ないって簪ちゃんが……」
「さっき全神経を集中させた時に気配を掴んだ。恐らくはそこが本拠地なんだろう」
「じゃあ急いで準備させる! 一夏君が立ち直れば怖いものなんて無いもの!」
一夏君が指揮してくれればきっと勝てるだろうしね。
「忘れてるようだが、俺は立ってるのがやっとなんだが?」
「あっ……」
そういわれて思いだしたけども、一夏君って昨日スコールにスタンガンでやられてたんだっけ……
「まぁアドレナリンが分泌されてるから痛みは無い。終わるまではもつだろうな」
「無理だけは止めてよね。心配しちゃうから」
「分かってるよ。刀奈たちに心配させるのはこれ以上悪いからな」
力なく笑う一夏君を見て、私は胸が締め付けられる思いになった。一夏君が無理をするのは何時も私たちのため。私たちは一夏君に如何恩返しすれば良いのか分からない……
「心配くらいさせてよ。それしか出来ないからさ」
傍を離れる前にそれだけ言って私は走り出す。今更ながら私たちは一夏君に頼りすぎたんだと反省する。これからは支えあっていこうと決心した。
三月中には終わらせられるかな?