一夏様がオルコットさんとデュノアさんと戦う為の準備をしてる間、私はクラスメイトと一緒にアリーナの端で一夏様が出てくるのを待ってました。
「織斑君が直々に教育するのかな?」
「織斑君に教育されたら、私は絶対服従しちゃうな」
「アンタ、それ教育違いでしょ」
「むしろ調教だよね」
一夏様はクラスメイトにそんな風に思われてるのですね。確かに眼鏡をかけるようになってから鬼畜具合が数割増してますし、元々の雰囲気も相まって完全にそっちだと思われてるようですね。
「一夏っちて強いんだよね? それなのに二対一で良いの?」
「お兄ちゃん相手ならせめてもう一人くらい居ても良さそうなんだけどね」
「一夏様曰く、篠ノ乃さんが使っても大丈夫な訓練機が無かったそうですよ」
「まぁあの人はね……一夏さんが私たちの声を聞いてくれなかったら今頃何機かは壊れてましたよ」
確かに篠ノ乃さんのIS操縦は雑な上に自分の実力を過信してる節があるので終わった時にはボロボロになってる事も多々ありましたっけ。
「じゃあその篠ノ乃が使えるISがあったら三対一だったの?」
「そのようですね。ですが篠ノ乃さんはISを使えないので剣道で勝負らしいです」
「剣道? お兄ちゃんは剣道も得意なの?」
「どちらかと言えば剣術が得意なのですが、一夏様なら剣道でも問題無いはずです」
「そうなの。一夏さんは優秀なんですね」
新たに擬人化したIS三人と会話を楽しんでいると、先にオルコットさんとデュノアさんがピットから出てきました。オルコットさんは既に反省してる感じらしいですが、デュノアさんはこれで駄目なら修学旅行は無しになるらしいですしね。
「須佐乃男は行かなくて良いのか? 一夏っちの専用機なんだろ?」
「一夏様は私を使う時と使わない時がありますので。最初は待機です」
「えっと……お兄ちゃんは私たちと須佐乃男さん以外のISを使えないんじゃ?」
「だから一夏様は生身で戦うんでしょうね。まぁ生身でもISの武装を使える方ですので」
心配はありますけども、一夏様を心配してたらきりが無いので最近は怪我しなければ大丈夫と思うようにしてるのですがね。
「よし! 貴様らは安全な場所まで移動しろ。ただし須佐乃男は端で待機だ」
「分かりました」
千冬様に言われクラスメイトの方々はシールドで守られている客席に、私はアリーナ入り口で待機。そのタイミングで一夏様が出てこられました。
「一夏様、分かってるとは思いますけども、怪我したら容赦しませんからね」
「はいはい。なるべく早くお前を使う事にする」
「本当なら最初から使ってもらいたいのですがね」
「それじゃあ指導じゃなく粛清になるだろ」
一夏様はあくまでもあの二人を更生させたいようですし、最初から私を使えば確かに粛清と言われても仕方ない結果になってしまうでしょう。
「セシリア、シャルロット、分かってるとは思うが何か悪い事を考えた時点で俺が粛清する。そうなったら更生は不可能と判断し、自国に強制送還するからそのつもりで」
「分かりましたわ」
「一夏は心配性だな~。僕たちがそんな事する訳無いでしょ」
何故でしょう。デュノアさんの言ってる事がうそ臭く感じるのは……確かに一夏様は心配してますが、デュノアさんが言うと何か裏があるのでは無いかと思ってしまうのですよね……
「………」
一夏様もそう思っているのか、疑いの目をデュノアさんに向けています。そういえば一夏様は何時も『シャル』と呼んでいたような気がしますが、怒ってるのか今は『シャルロット』って呼んでますね……
「準備は良いか? 良いなら駄姉に合図させるが」
「私は問題ありません」
「僕も。むしろ一夏は良いの? 生身で国家代表候補生二人を相手にするなんて無謀だよ」
「心配するな。危ないと判断したら須佐乃男を使うから」
そういって一夏様は私に視線を向けてきました。その視線に私は小さく頷く事で応え、何時でもいけると一夏様に伝えました。
「そういう訳だ。駄姉、合図を頼む」
『一夏、その「駄姉」と呼ぶのは止めてくれ』
「止めてほしかったら生活態度を改めるんだな。何でもかんでも山田先生に押し付けるのは止めろ」
『……それではカウントを開始する』
あっ、千冬様が逃げた……一夏様に敵わないと諦めたのでしょうが、誤魔化しかたがあからさまですね。
『模擬戦開始!』
カウントが終わり、デュノアさんが一夏様目掛けて突っ込んで来ましたけども、デュノアさんがその場所に到着した時には既に一夏様はその場所には居ませんでした。
「あれ? 一夏は?」
「シャルロットさん! 後ろですわ!」
「え? ……ッ!?」
振り返ったデュノアさんの目の前に、黒雷を構えた一夏様が迫っていました。しかし生身で黒雷を振り回す筋力と瞬発力は素晴らしいですよね……ホントに私の存在意義が無くなりそうで怖いんですけどね。
「この!」
ラピット・スイッチでマシンガンを取り出したデュノアさんが一夏様目掛けて発砲しますが、その先には一夏様は居ませんでした。相変わらずの高速移動……目で追うのがやっとですね。
「そんなものか。これだったら須佐乃男を使う必要は無さそうだな」
「そうは行きませんわよ!」
オルコットさんがビット兵器を展開して一夏様に攻撃を仕掛けました。ですがやはりその攻撃が届く頃には一夏様はその場所に居ませんでした。
「逃がしませんわ!」
オルコットさんも偏向射撃で対抗しますが、一夏様のように自由自在に動かせるわけではないので捉える事は出来ませんでした。
「セシリアばっかに感けてると危ないよ?」
「危ない? そんな事は無い」
一夏様が蹴りを放つと、デュノアさんに強烈な衝撃波が飛んでいきました。
「一夏、君ってホントに人間なの?」
「一応生物学上は人間って事になってる。だがこんなのちょっと訓練すれば誰でも出来るだろうが」
「そんな事あってたまるか!」
デュノアさんのツッコミに、クラスメイト全員が頷いてました。確かにあんなのが誰でも出来る訳ありませんしね……
「そうなのか? まぁ出来ないなら別に良いがな」
一夏様はあっさりと流してもう一撃デュノアさんに仕掛けました。
「背中ががら空きですわよ!」
「その位置から撃てば、避けられた時誰に当たるのかな?」
「しまっ!」
オルコットさんがレーザーを放つと、一夏様は一瞬でその直線上から姿を消しました。そしてその先にいるのは……
「シャルロットさん! 避けてくださいまし!」
「セシリアこそ! 偏向射撃で向きを変えて!」
「無駄だ。冷静さを欠いたセシリアには偏向射撃は出来ない」
「一夏様ー暇なんですけどー」
ただ見てるだけでは暇でしょうがないんですよね。そろそろ終わらせてもいい気がしたので私は一夏様に話しかけました。
「しょうがねぇな。そろそろ使うか」
一夏様は一瞬で私の隣に現れ、そして私を展開してくれました。
「(漸く出番ですね)」
「ホントは使うつもり無かったんだがな」
「(それじゃあ私がつまらないじゃないですか)」
「やれやれ……さて問題児共。須佐乃男が飽きる前に終わらせるから覚悟しろ」
一夏様は新たに積んだビット兵器を展開し、同時に二十機を操作し始めます。
「数がおかしいですわ!?」
「二十って変だよ!? そんなの人間業じゃない!」
「無駄口叩いてる暇があるならとっとと逃げな。そうじゃないと速攻で終わるぜ」
一夏様はデュノアさんに照準を合わせると、同時にビット兵器を作動させました。一夏様の処理能力があってこその同時展開ですが、普通なら脳が焼ききれるくらいの衝撃があるのですけどね。
「(さすがは一夏様ですね。情報量がハンパ無いのに問題無く使えるなんて)」
「話しかけるな。本気で殺してしまうだろ」
「(それは失礼しました)」
手加減する為に集中してるようなので、集中が途切れるとオルコットさんやデュノアさんの命が危なくなるようですね……いえ、冗談では無く割りかし本気で。
「セシリア! そこ邪魔だよ!」
「シャルロットさんこそ! 私の行く先々にいないでくださいまし!」
「ビットだけに気を取られてて良いのか? 隙だらけだぞ」
「「!?!」」
ビットを同時に二十機動かしてるのに、一夏様はそのまま鉄を展開してお二人に斬りかかりに行きました。相変わらずの規格外……もう驚くのも馬鹿らしいですね。
『勝者、織斑一夏』
ビットの攻撃と一夏様の攻撃を同時に受け、オルコットさんとデュノアさんのシールド・エネルギーはゼロになってしまったようです。
「少しは懲りたか?」
「……やはり一夏さんはお強い。初めて会った時に見くびってたのが恥ずかしいですわ」
「一夏、やっぱり君は人間じゃないでしょ?」
「失礼な。一応は人間だぞ」
「一夏様、『一応』をつけなければいけない人は、人間とは呼べないのでは?」
私のツッコミに、一夏様は鋭い視線を向けることで反応してきました。一夏様、その視線は怖いので止めてもらえませんかね……
今回一夏さんと戦って分かった事は、一夏さんは全然本気では無かったという事でしょうか。もし一夏さんが本気だったら、私たちはこうして意識を保ってる事は無かったでしょうね。
「如何かしたのですか、シャルロットさん?」
「いや、この試合の意味って、僕たちを反省させる為だよね? でも元々反省してるんだから、あまり意味無かったんじゃないかなって思ってさ」
「シャルロットさん? 貴女はあまり反省してないじゃありませんか」
織斑先生が見抜いてるように、シャルロットさんはあまり反省してませんし、今回の試合でも一夏さんに手加減してもらった事に気付いて無いようですし……あの試合の目的は、私たちが自分の実力を改めて理解する為のものですし、手加減していた一夏さんに手も足も出なかった私たちは全然まだまだだという事になるのですが……シャルロットさんはその事にも気付いて無いようですね。
「とりあえずこの後の作業は頑張るけど、僕はちゃんと反省してるんだからね?」
「私にではなく織斑先生に言ってみたら如何です? それで生きていられると思ってるのならですけど」
私の言葉に、シャルロットさんは少し考える素振りを見せて、首を左右に振りました。如何やら想像でも生きてられなかったようですわね。
「この後は箒さんが一夏さんと剣道で試合をするそうですけども、シャルロットさんは剣道のルールってご存知ですか?」
「竹刀を使って叩くあれだよね? 何回かは見たことあるけど、正直全然ルールが分からなかったんだよね」
私も詳しいルールが分からないので、もしシャルロットさんがご存知だったら教えていただきたかったのですが、如何やら無理そうですわね……
「セシリア、さっきの試合如何だった? 織斑君容赦なかったよね」
「いえ、あれでも一夏さんは手加減してくださってましたわ。大体一夏さんが本気だったら、私もシャルロットさんも今頃保健室のベッドの中でしょうしね」
「そういえば……僕もセシリアも無傷だ……」
今頃気付いたのですか!? シャルロットさんって意外と抜けてますのね……
「一夏君が本気を出すのは相当怒ってないと無いって前に本音たちが言ってたけど?」
「鷹月さん」
二学期になってから一夏さんと急激に仲良くなった鷹月さんが言うのですから、やはり一夏さんは本気を出さずに私たちを圧倒したのですね。
「でも、織斑君の本気って見た事無いよね? どれだけ強いんだろう?」
「聞いた話だと、織斑先生でも敵わないって噂よ」
「えぇ!? あの織斑先生が勝てない相手なの!? それじゃあ私たちなんて束になって挑んでも敵いっこないじゃん」
「そうですわね……学園に在籍している候補生全員で挑んでも勝てないでしょうね」
更識さんなら何とかなるかもしれませんが、それでも数分もてば良い方ですわよね……おそらく私たちは瞬殺でしょうし……
「それにしてもセシリアがビット対決で負けるなんてね」
「正直勝負にもなりませんでしたわよ……一夏さんの規格外の能力にはすぐ降参するのが一番だと学びましたわ」
「でも、これで自分たちがどれだけ驕っていたか分かったんじゃない? 一夏君は全員で修学旅行に行けるようにしたいらしいし、頑張って反省してね」
鷹月さんに言われ、私はより一層反省しなければと思いました。一夏さんの立場ならば、私たちを強制送還する事も可能でしょうし、実際私たちは後が無いところまで追い詰められてるのですけどね。
「特にデュノアさん。一夏君が温情で学園に残してるらしいわよ。織斑先生は強制送還したいらしいし」
「そうなんだ……僕の人生はもうすぐ終わっちゃうのか……」
「分かってるならちゃんと反省したら如何です? シャルロットさんだってモルモットになるのは嫌なんですよね?」
「当たり前でしょ! だれが好き好んでモルモットになりたいんだよ!」
それは分かってますけど、今のままではシャルロットさんはモルモットになるしか道は無いような気もするのですが……
「何時までくっちゃべってるんだ! オルコット、デュノア! 貴様らは戦闘が終わったらすぐ修繕作業に行け!」
「お、織斑先生……」
「分かりましたわ」
シャルロットさんと二人で修繕作業を始めようとしましたが、どうしても箒さんの試合が気になってしまい集中出来ません。監視の先生も居ませんし見に行こうとすればいけるのですが、そうすると見つかった場合怒られるだけは済まないでしょうしね……
「何やってるんだ?」
「一夏さん! 見ての通り修繕作業ですが」
「心此処にあらずで作業されてもな……気になるんだろ?」
一夏さんは私たちの心を見透かしたように聞いて来ました。確かに私もシャルロットさんも箒さんの試合が気になり修繕作業に身が入ってませんでしたけども、そんなに分かりやすかったのでしょうか?
「篠ノ乃の場合は乱入が考えられたけども、お前らなら乱入は無いだろ。見たいなら来ても良いぞ」
「本当ですの!」
「あ、あぁ……もちろん大人しくしてるのが絶対条件だ」
「もちろんだよ! ありがとう一夏!」
珍しくシャルロットさんが心からのお礼を言ってますわね……珍しいと思ってしまうほど、普段のシャルロットさんの言葉は上辺だけだったのですね。
「……その気持ちを忘れるなよ」
「? 如何いう事?」
「上辺だけの気持ちが篭ってない言葉など、誰の心にも響かない。だから反省してるという嘘もあっさりバレるんだ」
一夏さんの言葉に、シャルロットさんは衝撃を覚えたように身体をビクつかせました。自覚してなかったのでしょうか?
「これでとりあえずシャルは更生の兆しが見えた……後は篠ノ乃か……」
「一夏さん?」
「いや、セシリアには関係無い話だから気にするな。とりあえず剣道場に行くぞ。移動中に逃げ出されても困るからな」
「逃げないよ!」
一夏さんが監視してる中で逃げ出そうものなら一発で強制送還……シャルロットさんはモルモットの人生を歩む事になるでしょうね……
「ねぇ一夏。もし反省してないと判断されたとしても、修学旅行に行ける可能性ってあるのかな?」
「……今の状態なら可能性は無くはない。だがいろいろと制限が掛かるし監視も厳しいが。それでも行きたいと思うか?」
一夏さんの問いかけに、シャルロットさんは間髪をいれずに頷きました。私たち外国から来た人間にとって京都とは憧れの地、ある種の聖地なのです。
「そうか……まぁこの後と明日の修繕活動次第だがな。精々頑張ってくれ」
「分かった! 僕頑張るよ!」
先ほどからシャルロットさんの言葉に気持ちが篭ってますわね。須佐乃男さんに言われても響かなかったのに、一夏さんに言われたら相当堪えたんでしょうね。これなら一緒に京都に行けるかもしれませんね。
「遅いぞ一夏! ん? 何でその二人が一緒なんだ?」
「試合が気になって身が入ってなかったからな。見学させる」
「そうか……一夏が良いならそれで良い」
織斑先生も一夏さんには強く出られないようで、一夏さんが良いと言えばそれを認めるようですわね。
「さっさと支度しろ! 私はもう準備出来てるんだぞ! 何時まで待たせるんだ!」
「……織斑先生、防具はいらん。今すぐ始めるぞ」
「な!? まぁお前なら問題無いだろうが……良いんだな?」
「当然」
一夏さんは立てかけてあった竹刀を手に取り、そして箒さんに向けて構えました。
「一夏、分かってるとは思うがこれは剣道だ。足技などは禁止だからな」
「あぁ。理解してるさ」
「そうか……では構え」
蹲踞というのでしょうか? 二人がしゃがんでから構えなおしました。箒さんの表情は分かりませんが、一夏さんは怒ってるようですね。
「始め!」
織斑先生の合図と共に、箒さんが一夏さんに襲い掛かろうとしましたが、一夏さんは微動だにしませんでした。
「一夏ーー!!」
「……ッ!」
一夏さんが一瞬目を瞑ったと思った次の瞬間には、見た事無いような鋭い視線を箒さんに向けてました。
「胴!」
「な、何……」
「胴あり! 一本! 勝者一夏」
勝負は一瞬で着き、箒さんはその場に崩れてしまいました。自信があったのでしょうね。
「分かったか? お前がどれだけ強いと思っていても、所詮それはお前の世界の中だけだ」
捨て台詞を残して一夏さんは剣道場から出て行ってしまいした。これで箒さんも反省するのでしょうか……正直不安ですね……
ここまで来て退場はちょっと……と思ったので反省させました。