一夏君がいないとこの生徒会室は書類の山で埋もれてしまう。私もがんばってはいるのだけども、一夏君のスピードには遠く及ばないので一向に終わりが見えないのだ。
「お嬢様、追加の書類です」
「もう! 何でこんなに書類ばっかくるのよ!」
「一夏さんが専用機を製造してる事に関する抗議と自国の候補生にも造ってほしいとの要望が大半ですね」
「そんなの一夏君に言ってよ! 大体一夏君が何処の誰だか分からない人に専用機を造ってくれると本気で思ってるのかしら」
一夏君は学園の仲間だから造ってあげてるだけで、見ず知らずの人には造ってあげないと思うのだけどもね。そもそもエイミィちゃんはお友達だし、サラちゃんは私のお友達だから納得して造ってるのだと思う。そうじゃなければ一夏君が面倒な事を進んでやるとは思えないもの。
「白椿製造も殆ど終わってるんでしょ? 一夏君に手伝ってもらえないかな?」
「無理ですよ。最終調整が一番大事なんですから」
「だって今週は一夏君たちは修学旅行でいなくなっちゃうでしょ? だから生徒会の仕事を出来る時に手伝ってもらわないと終わらないわよ」
「お嬢様があの計画を実行しなければ大丈夫ですけど?」
「だって虚ちゃんも行くんでしょ? 私だけお留守番だなんて嫌だもの」
信用出来る人に学園は任せられる事になったし、その間の生徒会の業務は全面ストップが決定しているのだ。それなのに私だけお留守番だなんてつまらないじゃないの。
「そうお考えならもっと頑張ってください。普段から一夏さんに頼りきりなんですからね」
「それは虚ちゃんだってそうでしょ? 一夏君が居てくれるから仕事が滞りなく終わってたのは事実なんだからさ」
「それは……そうですけど」
虚ちゃんも仕事を終わらせるスピードは私より速い。でも一夏君と比べると虚ちゃんも一枚落ちるのだ。
「一夏君が淹れてくれたお茶が飲みたい……」
「文句ばっかり言ってないで作業してください。終わらなければ帰れないんですからね」
「本音は如何したのよ? あの子も生徒会役員でしょ?」
「呼んだところで戦力になりません。途中で寝て余計苛立ちが募るだけですけど、それでも良いなら呼びましょうか?」
さすが虚ちゃんね。如何言えば私が諦めるかを熟知してる言い方よね……あんな事言われたら本音を呼ぼうなんて思わないもの……
「せめて一夏君の声が聞きたいわね」
「聞いて如何するんです?」
「その声を励みに頑張るのよ!」
「ホントですか? 声だけじゃ満足出来ないって思うんじゃないんですか?」
「……そうね。やっぱり声だけじゃ満足出来ないわね」
本物の一夏君が傍に居てくれて、そして隣で励ましてくれるのなら頑張れるかもしれないけど、声だけじゃやっぱり頑張れないな……
「そういえば午前中、一夏さんが新武装のテストで凰さんと軽く戦ったみたいですよ」
「そうらしいわね。何でも鈴ちゃんが逃げ惑う事しか出来なかったらしいじゃない」
まぁ相手が一夏君だし、その一夏君が造った新武装のテストなんだから、鈴ちゃんが太刀打ち出来る訳無いわよね……だって多分私でも無理だもの。
「白椿に搭載する武装よね? 須佐乃男を使ってテストしたらしいけど、相性とか大丈夫だったのかな?」
「一夏さんがした事ですので、そこら辺は大丈夫だったんじゃないですか? 一夏さんはISに無茶をさせる人ではありませんから」
「その代わり自分が無茶するのよね……」
私のつぶやきに、虚ちゃんが苦笑いを浮かべていた。きっと私と同じ事を考えていたんだろうな。
「さて、無駄話はこれくらいにして作業を続けますよ。先延ばしにしても減るわけじゃないんですから」
「せっかく現実逃避してたのに……あら?」
「どうかしました?」
「一夏君から電話だ」
何てタイミングの良さ。私は仕事から逃げる為に一夏君からの電話を受ける。虚ちゃんも聞きたそうにしてるのでスピーカーモードで会話をスタートする。
「如何したの一夏君?」
『今から白椿の試運転をするから、良かった見に来るか? 生徒会の仕事後で手伝うから』
「だって虚ちゃん。如何する?」
「まぁ、一夏さんが手伝ってくれるのでしたら終わるでしょうし、お嬢様が行きたいって顔してますので良いですよ」
『それじゃあ第三アリーナに来てくれ。エイミィも呼んであるから、白椿対黒椿の模擬戦が見られるぞ』
一夏君が造った第四世代ISのぶつかり合い……すっごく興味があるわね。
「でもアリーナの使用許可は取ったの? いくら一夏君とはいえ許可無しにアリーナは使用出来ないんじゃ……」
『大丈夫だ。第三アリーナは専用機製造の為に使って良い事になってるから。完成したのを試す名目なら問題無い』
「また抜け道を……さすが一夏君よね」
『それじゃあ今すぐ来てくれ。もうすぐエイミィやサラ先輩も来るから』
「分かった」
一夏君からの電話を切って、私は虚ちゃんと一緒に第三アリーナへと向かう。生徒会業務に飽きて逃げ出したかったから丁度良いわね。
「お嬢様、分かってるとは思いますが、この観戦が終わったらしっかりと生徒会業務を再開してもらいますからね。くれぐれも逃げ出さないように」
「分かってるわよ。一夏君も手伝ってくれるのだから、私だって頑張るわよ」
一夏君が居てくれれば、それだけでやる気が数倍違うのだから。だってちゃんとやれば褒めてもらえるし、上手くいけば頭を撫でてもらえるかもしれないのだからね。
「あれ? お姉ちゃんたち何処行くの? 今日は生徒会室でずっと作業って言ってたよね?」
「一夏君からお誘いがあってね。今から白椿のデビュー戦を見に行くのよ。簪ちゃんも一緒に行かない?」
「良いの?」
「大丈夫でしょ。観戦する人が一人増えたくらいで文句は言われないわよ」
簪ちゃんも引き連れて、私たちは第三アリーナへと到着した。
「遅かったな」
「途中で簪ちゃんも連れて来たからね。それで一夏君、その子が白椿?」
「ああ。さっき完成した」
確かに綺麗なISね……イメージにピッタリの名前だと思うけども、サラちゃんにはちょっと合ってないような気もするわね……
「そういえば一夏君、フィッティングはしたの?」
「いや、サラ先輩が着替えてくるって言ってたから、それが終わってからだ」
「それじゃあどれくらい待てば良いの?」
フィッティングって結構時間かかるのよね……最悪また生徒会室で作業しなければいけなくなっちゃうかもしれないじゃないの……
「十五分くらいで終わると思うぞ? エイミィの時もそんな感じだったし」
「早ッ!? 一夏ってそんなに早くフィッティングを完了させられるの?」
「そんなに驚く事か? あの駄ウサギは十分で終わるぞ?」
「そこと比べる時点で、一夏君は早いのよ……」
世界的なエンジニアだって、フィッティングには三十分以上かかる。それを一夏君は半分の十五分で済ませちゃうって言うんだから、驚くなと言う方が無理な話よね……
「着替えてきた。あら、楯無たちも来てたのね」
「やっほーサラちゃん。せっかくのデビュー戦だものね。生徒会長として見届けさせてもらうわ」
「大げさ。まだ微調整があるかもしれないでしょ?」
「サラ先輩。とりあえず白椿に乗ってください。フィッティングと同時にパーソナライズも済ませますので」
「分かったわ」
サラちゃんが白椿に乗ると、一夏君がもの凄い速度でパネルを叩き始める……あの指の動きは私たちには無理ね……きっと指を攣るでしょうし。
「そうだ一夏君。今度篠ノ乃博士にお礼を言いたいのだけど」
「駄ウサギに? 何でです?」
「だって、コアを造ってもらったんだから」
「あー……あのウサギは多分サラ先輩に造っただなんて思って無いですよ。俺と駄姉に頼まれたから造ったとしか思って無いので、感謝するだけ無駄です」
一夏君がコアを造れる事は秘密なので、サラちゃんには篠ノ乃博士がコアを造ったと言ってあるのだ。だから一夏君もそれらしい嘘で誤魔化したのだった。
「そうなの……あの噂は本当なのね」
「噂って?」
「篠ノ乃束は他人を識別出来ないって」
そういえば前に会った時、私はおっぱい、簪ちゃんは眼鏡、虚ちゃんは布姉とか呼ばれたわね……
「一応エイミィの黒椿とサラ先輩の白椿は姉妹機になってますからね。ペアを組むには良いと思いますよ。後は操縦者の相性がどうかって事ですがね」
「私とエイミィはそれなりに仲が良いわよ。だからもし亡国企業が攻めてきたら、エイミィとコンビを組んで撃退してあげるわよ」
「それは頼もしいですが、部隊編成をしてる暇があれば良いですけどね。はい、終了」
おしゃべりしながらも、一夏君は白椿のフィッティングを終わらせた。かかった時間は十三分、一夏君の自己記録を更新した形になった。
「やっほー一夏君、呼ばれたから来たよー」
「それじゃあ丁度エイミィも来たので、試運転を兼ねた模擬戦を開始しましょう」
「よろしくね、エイミィ」
「はい! 私もこの子を動かす機会がほしかったですので」
エイミィちゃんも黒椿とは上手くやってるのね。一夏君が造った第四世代ISの黒椿と白椿はIS学園所属の専用機という事になっている。でもそのデータは自由に自国に送っても構わないので、イタリアとイギリスは大喜びしてるらしいわね……イギリスはセシリアちゃんの事で抗議してきてたのに、あっさりと掌を返したからビックリしたわよ……
「それじゃあ、俺たちはモニタールームに移動するか。二人はそれぞれのピットに移動してくれ」
「了解」
「分かったー」
サラちゃんとエイミィちゃんがピットに移動していったので、私たちもモニタールームへと移動する事にした。それにしても楽しみね。
「ねぇ一夏、さっき本音から聞いたんだけど」
「何だ?」
「白椿のビット兵器って、同時に十機扱えるってホント?」
「それは慣れればの話だ。サラ先輩はビット兵器に対する適正は高いが、実際に扱った事はまだ数回しか無い。だからはじめはせいぜい四機か五機が限度だろ」
やっぱり何事も経験なのね。サラちゃんもIS適正は高いし、イギリスが主な武装にしてる遠距離攻撃の適正も高い。でもビッド兵器は経験が物を言うから仕方ないわね……
「イギリス代表候補生対イタリア代表候補生の模擬戦か……もの凄い興味があるわね」
「刀奈はロシア代表だもんな。自分のライバルになるかもしれない相手の試合には興味が出ても仕方ないだろうな」
「それもあるけど、一夏君が造ったIS同士の対決ってのも興味を引くには十分よね」
「でも一夏、何でコアは篠ノ乃博士が造った事にしてるの?」
「いろいろと面倒がありそうだからだ。これ以上皆と居られる時間が減るのは俺も困る」
恥ずかしい事をあっさりと言うものだから、余計に私たちの顔が熱くなる……一夏君も恥ずかしいんでしょうけども、素面で言ってのけるのが凄いわよね……
「さて、準備出来たか?」
『こっちは大丈夫』
『私も平気だよー』
オープン・チャネルで一夏君が呼びかけて、二人の準備が完了してる事を確認した。
「それじゃあ、双方アリーナに出てくれ。少し飛んでから開始位置に付く事。飛んでみて違和感があれば言ってくれ。そこで調整するから」
一夏君は今エンジニアの顔をしている。普段は操縦者なのだけども、一夏君は整備も超一流だからね。隙が無いのが羨ましいわよ……
『問題無いわ』
「そうか……エイミィは如何だ?」
『大丈夫。この子も空を飛ぶのが好きみたいね』
「まぁ黒椿は多少やんちゃだからな」
一夏君が造ったコアの為に、一夏君は専用機である黒椿と白椿の声も聞く事が出来るらしいのだ。そっか、黒椿はやんちゃっ子なのか……
「それじゃあ合図をしたら模擬戦開始だ。心の準備は出来てるか?」
一夏君の問いかけに、サラちゃんもエイミィちゃんも力強く頷いた。なんだか自分の試合のように緊張してきたわね。
「それじゃあカウントを開始する。3……2……1……」
いよいよ始まると思うと、握った拳に更に力をこめてしまうわね。爪が刺さって痛いのだけども、それでも力を入れてしまうのだ。
「0! 模擬戦開始」
一夏君の合図と同時に、エイミィちゃんは距離を詰める為に
「エイミィも瞬間加速使えるんだね」
「この前教えた。飲み込みが早くて楽だったな」
「エイミィちゃんは実技の成績は上位だもんね」
この間の試験では、一夏君のおかげで座学も上位に名を連ねていたけどね。
「うわ! サラちゃんえげつない攻撃するわね」
「ビット兵器をいきなり三機同時展開ですか……やはり適正が高いのですね」
「エイミィも負けてないね。紫電の槍でビットを壊しにかかってる」
二人共候補生ではあったけども専用機が無いって事で下に見られがちだったけども、実力はかなり上位に数えられてもおかしくなかったのだ。そもそも下に見てたのはセシリアちゃんだったんだけどね。今は考えを改めてるらしいけども。
「あれって一夏の武器だよね?」
「黒雷か? エイミィがほしいって言ったから黒椿にも搭載したんだ」
「距離を詰められないなら範囲の長い武器って事なのかな?」
黒椿には大した遠距離武器が積まれてない為に、エイミィちゃんは黒雷で対抗する事にしたらしい。
「そもそもエイミィは遠距離攻撃が苦手だからな。黒雷は苦肉の策だ」
「それでも、エイミィちゃんは負けないつもりらしいわよ」
「カルラさんも負けず嫌いですからね」
再び瞬間加速で距離を詰め、紫電の槍の雷撃で白椿のシールド・エネルギーを削る。結構エイミィちゃんも策略家よね。
「一夏君の教え子だけあって、エイミィちゃんもなかなか手ごわいわね」
「別に俺が教えたって訳じゃねぇよ。あれはエイミィが元々持っていたものをちょっと改良しただけだ。動きそのものはエイミィが自分で考えたものだぞ」
「そうなの? でも瞬間加速なんて出来たっけ?」
「だからそれを俺が教えたんだ。前までは普通に突っ込んで攻撃してたからな」
瞬間加速で操縦者に掛かるGは結構なもので、一年生ではあまり使わせないのだけども、エイミィちゃんはその覚悟があったらしいので一夏君が教えたのだ。
「本当は二段階瞬間加速も教えたかったんだが……」
「それはやめてあげて! ブラックアウトしちゃうから」
「俺もそう思って止めたさ。代表でも出来る人が限られてるからな、二段階瞬間加速は」
そもそもそんなものを使わなくても瞬間加速である程度の相手には距離を詰める事が可能なのだから、二段階瞬間加速を使う人は少ない。それこそ現役時代の織斑先生くらいなものよ。
「一夏は三段階瞬間加速が出来るんだっけ?」
「あまり使わないけどな」
三段階って……どれだけGが掛かるんだろう……きっと私なら意識を失ってしまうんだろうな……だって二段階も出来ないんだから……
「サラちゃんが決めに掛かってるわね」
「ですが、カルラさんも何かを狙ってるようですが」
「さて、これくらいかな」
一番良い所で、一夏君が模擬戦終了のブザーを鳴らした。今回はあくまで試運転と違和感が無いかのチェックが目的であって、勝敗は大した目的では無かったらしいのだ。
「如何でした? 乗ってみて何か違和感があるとかは?」
「まったく問題ないわね。さすが一夏君」
「エイミィは? 何か新しく気付いた事とか」
「何にも無いよ。あえて言うなら遠距離主体のISに対して相性が悪すぎるってところかな」
「それはエイミィが遠距離武器を使わないからだろ。ライフルもマシンガンも積んであるんだが?」
「……精進します」
一夏君にあっさりと撃退されて、エイミィちゃんはションボリと肩を落とした。
「そういえば白椿の待機状態って何になるの?」
「指輪だ。黒椿と一緒だからな」
「なんだかオシャレだよね」
一夏君が造ったISは、待機状態まで他のISとは違う。個人に合った待機状態になってくれるらしく、エイミィちゃんやサラちゃんに、その指輪は凄く似合っているのだ。
「さてと、専用機製造も終わったし、後は生徒会の仕事だな。刀奈、逃げるなよ」
「せっかく忘れてたのに~」
一夏君に捕まって生徒会室まで向かう事になった。元々は生徒会業務で一日が潰れるはずだったのだからしょうがないのだけども、改めて言われると嫌になっちゃうわよね……
「ねぇ一夏君」
「何だ?」
「一夏君が淹れてくれたお茶が飲みたいな~」
「……畏まりました、お嬢様」
一夏君が恭しく一礼するのを見て、私は思わず噴出しそうになった。一夏君が執事ってのも良いのかもしれないけど、やっぱり一夏君は私の彼氏であってほしいものね。執事じゃ普段から敬語になっちゃうし、やっぱり一夏君には普通に話してもらいたいものね。
「一夏さん、私も一夏さんのお茶が飲みたいです」
「分かってるよ。虚の分もちゃんと淹れる」
一夏君に淹れてもらったお茶の効果かは分からないけども、私も虚ちゃんも今まで以上のスピードで書類の処理を行うのだった。
そういえば二月も今日で終わり? この間年が明けたと思ったのに……