土曜の昼下がり、一夏君に呼び出されて私は第三アリーナに来ていた。如何やら呼ばれたのは私だけでは無く、既に美紀と小鳥遊先生が居た。
「一夏君は?」
「もう一人呼ぶからって電話してる」
「そう……」
呼ばれた理由にまったく心当たりが無いようで、二人共そわそわしている、もちろん私も呼ばれた理由がさっぱりなので当惑してるのだけども。
「静寂も来たか。これであとは香澄だけだな」
「ねぇ一夏君、私たちが呼ばれた理由って何なの? 有無を言わさぬ感じで呼び出したけど、用件次第じゃ帰るからね」
「まぁ待て。香澄が来たらちゃんと説明するから」
そう言って一夏君は武装から本を取り出して読み始める。読書の時も眼鏡をかけてるので、美紀や小鳥遊先生は何か言いたそうだったけども諦めたようだった。もちろん私も言いたい事はあった。でも眼鏡の一夏君には何も言えなくなってしまうのだ。
一夏君が読書を始めてから五分、漸く香澄が第三アリーナに姿を現した。
「ゴメンなさい、ちょっと宿題に手こずって……」
「いや、急に呼び出した俺に非があるから気にするな。さて、揃ったわけだから説明をする約束だが、口で言うより実際に見てもらった方が早いだろうな」
そういって一夏君は格納庫の扉を開けた。まさかもうサラ先輩の専用機が完成したとでも言うのかしら? でもそれだと私たちが呼ばれた理由が分からないのよね……
「一夏っち、暗闇に女の子を閉じ込める趣味があるのか?」
「んな訳無いだろ。驚かすには隠れててもらう方が良いだろ?」
「そうですけど、別に私は美紀さんに驚いてもらいたいとは思って無かったのですが」
「ボクは碧さんに驚いてほしかった。普段から一緒に行動出来るって嬉しいし」
格納庫から出てきたのは、女の子三人だった。しかも一夏君とかなり親しそうに話してるのを見ると、もう何が何だか分からなくなってしまう……
「えっと紹介するとだな、この子が雪乃。美紀が普段使っている打鉄が擬人化した姿だ」
「始めましてではないですけど、この姿は始めてですよね? 何時も大事に扱ってくれてありがとうございます」
「そして、こっちの子が碧が使ってるラファールの花乃」
「これからもよろしく」
「それでこの月乃だが、実はエイミィが黒椿が完成するまで使っていた打鉄なんだが、今所有者が居なくてな。本人に希望もあって静寂か香澄の専用機にする予定なんだが、そこら辺は二人で話し合って決めてほしい」
「よろしくな!」
いきなりすぎて何が何だか……目の前に居るのは一夏君と女の子三人、それは間違いないはずなのだ。だけどその女の子三人はISだと一夏君は言った。しかもその内の一人を私か香澄の専用機にするとか言ってたような気が……
「疑ってるようだな。それじゃあ展開してみれば良い。雪乃」
「はい、一夏さん」
雪乃と呼ばれた女の子が美紀の傍に移動し、何かを耳打ちした。
「えっと……こうかな?」
美紀が動きを見せると、雪乃は姿を変え美紀に纏わり付く。と言うよりはISに姿を変えた……ホントにISだったんだ。
「今の状態なら美紀も雪乃と会話出来ると思いますよ。脳内で話しかける感じで」
「そんな事言われても……っ!? ホントに声が聞こえる!」
如何やら雪乃と会話してるようなのだけど、私たちはISと会話なんてした事無いから……あっ、須佐乃男はISだったわね。
「さて、証拠を提示したわけだが、静寂と香澄、どっちが月乃のペアになるんだ?」
「ウチ的にはどっちでも良いよ~。二人共ISを大事に扱ってくれるから」
「事情は伏せるが、修学旅行先で問題が発生するかもしれない。だから戦力が増えるのは学園としても俺としても非常に助かるんだ。二人の技術にそれほど差は無いし、俺も二人のうちのどちらかに使ってもらいたいと思っていた」
一夏君に信頼されるのは嬉しいけども、いきなり個人のISを所持出来るって言われても焦るわよ……専用機扱いにはならないにしても、ISと一緒に生活するなんて緊張するし……
「ちなみに普段はISの格好にもなれるから、部屋とかは気にする必要は無い。寝る時は格納庫にしまえば良いんだからな」
「偶には明るい場所で寝たいですよ」
「だったら空き部屋を用意する。生徒会の権限で如何とでもなるしな」
「……空き部屋なんてあったっけ?」
少なくとも私たちが知る限りでは寮に空き部屋なんて無かったような気がするのよね……でも生徒会や先生方しか知らない場所があってもおかしくは無いのかもしれないと、最近思い始めているのよね。
「普段は生徒会の物置として使われてる場所だからな。静寂たちが知らなくても無理は無い」
「一夏っちは私たちに物置で寝ろって言うの? 乙女の扱いにしては酷くないかい?」
「安心しろ。普通の部屋だから」
「でもお兄ちゃん、物置に使ってたって事は、結構散らかってるんじゃないの?」
「安心しろ。掃除は得意だ」
一夏君の妙に説得力のある言葉に、IS三人は納得している。確かに一夏君の掃除スキルは学園の誰よりも高いでしょうね。
「さて、碧は花乃と親睦を深めるとして、月乃のペアはどっちにするんだ?」
改めて一夏君に問われ、私は香澄に視線を向ける。香澄も同じように私に視線を向けていた。
「だったら模擬戦で決めれば良いじゃん。雪乃も花乃も専用にカスタマイズされた機体だけど誰でも使えるんだからさ。丁度訓練機は揃ってるしアリーナだしね」
「残念だが月乃、今この学園で気軽に模擬戦は行えないんだよ。お前たちが忌み嫌っている篠ノ乃の所為でな」
篠ノ乃さんってISにも嫌われてるんだ……クラスでもういてるし、最近一夏君以上に集団社会にそぐわないんじゃないかって思い始めてるんだよね……
「俺はそこまで酷くないだろ?」
「あら? そうかしらね」
「少なくともこうして友達は居るわけだし」
「……言われてみればそうね」
一夏君にはちゃんとお友達は居るし、何より恋人だって居るのよね。そう考えると篠ノ乃さんがぶっちぎりで集団社会に適してないわね。
「如何する?」
「私は静寂がペアになった方が良いと思う。一夏君の代理でクラス委員になる可能性が高い静寂がこの子のペアになれば、万が一の時でも安心だと思うし」
「私は一夏君の代理を務めるつもりは無いわよ? だって一夏君はちょっとやそっとの事で居なくならないもの」
この間だって重症だって聞かされてたのに次の日には部屋に戻ってたとか聞いたし……そうそう問題なんて起こらないものね。
「いっそジャンケンで良いんじゃない? 実力に差は無いんでしょ?」
「自分のペアを決めるってのに随分といい加減だな月乃」
「だってウチは二人共気にいってるし、一夏っちが選んだ二人なら文句無いよ」
一夏君ってISにも信頼されてるのね……でも一夏っちって何だか慣れない呼ばれ方してるわね。今度呼んでみようかしら。
「一夏君、私は辞退するね。静寂がペアの方がきっと月乃さんも本来の力を発揮出来ると思うし」
「だとよ。後は静寂次第だ」
「一夏君と香澄に期待されちゃったしね。私がペアで構わないかしら?」
月乃に問いかけると、偶に一夏君が見せる笑みを月乃が浮かべて頷いてくれた。
「それじゃあ、今日から私が貴女のペアって事で」
「よろしく、静寂!」
「ところで貴女、一夏君の事を珍しい呼び方で呼んでるのね」
「一夏っちが良いって言ってくれたからね。名付け親に対しての態度としては最悪かもしれないけど、一夏っちが良いって言ったんだから気にしない事にしたんだよ」
ふ~ん……一夏君が名付け親なんだ。黒椿や白椿は篠ノ乃博士の案からもらってきたって聞いたから、正真正銘この子たち三人が一夏君が名付けた最初のISって事なのかしらね。
「それじゃあ静寂専用に調整するから、希望の武装などがあれば言ってくれ。月乃は打鉄だから近接がメインになるがな。静寂なら大丈夫だろ?」
「何とかね。それに月乃には一夏君が開発したシステムが積まれてるんでしょ? エイミィが言ってたわよ」
「自動照準補助システムか? 静寂なら使わなくても大体当てられるだろ?」
「一夏君だけが楽したい訳じゃないのよ?」
「なるほど」
あっさりと納得した一夏君だけども、私はその自動照準補助システムの使い方が分からないのだけれどもね。
「それは後でウチが説明するよ。展開すればシステムデータをモニターに表示出来るしね」
「お願いね。それで一夏君、希望だけども……」
エイミィは槍を主に使ってたけども、私はどちらかと言えば剣の方が得意なのだ。だから武装を変えてもらうとしたらそこかしらね。
「了解。月乃、悪いが展開させてもらうぞ」
「大丈夫だよ一夏っち。そんなに気にしなくても普段整備してもらってるから」
「だが男に整備されるのは嫌じゃないのか? こうして女の子の姿になったわけだし」
「雪乃が言ったと思うけど、アタシたちは一夏っち以外に整備されるなんて真っ平御免だからね。ウチたちは一夏っちにしか整備されたく無いから」
随分と信頼されてるわね……どんな整備をすればこんなにISに慕われるのかしら?
「それじゃあ武装の変更と、エイミィから静寂のデータに移行しなきゃな。ある程度授業で集まっては居るが、追々更新していくからな」
「一夏君ってクラスメイト全員のデータを網羅してるの?」
「一応はな。クラスメイトの中から補習者が出ると面倒だから」
そういえば暮れの試験では実技もあったわね……一夏君なら早めに手を打っていてもおかしくなかったわね。
「あくまでも訓練機だからな。フィッティングは出来ないからな。パーソナライズだけだ」
「それも普通は訓練機にはしないんだけどね」
訓練機は誰でも使用出来る事に意味がある。だけどこの子たちは半分専用機みたいな扱いだから良いのかしら……
「さて、静寂のデータを月乃にインストールさせるのと同時に、武装の変更作業を終わらせるか。その後で軽く動かしてもらうがな」
「良いの? IS使用にはいろいろと手間がかかるんじゃ……」
「戦力増強は学園の急務だからな。俺に一任されてるし良いんじゃね?」
もう驚く事も無いわね……一夏君はホントに凄い人だ……
一夏さんにつれられて、私たち三機は生徒会が使っているという物置にやって来ました。普段から使ってるからか、それほど埃っぽくは無いですが、物が多いですね……
「此処が三人が生活する部屋になる訳だが、俺が生活してる部屋に来る場合は一々許可を取る必要はないからな。三人は関係者扱いだから」
「そうなんですか?」
「一夏っちの関係者か~何か嬉しいな」
「お兄ちゃんの関係者……」
月乃は素直に喜びを表現して、花乃は控えめに喜びを表現している。そんな花乃の頭を一夏さんは優しく撫でている。普段からマドカさんやラウラさんといった妹キャラと交流がある為でしょうか。一夏さんは花乃に対して妹に接するようにしています。
「ベッドはあるが、今は掃除が先決だな」
「手伝います?」
「いや、三人はとりあえず俺の部屋に行って刀奈たちに挨拶をしてきな。その間に掃除を済ませとくから」
「一夏っちの部屋って、確か寮長室の傍だよね? 寮長にバレたら如何するの?」
「今の時間、駄姉は問題児三人の監視だからな。寮長室には誰もいないさ。それに会ったら会ったで気にする事は無い。普通に挨拶すれば良いだけだからな」
確かに先ほど私たちは寮長である織斑千冬さんに会ってますしね。気にする必要は無いのかもしれません。
「挨拶が済んだら、刀奈と虚を呼んで来てくれると助かる。生徒会の仕事だからな、これは」
「分かった。お兄ちゃんに頼まれた事はちゃんとする」
花乃は随分と物分りが良い子で、一夏さんに懐いているからか素直に一夏さんの言う事を聞いている。そうすれば一夏さんに撫でてもらえると分かってるようだ。
一方の一夏さんも、花乃が撫でてほしいのを分かってるようで、しっかりとその期待に応えてあげているのですがね。
「それじゃあ一夏さん、私たちは挨拶に行ってきますね」
「おう」
重たそうな書類の山を持ち上げながら、一夏さんは私たちを見送ってくれました。
「なぁ雪乃、一夏っちの部屋って何処なの?」
「さっきデータをもらったでしょ? 忘れたの?」
「だってどうせ雪乃か花乃が覚えてると思ってさ」
「月乃、いい加減……」
「出来るヤツがすれば良いんだよ。花乃だって一夏っちに褒めてもらいたいんだろ?」
その切り返しが来ると思って無かったのか、花乃は少し驚いてから小さく頷いた。よほど一夏さんに頭を撫でられるのが気に入ってるようですね。
「ほえ~? 誰かな、貴女たち三人は~?」
「おや、さっきの三人だよね? どうかしたの?」
「貴女が更識楯無さんでしたか。一夏さんに挨拶に行くようにと言われたので、今から部屋に行くところだったんですよ」
一夏さんは刀奈さんと言ってましたが、この人は更識楯無さん。データにはそう出てますし、本人も楯無さんで反応してくれてます。
「一夏っちが刀奈って呼んでたけど、どっちが正しいの?」
「どっちも私の名前だけど、貴女たちは楯無って呼んでね」
「お嬢様、このお三方は?」
落ち着いた雰囲気の女性――恐らく彼女が布仏虚さんなのだろう――が楯無さんに話しかける。そうか、楯無さん以外は私たちの正体を知らないんでしたっけ……
「えっとね、彼女たちは学園所有の訓練機なのよ。私もさっき一夏君に聞かされたんだけどね」
「ほえ~、須佐乃男以外のISも人の姿になれるんだね~」
「一夏さんがいろいろと試してくれたおかげです」
こうして楯無さんたちと合流した私たちは、そのまま部屋に案内され一夏さんの関係者の皆様と対面する事になったのです。
「そういえば、お兄ちゃんが楯無さんと虚さんは生徒会の物置に来てほしいって言ってましたよ」
「お兄ちゃん?」
花乃の呼び方に、一夏さんの義妹であるマドカさんが反応した。彼女はあの織斑千冬の実の妹であり、DNAレベルでブラコンだそうなのだ。一夏さんが気にしてたのはこの事だったのでしょうか。
「何でお前がお兄ちゃんって呼んでる?」
「だってお兄ちゃんが良いって言ってくれたから。それに、『本当』の妹は貴女だけでしょ、織斑マドカ?」
「ッ! 当たり前でしょ。しょうがないから認めてあげるわよ」
義妹であるマドカさんに、『本当の妹』というフレーズは効果的だったようで、気分をよくしたマドカさんは花乃の呼び方を認めてくれました。
「それじゃあ私と虚ちゃんは一夏君に呼ばれちゃったから行かなきゃね」
「お嬢様、何だか嬉しそうですね」
「そんな事無いわよ? それに虚ちゃんだって顔が緩んでるわよ」
一夏さんの恋人でもあるお二人は、一夏さんに呼ばれるだけで嬉しいのでしょうね。
「そういえば、須佐乃男さんはどちらに?」
「ああ、須佐乃男なら今は織斑先生のお手伝いをしてるわよ。何でもどうしても須佐乃男の力が必要なんですって」
「そうなんですか……先輩にお会いしたかったのですが」
「その内会えるわよ。何せこの学園で生活するのなら、授業やその他もろもろで顔を合わせるでしょうしね」
一応お顔は拝見しているのですが、この姿ではお会いしてないので挨拶をと思ってたのですが……仕方ありませんね。
「それじゃあ行くわよ~」
「じゃあね、皆」
花乃が小さく手を振ると、本音さんが可愛らしく手を振り替えしてくれました。マドカさんも微妙な表情を浮かべてますが、しっかりと手を振ってくれてます。
「それで、何で私たちは呼ばれたのかしらね~」
「恐らく掃除した物置にあったものの整理だと思いますよ。あの部屋には更識の書類も置いてありますし」
「そうだったわね……でも、それなら一夏君一人でも出来るんじゃない?」
「普段からもっと頼ってくださいと言ってますから、実行してくれるんじゃないですか?」
「……複雑な気分ね」
楯無さんは片付けとかが苦手らしく、普段一夏さんに任せっぱなしらしいのです。一方の虚さんは、家事があまり得意では無く、掃除や洗濯は漸く出来るようになったばかりだとか……戦力的に大丈夫なのでしょうか?
「一夏くーん! 来たわよ~って、ここ本当に物置?」
「ある程度は片付いたし、書類も他の部屋に運んだが、処分して良いものがあるなら虚と二人で纏めといてくれ。捨てて良いのかは俺には判断出来んからな」
「そうですね。更識関係の書類は、私たちが処分しないといけませんしね。さぁお嬢様、気合入れていきますよ」
「……面倒だけどやらないと怒られちゃうしね」
気合の入った虚さんと、嫌々ながらも作業に向かった楯無さんを見送った私たちは、座れるようになったソファーの上に腰を下ろした。
「此処がウチたちの部屋か~」
「ボク、この部屋気にいった」
月乃と花乃の言葉に、一夏さんは小さく頷いて部屋の掃除を再開しました。もちろん私もこの部屋が気にいってますがね。それにしても、一夏さんの清掃スキルは凄いですね。
一夏並の掃除スキルがほしいです……